お米戦隊すいはんじゃー
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/12 23:32



■オープニング本文

「いい日和ですねえ」
 掃き掃除の手を止め、吉川常家ことキチは空を仰いだ。霞み立つ青空を、ちぎれ雲がゆるやかに流れていく。
 春とはいっても早朝の気温はまだ寒い。だが、冬のようなひりつく冷たさはない。なんだか浮き足立つような気分に、キチは意味もなく笑みを浮かべた。
「気持ち悪りいな、キチ」
 爽やかな気分が一気に台無しになる一言を吐く男を、キチは振り返りざまじっとりした視線でねめつけた。
「なんですか光成さん」
「いい話があってきたに決まってんだろ」
 顎をくいと斜めにしゃくらせると、彼の背後からおずおずと青年が顔を出した。年の頃は二十半ばといったところだろう。前掛けをしているところを見ると、どこかの店の番頭か。
「良い人材を斡旋してくれるとこの方が仰るもので。あの、口入れ屋のキチさんで? 私、この度米屋を始めました水野正一郎と申します。どうぞお見知りおきを‥‥それで本題なんですが」
「仕事の依頼ですか?」
 キチは驚いた顔で百瀬を見た。目が合うと「シシシッ」と百瀬は奇妙な声で笑った。
「店先で話すのも申し訳ありませんから、どうぞ店の中へ。お茶をお出ししますので、楽になさっていてください」
 箒を脇に立てかけ、依頼主を店の中へ案内した。水野は、「なんともすみません」と、別に謝らなくてもいいのに、ぺこぺこと頭を下げた。

 早すぎるきらいはあるが、朝一番にさっそくの依頼とは幸先がいいと、ついついキチの頬も緩む。依頼がなければやっていけないのが口入れ屋である。持ってきたのがあの百瀬だという事を差し引いても、悪い話ではないだろう。
 上等の茶を差し出しながら、話を切り出してもらう。
「それで、どういったご依頼でしょう」
 水野は、膝に乗せた手をもじもじさせながら、
「先代から私の代に代わってからというもの、客足が妙に減った気がするんです。扱っている米もこれまでと一向に代わっておりませんし、味だってこういっちゃアレですが、そこいらの米屋よりは遥かに美味いと自負しております。それなのに‥‥どういうわけだか売上が落ちてるんです」
 ぞりぞりと奇妙な音が足元からするので視線を落とすと、水野が両足で土間を掘っていた。内股で、恥ずかしがる生娘のようにもじもじと。だが力強いそれは確実にキチの店の土間を掘っていた。
 なんとなく原因がわかった気がした。
「もしや客の前でもそんな風ですか?」
「お気づきですか、やっぱり。はい、どうにも人前に出ると両手両足をもじもじさせてしまうんです。私がこんなだから、店の中はまるで葬式みたいに地味で暗い雰囲気なんです。もっと景気良くしたいんですが、いったいどうしたらいいのやら」
「なるほど、それでうちに依頼を――少々お待ちいただけますか? 光成さん、ちょっとこっちへ」
 キチは、勝手に茶菓子を頬張っている百瀬を呼びつけた。
「うちは口入れ屋ですよ。ああいった類のものは専門外です。よそへ持って行ってください」
 そこで百瀬の顔色が変わった。
「な、なに言ってんだよ。ここで断ったら俺の米はどうなる。あ‥‥」
 キチの両目が鋭く細められる。
「なるほど。米と引き換えに引き受けたんですね、この依頼。ということは、僕に断る選択肢は用意されていないということですか」
 はぁぁぁぁ、と長い嘆息をした後、キチは目いっぱいの作り笑いで水野を振り返った。
「それでは後日、企画をお持ちいたしますので。それでよろしゅうございますか」
「もちろんですとも。それでは何とぞよろしくお願いいたします」
 先ほどキチが見た空のように晴れやかな表情で、若き米屋店主は口入れ屋を後にした。

「持ってきたぜ!」
 威勢のいい声に、数少ない客がビクリと肩を震わせた。慌てて駆け寄ったのはこの店の店主、水野正一郎である。
「お待ちしておりました。それで、どのような算段に?」
「聞いて驚くなよ。その名も『お米戦隊 すいはんじゃー』だ!!!」
「は?」
 百瀬の言っている意味がさっぱり理解できない水野は、間抜けな顔で首を傾げた。だが百瀬は構わずに話を続ける。
「アンタに協力してもらわないとならねえことがあるからな。まあ、それも店の為と思えばやれるだろ? じゃあ、これから言うことは耳をよーくかっぽじって聞けよ」
 ひとつ、特設会場を用意しろ。
 ふたつ、隊員の制服を用意しろ。
 みっつ、隊員の制服は格好良くしろ。
 よっつ、隊員の制服は可愛くしろ。
 いつつ、隊員の制服は色分けしろ。
 むっつ、隊員のリーダーは赤だ。
 ななつ、いいやむしろ黒だ。

 百瀬が提示した協力要請の案件の後半はほとんど無視されたが、水野は売上が伸びるのなら好意的に受け取ってくれたのも確かだった。
 こうして、百瀬脚本の珍妙なる戦隊ショーは着々と準備されるのだった。



■参加者一覧
紫夾院 麗羽(ia0290
19歳・女・サ
朧楼月 天忌(ia0291
23歳・男・サ
すずり(ia5340
17歳・女・シ
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

 事前に告知されていたおかげで、水野米店前には家族連れやら戦隊もの好きやら‥‥女の子が変身するものにのみ反応する危ない輩までもが集まっていた。
 肝心の店主は黒子に身を包み、整理券を配っている。顔が見えないと安心できるのか、キチの店で見せていた挙動不審さはない。テキパキと見事に客をさばく姿を見て、古株の番頭はそっと涙を拭った。
 整理券を貰った客たちは、特設舞台が設えてある中庭へと通される。その際には、一口大のボタモチが乗せられた桜模様の小皿が手渡された。
「ショーが始まるまで、ボタモチを食べながらいい子で待っててね? これ、おはぎパープルとの約束だぞ☆」
 紫夾院 麗羽(ia0290)は普段と真反対のキャラで笑顔を作る。
 庭には屋台が二台出ていて、次々に料理が運ばれてくると、辺りいっぱいに美味しい香りが広がった。
 台所では、その屋台に並べる料理をせっせと作る米店のお手伝いさん達に混じり、姉から託されたレシピ片手に細かな指示を出している小さな少女の姿があった。
「回鍋肉焼飯は見栄え良く大皿に乗せて。お焦げの野菜あんかけは春野菜でまとめて〜、お米サラダのドレッシングは間違えないようにしてね!」
 小さな身体でちょこまかと台所の中を走り回る神座亜紀(ib6736)は、額に光る汗を笑顔で拭う。
 そこへ、おーいと声がかかる。百瀬光成だ。
「そろそろ舞台袖に集まってくれ! 早着替えがあるから、衣装の最終チェックも忘れんなよ」
「は〜い‥‥光成さん。もう着替えているの? 気合入ってるね」
 亜紀がくすりと笑った。
「衝撃的だろ? だけど俺だけじゃないぜ。悪役三人衆の衣装は、子供向けに考えたからな、インパクト大なんだ」
 ふふん、とドヤ顔で語る百瀬は、細長くこんがり焼かれたパンの着ぐるみに包まれていた。綿入りなので重量感もたっぷりである。そしてそのふんわり感が美味しそうに見えるのは匠の技なのだろうか。亜紀と麗羽は自分たちの衣装を想像し、ごきゅん、と唾を嚥下したのだった。

 黒子こと水野正一郎は、庭いっぱいにすし詰め状態の観客を前にしながら、実に静かな心持だった。店ではたった一人の客でさえまともに話せない男が、である。顔を隠す事で自分の表情が相手に見えない安心感のせいだろう。向こうの詳細な表情も、頭巾がうまくぼかしてくれているおかげもあった。
 百瀬の言われるままに衣装を作った。彼のこだわりでかなり痛い出費ではあったが、この観客数を見ると、それは間違っていなかったと思う。水野は息を大きく吸い込み、宣言した。
「みんなー! これから、お米戦隊すいはんじゃーが、はっじっまっるよぉぉぉ! 元気な声で応援してね!!」
 その掛け声で、そわそわしていたチビっこ達の視線が一斉に舞台へと向いた。
 いよいよ開演である――

 上手から、百瀬とすずり(ia5340)が現れた。二人とも衣装は着ていない。普段着のままだった。人数が少ないので二人には一般人の役も演じてもらう。
「もう毎日米ばっかりで、チョー飽きたんだけどぉ。て言うかぁ、米っておやつとかなくね? なくね?」
 持っていた作り物のおにぎりを、ポイと捨てる百瀬。
「なんか茶系が多いよね。地味過ぎ!」
 すずりも加わり、米の料理には茶と白と赤くらいしかないとボヤいた。
「もっと多彩な料理が食べたい!」
「色ももっと緑とかみかん色とかあっても美味そうだよな!」
「さすがにそれは米を通り越して料理自体への冒涜だよ、光成さん。お洒落でカラフルな料理がいいなあ」
 さらりと百瀬を牽制しつつ、すずりはセリフを続けた。と、そこへ目にも鮮やかな赤い何者かが登場した。
 裾がラッパ水仙のように広がったズボン。身体のラインに沿ってぴたりと張り付いた、光沢のある生地の上着。両腕にはスダレのようにパスタが何連も垂れ下がっている。鳳凰が羽ばたくように大仰に両腕を広げて見せると、
「わーっはっはっはっは!」
 すでに勝ち誇ったような高笑いを響かせた。真っ赤な髪を額の上でくるりと巻いている、まさしくそれはペンネだ。さながらトマトソースに彩られたジルベリア料理を、頭上で表現するとは調理人というより芸術家である。
「形状も変える事が出来んとはコメのなんと貧弱な事よ!」
 パスタ将軍こと朧楼月 天忌(ia0291)の右手にはトレーが乗せられ、さらにそこには米文化にはない料理が並んでいた。
「形状どころか色さえも乏しいとは、はっ! 貧弱を通り越してその存在意義すら疑わしいな。そんな事では、毎日の献立を考える奥さん達の悩みは尽きんだろう。ああ、嘆かわしい。実に嘆かわしいぜぇ」
 百瀬とすずりは顔を見合わせ、「そうだね」と大げさに頷きあった。
 パスタ将軍は舞台から颯爽と飛び降り、会場の一人の夫人の前へトレーを差し出した。
「今夜の夕飯は、俺のこのペンネで満足してみるか?」
 格好が格好なのでなんとも言えないが、無駄にいい声で囁いたものだから、婦人の心を速やかに米文化から乖離させる事に成功した。極めつけに、パスタ将軍はフォークでペンネをひと刺しし、「あーん」と婦人の口元へ運んだ。求められるまま婦人は口を開け、情熱の赤色で彩られたペンネを頬張り、
「口の中がジルベリア〜」
 たった一口でパスタ将軍の虜となったのである。騒然とする会場。特に奥様方の熱の入りようは凄まじく、「私にも一口!」とパスタ将軍自身でさえ怯む勢いで迫ってきた。
 これはまずい。米文化が本気で危ない。身の危険が迫っているのはパスタ将軍だが、それはまあいい。
 だが、本筋は間違っていないのでこのまま舞台を進行させることにしたパスタ将軍は、
「わーっはっはっはは。これで米文化も終わりだな。なあ? Dr.ブレッド?」
「ああ、そうだな。よくやった、パスタ将軍。――ごめん、ちょっと背中の紐を結んでっ」
「Dr.ブレッド。すごい勇気だな。こんなところで生着替えとか‥‥ほいよ。何が悲しくて野郎の着替えを手伝ってんだか」
 持っていたトレーをすずりに手渡し、百瀬からDr.ブレッドへの変身を手伝うパスタ将軍の図はなんとも間抜けだった。チビっこから小さな笑いが起こる。
 その間にすずりは袖へと素早く下がり、早着替えを済ませると再び舞台中央へと現れた。シノビらしい、息も吐かせぬ素早さである。ここからはすずり扮するモッタイナイオバケの一人芝居が始まる。
 大きなしゃもじを片手に持ち、寂しそうに俯いたモッタイナイオバケは、
「どうして」
 と呟くと、徐に舞台中央で三角座りをした。身体を前後に揺らしながら、
「お茶碗に残った米粒。すぐ水に漬けてくれれば落ちるのに。それをしないでおきながら“このカピカピ落ちないのよ!”って文句を言う。おひつに残ったお米だっておんなじ。おこげは愛されるのに、どうしてボクはだめなの? 同じお米じゃないか」
 すっくと立ち上がるモッタイナイオバケ。良く見ればしゃもじにはカピカピになった米粒が張り付いている。黄ばんだ着ぐるみの衣装は、カピカピになった米粒を模していた。顔の位置で丸くくり抜かれた箇所から覗くすずりのほっぺたにも、ご飯粒が付いているという懲りようだ。頭部には取り外し可能の胚芽がある。特に攻撃力があるわけではない。ただ、脱着可能なだけだった。
 着ぐるみからほっそりした生足が2本出ている。そして白い足袋。
 突如、モッタイナイオバケが千鳥足で舞台を降りた。
「無残にも残されたご飯の恨み、晴らさずにおくべきか」
 恐る恐る見上げるちびっこ達へ両手をぬらりと伸ばし、
「ご飯を大事にしない悪い子は居ないか〜」
 と会場をうろつき始めた。いろんな意味で衝撃的なこのオバケに、チビっこ達は戦々恐々とする。
「ほ〜ら。ご飯を大事にしないからモッタイナイオバケが出てきたパン。その点、パンは茶碗に米粒を残す事なんてないパン。そもそもパンは茶碗で食べないしなパン」
 語尾にパンを付ける事で、どうやら自分の役柄がパンなのだと教えようとしているようだが、すかさずパスタ将軍の痛いツッコミが入る。
「パンパンうるさい!」
 手の甲でばしっと叩くなどという生温いものではない。開拓者の上段蹴りを(一応手加減しているようだが)Dr.ブレッドにお見舞いした。
「なにするんだパン! 俺の仲間じゃないのかパン?」
 懲りないDr.ブレッドはあくまでそのスタンスを通すつもりのようだ。
「テメエとは利害が一致してるから今は手を組もう。すいはんじゃーの小娘共をブチ殺した後はテメエの番だがな‥‥!」
 ぐへへと悪どい笑みを浮かべるパスタ将軍。すいはんじゃーとは米文化を守っているにっくき小娘共の事だ。ジルベリアのパンやパスタなどで米文化を乗っ取ってしまおうと思っているDr.ブレッドにとっては天敵だった。
「本気で殺しにかかってきそうでこの人怖いよ――とっとと米文化を乗っ取ってしまおうパン!」
 これまでの幾度とない戦闘を繰り広げてきたが、常に負け越していた。しかし、ここでパスタ将軍という強い味方を得たDr.ブレッドは巻き返しを図る為に、未だ会場をうろついているモッタイナイオバケに向かい、
「ここはひとつ、人質ゲットといこうか」
 モッタイナイオバケも右手を高く突き上げて、これに同意した。
「ご飯を大事にしない悪い子は居ないか〜」
 手近にいた男の子の手を取ると、
「これですいはんじゃーはボクたちの言いなりだぁ」
 壇上へ連れ去ったのだった。もちろんわが子が舞台へ上がるのだから、同行している親は子の心は見ぬフリで「どうぞ遠慮なく」と笑顔で送り出したのである。
 Dr.ブレッド、モッタイナイオバケ、そしてパスタ将軍が壇上の端で作戦会議らしきものを行っていると、上手から女子が四人が並んで登場してきた。
「ほんとうに感じたの?」
 黄粉たっぷりのおはぎをモグモグしながら、亜紀が問う。
「私の勘が告げてるのよ! 悪の臭いがプンプンしているもの」
 おはぎパープルモードの麗羽は、済ました顔で女言葉を使う。女子なのだから間違ってはいないのだが。
「‥‥普通に焼きたてのパンの香りがしていますが。くんくん。これは! 外はカリッと香ばしく中はもっちりとした食感で昨今神楽でも熱烈なファンが急増中と噂の」
 なにやらアーニャ・ベルマン(ia5465)が薀蓄を語り始めた。力強く拳を握り、春の青空のように済んだ瞳を輝かせている。
「良くわからないけど、美味しそうなの♪」
 エルレーン(ib7455)はそう言いながら、客席へパチンとウィンクをしてみせる。
「最近、あちこちでよくジルベリア料理の店も見かけるし、手早く口に入れられるせいか、なんだかお米の影が薄い気がする」
 最後のひとつを口へ放り込み、亜紀は嘆かわしそうに項垂れた。
「やはり対抗するには新メニューを考えるべきよね」
 うーんと腕組みをしながら悩ましいポーズで舞台を歩く四人。――と、エルレーンが壇上の左端を指差して叫んだ。
「さっきからそこで私達を盗み見しているのは誰? ヘンタイなの? バカなの?」
「そこは“敵?!”って怯む場面だろうが! 誰がヘンタイでバカなんだよっ。もう、お前らお米共は滅ぼす! 行けっ。モッタイナイオバケ!」
 モッタイナイオバケ(すずり)が人質役の子供に耳打ちすると、
「わー、だれかたすけてえ」
 棒読みという、若干演技力に問題はあったが、しっかり助けを呼ぶセリフで場を繋ぐ。
 そこへすかさず黒子が登場。頭巾越しから、
「助けてー! すいはんじゃー! さあ、みんなもすいはんじゃーを呼ぼう。そうしないとお友達が」
 ちらりと悪役三人を見遣り、
「おかしな格好にさせられちゃうよ! せーのっ」

「「「すいはんじゃー!!!!!」」」

 声が小さいぞー、と何度かやり直しをさせつつ、その隙に四人は一旦袖へと退場する。その間、舞台上に置かれた、壊される為だけの大道具小道具類は次々にモッタイナイオバケの手によって粉砕されていった。
「くらえ! カピカピになったご飯粒まみれのおしゃもじィ!」
 等身大のしゃもじをブンブン振り回す。効果音として黒子が大声を張り上げて、「どっかーん」「がらがらがらっ」などと叫んでいた。予算の九割方を、実はすいはんじゃーの衣装に回した為、効果音を集めたりはできなかったのだが‥‥黒子こと水野正一郎の活躍ぶりは目を瞠るものがあった。刮目せよと言わんばかりの勢いだ。
 壇上のモッタイナイオバケの暴れっぷりを冷ややかにみつめながら、パスタ将軍がせせら笑う。
「積年の恨みってヤツを晴らすのぁ、今だぜ」
 言葉の裏に何か含んでいる物言いである。
 モッタイナイオバケがひとしきり暴れ終えると、凛とした張りのある少女の声が響いた。
「お米ある限り戦いましょう。命燃え尽きるまで! サフランライスイエロー参上!」
 マジカルスティック(栄光の手)を振り翳し、
「お腹ぺこぺこだから、とっとと退治されてね☆」
 小さく首を傾げ、パチンとウィンクするサフランスイエロー。くるっとその場でターンしてみせると、Aラインのミニスカワンピースがふわりと翻る。小さな足を飾るのは、黄色の花の代名詞、向日葵をあしらった上げ底靴。胸の中央にも向日葵のコサージュが咲いているが、その花びらはなぜか高速回転している。その効果は特になし。
 一際目を引くサフランスイエローの横へ、すっと立ったのはアーニャ。
「お米を大切にしないのは世間が許しても私が許しませ〜ん。サファイア・ブルーのアーニャ、参上! 」
 華妖弓をくるりと背中へ回す。大きく目立つ青色の宝珠(もちろん偽物)をあしらったブレスレットを嵌めた左手でホークアイを上げ、
「リーダー、奴の今朝の朝食はジャムパンです!」
 とモッタイナイオバケを指し、
「ラッキーアイテムは恋愛成就のお守りです!」
「アンラッキーカラーは青です!」
 次々に誰が得するのかわからない情報を告げていく。――当たっているかどうかはもちろんわからない。
 ちなみに恋愛成就のお守りがラッキーアイテムだと告げられたのはパスタ将軍である。
「それならばこの後、俺といっしょにクッキーでもどうだ」
「断る」
「上質の小麦粉を空焼きして作った味わい深いクッキーだぞ」
「米文化を守るすいはんじゃーがそのような甘言に騙されるものですか‥‥じゅる」
「今、じゅるって言ったな」
 甘いものに目がないアーニャは天忌のアドリブに動揺した。すかさず弓を向け、
「乱れ天儀こまち!」
 サファイア・ブルーが放った矢は、ずばばばばっと豪快に悪役三人衆に降り注いだ。怪我のないように処置された矢だが、当たればそれなりに痛い。特にDr.ブレッド(百瀬)は悶絶していた。
(「ふう、危ない危ない。クッキーにころりといくところでした」)
 胸を撫で下ろしたアーニャは気を取り直し、
「天儀こまちは、粘りが強く食味に優れオニギリに最適。良い子の皆さんの楽しいピクニックのお供にオススメです」
 水野米店推奨米のひとつ、天儀こまちを宣伝した。
 かろうじて矢を避けきったパスタ将軍だったが、
「‥‥くっ。しまった。とんでもないところを掠ってやがる」
 股間から白煙を上げつつ、人知れず冷や汗を流していたのだった。
「なんだ、これは?」
 はらはらと舞台に舞い落ちる桜の花びら。もちろん本物ではないが――
「おこめの国のひとだもの! がいこくかぶれはおしおきだよ★ さくら乙女のおでましなのっ!」
 隣接している蔵の屋根から、さくら乙女が仕込み笠をくるくる回しながら舞台へと飛び降りた。 淡い桜色のスカートの下からは何重ものレースのパニエが覗いている。スカート丈は非常に短く、左太もものフリルのガーターがチャームポイントだ。
(「この短いスカートとガーターのおかげで私のちっさな胸に誰も気づかないの。百瀬さんは乙女心がわかってるの」)
 ふふんと得意そうににっこり笑顔のさくら乙女は、客席へ向かい、
「ごはんはおなかもちがいいから、ダイエットにはいいんだからねっ! 雑穀と混ぜると、えいようかがアップしてお肌もすべすべだよっ!」
 閉じた仕込み傘をステッキ代わりにして、トンッ、と床を小突き、足を交差させた。唇に人差し指を当て、
「おこめとおとめの綺麗はぜったい守るの」
 と決め台詞。
「すいはんじゃーパープル、人呼んで“おはぎパープル”」
 ドレープたっぷりの袖を翻しながら、おはぎパープルが指を鳴らすと、それが合図となってDr.ブレッドとパスタ将軍の頭上に大きな金だらいが落下した。
 ガラーンッ
 鈍い音を立てて壇上に落ちると、また派手な音を立てた。大げさにグラついて見せる二人の姿に、子供達の歓声が沸く。笑いが取れてなにより、とニヤリと笑う悪役二人。
「しかしてその姿は敵を欺く仮の姿。その正体は――けしてでしゃばらず、静謐な味わいは食卓の妖精――すいはんじゃーリーダー“海苔ブラック”!」
 リーダー各(?)のDr.ブレッドが弱っている今こそ畳み込む好機。海苔ブラックは、
「ゴハン・デースヨ」
 仲間の能力を高める(らしい)補助魔法を唱えた。
「しまった! このままではやられてしまう!」
 カピカピお米の着ぐるみをくの字に曲げたモッタイナイオバケに、パスタ将軍が助勢を申し出る。居丈だけに。
「カカッ、食われねえコメってのも哀れなモンだな。悔しいか? 恨めしいだろう? テメエの無念、晴らしてやろうぜ!  
オレが力をくれてやるよ!」
 パッスパスパス‥‥といういかにもやられキャラ的な擬音を自ら発し、パスタ将軍は両腕をバタつかせた。どうやらそれがモッタイナイオバケへのエネルギー充填らしい。
「かぴかぴー!」
 充填されたエネルギーを噴出させるように、すずりは舞台を縦横無尽に駆けた。ここがシノビの見せ所と言わんばかりだが、そこはやはりやられキャラである。元が米だった事もあり、
「おまえの言う事ももっともだ。反省すべきところは反省しよう。さあ、こっちへ来るといい」
 手を差し出す海苔ブラック。
「カピカピご飯も、じっくり煮込んでおじやにするとまだイケると思うの」
 さくら乙女もその背中を押す。モッタイナイオバケ‥‥いや、おしゃもじに付いたカピカピご飯粒の心は激しく迷った。
「溶き卵を混ぜてセリかミツバで彩ったら、それはもうひとつの料理です」
 腰から下げた大福帳を繰りながら、サファイア・ブルーが言う。後一押しである。
「私はカピカピさんでも美味しくいただける自信はあるよ」
 食いしん坊サフランスイエローの言葉は、どんな攻撃よりも強烈だった。――まだ本格的戦闘は始まっていないが。
 モッタイナイオバケは、おしゃもじをぎゅっと抱き締め、
「ボクは食べてもらえるんだね。いらない子じゃないんだね」

「「「「きみは私達の仲間なんだよ!」」」」

 すいはんじゃーの四つの声が重なって響いた。
「皆がちゃんとご飯を大切にしてくれるなら、ボクは満足だよ」
 モッタイナイオバケは満足した顔で、その場に崩れたのだった。
「ハッ! 所詮は負け犬か! 腐ってカビてるのがお似合いだ!」
 パスタ将軍は言うなり、横に突っ立っていたDr.ブレッドを引っ掴むと、軽々と舞台中央へと放り投げた。強風に煽られた小枝のように、Dr.ブレッドは床の上を高速回転しながら転がっていく。
 舞台中央。
 すいはんじゃーからの攻撃を受ける前にすでにズタボロの様相のDr.ブレッドは、よろよろと立ち上がった。
「この世をパンで征服するんだ‥‥パン」
 そこへ、改心したモッタイナイオバケが本来の姿、カピカピご飯粒となって復活した。胚芽の部分からチョロリと芽が出ている。
「ア・ジノーリ」
 海苔ブラックの単体技が光る。近距離用の攻撃魔法だが、カピカピご飯粒すずりをあじわいたっぷりに変化させた。
 飛んでくるご飯粒はまるで礫だ。痛い。硬くて歯が立たないとはこの事である。百瀬相手なら遠慮はいらないということか。
「パ、パ、パアアッ‥‥ンがっぐふっ」
 全身をカピカピご飯粒に見立てた礫によって射抜かれたDr.ブレッドは息も絶え絶えだ。仲間のはずのパスタ将軍は口笛を吹きながら視線を逸らす始末。助ける気なんぞないらしい。
 おのれ、と手を伸ばしたDr.ブレッドはパスタ将軍へと素早い匍匐前進で近づいた。人間死ぬ気になればなんでもできるのだ。
 暖簾パスタを掴まれ、パスタ将軍は慌てふためいた。なぜならサファイア・ブルーの弓がこちらに照準を合わせているからだ。このまま暖簾パスタを掴まれていては格好の餌食である。
「離せよ、離せっ。このままじゃ俺までやられちまうだろうがっ。あん? なんだその目は? オレはスカスカのブレッドや役立たずのオバケ共とは違うぜ!」
 明らかな負け惜しみで、いかにもな負け犬のセリフだ。
 チビっこからは「いい加減負けろー」という声がかかる。パスタ将軍は赤い髪を振り回し、
「この伝説の刀、ラ・クチーナの漆黒の刃で斬り捨ててやるぜ!」
 掲げたのは乞食清光だが、伝説の刀だと言い張る。
「だが、お前らごときに見せてやるほど安くはないんでな」
 結局刀は抜かないらしい。鞘に収めたまま、すいはんじゃーと大立ち回りを始めた。
 前方のサファイア・ブルーに上段蹴りを弓でかわされつつも、そのまま半身を捻って回し蹴りへと移行。ラッパずぼんが空を切る。その蹴りを海苔ブラックが交差させた両腕でブロックし、上へと跳ね上げる。それに合わせ、パスタ将軍は後方へとトンボを切った。
 流れるような立ち回りや殺陣に、チビっこ達は釘付けだった。女子は、戦闘の度に翻る可愛い洋服に目を輝かせていた。カッコカワイイというヤツだ。
 負けじとDr.ブレッドも殺陣に加わる。一応加減はしてくれているが、たまに本気が頬を掠めたりするのはご愛嬌。
 パスタ将軍の鞘と蹴り、合間に合わせてくる打撃技を早場米ソニックで紙一重でかわした亜紀が、マジカルスティック(栄光の手)を振り翳し、
「くらえ! 必殺稲穂バインド!」
 掛け声に合わせ、キラキラリーンと金属音が響く。稲穂バインドで動きを封じられたパスタ将軍とDr.ブレッドは唸りながら抵抗を続けた。
「ぅおのるぇぇぇぇっ!」
 悪態を吐いているのはパスタ将軍だ。
 素早く現れた黒子の手によって蔦と、二人の悪の全身に稲穂が飾り立てられる。
「今です! お米文化を守るため、この一撃にすべてを込めて!」
 サファイア・ブルーが叫び、黒子が運んできた二メートルはある大きな張りぼてのおにぎりを亜紀へ向けてトスする。中身は空洞なので重くはない。小さな亜紀も思いきり背伸びをして、さくら乙女へ繋いだ。
「いくよっ! さよならなの、Dr.ブレッド! そしてなんだかおかしな格好のパスタ将軍!」
 さくら乙女が最後のトスを舞台上空へ上げた。
 チビっこも同伴の親も頭上を見上げる。ほぼ真上にのぼった太陽を背に、張りぼておにぎりは燦然と輝いた。
「米食文化を衰退させる為にジルベリアからやってきた外道の極み。米と魚を追いやり、無辜の民に肉とパンの生活を強いる悪鬼羅刹よ‥‥」
 声高に叫ぶ海苔ブラック。まだおにぎりは頭上にある。
「米を食うから背が伸びない、だと? 馬鹿め、米は縦に食うと背が伸びるのだ!おばあちゃんに教わらなかったのか!!」

「「「「お米の文化は私達が守る! 行くよっ、みんな! ハイパー・オニギリ・ボンバァァァァァァァァ‥‥ッ!!!」」」」

 四人は大きくジャンプし、頭上で輝く巨大おにぎりを思いきりDr.ブレッドとパスタ将軍へと叩きつけた。
「ほげぶっ」
「‥‥っどぅぅわああああ!」
 大げさな悲鳴をあげているようにも見えるが、百瀬に限っては真実悶絶したのだった。
「お、お、俺の‥‥野望がっ。――がくり」と倒れたパスタ将軍。
「‥‥‥‥」
 百瀬はしばらくぴくぴくと痙攣していたが、やがて何も言わずにコトンと額を舞台へ落とした。
「良い子の皆さん、お米をよく噛んで食べると甘くて美味しくなりますよ」 
「みんな〜、水野米店をよろしくね〜」
「おいしくごはんを食べていくことで、この国の平和はまもられるの‥‥みんな! 残さないで、おいしく食べてね‥‥!」
 両手を広げ、会場に集まったチビっこ達に挨拶をするすいはんじゃー。
 互いの顔を見合い、「うん!」と大きく頷く。
「硬めのご飯」
「柔らかめのご飯」
「雪のように白いふっくらご飯」
「味がしっかり炊き込みご飯」

「「「「みんなをおっきくする為に生まれてきたの! それを邪魔するイケナイ人はすいはんじゃーが片付ける!!!」」」」

 最後の部分は全員で合わせて叫び、決めポーズ!
 こうして米文化を無きものしようとしていたDr.ブレッドと、そんな彼を利用して世界征服をもくろんでいたパスタ将軍の企みは葬り去られたのだった。

 とはいえ、パスタもパンも食卓になくてはならないものに変わりはない。美味しいご飯とそれに合せた春らしいおかずが並ぶ屋台と共に、それらの料理が振舞われたのは言うまでもない。
 米文化は懐が広いのだ。
 ショーが終わり、遅い昼ごはんにありついたメンバー達に、
「みんなのおかげで俺の米‥‥水野米店の危機は去ったな。これは俺からの礼だ。遠慮しないで食ってくれ」
 イベントの余り物とはいえ、絶品の料理に舌鼓を打っていたメンバーは、おそらく何も考えていなかったのだろう。たった一人を除いて。
 口々に礼を言い、百瀬が差し出した大皿からそれぞれ一つずつおにぎりを取った。
 綺麗な桜色。春らしいグリーン。おや、おにぎりから何か生えている。
 ‥‥‥‥。
 死屍累々と庭に転がる開拓者を目にした水野正一郎は笑顔で言った。
「張りきっていらしたから、お疲れなんですね」
「だらしねえなぁ」
 そんな会話を屋台の影に隠れて難を逃れたすずりが耳にした。
(「ハズレかな? みんなハズレに当たったのかな?!」)
「お? すずり、み〜つけた。ほい、俺のおにぎり。食ってみ?」
 ずいと目の前に差し出された皿には最後のひとつが残っていた。これがハズレではない事を祈って、
「光成さんのお握りだ。いっただっきま〜す」  
 ‥‥‥‥。

 後日、百瀬が水野米店に行ってみると、正一郎は黒子の衣装で商売をしていたのだった。意外にも黒子姿の方がよく口が回るので、商売は右肩上がりなのだそうだ。その一役をすいはんじゃーが担ったのは言うまでもない。
 壁にかかった四着の衣装は、今も米文化を守っているのだった。