【浪漫】〜変わるわよ?
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/17 20:08



■オープニング本文

「ふあぁぁあ‥‥っ」
 お昼を少しまわったところで午前の講義が終わり、お腹の虫も元気良く自己主張を始め出す中、吉野冬海は大きな欠伸をひとつ、
「く‥‥あぁぁああ、ふ」
 ふたつと出していた。
 窓を通して差し込む陽光はしみじみと暖かく、吹き抜ける乾いた風はさらさらと髪をくすぐっていく。
「こういう日は外でお弁当を食べるのが一番ですわね」
 ああ、そうそうと鞄の中から臙脂色のショールを取り出した。
「日陰は寒いかもしれませんものね。風邪なんて引いたら兄さまになんて責められるか‥‥」
 ショールを肩に掛け、お弁当箱の入った巾着袋を片手に友人を誘いに廊下を走る。向かっているのは仲良しの上級生、河村優羽の教室だった。
 彼女も同じような事を考えていたらしく、教室に行くまでもなく廊下の途中で鉢合わせした。二人はそのまま履物を変え、中庭へ移動すると、お決まりのように互いのおかずを取り替えたり、褒め合ったりしていた。
「優羽さんはさすが花嫁修業をされているだけあって、すごく美味しいですっ。私は未だに包丁を握らせてもらえないんですよ! 兄さまが、危ない、怪我をするってうるさいんです」
「武人くんが? 教室の中ではそんな風には見えないけど」
 級友である武人の姿を思い浮かべ、たった今冬海がこぼした兄像と塾内での違いに、不覚にも優羽は笑った。
「妹思いなのね」
「笑い事じゃないですわ。これではわたくし、おちおち恋もできませんもの」
「その口振りだと、まだ好きな殿方はいらっしゃらないのね?」
「‥‥むぅ。片思いですけど、います! ‥‥‥‥ん? ねえ優羽さん。なにか話し声が聞こえません?」
 言われて優羽は耳を欹てた。確かに誰かが話をしているらしかったが、何やら揉めているようだ。
「痴話げんかのようですね」
「そのようね。こら、冬海さん。あまりそちらへは行かない方が」
 興味津々の冬海は、口元へ人差し指を当てながら、「もしもの時にすぐに飛び出せるようにしておかないと」とそれらしい言い訳をつけて、草むらをかき分けていく。
 声が近くなったところで、冬海は見つからないように用心しながら顔を出した。
「あれ? あの子は同じ組の」
 俯いているので顔ははっきりしないが、その小柄な身長とぽきりと折れそうなくらいに細い身体から人物がわかった。
「安陪しのぶさん‥‥それじゃあ、あの男子は‥‥安陪さんの恋人」
 組違いなので良くは知らないが、比較的女生徒に人気のある男子だということは聞いていた。
 確か名前は水野時次といった。思い出せたのが嬉しくて、冬海が静かに手を打っていると、いきなり大声を出されて面食らった。何事かしら、と覗き込むと、
「しのぶのそういうところ、嫌いだ。俺はいつもしのぶを見てるのに、しのぶはそうやっていつもよそを見てる」
 言うなり、時次は踵を返して走り去った。
 残されたしのぶは、ずっと俯いたままである。
「あれは酷いわね」と背後から優羽の厳しい声が聞こえた。
「嫌いだなんて、酷すぎですわ」
 ザッと草むらから冬海が飛び出した。追うように優羽も飛び出す。
 突如現れた影に、安陪しのぶは持っていた包みをぎゅっと抱き締め、訝しげにみつめる。
「お話は聞かせていただきましたわ。ご自分の恋人に“嫌い”だなんて、酷すぎです。わたくし、これから抗議に」
「いいんです」
 駆け出そうとした冬海の手を、しのぶが掴んで制止する。彼女の華奢な指から色はすっかり失せていて、そして震えていた。
 でも、と言いながら冬海は、時次の立ち去った方角を見遣る。
「冬海さん‥‥、抗議に走るよりもまずは彼女の方が先だと思うの。すごく体調が悪そうに見えるけど」
 言われてみれば、俯いたままの顔も生気を失っているように白い。冬海と優羽は、彼女を自分達がお弁当を広げている場所へ連れて行くと、事情を尋ねた。話をするだけでも気が楽になるだろうと思ってのことだ。もちろん、無理やり聞き出すつもりはない。
 草むらに腰を下ろすと、しのぶがぽつりと呟いた。
「その声は、吉野冬海さんよね」
「ええ」
「私‥‥っ」
 顔をあげたしのぶは、必死の形相で冬海の手を握ってきた。
「水野くんに見合う可愛い女の子になりたいの。細い女の子が好きって人づてに聞いたから、頑張ってみたけど、ガリガリになっちゃうし。男の子は胸が大きい方が好きって人づてに聞いたから頑張ってみたけど、痩せすぎて胸の大きさが極貧だからどうにもならないし。もうどうしていいのか、わからなくて。水野くんの傍にいて、彼が恥ずかしいって思わない女の子になりたいのに、どんどんみっともない事になっていくの。ねえ、――吉野さんにお願いしたら、望みが叶うって人づてに聞いたんだけど、私のこの願い。叶えてくれる?」
「‥‥」
 冬海は思わず優羽に疑問の目を向けた。どこからそんな噂が立ったのだろうか。考えられるとしたら、優羽しかいないのだ。
「だって、私はあなたのおかげで幸せになったんだもの」
「どちらかというと開拓者の‥‥――。なるほど、そうよね。私には、――いいえ。世界中の女の子の為に尽くしてくれる方達がいましたね!」
 任せて、と冬海はしのぶの手を握り返した。
「きっとなんとかなるわ!」
 なんとかしてみせるのは、開拓者の面々ではあるのだが。
「あの煌びやかな茶会を開くのね」
 優羽が微苦笑を浮かべる。
「浪漫茶房は悩める女子の為の茶会ですから」
 昼休みの終了を知らせる鐘が響く中、冬海はその愛らしい瞳を紅葉の如く燃え上がらせた。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ルシフェル=アルトロ(ib6763
23歳・男・砂
ミカエル=アルトロ(ib6764
23歳・男・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文


 自分に自信が持てない安陪しのぶの為の、小さいけれど華々しい茶会が開かれることと相成った。と、その前になにやら冬海とこしょこしょ打ち合わせをしている人物がいる。
「茶会への呼び出し、と言う事で良いでしょうか? ならば、出迎えるにあたり、少々工夫した方が良さそうですね‥‥ところで、こんな服を手に入れておりまして――」
 エグム・マキナ(ia9693)は、執事服「忠誠」を掲げ、お客様達の出迎えを担当致します、と揚々と言った。
 冬海はエグムを屋敷に残し、しのぶのウォーキングの練習に同行してエルディン・バウアー(ib0066)の教会へ向かった。
 長い廊下があるといい、と神父に言われたが、吉野邸に適当な場所がなく、借り受けることになったのだ。
 わいわいと聖堂内の長椅子を片付けて、広さを確保。冬海所有の姿見も通路に置き、準備万端となると、さっそく六条雪巳(ia0179)がアドバイスを入れる。
「姿勢が良いと、それだけでも綺麗に見えるものです。俯くと自然と背が丸くなりますから、目線は上げて。胸を張ると、お胸も少し大きく見えますよ」
 少し頬を赤らめているのは、六条自身の胸に詰め物をしてそれらしく見せているからだった。それでも根が生真面目なこの巫女は、時折冬海の手を借りながら、背筋を丸めた時と伸ばした時の見え方の実演を懇切丁寧に教授した。
「お野菜をメインにすると太りにくいですよ。無理をして体調を崩しては意味がないでしょう?」
 ウォーキングの指導をしながら、しのぶの細い手首を差すと、変わらぬ上品な笑顔で言った。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん」
 かちりとカソックを着込み、エルディンは自分の胸に右手を宛がい、
「貴女に秘められた可能性を引き出します。私には貴女の中の輝きが見えますとも」
 内なる魅力は本物であれば滲み出るものだ。エルディンは目の前で俯く少女からそれを感じ取っていた。
 六条がそうであったように、エルディンもしのぶの身体に直接触れることを憚って、ルシフェル=アルトロ(ib6763)を傍に呼んだ。
「顎は引いて、目線は数十m先、腰から前に進むように」
 ルシフェルの顎に指先をとん、と乗せ、頬を寄せるように顔を近づけながら指を前方へと伸ばす。
 背骨を腰に乗せるイメージで、の件ではルシフェルの少し浮いた肩甲骨の中央から引き締まったウエストへ一気に指を滑らせ、肩の力は抜くようにと軽く揺さぶる。
「そして、こんな感じに‥‥膝を伸ばす」
 モデルにされているルシフェルは、くすぐったいのと余計な事をしないとの我慢の二重苦に、ひたすら耐えていた。
「運動が苦手なら日常の動作でカバーしましょう。では、私に向かってまっすぐ歩いて下さい」
 身体のあちこちに意識がいく為、覚束ない足取りだったが、しのぶは言われた通りに両手を広げて待っている神父の下へ向かって歩いた。
「素敵ですよ。美しき神の御使いが私の目の前に現れたのかと思いました」
 それから少しの間、練習し、五人は吉野邸へ戻った。横並びに流麗に歩く姿が人目に付いたのは、不可抗力である。

 吉野邸の門前では、どこにも隙のない執事が五人を出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。冬海お嬢様、お荷物等はございますか?」
 完璧執事、エグムは“冬海お嬢様”と並ぶしのぶへ両手を差し出し、彼女の小さな鞄と上着を受け取った。
「お困りになった際は、息を吸い、少しだけ上を向くことをお勧め致します。きっと、貴女の魅力が増しますよ」
 ゆっくりとこうべを垂れ、僭越ながらといった具合に助言をした。面を上げた際の微笑はきりりと引き締まっている。エグムは、五人を奥へと案内した。

 見慣れた吉野家の応接室。別段、派手な飾りつけが成されているわけでもなく、ごく普通の応接室にしのぶは拍子抜けした。とはいえ茶会である事に間違いはなく、テーブルの上には色とりどりの焼き菓子や甘味類が並んでいる。
 長椅子までエグムに手を引かれ、しのぶはぎくしゃくと機械仕掛けの人形のようにぎこちなく腰を下ろした。
 エグム含め、居並ぶ青年らもまた美丈夫ばかりで心臓に悪い。気づくと、しのぶはまた俯いていた。
「あ!」
 中身をぶちまけながら茶器が床の上を転がっていく。しのぶは咄嗟に茶器を拾い上げ、テーブルへ置いた。鞄の中からハンカチを取り出し、茶を被ったらしい少年の手を拭う。
「ごめんなさい、こんなこと手伝わせちゃって‥‥やっぱりしのぶ姉様優しいんですね」
 羽喰琥珀(ib3263)は、ハンカチごとしのぶの手を握り締めて笑った。
「‥‥ど、どうして?」
「しのぶ姉様のような唇をしてる人は、自分より他人の事を思い遣れる優しい人って聞いたから、しのぶ姉様も優しい人だって思ったんです」
 目の前の少年が、その大きな瞳を一際輝かせて笑うと、しのぶの胸がほんの一瞬ずきりと痛んだ。少年のつぶらな瞳を羨んだからだ。
「時次って人もしのぶ姉様の優しい性格に惹かれたんでしょうね」
 琥珀は唇をつんと尖らせ、しのぶにそっと耳打ちした。
「こんな素敵なしのぶ姉様と付き合えるなんて羨ましい‥‥俺がしのぶ姉様と付き合いたかったなぁ」
 しのぶは琥珀の意図をわかっていた。それでも胸がモヤモヤする。
「手作りでなくて申し訳ないのですけれど、お気に入りなのです。見た目は不恰好でも、とても美味しいのですよ」
 テーブルに新しい茶菓子が置かれた。六条雪巳(ia0179)が今日の為に贔屓の菓子屋で買った鬼まんじゅうだ。
 袖口を押さえ、白く細い手が菓子を勧める。
 六条が言うように、ごつごつとした不恰好な菓子だが、上品な甘さが口いっぱいに広がる。終始笑顔で楊枝が進むしのぶは次第に緊張が溶けていくのを感じていた。

「久し振りだな。この前は一体何処で戻って来たんだか‥‥」
 ミカエル=アルトロ(ib6764)が冬海へ声をかける。冬海は、「宝箱の中身を明かすつもりはありませんわ」と答えながら持っていた化粧箱をミカエルに手渡す。蒸しタオルは火傷しないよう籐の籠に入れた。
「シノブの願いを叶える事と少しでも勇気を持って貰い絆を深めて貰わないとな」
 背凭れ椅子に移動させたしのぶへ、ミカエルが満面の笑みで言葉をかける。小さな黄色い花をたくさん咲かせたミモザのように、その笑顔は優しく魅了した。
「初めまして、お嬢様。俺はミカエルだ。今回は宜しくな?」
 事前準備は終わっているので、さっそく肌のケアに入る。
「全く‥‥肌が荒れてるな。無理な痩せ方は肌にも体にも良くないぞ? 食事で調整するだけで十分だ」
 ほんの少し、ミカエルが憮然とした。ルシフェルには理由がわかっていたから、すかさずフォローを入れた。
「ほら、恋すると女の子は綺麗になるって言うじゃん? シノブも綺麗だよ、大丈夫」
 ルシフェルとは教会の時から一緒にいるので、ミカエルよりは比較的馴染んでいる。「大丈夫」と肩にポンと両手を乗せられても、びくつく事もなく、ルシフェルの懐こい性格も相まってしのぶは安堵の笑みを返した。
 ツンの次はデレが来るのは相場だ。ミカエルは、そう言えば、と声のトーンを上げるとさり気なく胸に良い料理の話をする。
「イワシの煮付けや厚揚げと豆の煮物は胸に効果が有るらしいな」
 化粧筆の穂先で顎から首筋をくすぐられ、しのぶはアワワ状態だ。
 しのぶの顔色が明るく華やぐと、手鏡を渡し、
「少し手をかけただけでこんなに変わる。そんなに赤くなるな。熟したと思って食べたくなるだろ」
 鏡越しに顔を覗かせて、耳たぶを齧るふりをする。
「ね、ね、シノブはどんな髪型が好き? 綺麗な髪だから、きっちり結い上げるよりは垂らす方が良いし、ふんわりした方が可愛いよね〜」
 ミカエルの施す化粧によって、健康的で明るい印象へと変化するしのぶの髪へ指を滑り込ませ、毛先を跳ねさせてみたり、くるくると巻いてみたりと遊ぶルシフェル。警戒心を抱かせないのは、やはりその人懐こい笑顔である。同じ造りであるのに、ミカエルとは対照的だ。ルシフェルの笑顔はミントのように爽快で、その屈託のない言葉は、知らぬ間に心を解かせていく魔法のようだった。
「今回は薄化粧もして、もっと可愛くなって驚かせないとな」
「化粧は化ける為の物だ。可愛いシノブは素顔が1番だ」
 ルシフェルの言葉が魔法なら、ミカエルの指遣いも魔法のようだとしのぶは思った。しのぶの印象を大きく変えたりせず、彼女の素の良さを引き出す薄化粧。雪解け水に濡れる雪割り草のように、素朴だけれど小さな愛らしさだ。

 綺麗に外側を飾っても肝心の笑顔がこわばっていては不完全である。
「アル・カマル生まれのクロウだ。宜しくなっ」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は握手のつもりで手を差し出したが、不慣れなしのぶはつい下を向く。
「はい、だめー。人と話すときはちゃんと顔を見て話す。はい、もう一回♪」
 立てた指を左右に振りながら、
「折角可愛い顔してんのに、そんなんじゃ勿体無いぜ? 『私は可愛い』って声に出して言ってみよう♪ 恥ずかしがる必要は無いぜ。しのぶさんは本当に可愛いんだから」
 クロウは殊更明るく努めた。周囲が明るければ、しのぶの気持ちもを上向くだろうと考えたのだ。
「にー」
 と口角を上げて笑顔を見せる。
「はい、しのぶさんも。にー」
「に、にー」
「良し、その笑顔だ! しのぶさん可愛い!」
 ハイタッチしようかと思ったが、小さなハイタッチに終わる。だが大きな進歩だった。

 何事にも動じない完璧執事が、新しい客を出迎えに玄関へ向かう。程なく水野時次が駆け込んできた。吉野冬海主催の例の茶会にしのぶが参加している旨の連絡を受け、すっ飛んできたようだ。
 見目麗しい紳士や静謐な佇まいで魅了する神父、やんちゃに甘えてくる弟属性の虎っこなどなどが傅いて奉仕するとかしないとか。
「俺のしのぶぅぅぅぅっ!」
「ようこそいらっしゃいました。お荷物等はございますか?」
 さすがエグム執事は動じない。粛々と仕事をこなし、時次を客間へと通す。

「彼とはどういう馴初め?」
 ソファの肘掛に浅く腰掛け、千代田清顕(ia9802)はしのぶの肩に手をかけて顔を覗きこむ。しのぶはやはり俯いた。時次の格好良さにも眩暈がするのに、これほど容姿が整った青年ばかりに囲まれては神経が持たない。
「ごめんよ」
 肘掛から離れ、しのぶの前で跪くと清顕は笑顔で見上げた。
「顔や目を合わさないと、相手は『この人は自分に興味がない』って思うものだよ。好きな人にそんな態度を取られたら悲しいだろうね」
「‥‥」
「目を合わせるのが難しいならこの辺りを見てるといい」
 自分の唇を指さし、
「そして時々目を見るんだ。好きだって気持ちを込めてね。やってごらん‥‥そう、上手だね」
 拳を軽く握り、しのぶの手にこつんと当てる。
「あと一つ、男心を掴む魔法を教えてあげようか? 目が合ったらにこっと笑うのさ」
 ようやくしのぶが顔を上げる。清顕の額にある、手当ての済んだ傷に触れ、大丈夫ですかと訊ねれば、すかさずエルディンがやってきて「神の御使いのご指示とあれば、すぐにも治療いたしますよ」と傅いてニコリ。
 そこへ、 
「はい、どいてどいて〜」
 次は俺の番だと清顕とエルディンを無造作に追い払う琥珀。
「時次もしのぶ姉様に嫌われたり他の人に奪られるんじゃないかと不安に思ってるんですよ。しのぶ姉様、時次にちゃんと目を見て好きって言ったことある?」
 しのぶが躊躇していると、
「大丈夫だよ。今の姉様は凄く魅力的だよ。後はほんの少し勇気出すだけだよ」
 クロウは冷めた茶を下げ、淹れたての紅茶を代わりに差し出し、
「彼氏さんはしのぶさんの魅力を良く知ってるんだ。俺達よりもずっと。だからしのぶさんに告白したんだ。しのぶさんの事が好きなのに、でもしのぶさんはそんな自分を好きになってくれない。それが悔しくて、悲しいんだと思う。だからさ、彼氏さんの事を信じて、自分をもっと好きになってあげなよ」
 小皿に残る鬼まんじゅうをきりわけて、
「あーん」
 さすがに「できません、ごめんなさい」と謝るしのぶ。
「だよね。こんなに悩むくらいに彼氏さんのことが大好きなんだから」
 切り分けられた鬼まんじゅうは代わりに琥珀の口に収まった。
「何故自分が彼に相応しくないと思うんだい? 男は細くて胸の大きな子が好きだって決めつけてるけど、時次さん自身はどんな子が好きか、考えたことはある?」
 居並ぶ仲間を指し、清顕は続ける。
「皆志体持ちだし、いい男だし、そこらの人より色々出来る。だからって時次さんより好きかい?」
 しのぶは首をふるふるっと振った。
「誰でも、好きになった人のことがすべてなんだよ。君がそうであるようにね。君は優しくて、頑張り屋で本当にいい子だ。清楚で小さな花みたいで守ってあげたくなる。きっと彼も君のそんな所が好きなんだよ」
 頬を桜色に染めるしのぶへ片目を瞑って見せ、
「さっきまでの君も可愛かったけど、もっと可愛くなったね。俺が彼氏なら絶対に離さないんだけど」
「しのぶ殿は既に愛される存在です。今度は自らを愛し、自分に自信を持つと更に輝きますよ」
 清顕とエルディンの間を少女の視線が往復する。 
「ねぇ、しのぶさん。隣にいて恥ずかしく思われないようにしたいという事ですけれど、彼は貴女のどこを好きになったのだと思います? お胸ですか? スタイルでしょうか。でも、時次さんは貴女を選んだ。という事は、それ以外の部分で貴女を好きになったのだとは思いませんか? この鬼まんじゅうと一緒です。外見ではない、貴女だけの魅力が確かにあるのですよ。‥‥ね、時次さん?」
 隣室に続く扉が大きな音を立てて開くと、堪り兼ねた時次が勢い良く飛び出してきた。
 どうして時次がここにいるのかわからず、首を傾げるしのぶの腕をぐいと引いて立ち上がらせると、
「しのぶが可愛いのは初めからだ。なにも‥‥なにも、こんな風に飾らなくったってかわい‥‥可愛いんだ」
「お化粧とか、嫌いだった?」
 不安げに見上げるしのぶの目には、しっかりと時次の姿が映っている。
 頭をぶんぶんと横へ振り回し、時次は、
「すごく可愛い‥‥それに、ちゃんと俺を見てくれてるのが一番嬉しい。俺はしのぶが好きだ。しのぶは?」
「もちろん、大好きです」
 その一言は、時次の心にもしのぶの心にも満開の花を咲かせたのだった。

「万商店で面白い物を見つけまして。遅ればせながら、お誕生日のお祝い、と言う事で。差し上げます」
 エグムが爪紅を手渡すと、清顕からはジルベリア風のケーキがプレゼントされた。
「遅くなったけど誕生日おめでとう」
 後日、このカップルから明かされた“冬海の茶会”には別の尾ひれが付いたと言う。
 ――女性の心を蕩かせる秘術が学べるが相当の覚悟がいる‥‥‥‥と。