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■オープニング本文 たとえ大切にしまっておいた書物や絹も、時間が経てば色も褪せて虫も喰う。 ほんの僅かな、針で刺した穴のように小さな点であっても、やがてそれはじわじわと侵食していくのである。 誰も足跡を残さぬ雪原も、時季がくれば勝手に解けてしまうだろう? 誰も直接手を下さずとも、ましろな心が紫黒に染まる事もあるだろう? そこへ意志が加わったなら―――― 誰がいったい―――― 抗えようか。 ましてゆっくりと時間をかけられたなら尚更である。 小さな疵から入り込んだ毒は、内側から、たっぷりと時間をかけて宿主を嬲り殺すのだ。 風光明媚なその丘は見晴らしがよく、眼下には新緑に染まり始めた山を見下ろすことが出来た。所々に山桜があり、薄紅色の配色がさらに一枚の水彩画のような美麗さで人の目を楽しませてくれる。 春の日差しは暖かいが、それでも崖下から吹き上げてくる風は強くて冷たい。 寒さを凌ぐ為に過剰と思えるほどの厚着をした商人、松本彦佐はぶるぶると震えながら、袖口へ仕舞いこんだ両手を出すことなく、 「ここが手に入りさえすれば利潤は増すばかりだ。どんな手段を使ってでも手に入れたいなあ」 小さな丸眼鏡の向こうの両目をいやらしく細めた。 「手段、というのは‥‥アレ、ですか? ほんとうに実行なさいますので?」 主人である松本と対照的に、軽く上着を羽織っただけの痩身の男が怪訝な顔で確認をする。 「もちろんだとも! なあに、村の奴等がこの土地へ入りさえしなければいいんだ。本物のアヤカシがいるわけじゃなし。あんまり騒がれるようならギルドにでも依頼を入れてくればいいさ。まあ、どうせみつかりはしなんだけどな。その時は開拓者に恐れをなして逃げだしたんですね、とでも済ませればいいだけの話じゃないか」 楽しくてしようがないと言う風に、松本は声をあげて笑った。 痩身の部下、榎本は嘆息したが、すぐに踵を返して主人を待った。 「では、戻り次第手配いたします。――旦那様もいっしょに戻りましょう。いない、とわかってはいてもアヤカシのことなど、考えただけで震えがきますから」 「相も変わらず胆の小さい男だな。まあ、“アヤカシが出るらしい場所”に私らの姿を万が一にも見られでもしたら面倒だからな、帰ろうか」 松本は部下の後に素直に続いた。去り際に、ちらりと後方を振り返る。花の香りをたっぷりと含んだ風が谷を渡る。それさえもついそろばんを弾いてしまい、相乗効果の高値をつけ、結果、腹の底から湧き上がる笑いを抑えられない松本であった。 その松本が榎本にギルドへ向かうように指示したのは、彼らがあの丘を視察してから二月程経ってからのことだった。 ギルドの受付で、榎本は依頼書を提出した。顔色は悪く、元々痩せ気味であったのに目が落ち窪んでしまい、まるで死人のような面相になっている。 依頼書の内容を確認した受付係が、心配そうに榎本に声をかける。 「その様子ですと、相当にお困りなのですね。一応、緊急扱いとさせていただきますから、安心なさってください」 「‥‥頼みます。もうほとほと疲れてしまいましたので、さっさと退治してください」 豊満な肢体を窮屈な制服に押し込めた受付嬢が、アヤカシの特徴を復唱した。 「獣の肉体に鳥‥‥鷹? の頭を持った空を飛ぶアヤカシ――飛行タイプですね。これらが‥‥んー、五頭の群れで襲う、と。それでは早急に手配いたしますので、どうぞ安心して開拓者の到着を待っていてください」 かなり特徴的なアヤカシである。 ものさしで計ったようにびしりと角度を固定した会釈で、「では頼みます」と榎本は言って、ギルドを出た。 その心中には、焦燥感で溢れ返っていた。 (「ただの噂に過ぎなかったのに。いや、そもそも噂ですらないんだ。だってアレは嘘なんだから――それなのに本物が現れるなんて」) 手拭いで額の汗を拭き、空を見上げた。 (「ヤツらは今日も村を襲うつもりなのだろうか」) 榎本はもちろん、噂を流すように指図した松本も知らなかったのである。アヤカシは、人々が抱く“恐怖心”をも好むということを――。 そして自らが、アヤカシに餌を撒いてしまった事実にも気づいていないのである。 「早急に、という言葉を聞いたが、我がすぐにも向かおうか?」 ふいに声をかけられて受付嬢が振り返ると、レイ・ランカンが報告書をこちらへ差し出して立っていた。 薄汚れた上着や足元を見るに、仕事帰りにまっすぐギルドへやって来たのだろう。真面目な彼らしい行動である。それならまずは身体を休めるべきだと受付嬢は思い、 「他にも手の空いている方々はいらっしゃいますから、レイさんは休まれてはどうですか」 「そういうわけにもいかぬ。耳にしてしまった以上、もう行く気になっているのだからな。飛行タイプか‥‥それならばこちらも相応の対処で向かわねばならんな」 「レイさん?」 依頼書を奪われた受付嬢が慌てて取り返そうとしたが、無駄だった。 仮面で隠れて表情を理解するのは大変だが、きつく引き結んだ口元は彼が真剣に引き受ける気持ちであることを知らしめていた。 |
■参加者一覧
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
ナプテラ(ib6613)
19歳・女・泰 |
■リプレイ本文 件の村は、このような状況下でもなければとても美しい村なのだろう。街道との境界線から一歩足を踏み入れただけで、訪れた開拓者たちは皆感じ取った。 青々とした田畑は、想像していたほどアヤカシには荒らされていないが、平和であれば農作業に従事する村人の姿や、畦を走る子供らの喧騒で賑やかだろうに――声を殺し、ひっそりと家に篭っているのがわかる。 村全体をぞわりとした空気が覆っていた。限界にまで近づいた恐怖はよりそれを圧縮させ、濃厚な撒き餌となって数キロ先に潜むヤツらを呼び寄せている。 「んー」 ルーティア(ia8760)は顔を顰め、小さく唸った。 (「依頼持ってきた男、村人じゃないみたいだけど‥‥それに、何か妙に焦ってたみたいだし。何か変だな」) 「少し情報を集めてみるか?」 「私は戦闘に有利な位置取りの確認をしてきますので、そちらは任せました」 巫神威(ia0633)は、目指す丘の方角へ視線を向け、駆け出した。 長谷部円秀(ib4529)はギルドですれ違った依頼人の様子を思い出し、ルーティアと同様の疑念を浮かべる。 (「あの依頼人の様子が気になりましたが‥‥何か裏があるのでしょうかね?」) 位置取りに一旦離れた 神威を除いたメンバーで、避難誘導を兼ねた聞き取り調査へ向かった。 扉を叩き、ギルドから派遣された開拓者であることを告げると、村人は喜んで迎え入れてくれた。 アヤカシの頭数確認をする。増幅した恐怖がさらに数を増やしているとも考えられたが、運よく、当初と頭数は変わっていなかったが、厄介な敵であることに違いはない。 ガタガタと目に見えて震える家の主人へ、 「いずれに致しましても〜、でてしまったアヤカシを退治しなくては生活が成り立ちませんです、はい」 ディディエ ベルトラン(ib3404)の、間延びした不思議な物言いが静まり返る室内に響いた。 村で一番頑丈な建物は石造りの教会であることを聞き、そちらへ村民を避難することに決めた。 ここからは各自が手分けして避難誘導を行う。聞き込みもその際に行い、教会で落ち合った時にそれぞれの情報の整合性を確認すると決めた。 バラバラになった彼らであったが、情報を集めていく内に、それぞれが妙なひっかかりを感じ始めた。奇妙な違和感は教会で皆と顔を合わせ、得た情報を擦り合せたところで合致したのである。 「ところで、さっきから気になっていたんだが」 長谷部がある一人を指差した。 「レイの頬が腫れ上がっているように見えるのは、私の気のせいだろうか」 当のレイは、むぅとした顔でそっぽを向く。裏腹に耳は真っ赤だった。そんなレイの横でご機嫌な笑顔を振りまいている ナプテラ(ib6613)が、詳細を語ってくれた。 「もうみんなも気づいてるだろうけど、ここに滞在してる松本っていうオジサンが事の発端だよね。それに気づいたレイが、そりゃあ凄い勢いでブン殴りそうになったんだ、け、ど。神座さんの‥‥ “今はそんなことしとる場合ちゃうでしょ!” ――ぱっちーん! ていうことがあって、レイのほっぺたはこんな風になりましたっ」 得意げに眼鏡をくいと持ち上げるナプテラ。説明を聞いたメンバーは、神座真紀(ib6579)の姿を探す。車座になって震えている子供達に、ちょうどもふらのぬいぐるみを手渡しているところで、 「 お姉ちゃんらが安心して遊べるようにするからな。今はこれと一緒におってな」 一人ひとりの頭を優しく撫でている様子からは、少し想像ができない。 意外に気が強いのだなと、思うメンバーだった。 (「それでも我は許せぬっ」) 頭では神座の言っていることは理解している。だが過去に似た経験を持ち、またそのせいで苦い思いもしているレイにはどうにも受け入れ難いことでもあるのだ。 レイ、とルーティアが声をかけたが彼は振り返らなかった。気にせずルーティアは続けた。 「 後の事も、自分に考えがある。なるべく穏便に済ませたいから、ここは任せてくれ」 「‥‥終わったら、‥‥好きなだけ殴って良いか」 「その怒りをアヤカシに向けてくれ」 ようやくレイが視線を寄越す。奥歯を噛み締めてしばらく、「ん。了解した」と答えた。 それを横目で見つつ、神威がやれやれと肩をそびやかした。適材適所を彼女が提案した時にはすでにレイは走り出した後だったのである。 村長が高齢である為、村にある青年団の代表に注意を促し、何かあれば狼煙で知らせるように言い置いて、件の丘へ向かった。 長谷部は神座と共に、神威が指示した位置でアヤカシを待った。囮である彼らの動き如何によって、今後の戦闘が決まる。 「現れましたね、鷲頭獅子」 息を殺して飛び出す機を待つ長谷部と神座の眼前数十メートル先に、五頭の鷲頭獅子が編隊を組んで向かってくるのが見える。一頭の全長が四メートルを超す大型のアヤカシが、それも五頭という数で飛行している姿は圧巻であった。 これが上空へ現れたのだから、村全体を覆う雲のようなあの恐怖の層が出来たのも致し方ないことだろう。 何の力も持たない彼らの恐怖を思い、長谷部と神座はさらに身を引き締めた。 鷲頭獅子との距離が縮まる。 ――機だ。 咆哮で引きつける神座の乗る炎龍・ほむらが両翼を広げ、大きく湾曲した崖の下より敵の前へ躍り出た。 甲高い声で大きく啼いた一頭が、咆哮に釣られて飛び出す。 「その調子で乗ってきなさい!」 長谷部がアゾットを抜刀すると、それに応えるように韋駄天は空色の鱗を煌めかせて飛び立った。 上空の冷えた空気が頬を走る。乾いた視界の先では、ほむらが敵をからかうようにヒラヒラと器用に飛行していた。 武者震いをひとつして、長谷部の斬り払ったアゾットの剣風が宙を駆け巡る。 ちょこまかと飛び交う餌(囮)を前に、鷲頭獅子らは夢中で後を追い始めた。 囮班とアヤカシを視認後、奇襲をかけるレイ、神威、ルーティア。準備は万端だったが、レイの憤りがまだ収まっておらず、仮面に隠れているとはいえ、その赤い双眸は怒りで爛々と光っていた。 (「ちゃんと後で痛い目見せてあげるから、今は目の前の敵に集中してね」) 振り上げた拳を収めさせたルーティアとしては少々不安なのだった。 だが、そんなレイに親近感を持つ者もいる。 轟々と燃え滾るレイの両目を一目見て、ナプテラはぞくりと歓喜に身体を震わせた。 (「ホント、仕方ないんだから‥‥お仕置きしなきゃダメよね、こんな○○な○○は」) その念が通じたのか、レイが振り向いたので、ナプテラは右手の親指を立て、ニカッと笑って見せた。 「! おおっ」 レイも同様の仕草を見せたのである。ナプテラは湧き上がる興奮が抑えきれず、笑い出しそうになるのを必死で堪えた。 囮班を目視。ぐんぐんと近づいてくる。 奇襲班に緊張が走った。 そんな中、羽毛を背に湛える自龍・碧瑠璃の背で神威は、「ふむ」と落ち着いた声で小さく頷いていた。 (「鳥の羽を持つと聞いていましたが、やはり碧瑠璃の方が美しいですね」) 龍とアヤカシでは比較にならないのだが、やはり付き合いが長くなると親バカになるのだろうか。 長谷部と神座がハイスピードで駆け抜けていく――追う鷲頭獅子。 神威は頭を振って気を取り直し、先手で飛び出した。続いてルーティアが出る。レイは二人に追従する格好を取った。ここでルーティアは自分の不安が杞憂であったと確信し、前方の敵へ集中する。 ルーティアの幻影符発動。 「追ってる追ってる」 鷲頭獅子は、動き回る複数のなにかを必死で追い回していた。彼女の幻影には分身する人形が現れるのだ。 気もそぞろのアヤカシに攻撃するのは容易い。 その中で唯一術にかかっていない固体がいた。 「統率しているのはあの個体です!」 神威は碧瑠璃の火炎でリーダーを皆に知らせた。 統率している固体を識別した今、いよいよ駆逐開始である。 まずはリーダーから落とすべき、と攻撃対象をこの固体に集中させる。 さすがに知能も他の固体とは高いらしく、思うように攻撃があたらない。そんな中、長谷部の右翼を狙った攻撃が貫通し、統率固体の機動力を大きく削いだ。この攻撃のおかげでルーティアのサポートがより生きる。 長谷部の功労のおかげで幻影符がうまく決まり、急速に動きが鈍くなる鷲頭獅子の前へレイとナプテラが並んだ。 天呼鳳凰拳でレイの右腕が真っ赤な炎に包まれている。泰練気法で命中率をあげたナプテラは得意げに眼鏡をくいと持ち上げ、オーラアタックの体勢へ。 統率固体は断末魔の叫びを放ちながら、引きちぎられた紙切れのように掻き消えた。 「我がほんとうに殴り飛ばしたいのはあいつらなのだ!」 滾る熱い怒りをこの固体へぶつけたレイが叫ぶと、ナプテラを除き、 (「首謀者には合わせられない」) 皆思ったのだった。 残るは雑魚である。とはいっても個々の戦闘能力は高く、気を緩めるわけにはいかない。 幻影符の効果発動時を狙い、神座はほむらをコンボの体勢へ持っていく。敵の動きを目視で追いつつ急上昇で上を取りヒートアップ――狙点を定めて一気に急降下。その先にはまだ敵の姿はないが速度は落とさない。 身体をほむらにぴたりと張り合わせ、空気抵抗を減らす。垂直落下の呈を様すが――龍の牙発動! 刹那、爆音が起こる。 照準通りに敵が現れ左翼を吹っ飛ばす。翼を失った鷲頭獅子はそのまま地上へ落下し消滅した。 リーダーを失った残党は頭脳的な戦闘ができず有象無象の集団になるが、その分、回避の能力が上がったのか、高速飛行で敵の前後へ回り込むも、開拓者の攻撃は軽傷微傷止まりが続く。 反対に敵の攻撃が、そのトリッキーな動きであるため駿龍の翼をもってしても100%回避することは難しく、こちらも複数被弾した。 アークブラストでの先制攻撃をしかけたディディエが好機を掴んだ。相棒・アルパゴンにヒートアップを素早く指示し、次に備える。 乱戦状態の最中、やみくもに突っ込んできた固体と接近戦へ縺れこむ。ヒートアップを完了し、鼻息荒く臨戦態勢だったアルパゴンのキックが炸裂。すでに他の仲間から手傷を負わされていたその固体は、雄叫びを上げ霧散した。 これまでサポートに徹していたルーティアだったが、好機をみつけ、きりんぐ★べあーでの攻撃を開始。 被弾していて痛いばかりで面白くない。 「斧を持ったクマ人形が頭をカチ割るぜ☆」 重厚な雰囲気を纏うフォーレストとは、真逆に愛らしいクマ人形が空中に、ポンッ、と現れた。首にリボンを結んだ毛並みふわふわプリティべあーである――そしてこの人形も対照的に恐ろしい武器、斧を携え、えいや、と攻撃。 斧が振り下ろされると、鷲頭獅子の醜い羽毛が飛び散った。 撃破とまではいかなかったが、敵の生命力及び敵愾心を削いだことで次の攻め手へと繋げる。 分が悪いと感じ取ったのか。脱出を図ろうとした4体目の固体に、長谷部の追撃が開始された。 「一気に行くぞ、韋駄天! 風の如く奔れ!」 韋駄天は嬉々として空を疾走り、追随する。 必死で逃げるアヤカシの後ろから雷鳴剣が吼え、動きの止まった鷲頭獅子へ接近するとそのままアゾットを突き刺した。ふわりと梅の香りがした直後、アヤカシはその身の内を弾かせた。咽返るほどの梅の香りが一帯を覆い尽くす。 「あぁ、いけませんですねぇ。あちらは村の方角です」 やれやれといった口調のディディエの耳に、神座の咆哮が轟く。ディディエもそれにあわせてアイヴィーバインドでアヤカシの足止めを行った。 「これで最後、ですね」 統率固体ほどではないにしろ、俊敏かつトリッキーな動きで翻弄され続けたこの戦闘も、この一頭を倒せば終わりだった。 神威は、今出せるすべての力を拳へ集中させる。 咆哮で向かう先を見失い、もはや討たれるだけのアヤカシへ容赦のない一撃を放った。 アヤカシの撃退を報告するために村へ戻った一行は、まっすぐに教会へ向かった。 にわかには信じられない様子の村人達だったが、青年団の団長が代弁すると、皆、安堵の表情を浮かべた。 もふらのぬいぐるみを抱えた子供達が、一斉に神座の元へ駆け寄り、礼の言葉を口にする。 「あいがとー、おねえちゃん!」 「怖いヤツ、やっつけてくれてありがとな!」 その小さな手は、まだ小刻みに震えていた。神座はその手をぎゅっと握り締めて、 「悪いやつなんかな、お姉ちゃんらがコテンパンにのしたるから、安心しとき」 優しく微笑んで見せた。 激戦であった鷲頭獅子との戦闘を終えたばかりの彼らは、皆、疲弊しきっていた。 それでも気になる問題はあった。 依頼人の榎本である。これまでの情報収集だけでも、細かな差異や、事象の誤差が出ていたからだ。 聞けば、この教会に村人といっしょに避難しているという。団長に頼んで呼んできてもらうことにした。 ひとまずレイをこの場から引き離す口実を作ろうかと思案していたら、神座がその役を買ってでてくれた。 「あたしは最初っから黙祷するつもりやったから、そこへランカンさんも連れていきますわ」 「あと、危ないのはナプテラさんでしょうか? レイさんと同じタイプのようですから」 「同じように怖い思いをすればいいんですよ、方法はいくらでもあります」 長谷部が言ったところで、皆同様の言葉で締めくくった。 「後始末は任せてください」 団長に連れられてやって来たのは、痩せてひょろりとした男と素人目にもわかる上質の着物を着込んだ男の二人だった。 痩せた方が榎本で、もう一人が彼の主人である松本彦佐らしい。悪徳商人らしいギトついた顔も、本物のアヤカシに出会っては目も落ち窪むというものなのだろう。榎本に至っては今にも死にそうな顔である。 これまでの情報で推理した結果を、松本に突きつけると、額いっぱいに汗を掻き、詫びの言葉を口にした。 「悪かったと思っているよ。だが、誓って私が呼んだんじゃない。そんな能力なんてありゃしないんだから」 「そうです。アレが急に現れて、む、村を襲いだしたんですからね。アヤカシに関して責められる謂れは」 「アヤカシは負の感情を好みます。狙った獲物の恐怖と絶望を貪り、弄びながら命を奪っていきます」 神威が榎本の言葉を遮った。 追い討ちをかけるように、長谷部が二人へ 殺気を当てた。開拓者の殺気に耐えられる一般人などいるはずもなく、怯んだ彼らの鼻先へ刀を抜き打つと、 「その恐怖‥‥村人も味わいました。アヤカシとは恐怖にひかれてやってくるんですよ」 背筋も凍る冷たい声で言い放った。柔和な顔も、この時ばかりは抜き身の刃のようだった。 「まあ、こちらも報告としてあげておくから、二度と悪どいことなんてできないけどね」 ルーティアの言葉に、二人の男はきょとんとした顔になる。 「 風評被害を逆手に取った悪徳商人として名前を報告しておくって事だよ。当たり前だよね、罪、重いよね。だってアヤカシ呼んで村を襲わせたんだから」 滅相もない、と言ったが後の祭りだった。 「人々の心に芽生えた恐怖心は、そう簡単に消え去るとは思えませんですねぇ。つまり〜‥‥あの丘にアヤカシがまた現れかねないということに‥‥」 ディディエの言葉は更に恐怖を煽った。罪はそれだけ重く、二度と商売などできないのだ。 この小さな村の中に、龍が寛げる空間はなく、彼らは仕方なく件の丘の上で待機していた。 それでも十分とはいえない広さなので、みっちりと肩を並べる羽目になる。 そこへ開拓者が戻ってきた。全身傷だらけである。常人ならば、動けるわけがない怪我だ。 そんな状態の主を見て、龍達がこぞって我先にと動き出す。それでなくとも、“みっちり”なわけだから大変である。 崖下から吹き上げる谷の風に、真っ白で豊かに生え揃う体毛を揺らせて主に一番乗りしたのはタロスだった。 心配そうに鼻先を寄せてくるのを、ナプテラが愛しそうに受け止める。 「アルパゴン?!」 ディディエの慌てた声で全員が一斉に彼を見ると、アルパゴンの尾の先がするりと崖下へ滑っていくところだった。 「あれは鳥避けの紐だと思われますです〜」 慌てすぎて口調がいつもより変になっていた。 「そういえば、キラキラ光るものが好きって聞いた気が‥‥」 誰かが呟いた。 眼下にある例の村の畑では、キラキラと鳥避けらしい紐が風に揺れていた。 レイ・ランカンは、手傷を負いつつも談笑し、相棒と寄り添う彼らをしばらく眺めた後、視線を逸らした。 (「我の信じる正義は間違っているのだろうか」) (「だが許せないのだ。不正を働く輩は、誰であろうと許せないのだ」) 拳を握り、奥歯を噛んだ。 「どうせまた‥‥」 (「さっきの男らも、時間が経てば同じ事を繰り返すのだ」) 「うきゅ〜」 心配そうに頬を寄せてきた玉紅へ腕を伸ばした。 「心配かけてすまぬな、玉紅」 誰にも見られぬように、レイは苦悩するその顔を玉紅へ押し付け、隠したのだった。 |