【混夢】刺客
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/29 23:47



■オープニング本文

※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 

 夏の暑い盛りの頃。
 夜は更けても蒸し暑い神楽の都。それはひしめくように家々が並んだ街中を外れても同じ事だった。
 やたら聞こえるのは蛙の声だ。近くに大きな溜池があるのだが、そこに住み着いている蛙共が声をあげてないている。
 天には赤みを帯びた満月が、まんじりともせずに夜空に張り付いていた。
 そこへ、ガタリと大きな音が響く。とたんに蛙はなくのを止めたが、それはほんのひと時だけで、やがて蛙の合唱は何事もなく始まった。
 薄い硝子細工を透かしたような月光の中を、黒装束の者達が駆けていく。彼らが出てきたのは、この村の庄屋の屋敷だった。
 辺りの様子を窺う素振りも見せず、黒装束の集団は山へと伸びる道をひた走る。

 翌朝、通い奉公の娘がいつも通りに庄屋の屋敷へ行くと、そこにあったのは折り重なる死体の山だった。
 庄屋の主とその妻。十、五つ、二つになる幼い子供から、住み込みの女中、口入れ屋の紹介で仕事に来ていた人足までもが皆斬り殺されていたのである。
 肝の据わった若い衆ばかりの自警団員たちも、この惨状を直視できる者が少なく、犯人の手がかりを探すのも一苦労だった。
 その知らせが、犠牲となった人足たちを庄屋へ斡旋した口入れ屋の元に届いたのは、夜五つを過ぎた頃である。
「なんてことだい」
 口入れ屋の店主キチは、奥歯が鳴るほど噛み締めた。
 キチの本名は吉川常家という。わけあって名を伏せ、神楽で口入れ業を営んでいるのだが、今回自分が斡旋した先で人足たちが被害にあったというのだ。
 受け取った文には、彼らが惨殺されたことが書かれてあり、その非情さに元は武家の出であるキチさえも絶句するものだった。
 続けて文を読む。なにかおかしい、とキチはもう一度文を読み直した。
「殺された人足の人数が三人……? おかしいな、ここには七人向かわせたはずだけど」
 自分の記憶違いかもしれないと思い、キチは帳場へ行き、帳面を忙しなく捲った。件の庄屋の名前と、そこへ斡旋した男達の名前と住まいが現れ、キチは目を凝らした。
 頭の中で名前と顔を照合させる。確かに顔と名前すべてを一致させることができた。人数は七人である。やはり間違いない。
 では、残りの四人は生き延びたんだろうか。
「そういえば、この四人は特技があると言っていたな。それが何かは聞いていないけれど」
 特技があると聞けば、仕事に役立つかもしれないからと話を聞くようにしているキチだが、この時も同じように訊ねてみたのだが、四人は揃って、「なに、ちっとも役になんか立ちやしないモンですよ」と豪快に笑っていた。
 確かに村の庄屋の人足業で、仕事の内容も早場米の収穫の手伝いだから、いくら特技とはいえ見当違いのものならば役に立たない代物だと言うだろう。
 キチはそう思ったから、深くは聞き出さなかったのだ。
 それが悔やまれた。
「きっとこの四人が下手人に違いない」
 キチが断言したのは、文を最後まで読み終わってからだった。
 通いの娘の証言で、数日前から庄屋に泊り込んでいた男四人の姿が消えているとあったのだ。
「……志体持ちだったとはね」
 遺体を室内へ運び終えた団員のひとりが、台所の水がめから一杯の水を汲んで飲んだところ、瞬く間に身体を痺れさせて昏倒したという。
 水がめの水に毒が仕込まれていたのだと踏んだ団長の指示で、かめの水は村医者の下へ運ばれたが、不思議なことに医者が調べた時には水はただの水でしかなかった。
「志体持ちにもいろいろあると聞くからねぇ。――なんにしても、こいつぁ許しておけないな。俺の紹介で入った人間が人殺しだったなんて、信用失墜だ。ましてや幼い子供まで斬るとは外道だ」
「外道って、物騒なこと言ってるなあ」
 勝手口からへらへらと笑いながらやって来たのは、キチの昔馴染みであり同郷の男、百瀬光成だった。両手を袖口へ突っ込み、
「なんか食わして」
 と框にどっかと腰を下ろした。
 珍しく真面目な顔をしたキチに、百瀬はまずいところへ来たと舌打ちをする。
「いいですよ。好きなだけ食べさせて差し上げますから、俺の頼みを聞いてはくれませんかね」
「タダが一番怖えモンだって事ぁ、俺だって知ってるよ? ヤバイ話なのか?」
「ヤバくはないでしょう。なあに、さくっと四人ばかり斬ってきてくれたらいいんですよ」
 声に抑揚がないから怖ろしい。
 しかも、百瀬が框に置いた刀を指さし、
「何のための刀です」
 と言い放った。
「ったく……しょうがねぇな。俺は飯でもいいが、他の奴らにはキチッと払ってくれよ」
「もちろんです。では、これがその男達の名と住まいです。おそらく書かれた住所は偽でしょう。仮に本物でもまだ帰ってきてはいないはず。まずはお仲間をみつけて、それからこの村へ行ってください」
 キチは庄屋のある村の名前を書き記した紙を百瀬へ渡した。庄屋の名前は入っていない。
 当然である。
 これは殺しの依頼なのだ。
 庄屋での一件も話さない。話さなくとも村を訪れれば自ずと耳に入ろう。だが、彼らが詳しく知って赴く必要はない。百瀬らが為すべき事は、下手人四人を始末することなのだから。
 百瀬はさっそく口入れ屋を出た。
 昨夜の月夜とは違い、薄墨が混ざり込んだような色合いの、不気味な夜だった。



■参加者一覧
柚月(ia0063
15歳・男・巫
すずり(ia5340
17歳・女・シ
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
ヴィクトリア(ia9070
42歳・女・サ
クリスティア・クロイツ(ib5414
18歳・女・砲


■リプレイ本文

●元締め・口入れ屋キチの店

 框に無造作に並べられた銭を、蝋燭の仄かな灯りが照らす。鈍く光を返すそれに華奢な腕が伸びた。
「光成さんからのお仕事だもん。ボクが断る筈無いでしょ?」
 すずり(ia5340)は手に取った五百文を軽く指で弾き、ぱしりと宙で掴み取った。
「お金払ってくれてる間は、光成さんの味方だよ。払ってくれてる間はね」
 片目を瞑り、黒装束に身を包む少女は意味深な言葉を吐いた。
 抜け忍のすずり――。
 栄華を極めた主家を長く守ってきたシノビ一族に生まれたすずりは、能のない傀儡の当主を見限った。今やかつての親友や兄弟からも命を狙われる抜け忍と成り果てた。
 だが後悔はしていない。闇で薄汚い連中を屠る事こそが使命だと、その為の選択だったのだと言える。
「じゃあ、ボクは先に行くよ」
 顔の半分を鉄の面で隠し、闇の中へすずりの姿は溶けるように消えた。

 次いで伸びてきた手が、ひぃふぅみぃと銭を数え終えると、
「暑さだけでもたまんナイってのに、世の中はホントにうんざりするような話が多いね」
 言葉とは裏腹にあっけらかんとした声はなんとも涼しそうである。
「そんな目で言っても信じらンねえな」
 百瀬は、猫のようにくるりと大きな瞳を輝かせている楽師に言い放った。
 楽師は更に目を細めて笑う。
 柚月(ia0063)の表情は、新しいオモチャを手に入れて喜んでいる子供のようだ。
 宵笑みの柚月――。
 花を見ては笑い、雨を見ては沈む。そのくるくる変わる表情がもっとも凄絶に美しく彩られるのは、葬送の笛を奏でる時である。薄闇の中に、小さな笑い声と氷の欠片のような銀の瞳が浮かぶ時、それが今生の別れとも知らず、悪党共は魅了されるのだ。
「悪党は許しておけナイなんて、正義感だとか綺麗な気持ちじゃないケド、まあ、こいつはひとつ、ごはんのために。葬送の笛、奏でてあげよーかな?」
 桜の彫りも珍しい哀桜笛をくるりと指先で回しながら、柚月は口入れ屋を出た。

「ああいう奴らが居てこそ、あたいらの出番と商売があるものさだね」
 ヴィクトリア(ia9070)のよく通る声が闇に響く。彼女と同時に銭へ伸びた華奢な指先が、触れ合うのを躊躇うように引っ込められた。
「運命とはいえ、人と触れ合えないのは辛いもんさね」
 苦笑を浮かべたヴィクトリアに、ふわりとした綿飴のような声が口上を述べる。
「今日もまた神になり代わり断罪致しましょう。わたくしは『ポイズンシスター』……穢れし我が身で此の世を浄化致します」
 断罪者を名乗るクリスティア・クロイツ(ib5414)だが、虚空をぼんやりとみつめる表情からは、彼女の心の奥底は量れない。
 大柄で逞しい体躯に不似合いなくらいの人懐こい笑顔を浮かべたヴィクトリアは、クリスティアの緩くなっているヘッドドレスのリボンを結び直した。
 斧旋のヴィク――。
 まるで細身の剣のように軽々と斧を操るヴィクトリアの異名だ。その容赦のない一振りの後には悪鬼共の屍が累々と落ち並ぶ。
「……」
 ほんのり頬を染めながらも、クリスティアの双眸には次第に暗殺者の色が強く浮き始めていた。
 ポイズンシスター――。
 雪のように白い肌も水晶のように美しい髪も、そのすべてが毒である彼女に絡め取られた者には逃げる術なし。途切れる意識に刻まれるのは禁忌の祈りだけである。
 最後に報酬を手にしたのは只木 岑(ia6834)。
「仕事のやり方については只木に任せる。だけどそいつを受け取った以上」
「わかっています。何にも悪いことしてないのに、殺された人達の気持ち、思い知ればいいんですよ」
 血を浴びるのも肉を切り裂く手応えも嫌いな只木は弓使いだ。
 子山羊の岑――。
 字面だけを見るとなんとも脆弱な異名だが、それはある種の皮肉でもある。
 嫌なものから目を背ける為にひたすら磨き続けた弓術師の技術は、腕の立つ者であろうといったいいつ狙撃されたのかわからないまま絶命させてしまう程だった。
 子山羊の皮を被った兎のように胆の小さな少年だが、果たしてそれは狙った獲物は確実に仕留める怖ろしい腕の持ち主なのである。

「後始末は任せろ。悪党の首、掻っ切って来いっ」
 立てた親指で横一文字に首を掻き切る仕草を見せた百瀬は不敵に笑い、言い放った。

●悪党共の隠れ家

 周囲を鬱蒼とした森に囲まれている小さな湖。月光を反射する湖面へ伸びる桟橋。森から黒い影が走る。音もなく抜き足で漁師小屋へと向かうのはすずりだった。
 壁に背を当て息を殺し、耳を欹て、屋根へと上る。薄い板張りの屋根にも関わらず、みしりとも言わない。
 するりと小屋の中へ忍び込み、梁の陰に身を潜ませる。僅かに顔を覗かせ、下の様子を窺う。百瀬から聞かされていた通りの男達が、赤ら顔で酒を飲んでいた。
 山の中、という事もあるのだろう。下卑た笑い声と卑猥な会話はすずりの胸を酷く悪くさせた。鼻に皺を寄せ、まずは標的が全員揃っている事を皆に知らせに踵を返す。

『全員居る』

 走り書きされた墨文字の紙片が、身を隠している仲間の下へ投げ込まれた。足元の地面へ、大木の幹の裏と表へと文付きの手裏剣が突き刺さる。
「……痛い」
 足元に突き刺さった手裏剣を拾い上げた際、誤って指を切ってしまったクリスティア。滴り落ちた血は、すぐに土の色をどす黒く染め、雑草は見る間に黄色く変色して枯れていく。
 その様を見たところで今更胸を痛めるわけもなく、クリスティアは何もなかった顔で小屋へと近づき、中から賑やかな声を通す木戸を叩いた。
「申し訳ありません。迷ってしまいましたの……此処で休ませて頂いても宜しいですか?」
 一瞬、小屋の中がしんと静まり返った。
「もし?」
 再度戸を叩くと、僅かな隙間が開き、そこから男の目だけがぎょろりとクリスティアを見た。戸を叩いたのが女ひとりとわかると、男の目つきが下劣なものに変わる。
 戸はすぐに開かれた。
「親切な方々が居て下さり、本当に助かりましたわ……」
 クリスティアは小屋の中へと姿を消した。
 頃合を計ったように、虫の声に混じり、透き通った美しい笛の音が森を抜け、湖面を渡り――漁師小屋の中へと届いた。
 自分達以外に人気のないはずの山の中で、響き渡る笛の音を訝しんだサムライの一人が、無精ひげを撫でながら酒の席を立った。
「ちょっくら様子を見てくらぁ」
 男は、足元をフラつかせながら小屋の外へ出た。
 耳を澄ませると、やはり笛の音がする。だが、人の気配は感じない。それでも自分達が追われる身なのは承知の事だ。もしや居場所が知れての呼子笛かもしれぬ。
 男は腰のものに手をかけ、音のする方へと向かった。
「ふふ。まずは一人め。殺っちゃってネ」
 中空の月が雲に姿を隠したその刹那である。悪戯好きの烏天狗のように、柚月は枝からくるりと宙返りをすると、片目を瞑り、仲間がいる方角へと笑って見せた。

●一人目

 笛の音の出所を確かめに来た無精ひげのサムライは、すでに鯉口を切り、視線を忙しなく周囲へ這わせながら様子を窺う。
 それを木の陰から認めた只木は、視線を真向かいに立っているヴィクトリアに向けた。彼女もその視線を受け、二人は合図のように頷き合う。
 ヴィクトリアは大樹が作った暗闇に乗じ、男の死角へと移動した。ベルトの留め金を外し、腰のバトルアックスの柄を握り締め、息を殺しながら構えた。
 同時に只木が弓を引き絞る。
 無精ひげ男の足元より、やや離れた位置に矢が刺さる。その音に反応したサムライが目を凝らし、刀を抜き放った。
「!」
 ヴィクトリアの闘気を全身で感じた男は、闇に向かって真空刃を立て続けに撃った。甲高い音だけが闇に響く。弾き返された真空刃は辺りの木や葉を切り裂いて消えた。
「こいつぁ、マズイぜ」
 仲間を呼びに踵を返した男の前方に、只木の矢が連続して撃ち込まれた。
 只木は、男を闇の中へ誘導するように矢を撃ち続ける。紙一重で逃げ道を塞ぐその矢は、サムライの着物の袖や裾を無残に裂いた。
「出て来い! 姿ぁ見せろいっ」
 男は闇雲に刀を大きく振り回し、目に見えない敵へと先んじて攻撃を仕掛ける。
 口汚く罵るサムライの前へ、ヴィクトリアは悠然と姿を見せた。距離はまだある。
 ――地断撃。
 サムライはそれを力技で横へ軌道を逸らせた。視認できた敵、ヴィクトリアへと突進してくる。
 ヴィクトリアは不敵に笑い、男を見た。振り上げた刀は上段から斬り込んでくる事を饒舌に語っている。
 踏み込んでくる左足。焦りを浮かべた目。
「距離を読み違えたようさね」
 僅かに届かない切っ先を斧で弾き上げ、頭上で大きく回転させた勢いのままサムライへ打ち下ろした。
 倒れ伏した男の下に、血溜まりが静かに広がっていく。

●小屋の中で

 何やら表から怪しげな音がする。残った二人の刀持ちと魔術師は怪訝な顔で互いを見合った。
「お友達の方、戻って来られませんわね」
 クリスティアの言葉に、サムライの一人が渋面で腰を上げた。
 若い風貌の割りによからぬ事を考えていたようで、クリスティアへ向けた視線には邪なものがあり、下卑た笑いを口元に浮かべ、
「嬢ちゃん。後でたっぷり遊ぼうな」
 刀を無造作に腰に差し、戻って来ない仲間を探しに小屋を出た。
 残ったのはサムライ一人と魔術師一人。素知らぬ顔でクリスティアは二人を観察した。
 だらしなく胸を肌蹴させたサムライが、魔術師に顔を寄せ、
「どうだ? お前も」
 と小声で何やら誘っている。
「興味ないね。まあ大人しくさせるぐらいの手伝いはやぶさかではないけど」
 セイドの詠唱を始める魔術師。
「軽く頼む。まな板の鯉じゃ面白くもねえからな」
 クリスティアは聞こえぬフリをしていた。壁に掛かっている蝋燭の灯りが、ぼんやりとした虹彩に映り込む。その端にすずりが映った。
 魔術師は詠唱に集中しているせいか、己の背後に忍んでいるすずりに気付かない。
「個人的な恨みとか無いんだけどね。これもお仕事だから」
 梁から逆さになったまま死鼠の短刀を翳し、魔術師の頚骨へと刃を深く沈めた。
 あと少しで完成するセイドの術式がふわりと霧散する。すずりは魔術師の額を、つと押し、仰向けに倒れさせた。
 どさりと倒れる物音に、サムライが振り返る。魔術師の上半身は漁具の影になって見えない。男は無造作に投げ出された仲間の足を一瞥しただけだった。
「だから飲み過ぎんなって言っただろ?」
 男の思考は、突然倒れた仲間を案じる事よりも、目の前の少女をどう可愛がるかというさもしい本能しか働いていなかった。
「さて」
 男がクリスティアの細い腕を掴み、酒臭い息を間近で吹きかける。
「な、何をなさいますの!? お止しになって下さいまし……! 神罰が下りますわよ!?」
 弱々しく抵抗して見せ、男の嗜虐心を煽る。押し倒し、覆い被さってくる男を表情の乏しい顔で見上げた。
 諦めたようにも映るその表情に、男が舌なめずりをする。
「……フッ」
 クリスティアの薄桃色の艶やかな唇がツンと尖り、短く息を吐き出すと、花の匂いを漂わせた甘い吐息が男の顔面を包んだ。
 弛緩した男の顔がすぐさま険しく強張った。クリスティアの甘い吐息は男の肺を腐らせ、心の臓を止めた。
「――わたくしは警告致しましたわ。神罰が下る、と」

「外の塩梅はどうかな」
 すずりとクリスティアは板戸を少し開け、耳を欹てた。
 気配はまだある。柚月の笛の音は止んでいた。
「一助になればよろしいのですけれど」
 クリスティアは隙間から毒霧を吹き出した。
 少しの間、自由を奪うだけの効果だが役には立つだろう。

●湖の辺

「おい! どうしたっ。何かあったのか?」
 四人の中では比較的若年であったサムライは、声を荒げて叫んだ。開拓者としての本能なのか。危険を確実に感知しているせいか、声に僅かな緊張と怖れが混じっている。
 得体の知れない気配から逃れるように男は見晴らしのいい湖の辺を歩いていた。
「おい……お、い……? んっんっ……? あえ? ひはが……へん?」
 次第に呂律が回らなくなっていくのも、更に恐怖を煽った。
 妙な気配に囲まれている事に気付いている男は、仲間を置いて逃げようかと考えた。桟橋には小さいが船が一艘繋がれている。自分一人が乗るくらい造作もないだろう。
 男が船へと向かうのを見て、キリリと弓が引き絞られる音がした。
 森から草陰へと移動してきた只木である。
 だが、その音は追われる者の研ぎ澄まされた聴覚を刺激した。強張った顔で男は振り返ると、只木が身を潜めている草陰へと一足飛びに駆けてきた。
 只木は咄嗟に弓を背中へ回し、黙苦無を構えた。
 殺らなければ殺られる――頭ではわかっているのに、血塗れの両手を幻視してしまう。
 男の刀が鈍い光を放ちながら只木へと突き出された。金属音をひとつ上げて、只木は寸でのところで攻撃をかわす。
 二人が近接で攻防を繰り広げている一間離れた草陰から、すうっと伸びる笛。ふっと吐かれた息。
 月の光を一瞬だけ跳ね返した針が、只木の前で抜刀しているサムライの首筋に突き刺さった。
「っは……?」
 首を押さえ、狼狽える男には隙が生まれ、次の瞬間にはその胸を薄緑色の錬気を纏った矢が貫いていた。
 男は胸を押さえながら、只木を睥睨し、どうっと前のめりに倒れた。
 
「お月様だけが全部知ってる、なんて――随分と詩的じゃナイ?」
 只木に気取られないように草陰から離れた柚月は、笛を器用にくるりと回し、口元へ運ぶ。
 歯切れのいい旋律は妙に切なく、どこか勇ましく。さざなみ立つ湖面を夜風と共に駆け抜けていった。
「全知全能の神よ……如何か彼等の魂に哀れみを与え下さいまし」
 骸となった悪党共だが、クリスティアは深い憐れみを持って祈りを紡ぐ。

●百瀬と飯

 危ない仕事は他の仲間へ任せ、百瀬は安寧と飯を食らっていた。
 勝手知ったるキチの台所。好き勝手水屋を開き、飯を食らう。
 そこへ仕事を終えた仲間が戻ってきた。
 血の臭いがするのは仕方あるまい。労をねぎらうように握り飯を作った。
「お疲れさん」
 誰もが素直に受け取っているというのに、一人だけお櫃から直接茶碗に飯を持っている人間がいる。
「あ、光成さんが作ったご飯は要らないからね」
 すずりの言葉に、柚月や只木はぼとりと握り飯を落した。
 ヴィクトリアはすでに頬張っていた後だが、味はあまり気にならなかったようだ。
「……」
 怪訝な顔のクリスティアの手には、紫色に変色した握り飯っぽいものが乗っていた。

 ――今宵もどこかで暗殺者が暗闇を駆けているやもしれない。