【傷痕】天理3
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/05 17:50



■オープニング本文

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 レイ・ランカンは二、三日ほどではあるが稲代に滞在することにした。
 仲間がふと呟いた言葉が妙に引っかかったからだ。

『向こうが関わろうとしているのか』

 おそらく、向こう――とはアヤカシを指しているのだろう。そしてそれがあの黒フードの男だということも。
 それに――アヤカシの方からこちらへ関わろうとしているのなら、何もせずとも向こうから仕掛けてくるだろう。ただ気にすべきは、その事に稲代の者を巻き込まないようにすることだった。
 村にはすぐに活気が戻っていた。彼らとしても、開拓者のひとりが常駐している事は心強いらしい。稲代周辺の探索から戻ってくると、あれやこれやと持て成してくれる。それではあまりに悪いので、戦闘以外でレイに出来る事といったら畑仕事くらいのものだから、時間をみつけては手を貸していた。
 そんなレイの元へ、少女がやってきた。もふらのぬいぐるみを抱えた女の子だ。あの一件以来、片時も離さないらしい。
「お別れを言いにきたの」
 レイは両手の土を払い、畦へ飛び乗った。
「どこかへ行くのか?」
「母さんのじいちゃんのトコに行くの」
「そこは遠いのか?」
 少女、カエデはふるふると首を振った。
「お馬で行くからそんなに遠くないってゆってた。稲代とは仲のいい村なの。程原とはケンカばかりだってゆってたけど‥‥そこは安全だからって」
「いっしょに行くのは母さんだけか? ほかにはいないのか?」
「ふたりでいくの」
「ならば」
 土の汚れが残る手を差し出し、
「我が送ろう」
 仮面の下で、橙色の瞳をゆっくりと細めた。カエデもにこりと笑って、畑仕事で汚れた手を取った。
 このとき、レイの考えがもう少し先まで及んでいたら――

 アヤカシに襲われてからの稲代は、これまで以上に村人同士の結束が強まったように思われた。
 村長の指示であることは言うまでもないが、細かな部分においては村民自らが意見を出し合い、そして助け合いながら稲代に尽くしているのだ。このような気質だから、程原やカエデが向かう村――田野原からも慕われ、頼られているのだろう。
 そんなことを思いながら、馬の背で揺られていると丘の向こうに小さな集落が見えた。周囲を囲うのは強度の欠片もない木の柵だけだった。元来、アヤカシとは無縁の土地なのかもしれぬ。
 カエデが途端にそわそわとしだす。柵の近くで草を食んでいた白いヤギをみつけたようで、母親に早く撫でたいとせがんでいる。
 母親は困り顔になりながらも、礼へ目礼すると馬を走らせた。レイも頬を緩ませ、後を追う。
 夜はカエデの祖父の家で世話になった。家の中に広がる草と土の匂いは、遠い故郷を思い出させた。兄は達者だろうか、妹はわがままを言って長兄を困らせてはいないだろうか――薄い布団に包まりながら、レイは目を閉じた。
 翌朝、カエデと母親に見送られながらレイは稲代へ戻った。ヤギの傍で、真っ白なぬいぐるみを抱いたカエデは何度も大きな声で、「ありがとう」と叫んでいた。

 田野原を出て、1時間程経っただろうか。道の真ん中に一人の男が立っているのが見えた。
 その姿を見て、レイの全身が粟立った。黒フードの男だ。馬の足を速め、男の眼前で馬を下りた。
「稲代をアヤカシに襲わせたのは貴殿か」
 開口一番詰問する。目端で男の利き手を確認した。男の手はだらりと下がったままで剣には触れていない。
「そうだと言ったらどうする。斬る、か?」
 男の低い声が淡々とレイの問いに答えた。独特の響きを持った声である。
「“そうだと言ったら”? では違うかもしれないのだな」
 レイの反応に、男は一拍の間を置いてくつくつと笑いだした。レイは心外そうに眉を顰め、
「罪を白状していない者にいきなり斬りかかったりはせぬ」
「ほんとうに甘いな。お前はそれで開拓者なのか。目の前にいる男は敵かもしれないのだぞ。その可能性が拭いきれない限りは敵として見るべきではないのか?」
 よく知らない男に開拓者たるものは、と講釈を垂れられている。しかも敵である可能性が高い男に、である。
「我には我の理想がある。貴殿にとやかく言われる筋合いではない」
「では一太刀‥‥こちらから先に抜かせてもらおうか」
 言うなり抜刀した男は、至近距離から斬りつけてきた。とっさに身を翻し、距離を取ったレイだが、その心臓は早くもばくばくと叫んでいた。
 距離を取って警戒するレイの前で、男はゆっくりとフードを脱いだ。それは見覚えのある顔だった。
 ギルドで見た賞金首の男だ。
「‥‥幕が上がるまでまだ時間がある。それまで俺はどこかで時間でも潰していようか」
 言うなり足元の土をレイの顔面めがけて蹴り上げ、視界を遮ると、すかさず剣の柄頭を鳩尾へ叩き込んだ。
 血の混じった胃液を吐きながら、レイは地面へ突っ伏した。
 またも男は姿を消し、そしてその夜――
 田野原村に異変が起こった。


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
棺(ib7953
20歳・男・シ


■リプレイ本文

 稲代からの一本道をひたすら走り続けた開拓者らの眼前に、そこかしこから火の手があがっている小さな村が現れる。怒声や悲鳴、泣き声も混じっており、一気に緊張が高まった。
「‥‥こういう事態を想定出来なかったのは、俺たちの手落ちかも知れんな。今言っても始まらんか」
 苦虫を噛み潰した顔で柄土 仁一郎(ia0058)が呟く。そしてちらりと見遣った先では、表情の固い巫 神威(ia0633)が立っていた。かつての故郷が重なって見える彼女に、この惨状はどう映っているのか、柄土の唇はひたすら引き結ばれた。だが――
(「御師匠様の口調で自分とレイさんを鼓舞するくらい許されるかしら?」)
 先陣に立とうとしているレイ・ランカンの背へ声をかけた巫は、更に続けた。
「『力は貸し借りするもんじゃねえよ、仲間全員で合わせるもんだろ―が!』です」
 一瞬、驚いた顔を見せたレイだが、すぐに頷いた。
 カエデを心配する余り、単独行動を取りかねなかったレイには良い釘にもなったし、何より、心強い言葉はレイを正しく奮い立たせた。それは神座真紀(ib6579)も感じていた事だった。
「ランカンさんはうちらと一緒に保護に回ろ」
 ぽん、と背中を叩く。
「楽しくなさそうな仕事だが、やるしかねーんだろうな」
 討伐班に加わる棺(ib7953)は、右腕をぐるりと回し、コリを解すように、首の骨をこきりと鳴らした。
 開拓者は二班に別れた。無事に生存している村人を保護しつつ、アヤカシの討伐も行う。レイからの連絡から、襲撃しているアヤカシは夢魔だと推測した。
(「アヤカシに魅了させ、村人同士で殺し合わせるとは悪趣味な‥‥」)
 普段の彼からは想像できないほどに、菊池 志郎(ia5584)は嫌悪を露にした。
 誰の仕業かも判明している今、各人の胸には様々な思いが去来する。

 村の家々は、ぽつん、ぽつんと建っていた。その為、稲代のような大きな道はなく、ほとんどが路地程度の幅しかなかった。その中を、保護班が走る。
 叫び声が聞こえ、裏手へ回ると、今まさに鉈が振り下ろされ様としているところだった。一刻を争う。皆が息を飲んだ刹那。眩い光の尾を引きながら、幾筋もの矢がもみ合う村人へと降り注いだ。
(「時間的な余裕を私達に与えるつもりがないことだけは一貫していますですねぇ」)
 ディディエ ベルトラン(ib3404)は、ふうと息を吐きながら掲げていたウンシュルトを下ろした。
「こんなこと、貴方達も望んでいないでしょう。目を覚ましてください!」
 鉈を振り上げていた男を押さえ、志郎が叫ぶ。ディディエのホーリーアローが効果を示さなかったのは、まだヒトである証拠。志郎は解術の法でもって男の正気を取り戻した。
 自分の為さんとした事に腰を抜かした男と、命を狙われた男共々村長の家へ急いだ。道すがらにも、惨劇は繰り広げられていた。その度に、志郎が割って入る。もはや人間か否かと区分けする他無いほどの惨状である。歩ける者はその足で歩かせ、無理な者については志郎と長谷部 円秀(ib4529)、そしてレイが担いで走った。
 判断が難しかった者に関してはアムルリープで一旦眠らせ、戦闘に巻き込まれぬように配慮した。動かなければ襲われる確立は顕著に下がるはずだ。
 落ち着きなく周囲を見回すレイへ、神座と長谷部が、「カエデちゃんは必ずみつかる」と励ました。
 火の粉を振り払い、掻い潜る。腕の中で震える子供に励ましの声をかけながら、ひたすら走った。やがて、目指す村長の家が見えてきた。
 駆け込むと、すでに中には数人の村人が逃げ込んでいて、騒然としていた。
「出入り口の数は?!」
 レイが叫ぶ。村長は現状に激しく動揺しているようで、傍にいた青年が、「玄関と勝手口、それから裏口の三箇所だ」と教えてくれた。
 志郎は村人の治療の為に、座敷へと急いで上がり、軽傷の者と手分けして手当てを始めた。
「カエデがおらぬ」
 レイは眉を潜め、神座の元へ駆け寄った。
「他にも無事な人がおるかもしれへんし、少し探してみよか」
 二人は玄関付近の警護も兼ねつつ、カエデと母御の捜索を始めた。ディディエと長谷部はそれぞれ別の出入り口を封鎖しに向かった。
 表へ飛び出したレイと神座の前へ、カエデが飛び出してきた。勇んで駆け寄ろうとしたレイの前へ、神座の手が差し出される。夢魔が化けているとも限らないのだ。特に、今のレイならばたやすく騙されるだろう。
「お姉ちゃんのあげたぬいぐるみ大事にしてくれてる?」
 神座はゆっくりと歩み寄りながら、カエデへ訊ねた。今、少女の手には巫が渡したぬいぐるみはないが、カエデ本人ならば、この質問の間違いに気づくだろう。そして気づいて欲しいとも思う。そうでなければ、最悪の事態を覚悟しなければならない。
「ぬいぐるみ‥‥? そう。ぬいぐるみがね、あのおうちの中にあるの。おねえちゃん、いっしょに取りに――ィってくぅれるよ゛ねぇぇッ!!!」
 突如、カエデの口が横へと大きく裂けた。愛らしい容貌をすっかり様変わりさせ、飛び掛ってきたのである。
 覚悟はしていたが、神座は一瞬たじろいだ。そして信じられぬ顔でそれを凝視するレイ。その横を疾風のように影が駆けた。レイとすれ違いざまに、
「すみません」
 と呟く。
「ランカンさんは見ん方がええ!」
 叫びながら神座は鯉口を切る。影は長谷部であった。 
 一瞬の出来事である。気づいた時には地べたに夢魔が醜く顔を歪ませて這い蹲っていた。そこにはカエデの面差しなど欠片もない。
 レイの膝が折れ、叫ぶ声を聞きながら、居合わせた仲間は手近にあった物を殴り、斬り伏せたのだった。

「仁一郎」
 焼け落ちた家の影から、巫の声がした。柄土は怪訝な顔ながら、
「そちらに誰かいたか」
 と訊ねた。燃え盛る焔を背に、憂えた表情でじっとみつめてくる巫は、次第に虚ろで泣きそうな表情へ移り変わっていく。彼女の苦しみを知る柄土は、手を伸ばした。やはりこの惨状は、巫の傷を抉るのだろう。
 だが――
 滾る思いが全身を駆け巡っている今の神威が、このような顔をするはずがない。柄土は深く息を吸い、眼前の巫をみつめた。
「俺には神威以上の女はおらん。故に貴様らにはなびかん」
 柄土は、巫と同じ姿をした女を真横に薙いだ。消え去る間際まで、夢魔は巫の姿で命乞いをしたが、柄土はそれを一蹴した。
 夢魔は相手の心の隙間に入り込み、弱い部分を突いてくる。愛する物、欲する物。心の深淵に潜む欲望を、様々な姿に変えて現れるのだ。
 一撃で倒せる程度のアヤカシだが、場合によっては最悪の結果を招くかもしれない。柄土は後方にいる仲間を振り返った。指揮を執る巫がいた。
「孤立は控えた方がいい。私にはアレが救出を乞う男性に見えますが、棺さんははどうですか?」
「こいつぁ、色っぽい姐さんに見えるねぇ」
 言うや、ジークリンデ(ib0258)の聖なる矢が放たれる。耳障りな声と言葉で開拓者を罵りながら、脱げ出す夢魔を棺が追った。瀕死の夢魔など取るに足らぬと思ったそれは、判断を見誤っていた。
 煙に巻かれ、視界が狭まった棺の前で瀕死の村人が助けてくれと手を伸ばしていた。棺がその手を取ろうとした刹那、視力のない死角になる左側面から鋭い一撃を喰らった。血が、眼帯の下をツツと流れ落ちる。
(「コノ村人‥‥ヲ助ケ、ネエト‥‥」)
「じね゛ぇぇっ――ッ――‥‥グギャアアアアアアア!」
 無念にも膝を折った棺へ襲い掛かる夢魔だったが、無数の矢に撃ち抜かれた。何かに縋ろうとしたのか、前方へと手を伸ばし、消える。
 棺を死角から襲った夢魔も、僅かな梅の香りに包まれ、柄土の足元で果てた。
「この矢に傷ついたモノが敵です!」
 ジークリンデの白銀の髪が舞うと、逃げる隙間など無い程の矢が空を裂いた。
「今回ばかりは俺も虫の居所が悪い。速やかに滅させて貰おう」
 ぶん、と羅漢を頭上で回した柄土がその中を駆ける。魅了されて憤懣やるかたない棺は、止まらぬ血を拭きもせずに豪腕をふるった。同じく疾走する巫も、容赦のない拳を目で追えぬ速さで見舞う。
 哀れな女子供に姿を変え、逃げ遅れた村人のフリをしても、ジークリンデのホーリーアローは騙せない。聖なる矢はアヤカシを穿ち尽くし、柄土、巫、棺は次々とトドメを刺していった。

 傷ついた人々を次々に保護していったが、皆が皆、無事だったとは言えなかった。
 人間の心の弱みや欲望を読み取り、叶えさせると見せかけて喰らう夢魔の恐ろしい術に、深く落ちたものはもう救えなかった。
 ディディエが術で眠らせたが、それは一時しのぎである。
 母屋から少し離れた納屋に押し込められた、ヒトでなくなった者達――。玄関ではレイとディディエがアヤカシを入れさせまいと奮闘していた。
「大変申し訳ないことではありますが〜」
 彼らしい言葉が耳に届く。だが遠慮はしないのもディディエだった。アヤカシの悲鳴と、それに驚いた村人の叫び声が続いた。表は彼らに任せよう、と長谷部は気配を殺すように、納屋へと向かった。
 目が覚めたのか。納屋の戸板を内側から激しく叩く音が聞こえた。板は軋み、今にも壊れそうだ。裏口から足を踏み出し、拳を握る。武林がぎしりと音を立てた。
「長谷部さん!」
 突如呼び止められ、長谷部は振り返った。独特の発音で神座だと気づく。てっきりレイと戦っていたと思っていたのだが、と長谷部が苦笑を浮かべた。神座の、少し躊躇った表情で、これから自分がしようとしている事に気づかれていると知った。
「胸くそ悪い仕事は一人で十分。きみは生きている人の為に力を振るって欲しいですね。ただしこの借りは」
 神座が合わせるように頷いた。
「田野原を救ったら、アイツに返すだけや」
 神座は踵を返し、母屋へ戻った。そして長谷部は――破裂音と共に、納屋から躍り出てきた者達を迎え撃った。今、生きている彼らの為に――。

 村長の屋敷と言っても要塞の造りをしているわけではない。土壁一枚では、戦闘の激しさや村人に似せた声は隠せるはずもなかった。すっかり怯えきっている子供を前に、医療品を片手に奔走していた志郎が、
「皆さん、落ち着いてお年寄りや子供達を守ってあげてください」
 ひとり一人に声をかけていく。
 無事な村人が保護され、玄関の扉が開く度に駆け寄り、背をさすって励ました。解術の法でも解けぬ程に深く魅了されてしまった村人は、裏の納屋へ運んだ。すでにヒトでなくなってしまった彼らが迎える最期を思うと、志郎の胸は酷く軋んだ。
(「もはや手を下すしかないですか、惨い‥‥」)
 長谷部が裏へ向かったのを見た。後を追った神座が戻ってきた時の表情を思い出すと、悲しみや絶望といった感情がない交ぜになる。
(「混乱を楽しんでいるのか、夫婦が殺しあう様にやはり嫌悪を抱くのか、俺達の様子だけが興味の対象なのか。一体何を望んで、こんな酷いことを、彼は‥‥」)
 気づけば、音が止んでいた。志郎は、治療を村の娘に任せて玄関を出る。
 そして息を飲んだ。

「‥‥飛剣天仁」
 レイは呟いた。天仁との距離は僅かで、彼の攻撃範囲内にレイは立っていた。辺りに緊張と、そして殺気が漲る。
 ディディエが呼子笛を吹いた。仲間に届けと強く念じながら一息に吹く。
 だが意外にも天仁は剣を抜かなかった。ゆっくりと丹念に村の様子を眺め渡す。自らが放ったアヤカシをすべて討ち取られた事にも、興味はないようだ。だが飽いている様子でもない。
 やがて笛の音を聞きつけた仲間が駆けつけてきた。やはり殺気立っている。
 閃光が疾った。目を開けていられない程の光が雷撃と共に天仁を襲う。
「それ以上、レイさんには近づかせません。――え、そんな‥‥っ」
 ちらちらと、粉雪のような白燐を纏わせたジークリンデが言い放つも、その顔には驚愕の表情を張り付いていた。
 黒衣のマントから燻った臭いを漂わせているのに、天仁は眉一つ動かさず、何事もなかったように立っていた。その背後に紅蓮の影が忍ぶように現れ、溢れる殺気を押し殺しもせず、するどい打撃を打ち込んだ。
 重い衝撃音と共に長谷部も含む、天仁の周囲の地面が捲れ上がる。まるで鋼を殴ったような硬さに、長谷部は唇を噛んだ。
「連続ならどうだ!」
 更に踏み込んだ位置から棺の拳も打ち込まれたが、天仁の読みが一歩先を行っていた。棺の目の前に剣を突き出して虚を突き、上体を捻って攻撃をかわした。戦闘を楽しんでいるのか、天仁の剣は鞘に収まったままである。
 息も乱さず、天仁は薄い唇を開いた。
「仲間とはいいものだ。――が、どうすれば堕ちるのか。あれこれ試してみたい気にもなった」
 言うや、剣を抜き、下段から一気に斬撃を放った。切っ先の空間が歪む。放たれた真空の刃は村長の家へと疾走った。
 皆の目が一斉に向けられたその先には、アヤカシから身を隠し、逃げ延びてきたカエデの姿があった。
 レイは迷うことなく真空刃の前に飛び出していた。同時に、天仁へ向けて仲間の総攻撃が襲う。
 剣技と打撃、雷撃すべてが一箇所で激しくぶつかり合った。轟音が田野原を包み込む。
 だが、いるべきはずの男は苛烈な感情を皆に残して、忽然と姿を消していた。
「この借り‥‥預けて置きます」

 背中に深手を負ったレイの治療を、志郎に任せ、開拓者らは言葉少なく座していた。神座は、諦めていたカエデの生存を噛み締めるように喜んでいる。
「聞くまでもありませんね。これまでの襲撃事件の共通点は、レイ様‥‥」
 横たわるレイをみつめ、ジークリンデは呟いた。レイに確かめようとした共通点が彼そのものだった。
「これまでのこと全てが何か大きなことをなすための準備であるのか、と思っていましたが〜」
 ディディエはがくりと項垂れる。
 深い溜息が誰とはなしに洩れた。

 柄土は、家族を失った村人へかける言葉を逡巡していた。村長の家では、いたたまれず座を外した。無論、警戒を兼ねての見回りをする為もあるのだが、
「許せとも言えんしな‥‥」
 唸るように呟く。その視界の端を、巫が横切った。柄土以上にいたたまれないのは彼女かもしれない、と今はそっとしておく事にした。

 すでに夜明けも近く、炊き出しの手伝いを終えた巫はそろりと屋敷を抜け出した。
 全壊した家、半壊半焼した家などが朝日に照らされ、黒く浮き上がる。満点の星空であった事を巫は今になって気づいた。
 暗く恐ろしい夜が明ける。とても喜ばしい事なのに、巫の心中は複雑であった。
 夜もまた必ず訪れるのだから‥‥――。