【浪漫茶房】照れないで
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/19 23:34



■オープニング本文

(「あら、これはなにかしら? 殿方からのものだったらどうしましょう! だって私には私にはちょっぴりだけど、胸がキュンてする方がいるんですもの」)
「胸がキュンてする方がいるんですもの――大切なことなので二回言いました♪」
 下駄箱の中から取り出した一通の手紙を胸に、吉野冬海は頬を赤く染めつつ言った。
「二回? 一度しか聞こえませんでしたよ、冬海さん」
「河村先輩!」
 冬海が顔をぱあっと明るくさせ、とたたっと駆け寄ったのは河村優羽である。兄、武人と同学年であり、先日はいっしょに浪漫的な経験を楽しんだ仲間でもあった。
 冬海が言うところの「浪漫的」「萌える」事柄は、優羽の琴線に触れることはないので、仲間と括られるのには少々語弊があるだろう。
「どうしたの? 独り言には少し大きな声だったけれど」
「手紙をもらったんですの! でも私、私」
「片思いしているのね、いい事だと私は思うわよ?」
 恋に破れ、傷心だった彼女を癒す“例の作戦”はその後も効果を発し続け、今では婚約者との仲も良好だと聞く。それはまさに、今冬海へ向けている柔らかな微笑が物語っていた。
「片思いと言えば、最近なんだか気の毒なうわさを耳にしない? 主に殿方が被害者なんだけれど」
 優羽は、首を傾げ、涼しげな瞳を天井の端へ向けて言った。
「気の毒な、うわさ? さあ、私達の学年では聞いたことがありませんわね」
 なんのことかしらと、冬海も首を傾げていると背後から突如叫び声があがった。
「人前でなんてぇことを抜かしやがる! このトーヘンボクっ」
「ぐぎゃっ」
 叫び声が終わるや否や、男の珍妙な呻き声もあがる。
 冬海と優羽は顔を見合わせて、下駄箱の陰からこっそりと廊下を覗いた。
「唐変木って、僕はただ、貴女のことが好きですとこくはっ‥‥っぐ!」
「それが不埒だっつーんだよ!」
 言いながら男子塾生を拳で殴り飛ばしているのは、どこからどう見ても女子生徒だった。荒々しい言葉遣いではあるけれど、その声はとても愛らしいものだし、身長も14歳の冬海とさして変わらない小柄さであった。
「んー」
 冬海が目を凝らしつつ唸った。
「どうしたの、冬海さん」
「女子の格好が好きな男子とか? それなら喉仏があるはずですもの。ちょっと私、見てきます。じゃ!」
 じゃ! と右手を颯爽と挙げて廊下へ飛び出す冬海へ、優羽はいっしゅん止めようと手を伸ばしたがすぐに引っ込めた。
「私では止められないから」
 と項垂れたが、いざとなれば自分が止めに出ねばならないだろうことは覚悟していた。そういう正当な理由があるから、と優羽は覗きを継続させる。

「貴方、大丈夫ですの? 両頬が腫れ上がってますわよ。きっと明日には今の数倍は膨れ上がると思いますから、早めの帰宅をお勧めいたします。あ! 診察にも行かれた方がよいかと――まあ、失礼な方ですね。挨拶もなしに帰ってしまわれました」
 良かれと思った冬海の助言を最後まで聞くことなく、惚れた相手の暴力に屈した負け馬は脱兎の如く廊下を駆け出した。
「では、次に。私の用件を――さあ、そこの小柄な貴女。喉仏の有無を確かめさせてくださいな」
 くるりと踵を返し、乱暴口調の(たぶんきっと)女子塾生を振り返った。
「? 私の顔になにか付いていますの?」
「‥‥」
 口をパクパクさせながら冬海を凝視するたぶんきっと女子塾生。
「て、手紙を読んでくれた?」
「手紙、って。ええ! この手紙の差出人は貴女なの?! ――ああ、どうしましょう。私にはそちらの趣味はまったくないの。ほんとうにゴメンナサイ。私はどちらかというと男子塾生と男子塾生が」
「ちっがーう!」
 冬海の口から禁断のセリフが飛び出すギリギリで、ストップがかかった。
「そう言うってことは、読んでねえっつーことなんだな。あのな‥‥つまり、だな。――おい、ちょっと耳を貸せ」
 小さな身体のくせに強い力で冬海を引っ張り寄せ、ゴニョゴニョと耳打ちする。
 は、はあん? と妙なアクセントで了承の返事を返した冬海は、
「照れ隠しに殴り飛ばす癖を治してほしいわけですのね? そうね。今のままじゃ、好きな殿方が出来ても告白できませんものね。そういうことなら吉野冬海におまかせよ!」
(「だって、殴られても蹴られても平気――間違えました。殴られたり蹴られたりが好き――‥‥いろんな方が揃う浪漫茶房がありますもの!」)

 なんの話をして盛り上がっているのかわからない優羽だったが、とつぜん冬海と視線ががっちり合わさった。
 たらりと汗がこめかみを伝った。
「嫌な予感しかしないんですけれど」
 その呟きの数秒後。
 嫌な予感ほどよく当たるのだと思い知るのである。


■参加者一覧
伊崎 紫音(ia1138
13歳・男・サ
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
御哉義 尚衛(ib4201
18歳・男・魔
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
ナプテラ(ib6613
19歳・女・泰


■リプレイ本文

 依頼人が吉野邸を訪れる前日。
 千代田清顕 (ia9802)とナプテラ(ib6613)から送られてきた各種衣装を部屋中に飾り、冬海と河村優羽は年頃の娘らしく弾んだ声を上げていた。
「先ずは、なるべく多くの種類をご用意頂ければ。例えば‥‥こんな物などを使う服装では?」
 エグム・マキナ(ia9693)は 教師的口調で提案したが、手にしている小さなヘッドドレスに、冬海と優羽は怪訝な顔を見せた。エグムは気にせず続ける。
「もし使用されるのであれば、そのまま差し上げますよ。偶然手に‥‥趣味ではありませんからね!?」
 言葉にこそしなかったが「わかっていますわ、エグムさん」と明らかな誤解をした冬海だった。

 当日。
「お待ちしておりました、柚子お嬢様」
 吉野邸の玄関では畏まったエグムが、今回の依頼人である柳柚子を出迎えた。彼の両脇で、吉野冬海と河村優羽も元教師に習う。
「今日は世話になる」
 照れ隠しのように小さな唇をツンと尖らせ、柚子が頭を浅く素早く下げた。
 柚子が持っている巾着を受け取ろうとエグムが手を差し出すと、思いきり警戒された。その様が、シノビの誰かに似ているなと思いつつ、確認の意味も込めて軽く褒めてみる。
「話には聞いておりましたが――大変可愛らしい方ですね。髪は‥‥最近切られたとか、それはそれは。髪の長い時の貴女にもお会いしたくなってしまいますね」
「!!!」
 人慣れしていない野良猫のように、カッ、と威嚇と同時に拳が突き出されていた。エグムはその手を払うでもなく受け止め、そろりと優しく押し返しつつ、
「おてんばはいけませんよ?」
 微笑みながら、やんちゃな教え子を嗜めるように言った。
「“じゃじゃ馬を乗りこなすのは好きですが”」
 勝手にエグムの口調を真似る冬海に、当然ながら「こらこら」という本人と優羽のツッコミが入ったのは言うまでもない。

 ずらりと居並ぶ美丈夫の面々を見て、柚子は小さな身体を固く強張らせた。少年のように短く切り揃えた髪、意志の強そうなこげ茶の瞳、熟した野いちごの紅い唇をきゅっと引き結び、柚子は一歩前へ歩み出た。
「今日はよろしく頼む」
 と、明らかに似つかわしくない言葉遣いでもって、感謝の気持ちを告げた。
 冬海の口からペナルティについて知らされると、恥ずかしさで拳を振り回しそうになったが、どうにか堪えたものの不安が隠せない柚子に、
「心配でしたら両手首を縛ってもらいますか?」
 冬海はぐるりと開拓者を見渡した。匂坂さんはきつく縛りそうで危険ですわね、央さんは反対に緩めそうですし、ミシェルさんと伊崎さん、それに尚衛くんは確実に断りますわね。んー、ナプテラさんは喜びそうだけど‥‥一番そういうのを好みそうなのはやっぱり――
「エグ」
「私にそういう趣味はありませんよ?」
 口元を引きつらせて笑うエグムだった。

「ではさっそく参りますわね」
 冬海が、芝居小屋の舞台袖でよく見る演目が書かれためくりの表紙を繰る。

<ちーさんとひーさんのおいろけコント>

 という文字が愛らしく書き込まれていた。
 エグムは優羽と共に、お茶と茶菓子の準備のため、仲良く退室していた。
 テーブルを挟み、柚子の真向かいのソファで清顕と央由樹(ib2477)のデモンストレーションが始まる。柚子はきょとんとした顔で成り行きを見守った。
 いつものように清顕の口車に乗せられた由樹が、耳を赤くして身構えていた。その由樹の手を清顕のそれが包み込む。
 清顕の一言一言に、由樹が食ってかかる様は自分を投影しているように柚子には見えた。
 何を耳元で囁かれたのか。思わず拳を繰り出すところもソックリである。自分と違うのは相手の男に手首を掴まれて組み敷かれているところ。
「せ、せやな‥‥それに、こんな風に拳を出した場合、こういう事をしてくる不埒な男もいるかもしれん。せやからその癖は直さんと、な」
 確かに長椅子に押し倒された状況で言われると説得力がある。
 だがそれは柚子にとって仲間がやられているようにも見えた。
「い、嫌がってる人間に迫るとか、ふしだらにも程があるぞ! あたしは央くんの味方だからな。もし、手がいればあたしも力を貸すよ」
 由樹に向かって拳を突き出す柚子。
「癖を治そう言うてるんやから、手ぇ出したらあかんやろ」 
 かくりと項垂れる由樹と苦笑いの清顕だった。

 ずぞーと、エグムが差し出した紅茶を一口すすり、
「んー。俺も世にいう恋バナとかそういったものに詳しくねぇんだよなー」
 鼻の頭をぽりぽりと掻きながらぼやいたのは 匂坂尚哉(ib5766)。
「人が甘い台詞交わしてる所とか見たり、‥‥男同士でっていうのは俺は勘弁願いたいが、まあ」
 根が真面目らしい彼は、眉間にしわを作っていた。今の流れでこの表情ならば、匂坂は異性というより同士に感じる。
「そういう趣味の奴もいるだろうしな」
 ぼそりと呟いたのを由樹が聞き逃さなかった。
「“そういう趣味”とちゃう。あれは笑いを誘うコントや」
「照れ隠しなのはわかっているよ」
 笑う清顕に由樹が涙目で抗議する。
 見かねた匂坂が、
「おい、おっさん。泣いてんじゃねぇか。あんま苛めてやんなよ」
 と呆れ顔で仲裁に入った。 
「泣いてへんわっ」

「甘い言葉で女性を喜ばせられる様に、ボクも頑張ります」
 奮起するのは伊崎 紫音(ia1138)。
 それを聞いただけで過剰反応を示す柚子がぎろりと大きな瞳をひん剥いて睨む。伊崎はびくりと肩を跳ね上げたが、気を取り直し、
「綺麗な手に怪我をしたら、大変ですから」
 と、持参した毛皮の手袋を差し出した。
(「変な噂が広がって、柚子さんが傷つくような事になったら悲しいですし」)
 よし、と小さく自分を鼓舞して伊崎は柚子を見た。背の小さな者同志が見つめあう様子はほほえましいが、柚子の口調がいただけない。
「ボクも、柚子さんは素敵な女性だと思います。だから、恥かしがる事なんて無いと思います。自分に自信を持って下さい。ボクも応援しますから」
 丁寧でやさしさが溢れんばかりの伊崎の言葉にさえ、
「おう、ありがとうな!」
 乙女らしからぬ荒々しさで答える始末。成熟していない甘酸っぱい果実を思わせる幼げな容貌と相反する言葉に、さすがの開拓者の面々も苦笑いである。
 幸い、伊崎の言葉は応援の言葉だったので、殴り飛ばされるには至らなかった。だが伊崎はなんとも複雑な面持ちで、
「少しずつですけど、ちゃんと前進してます。諦めないで、頑張りましょう」
 柚子を励ましつつも、自分も男としてもう少し甘さを精進すべきかもしれないと、清顕をちらりと盗み見たのだった。
 その清顕が柚子の横へ腰掛けた。
 同士の匂いを嗅ぎ取った匂坂と伊崎の励ましで、柚子はすっかり油断していたのだ。 
「可愛い名前だね‥‥君の名前。柚子って響きがいい」
 ソファから数センチは確実に飛び上がった。柚子は逃げるように匂坂の方へ身体を寄せた上で清顕と距離を取り、改めて振り返った。
「人を好きになったことは? 君みたいな綺麗な子に好かれる男は幸せだな」
 長い足をぞんざいに放り出し、膝に肩肘をついて柚子をじっとみつめる男。
「な、な、な」
 臨界点突破か?! 初めのセリフの時点で臨界点まで一気に跳ね上がった柚子の照れが、振り切れそうになっていた。ブルブルと右拳を震わせて、だが、殴るまいと必死に堪えている。その反動で匂坂の太ももをゴスゴスと殴っていた。
「純情すぎるというのも困り者だね。いつまでもそんなに恥ずかしがって殴ってばかりいられたら、抱きしめたくても抱きしめられないよ?」
 ――突破。
 大きな動作でフルスイングされた右拳が、清顕の顔面へと叩きつけられた。鈍い音はしたが、所詮一般人の、しかも少女の拳である。清顕の唇がわずかに切れただけなのだが、これを使わないはずがない。
「悪いことしたらどうするんだい? ‥‥分かるだろ?」
 指先で拭い取った自分の血を柚子の目の前に突き出す。意地悪く笑い、「ん?」と何かを促している。
「悪かった」
「ん?」
「すまなかった」
「ん?」
「‥‥ごめんなさい」
「いい子だね」
 よしよしと頭を撫でる清顕は、妹を見守る兄のようだった。おいろけコントを演じた人間とは思えない変貌ぶりに、柚子は少し戸惑う。
「ん、それでええねん。殴ってしもてもきちんと謝れば、相手も分かってくれるやろうし。癖を直すのも大事やが、こういうのも大事やで」
 清顕の手を弾き飛ばし、央は柚子の頭を撫で始めた。
「まあ、コイツは殴ってもいい部類に入るから気にすなや?」
 柚子を撫でる手はそのままに言い捨てると、ぷいとそっぽを向いた。

「手は、大丈夫ですか?」
 ふいに背後から伊崎の声がした。振り向くと目の前にティーカップがあり、
「手袋は役に立ちましたか?」と笑う伊崎の顔も視界に入る。
「すげー痛かったけど、怪我してねえからな、助かった。にしても、開拓者のツラって相当ブ厚くて固いんだな」
 差し出されたカップを受け取り、柚子は関心したように言う。伊崎とは打ち解けているようだ。彼もれっきとした男子なのに意識されていない現実。そこが少しやるせない伊崎紫音13歳だった。
「伊崎さん、ありがとな。――っしゃ、次いくか!」
 そんな思春期真っ只中のオトコノコを置き去りにして、やる気を滾らせた柚子だが――次は騎士然としたミシェル・ユーハイム(ib0318)を見るなり、ごくりと唾を飲み込んだ。
 見るからに手ごわそうな見目麗しさに、柚子は逃げ出したくなった。
 少女の恐れなどどこ吹く風、とミシェルは清顕の手当ての真っ最中である。
「だらしないなぁ、清顕のくせに――」
 手当てを済ませたミシェルの指先が、清顕の口唇へ無意識に触れていた。すっかり乾いてしまった血の痕なのだが――
「恋慈手って患部に直接触れるんだったかな?」
 余裕の笑みの清顕を、「さあ、そこを早く私に譲るといい」とソファから強引に外させた。自分の取ったさきほどの行動はいっさいなかった事にしたいらしい。
「次は僕がお相手するよ」
 柚子の左隣を独占する。
「昨日も君の事を考えてたし、今日もそして明日も明後日も君の事を考えてるよ。どうすれば、いつも笑顔でいてもらえるんだろうって。恋すれば人は優しくなれるよ。だから大丈夫――君は素敵な女の子だから」
「‥‥」
 初めて間近に見る黄金色の長い髪に、柚子はしばし見惚れていた。だが、突如、ミシェルの髪を掴んで自分の顔へ押し付けると、身体をくの字に曲げて俯いた。
「どうしたんだい、いきなり」
 困惑するミシェルに、柚子がぽそりと呟いた。
「髪、切らなきゃよかった。切ったから、男子が言い寄ってくるようになったんだ」
 ぐりぐりとウェーブがかかった蜂蜜色の髪で目元を拭いながら、冷たく言い放つ。
 ミシェルは、少し考え込んだように眉を顰めたが、すぐに笑顔になった。清顕と同じみたいで、少々気に食わなかったが、柚子の頭にやさしく手を乗せ、
「そんな君が恋に落ちたとき、今流してる涙はどんな味に変わるんだろうね。味見できないのが残念だけど」
 驚いて顔をあげた柚子の眦に指を這わせ、滲み出ていた涙を掬った。
「いったたたた!」
 格好いいことを言ったはずのミシェルが、苦悶の表情で顔を斜めに傾けた。あまりの恥ずかしさに、柚子がミシェルの髪をぎゅうううっと握り締めたのだ。顔を真っ赤にして、口を魚のようにパクパクさせている。
「お、乙女心は複雑なんですね」
 祈りを捧げるように両手を胸の前で組んで呟く御哉義 尚衛(ib4201)。
 甘い言葉を囁くため、匂坂から場所を譲ってもらい、柚子の右隣に座っている。男を磨くべく女性の扱い方をこっそり学ぶ気でいた尚衛だったが、皆のスキルが高すぎて頭が破裂しそうだった。
 とりあえず、自分同様この現状に動揺しまくっている柚子を落ち着かせるため、
「無理をして今すぐ急に直さなくても大丈夫ですよ」
 ミシェルの髪を掴んで離さない(拳が固まって離れない、とも言う)柚子の肩を、軽く叩いてやる。
「大丈夫か? 本当に?」
 念を押しながら振り返る少女の拳を、尚衛はそおっと緩めてやる。固く強張ったままの柚子が酷く気の毒に思えた尚衛の、自然な行動だったのだが――柚子にしてみれば、背中越しに同年代の男子が自分の手を握り締めてきたのだから、それだけで臨界点を突破したとしても責められないだろう。
 緩んだ勢いそのままに、裏拳が尚衛の頬へ炸裂した。両目をチカチカさせながらも、尚衛は笑顔を忘れない。
「だ、大丈夫です! 男は女性が思っているより丈夫ですし、こういうのが好きな方もきっといらっしゃいます!!」
 尚衛の必死のフォローだが、おかわりの茶を運んできた給仕役の優羽と、おいろけコントの出来栄えに悶死した冬海の介抱をしていたエグムが、微妙な表情をして見せたのは秘密である。
「ふっふっふ。これからは“おしおきタイム”の始まりだね」
 背筋をピンと伸ばし、形の良いふたつのふくらみを揺らしながら宣言したのはナプテラだった。
 興奮のあまり早々に意識を手放した冬海に代わり、柚子の拳をちゃっかりカウントしていたのだ。
 トレードマークのおすまし眼鏡を掛け直し、これまで振るった拳を列挙する。
「というわけで。お着替えの時間だよ。さすがに生着替えは可哀想なので」
 ここで「当たり前だ」の声が飛ぶ。言ったのはもちろん匂坂である。
「かといって柚子だけ着替え、というのも不憫なので――冬海と優羽にも着替えてもらいましょう! も、ち、ろ、ん――お手伝いするのは私、ナプテラでぇす!!」
 さあさあ、とぐずる柚子を追いたて、「どうして私まで?!」と困惑する優羽の手を引き、ナプテラは隣室へ移動した。
 冬海はというと、ちゃっかりエグムにお姫様抱っこしてもらっての退室である。

 一人掛けのソファで真っ赤な顔で座っている異国情緒たっぷりの姫は、柚子。ナプテラお勧めのバラージドレスを身に纏い、所在無げに、グーにした両手を腿の上に乗せている。露出度が高いので、かなりのダメージだ。
 頭にちょこんとヘッドドレスを乗せて、メイド服に身を包んでいるのは優羽。短めの丈の黒のワンピースにたっぷりめのフリル使いのエプロン。膝上までの黒のニーソックスはもじもじと恥ずかしそうだ。
 同様のメイド服だが、黒うさみみ頭巾でご機嫌なのは意識を取り戻した冬海である。
 その後。
 着せ替え人形のように、柚子は殴った数だけ着替えさせられたのだった。残念なことに、この「殴った数」には匂坂の腿への殴打もカウントされていて、夜遅くまで、着せ替えごっこは続いたのである。
 
 以降、柚子が告白してきた男子塾生を殴ったという話は聞かなくなった。本人曰く、殴ると酷い目に合うという図式が蘇り、手が出なくなったという。