咳をすれば地獄
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/12 22:34



■オープニング本文

 その日、理穴の首都・奏生にある保上明征の屋敷では、まるっと布団に簀巻きにされてうんうん唸っている明征自身の姿がありました。
「ごほ‥‥っ‥‥」
 何やらお布団の中で必死に咳を抑え込もうとしていた様子の明征ですが、微かに漏らした咳に、どうやら発熱の苦しみとは違った方向で何故か顔を歪めます。
「大丈夫でございますか、旦那さまっ!?」
「けほ‥‥勘二‥‥大事、無い‥‥というか、むしろ、頼むから、放っておいて、くれ‥‥」
 飛び込んできたのは初老で穏やかな風貌の使用人・勘二、しかし勘二が飛び込んできたのに気がついた様子の明征は、もうろうとしながら、切実な言葉を何とか吐き出して。
「何をおっしゃいます、妙蓮様や娘衆が出かけている今、この勘二、誠心誠意お世話を‥‥ささ、喉にご負担でしょう、お茶を入れましたので、どうぞ」
「‥‥」
 嫌だと言える状態でもなく、お布団簀巻きのままに微かに首を横に振ろうとする明征ですが、御遠慮なさらずにとぐいと勘二が飲ませたお茶の熱さとその味に声も無く悶絶する明征、その様子に流石に心配そうに主人を見ていた猫もぞわわと毛を逆立てて。
「あれー、勘二さん! 駄目だよ、熱湯で淹れたてのお茶無理に飲ませちゃ!」
 あっけらかんとした様子でそんな部屋に入ってくるのは、いつの間にやら保上家の居候となっていた中務佐平次、明征とほぼ同じ年の頃、眼鏡を掛けて黙っていれば整った顔立ちで、楽しげにけらけらと笑う様は子供のまま大人になってしまった、と言った人物。
 とはいえ、流石に親友が寝込んでいるのはちょっぴり心配のようでもあって。
「僕が見とくから、勘二さん他のことしてきなよ」
 にこにこと心配した様子の勘二を追い返すと、そっと見なかったことにして、庭の隅にお湯呑の中身をていと捨てると、汲んできていたお水を手を貸して飲ませて。
「‥‥まいったなぁ、実験日和の良い春の日なのに、鬼の霍乱か明征は寝込んでると。勘二さんの看病じゃ、いい感じに危険だからおちおち目を離せないし、実験もしてられないや」
「‥‥けほ‥‥実験の、手なら、手伝いを呼べば良かろう?」
「うーん‥‥むしろあれだ、この場合、とりあえず適当に看病してくれそうな娘さんの心当たりでも呼んで世話してもらえば?」
「‥‥けほ‥‥」
 相手がいないのはお互い様だけどねー、けらけらと笑ってそう言う佐平次に言い返す気力もなさそうな明征ですが、でもこのままじゃ治るものも治らないしねぇ、と少し困った顔をして溜息をつく佐平次。
「そっか、心当たりがないなら、とりあえずお手伝いしてくれる助っ人を呼べばいっか」
「‥‥こほ」
 なんでうちには雇い入れている女手もあるはずなのに、返ってくるたびいつも母と共に物見遊山で留守なんだろう、朦朧としたままに、ふと明征はそんな気付かなければ幸せな素朴な疑問を頭の中に浮かべるのでした。


■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
空(ia1704
33歳・男・砂
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲


■リプレイ本文

●お目当ては猫
「あなたの御主人様に危害を加える者ではないのですよ」
 保上明征の愛猫にちょんと三つ指ついて言うのはレティシア(ib4475)、愛猫の胥はきょとんとレティシアを見上げていますが、敵意がないことはよく伝わったよう。
「みゃあ」
「お返事しましたよっ!」
「‥‥明征以外には、普通に懐くんだよねー」
 レティシアのそんな様子に笑っていう佐平次、白 桜香(ib0392)が撫でて宜しいでしょうか、と聞くのにどうぞどうぞと勧めます。
「可愛いです、名前は何というのでしょう?」
「胥だよ、何でも、泰国の大昔の人物だかから取ったとか何とか‥‥」
 桜香に撫でられうにゃーと鳴きながらごろんとお腹を見せる胥、レティシアもちょんちょんと軽く鼻をつつけば、甘えるようににくきゅうではっしとその手を掴んで甘噛みしていたりします。
 そして、その飼い主はといえば。
「保上サンはお久しぶり‥‥と思ったら風邪で倒れてるなんて、疲れが溜まってたんスかねぇ」
 弖志峰 直羽(ia1884)が軽く腕を組み微苦笑気味に言えば、野乃宮・涼霞(ia0176)が少しだけ怒った顔をして口を開いて。
「もう常々申し上げてましたのに。こうなってからでは遅いのですよ?」
 とは言え、涼霞のそれは心配してのもので、ほうと一つ溜息をつくと、休めば直りそうな様子に安堵の笑みを浮かべます。
「全く、心配しました‥‥」
「む‥‥全くもって、けほ、面目、ない‥‥」
 微かに言葉を返す明征、そんな様子を見て紬 柳斎(ia1231)はくっく、と笑いを漏らして。
「しかし明征さんも罪な男よな。一つ声をかけるだけでこれだけの綺麗どころが看病しに来てくれたのだし」
 誰が好みだと冗談混じりに聞けば簀巻きのままごほごほと噎せる明征。
「軽い冗談だ」
 これ以上からかうと悪化しかねないな、そう笑う柳斎、セフィール・アズブラウ(ib6196)はそんな様子を眺めてから一つ息をついて口を開きます。
「一人ではありませんし、少なくとも二人以上です。騒がしくて申し訳ありませんが‥‥」
「今回はともかく、あたしたちに任せてね♪」 
 セフィールの言葉を継ぐようにフラウ・ノート(ib0009)がにっこりと笑って言うと、レティシアと桜香に構って貰っていた胥もフラウの側からひょこっと顔を出して明征を見ているのでした。
「ヘェ‥‥イイ感じに弱ッてんなァ‥‥」
 嗜虐心をそそられると、少し離れたところからにやりと笑うは空(ia1704)、彼の目的はどうやらやって来た仕事とは別のところにあるようで。
 儀弐王の側近ッて言ってたよなァ、にぃと笑い口の中だけで言葉にはしないものの、家の中に何やらあるのでは、と期待しているようなのでした。

●まずはゆっくりと休む為に
「風邪とはいえ簀巻きはどうかと思います。汗もかいてらっしゃるでしょうし‥‥」
 そう言って桜香がお布団を簀巻きにしていた紐を解けば、柳斎と弖志峰とで布団を伸ばすようにして並べれば、勘二から受け取ってきたのか、まっさらな着替えの着物を受け取って戻って来た涼霞。
「とにかく、こちらに着替えていただいて‥‥先輩、お願いしますね」
 言って女性陣が出て行って弖志峰が残ると、布団に転がったまま熱のある頭でよく分かって居ない様子でみる明征ににと笑ってみせると。
「ほら、保上サン、熱で汗かいてるっしょ? 身体拭いて着物着替えましょ、手伝うっすよ」
「ぁ‥‥ぁ、そう、だな、たす、かる‥‥」
 掠れた声で答える明征、水を汲んであった桶に手ぬぐいを沈めて浸してから絞りつつ、にやりと笑って弖志峰はさらに口を開きます。
「女の子相手だと、気ィ遣うっしょ? ‥‥いや、こういうのは女の子にしてもらった方が嬉しいッスか?」
「ごふっ‥‥それは、気まずいので、困る‥‥」
 何とか身体を起こして手を借り体を拭くと、まっさらな着物に取り替え、ほい、と渡される着物を上に一枚引っかける明征、着替えが終わった頃合いを見計らうかのように戻ってくる女性陣。
「お布団も取り替えましょうね。先程までそこで干させて頂きましたので、暖かくて心地良いと思いますよ」
 換えのお布団を用意していた桜香に促されるままに新しく用意された布団に明征が戻れば、洗濯物を受け取って出て行くのは柳斎で、側に腰を下ろし手ぬぐいを絞って額に起きながら訪ねる涼霞。
「咳が出るとの事ですが‥‥風邪‥‥? お医者様には診て頂いたのですか?」
「あぁ、一応‥‥兎に角、寝て、おれ、と‥‥けほ」
「そうですか‥‥後で喉に良いものをお持ちしますね。さ、しっかり監督致しておりますから、お休みになられて下さいませ」
 にっこりと、それでいてうむを言わせない様子の涼霞に押されるように、それでなくても熱のためか、程なく明征は眠りへと落ちるのでした。
「しかしまさか男性の着物等を洗うことになろうとは‥‥むぅ」
 一方柳斎は井戸の所にある洗い場で洗濯物を前に何とも言えない表情を浮かべていました。
「男物というだけなら自分も着ているから問題ないが、男性の着ている物というなるとなぜか緊張する‥‥」
 盥に水を張って洗っていく手順は変わらないものの、どうにも意識してしまうのはやはり女性だからでしょう、ぐるぐると頭は回りつつもとりあえず手は動いている様子の柳斎。
「やはり誰かと付き合って同棲とでもなれば毎日洗うことになるのだろうか‥‥」
 異性の洗濯物を洗うというのは何やら所帯じみている、と感じたのか考えて居れば、ふと過ぎるのに何やら真っ赤になってわたわたとする柳斎、はたと気が付けば馬番さんが通りかかったのと目が合ってしまい慌てて取り繕って。
「‥‥まっ、拙者には想い人などおらぬからしばらくは関係ないか。はぁ、妄想する自分が悲しい‥‥」
 どこか妙に煤けた背中のまま着物を洗い終えて物干しに干すと、ふぅと一息つき、掃除掃除と言いながらその場を後にするのでした。
「寝ている部屋は避けて先に周囲の部屋から。終わった所で、一度保上様ごと布団を別な部屋に移動させて寝床も掃除という流れで」
「そうね、空気の入れ換えはお願いしたし、女性の部屋の掃除なんかも‥‥っと、明征さんのお母さんの部屋とかに入っても平気かのかしらね?」
「は、普通に私も掃除をしたりいたしておりますから、その点問題は‥‥あぁ、旦那様の書斎は書類も多く、風や火気は厳禁と、それぐらいでしょうか」
 飛んでいったりしたら大変です、そういう勘二の様子では、過去に部屋を開け放して大惨事が起きたことがある様子、気をつけませんと、セフィールが言えばフラウもうわーという顔をして頷いて。
「あの部屋はねー‥‥結構大変だし、実験してるアレでもないから、僕も手伝うよー」
 どこから引っ張り出してきたか割烹着を着た佐平次がにへらと笑って言うと、それぞれ書斎と病人の部屋以外を、手分けして掃除しに回るのでした。

●弱り目に祟り目
「ちョッと勘二さん?! 埃がヒドイじャないの! 掃除しているの!?」
 そんな声が聞こえ、熱で意識が朦朧としていた明征は寝入っていたにも関わらずふと意識を取り戻したようで。
 明征の近くの部屋で、空が勘二をちょっと不思議ないびり方をしているようで。
「え、えぇと‥‥その、掃除はしておりますが‥‥何かご用で?」
 困惑している様子の勘二、この家ではある意味長く務めている勘二なので、手際が悪いこともないためか、そのようにされることはほとんどないようで戸惑っている様子です。
「あァそうだ。勘二、ネギを買ッてきてくれるか? 沢山な沢山。いや、聞いた話じャ風邪に効くらしいしぜェ」
 用かと聞かれてにたりと笑う空、入り用ならばと首を傾げつつ出かけていく勘二、それを見送ると空は邪魔者はもういないばかりに、先程の掃除の話などでそれとなく耳にしてた書斎の方向へと向かいます。
「えぇと‥‥あぁ、ここか」
 にやりと笑って入り込む部屋は薄暗く、至る所に束ねられた書類や本がごっそりとあって。
「‥‥いやァ、儀弐王の側近の家探しとかシノビ冥利に尽きるわァ」
 ごそごそ漁ればそれなりに高価な調度品も出てきますが、反魂がと呟く空の目に入る書物は仕事の調査内容が主で、さらに調べようと手を伸ばしたとき、不意に開く戸と空へと向けられる銃口と向けられる刀の切っ先。
「‥‥何をしている?」
 心眼で辺りを窺うにも練力の限界がありますし、心眼も必ずしも万能ではなく。
「‥‥普通、お仕事に行った先で、泥棒なんてするかねぇ」
「‥‥呆れ果てる」
 どーするかねぇ、と苦笑する佐平次に、むしろ腹立たしそうな様子なのは柳斎で、洗濯物が終わって中庭を通ったところ、掃除で開けられていた戸越にちらりと見えた、書斎に入っていく空の姿を見かけて。
 掃除で割り振られたのかとも思い、手近な部屋にいた佐平次に聞けばそんな話もなく、警戒しながらそっとやってきた二人の方が、心眼に対して抵抗力が高かったよう。
「初犯だから、とりあえずだけど、もう帰って良いよ〜。明征には報告しておくからさ」
 にこやかに銃口を向けたまま、佐平次はそう告げるのでした。
「やかま、しい‥‥何事、だ」
「いやぁ、何お布団の側で行き倒れてるのかなー?」
「‥‥一応、報告をした方が、というか、布団に戻ったほうがよいのではないか?」
 どうやら勘二に葱を買いに行かせた遣り取りで何事だと思って外を見ようとしたのでしょう、布団から出て、部屋の入り口の所で力尽き蹲っていたところに、佐平次と柳斎の二人がやってきたようです。
 病人は寝ていると思っていたがっつり佐平次に蹴られたのは秘密でしたり。
「何なさっているのですか、あれほどきちんとお休みくださいと‥‥」
「ぅ‥‥」
 当然、賑やかにしていれば、休んでいる間に雑事を済ませようとしていた涼霞と弖志峰に見つかるのも当たり前のことで。
「ぃ、ゃ、申し訳、ない‥‥」
 返答にどもったのは喉のせいだけではなさそう、何はともあれ、ちょっぴりお小言をくらい、挙げ句に書斎を漁られた報告を受けてみたりして、なんだか弱り目に祟り目の明征なのでした。

●劇物を回避して
「さて‥‥お粥や、良く煮て柔らかくなったおうどんが良いですよね」
「栄養的に考えて、野菜とかも入れた方が良いけれど、それも喉に引っかからないようにしないと‥‥」
 その頃、レティシアと桜香は、フラウのあげていた料理も含めて、明征に出すものと家人や自分たち用の食事とで相談をしていました。
「おや、頼まれていた葱を買ってきたのですが‥‥」
 姿が見えないのです、そういう勘二に、まだ空のことは耳にしていたなった二人は首を傾げると、にこにことお手伝いしましょう、と言う勘二に、一瞬手が止まって。
「あ、いえ‥‥その、お掃除の方が手が足りないようですし、ここには二人もいますので」
 にっこりと笑ってそう勘二に言う桜香、刻々と頷くと、勘二から葱を受け取るレティシア。
「勘二様、探しました。これどうすればよろしいのでしょうか」
 そこに入ってきたセフィール、何やらちょっぴり書斎が大変なことになっているらしいと言うことを勘二に告げれば、慌てて出ていくのに合わせてセフィールも一緒になって出て行って。
「あ、危なかったです‥‥」
 ほっと息をついてから、レティシアと桜香はクスリと顔を見合わせて笑って。
 まず晩ご飯は、ジルベリア風ではありますが、レティシアがミルク粥を作り始め、その間に桜香が桜の皮で作った煎じ薬と、口直しの桜の花湯を用意してそれを取りに来た涼霞に渡します。
「さ、明征さん、こちらを、煎じ薬です」
 手を貸して身体を起こさせると、上に一枚着物を肩からかけてあげて、涼霞は弖志峰の作った氷を布で包んだりと準備をしていて、甲斐甲斐しく面倒をみているよう。
「涼霞ちゃんもそれくらい俺にも優しくしてくれてもさー‥‥」
「なんでしょう、先輩?」
「‥‥いや何でもないですゴメンナサイ」
「げほっ、げほっ」
 どうにもその遣り取りを眺めていて思わず笑いそうになって明征が噎せたりと色々とあるものの、どうやら順調に休んで体力は回復していっているよう。
「この季節は十分に注意しないとね。ほら、自分で食べられる?」
 暫く休み、勘二を忙しく働かせることに成功しているセフィールのおかげでか、危険な料理が作り出されることはとりあえずなく、フラウの手を借りて明征が身体を起こし起こレティシアのミルク粥が振る舞われる中、それを作った当のレティシアと言えば。
「じー‥‥‥」
「みゃ‥‥みゃぅ‥‥?」
 何やら期待の視線を向けるレティシアに、胥は戸惑ったように首を傾げて見せます。
 レティシアの前には、七輪と金網、そして、じゅうっと食欲をそそる音と匂いをたてているお魚。
「‥‥」
「‥‥みぅ‥・・」
 何やらレティシアはお魚をくえてだっと駆ける胥を見たい様子なのですが、胥はどうして良いのかわからない様子でレティシアを見上げてから目を落とし、どこか困った様子でいるのですが。
「みー! みゃう、ふみゃあ!」
 どうやら足下でごろんごろんじたじた、おねだりをしてみることにしたよう。
「お魚をくわえて、はないのでしょうか?」
「あぁ、胥は甘やかされてるからねー、魚は程良く冷まして解した身をお皿にのっけてもらったり、ご飯と混ぜたりとか、なんで、流石に焼き魚の姿まんまじゃわからないんじゃないかなー」
 佐平次の言うとおり、好きな匂いだけれど熱いしわからないの、と足下で転がりながら胥は一生懸命主張しているようでもあり、それはそれでぐっとくる様子のレティシア。
「じゃあ、今少し冷まして差し上げます」
 胥がしっぽをぴんと立てるのを嬉しげに見ていたレティシアは、お粥を食べる明征にふーふーしましょうか? と悪戯っぽく聞いて噎せさせるのでした。

●せめて春の風物詩を
 そんな様子で二日もすれば、すっかりと熱もだいぶ下がり、身体が動かせるためか少々横になっているのが辛くなってきた頃合い。
 今日も京都手お掃除は万全、がっしとお布団の頭側を掴むフラウ、足下は佐平次が持ったようで、せーの、と持ち上げる二人。
「保上さんごめん。掃除するから、貴方をちょっと移動させるわ」
 一時的に隣の部屋へとていと移動させられれば、庭から差し込む日差しは暖かく、飼い主入り布団の側で胥もくわぁと欠伸をするぐらいの陽気で。
「さ、空気の入れかえっと。埃も喉には良くないからね」
 起き上がろうとすれば油断大敵と怒られ大人しく横になっていた明征、その目にふと飛び込んでくるのは、すでに自身の庭では散った桜の花びら。
「多分、忙しくてお花見にも行けてないだろうしね〜」
 それは弖志峰がどういう趣向かを伝え勘二に手伝って貰って、明征に秘密で用意した、桜の花びらで作る花吹雪。
 僅かな間ではあるものの再現された春の光景に、明征は漸く、少し寛いだような表情を浮かべて見上げているのでした。