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■オープニング本文 その日、ギルド受付の青年、利諒が武天芳野の街にある綾風楼に呼び出されて顔を出したのは、爽やかな風薫る良く晴れた春の昼下がりのことでした。 「‥‥行方不明、ですか?」 「あぁ、強盗にあったという様子もねぇ、芳野から、此隅の方面へと向かう街道があるんだが、その付近で2人程消息を断ったってぇ話だ」 「ほど‥‥というと、正確なところは分かってないのですか?」 利諒の前で難しい顔をして言うのは、芳野領主の東郷実将。 「そりゃ、普通に誰でも通れる街道だからな、まぁ、分かって居る限りでは、2人、と言ったところだな」 一つの件は芳野を出て一つ目の宿場まで同道していた人間が居たそうで、途中の茶屋で一端別れ先に行ってもらったものの、落ち合うはずの二つ目の宿場には居なかったとのこと。 もう一件はその二つ目の宿場の宿の主からお使いを頼まれた男が戻ってこず、確認したところ先方に問い合わせるもそもそも尋ねてきていなかった、と言うことで。 「先方に届けるってぇのも、身内同士の手紙だけだからな、持ち逃げする理由もねぇし、至って真面目で長く働いていた中年男だ、その上身寄りもねぇ」 「家族の所にと言うこともないって事ですか」 どちらも、その街道を行き来したときの目撃者が居ないことから、人が他にいない頃合いにそこを通ったのだろうとは思われるも、それ以上のことがはっきりしないようで。 「そういえば、茶屋の親子が、街道沿いにある桜の木が、毎年白みがかった花が咲くのに、今年は赤みがかった部分があり気味が悪いと申しておったが‥‥」 そういう実将は、その辺りも引っかかり調べに行きたいと思うも、別件で出かけなければならない為、その調査を頼みたいと告げれば、利諒は頷くと依頼書に筆を走らせるのでした。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
紅 舞華(ia9612)
24歳・女・シ
アリスト・ローディル(ib0918)
24歳・男・魔
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●地のゆらぎ その時、ぴくりともしなかった泥が微かに脈動したのを、忍犬のロンを連れたコトハ(ib6081)よりも先に気が付いたのは、崔(ia0015)でした。 「見ろ、土が‥‥」 崔の言葉に注意深く見れば、微かにまるで波紋のように波打つ地、それは遠巻きに見ていた者達には石垣に囲われた土がぐるりと、見ればコトハとロンを避けるかのように緩く広がっていて。 「‥‥ロン?」 と、鼻を僅かにひくつかせたロンの足が止まるのと同時、土の小さな固まりがコトハに飛びかかるかのように飛び出して来ると同時、まるで石垣の土が怒濤の如く雪崩れ打つかのように石垣の上を流れ始めるのでした。 ●街道沿いの桜 「さて、人は跡形もなく消えたりしないものだが‥‥興味深い」 僅かに眉を寄せて呟くアリスト・ローディル(ib0918)、念の為に行った行方不明者の素性調査でもこれと言って増えた情報はなく、 「アヤカシにやられたのか? それとも自ら姿を消したのか」 焔 龍牙(ia0904)の言葉に 「今一つハキとせぬが‥‥アヤカシと仮定して、宿で働く者や周辺の民には被害が及んでおらぬと、そういうことになるのか?」 「身寄りのない者が私物を置いて失踪となれば‥‥」 「少なくとも自発的に行方を眩ませたと見るのは難しいだろうな。犯罪かとも思ったが、その線は薄そうだ‥‥」 大蔵南洋(ia1246)が状況を確認して言えば、考える様子を見せる紅 舞華(ia9612)の言葉を継ぐように言うアリスト。 「強盗も自分から雲隠れの線もねぇって事はやっぱしアヤカシの関与が妥当かねぇ。街道沿いの桜の木の話も気になるし」 「行方不明者に、紅色を挿す桜‥‥か。桜の樹の下には‥‥なぁんて、どっかで聞いた話が実際にあっちゃ、流石に洒落じゃ済まねぇなぁ」 御神村 茉織(ia5355)が依頼書の確認をして言えば、扇を口元に当てて溜息を吐く弖志峰 直羽(ia1884)。 「一通り確認をしてからになりますが‥‥やはり最終的には囮、となりますね」 コトハが言えば各自手分けをしての情報収集となるのでした。 「では、その桜の木は‥‥」 「はい、今年は皆気味悪がって、あそこの下でのお花見ともならなかったのですけど‥‥毎年、それは綺麗な白い花が咲いていて」 舞華が尋ねるのは桜について話をしてくれた茶屋の娘さんのところ。 お代わりのお団子を出しながら言う娘さん、娘さんの話では、赤みがかって見えるのは一部だったものの、先日に降った雨の後に見れば白い花に戻ったような気もするとのことで。 「普段は人の行き来もそれなりに多いので、人目に付かないと言うことは、滅多にないんですよ」 「それに、人がいなくなったって耳にしてから、一人で行かないようにと通る旅人にも気が付いたら言うようにしていたので‥‥」 「なるほど‥‥それで耳に出来る範囲では被害があまり拡大していないのかも知れないな‥‥有難う。団子と茶、美味かった」 「へ、へぇっ」 代金を置いて立ち上がる舞華、後にはぺろりと平らげられたお皿が五枚程積み上がっているのはご愛敬です。 「やはり周辺には、その石垣の桜ぐらいしか身を隠せる場所はないようだな」 大蔵が言えば、幾つか武天の周囲より集められた単発の失踪案件を抜き出し集めた紙を見ながら龍牙は僅かに顔を顰めて。 「大分集まったな‥‥これだけあるとは。単身であることや普通に失踪したと思われた等で調査して欲しいとならなかった者も含まれているが」 「旅人で気が付かれなければ、被害は出ているかも知れないからな‥‥ん、あった、これだろう」 ギルドで過去の依頼や情報を確認していれば、かなり昔ではあるものの泥状の、植物の根の辺りに巣くっていたアヤカシの情報が見つかったようで、もしやと思い当たったアリストがその記録を開いて見せれば僅かに眉を寄せるのは御神村。 「‥‥く、その地の土と同化して移動か、どうもこの時は根絶できなかったようだな。それが流れ着いたのかもしれねぇな」 「敵の出方や特徴が分かれば、撃ち漏らさないように対策は取れる」 軽く額に指を当てて浮かべるアリスト、その表情は変わらないものの、依頼書の地形を反芻しつつ素早く思考を巡らせているようで。 「今は一人で居ればって感じだけど、前の時も増えたら数人纏めて襲うこともあったようだし、早くに手を打たないとね」 過去の依頼を読みつつ弖志峰が言えば、配置を確認してむと僅かに仏頂面で何やら御神村に確認しつつ紙に手早く現状を描き入れて、アリストはあまり警戒させない程度に、見に行くのは二、三人が限度だろうなと口の中で呟きます。 「‥‥これは‥‥血、か‥‥」 桜の下、大蔵が呟けば少々厳しい顔で木の上へと目を向けた崔が雨、と一つ呟いて。 「そういえば茶屋の娘さん、雨の後に白い色が戻ったとか言っていたらしいな」 「土質が変わったかとも思ったが、この木のみというのに引っかかっていた。そう言う事か」 桜に白い色を取り戻した雨は、木の幹に残る痕跡までは洗い流せなかったよう、木の幹に残された血に大蔵が緩く息を付けば、周囲に警戒していた崔が屈み込んで、土の間から見えたものにそうっと触れました。 「この黒い部分は、血の跡ってことか」 「それは?」 「荷物や服の切れっぱしとか、だろうな‥‥持ち物の全部は喰わなかろ」 獣でもアヤカシでも、擦り千切られた様子で泥に塗れた小さな布きれを拾い上げてみせる崔、失踪したときに着ていた服の色と同じだな、そう言って崔と大蔵は目配せをしその場を後にするのでした。 ●泥濘の群れ 「逃げるぞっ!」 心眼で囮のコトハ周囲を伺っていた龍牙が言えば、白梅香がかかり白い光を纏った物見槍で深々と、正しく土ではなく泥状の何かに突き刺せば、地響きのような悲鳴が辺りに響き渡ります。 「1人で来たというのに‥‥ロンが気づいたから‥‥?」 「っと、大丈夫かい? 犬も泥にとっちゃ一体って訳だ。狩り出された経験があるのかもな」 大きな泥の波とは別にコトハを群がりかけた泥との間に崔が飛び込み割って入れば、ロンも距離を取りつつ泥へと唸り。 「餌を残して逃げ帰るとは情けないアヤカシよ」 石垣で覆われたその地よりうねりを揚げて逃れようとする泥濘、その流れの行く手を遮り堰き止めるかのように飛び出したは大蔵、彼のあげる咆吼に気を取られるかのようにうねり身体をもたげる泥の固まりは大蔵の二回りは大きなものでしょうか。 その周囲にはぱっと見はうねうねと動く泥濘で数の把握が難しくはありますが、いくつかの小さなものも波打ちぶつかり合いながら大蔵へと殺到して。 「‥‥かかった、桜の側にもまだ幾つかいる!」 「っ、逃がすかよ!」 結界で探っていた弖志峰が声を上げ、御神村と舞華が苦無で牽制するそれは、咆吼が効いているにしても、石垣を溢れそうな勢いで動く小さな泥の波です。 「潜り込ませても厄介だが、範囲から出してしまえば撃ち漏らしてしまう」 牽制を続ける崔と、ロンに守られるようにしていたコトハとを囲まれるのを阻止するかのように舞華が雷火で割り込むと、体勢を立て直したコトハは酒を撒き火を放つも。 「無駄に消毒しただけになってしまいましたね」 泥のぬかるんだ水に溶け込み地へと染み込んでいくように摺り抜けた酒とは無関係に、コトハの火遁の火は泥の表面をじゅと焦がし僅かに水を空へと返したものの激しく燃え上がることはなかったようです。 大蔵に飛びかかりかけた泥の巨躯に集まるは冷気の渦、美しい百合の装飾内で煌めく光。さらにその奥から見据えるアリスト。 「泥ならよく凍るのじゃないかね」 ぴし、という小さな音、そして泥の音とは明らかに違うシャリシャリと凍りついた水分が擦れ砕けるような音が続けばアリストは僅かに眉を上げて。 「智の光よ、我が矢と化せッ」 その大きな塊が凍り軋んだ音を立て動こうとするのに更に追い打ちで光の矢を打ち込むアリスト、位置を結界で探っていた弖志峰は僅かに眉をしかめて苦笑を浮かべます。 「無駄に細かいのが沢山いるみたいだね。なるほど、討ち漏らさない様にするのは骨が折れるって言うのも頷ける」 辺りの地理を先に把握してからの戦いのお陰でか、泥達が分散し逃げたとして、その行く手を塞ぐことが出来ています。 「朽ちた土台の角です」 「へっ、逃がすかよ‥‥!」 コトハが声を上げ、舞華と御神村が溢れかける細かな泥を潰して回れば、それは確かに数を徐々に減らしては行きますが‥‥。 「‥‥数が多いのが、な‥‥」 敵を一身に引きつけている大蔵は敵一体一体の強さは大したことないと判断するも、数の多さから捌いていくのが精一杯の状態で。 「数の暴力も、凌ぎきればっ!」 そこに踏み込み太刀で地と泥の境辺りを薙払う龍牙、一瞬出来たその隙を突くように足下の泥に、そしてぐいと身体を擡げた、節々を凍らせた泥塊に刃を突き立てれば激しく身悶えするかのように暴れ。 「‥‥砕け散れ」 泥塊を踏みしめ泥に汚れるも厭わず、大蔵は小さく呟くように言って深々と刀を突き立てれば、耳障りな軋む悲鳴と共に刀の周囲、そして踏みしめたところから泥塊はしゃくしゃくと砕け崩れ落ちていきます。 「っと、終わった、か?」 側で動く最後の泥塊を紅砲で落とし崔が言えば、ぐと石垣内を見渡した龍牙は一点を見据えます。 「心眼から逃れることは出来ん!」 地に潜り逃れようとした様子の、最後の小さな塊は龍牙に突き立てられた太刀により絶命、桜の下に巣くっていた泥達は一つ残らず根絶されたのでした。 ●白い花びら 「遺品をわざわざ‥‥本当に、有り難うございます‥‥」 犠牲となった男を1人で使いに出したことを気に病んでいた様子の主人は、僅かに涙ぐみながら何度も礼を告げていて。 アリストと弖志峰とで手分けをして泥に埋もれた遺品を掘り出したようで、四人分程の荷物や装飾品などが見つかり、犠牲者を使いに出した方の宿へとやってきたのはアリストの方でした。 「‥‥それ以外はどうも旅人のものらしいな」 「そちらのものも、行方を尋ねる方がいれば、私どもが責任を持ってお返しいたします」 桜に罪はなくとも暫くは、あの白い花を恨んでしまいそうです、そう掠れた声で言う主は、改めて遺品を見つけてきて貰えたことに礼を言うのでした。 「あそこは随分と古ぃもんとだけは聞いていたが、実にしっかりと、水も漏らさぬてぇのも強ち冗談じゃねぇもんだったらしいな」 自身の職務を済ませやって来た実将へと御神村と舞華が報告をすれば、来る前に幾つか土地に対して調べさせた報告の内容を二人へと告げて。 「どうも、その立派な石垣のお陰で、崩れかけた一カ所以外では、正面からしか出られなかったと‥‥」 御神村が言えば頷く実将、舞華が借りてきた縁台に勧めれば、三人腰を下ろし見上げて暫し。 「届けられなかった手紙だけど、無事先方にお届け完了っと」 そこへやってきた弖志はそう言うと、自身も縁台へと腰を下ろします。 「実直な人だったらしいからねぇ、少しは、心残りも減るかなと‥‥」 弖志峰が言えば、せめての供養に、と舞華が手にした大徳利に湯呑みを出して。 桜の木の下にそっと酒をかけてから、各の湯呑みへと舞華が酒をつぎ、桜を見上げて四人は暫しの間、死者を悼んで酒で送るのでした。 「暫くは、あの桜の下でお花見とかは、出来ませんね‥‥」 状況の説明を受けて、茶屋の娘さんは何処か寂しげにそう呟いて。 大蔵と龍牙、それにコトハと崔の四人は桜の色が変わって見えたのは犠牲者の血であったことなど、どうしても知りたいと尋ねる娘さんに出来るだけ直接的ではない形で伝えていました。 「ま、今後は今まで通りの生活に戻れんだろ」 「これからは、少なくともあの桜が原因で失踪事件というのは起こらないだろう」 崔が言えば龍牙も頷いて見せれば、花に罪はありませんしね、と少し困ったような笑みを浮かべた娘さんは、幼い頃から親しんでいた木なだけに哀しみがあるようで。 「‥‥焦らずとも、何れ心も落ち着こう」 どうするかはそれから考えても遅くはないはず、そう大蔵に告げられるのに少しだけ寂しげに微笑んだ娘さんは、せめて今日は、ゆっくりとしていってください、とお礼の気持ちを込めて精一杯お持てなしをしてくれるのでした。 「‥‥天議の人々がこの植物を特別扱いするのも解らんでもない」 心地良い風に枝が揺らされはらはらと花びらが落ちるのを、手を止め手帳から目を上げたアリストはぽつり呟いて。 今回有った件やアヤカシについて、一人記憶を確認して手帳に書き記しながら、改めて向かったのは桜の木の下で。 「が‥‥美しすぎて少し、畏怖を感じるな‥‥」 いつまでも舞い落ちる、血の匂いの消えた白い花びらが舞い落ちる中、暫し木を見上げているも、アリストは緩く溜息を付くと、再び手帳へと目を落とすのでした。 |