【探求心】上空よりの杯
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/21 20:57



■オープニング本文

 その日、久々に仕事で遠方へと出張っていた保上明征が理穴の首都・奏生にある自身の屋敷へと戻ってきたのは、初夏の早朝のことでした。
「‥‥すまんが、少し寝かせてくれ、母上にもその旨を‥‥」
「あの、旦那様、中務様が2日程前からご滞在で御座いますが、帰って来たならば是非にと‥‥」
 帰って来て早々に部屋へと戻り言う明征に、初老の使用人である勘二が告げる言葉、ほうとばかりに眉を軽く上げる明征ですが、勘二が口を開くよりも先にどかどかと足音が近付いてくれば、すぱーんと開け放たれる部屋の障子。
「明征――っ! 久し振りだ友よ! いやはや爽やかで実に実験日和じゃないか!」
「‥‥あぁ、相変わらずだな、良く来たと言いたいが、すまん、ほんのちょっとで良い、寝かせてく‥‥」
「実はだな、気になることがあるんだよ、うん!」
 部屋へと踏み込むなり明征に満面の笑みのままに言う男は中務佐平次と言って、明征とほぼ同じ年の頃、眼鏡を掛けて黙っていれば整った顔立ちでしょうが、楽しげにけらけらと笑う様は子供のまま大人になってしまった、と言った様子。
 佐平次は人の家とは思えないぐらいに遠慮もへったくれもないようですが、対する明征も僅かに表情を緩めているところから気が置けない友人のよう。
 自身の言葉を遮って告げられるのに、何が来るのか予測できるからか、微苦笑を浮かべて眠気覚ましに何か飲み物をと勘二に告げる明征。
「それで、気になることとは?」
「うん、こんな話があるんだ、朋友にのって空の上で宴会をしていた奴がうっかり落としたお猪口が地上にあった桜の木を粉砕したとか‥‥これは真実か、気になるだろう!?」
「寧ろ朋友の龍飛ばして空で宴会を実行したかどうかの真実の方に興味があるが」
 興奮気味に佐平次は言い募りますが、極限の眠さを振り切った明征も少々言動が引き摺られ気味で。
「まぁ、実験しないと気が済まないのであろう? 尤も最後は爆発落ち‥‥すまん限界だ、手が必要なら開拓者に頼めばいい、お前も良く知っているはずだ‥‥」
 言うが早いか半ばひっくり返るに近く転がって眠りへと落ちる明征、その様子を見てから佐平次はふむと頷くと。
「そういえば僕も元は開拓者だっけ‥‥まぁいいや、じゃあ明征の家の庭と裏山の広場借りるよ」
 言って楽しそうな様子でギルドへと依頼を申し込む為の書状を書き出す佐平次、数刻後、明征は目が覚めて頭を抱えることになるのでした。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
珠々(ia5322
10歳・女・シ
エルネスト・ナルセス(ia9153
29歳・男・弓
鞘(ia9215
19歳・女・弓
紅 舞華(ia9612
24歳・女・シ
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●宴の前に
「保上さん、久しぶりだけど大丈夫? 何か悪いもの、具体的には勘二さんのご飯でも食べておかしくなった?」
 真顔でそんなことを聞くのは鞘(ia9215)。
「色々あるのだ、色々とな‥‥」
 一同は保上明征の屋敷に集まっており、どこか遠くを見ている明征の隣りには、やたらにこにこと楽しそうな中務佐平次の姿がありました。
「いや、でも、こんな馬鹿らしい依頼だなんて、本当に大丈夫?」
「‥‥まぁ、言い辛くもあるが、こういったことは、若い自分には良く付き合ってやっていたからな‥‥依頼にしたことで大事にしてしまった感は拭えないが」
「あはは、まぁ若返った気持ちで久々に楽しもうよ、明征もさ」
 言っていることは少々きつめではありますが、鞘も明征を心配してのこと、笑う佐平次はバンバンと明征の肩を叩くと改めて一同を見渡して。
「僕は中務左平次、明征の友人なんだ、うん! 実験に付き合うために、良く来てくれたねぇ!」
「『龍の背から落ちた杯は桜の木を粉砕できるのか?』って、アホでしょう。そんな疑問持ってわざわざ依頼出すなんて‥‥依頼受けた私達も少なからずアホだけどね」
 思わず溜息をつきながら言うシルフィール(ib1886)ですが、佐平次はけろっとしたもので。
「こういう無駄な事に情熱を傾けられるのは、よほどの大馬鹿かよほどの大物のどちらかじゃと相場が決まっておるからの」
「ふむ、興味深いではないか。御猪口も木を粉砕する可能性がある、すなわち人に重大な怪我を負わせる可能性があるという事だ」
 その顔を見に来たと言う輝夜(ia1150)、エルネスト・ナルセス(ia9153)は実験の結果が気になるのか言えば、珠々(ia5322)も考える様子を見せて。
「‥‥命中精度を上げるなら、杯の落ちる角度にもこだわりたいですね。理想としては空気抵抗を削るべく縦に。許されるなら、縁に指をかけてスナップを効かせ、打剣か打貫をかければかなり破壊力は上がるはずです」
「龍の上で酒を飲む、はしょっちゅうやるが。空中宴会は流石に未体験だったな。盲点だったぜ」
「それは流石に危険だと思いますよ。でも面白い事を思いつかれる楽しい方なのですね」
 黎乃壬弥(ia3249)にふぅと小さく息を付いた野乃宮・涼霞(ia0176)は、笑みを浮かべると明征と佐平次へ微笑みかけて。
「中々粋な依頼じゃないか。中務殿、呼んで戴いて感謝」
 笑いながら紅 舞華(ia9612)はしっかりと左平次に頷いて見せて。
「龍の上で宴会が出来るかどうかか、是非やらせて戴こう」
 少々検証内容がぶれている気もしますがそこは逸れ、深く気にする佐平次ではないようで、改めて検証場所と用意されている材料の説明を始めます。
「そういえば、保上様も立ち会われるのですか? ‥‥というよりは、しっかり寝て疲れを取って頂く方が先な気も致しますが。もう大丈夫なのでしたら良いのですけれど‥‥」
「佐平次と少し話した後に十分に睡眠は取った。‥‥心遣いは、その、感謝する‥‥」
 涼霞が少し心配そうに尋ねる言葉に、微かに笑みを浮かべて頷くと礼を言う明征。
 何はともあれ、早速実験のための宴会の準備が進められるのでした。
「上空から杯を落としても、そうそう命中するものでもないじゃろうしの」
 まず宴の前に必要なことは検証の場を用意すること、輝夜は実際に杯が着地する地点についての提案を行っていました。
「そうだねぇ、この噂を検証するには『朋友に乗って宴会をし』『龍の背から御猪口を落として』『木に当てる』っていう、この三点を押さえる必要があるからね」
 実際に行動する前の準備をしなければいけないのは的であると話になれば、的自体を広く取るべきという輝夜の提案に合わせ、珠々も状況によって威力は変わるのではと言って。
「まず基準として『ぽろっとな』状況で落としたときの破壊力が必要かと」
「空から杯を落として、木材を壊せ、か。ふむ。ぶっちゃけ、杯の材質次第なんじゃねぇかぁ? 陶器じゃ、どう頑張っても木材粉砕は出来そうにねぇよな」
 黎乃が大きな物なら兎も角杯程度の小さな物だからなぁ、と顎を擦って言えば、それぞれの提案を丁寧に書き取る涼霞。
「ま、大事なのは検証してみるって事だから、あまり気負わずに楽しくね!」
 実に楽しそうに言う佐平次ですが、その目は実に楽しそうにきらきらと輝いているのでした。

●宴は始まって
「龍の背から落ちた杯は桜の木を粉砕できるのか、を確かめてくれって頭痛くなるような目的ね。そんな依頼を出した馬鹿とそれを受けた私達の存在に頭痛がするわ」
 シルフィールが駿龍のリアランス相手に零す中、宴会の支度は大分調っており。
「あー、あと龍飛ばして空で宴会したっていうのも阿呆としか言いようが‥‥その阿呆に、私達がなるのか‥‥ははははは」
 そんな乾いた笑いを尻目に徳利と杯、それに宴用の肴が入った袋を駿龍の優雪に積み込み着々と準備して行く舞華、黎乃も沢山持ち込んだ酒や準備されていたものを甲龍・定国に積み込みがてらにその容器を取り出して見せて。
「娘の作ったごぼうと人参のきんぴらは絶品だぜ?」
 此奴を肴にと明征と佐平次に見せていれば、ひょいと一口ずつ貰って確かに旨いと頷く二人。
「櫻嵐、お手伝いお願いできるかしら?」
 涼霞が尋ねかければすりと鼻を擦り付けるようにして応える櫻嵐、珠々も水銀に鞘も装にと支度を進めて。
「ついでにまずは龍の背で宴会が出来るかの検証じゃ」
 輝龍夜桜の背に乗り空へと飛び立った輝夜はそう言うと先に飛び立った黎乃の側に近付いていこうとするも。
「やはり‥‥」
 呟いて僅かに頷く輝夜、当たり前と言えば当たり前ですが、龍に載ったまま互いに酒を注ぎ合うことは不可能、だからこそ出来ることと言えば‥‥。
「とりあえず、乾杯!」
 上空を龍で旋回しながら声を掛け合いまずは最初の一杯。
「そろそろ始めまーす!」
 まずはぽろっと杯を落とす珠々は開始を告げるのに大きな声でゆったりと水銀と共に上空を旋回していて。
 杯を煽る振りをしてから滑り落とせば、真っ逆さまに落ちていく杯ですが、着地地点の印より大分流された所に落ちて僅かに広く敷き詰めた木材の端を掠めるに留まって。
「下では風があまり吹いていないが、上空では大分違うようだな」
「うーん、落とした、と言う様子でやっているから狙いが定まりにくいんだろうねぇ‥‥しかし、掠めた程度だと杯が脆いから砕けるだけだったねぇ」
「落としただけでも杯が割れてしまうことはありますものね」
 風を気にする明征に掠めた辺りを確認してきて肩を竦める佐平次、飛ぶ順番を待ちながら記録をとっている涼霞が小さく首を傾げて言えば櫻嵐はきゅーと空を見上げて不思議そうに首を傾げているようで。
「さて、次は黎乃殿か紅殿の筈なのだが‥‥」
 下から見上げている明征が呟くも、杯が降ってくる様子はなかなか無く。
 その頃、上空では舞華と黎乃が宴会を再現しようとしているところでした。
「流石に酌を頼むのは無理だな。ほら!」
「受け取った! ‥‥つまみを袋に入れた状態で投げて渡すぐらいしか出来ないか‥‥」
 ぐるぐると優雪で飛んでいた舞華は軽く首を傾げるも、優雪の首を軽く撫でてやるとお酒を軽く呷ってから手元の杯を見て。
「検証あるのみだな、宴会宴会宴会実験宴会実験宴会宴会〜♪」
 黎乃の方は鼻歌交じりに徳利に口を付けてぐいっと呷ると、ふと杯を見て。
「おっといけねぇ、杯を落とすんだ、杯を使って呑まねぇとな」
 そんな様子を少し上から眺めていた輝夜、輝龍夜桜の上から二人の様子を確認しつつ首を傾げます。
「思った通り、龍に騎乗しての宴会は、杯を交わせる程近くへ寄ろうとすると龍同士の翼がぶつかってしまうことになるので酒は手酌で飲むしかなく、さらには風が強くて互いの声も聞こえにくいじゃろうから盛り上がりにも欠けるのう」
 宴会と言うよりはただ好き勝手に呑んでいるしかないと確認すると一つ頷き。
「よって龍に騎乗しての宴会は非常に困難じゃと言わざるを得んじゃろう。飛空挺の甲板でなら何とか出来るかも知れんが、やはり風は強いじゃろうの」
 宴会をすること自体が厳しいとの判断で噂の前提は微妙に無さそうだと判定を下す輝夜、その上でと下を飛ぶ黎乃と舞華、そして他の手順で杯を落とそうと風邪の様子を窺っている珠々へと声を掛けます。
「宴会の前提は疑わしいが、一番重要な点は杯で木を粉砕できるかじゃし、どんどん杯を投下するのじゃ」
「へいへーい、‥‥随分とあっちに流されてたよーだしな、珠々はもう少しそちら側から投げると良いんじゃねえか?」
 輝夜に頷いてみせると珠々へ告げる黎乃、珠々は杯に印となる色をちょいと塗ってからに準備を調えると投げ落とす為に構える珠々。
「一つ目‥‥今度は木材の上に何とか落ちた‥‥。次はもう少し高いところからですね‥‥」
 一つ目が上手く木材の上に落ちたのを確認すると少しほっとした様子を見せながら水銀と共にぐっと更に上に登ってから改めて下へと目を向けます。
「これをやったら、一時休憩でしたの人と交代。その後は水銀にチャージを使って貰わないと」
 首を撫でて狙いを定め杯を投下すれば、下の方では着地地点を確認へ走っているようで。
「一応加速させた分無事ではあるけれど‥‥」
「板の間に落としたときに傷が付いてしまった、と言う範疇だな」
 あくまで付くのは傷という所なのに、用意した杯が悪いのだろうか、と言う話になりつつも杯の砕け肩から傷の形とその大きさと差を出しているものなど。
「あ、でも、普通に落とすより加速した方が少し傷が大きく脆くなってない!?」
「あー‥‥まぁ、言ってしまえば、確かに」
 些細な差ではあるのでしょうが、佐平次が嬉しげに言うのにそれ以上は突っ込むのを辞めると、明征は空の具合を見て。
「後もう少し試したら、今日は終いだな」
 大分良い心持ちに既に出来上がっている様子などを眺めながら、明征は呟くのでした。

●宴は奔放に
 再び改良点などを確認して、一同は上空での宴を始めます。
「宴会と云えば多少は酒が入る物。だから酒を飲むのは仕方がないのだ。‥‥どちらか云えば『酒より大福餅』派だが‥‥」
 ぐいと酒を呷ると口の中で小さく言うエルネストですが、悠然と空を行っても、龍が幾ら大人しく飛んでいても揺れるものは揺れるわけで。
「空からのんびりと見る景色も良いものだなあ‥‥悪酔いして吐いたら済まん、フィー」
 
「どうせ当たっても杯が割れて、木材が多少傷つくぐらいで終わるでしょうに。なんでこんなこと試さなきゃいけないのよ」
 そして楽な仕事ではあるけれどやら歪んだ杯だから真っ直ぐ落とすのも大変なのにやらと零すシルフィールは駿龍のリアランスに載って溜息。
「こんなくだらない事に付き合わせてすまないわね。リアランス」
 零しているシルフィールと対照的に、黎乃は実に上機嫌に何かを袋に入れてやって来ました。
「陶器じゃ駄目ならこいつでな」
 にやりと笑って袋から取り出し見せるのは石の杯、他にも袋には何かが入っているようではあるので、黎乃は杯の素材を変えて検証してみようとのことのようで。
「宴会で杯を、って聞いたから、何も素材は陶器とは限らないのかもね! バンバンやっていこう!」
「材木を粉砕するにはそれ相応の破壊力がないと‥‥」
 珠々も考える様子を見せながら色々と杯をひっくり返したりして角度を考えて居るようで。
「勿論、木材に確実に命中させないといけないし」
 今日の実験のために手を入れる野に余念がないのは鞘も同じようで、勘二の食事を食べずに研究しながら準備してきた物を見て明征は飲みかけたお茶で噎せて。
「‥‥な、なるほど、確かに命中させる方法としては、ま確かに有りではあるが‥‥」
 何とかそう言う明征に手拭いを私ながら、涼霞はそろそろエルネストさんが、と告げるのに一同上を見上げれば。
「なかなか命中しないのならば仕方ない‥‥。『発』と『騎射』で意地でも当てる‥‥」
 少々酔ってきたところだったのでしょうか、僅かに目が座っているのは気のせいと言うことにして、きっと木材を鋭く見ると己の技量を駆使し一直線に投げ降ろすエルネスト。
「おおっ!」
 地上でちょっぴり盛り上がるのは、僅かにでも木材の破片が飛んだから、といっても粉砕されたわけではないですが桜の木粉砕までの貴重な一歩。
 その後珠々が水銀のチャージ付きで打剣も使って命中させて行くも傷は入るも木材も去る者、傷以上にはなかなかなる様子もなく。
「それにしても舞華さんと壬さんがいらっしゃるのでお酒とお摘みの消費量は早いと思ってはいましたが‥‥作りがいがあって楽しいですけど」
「はたから見ても物凄い勢いで減っていくからな。一人酒も入らず肴ばかり消費して飛び跳ねているのもいるが‥‥」
 明征の視線の先には佐平次が落ちる杯に一喜一憂していて。
 今上空で投げ落としを行おうとしているのは鞘で、きりきりと引き絞られる弦の音に木材の中央をしっかりと見据えて放たれるのは、杯をしっかりと括り付けた矢。
 騎射を使うことによって確実に当てに行く方法を取ったようで、矢が木材に突き刺さっても杯で粉砕する力があるなら当たったところから砕かれていくはず。
 結果は‥‥当然と言えば当然、深々と突き刺さった矢の回りには砕け散った杯の欠片が散らばっていました。
「ただ落とすんじゃなくこれでも駄目なら桜の木を粉砕はありえないと結論付けていいかと」
 一足先に降りてきた鞘が言うのに、そうだねぇと残念そうに頷くと明征の方をちらりと見ています。
「じゃあ、そろそろ素材を変えることとしよう‥‥」
 明征が頷いてみせれば黎乃と舞華が酒と肴をたっぷりとつんで空へと舞い上がり。
「まずは小手調べにっと」
 粉砕用の材木から削りだした荒削りで無骨な木杯を掲げて下に投げ落とせば、当たった瞬間節に沿ってぱかんと割れる木杯、大小様々石の杯を投げ落とせば尖った部分が木材に突き刺さったりするものの粉砕には至らず。
「いっそ鉄杯‥‥準備にかかるが、前もって用意すりゃ良かったか?」
 頭を掻く黎乃に、既に飛び続けて酒を頑張って呑んでいた様子のエルネストが取り出したのは、鉄の鍋の蓋。
「何、廃材を粉砕できん? ‥‥ならば得物を御猪口から鍋蓋に変えるか」
 良い感じに酔っ払ったまま威力を鍋の蓋に乗せて投げ落とせば、鋭い風斬り音と共にあっという間に落ちてきた鍋の蓋は木材に‥‥。
「‥‥見事に突き立ったな」
「うわー‥‥上空から鍋の蓋を落とすのは辞めた方が良さそうだね!」
 まるで自分の首に当たった所でも想像したかのように、喉元を撫でて小さく身体を震わせる佐平次。
「ここまでやっても粉砕できないみたいですね」
「上手く素材と大きさとが噛み合って、木材が脆くなっていたか腐ってしまっていたなら別だろうけど、今の状態のままだったら杯も弱くて木材は思った以上に丈夫だしね」
 涼霞が首を傾げるように言うと、佐平次は明征の方に目を向けて口を開きます。
「でも、僕は杯で木が粉砕されるところが見たいんだよ」
「‥‥ならば最終手段だな」
 明征が上空に軽く布を振ってみれば、ではと杯を準備したのは舞華。
 といっても何が変わったという様子もない普通の今まで使っているのと同型の杯で。
「優雪、行くよ」
 声を掛けて杯を木材へと投げ、間髪入れずに構えての中に現れるのかバチバチと小さく光る雷の手裏剣。
「はっ!」
 杯が明征の用意した木材に描かれた標的の印に近付くのと同時に投げ打つその雷の手裏剣、それは杯と木材が当たるとほぼ同時に木材へと着弾し。
『どぉんっ!!』
 派手に吹き飛ぶ木材と、雷の手裏剣での威力に明らかに火薬の加わったその爆発。
 実験の締めにと思っていたようで用意された中に吹き飛ばすための火薬と仕掛けが込められたそこに、舞華が合図で打ち込む事によって起きるようにされていて。
「実験は爆発だ」
 酔って楽しげに言う黎乃、近くを飛んでいるエルネストは、酔っ払っているためか何かツボが入ったようで、愛龍フィーの背中の上で笑い転げていたりします。
「噂であったのは龍の上の宴会出てから落ちた杯が桜の木を粉砕できるかだったけれど‥‥」
「火薬か開拓者達の技量の限りを尽くして吹き飛ばす以外には不可能だったようだな」
 佐平次の言葉に明征は頷いて。
「じゃあ噂は嘘だったと」
「そうだな。これは真実ではない。では宴会に行こう」
「そうだね、宴会だ宴会!」
 屋敷に向かっててこてこと歩き出す二人、佐平次が後ろにひょいと放り投げた杯が地面について鈍い音を立てるのを見て、鞘は僅かに遠い目をします。
「‥‥気になったんだけど、この逆に粉砕された杯の山はやっぱり私達が片付けるの?」
 何とも言えない様子で呟くと、鞘は深く考えるのは辞めた方が良いと呟いて、宴会に向かう一同に付いて行くのでした。

●宴は賑やかに
 卓には冷や奴やてんこもりの枝豆、田楽、そして茄子の揚げ浸しや梅肉和えなど肴として十分な物がずらっと並び。
「皆さんお疲れ様ーっ!」
 杯を掲げて楽しげに言う佐平次、宴会が始まり、早速お酒に走る人や普通に屋敷で用意された御飯のお膳などを頂く人とまちまちですが、何はともあれそれぞれが楽しそうに過ごしており。
 シルフィールは結局無意味な時間を、と溜息をついていたようではありますが。
「水銀‥‥」
 こそっと呟いて自身のお皿から素早く水銀の口の中に人参を放り込む珠々に、もきゅもきゅと食べながら水銀の視線は珠々に近付く舞華へ。
「タマは人参のきんぴらを食べような、ん? あぁ、中務様、保上様、一杯どうぞ」
「にゃーっ、はなしてーっ」
 そう笑いながら言うも舞華の手はしっかりと珠々の肩に置かれており、ジタバタしていれば助け船のように涼霞が果物で作ったほの甘い寒天を差し出して、ぱくりと口にする珠々。
「あれはさっき人参を摺り下ろして加えた奴か?」
「やはり好き嫌いはいけませんから」
 明征が聞くのにごふっと珠々が吹きかけてみたりはまぁご愛敬。
「でも、お二人は昔からこの様な?」
「まぁ、あれと連んでいるときぐらいではあるが、いつもこの様な感じであったな」
 涼霞と明征がのんびりと話しながらお酒を頂く横で、舞華が優雪に杯を差し出せば、慎ましやかに顔を寄せて口にする優雪。
「美人が多いとはいえ、流石にちょっと若すぎるよな。惜しい」
 僅かに手がわきわきしている気はしますが、そんな黎乃の呟きを聞いて、あははと笑っている佐平次。
「そうそう、忘れるところだった」
 輝夜が佐平次に近付いてくれば軽く首を傾げて見上げるのに、差し出されるのは小さな桐箱。
「古来より無意味な調査を依頼し、それが成し遂げられた者には金胡麻の種が贈られると言う」
 差し出されたそれ、礼を言って受け取る佐平次、何とは為しに輝夜と顔を見合わせてにっと笑ると、輝夜はくるりと振り返り。
「この実験は専門家の監修の元、十分な安全を確保した上で特別な許可を得て行なっておるのじゃ。よってこの報告書を読んでおる汝等は危険じゃから絶対に真似をしてはいかんぞ」
「よい子は真似しないようにねー‥‥うえっぷ‥‥」
 輝夜とエルネストが誰ともなしに言う中、検証を終えての打ち上げの宴は、今暫く賑やかに進むのでした。