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■オープニング本文 ※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。一切影響を与えません。大事なことなので二回言いました。 ここは知る人ぞ知る秘境の夢の村。噂では、延々と続く茨の道を裸足で三日歩き、空へ駆け上る龍が如く滝を昇り、そして舞い踊る天女の誘惑を見事跳ね返さなければ辿りつけぬという。 村の名を――漢村――と言った。 住人はすべて男、男、男、男、男男男男男男。なんだか文字が歪んで見えてくる程に男ばかりの村なのである。 女っ気はいっさい無し。 ではさぞや暑苦しい村なのだろうと思いきや、そんなことはない。 女性かと見紛うほどの美貌を誇る美少年、美青年。果ては美中年までいるのだ。 そして、筋骨隆々のガタイの良い男もいれば、ノーテンキにそこらの男を軟派している優男もいる。 「俺は確か、先ほどまで椿殿と話をしていたはずなのだが?」 中空にぽっかりと穴が空いたような見事な満月の下で、秋月刑部は首を傾げた。椿とは、刑部が密かに思いを寄せている主家の娘である。わざわざ人目を忍んで会いに刑部の屋敷へやって来た椿を、刑部は諌めていたのだが、ほんの数回まばたきをした僅かな瞬間に、このような見たこともない場所へ移動してしまっていたのだ。 戸惑う刑部の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。名を呼ばれたが振り返りたくはなかった。この男はいつも面倒を起こして人を巻き込んでくれる、厄介な男なのだ。だが、一方で借りもあったから無視するわけにもいかなかった。 嫌だ嫌だと思いつつ、刑部は振り返る。 「うるさい。一度呼べば‥‥ぐっ!?」 青い月光を浴びる百瀬光成が、目の前に立っていた。ニコニコといつものように愛想のいい笑顔を全開にしてこちらを見ていた。その顔を見た瞬間に、刑部の全身が汗だくになった。動悸も激しくなる。ドキンドキンと脈打ち、視線は百瀬の唇やら顎先やらとあらぬ箇所ばかりを追う。挙句にとんでもないことを口走った。 「俺がお前の可愛い声を聞き違えるはずがないだろう。そんなに何度も呼ばれれば、お前への思いが溢れてよからぬ行為に走りそうになるじゃないか」 (「ぎゃあああああああああっ」) 心の中で悲鳴を上げたのは、当の本人、刑部だった。どうやら心中の自分と、外の自分とでは人格が違うらしい。思ってもないことを、つらつらと喋る。さらに恐ろしいことに、百瀬が照れて俯いたりしているのだ。 なんだここは、どうしてこうなった。 刑部は目を白黒させながら、辺りを見回す。すると、自分同様いきなりここへ飛ばされたらしい男達が――たぶん本人の意思とは関係なく――ラブな空気をあちらこちらで醸していた。 「良く知ってる顔がみつかってよかったぁ。ところでさ、訊いてみてもいいか?」 「な、なんだ。俺の光成」 (「腹、掻っ捌いて死にたくも刀がないとはっ」) 「なんかさあ、妙に胸の真ん中がザワザワするんだけど。これって病気かな? こう‥‥心臓が“きゅ”って引き絞られるっつーの? なんだ、これ。しかも刑部を見るとなるんだよ」 病気じゃないのか、とかわしたいのに、 「それは、お前が俺に恋しているという証なんじゃないのか」 思ってもいないことを、この口が、勝手に話すのはなぜだ! ああ。 ここはいったいどこなんだろう。 「そうか。俺は刑部が好きなのか。わかった、じゃあ愛をはぐくもうゼ☆」 (「馬鹿を言うな、このバカ光成め! 少しは頭を使って考えろ。俺とお前とじゃ愛は育まれないぞ」) いやいや毒されてはいかん、と刑部は頭を横に振る。男同士で愛を育むなどと、つるっとそんな考えが当然のように浮かんでくるとは。 (「俺は腐ってしまったのか」) そんな刑部を尻目に、満月の光に煌々と照らされる百瀬はぺろりと舌を出し、 「てへぺろ♪」 などとふざけている。 早く夜が明ければいいのにと、肩をがくりと落としながら秋月刑部は願うのだった。 |
■参加者一覧
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
空(ia1704)
33歳・男・砂
すずり(ia5340)
17歳・女・シ
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
フォルカ(ib4243)
26歳・男・吟 |
■リプレイ本文 西の空が薄闇へと溶け込む中、桃色に照らされた神父が、鼻歌交じりで教会前の花を摘んでいた。 「今宵も皆さんに忘れられない愛が降り注ぎますように。もちろん私にも」 エルディン・バウアー(ib0066)はそっと唇を寄せた。 ぽつねん。 村全体が見渡せる小高い丘で、礼野 真夢紀(ia1144)は両手に大きな籠を持って立っていた。重さから察するに中身はお弁当で、しかも10箱以上は詰め込まれていた。 どこか妙だ。礼野は籠を下に下ろし、違和感の元を探した。 両手で確認した胸は、初めからそこには何も無かったと言わんばかりにまっ平らだった。捏ねても寄せてもそこには肉が無い。 「ぺったんこ」 一言呟いて改めて村を見渡した。空目かしら、あちらこちらでハートマークが実体化している。 (「異世界に飛ばされ? 魂が入れ替わり? ‥‥いや、見知った感じがするのは多分ここのまゆの体にお邪魔している‥‥そういった状態なんだ!」) 楽しませて頂く事にした礼野は、村の中央で燦然と輝く桃色の十字架を掲げた不思議な教会を目指した。 「刑部さんばっかりずるい。ボクも光成さんで遊ぶ〜」 何者かに抜き足で突如とびつかれた刑部だったが、これまでの自分の発言を恥じていた為か振り払うわけでもなく棒立ちだった。 後ろからぎゅうぎゅうと抱き着いて、腰には足が絡みつく。おぶさっているのがすずり(ia5340)だと気づいた刑部は、 「そう無邪気に身体を押し付けるな。俺でなければすずりはとうの昔に」 (「やめろ俺」) 口と心は別物だった。危うく、“危うい”事に陥りそうな所を切腹覚悟の思いで押さえ込む刑部。だがすずりはお構いなしに、刑部の背中に顔を押し付けて、くんかくんかと匂いを嗅ぐ。 「刑部さんの背中大きくて落ち着くね。良い匂いもする‥‥ほらほら、光成さんもぎゅってしてみると良いよ」 刑部の着物からは伽羅香が香っていた。 「匂いに敏感なのは求められているという訳か?」 (「求められてなどいない!」)と内心で必死に首を横に振っていた。 椿にも見せた事が無い甘い微笑を湛え、すずりを背から下ろす。やれやれと内心安堵していると、また一難やって来た。 ふう、と首筋に息を吹きかけられ、刑部は仰天した顔で振り返ると、闇の中から男の顔が浮かび上がる。だが見知った顔なので安心した刑部は、またも心とは間逆の行動を取る。空(ia1704)の腕をきゅっと掴んではにかんだのだ。当然内心はぎゃああ、である。だが空も負けじと切り返す。 「刑部‥‥ココに居たのか、探したぞ。俺から離れるなと言ッたのに」 笑顔にも拘らず少しイラついた声音は更に続く。 「心配なんだ、離れないでくれ」 ぎょぎょっとしたのは放置状態のすずりと百瀬である。一体何が始まろうというのか。二人は仲良く肩を並べて胸を昂ぶらせた。 「あまり笑わない空が俺にだけ見せるその顔は、特別の証なんだな」 そっと指先を空の胸へ当て、俯く刑部。 (「俺もおかしいが空もどうした?!」) 「ではもっと特別なものを見せてやろう」 空はお子様二人を一瞥し、ニタリと笑うと刑部をいずこかへと連れ去った。 すずりは次に百瀬へおぶさると、両足をプラプラさせ、 「大人って凄いねぇ。ボクはまだまだだね」 「俺もまだまだだなあ。初心者同士ってことで仲良くしようZE☆」 「いいよ。光成さんとなら、食いっぱぐれしなさそうだから」 「俺もそう思う」 三大欲望のひとつが大いに抜きん出ている百瀬といれば、ある意味一生食いっぱぐれしないかもしれぬ。 「何も食べるものがなくなったら光成さんを食べればいいもんね」 無邪気なすずりの言葉に百瀬は少し考えて、 「一気に加熱処理はイヤだから、じっくりコトコトやってくれ」 いったいどういう意味なのやら。 ――と、空の叫びが聞こえた。 「御前こそが俺の真実。俺を見ろ、俺だけを見ろ。唯一俺を見て感じその身に刻め。愛している、愛しているんだ。 口を開き言ッてみろ。御前が愛してるのは誰だ?」 早口で捲くし立てる空に対し、刑部は終始俯き、恥らっている。百瀬へ愛を囁いていた時とは裏腹な態度である。ちら、と百瀬の事を思い返したのに気づいたのか、空の形相が大きく変わる。まるで舞台役者のようだ。 「他のことに気を取られるな。他の男の事なぞ考えられないようにしてやろうか」 両手で刑部の頬を捕らえ、上向かせる。しかも夜春を発動。刑部はまったく抵抗できない。季節は秋だというのに、この二人の周囲には満開の花が見える。 「空だけに従える名を俺につけてくれ。空しか呼べないたったひとつの名を」 桜吹雪の錯覚の中、がしっと抱き合う男二人。芝居がかった暑苦しさである。 (「(違ウチがウちガウチガう違うチがう違う!」) 奇しくも同じ事を考えていた空と刑部だった。 草むらで蹲る一人の少年、只木 岑(ia6834)は、たった今出くわした場面に腰が抜けそうになった。 (「なにが起きてるか、さっぱり分かりませんよ」) 眦にははっきりと涙が浮かんでいる。よほど男二人が抱き合う場面は堪えたらしい。 かさりと音がして顔を向けると、瞳をキラッキラさせた小伝良 虎太郎(ia0375)が誰かに手を振っていた。今にも駆け出しそうな彼に、只木は声をかけ、 「やあ 虎太郎、今日もかわいいね」 シュパッと距離を縮めて肩を抱いた。 (「えっ? 元気だね って言おうと思ってたのに、何、この口は」) 背丈も年の頃も同じくらいで、ほんの一瞬親しみを抱いただけなのにこのセリフである。思わず手を引くと、虎太郎は首を傾げ、さっさと駆け出して行ってしまった。 思っても見ない言葉がつるりと出た事にショックが隠せない只木。途方に暮れた子羊が向かうのは、いつの世でも教会と相場が決まっている。只木はなんの疑問も抱かず、ド派手な十字架が煌めく、村にただひとつの教会へと足を向けた。 虎太郎がキャッキャと駆けて行ったのは、レイ・ランカンの元だった。彼は一人黙々と鍛錬をしている。まるでそこだけ“普通”の空間に見えた。 「あ、あの、レイ・ランカンだよね。おいらと付き合って!」 (「あ、組み手が抜けた‥‥けど、通じるよな」) 確かに普通の世界ならば、前後の言葉が抜けたとしても自動補完して会話は成立するものだが、ここは違う。 レイにきちんと意味が通じていると思った虎太郎は、組み手の構えをした。が、何度も言うがこの世界は普通ではない。 右拳をストレートに打ち込み、素早くリバーを狙う虎太郎。だがその手首は易々とレイに打ち落とされた。バランスが崩れたところへレイの肘が打ち下ろされ、避けた拍子に虎太郎はレイの腹で顔面を強打した。二人はもつれるように草むらへ転がる。 レイに覆い被さった虎太郎が慌てて身体を起こしたが、下からじっと見上げてくる夕陽の色をしたレイの瞳にみつめられると、感心したように覗き込んだ。 「レイさんの目、橙色なんだねー」 凝視されているので、レイも見つめ返す。仮面で隠していても、陶器のように艶やかな肌ときりりと引き結んだ唇は彼の顔の造作が端整である事を如実に語っていた。 仮面を外せばきっと格好いいのだろうなあ、などとふと思った虎太郎だが、途端に全身から汗が噴き出した。レイに聞こえるんじゃないかと心配になるほど心臓はドキドキいっている。 体調不良なんだろうか。虎太郎は額の汗を拭って、 「あの、ごめん、なんだか熱出てきたみたい。ちょっと看て貰って来る」 一度はレイから離れたものの、手を差し出して、一緒に来てと呟いた。手を繋いだ瞬間の胸の痛さは何故か心地よかった。 そして二人は桃色教会へ向かう。 虎太郎とレイが教会に到着すると、あろうことか神聖な場所で神父が押し倒されている所だった。だがよく見ると、押し倒している方が涙目である。 「餡子に目が眩んで」 神父の足が腰に絡まって離れないので彼、只木はよつんばいで釈明を始めた。 時間を遡る事1時間程前。話を聞いてもらおうと訪れた教会で、エルディンにお茶に誘われた只木は、そこが危険区域とも知らず、無防備に足を踏み入れたのだった。 金色に輝く美しい毛並みを武器に、神父は所作も美しく、言葉巧みに子羊の心を捕らえていった。 「お茶を注ぐ姿も素敵ですね。たくさんの人が、きっと神父さまに癒されたんでしょうね」 両手に持った菓子を次々口へと放り込む。 「ふふ。ほっぺにほら‥‥餡子が付いていますよ」 エルディンの声がすぐ近くからしたので視線を動かすと、ほっぺをぺろりと舐められた。 さすがにこれには只木も固くなる。 図に乗った神父は頬ずりまでし始めて、 「天儀の若い子は肌がすべすべですねーー♪」 ‥‥。 「そういうわけで、こうなっているんです」 虎太郎とレイは何も言葉が浮かばなかった。そんな二人も手をしっかり繋いでいたりするのだけれど。 よいしょとソファから起き上がり、只木を解放した神父の毒牙が今度は虎太郎を襲う。長卓の上に置かれたポットから紅茶をカップへ注ぎ、風味付けだと言ってブランデーを数滴垂らした。 「迷える子羊さん。貴方の瞳は月の光、髪は星の光。この教会に夜の帳が落ちようとも、貴方がいるだけで私の心に光が差します」 ぐい、とレイの手から虎太郎を奪い取り、自分の膝の上へ腰を下ろさせたエルディンが、虎太郎のつんと尖った顎を指先に乗せて上向かせる。 これにレイが憮然とするのはもっともな事だった。――この世界ではもっともなのである! 「虎太郎は子羊ではない。我にとっては立派な虎だ」 気安く虎太郎に触れたエルディンが気に食わない様子で言い放った。 そんな様子を盗み見ていた者がいた。礼野である。 (「只木くんが神父様の上にですって!?」) 頬をぷくっと膨らませて礼拝堂へ入ると、不機嫌極まりない様子で弁当をエルディンに渡し、ここにいない者達の居場所を尋ねる。 「彼らでしたら」 話もそこそこに礼野は踵を返した。礼拝堂の扉はバンッと閉じられ、衝撃で釘が折れるとドアがかたりと傾いた。 エルディンが手元に残された弁当を見て呟く。 「おや、岑くんの名前だけないですね」 「!」 只木の衝撃は計り知れなかった。 礼野はぷんすかと弁当を届けに回る。空腹の限界で行き倒れ寸前になっていた光成の口へ、甲斐甲斐しくだし巻卵を運ぶすずり。礼野の手作りなので味は保障付きだ。 味をしめた光成が礼野へ残りも寄越せとばかりに襲いかかるが、すかさずすずりに羽交い絞めされる。 「美味しいものに釣られてあんまり簡単にホイホイされてると、大変な事になるよ? するのはボクだけど」 にゃはは、と笑う。鍛えられた開拓者と才はあってもサボリ魔剣士では勝負は見えている。 「しょうがないなあ。今度はボクで遊ぶ? ボクこれでもシノビだから、イロイロ上手だよ?」 思わず礼野の脳裏に、教会でよろしくやっていた只木が浮かび、むむっとほっぺが膨らんだ。 頬はまだ膨らんだままだったが、次のバカップルの元へ足を運んだ礼野はぽかんと口を開け、閉じるのを忘れた。 「その肉も、血も、記憶も、全部俺のものだ。御前の全てが! 俺の身体の一部そのものだ!!! 御前が家を捨てられないなら何処にだッて攫ッて行ッてやる、俺のせいにして構わない。共に遠くへ、海を見て、星を見て、夜が明けるまで睦言を交わそう。行こう、御前は俺が護ッて見せる!」 細い目が妖しく光った瞬間、刑部の動きがピタリと止まる。愛の禁じ手“夜”だ。 空にがばっと姫抱っこされた刑部は虚ろな双眸に空を映し、見つめ合う。 三秒経過。 「空ッ」 「楽しいことだけ教えたい。気持ちのいいことだけを経験させてやる、卑怯な男と笑わば笑え。それが苦痛と思うものか。その為に浴びる罵倒は、この上ない‥‥フッ。勲章だ」 「空ッ!」 二人の間に割って入れる者などいない。礼野は弁当をこっそりと置き、去った。 只木のいる教会へ舞い戻った礼野は、ドアが吹き飛ぶ程の力強さで礼拝堂へ飛び込んだ。 すでに神父からは毒気は抜けていたが、普通のお喋りでさえも礼野にはヤキモキするらしい。 立ち話をしている只木の手を引き寄せ、自分の後ろへと隠す。 「決まってる相手がいる人が相方以外に手を出すのはご法度ですよ? 私が体の出来てない子供だからある程度は許可してても限度はあります」 精一杯つま先立ちをして神父を叱る。男の子になったとはいえ中身はやはり女の子だ。細かな仕草までは変えられないらしい。 「ご飯? 一番愛情を込めて作っていますもの、美味しいに決まっています」 だからもう帰りますよ、と只木をぐいぐいと引っ張っていく。 「ずっと美味しいご飯が食べられるのなら、ボク一生ついていきます」 神の前での宣誓なのだけれど。 神父は二人の門出を祝わずにはいられなかった。 夜も更けて、静寂がこの珍妙な村を覆う。風に乗った弦楽器の音がハニーブロンドの髪と耳をくすぐった。 おや、と音を辿るようにエルディンは教会を出た。 切ない旋律が、ふと途切れた。草をかき分けると、そこでは子猫にソッポを向かれて微苦笑を浮かべる青年がいた。 浅黒い肌が月明かりに浮かび上がる。胸元を飾る青い石の首飾りの下では、鎖骨が美しい窪みを見せていた。 がさり、と音を立てたせいで存在に気づかれた。やおら振り返った青年の緑青色の瞳がエルディンを一瞬で捕らえた。 「これはまた‥‥上品な猫が来てくれたな。毛艶が見事だ。――あんた、村の人かい? 俺と同じで迷い込んだ口?」 フォルカ(ib4243)はヴァイオリンをケースへ戻すと、エルディンへ歩み寄った。そして鼻で小さく笑い、神父の青磁の肌を指でなぞりながら、 「どうやらここじゃ、男同士で番にならなきゃならないらしい。俺はそんな趣味ないんだが‥‥あんたみたいな男なら悪くない。‥‥あんたはどうだい」 一瞬驚いた顔を見せたエルディンだが、悪くないですねと微笑み返した。 フォルカの声は郷愁的で切なくて、そして底が見えない程に甘く、 「‥‥帰すつもりはないけど、いいのか?」 異国の旋律を口ずさみながら、エルディンの少し癖のある蜂蜜色の髪を弄ぶ。指先で摘んで艶の感触を楽しんでみたり、月明かりに透かした後には口づけてみたり。 「そういえば名前をまだ聞いてなかったな。俺はフォルカ。‥‥あんたは」 さんざん神父の髪に悪戯をしておいて、今更名を聞く。 「身体が温まってからお教えしますよ」 悪戯な青年には意地悪な微笑で応えるエルディンが、すっと右手を差し出し草むらの先を指し示した。 さあ、参りましょうと神父は桃色の教会を指差した。 小さなハート、大きなハートが狂喜乱舞する奇天烈な村に、強制的に迷い込まされた哀れな開拓者たち。 明日にはきっとこの忌まわしい記憶は消されているはず――はず。 |