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■オープニング本文 その日、久し振りにやってきたその少年と受付の青年である利諒が再会したのは、まだ残暑厳しい昼下がりのことでした。 その少年はギルドの様子をきょろきょろと見回していましたが、利諒が依頼書に目を落として何やら作業しているのに気が付くと、おずおずと歩み寄って口を開き声を掛けました。 「あ、あの‥‥お、お久し振りです」 「ん? あ、君は‥‥えぇと、一之輔君。お久し振りですね、お元気でしたか?」 「はい、お陰様で‥‥家の旦那様も僕も元気です」 ぺこりと頭を下げると、一之輔は書状を取り出して利諒へと渡しますが、中身が想像できる利諒は取り敢えず一之輔へと目を向けて座るように勧めて御茶を用意して。 「それで‥‥今回もお花とかの護送ですか?」 「近いのですが、今回運ぶのは木でして‥‥」 「‥‥木、って、えぇと、若木とか、そういった‥‥?」 「あ、まだそこまで大きなものではないんですが、旦那様曰く、美しい木、と言っていました、えぇと、楓の木です」 少年の話では、主人の友人であった老人が亡くなったそうで、その老人が愛していた楓の木だと言うこと、そしてその老人の家屋敷を手に入れた息子が屋敷と庭を潰すと聞いて、せめてその木はといって譲って貰ったとのこと。 元友人の屋敷と御店はおおよそ2日程離れているそうで、流石に運ぶのは木なので、荷車と荷馬を用意して貰えるとのことで。 「旦那様は、流石にご友人が愛された楓の木を切り倒されるのは忍びないと‥‥なのでうちの御店の庭に場所を用意したのでそこに持ってきてくれと言われまして」 一之輔の主人は心配性なので、何かあったら大変だから護衛を付けるように言って筆を執ってくれたそうなのですが‥‥。 「どうにも、旦那様は文が得意ではないとのことらしく‥‥」 溜息をつく少年に言葉に困った受付の青年が書状を開くと、そこにはただ一言『求、護衛』とだけ書かれているのでした。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
紅 舞華(ia9612)
24歳・女・シ
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
リリア(ib3552)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●旅の前に 「一之輔君、お久しぶり。旦那様もお変わりなく?」 「お久し振りです、ご無沙汰しておりました」 野乃宮・涼霞(ia0176)が微笑みながら話かけるのにぺこりと頭を下げる一之輔、紅 舞華(ia9612)は根と土ごと掘り出された楓の木を見上げながら口を開きます。 「確かに綺麗な木だ、これだけ手をかけた木がそのまま朽ちていくのは、植物を愛する人には忍びないだろうな」 言って舞華は一之輔を見れば、笑みを浮かべて小さく呟き。 「一之輔君は健気そうで良い子だな。主人が如何に可愛がっているか分かる」 「この楓‥‥切られそうだったのね、それを不憫に‥‥やはり優しい旦那様ね」 「実際のとこ大仰な護衛をしていると、逆に盗賊の目を引いちまうかも‥‥大きさではそもそもどうしたって目立っちまうしな」 頷き微笑む涼霞に少し考える様子を見せる弖志峰 直羽(ia1884)、木を傷つけないように、等と相談している姿を見れば露羽(ia5413)はそんな一之輔の姿に微かに笑みを浮かべて。 「楓も少年も依頼人にとって大切なものなのでしょうね」 必ず無事に送り届けます、そう改めて思い小さく呟けば、水野 清華(ib3296)が幾度か深呼吸をしているのに気がついて。 「‥‥知らない人だらけの初めてのお仕事‥‥が、頑張らなきゃ‥‥」 そういうお年頃なのか少々人見知りしてしまっているようではありますが、そんな様子に紬 柳斎(ia1231)は笑みを浮かべて。 「そう固くならずにな。それにしても、時々人の護送はやったりもするが、木の護送は初めてではあるな」 笑いながら柳斎に話しかけられて人見知りからかあわあわとする清華を見ていれば、荷車に乗せられる楓に改めて柳斎は軽く口元に手を当てて呟いて。 「護衛はなれているけれど規模が変わるとどうなるかな‥‥」 柳斎と同じ戸惑いを感じているのはリリア(ib3552)で、どんな風になるかと考えていると、のんびりと煙管を燻らせながら眺めている雲母(ia6295)。 「とりあえずあまり目立たないような普通の姿で行くのがいいですよね」 「あ、土とかが付かないようにするけれど、他の荷物で木がぐらつかないように周りを囲んで固定しようと思うんだけど‥‥」 露羽が服装のことを言えば、弖志峰は積み荷について提案し、一之輔が言葉に応えて固定をしようと荷台に向き合って。 「荷馬でしたらその余裕は十分にあります‥‥えぇと、じゃあそちらを固定するんで、縄をお願いします」 「こちらは押さえておくので、今のうちに固定を」 縄を回そうとしているのに手を貸す舞華、枝が折れたら可哀想だからと布で覆うようにする涼霞を見て、清華もおずおずとではありますがお手伝いをしてみたり。 「荷馬を繋ぐのにきつく締め付けないようにな」 「は、はいっ」 荷を引くのはそれなりに慣れていても少し焦ってきつく締めてしまいそうになった一之輔に、柳斎も軽く手を添えて力加減を調整してやります。 「さて、じゃあそろそろ行くかい?」 雲母が言えば準備も終えた一同は楓を掘り出した屋敷の門を潜り外へと出て。 「天気も良いし、ぼちぼち楽しみながら、っと」 馬力もありそうだから荷台で木ぃ押さえといてくれる? などと一之輔に言うと、改めて空を仰ぎ見てにへっと弖志峰は笑って言うのでした。 ●長閑な護送日和 「んー‥‥護衛なら大分楽な方ね‥‥多分」 日も高く昇り気持ちの良い秋晴れの中、リリアはそう呟いて改めてあたりを軽く見渡せば、辺りを見渡せる開けた道の中、少なくとも盗賊などがいたとしても近づく前にいくらでも気付けそうな道で。 「もう少し先に行けば、林の中を通ったりするので‥‥」 「ま、油断はしない方が良いだろうが、何かあるとすりゃその辺りだろうねぇ」 雲母の言葉にちょっときょろきょろと周囲を清華が見渡してみたり、扇でのんびりと仰ぎながら護送日和だねぇと弖志峰が笑ったり、兎に角のんびりとした道行き。 「そーいえば、さっきからきょろきょろしているけど、どしたん?」 「‥‥つ、ついつい周りが気になっちゃって、ごめんなさい‥‥」 「いやいや、謝らなくてもいいよー、気楽に気楽に」 弖志峰が聞けば思わず真っ赤になってあわあわと応える清華、その様子に笑いながら弖志峰はひらひら手を振って。 「そういえば、一之輔君は何故開拓者にならないんだ? いや、ふと思っただけなんだがな」 「両親がアヤカシとの戦いで帰って来なくなってから引き取って育てて下さってたので‥‥お役に立てるならと思いまして。‥‥開拓者に、とは考えたこともなかったです」 存在は知っていましたけれど、そう答えるのに尋ねた柳斎は笑みを浮かべて頷きます。 「主人に奉公しようとする姿は素晴らしいと思う。これからも頑張って欲しい」 「有り難うございます」 少し照れたのか僅かに顔を赤らめて笑う一之輔。 「少し息を抜ける時に抜いておいた方が良いですよ」 林の辺りを通る前に大きな木が一本生えており、その木陰で休憩を取れば、林の辺りを無事に通り抜けられればと気負っているように見えたのか、露羽が声をかけてお団子をあげるのに、一之輔は嬉しそうに受け取ってお礼を言います。 「きっとこの楓の木も御店に着いたら喜んでお庭で綺麗な紅葉を見せてくれるはずよ」 「はい、きっと旦那様も喜びますよね」 楽しみです、そう涼霞に応えながら木を見上げる一之輔、そんな様子を煙管を銜えながら眺め。 「‥‥綺麗な木だなぁ‥‥ちゃんと持っていってあげなきゃね」 お茶などをいただいてのんびりとしていれば、徐々になれてきたのか、楓の木を見上げて清華は呟き微笑んで。 「‥‥」 そして、涼霞に勧められて出されるお団子を、一人はただ黙々と、そしてもう一人はそれを味わうのに黙々と。 リリアは食べられるなら食べておく、といった様子ですが、舞華はどこか心持ち楽しげな様子で、なんだか並んで食べている様子に涼霞が思わず微笑ましげに見ていたり。 「では、少し私は先行して確認してきますね」 そろそろ出発、となれば露羽は先に立ち上がってそう告げます。 先行して見に行く露羽は、林の中から辺りを伺っている、あまり風袋のよろしくない男たちを見かけて。 特に人数が多い様子でもなく、それを確認すれば急ぎ戻って一同と合流する露羽。 「さて‥‥少し脅せば逃げるような奴らなら良いのだがな」 そういって、柳斎は進行方向にある林へと目を向けるのでした。 ●迎えられた楓の木 露羽の見た風体の宜しくない男達がいる辺りに差し掛かる頃、涼霞と弖志峰、それに清華は一之輔の乗る荷車を守るように集まり、柳斎とリリアが前方を、荷車の後ろを雲母が煙管を燻らせつつ付いて行き、先行して露羽と舞華が警戒するように進んでいます。 「こ、この木はちゃんと持っていってあげなきゃだ、だめだもん」 僅かに声が震えていますが清華は自身を鼓舞するかのようにぐっと緊張とも恐怖とも付かない気持ちを抑え込もうとしていて。 そんな様子に、大丈夫よ、とばかりに涼霞がそっと肩に手を触れさせれば一瞬吃驚したように涼霞を見るも微かに笑んで頷く清華。 『‥‥何やら木を運んでんらしいがよ、どう思う、あの荷車』 『木は兎も角、その周りの荷物になんかあるかも知れねぇしな』 『女ばっかりだ、いる男もあの様子だしよ、とりあえずよ、ちぃとばっか追い剥ごうぜ』 微かに聞き取れる会話の内容に舞華は微苦笑を漏らして。 追い剥ごうという言葉はともかくとして、舞華の耳に入ってくるのは4人程の男達の会話、それ以外の足音なども特に感じられず。 「‥‥来るようだ」 言って舞華は林へ進み、そして露羽は荷車へと下がります。 直ぐにがさがさと林の中を飛び出して来る男達、尤も飛び出したのは3人の男達だけ、1人は飛び出す前に舞華が叩き伏せていて。 林から飛び出した3人に対しても、既に前に出ている柳斎とリリアが迎え撃ちます。 「うらあっ!!」 「一般人相手だからな‥‥」 手入れの悪い錆びかけた大刀を振り上げてちょっと脅しつけるつもりだったのでしょう、軽く斬り掛かる素振りを見せようとした男ですが、ふうと一息吐いてからあっさりと得物を握る手を掴み取り上げてしまう柳斎。 「これ位なら‥‥私で十分だわ」 「なっ、手前ぇっ!」 柳斎に押さえられたのに慌てふためいたもう一人の男は、その為に気が付くのが一瞬遅れたか、気が付いたときには一気に距離を詰めたリリアが、斬るまでもないとばかりに剣の柄を叩き込み、ぐっと呻いて避けきれなかった男も蹲って。 「うわっ!?」 そして後ろで飛び出しつつも弓を番えようとした男は、それよりも先に足元へと打ち込まれる手裏剣と矢に思わず固まり矢を取り落とし。 「開拓者に勝てると思いますか? 怪我をしてはそちらの商売も上がったりでしょう」 そこに柔らかくかけられる露羽の声。 「‥‥潔く引いた方が身のためですよ」 すぅっと露羽の顔から笑みが消え、冷ややかに変わる声に声もなくじりじりと真っ青になりながら退がる男、得物を奪われた男が蹲る男に手を貸して逃げ出します。 這々の体で逃げ出すのを見送れば、林から出てきた舞華も最後に出てこようとしていた追い剥ぎの親玉らしき男も林を這って逃げたと告げて。 「あれだけ痛い目を見て懲りたことだろう、続けるようならばとちょっとばかり脅して見たら命乞いしながら逃げていった」 命を取るとまでは言ってないのにと軽く肩を竦めてみせる舞華に涼霞はくすりと笑います。 「手出しした相手が悪かったと反省なさるでしょう」 あの様子ではよっぽど真面目に生きた方がと思い知ったのではないでしょうか、そういえば、一之輔と清華は楓に近付けることもなく林の賊をやり過ごせたことの安堵から笑みを浮かべて木を見上げ。 その後は特に怪しい者達も現れず、途中の宿でも問題は起こらずに済んで。 二日目のまだ日が高い内に町へと辿り着けば、今か今かと入口辺りでそわそわ待っているのは、上等な着物に身を包んだ少々恰幅の良いがっしりとした男。 「一之輔君、あそこを‥‥」 少し笑いの含んだ声で涼霞に言われれば、その男に気が付いた一之輔はつつつと男に歩み寄って。 「‥‥旦那様、毎度のことで申し訳ありませんが、御店はどーしたんですか?」 「一之輔、良かった、怪我はないかい? 私は心配で心配で、どうにも落ち着かなくてねぇ。皆様も、お疲れで御座いましょう」 荷台一同の無事を確認してから、荷台の木を確認しにっこり笑って頷く、壮年と言うにはまだ少々若く愛想の良い男が、どうやら一之輔の主人のようで。 「ささ、どうぞこちらへ」 そう言って先に立つ主人について一行は一之輔の暮らす御店へと足を向けるのでした。 ●庭と楓で一時を 「以前お届けした花達も元気ですか?」 「ええ、お陰さまで‥‥庭も、大分良い感じに仕上がってきていると思いますよ」 小さく首を傾げて尋ねる涼霞に笑いながら頷いて言う主人、以前の花菖蒲と石楠花の鉢を植えた辺りを案内されれば、確かに草木に溢れ、そろそろ終わりを迎えそうな薄紅や赤の色彩が目を楽しませていて。 「‥‥喜んでくれるといいなぁ、依頼人さん」 「一之輔君の話では、こういった草花が好きらしいから、きっと喜ぶ」 まだ空いていた庭の一角、舞華が旅の途中で見つけたいくつかの花を植えるのを手伝って、清華はほぅと息を付くと、舞華に言われ一之輔や御店の主人が喜ぶの姿を思って笑みを浮かべます。 「一之輔君も用心棒やってるって事は、腕に覚えあり、ってやつだよな?」 「それなりには‥‥旦那様が勉強も稽古のための道場にも行かせて下さったので」 縁側で取り敢えず御茶を貰いながら一之輔と話す弖志峰、帰って来た言葉になるほどと頷くと、扇を畳んで自身の頬を軽くぺちぺちとしながら思い出す様子を見せ。 「15の頃、つったら‥‥俺はまだ巫女の修行中だったなあ」 「巫女の修行って、どんなだったんですか?」 いろんな事が出来るんですよねと興味深げに尋ねる一之輔に笑いながらあれやこれや話していると、弖志峰は何とは為しに一之輔の頭をくしゃくしゃ撫でて。 「この樹、依頼人にとっても思い入れのあるものなんだろうけど‥‥それ以上に、一之輔君の事も大事に思ってるんだよな、君の旦那様は」 主人に呼ばれて立ち去る一之輔を見送れば、戻ってきた舞華と涼霞、日も陰ってきて、御店の主人から、ささやかなお持てなしとして宴の用意がされていて。 「さ、先輩も舞華さんも、一献‥‥」 「有難う。‥‥うむ、良い酒だ」 「相変わらずイイ呑みっぷりで」 拠点の仲間と言うことも有ってか話も弾み楽しい酒も進む3人、酒と料理の卓を窓辺に置いて、のんびりと煙管を燻らせながら楓を眺めているのは雲母で。 「しかし、楓の木ねぇ‥‥‥もうそんな季節なんだな。月日とは流れるのがはやいもんだ」 何やらしみじみと感じることがあるようで、ほうと吐き出した紫煙を目で追うと、色付き始めている楓に改めて目を向けて今暫くはのんびりと庭を眺めている様子なのでした。 「‥‥」 「美味しいですね‥‥」 御茶の方が良いですよね、と一之輔が御茶を運んできて勧めるのを受け取ると、お茶菓子と共に頂いていたのはリリアと清華。 とはいえ、リリアはむぐむぐと黙々と頂いているのに対し、2日間もあって慣れたのか清華はほうと微かに笑みを浮かべてお茶菓子を食べると、どの辺りに花を埋めたかと言ったことを一之輔に話していて。 「旦那様、凄く喜んでいましたよ。楓の木共々、大事にすると‥‥」 「よ、良かった‥‥」 喜んで貰えるかちょっぴり不安だった様子の清華は嬉しそうに笑うと、両手で御茶のお湯のみを包むように持ちながら、嬉しそうににっこりと笑うのでした。 「この楓の木はこれからここで生きることになるのであるな」 「今は色付き始めたばかりですが、紅葉はきっと美しいでしょうね‥‥」 楓を植えるのを手伝った柳斎と露羽は、御店の主人にお酒や御茶、お茶菓子や旬の食事など勧められていて。 時折直ぐ側の弖志峰や涼霞、舞華とも言葉を交わしながら庭を楽しんでいれば、赤く染まった時の庭が楽しみです、と頻りに御茶などを勧められ恐縮していた露羽が、柳斎の言葉に改めて楓へと目を向けて微笑を浮かべます。 「その時にまた、見に来てみたいものです」 「是非、いつでもおいで下さい。やはり楽しんで貰えるのが一番ですからねぇ」 にこにこと笑って言う主人にそうさせていただきます、と微笑のままに言う露羽。 「今までの思い出に負けぬ思い出をこの地で刻めるとよいな」 「住み慣れた庭は、もう無いけど‥‥これからは大事にしてもらえる人の所で、元気に育って欲しいよな」 柳斎の言葉にしみじみと同意して木を眺める弖志峰。 穏やかな宴は、やがて日も暮れ出てきた月の光に照らされ輝く楓を中心に、今暫くの間続くのでした。 |