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■オープニング本文 鼻歌交じりの黒羽夜那は上機嫌だった。 探していた匂い袋が手に入った上に、新しい門下生もやって来た。 蒸し暑い晩だったが、それさえも許せた。 夜那は小さな幸せを噛み締める。嫌なことばかりが続いてきたけれど、なんだか報われた気になった。 「ん〜、いい匂い♪」 香を包むちりめんも上物で拵えてあり、頬に当てれば夢心地の肌触り。 「し、あ、わ、せ。‥‥ん? なにやら視線を感じるわ。――光成っ。アンタ、覗きなんて変態趣味をいつのまに‥‥アレ?」 夜那は叫びながら庭に面した廊下へ飛び出した。が、そこには誰もいない。 「おかしいわね」 首を捻る。だが、何者かの視線は変わらずどこからか発せられていて、夜那は全身を粟立たせた。 気持ちが悪いから光成を呼びつけた。 「暑いからって、アンタ。なんて格好をしているのよ。これでも私は女なんですけど? ん? その柄見たことあるわね‥‥って、それ私の着物じゃないのぉぉ!!」 「ぅおい! 人の褌掴むなよっ」 風呂上りに呼ばれてすっ飛んできた光成の褌は、鶯色に梅の小花が散っていた。 夜那のしあわせ夢気分は、この褌を見た瞬間にどこかへ消し飛んだ。 「みーつーなーりーっ」 拳を握り、腰を捻り、バカな師範代を殴り倒してやろうとした時である。 「あ。ごきぶ」 光成がそこまで口にすると、 「ぎいぃやぁぁぁぁぁぁアアッッ‥‥‥‥!!!!!」 夜那は断末魔の叫びを上げて光成の背後へ隠れた。 「さっきの視線はソイツねぇぇぇぇ?! さっさと殺してっ殺して殺して始末してけちょんけちょんのグッチョングッチョンで‥‥とにかくあの世へ送って!」 「‥‥ヤダ」 「なんでっ」 「俺、褌一丁だし」 「誰も気にしないわよ、そんなモン!!」 「へー。気にしねぇんだ。この小紋で作った褌‥‥」 夜那は一瞬躊躇ったが、一瞬だけだった。 「とにかくアイツをこの部屋に入れないでっ」 「もう入ってきてるし」 「‥‥今夜中にソイツを殺さないとアンタのご飯は白飯と梅干だけだからねぇぇぇぇぇ‥‥――」 一目散に部屋から脱出した夜那は、そんな捨てゼリフを残し、いずこかへと消えていった。 「えー‥‥俺だって嫌なんだけど」 とはいえ、おかずが梅干だけとは耐え難い。今さら道場破りに戻るのも面倒臭い。一人でごきぶ‥‥退治は遠慮したい。 「あいつらに応援を頼もう」 光成は鶯色の褌を翻し、夜那の部屋を後にした。もちろん、ぴっちりと戸締りをして。 |
■参加者一覧
沙羅(ia0033)
18歳・女・陰
紅(ia0165)
20歳・女・志
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
鬼御門 麗那(ia0570)
16歳・女・陰
ラフィーク(ia0944)
31歳・男・泰
風見 嵐花(ia1247)
18歳・女・志
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
蔡王寺 累(ia1874)
13歳・女・志 |
■リプレイ本文 足元が土間になっている台所へ、G捕獲装置作成の為に集まった割烹着姿の勇者達。鬼御門麗那(ia0570)が命名した、その名も、暮れないホイホイ。 フンフッフフフ〜ッ♪ 奇妙な鼻歌が流れる中、紅(ia0165)と井伊貴政(ia0213)が材料を流し台の上へと置く。事前に、必需品だと言って用意してもらった品々である。 「まずトリモチと板を準備する」 「はい料理長!」と千切り玉葱を山盛り準備した井伊が敬礼。 「こう、板の上にトリモチを乗せ、中央に玉葱を置く。そして事前に折り目を付けておいた厚手の和紙を添えて、捕獲場所へ設置すれば万事うまくいく」 その手馴れた作業に、麗那は感心しきりだった。 「乗り気ではない様子でしたが、このような道具が作れるとはGの玄人です。紅さんに因み、これを紅ホイホイと命名しましょう。世間への流布は私に任せてくださって結構!」 「ぷっ‥‥Gの玄人に紅ホイホイだって」 紅にぎろりと睨まれて口を噤んだ井伊だが、――Gの玄人。誉め言葉としては遠慮願いたいものだと紅は思った。 その頃、八畳間と六畳間から夜那の家具が運び出されていた。 「箪笥はここで良かったか?」 ラフィーク(ia0944)は、軽々と持ち上げていた箪笥をそろりと置いた。運搬だけならという条件つきで、男性陣は家具類を運び出す。 抽斗の中の掃除は女性陣の役目である。もちろん、その隅にヤツがいないとも限らないので十分な注意は必要であるけれど。 腕組みをしたおかっぱ頭の少女、蔡王寺累(ia1874)が呟いた。 「一匹いれば二十匹‥‥地味に骨が折れそうですね」 「く、口にするのもおぞましい悪魔め。徹底的に叩き潰してやるぜ!」と意気込んでいるくせに、夜那の着物を草履でめくる風見嵐花(ia1247)。 「あなたが一度に叩き潰せるGの数。サイコロ振って賭けてみません?」 掌でコロコロと三つのサイコロを転がしながら、剣桜花(ia1851)が言う。 嵐花の答えを聞く前に、サイコロは桜花の手から離れて宙を舞った。 落下する三つを同時に手の甲で受け、にこりと笑い、ゆっくりと出目を見せる。 「げっ」 とは嵐花。 「一度に十八匹を叩き潰すのですね。素晴らしいです」 「‥‥いやいや。一度に十八匹のアイツとは出会いたくないって」 嵐花は、蒼白の顔の前で手を振った。 「みなさん、ホイホイを持ってきました!」 麗那が持つ長方形の盆の上には、山盛りのホイホイが乗っていた。 「これで少しでも数を減らしたいな」 紅の眉間には変わらない縦皺。 井伊は、さっそく八畳の部屋へそれらを設置しに入る。四隅はもちろんだが――なんというか、縦横無尽にホイホイは並べられていた。 六畳間へ逃げ出さないように、襖はぴっちり閉めておく。 それでも興味が湧くのか、待ちきれないのか。沙羅(ia0033)が、 「少しだけ〜」 と、こっそり覗き見る。 「こら。その隙間から奴らが逃げ出してきたらどうする」 抽斗の掃除を手伝わされていたラフィークが、沙羅の頭をこつんと小突いた。 「あら」 ラフィークの腕には夜那の物と思われる、女性物の着物が山と積まれていた。 いいの? という視線に気づいたラフィークが、 「身に付ける趣味がなければ多いに手伝ってくれ、という回答をもらったのでな」 だが、それでも恥ずかしいようで、頬はほんのり赤くなっていた。 すっ、と背後に嵐花が立つ。 「身に付ける趣味。ほんとうにないのか? ラフィークみたいながっしりタイプが意外に好むモンだとどこかで聞いたぞ」 「どこ情報だ、それはっ」 ラフィークは烈火の如く顔を赤くさせた。 抽斗の中身を取り出した後は、心眼を使って目の届かない場所に潜むGを探す。 「では行動開始ですかね‥‥ん? なにかいますよ。動かないですが。なんでしょう」 幼い顔を曇らせながら、ぶっきらぼうに言い放つ蔡王寺。細い指が下段の抽斗を指す。 箪笥から引き出して、表、裏と探してみると茶色い物体を発見した。長方形で、女性の指の爪程の大きさをしている。 「おっ。何だ、これ」と指で摘み上げる嵐花。 「卵、ですね」 麗那はぶるっと身体を震わせた。 え、と口元を引き攣らせる嵐花をよそに、 「賭けてもいいです。それはGの卵」 「‥‥」 蔡王寺の眉間の皺がより深くなり、嵐花は声も出せずそれをぽとりと落とした。これでもかと、親の敵のようにGの卵を草履で引っ叩いたが無意味だった。 「最後に燃やしてしまいましょう」 桜花が素早くちり紙を取り出し、何重にも包んだ。 使用済みの紅ホイホイの中は誰も確認せずに、大きく広げた風呂敷の上へと投げ捨てていく。使用した諸々を後で焼却するのだが、一旦はこうやって厳重に縛って置いておくのが賢明だろう。彼らの命運はここで尽きるのだ。 がらんとした八畳の部屋へ、掃き掃除拭き掃除とを平行しながら行い、終わると男性陣の出番となる。 井伊とラフィークが一棹を共同で持ち上げた時――。 Gが発する独特の気配を察知した二人が、天井付近へ視線を向けると、まるで嘲笑うかのように別方向からバタバタという耳障りな羽音がした。 ――着地。 「!!!!!!」 端正な井伊の顔が恐怖に歪む。 「ラフィラフィラフィ‥‥あたまあたまあたまっ」 その場から逃げたい気持ちを必死に抑え、頭にチャバGを乗せたラフィークへ必死に訴えた。両手は箪笥を持ち上げている為、塞がれているからどうしてやりようもない。 短髪だから気づき易かろうに‥‥、ラフィークは井伊の慌てぶりが理解でないらしく、チャバGを脳天にちょこんと鎮座させて井伊を見たり、別の仲間を見たり。その度に絶叫のような悲鳴が上がる。 「なんだ、さっきから。俺の頭がどうかしたか?」 ラフィークも両手が塞がっているので、仕方なく頭をブルッと振るってみる。 こげ茶のマントを翻し、チャバGは未来へと羽ばたいた‥‥、が存外に冷静な男ラフィーク。 「こいつはまだ成虫になって日が浅いと見える」 と感慨深そうに呟いた。 そんな騒ぎが隣で起きていても、こちら六畳班が増援に向かえるはずもなく――。 カサッ ササササーーッツ まるで鯉口を切るかのような仕草で、G撲滅作戦に合流した紅は、袂から草履を取り出し和紙で包むと、素早く抜刀‥‥もとい殴打! パンッ ぷち。 「‥‥くっ」 この“ぷち”の瞬間、紅の表情がそれとわかるくらいに引き攣った。 部屋の奥に立った沙羅が式を呼び出す。符を指で挟み、ふわりと舞い上がらせると、百足型ヤモリ型に姿を変えた式神が二体現れた。体長一尺程の百足とヤモリは足元を駆けずり回るGを蹴散らしながら、時には踏み潰しながら庭へと飛び出していった。 後には累々と残る、Gであった痕跡。 「‥‥攻撃力はハンパなく素晴らしいけれど。これでは後始末が大変‥‥」 箒を持ち、くるりと仲間を振り返った沙羅の顔には、「失神してもいいですか」と書かれてあった。 一方、箪笥移動中に精神的攻撃を受けた井伊は、せっせと雑巾がけに勤しんでいると視界の端をよぎる何かに気づいた。 「!」 心臓が大きく跳ね上がる。全身が粟立ち、汗はどっと噴き出す。強張る顔をギコギコと動かして、その物体を見た。 「なんだ、クモかぁぁ」と安堵の溜息を吐いた。 とは言え、成人男性の掌サイズのクモだから、通常なら驚いて然るべき大きさである。だがGほどの衝撃はない。 雑巾をちらちらと揺らし、隅の方へと追いやる。 しばらくは夢に出るかもしれんと思う井伊だった。 紅ホイホイの成果を確かめる者は皆無と思われたが、酔狂な人間がひとりいた。その心中には何やら思惑があるようで。 れでぃ達なら失神確実かもしれない程に、紅ホイホイの中はぎっしりと、みっちりと隙間なくGが――Gがいた。おかげでトリモチ粘着効果は失われている。この罠を抜け出した者共が、今、部屋中を混沌の渦に陥れているのだろう。 「なかなかの成果ですね」 なぜか勝ち誇った微笑の麗那。彼女の商魂魂に今――点火。 煉獄の炎のように燃え上がった麗那のやる気は、逃げ惑うG達を追い詰めて、 「斬撃符! ムシケラ如きが猪口才な!」 右を見ては斬撃符。左を見ては斬撃符。天井はもちろんあらゆる場所を斬撃符で木っ端‥‥あ。 「では男性の方々、後は頼みましたっ」 後片付けは俺たちかいっ。という井伊とラフィークの突っ込みはどこ吹く風とばかりに、麗那は更に逃亡を図るGを撃破した。 「ふうっ」 額に滲む汗を拭い、麗那姫の後始末を始めたラフィーク。頭にGが乗るというハプニングに出会った割には、落ち着いた雰囲気である。 「ムウ‥‥やはり暖かいと出てくるんだな。――フンッ!」 気合一発。かさりと姿を現したGを拳で殴打する。こればかりは加減できず、叩き潰したGと己の拳を(もちろん拳布は巻いてあるけれど)交互に眺め、 「やはりあまり気持ちの良いものではないな」 と一人ごちた。 さて寝間である六畳間は丹念に掃除したいところ。 それでも乙女心として思うことはひとつ。 「出てきませんように出てきませんように出てきませんように‥‥」 念仏のように唱えているのは、先刻、Gの卵を素手で掴んだ嵐花だった。 だが、Gはあ、え、て。嫌がる者の元へ現るきらいがある。当然の如く、Gは嵐花の前にも現れた。 「くそ。神様のバカ!」 金色の瞳にうっすらと涙を浮かべつつ、右手に握り締めた草履で迎撃。スパーンと小気味いい音が響く。 「年貢の納め時だ、黒い悪魔め」と草履をめくると、そこで潰れているはずのGがいない。え、と思った刹那、バタバタと背筋の凍る羽音が飛び込んできた。 やおら羽音が止む。しかも嵐花のすぐ傍で‥‥。視界の下の方でひょこひょこと動く触角。 「○☆ッ▲※!! ★▽ッッ」 意味不明の叫びを上げた嵐花は、まさに悪鬼の如き形相で、モグラ叩きならぬゴキ叩きで粉砕祭りを繰り広げた。彼女の体内には別人格に摩り替わるスイッチなるものがあるらしい。 自作すりっぱでゴキ撃退に執念を燃やしているのは桜花だ。 脱走を図るゴキを見張る為、桜花は廊下側で待機していたのである。畳のある部屋と違い、廊下でいくら潰そうと後始末が楽だ。 彼女はGを見つけるたびに、 「見敵必殺! 見敵必殺! Gを絶滅します!」 とスパパパーンと連打。 「あぁ。へばりついてしまった。‥‥ちっ」 顔に似合わず、舌打ちするのは蔡王寺。加減を間違えて思いきりGをぶっ叩いてしまった為、畳をあげた床にべったりとGの体液が付着してしまったのだ。 渋々、それを和紙でこそぎ落とし、溜息吐きつつ心眼を発動。 ここは自分がやるよりも、他の方々にお願いした方が得策と判断したのだ。Gと思われる物体を発見し、傍にいた嵐花へと声をかけた。 「風見さん‥‥あなたの真横に黒いのがいっぴ」 「んなぁにぃ!!!!?」 嵐花は高速反応。もはや手元を見ずにGを葬り去った。 夜の帳に消えるのは、同じ闇に住まうもの。 G撲滅、殲滅作戦が終了した黒羽家。 頃合いを見計らって戻ってきた夜那が、功労者達を労い、希望者には風呂を準備した。先に湯を呼ばれた蔡王寺と入れ替わりに、カポーンと現在入浴中なのはラフィークである。 「みなさん、熱帯夜でのG退治。お疲れ様でした。夜那さんに台所をお借りして、夜食を作ってみました」 白の割烹着も眩しい井伊が、台所のぬれ縁から素麺の入ったザルを「よいしょ」と持って上がる。 風呂上りでさっぱりしたラフィークも加わり、手作りのつゆと素麺に舌鼓を打った。 「そういえば百瀬さんの姿が見えないようだが?」 紅が、きょろきょろと見回しながら言った。 「さっき道場の方へ行くのを見たが」 湯殿から戻る際にすれ違ったらしい。道場に何の用があるのだろうと皆が思った頃。 光成の叫び声が轟いた。が――。 「いいのよ、放っておいて。私の着物を褌にした罰で道場の掃除を任せただけだから」 笑顔の夜那が答えた。 尋常ではない叫びが続く中、無視し続けるのも酷であり。ひとり、また一人と重い腰を上げていく。 「ふぅ。ヤツらとの戦いは明け方まで続くのですね」と桜花が呟いた。 くわばらくわばら。 |