|
■オープニング本文 店の木戸を激しく叩く者がいる。小間物屋、ゑびす屋の手代が重い瞼をこすりながら置きだした。あまりに激しく叩くから、主人が起きてくるのではないかとヒヤヒヤする。 「誰ですか、こんな朝っぱらから‥‥おや、トウキさんじゃありませんか」 忌々しげに言いながら木戸を開けた手代の三太だが、店先に立っていたのはよく知った顔で、思わず目をぱちくりとさせた。 「これから理穴へ端切れを買いに行こうかと思ってんですが、しばらくうちを留守するんで、とりあえずゑびす屋の旦那にご挨拶しなきゃと思って急いできました!」 「‥‥はぁ、理穴へです、か」 手代は眉を寄せた。 このトウキという男は簪作りを生業にしていて、ゑびす屋にその簪を納める職人の一人だった。所謂、職人気質というヤツで、何かに夢中になると周囲がまるきり見えなくなってしまう厄介な男なのだが。頑固者でないだけマシかもしれないが、朝靄がかかるほどの早朝に訪ねておいて「申し訳ありません」の一言もないところがトウキらしい。 「それはご苦労様です」 としか言いようが無い。 「旦那様には私の方から伝えておきますよ」 そう言って木戸を閉めようとしたが、トウキがその手を思いきり叩いた。 「なにするんですか?!」 「旦那に挨拶するって言ったでしょ。旦那は奥ですかい? 旦那ー! 旦那ぁ! トウキです。トウキですーっ」 「ちょっとトウキさん。今、いったい何時だと思っているんですか? 旦那様はまだ寝ていらっしゃいますから、とっとと理穴へ立ってくださいよ」 木戸を挟んで悶着していると、その騒動で旦那が起きてきた。 「おやおや、トウキさん。これはずいぶんと早起きなすって‥‥何事ですか」 寝巻きの上に羽織を羽織り、はた迷惑な男へと声をかける。痩身で小柄の好々爺。起きたばかりだから白髪交じりの髪は、少し乱れていた。 にこやかに土間へ下りると、トウキの傍へと近寄り、 「その様子だと、なにか簪作りで閃いたんですね。奥で話を聞きましょう。――ささ、お上がんなさい」 「いや、でも、これから理穴へ行かなきゃなんないんで。その前に旦那に留守のご連絡をしようと思って来ただけなんで」 トウキの両足は地団太を踏むようにモゾモゾしている。 「そうですよ、旦那様。すぐにも立ちたいらしいから、思うようにさせたらいかがです」 三太がそう口を挟んだが、ゑびす屋主人、右衛門は眉尻を下げたまま、 「旅なら旅でいろいろ準備もあるだろう。それに――」 右衛門は改めてトウキへ向き直り、両肩に手を置いた。 「閃いた簪についても聞いておきたいしねぇ」 「それならですね!」 「うんうん。だからね、その話を奥でゆっくり聞かせておくれ」 店先で話し始めようとしたトウキを宥め、右衛門は中へ入るようにと言った。 こと、簪の話となると抑えが聞かなくなるトウキである。すぐにも理穴へ旅立つ風だったのに、今はゑびす屋の主人に簪の話を聞いてもらいたくて堪らなくなっていた。 「まったくトウキさんはこれだから‥‥ふぅ」 三太は大きく溜息を吐いて木戸を閉めた。店を開けるにはまだずいぶんと時間があるが、主人が起きているのに手代が寝るわけにもいかず、三太は茶を用意させるために賄いを起こしに向かう。 「ほう‥‥端切れを使って簪をですか」 茶を一口啜った後に、感心するように右衛門は呟いた。 「それで理穴へ行くんですね。あすこの生地は華やかで素晴らしい染めと文様を描きますから、さぞや可愛らしい簪ができるでしょうね。ですが――」 ふと右衛門が顔を曇らせた。 「ひとつのことに夢中になると周りが見えなくなるのが、トウキさんの悪い癖だから、道中が不安ですねぇ。いずれはうちの得にもなる話ですから、護衛を雇いましょう」 「え?」 トウキは首を傾げた。 どうやら自分に護衛がつくことを理解できていないようだ。 「俺はそんな大層なモンじゃありませんよ? もったいない」 好々爺がふふふと笑った。 「トウキさんの腕はそれだけの価値なんですよ。その代わり、守ってもらいたい約束があります。――承知していただけますね?」 「ゑびす屋さんがそう仰るなら‥‥」 まだ若い職人の自分を取り立ててくれた恩もある。トウキは右衛門の心遣いを素直に受け、代わりにと言われた約束も快諾したのだった。 |
■参加者一覧
井伊 貴政(ia0213)
22歳・男・サ
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
侭廼(ia3033)
21歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
御堂 出(ia3072)
14歳・男・泰 |
■リプレイ本文 遠くに見える稜線が色濃く青空に映えていて、絶景の中、見通しの良い真っ直ぐな街道が走る。 「んじゃ、俺と出で先に行っとく」 銀色の短髪をわしわしと掻き上げながら、酒々井統真(ia0893)が駆け出すと、 「“待って、兄さん”」 役どころを兄弟に設定した御堂出(ia3072)も後を追う。 トウキに疲れが出る前にと、少し早めの休憩を取ることにした。少し先に杉の巨木が見える。深山千草(ia0889)は額に滲む汗を拭いながら、街道の先を指した。 「あの木の下で一休みしましょう」 「俺は大丈夫ですよ」 言葉の割に笑顔は引き攣っていて、しかも声は擦れていた。簪談義に花が咲いた道中で、加減もなしに語り尽くしていたからだ。 杉の木の下で腰を下ろす一行。根元には、斥候で先を行く統真と出が付けたと思われる目印があった。 「これだけの高さがあれば遠くまで見渡せるな」 喉を逸らし、杉を見上げた皇りょう(ia1673)は、つい、と顔を奏生方面へと向ける。 「いやしかし‥‥」 どっかと木の根に腰を下ろした侭廼(ia3033)が、ちらりとトウキを見た。美味そうに竹筒入りの水を、喉を鳴らして飲んでいる。 「簪の事ンなると、ホント見境ねーな」とぼやいた。 「可愛らしい簪の話でしたから、とても楽しかったですわ」 井伊貴政(ia0213)と橘琉璃(ia0472)に手持ちの岩清水を手渡しながら笑う千草の髪で、シャランと髪飾りが音を立てた。 「着飾る機会や相手に恵まれれば‥‥興味がないわけではないのだが」 そうぽつりと呟いて、皇は水を一口含んだ。 目ざとくそれを聞きつけたトウキが、皇の傍へ寄ってきた。 「着飾らない簪とかあればいいですか?! そういうのも喜ばれるもんですか?」 懐から小さな手帳を取り出して、なにやら筆で書き留め始めた。 「ゴフォッ! ト、トウキ殿。私の意見はあまり参考になさらずともっ」 むせながら必死にトウキの手を止めようとする皇。 「コイツぁ、いいや! 飾らない簪なんてどうやって作るんだろうなぁ」 膝を叩いて笑う侭廼だったが――。 「あ。侭廼さんの懐のお手玉も簪作りの参考にさせてもらいますんで」 「だーかーらー。コイツには触れんなって言ってんだろが。くそトウキ」 よほど大事なお手玉とみえる。 「人の話を聞きやがれ」 言っても通じない相手だろと、肩を井伊と斉藤晃(ia3071)に叩かれ、長い溜息を吐く侭廼だった。 さて。往路は何事もなく終わり、昼過ぎには無事奏生へ到着した。 街道出口で先行していた統真と出に合流し、一行は目抜き通りへと向かった。 行き交う人の波に気圧されそうな賑わいである。 「この人出だと、スリにも気をつけないとマズイな」 顎を擦りながら井伊が呟く。同調するように、皇が頷いた。 「ここであまり羽振りの良さを見せては、みすみす賊の手に落ちるようなものですし」 気をつけないと、とトウキを見た千草が瞠目した。 「いない!」 「どこに行ったんだ、あのくそトウキ!」 「まったくやで。厳選して買わせたろとか思とったのに、コレや」 忍者のように印を結び、ぼやく斉藤だが、なぜか楽しそうに笑っている。 「大丈夫です。トウキさんの傍には橘さんと統真さんがいますから‥‥はぁっ」 息を弾ませて駆けてきたのは出だった。どうやら、トウキの状況を知らせる為に走ってきたようだ。 「あの編み笠が橘さんです。トウキさんは‥‥たぶんしゃがんで生地を吟味しているんだと思います」 言われて人ごみの中を注視してみる。橘の様子から実に楽しそうに端切れ選びをしているようだ。 「他にも気を配らないといけませんからね。私達も早々に参りましょう」 一行はトウキと橘の元へ向かった。 「こいつぁ、生地がいい。お! こっちのは柄が細かくて細工物にいいな」 トウキは己の勘と閃きを頼りに、あれもこれもと端切れを買い込んでいた。反物ではないから値はさほどではないが、買い込めば相応の値へと化ける。 「ずいぶん、買うんですねえ」 橘は感心したように一枚の端切れを手に取り、「端切れでも種類ありますね」と呟いた。 一軒の店で、風呂敷一枚を丸々使ってしまうほど買い込むトウキ。 「スリにも注意しないとならないのに、こんな大荷物背負わされていたんじゃ、いざという時に動けないな」 最初に呼びつけられた井伊がぼやく。 統真も斉藤も皆、背負い籠は端切れで満杯だった。 千草が小さく嘆息する。いい加減にこの大人買いを止めさせなければ。 「トウキさん。どれでも良い、じゃなく、コレだと思うものを選んでみませんか?」 ね? とダメ押しの笑顔を付けた。 トウキが、店の天井辺りに視線を這わせて思案顔。 「これでも精一杯吟味しているんですけどね」 え、これで。と誰もが思う。 「わかりました。では後一軒だけにします」 軽く十軒は梯子していると思うのだが、まだ行くという。 「友禅にだってピンキリあるやろ。トウキの構想に合うたモンだけ、買うたらええんちゃうか」 斉藤も買い過ぎ注意を指摘。 「ですよねー! じゃあ、次は質に拘ってみます!」 「‥‥そう返ってくるやろなとは思とったが‥‥当たりかい」 がっくりとこうべを垂れる斉藤。脳天で束ねた赤い髪が、萎れたようにはらりと落ちた。 トウキの手綱をどうやって操ればいいのか、思案の為所である。そんな護衛陣の気持ちなどお構いなしに、トウキはさっさと別の店の敷居を跨いでいた。 「ああっ?!」 一同が、凄みの利いた声で叫んでしまってもお天道さまは許すはず。 背後を守るべく、付いて歩く皇にトウキが訊ねた。 「女性の目から見て、可愛らしい絵柄というのはどれでしょう? 偏らないつもりで選んでいるんですが‥‥ひとつ、助言してもらえませんかね」 「え?」 人気の店なのか、ひどくごった返していて、この中に賊が紛れているのではないかと皇の神経は張り詰めていた。よもや自分に、助言を求められるとは思ってもみず、縋るように橘を見たが、反物を半身に当てられながら値の張りそうな友禅を勧められていた。 スリにも賊にも目を光らせなければならないのに、トウキは虹彩をキラキラに輝かせて皇をみつめている。 「ま、まあ‥‥こんなところだろうか」 指した端切れをトウキが手に取る。スリを警戒する余りに、とんでもない柄を選んだことに気づいていない。 「変わった趣味ですね」 ぽつりと呟くトウキ。 「俺は完璧門外漢なんだよなー」 そんな声が聞こえた。侭廼である。どうにか売り込みを回避した橘が、いそいそとやって来た。 「さっきから着物を勧められて困っていたんですが、侭廼さんは平気そうですね」 「んあ? 今は仕立てる気はねーし。嫌なら“しっしっ”ってやれば逃げるぜ?」 追い払う仕草で闊達に笑う。 それが出来れば苦労はしないのだけど、と橘は苦笑した。 「――にしても、この勢いで買い物続けられたんじゃ、奏生を立つのは夕方近くになるんじゃねーか? さすがにそれはマズイだろ」 「いっそ、一泊でもできれば」と皇も困り顔を見せる。 「それなら俺にお任せだ!」 親指を自分に向けて立て、統真がニヤリと笑う。何か策があるらしい。斥候を一緒に務めた事で意気投合したのか、出と共にトウキの元へ駆けていく。 「ほな、わしも説得に一肌脱ぐとするかい」 豪快な風体のせいか、斉藤の行く先にサーッと道ができた。 統真と出、斉藤の必死の説得により奏生での一泊が決定した。宿の一室で――。 「そういえば、皇さんは着飾って見せる相手がいないと言われてましたね」 トウキが、護衛に残った皇へ訊ねた。彼女は渋面のまま、トウキの誤りを訂正もせずに答える。 「仕事柄、必要だとも思わないしな。然るべき時には身に付けるのだろうが‥‥? どうした、変な顔になっているが」 何かが閃いた時に、トウキはおかしな顔をする。 「着飾らない用途の簪ですよ!」 皇は首を傾げた。簪とは女性を美しく飾る為のものではないか。 「どんな簪なのか。とても興味がありますね」 トウキの帳面を覗き込んだ千草が、ふふふと楽しげに笑う。 見回り役には斥候コンビが出張っていた。出入り禁止的な部屋に入ったとしても、 「ごめんなさい。ボク、自分の部屋がわからなくて。だってここのお宿、とっても広いんだもの」 と涙ながらに言えば許してもらえるはずと、出は見た目とのギャップが激しい策を弄した。 不夜城のように明るい宿場街を歩く井伊と橘。 「隙間なく人が埋め尽くす、昼間の方が危ないのかもしれないな」 「死角も増えますしねぇ」 やはり、出発を遅らせて正解だったと思う井伊と橘である。 ところ変わって、とある飯屋。一応、宿のすぐ傍にある店なのだが――。奥にある座敷を占領しているのは、侭廼と斉藤。戸板の仕切りだけだから、酔っ払いの大声は店中に筒抜けだ。 「今回の依頼やけどな。なんか下心あるんちゃうか? 情婦(いろ)にでもひとつ買ーたろーとか思てんのと違うか」 丼で酒を煽る斉藤が、ニヤニヤと笑いながら小指を立てる。 「うるせーよ」 手酌で酒を注ぎ、一気に飲み干す侭廼。 「なんや、酒に溺れるツラも男前やのぉ」 「色恋なんぞより強ぇヤツと戦りてーっ」 「言うやないか」 それでも斉藤の含み笑いは続く。 「おっさんはしつっけーな‥‥まぁ、だからおっさんなんだけどよ」 片目だけを瞑り、呆れたように睨む侭廼だったが、意外にも斉藤とのやりとりは楽しく、酒が気持ちよく腹に納まっていくのを感じていた。 往路と同様に斥候を統真と出が務める。二人は夜が明ける前に宿を出た。 トウキを中央に据え、前を侭廼と皇、井伊が固め、左右に千草、援護も兼ねる橘が警戒に当たる。斉藤は後方の守りに付いた。 三時間ほど経過した。襲うならばこの辺りかと、皇が静かに心眼を使う。 「街道に向かって左側。二人いる」 「急に早足になるのは危険でしょうから、速度はこのままで行きましょう」と賊と思われる二人がいる側に立つ橘が言う。 七人は、それとわからないように警戒しながら街道を進む。 統真と出は、杉の巨木を目印に前方後方を眺め渡した。 「ここまでなーんにもないっつー事はだ。まだ皆が賊の領域に入り込んでないって事か?」 「そうですね。やたら静かなのが気になりますけど」 街道を抜ける風は、乾いていて心地いい。血生臭い盗賊団が隠れているようには思えなかった。 遠くから怒声が聞こえた。発音に特徴のある声は斉藤だ。二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑う。 「暴れてやるぜっ」 「ぶちのめします!」 拳をかわし、駆け出した。 顔の下半分を黒い布で覆った盗賊が二人、トウキ達の後方へ突如現れた。 「後ろはわしがカバーしたるから、お前らは走れ!」 威嚇するように斉藤が叫び、先へ行けと合図する。 刹那、前方の樹上から無数の矢が降ってきた。 「チィッ」 井伊は短く舌打ちして、すぐさま最前線へ突出。斥候の二人とも合流し、突破口を作るべく各々が武器を取った。 トウキの傍には千草と橘がついている。彼らと少し距離は開いたが、問題はないだろう。井伊達は、前方にぞろりと姿を現した盗賊団を睥睨した。 「逃げられないように後方を押さえ、前方から徐々に力を削ぐってわけか」 視線を周囲に這わせ、賊の人数を確認する井伊。刀を持った覆面姿が五人。どれも殺気立っていて手強そうだが、対一ならばこちらが有利と井伊が不敵に微笑む。 「しかも左右の森から弓で攻撃して、散開させて荷を奪う‥‥その腐った根性! 俺が叩き潰してやる!」 ずいと前へ出て口上を述べた統真だが、ゆらりと現れた男の風体にぎょっとなる。血のように赤く、濁った目をしたその男は明らかに他の賊共とは違っていた。頭目である。 「皆いい面構えしてんなぁ」 背筋の寒くなる声で言う。 「捉えられますか? ボクの動きを!」 怯まない出が機先を制して、跳躍。同時に背後からも奮起の声があがる。 獲物から護衛を引き離す為、矢の攻勢が一層激しくなる。斉藤が身を挺してトウキの盾となった。いかに開拓者といえど降り続ける矢の前で、無傷というわけにはいかない。 同じく、トウキを庇う橘が神風恩寵を詠唱。舞い上がる癒しの風を見届けて、千草も盾で空撃を凌いだ。 「トウキ殿を連れて前線に向かおうと思う」 足元へ突き刺さる矢を蹴散らしながら、皇が振り返る。 「死ぬ覚悟くらい賊にもあろうってもんさ。殺すつもりで走るぜ」 不敵に侭廼が笑う。 「俺には殺されない覚悟がありますよ」 千草と斉藤、橘に囲まれながら勇んだ声を出すトウキ。 「強行突破やぁぁっ」 啖呵のような斉藤の叫びを合図に、駆け出した。 後方が矢の合間を潜って駆けている頃、統真の眼前で賊がもんどり打って倒れた。距離を詰められての正拳突きは、手加減ありでも相当の威力である。 そして、複雑な面持ちで自身の足元を見下ろす皇。視線の先には、鮮血の中で事切れた賊の一人がいた。それは咄嗟の事だった。殺す意志すら皇にはなかったかもしれない。だが、踊り出るように刀を振りかざした敵を前にした時、躊躇もなく一閃の元に斬り伏せた。 仲間の骸を横目に、赤目の右腕が動いた。ついで甲高い指笛が木霊する。 「逃がしません‥‥っ」 撤退の合図と知るや、気力で回避を上げた出が泰練気胞壱を放つ。合わせて井伊の両断剣が地を這うように頭目へと走っていく。その間に強力で腕力を強化した侭廼が鞘走らせた。 数本の矢が開拓者達の足元へ突き刺さる。 盗賊団は速やかに撤退を遂行し、やがて山中の奥深くへと姿を消した。残ったのは冷たい骸一体のみ。 「みなさんの戦いっぷりを見てましたらね、いろいろと案が浮かんできたんですよ。可愛い友禅の簪の次はズバリ! ‥‥ヒミツですけどね」 命と荷を狙われたというのに、トウキの頭の中は簪の事ばかりである。 「出来上がった物は、そのうち見せてくださいね」 橘が柔らかく笑みながら言う。 「んな、辛気くせーツラしてねーで。酒でも飲みに行かねえか? 斉藤のおっさんも行くんだけどよ」 バシン、と皇の背中を叩きながら、猪口を傾ける仕草で侭廼が酒に誘う。少し離れた所で斉藤も同じ仕草をしていたが、手にした杯のサイズはどう見ても丼だった。 「‥‥これも修羅への入り口か‥‥」 ぽつりと呟いて、 「お二方と飲み比べなど私にはムリだ。他を誘った方がいい」 そう断ってみたものの、なにやら他の面子も一杯引っ掛けることに同意したようで、行かざるを得なくなった。もっとも、次なる簪作りに夢中になっているトウキは除いて、である。 |