呪いの腰巻
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/23 22:13



■オープニング本文

 理穴の特産に染物がある。草木染め、藍染め、後染めと技法も複数あり、ここ呉服問屋、立花屋は後染めのものを主に扱っていた。
 図案絵師をも抱え、彩色まで一手に請け負う立花屋は数少ない絹も扱い、高額ながら遠く武天から直接買い付けが訪れるほどである。
 そんな折、兼ねてから注文を受けていた色内掛けの反物が仕上がった。金彩に緋色の牡丹、梅に扇と縁起の良い文様が精緻に描かれている。
「なんと見事な出来栄えかね」
 大旦那は顎を擦りながら、ご満悦。
「これならきっと奥方様にも気に入っていただけるでしょうねぇ」
 立花屋跡取息子の曜ニも、父親と同様に顔を綻ばせていた。

 ところがその夜、一本の矢文が打ち込まれ、反物が盗まれた。
 大旦那は泡を吹いて倒れてしまうし、番頭は頭を抱えて押入れに引き篭もるしで、立花屋は身代始まっての大騒ぎになった。
 しかし、曜ニだけはいつもと変わらない様子で呑気に店を開けている。
「若旦那、大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「盗まれたんですよ、反物。どうするんです‥‥奥方様が直接取りにいらっしゃるんですよね」
 手代の一人が不安げに訊ねてくる。
 曜ニは丁稚に店先の掃除を言いつけて、手代の方へ顔を向けた。
「盗人の件は任せてあるから大丈夫でしょ。ただ、反物が戻ってくるまでの時間稼ぎが問題といったところかね」
 ふむ、と思案顔を見せた曜ニだったがすぐに妙案が浮かんだようで、手をポンと打ち合わせた。
「ほら、蔵にアレがあったよね。アレを使おう。うん、それがイイ♪ あと、店は当分休むから、閉めといて」
 言って曜ニは屋敷の奥へ駆けていった。

 昼過ぎ――。
 遥々武天より、氏族の奥方が数人の共を連れてやって来た。
 客間へ通し、上等の茶を差し出してもてなした。
「さっそくですが、反物を見せていただけませんか」
 柔らかい物言いで、奥方がにこりと笑った。
 番頭の顔から血の気が引いていく。ちらりちらりと若旦那の方を見て、
「いったいどうなさるおつもりですか?」
 と小声で詰問した。
 曜ニがニヤリと笑う。すう、と息を吸い、
「例の物を持ってきてくれないか」
 廊下で控えていた手代が「はい」と返事して、程なく桐の箱を持ってやって来た。
「それは‥‥」
 奥方の表情が俄かに曇る。
 曜ニの前に置かれた桐の箱には、仰々しく札が貼ってあった。
「これは当家に伝わる呪いの腰巻にございます」
 蓋を厳かに開け、血が滴り落ちて赫く染まったような、真っ赤な腰巻を取り出した。
「なんと禍々しい色‥‥」
 奥方が息を飲む。
「元は雪のように白い生地の腰巻ですが、災いを起こすときだけこのように赤く染まるのです。そしてこれが赤い内は商いをしてはならぬというのが言い伝えでございます。何代か前に違えた者がおりまして‥‥祟られました。無残にも‥‥庭の木で首をくくって死んでいたということです。事故なのか自殺なのかわかっておりません。その欲に眩んだ両の目は烏に潰されて」
 まるで百物語でも語るように、おどろおどろしい抑揚で曜ニは語った。――嘘八百を。
「あぁ、なんと恐ろしい」
 震える口元を両手で押さえ、奥方が呟いた。
「このような商家ではありますが、腰巻の呪いが消えるまで、奥方さまには当家にご逗留いただければと思います。たいしたおもてなしは出来ませんが、どうぞゆっくりとお寛ぎください」
 曜ニの細い目が、さらに細められる。
(「何でもとっておくべきだねぇ。子供の時にやった染物の失敗作が役に立つなんてさ」)


■参加者一覧
中原 鯉乃助(ia0420
24歳・男・泰
朱璃阿(ia0464
24歳・女・陰
東海林 縁(ia0533
16歳・女・サ
貉(ia0585
15歳・男・陰
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
熊蔵醍醐(ia2422
30歳・男・志


■リプレイ本文

 正午を知らせる鐘が遠くで鳴っていた。
「店で芝居打ってる仲間の為にも、ここはとっとと片付けてしまおうぜ」
 指の関節を小気味よく鳴らし、潜入班の中原鯉乃助(ia0420)が一歩前へ出る。
 盗賊一味が根城にしている廃寺の山門脇に、馬を繋いできた熊蔵醍醐(ia2422)が戻ってきた。
「それじゃあ、一丁暴れてやろうかね」
「反物の探索は頼みましたよ」と獣の仮面の男。貉(ia0585)が言う。
 それに合わせ、反物奪還班達は大きく頷いて見せて駆け出した。
 手入れのされていない雑草だらけの境内を走り、本堂の引き戸を蹴破った。
「オラオラァ、盗られたモンを取り返しに来たぞォ!!」
 豪快に一番乗りを果たし熊蔵が叫ぶ。
「白羽の矢が描くのは、黒き悪事の軌跡なり。“紅蓮の乙女”東海林緑がタダイマを以って、見・参っ!」
 歌舞伎役者の如く、ヤアヤアヤアと踊り出る東海林緑(ia0533)。その背後をこそりと潜入班の二人が忍び歩く。
 件の一味は寝こけていたようで、突如訪れた招かれざる客の闖入に目を白黒させていた。
「お前達、何やってたんだい! 見張ってたんじゃないのかいっ」
 女形姿で金切り声を上げるのは、一味の頭で春風のお蝶。自称乙女と吹聴しているが、気を抜くと男に戻る。頑強な拳は仲間二人を殴り倒していた。
「アテテッ。酷いな、長三郎‥‥ぐはっ」
 骨ばった造作のツラが烈風の冬吾。醍醐ほどではないが、巨漢の男である。
「その名で呼ぶんじゃないよ、お馬鹿だね!」
 別の一発を喰らったのは駿風の仁也。短髪も映える役者ばりの美丈夫だが、お蝶に殴られて涙目になる所が些か‥‥。
「だって眠たかったんだモン」
 おつむが知れるやりとりを前に、奪還班の顔に妙な微笑が浮かぶ。
「ホイ! ホイ! ホイッと!」
 醍醐が槍の柄で一味の脳天を続けて小突く。
「なにすんだいっ」
 くねくねと腰を捻りながら醍醐へ立ち向かう長三郎‥‥ではなく、お蝶だったがフェイントにまんまと引っかかりゴロンと転げた。
「ふふん」
 得意げに似非女を見下ろす。その背後で、狢が仕込杖で大立ち回りをしていた。
 暖簾に腕押し――。するりするりと侍崩れの冬吾の攻撃をかわす。
「フフフ。お前らも運がねえな。この中には志体持ちがいるんだぜ?」
 食指を立て、鼻で笑う狢の微笑はなにか含んでいるように見えたが、それがわかる盗賊一味ではなかった。ムキーッと闇雲に向かっていくだけである。もちろん、彼らは彼らで策を練っているのかもしれないが。
 所々抜け落ちている床を気にしているのは緑で、戦闘しながらもどこかぎこちない。
「注意しなきゃ、危ない危ない」
「へっ。そんなに足元ばっかり見てちゃあ、本気で戦えねえんじゃねえか? 俺、強いよ?」
 短刀使いの仁也が緑へにじり寄る。
 煤けた本尊を足場にして跳躍。緑の頭上へ――。
「舐めないでよね!」
 緑は鞘を振りかぶり、仁也の投擲を弾いた。仁也はくるりと宙で回転して着地――ズゴン! と音と舞う埃の中へ姿が消える。どうやら着地した位置の具合が悪く床が抜けたようだ。
「あははは! バッカじゃないの〜? ‥‥ん? んきゃっ」
 指を差して笑った罰なのか。緑の足元も見事崩れた。
 首だけになった緑と仁也の周囲を、細切れになった木片とダニ混じりの埃が飛び交い、脳天、鼻先、頬を掠めるように盗賊の武器が走る。
「ちょっとー! わざとじゃないよねー!!」
 赤い髪を振り乱して緑が叫ぶ。
 そこへ狢が屈みこみ、
「バレた? まあ、合図が来るまでの辛抱だ」言いつつ、ひょいと首を引っ込めて長三‥‥の蹴りをかわす。
 入れ替わりに醍醐が腰を屈め、
「可愛い顔が台無しだなァ‥‥よしよし」
 と石突で冬吾の攻撃を捌きながら、緑の顔をごしごしと手の甲で拭いていく。
「や、やめ。汚れ‥‥汚れるゥ」
 広がる汚れを感じた緑が半泣きになる。それを見て笑っていた仁也だったが、
「お前はこう、だ」
 目の前に晒された使用中の褌を見て、顔面蒼白。
「フガッ」
 抵抗虚しく、役者ばりの仁也の顔は口に出せない汚れに塗れた。
 そこへ合図の指笛が鳴る。長く引く一度きりの音。
「それじゃー、答え合わせと行こうか。果たして志体持ちは誰? 答えは‥‥」
 仮面の端から覗く狢の唇が、不敵に歪む。懐から取り出した符に息を吹きかけ、刀身に一つ目の小刀の式へ変える。
「全員、でしたー。さてともう疲れたし、ちゃっちゃと済ませてあげよう」
 ぼふんっ
 小さなきのこ雲が本堂内を覆った。
「こっちだ」
 本尊の裏から顔を出した鯉乃助が手招きする。
 その横では頬を紅潮させ、期待に胸を躍らせる朱璃阿(ia0464)が、口元に手を当て叫んだ。
「あまり怪我はさせないようにね〜」
 きっとそれは自分の楽しみの為なのだろうと、皆は思った。
 お蝶が気づき、気合で起き上がろうとするも腕はもはや身体を支えられない。本尊へと腕を伸ばし、「アタシの内ち掛けぇぇっ」と情けない声をあげる。
「やかましい」
 一言呟いて、鯉乃助が空気激を放つ。んぎゃっというみっともないオッサンの呻き声を聞き流し、奪還班は潜入班と合流した。
 三間はある本尊の下に、一部埃が途切れた場所があった。
「ほら、ここだけ埃がないだろ。動かした後に違いない」
「よっしゃ、俺様に任せとけ」
 醍醐は手を擦り合わせ、本尊を掴んだ。

「それじゃあ、頼んだぞ」
 鯉乃助は、みつけた反物を狢へ手渡す。
「任せておけ」
 風呂敷に反物を包み、自分の身体へ括りつけた。
「お仕置き‥‥楽しんでね〜」
 くふふと笑う緑の顔は、やっぱり埃塗れだった。きのこ雲から際で助かったものの、汚れからは逃れられなかったらしい。
 石段を駆け下りていく二人を見送った鯉乃助と醍醐は、申し合わせたように後ろを振り返る。
 反物は奪還したから依頼は完遂したのだが、個人的に仕置きをしたいという仲間がいて――。
「鯉乃助は仕置きに参加するのか?」
「しないしない!」
 笑いながら手を振って否定する鯉乃助。
「下手に手出ししてコッチにまで被害が及んだらサイアクだからな。おいらは黙って見てるだけ〜っ」
 にんまりと笑えるのは他人事だからだ。
 粉砕した本堂の入り口から入る。
 そっぽを向いた本尊の前で、縛り上げられている一味。女形姿のお蝶だけは両手の親指だけを縛られて放置されている。朱璃阿の楽しみ、もとい仕置きを一身に受けているのは仁也と冬吾だった。
「なんだよ、コレェェ」
「ちくしょう、覚えてろよっ」
 開拓者相手に小生意気な口を利いている二人だが‥‥いやはやなんとも――。
「暴れちゃダ、メ。かえって痛い思いをするんだから。それともソッチの方がよかった? ンフ、でもダメ♪。足腰が立たなくなる程度にはお仕置きしちゃう♪」
 残りの荒縄をピンと張り、愉悦の表情の朱璃阿の足元では見事な亀さん縛りで拘束されている仁也と冬吾。
「なあ」と醍醐が仲間外れにされているお蝶を指した。
「ん?」
 鯉乃助が見る。
「なんでアイツだけ包帯で縛られてんだ?」
 お蝶だけが白い包帯で縛られていた。
「だって〜」
 朱璃阿が艶かしく振り返り、
「縄が足らなかったんだもの。だったら似合う方に縄を使いたいじゃなあい?」
 彼女なりの拘りのせいらしい。
 なんだか盗賊一味が気の毒に思えた醍醐が一言。
「おめぇらも盗賊なんかしてねぇで、しっかり働けェ?」
 言ったところで辞める保証はないのだが。

 それより数時間前の立花屋では――。
「いいですね? よろしくお願いしますよ」
 曜ニがにこりと笑い、山吹色の地に小さな花模様の着物を纏った巫神威(ia0633)の肩を優しく抱き寄せた。
 神威はこくんと頷いて、右手を額へ宛がうと、
「あぁれぇぇっ」
 と頓狂な声をあげた。
「神威! 大丈夫かい?!」
 ドタドタと廊下を踏み抜く勢いで現れる、呪われ役の神威と若旦那。その間、神威はひっきりなしに悲鳴をあげる。
 客人が控える部屋までやって来ると、さすがに付き人も顔を出す。
「いかがされましたか? 奥方様が怯えていらっしゃるのですが‥‥ヒイぃぃっ」
 腰の下まである神威の黒髪が、生き物のように蠢いて見えた付き人が恐怖のあまり悲鳴をあげた。
「呪われてしまったのですわ!」
 大仰に声を震わせて神威が叫ぶ。奥方の部屋から、ガタンと何かが倒れる物音がした。庭側の障子に白い指が添えられ、次に奥方の青白い顔が覗く。
「ど、どうされました?」
 気丈にも娘を気遣う。
「遊びに来ていた親戚の娘なのですが、近づいてはならんと言っておいた奥の部屋に入り込んで、どうやら桐の箱を開けて見てしまったようなのです。おかげでほれ、このように」
 これ見よがしに破れた封印の札を掲げた。
「私、きっと呪われてしまったのですわ。だってアレを見てから変なものが見えるんですもの」
 ここまで支えてきた若旦那を突き飛ばし、奥方の膝元まで駆け寄ると、さめざめと泣いた。長い黒髪が畳の上に流れるように放り出される。
「アレ? アレとは‥‥アレとは何ですっ」
 狼狽する奥方。そこへ、「ご免」と言って現れる武者一人。大蔵南洋(ia1246)である。鋭い眼光で周囲を舐めるように眺め渡した。
「よく来てくださった。大蔵様がいらっしゃれば百人力!」
 曜ニは足袋のまま庭へ飛び降り、大蔵の両手を取って握り締めた。
「ほら!」
 突如、神威が大声をあげた。驚いた奥方がぴょんと飛び上がる。
 隣室の境にある襖を指し、
「見えるでしょう!? あれはきっと呪いの化身! 私を祟りに来たんだわ!」
 狂ったように髪を掻き毟った。
 襖は少し開いていて、そこからは黒い影がこちらの様子を窺っているように見える。
 ドンッッ
 地鳴りのような音が轟いた。地が揺れ、襖も障子も皆激しく音を立てた。
 奥方は恐れる余りに声も出ないようだ。身体を伏せて両の耳を覆い、ひたすら音が止むのを待つ。もちろん音の正体は床を踏み鳴らす王禄丸(ia1236)なのだが。
 そしてゆっくりと襖が開く。奥方の双眸は恐怖で見開かれ、金縛りにあったようにその場で硬直した。
 ヌウッと現れた牛骨。闇色の外套から長い腕が神威へと伸びる。奥方は失神寸前である。いっそ、その方がいい。
 牛の骸骨が、地を這うおどろおどろしい声を発した。
「呪い‥‥受けよ」
「きゃああ!」
 神威は悲鳴をあげ、硬直する奥方へ取り縋った。
 目を向き、愛らしい顔を苦悶の表情で覆い、泡を吹かんばかりに引き攣る。迫真の演技だ。
 奥方が神威に気を取られている隙に、王禄丸は姿を消した。予定通りだ。
 ここまで存分に怖がらせておきながら、
「見てはなりませぬ」と大蔵が言いながら座敷へと上がる。
「某、大蔵南洋と申す。微力ながら曜ニ殿のお力添えになればと馳せ参じた次第。此度の一件、まことに面妖至極でござる」
 普段使いの言葉は形を潜め、まったくの別人を演じている。
「悪しきモノは丑寅の方角から訪れると申す」
 言いながら、視線は何かを追うように辺りを這いつづける。
 しばらくは奥方の傍で見張りをしているように演じると、次は屋敷内を見回ってくると言って退席した。
 勇気を振り絞り、呪いの化身が現れた部屋を確かめようとする奥方だったが、その度に神威の奇行が阻む。程なく大蔵が見回りから戻ってきた。
「呪いが伝染らねば良いが」
 意味深に呟く大蔵。
「伝染る‥‥?」
 奥方が頬を攣らせ、立花屋の若旦那を見た。曜ニはその視線から逃れるように目を逸らし、
「腰巻はまだ赤いままなので‥‥なんとも申し上げられません」
「ひぃっ」
 奥方が短く悲鳴を上げた。だが、それは曜ニや大蔵、神威を見ての事ではなかった。庭木の一つを差し、ガタガタと目に見える程に震えていた。
 一同の視線は庭へと向けられる。――呪いの化身がのそりと姿を現した。
「うおぉぉっっ」
 大蔵が咆哮する。通る声は庭の木々を幹ごと振るわせた。
 大蔵扮する用心棒と、呪いの化身役の王禄丸が庭で派手に立ち回っているというのに、肝心の奥方は白目を向いて気絶していた。
 そこへ奪還班が戻ったという報せが入る。曜ニはその場を黙って抜け出し、赤い腰巻と白い腰巻とを入れ替えた。注文の反物は仰々しい箱に移し、奥方の部屋へと運ぶと、めでたくこの芝居は幕を引いた。

 無事に戻った反物は、お祓いと称した儀式の後に奥方へと引き渡された。よろりと少々足元が覚束ない様子の奥方ではあったが、早々に武天に帰りたいと言って、暮れていく中、帰途に就いた。
「先程から気になっている事があるんですがね」
 曜ニは、狐面のように目を細くして微笑みながら、鯉乃助に訊ねた。
「朱璃阿さんと仰いましたか‥‥何があればあんなに艶のある肌に?」
 問われて鯉乃助は困る。亀さん縛りは秘密にしておいた方が良い気がするので黙っておく事にした。
 暖簾を潜らず、見送りに参加しなかった狢が、
「盗賊は足元を掬われ、奥方は信じて救われる、か」とボソリ。
「お、そうでした」
 ポンと手を叩いた曜ニが、小さな巾着袋を袂から取り出した。
 旅支度を終えている王禄丸の元へ、小走りに駆け寄る。
「些少ですが、路銀の足しにしてください。よろしくどうぞ」
 王禄丸が脇に抱えているのは、赤い腰巻が収まっている桐の箱だった。話をすれば寄ると聞くという彼の言に従い、曜ニが供養を頼んだのだ。王禄丸に渡した路銀はその足しなのである。
「皆には適当に言っておいてくれ。では――」
 スウッと闇に溶け込むように消えていった。
「皆さん、今夜はどうぞ当家でおやすみください。さしたるもてなしは出来ませんが、理穴の名物をご用意させていただきました」
 芝居に反物奪還にと奔走してもらった礼にと、曜ニが宴を催した。
 朱璃阿のお肌ツヤッツヤの秘密は明かされないまま、夜が更けていく。

 枯れた男共が山の廃寺で発見されたが、捕縛の為に自警団が駆けつけた時には煙のように消えていたという。