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■オープニング本文 その日、まだ少々肌寒い春の朝方。 受付の青年は久々に武天芳野の綾風楼に呼び出しを受けてやって来てました。 「おお、来たか」 「お久し振りです、えぇと、今日は‥‥」 「あぁ、漸くに時間が出来てな、ちょうど良い機会だ、花見でもしようと思うてな」 少しだけ疲れた様子ではあるものの、穏やかな微笑を浮かべていうのは東郷実将、傍らに控えるのは芳野領主代行の伊住穂澄です。 「ちと暫く忙しくてな、ようやっと酒の一つも呑むようになってな」 笑みを浮かべていう実将に小さく溜息をついてから穂澄は口を開いて。 「本日お呼びしたのは、この芳野の桜祭りにおいて、今年は開拓者の方もお誘いして賑やかに執り行おうとおじ 様に具申いたしまして」 「では、ギルドにお祭りに来る方を募集という感じですか? 桜のって言うと、毎年のあれですか?」 「ええ、芳野で毎年この時期にやっている、桜祭りです」 そう言って微か笑むと実将へと目を向ける穂澄。 「町中では川縁の桜の下で宴を開いたり出店があったりと、それなりに賑わうもんだが、確かに開拓者などがいれば、そうそう馬鹿な真似をする奴ぁ出ねぇからな」 こちらとしても手間が省ける、と笑って実将が言うと、穂澄は改めて利諒へと向き直ります。 「祭りの期間中、私たちはこちらの綾風楼に詰めています。一応祭りの期間、こちらの楼はある程度なら出入りは自由になっていますので‥‥」 穂澄の言葉に頷きながら、利諒は依頼書へと筆を走らせるのでした。 |
■参加者一覧 / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 奈々月纏(ia0456) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 天宮 蓮華(ia0992) / 奈々月琉央(ia1012) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 秋桜(ia2482) / 珠々(ia5322) / 御神村 茉織(ia5355) / からす(ia6525) / 紅 舞華(ia9612) / ユリア・ソル(ia9996) / 雪切・透夜(ib0135) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / ニクス・ソル(ib0444) / 劉 那蝣竪(ib0462) / イクス・マギワークス(ib3887) / ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918) / 泡雪(ib6239) / 加々美 綺音(ib6455) |
■リプレイ本文 ●綾風楼の窓から 「見事な桜だね、八曜丸」 「おいら、あんなたくさんの桜を上から見るのは初めてもふ」 楼に上がり武天芳野の町を見下ろして、傍らの朋友・もふらの八曜丸へと語りかけるのは柚乃(ia0638)。 窓の桟に手をついて辺りを見渡している八曜丸も楽しそうに景色に夢中の様子。 「きっと去年とかだったら、出店巡りをしたり散策したり‥‥していたんだろうな。でもね、今年はなんとなく‥‥」 そう小さく呟くと、柚乃も八曜丸と並んで花盛りの芳野の街を見下ろすのでした。 「さて、出かけましょうか? それにしても見事な桜ね」 「故郷では桜を見る機会などあまりなかったからな‥‥なるほど、壮観だ」 柚乃が上から眺めていれば、綾風楼に荷を置いて出てきたニクス(ib0444)が辺りを眺めて呟くのに、ユリア・ヴァル(ia9996)がその腕に自身の腕を絡めて楽しげに町へと歩き出す姿が見られて。 「凄いわね、河原の桜並木もそうだけど、出店の賑やかさも‥‥」 「商業に力の入っている都市とのことらしいからな。とりあえず、どこから‥‥」 見て回ろうか、そう聞くまでもなくユリアは気になるものを見つけたようで、ぐいと引っ張って歩き出すのに分かってはいても少々慌てるニクス。 「あ、あそこ見て、ずいぶんと綺麗な布が‥‥」 「お、おい‥‥」 あれもこれもと、出店だけでなく付近のお店なども見て回り、気が付けばニクスの腕の中にはいくつもの包みが積み上げられ。 「あら、どうかした?」 「ぁ、いや、何でもない」 楽しげに買い物を続けていたユリアですが、ニクスがなにやら通りの店の店主と言葉を交わしていたようで首を傾げると、見つからないうちに素早く受け取った物をさっと隠して小さく首を振って見せるのでした。 「さて‥‥これで、良し‥‥」 綾風楼に程近く、綾風楼などがあるため出店などはなく、満開の花を見せる立派な桜の木の下。 そこではからす(ia6525)がとある準備を終えて座り直すと、ちょうど目の前を楽しげにユリアとニクスが通り過ぎるところで。 いくつか綾風楼から借りてきた縁台を並べて貰うと、毛氈を敷いて用意されたそこは、特設のお花見会場。 側にぺたりと張り出される和紙には、縁台を借りるときに面白がった実将が書いたであろう『休憩兼避難所』と許可を取ってある旨を表す印が押してあります。 からすは用意した休憩所をぐるっと見渡すと、茶釜などのお茶の用意を始めるのでした。 綾風楼内、柚乃のいた部屋より更に高い処にある部屋の窓際にある文机で、礼野 真夢紀(ia1144)はなにやら考え考え筆を走らせているところでした。 「『お姉様、ちぃ姉様、そろそろ地元では桜が散って葉桜になり始めた頃でしょうか?』‥‥今頃花はすっかり散ってしまっている頃でしょうし」 小さく首を傾げて、頭の中で思い浮かべるのは故郷の島での桜、ふむ、と小さく頷くと再び手紙へと向き直る真夢紀。 「『まゆは本日もお花見に行って参りました。本日は武天芳野の桜祭りです。出店もあるというのでお弁当を持たずにお財布握っての参加です』見たところ、沢山お店が出ていますね」 窓の外を眺めるとにこりと笑みを浮かべて、出かける前に書き上げようと思ったところまでと、最後に一文を付け加えます。 「『最初に綾風楼――こちらでの由緒正しいお宿だそうです――にあがって、お茶を飲みつつ桜や町を眺めて色々目標を決めてから町へと行くことにしました』そろそろ下に行ってお出かけですね。‥‥お酒の好きなちぃ姉様に送れるお酒が購入出来ると良いのですけど」 そう小さく口の中で呟くと、綾風楼の人間などにお勧めのお酒などを聞いてから、真夢紀は町へと出かけていくのでした。 ●花咲き誇る芳野の町 「あわわ!? 流石に人多いわ!」 桜並木の下を歩く琉央(ia1012)の腕に手を握った上でぎゅっとしがみ付いて声を上げるのは藤村纏(ia0456)、二人はで店が立ち並ぶ、一番賑やかに盛り上がっている通りを歩いている所でした。 あちらこちらから立ち上る美味しそうな匂いと楽しげな笑い声ににこにこと楽しげに辺りを見渡す纏、その様子を見て琉央も微かに口元に笑みを浮かべて。 「あまりはしゃいで転ぶなよ」 そう言って支えながら共に小物などを扱っているで店を見ていれば、ふと琉央の目に入ったのは細かい縮緬の細工が施された桜の簪です。 「わ!? な、何や!?」 「ほら、じっとしてろって」 不意に頭に何かが触れた様子で驚いた声を上げる纏ですが、店主にお金を払ってひょいとその纏の髪に桜の簪を付けてやる琉央。 小物のお店に並ぶ同じ簪を目にして、自身の髪に付けられたそれがどんな風に見えるか、それがわかったかほんのりと頬を染めると纏はにこりと琉央に笑いかけて礼を言って。 暫く人混みの中を歩くというより泳ぐ状態のままに進めば、漸くに辿り着くのはからすの用意した休憩所で、縁台の一つに仲良く腰を下ろすと、纏は琉央の額に流れる汗を、ハンカチを取り出して丁寧に拭います。 「御疲れ様やね。少し休んでから歩こ♪」 「ああ、そうだな」 楽しげな様子の纏に頷いて琉央は答えるのでした。 琉央と纏が休憩所を立ち去ってから少しして、桜の河原より楽しげに連れ立ってやってくる二人の女性。 天宮 蓮華(ia0992)が何事かを白野威 雪(ia0736)に囁いて見せれば、ふわっと微笑んで頷き返して。 休憩所の傍らにある桜も見事なもので、入れ替わり立ち替わりに人が出入りしていますが、河原のほうに比べれば穏やかなもので、二人も途中で買ってきたものや蓮華の用意してきたものをこの桜の下でのんびり楽しもうと思ったからのよう。 「はい、雪ちゃんどうぞ」 からすの御茶を頂くと、早速蓮華は用意してきた桜餡のお団子を取り出せば、雪は嬉しそうに受け取るとにこりと微笑み返してお礼を告げて。 「綺麗なお花の下で、蓮華ちゃんお手製の美味しい甘味を頂く事が出来るって、とっても贅沢な気分です」 花より団子じゃないですよ? そうちょっと困ったようにほんのりと頬を染めて言う雪に、微笑みながらそうっと髪を撫でて分かって居ますよ、と蓮華も笑いかけます。 「ふふっ、甘味も桜も楽しみませんとね♪」 「ええ、両方、しっかり楽しむのです」 楽しげに語らい、桜を見上げての穏やかな一時、ざぁっと風が吹き枝を揺らせば、はらはらと舞い落ちる花びらに、雪が何かを思いついたようで。 「来られなかった紫蓮様には、花びらをお土産にしては如何でしょう?」 「花びらのお土産、確かに紫蓮が喜びそうですわ」 雪の言葉に頷くと、くすりと笑って蓮華は続けて口を開いて。 「余計に来たかったと拗ねるかもしれませんけれども‥‥♪」 対の華はその様子を思い浮かべて、暫くの間楽しげに笑いあうのでした。 同じ頃、賑わいを見せる河原の方では、お約束とでも言うか、お酒も入って気の大きくなった人同士のちょっとした小競り合いが起きかけたところでした。 すと間に入ったのは琥龍 蒼羅(ib0214)、何かを言うのも野暮と思ったのでしょうか、あくまで割ってはいる形でしたが、一般人からすれば開拓者が割って入るのはまぁ、ふと冷静にもなるようで。 「はは、儂の出る幕もねぇやな」 その様子に、側でのんびり腰を下ろして笠を被り煙管を燻らせて居た人間が笑いを漏らせば、おやとばかりに僅かに眉を上げる琥龍。 「これは、お忍び‥‥」 「おっと、それ以上はいいっこ無しだ、後で絞られる」 くっくと笑って琥龍が言い掛けるのを止めると、どうだい一献、と軽く杯をすすめる実将。 「良かったら桜餅もあるわよ」 見れば、ひょっこりと実将の後ろから顔を覗かせて笑う御陰 桜(ib0271)の姿もあります。 「甘ぇもんを肴にと入った店でばったりとあってな。どうせ綾風楼に戻るんだ、ちぃとばっかり寄り道に付き合ぅて貰ったのよ」 「上から眺めるのも良いけど、下から見上げるのも綺麗な桜の下でのんびりと食べる桜餅は格別よ?」 折角なんだから、という桜に引っ張り込まれる形で琥龍も空けられた場所へと腰を下ろすと、ほんの少しだけ戸惑いがちに桜餅を受け取って。 「‥‥確かに旨い、のだが‥‥これに、酒か‥‥」 口当たりも良く味も良いものの、お酒に合うかと言われれば思った以上に強い甘みに少し考え込んでしまう琥龍、その様子に煙管をくゆらせ桜を見上げながら実将は小さく笑いを漏らすのでした。 「これだけ素晴らしい桜を愛でることが出来るのでしたら‥‥」 そう笑みを浮かべ呟くのは明王院 未楡(ib0349)。 未楡は先ほどまでからすの休憩所でお茶を頂いてから、一人のんびりと桜並木を散策を始めたようで、目に映る桜並木を見上げながら口元に笑みを浮かべて。 「夫や子供達とはまた来るとして‥‥あら?」 色々な情景を思い出してはしみじみしていた未楡ですが、微かに耳に入るのは、小さな子供の泣き声で。 「どうしたのですか?」 「かぁちゃ‥‥いな、なく、なって、て‥‥」 ずびずびと泣き続けている男の子に気が付いた周りの人間がきょろきょろと辺りを見回している間に、屈み込んで未楡が声をかければ、どうやら迷子のようで。 「じゃ、一緒にお母さんを捜しましょうか」 「ぅぇぇぇっ、びえぇ‥‥」 泣き止まない子供相手ではあるものの、そこは母親だからでしょうか、宥め宥め親のことを聞いていれば、つっかえつっかえで答える男の子。 やがて困った様子できょろきょろと辺りを見回す男性と、その側で憔悴した様子で周りの人間に宥められている女性の姿が、聞いた特徴と一致しているのに気が付くと手を引いて歩み寄る未楡。 母親にびぁびぁ泣きながら飛びつく男の子に気が付いた父親が、未楡に気が付くと何度も礼を言い、笑って首を振ると、未楡は男の子の頭を撫でてあげて。 「もうお母さんの手を離しちゃめ〜ですよ」 顔中をぐちゃぐちゃにした男の子が泣きながらも頷くのに、未楡は微笑みながら見るのでした。 「此度のわたくしめらは優しき風。儚き星屑。ひとひらの囀り。この音色がせめて、貴方の心の何処かに届きますよう‥‥って、ネプくん!」 「‥‥へ?」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)がオカリナを片手に少々芝居がかかった礼をすると、ふと眠たげな表情で目元をくしくしと擦っていたネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)に気が付いて肘で軽く突っつきます。 「何ぼんやりしてんのよ! ほら、さっさと演奏する! ちゃんと教えた通りにしなさいよ?」 「は、はぅ! ごめんなさいなのですよ!」 そこは賑やかな出店並ぶ向かい側、桜並木が見事な河原で、風葉とネプは花見を楽しむ人々の中を縫いながらオカリナの演奏を行っていました。 「はぅ‥‥えっと、たしか‥‥こう‥‥」 どうやら一夜漬けで演奏を練習してきたらしいネプは少々辿々しい演奏となりますが、風葉と合奏しながら歩くその音色は、お花見を楽しんでいる人たちの耳を楽しませているようで。 時折演奏の手を休めながら歩いては、ちょこちょこと楽しげにじゃれているようで、やがてやってくるのは綾風楼、そして屋上へと昇ると、少し注意深くではありますが屋根の上に出て、背中を合わせて。 暫く他愛のない会話を楽しみ静かにオカリナを奏でているも、ふと黙り込むネプに首を傾げる風葉。 「僕たちみたいに、幸せなカップルが増えてくれると良いなと‥‥」 そう言いながらもなにやら少しぐるぐるしているネプに、どうしたの? と顔をのぞき込む風葉。 「え、と‥‥」 困った様子を見せるも、意を決したかちょんと風葉に口付けてから真っ赤になるネプ、風葉は目を瞬かせると嬉しそうに笑みを浮かべて見るのでした。 ●賑わいの席 辺りが徐々に夕暮れに染まり始める頃、綾風楼の一室に集まる男女の姿がありました。 町中に有った出店で各々が仕入れてきた 「桜祭りで飲めや歌えの大宴会‥‥隠し芸や王様ゲームもあるよ!」 「‥‥ふしぎ‥‥誰に向かって言っているんだろう‥‥?」 その集まりの主催は天河 ふしぎ(ia1037)の様で、天河が何処となく呟くのに目を瞬かせるのは水鏡 絵梨乃(ia0191)。 「内容が内容ですから、女性が多いと、ちょっと気恥ずかしいかもですが‥‥所謂、王となった者の言うことを聞く、ということですよね?」 雪切・透夜(ib0135)が言えばイクス・マギワークス(ib3887)がしばし思案顔で、どうやら命令内容を考えているようで。 「では、こちらに籤を用意致しましたので、順々に引いて頂けますでしょうか?」 そう言って泡雪(ib6239)が升の中に小さな折り畳みの紙片が幾つか入ったものをすと微笑みながら差し出せば、最初に意を決したか籤を引く雪切に続き秋桜(ia2482)と加々美 綺音(ib6455)も籤を引くと、絵梨乃や天河と続き。 最後に泡雪が籤を引くと、一斉に自身の籤を隠しながら確認します。 「王様は私のようですね。では‥‥五番の方、私に膝枕をしてください」 「五は‥‥ボクだね」 残り物には福がある、でしょうか、最初に王様が当たったのは最後に残った籤を手に取った泡雪で、五番を引いたのはどうやら絵梨乃のよう、ぺらりと自分の引いた籤を見せると、膝枕だっけ? と腰を下ろして膝をぽんぽんと叩いて笑う絵梨乃。 「あ、す、すみません、ちょっと、膝枕に憧れていたもので‥‥」 笑う絵梨乃にどぎまぎした様子で、少し申し訳なさそうにしながら、ちょんと頭を乗せる泡雪、その間に籤を折りたたむと同じように天河は升へと戻しています。 絵梨乃の膝枕で泡雪がぽうっとなって暫くすると、再び次の籤引きへと移行し、再び籤を引いていく一同。 「次の王様は僕ですか‥‥では、一が三を抱き締めるので」 雪切が王様だったらしくそういえば、手元の籤を見て口を開くのは綺音とイクス。 「一はわたくしで‥‥」 「三は私、だな」 遊戯を楽しみつつも買い込んだおつまみとお酒も程々に消費されていくもので、のほほんとした様子の綺音とは対照的に、お酒のせいで何処か目が座っているイクス。 「では‥‥この様な感じでしょうか?」 きゅ、と綺音がイクスを抱き締めると、紙に筆を執りだして、その様子をさらさらと絵に描く雪切、酔いもあってか少しイクスが綺音にじゃれ返している様でもあり。 「‥‥べっ、別に恥ずかしくなんか、無いんだからなっ! ‥‥コン‥‥」 「やはり多少は色気のある事もした方が良かろう、幸いスティック菓子ならあるようだし」 「あー、あとちょっとだったのにー」 その後も次々と進められる遊戯、秋桜の指示で天河が狐耳を付け語尾に『コン』と付けるはめになったり、麩菓子を両方から食べていくものを泡雪と秋桜が挑戦し、際どいところまで食べ進めるも、ぎりぎりでぽっきりと折れてみたり。 何はともあれ楽しげに盛り上がるも、有る程度過ぎれば、笑い疲れたか騒ぎ疲れたか、方と一息吐いて、お酒や御茶で窓から見えるお花見に移行していき。 「ん、良い桜です‥‥。枝垂れ桜はやはり好きですね‥‥。華やかな感じが眩しい」 雪切が目を細めれば、天河がお酒の瓶を手にして首を傾げて。 「泡雪が好きなのは知ってるけど、綺音はお酒大丈夫?」 「はい、喜んで頂きますわ。もちろん、ご返杯も致しますね♪」 「‥‥じゃあ2人にお酌しちゃうね、さぁ、改めて乾杯!」 「では‥‥恥ずかしいですが、三味線などを一つ‥‥」 秋桜が言って三味線を爪弾けば、唄われるのは桜の美しさと馳せる想いの不変を現すもので。 「じゃあ、僕も‥‥こっそり練習してたんだ‥‥聞いて、――桜色メルティハート――舞う花弁に想いを込めて♪」 秋桜の次に天河が言えば、持参したエレメンタルピアノを演奏し一転明るい曲調の歌を歌い、一通り終われば、天河の演奏で綺音が扇を手にすと立ち上がり。 「僭越ながら舞いを一指し‥‥題して『雪月花』どうぞご覧ください」 微笑を浮かべて舞う綺音、楽しげに笑い会うその様子を、雪切も何処か楽しげに笑って絵筆を走らせるのでした。 ●愛でる桜 「あぁ、利諒も来ていたのか。‥‥ところで、東郷様は?」 「あ、舞さん、お久し振りです。いえ、昼にふらりと出かけたらしいのですが‥‥そろそろ戻られるんじゃないかと」 紅 舞華(ia9612)に声を掛けられ、顔を上げてそう応える利諒。 既に日が落ち辺りが暗くなった頃合い、街で色々と花を見て来たり食べ物を買い込んだりして来た様子の一行を部屋へと招き入れると、窓から楽しげに外を眺める利諒、御神村 茉織(ia5355)がその後ろから窓の外を眺めると、なるほど、と頷いて。 「篝火で桜が照らされて、なかなか‥‥やっぱり春は桜だねぇ」 「本当に、こんな絢爛と咲く桜が見られるなんて!」 「‥‥おはなみ‥‥皆が楽しそうにしてるから、『お花見は、いいもの』なんですね」 外を回ってから、綾風楼の上より眺めるのに改めて思ったか、緋神 那蝣竪(ib0462)が少し興奮気味に笑みを浮かべて言えば、珠々(ia5322)は小さく首を傾げてそう言います。 「おお、ちぃとばっか遅くなったか」 「酷いのですよ、おじ様ったら!」 と、そこへやって来た実将と穂澄、穂澄は実将が一人で市中に出るて何かあったら、と怒っているようですが、舞に勧められ腰を下ろすと、それぞれ杯にお酒、甘酒など手にし杯を軽く掲げ合って。 「こちらは北の酒、こちらは南の島の酒。各々特色があって面白い」 「あ、知ってます、このお酒、美味しいんですよねぇ」 「この一年で選りすぐったものだ」 舞が取り出すお酒に利諒がにこにこしながら言うと、舞も微笑してお気に入りのものだと言えば、お気に入りと言えばと利諒が桜餅と桜饅頭を取り出し、如何ですかと舞へ勧め、皆さんもと広げて見せたり。 「さ、一献どうぞ」 「ありがとう。私も今日はこんなものを作ってきたのよ」 「これは‥‥その、こういったものは、やはり作るの、難しいですよね?」 穂澄がお銚子を手に那蝣竪に勧めれば、それを受け取って飲むと、お酒の肴に如何、とお花見弁当を取り出し、何やら少し真剣な表情で見る穂澄、そして何やら目で那蝣竪に問いかけている珠々。 「珠々ちゃん、苦手な物は入れてないから、安心して食べて良いわよ」 どうやら人参入ってない? と目が言っていたようでくすくす笑って珠々に言うお弁当の中身は桜の塩漬けの入った桜色のおこわに、だし巻きや筍の煮物、そして目に楽しいのは桜色と緑の色彩が目に鮮やかな桜海老と枝豆のしんじょ揚。 ちょっぴりどきどきとした様子で那蝣竪に作り方を聞いている穂澄に、珠々はもきゅもきゅとしんじょ揚を食べながらその様子を見ています。 賑やかな中、御神村もお猪口を手に実将へと目を向けて。 「まずは一献。美人の酌じゃねえのは勘弁してくだせぇ」 「おう、頂こうじゃねぇか。‥‥やはり、酒はこうじゃねぇとなぁ」 注がれた酒を、杯を傾け飲み干すと、手の甲で軽く口を拭ってにと笑い、同じくお銚子を手にし、ま、飲めと御神村の杯へお酒を注ぐ実将。 「ま、後で舞にでも酌をして貰って口直ししてくだせぇ。近頃はどんな感じなんで?」 「おう、幾つか気になるこたぁあるが、骨休めも必要だからな」 そう言ってふと窓の外の桜を眺める実将、御神村も釣られるように窓の外へと目を向けると、ざぁと吹く風に篝火で照らされた花びらがはらはらと落ちるのに、誰かを想ったか暫し目を奪われていて。 「儚い命ながらも艶やかでいて、潔いところがまた‥‥」 「‥‥はは、だが、散り行く様ぁ眺めるのは、ちぃとばかり物悲しいやな」 口元ににぃと笑みを浮かべると杯を煽る男二人、そんな様子を珠々は小さく首を傾げてから、ふと窓の外で聞こえる、芳野の街のどこかからか聞こえる陽気な声などを思い浮かべて。 「‥‥早く大人になりたいです」 「あら? どうして?」 珠々の言葉に目を瞬かせて聞く穂澄、お酒飲んでしんみりする人も居ますけれど、と付け加えてから口を開く珠々。 「こういう場では良くお酒で壊れる人もいますけれど、壊れていることそのものが楽しそうです」 「うーん‥‥何となく、珠々さんには壊れて貰いたくないような気もするのですが‥‥」 昼にいくつかの喧噪を見ていたからか、少し困ったように頬に手を当てて言う穂澄、御神村と実将が桜を眺めていたも再び会話の輪に戻れば、どうぞ、とお酌をする那蝣竪。 「あら‥‥粋な風の悪戯ね」 「ふふ、じゃあ有難く頂こう」 杯にはらりと落ちた花びらが、酒に映し出されていた月の上に落ち揺らすのに笑みを浮かべると、実将は暫し目で楽しんだ後、ゆっくりと酒を飲み干すのでした。 ●心穏やかに夜桜を 「あまり飲み過ぎるな‥‥というのは野暮か」 「ふふ♪ それにしても、やっぱり桜はいつ見ても綺麗やね♪」 綾風楼の座席の一室、琉央からお酒を分けて貰う纏、ほんのりと酔いがあってか赤くなりつつも、しみじみと辺りを見ています。 「もう春やねんな、早いわ〜」 そんな風に笑みを浮かべて言う纏を、琉央は僅かに目を細めて見るのでした。 綾風楼の中ではもふらの八曜丸と楽しげに買ってきた食べ物や出されたものを楽しみながらゆったりと休む柚乃や、お土産のお酒を抱えて楽しそうに手に入れた花びらと共に手紙を書く真夢紀の姿。 「そんな事をしたのか‥‥飲み過ぎはいけないな」 天河達一行はあの後すっかりお酒も入って盛り上がりに盛り上がり‥‥良い感じに疲労困憊か酔い潰れたか、こっそりイクスは良い感じに酔っ払い、色々と絡んだの絡まないのと大騒ぎ、当人はすっかり覚えていませんでしたり。 お陰で夜中に向けて更に調子が盛り上がるだけの気力は残らなかったようなのでした。 綾風楼の直ぐ下、からすの休憩所として用意した席は、夜になって程良く人が集まっていました。 「あたしはほろ酔いで押さえるけれど、本当に人の酔い癖とか見ていると面白いわよねぇ♪」 「‥‥まぁ、敢えて酒を呑むよりは桜や人を眺めていた方が楽しいのは同意だが‥‥」 酔い癖は楽しいものなのだろうか、同席していた桜の言葉に琥龍は僅かに考える様子を見せて言います。 「お酒の花も、宴の席も、あまり難しい顔をしないで楽しむのが一番ね」 そう言って桜はくすくすと笑うのでした。 「‥‥これも風情」 酔っ払って眠りこけた客人などに薬湯を与えたり枕を貸し安眠できるようにオルゴールを貸したりしていたからすは、そうして休んでいた客人達が帰って行くのを見送ってから、朱杯で一つ頂きつつ夜桜を楽しんでいました。 休憩所は結局の所、夜になると綾風楼の客人達が楽しむ場となっており、ゆっくりとからすも時分の時間を楽しんでいるようなのでした。 綾風楼の裏手では、ユリアが庭の桜の下で何やら少々不思議な動き、ニクスが怪訝そうな様子で見ています。 「何してるんだ?」 「地面に落ちる前に花びらを掬えたら願い事が叶うんですって」 楽しそうだから、と笑うユリアにふぅとばかりに溜息をつくニクスですが、どうやら自分もやってみる気になったようで。 互いにこっそりと、互いの幸せを願いながら掬い上げる花びらに、満面の笑みでニクスを見るユリア、ニクスは先程手に入れていた簪をユリアに贈ります。 桜の下で受け取った簪を髪に挿し、ニクスから贈られたリュートを取り出して、弾けるか疑ったことを後悔させてあげるわ、と微笑みかけると爪弾くのでした。 穏やかな暖かな風の吹く夜、休憩所の月明かりと篝火に浮かび上がる桜を見上げて、蓮華と雪は楽しげに静かに語り合っていました。 「蓮華ちゃん、去年の花見の時のように一緒に舞いませんか?」 一通り話していて、ふと言葉が途切れたときにそう尋ねる雪に、蓮華はにこりと笑い返すと立ち上がり、花瓶に挿してあった桜の枝を手に取り。 「どうか皆様に楽しんで頂けますように‥‥」 雪も枝を手に取ると二人は微笑みながら、舞い落ちる桜の花びらの中で桜の美しさや春の優しさを柔らかく優美な舞で披露すれば、わっと辺りは盛り上がって。 やがて舞が終われば、僅かに弾んだ息を落ち着けるように再び縁台に腰を下ろした二人、やがて雪は何度か迷うも、顔を赤く染めておずおずと口を開きます。 「蓮華ちゃん、私‥‥好きな人がいます」 雪の言葉に目を瞬かせると、優しい笑みを浮かべてから蓮華はきゅっと雪を抱き締めて。 「雪ちゃんに想われているその方は幸せですね。想いが届きますように‥‥」 月明かりと篝火に照らされた桜の木を、二人は寄り添って見上げているのでした。 |