|
■オープニング本文 天儀と言う空に浮かぶ島があります。 六王国とそれを統べる天儀王朝にて構成された島の中、巨勢王統治の武天よりやって来た少年が開拓者ギルドへと足を踏み入れたのは、穏やかな日差しの昼下がりのことでした。 何やらきょろきょろと見ているその少年は、人でごった返している様子のギルドに少々戸惑い気味のようで、声を掛けた方が良いのかなぁ、と思いつつもこちらも様子を見ているのは、受付をしている青年。 「あ、あの‥‥い、今お忙しいでしょうか?」 「いやまぁ、忙しいと言えば忙しいですけど、手が空くのを待っていたら、いつまで経っても依頼を出す方も受ける方も出来ないと思いますけどねぇ?」 おどおどした少年に対しておっとりと答えながら椅子を勧めれば、少年はおずおずと腰を下ろして懐から書状を取り出します。 「えぇと、これは僕の雇い主からなんですけど‥‥うちの旦那様はそれはもう、ご自身の庭を造ることがお好きで。近頃それが高じて、人にも開放しようと張り切り、いくつもの花の鉢を取り寄せるようになりまして」 「はぁ、この御時世に優雅なことですねぇ。それで、その書状は?」 「はい、一応依頼の内容が認められているそうで。ですが、まぁ、先に説明を聞いてからの方が宜しいかと」 「はぁ?」 書状を受け取りながら首を傾げる青年に、少年は説明を続けます。 「今回、旦那様は菖蒲と石楠花の花を出先で気に入りまして、譲って貰えるようにと頼んだので、先方も運べる手筈などを整えて下さるようで、有難いことなのですが‥‥」 そう言って説明する少年の話によると、3日ぐらいかけて荷車に鉢を乗っけて牛に牽いて貰って運ぶのに、護衛はその家の主人に用心棒代わりに養われている少年がつく程度で十分と思われたのですが。 「‥‥心配性、ですか?」 「‥‥僕の力不足なら、まぁ納得いくのですが、そもそも花の鉢を運ぶ子供を、何を好きこのんで山賊の類が狙うかと‥‥一人で運ぶのは、確かに事ですが」 比較的安全な道を行く、のんびりとした行程のようなのですが、依頼人は山賊に襲われでもして、少年に何かあってはと心配したようで。 「‥‥つまり、花の鉢を護衛しつつ運ぶ貴方の護衛に、開拓者を雇う、と?」 「はぁ‥‥つまりは、そう言う事ですね」 頭を掻く少年に言葉に困った受付の青年が書状を開くと、そこにはただ一言『求、護衛』とだけ書かれているのでした。 |
■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058)
21歳・男・志
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
七里・港(ia0476)
21歳・女・陰
明智・瀬莉亜(ia0659)
16歳・女・巫
島本あきら(ia0726)
15歳・男・巫
彩音(ia0783)
16歳・女・泰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●花だけでなく 「受付の人の言う、少年‥‥と呼ぶのもなんですし、お名前を聞いても宜しいかしら?」 「あ、すみません。僕は一之輔と申します。‥‥一応、志士、でした」 野乃宮・涼霞(ia0176)の言葉に、少年・一之輔はあわあわとした様子で名を名乗ります。 出立地点は街道入り口の御茶屋さんで、合流したとき一之輔が荷車に乗せられた、鉢を丁寧に布で包み薄い織布を被せた花の鉢の具合や落ちないかどうかの様子を見ている最中で。 「しかし、雇い主も花の庭を造るとは、風流な話だな。‥‥でもそう言うの、嫌いじゃないぜ」 劉 天藍(ia0293)がそう言って微かに口元に笑みを浮かべれば、一之輔がまるで自分のことのように嬉しそうに笑って頷くのに深山 千草(ia0889)は微笑ましげに見守っていて。 「それにしても、その‥‥随分と女性の方が多いのですね」 ギルドとかを良く知らないので一般的には半々ぐらいで来るのかなと思っていました、等という一之輔に、自分が女の子の頭数として数えられたことに気が付いた島本あきら(ia0726)は一瞬言葉を失って。 「ぼぼ、僕は男ですっ! な、何故皆さんそんなに僕のことを‥‥」 「あ、あわわ、済みません、そーですよねっ!? いや一瞬良くお顔が見えなかったのですよ、はいっ」 触れてはいけないところに触れたと思ったか、島本の涙目での抗議にあわあわ謝る一之輔、その様子にくすりと笑うと七里・港(ia0476)が助け船を出して。 「まぁまぁ、うっかりは誰にでもあるものですよ、ね?」 「そ、そうですね‥‥済みません、つい‥‥」 「あ、その、僕の方こそ、本当に済みません」 島本が言えば、失敗をしたとばかりに少ししょげる一之輔に明智・瀬莉亜(ia0659)が元気を出そうとばかりに軽くぽんと肩を叩いてからにっこり笑いかけて。 「はっじめまして! 初めてのお仕事だけど頑張るから一之輔クン、よろしくねっ!」 「僕もお屋敷の用心棒以外で、外に出るお仕事は初めてでしたり‥‥宜しくお願いします」 「さて、揃ったし準備も出来た、そろそろ出発するか」 瀬莉亜が笑いかけるのにどこかほっとした様子で頷く一之輔を小さく笑みを浮かべた柄土 仁一郎(ia0058)がゆっくりと立ち上がって言えば、どこか頑張るぞ、と気合いを入れているかのように、彩音(ia0783)が荷車を引く牛の首筋をぽんぽんと撫でてやるのでした。 「しかし‥‥花よりも一之輔の方を最優先というのは気に入ったな」 「そうですね。こういう場合、荷を優先する人は多いですのに」 天藍の言葉に涼霞は頷いて同意を示し、前を歩く一之輔達へと目を向けます。 「用心棒って、普段はどんな事してるの?」 「一応、お屋敷の周りにしっかりした塀もありますし、日中はお店が一番混み合う頃に、刀を抱えながらのんびり店先でお客さんを観察したりしていますね」 瀬莉亜に聞かれ少し考える様子で答える一之輔、夜間は表も裏もしっかりと戸締まりをするので、せいぜい部屋が倉の前で夜に人が通れば目が覚めるそうで。 「後は、旦那様がお出かけの際にお供をして‥‥お手紙を届ける際には、手紙の中身の、その、説明などを‥‥」 頬を掻いて、喋る方でなら言葉は沢山使うのに、手紙が簡潔すぎるんですよね、と困ったように言う様子に、千草は困ったように言いながらも依頼人のことになると饒舌になる一之輔に笑みを浮かべて。 「今回も、旦那様の商売道具の買い付けに出てきて、随分と気に入られたようで花を譲って頂いたときに、準備にちょっとかかるからと、旦那様に任されたのですが‥‥」 仕事のために急いで戻らなければいけないのでなければ、一人で依頼を出しに行かせるのではなく、自分で依頼を出しに行くんだとちょっと駄々を捏ねられまして、そう小さく溜息をつく一之輔。 「よほどご心配だったのね。それでも貴方を向かわせたのは、信頼もしていらっしゃるし‥‥『可愛い子には旅をさせよ』、かしら」 くすりと笑い一之輔へと笑みを浮かべる千草の言葉にちょっとだけ困ったように一之輔は笑い返すのでした。 ●視線の先は 一日の行程も終わり、次の日宿から出立すれば。 「鉢の土が見えるのは助かりますね。土に水を含ませてと‥‥」 早めに出立しての、まだ日もあまり高くない頃合い、出がけにお水を上げていた花へと涼霞が様子を窺うと、港は一之輔へと目を向けて。 「多すぎると枯れてしまう‥‥こういったものも大変ですよね。旦那さまが作っているというお庭って、どんな感じなのでしょう? 花菖蒲や石楠花を遠方から取り寄せての庭作りに凝っているということは、きっと素晴らしい庭を造っているのでしょうね」 「まだ幾つか場所は空けてありますが、基本は石で造った道の周りに花が植えてあったり、あちこちに植物の鉢があったり‥‥」 一之輔が簡単に説明する範疇では、そこそこ立派に広めのお庭で、一之輔が幼い頃引き取られたばかりの頃には商売に関わる簡単な薬草などが主に植えてあったそうなのですが。 「何の切っ掛けか、花を植えて、四季毎に色取り取りの庭にする、と」 「薬を扱う仕事ですか。その話の様子だと、結構大きな規模のお店なんですね」 島本の言葉に頷きながらの一之輔に、天藍はだからこそ花の鉢の――というよりは雇っている用心棒の少年のためのではありますが――護衛に八人迄雇うことに躊躇がある様子もないのだろうと納得して。 「しかし、譲ってくれた先も、華美に飾った鉢などではなしに、素朴で実用的な物を用意してくれて助かっているかもな」 僅かに感じられる視線は街道を行く他の旅人のものが主であることは分かりますが、街道の外側から投げかけられているかも知れない視線からは、あまり旨味のある品物とは見えていない様子で。 「頑張って‥‥」 そして牛の轡を牽く一之輔の反対側で牛の首を撫でてやって呟くのは彩音で。 軽く教わってから主に牛の世話などを手伝っていたようで、牛が張り切って街道を行けば、他にも旅人の居る街道の道も山道へと差し掛かり。 「山道は厳しいな。手伝おう」 柄土が荷台を後ろから突っかかりそうになるのを押し上げて通れば、順調に進んでいく山道、護衛が開拓者と知ってか知らずか、旅の途中にわざわざ一行の積み荷についてそれとなく聞く者もおらず。 「‥‥先程の旅人は、荷の中身を窺っていたのかも知れないな」 呟く天藍、人目が途切れる林の中や荷に手が取られる山道など、こういったときには注意をしなければならないところではありますが、先程まで何となくちらちら見られているような気がしていたのに、その視線が途切れたような気がして。 「さっきの旅人?」 くい、と首を傾げる瀬莉亜に頷く天藍。 「話には聞いたことがありますが、狙うところの一つ前の宿から旅人を装って同道して、積み荷や護衛をそれとなく確認して、仲間に‥‥というやつでしょうか?」 荷を調べて、その目が途切れたのは狙われる前触れか、諦めたのか。 「念のため特にこの辺りは周りに注意をして進んだ方が良さそうね」 千草の言葉に頷くと、用心するに越したことはありませんからね、と周囲に気を配りながら答える涼霞。 やがて峠を越えてふと柄土が視線を巡らせば、林の中微かに見えた男が、見つかったと自覚したか一目散に走り去るのが見えるのでした。 ●心配性な依頼人と少年 山を越えて暫く入った先、ちょうど宿場がありそこで宿を求めて。 二日目なので、自分も花の番に加わるというのを千草に私達もお仕事だし、依頼人さんのお気持ちを思って、などとお願いされれば断ることは出来ず、渋々といった様子で引き下がっているため3人交代で。 「へぇ、お花だからですかね、変なのに狙われることもなく良かったですねぇ」 宿の親父がそう言うのに聞いてみれば、言葉巧みに積み荷を聞き出す男がこの辺りで出没することがあるとか聞いてはいるものの、そう言った人間は言葉も立てば目端も効くそうで。 「護衛が不味いと思ったか、積み荷が自分たちには価値がないと思ったか」 「まぁ、お花も大事に運んでは居ますけれど、今の状態で一番お金になる、と思われそうなのは‥‥」 「僕、ですねぇ‥‥」 考える様子を見せた天藍と島本に、頬を掻くのは一之輔。 「はは、積み荷が奪われたりそれの時に怪我人が出たりがない訳じゃないですがね、この辺りじゃ滅多にないですし、まだ人攫いは出ちゃおりませんよ」 この辺りは比較的安全な場所でもあるし、と言う親父、宿の中に盗賊が、と言う風に取られてもあれなので、育てて増やしたい鉢に何かあったら大変だからとだけ説明して夜の番を立てることを伝えて置いて。 「ここのお宿では汗は流せるかしら?」 「へへ、自慢の湯がありますよ、是非入ってやって下さいやし」 「それは良かったわ。一之輔君、足、揉みましょうか?」 「い、いえいえ、そこまでして頂くわけにはいかないですよ」 自慢のお風呂があると聞きにっこりと笑うと、他誌を洗う桶にもお湯が満たされているのに千草が聞けば、あわあわぶんぶんと首を振る一之輔。 「明日の朝出立すれば、夕方には着きますかね?」 「そうですね、確実に着くと思いますね。明日は御店に泊まって、となるのではないかと」 島本が聞けば頷いて答える一之輔、夜も更け、注意深く気を配っていれば、やがて朝になり、朝食のお膳を頂いてから早速出立です。 その日も風も気持ち良く晴れて、道に問題らしき問題も起きず、途中桔梗を見つけたり順調に進めば、日も翳り始めた刻限に目的の町へと辿り着けば、其の辺りでそわそわした様子で待っている、上等な着物に身を包んだ少々恰幅の良いがっしりとした男の姿が。 「‥‥旦那様、御店はどーしたんですか?」 「おお、一之輔、良かった、怪我はないかい? 私は心配で心配で、無事なようなら良かったよ。皆様も、お疲れで御座いましょう、ささ、手前共の御店へいらして下さい」 「‥‥一之輔君の質問、さらっと流されたね」 荷台の花が無事なのにはにっこり笑って頷くその男性、壮年と言うにはまだ少々若く、にこにこと愛想の良い男で。 「旦那様は本当に心配しておいでなのですね、貴方を」 涼霞の言葉に、まるで心配性の親を友人に見られたかのような気まずげな表情で頬を掻く一之輔。 「両親がアヤカシとの戦いで帰って来なくなってから引き取って育てて下さってたので‥‥」 親代わりのつもりなのでしょうねと小さく呟くように答えて。 「今夜、明日と、どうぞゆるりと休まれていって下さい」 一之輔が無事に怪我一つなく帰ってきたことに上機嫌の様子の依頼人、帰って来てから御店を任せていた番頭さんに『頼・留守』とだけ書いた紙にがみがみと注意されているのを見ながら、荷台の花を天藍と柄土に手を借りて降ろして庭に運び込み。 その間、一之輔の顔には家に帰ってきたような安堵と、心配されていることに照れくさそうながらも何処か嬉しそうな様子を滲ませているのでした。 ●花園を愛でるために その日、朝も早から微かに聞こえる物音に目が覚めれば、庭に一番近いと聞いて居た部屋で目を覚ました天藍、何事かと思いそっと襖を開けて。 「あ、済みません、起こしました」 「だ、だから旦那様、もう少し声を落としてと‥‥」 ひそひそと小さな声で言うのは一之輔とこの御店の主。 「済みません、早速旦那様が、居ても立っても居られなかったので、鉢を植えると聞かなくて‥‥」 「折角のお持てなしに主役となる花が不在では、ぽっかり開けてあったところが寂しいではないですか」 そう囁きあう二人の側には、鮮やかな緑の草木の中に、深く美しい色が朝露で濡れる桔梗の花が。 「予想外に増える花は嬉しいものです、有難う御座います」 見つけて土ごと掬い包んで取っておいてくれたのが天藍と一之輔から聞いたのでしょう、柔和な笑みを浮かべて礼を言った主、一之輔を伴って花を植えに戻ったのを見ていれば、まるで仲の良い親子のようで微かに口元に笑みを浮かべる天藍。 「改めまして、今回は誠に有難う御座いました」 薬を扱うこの御店は、そこそこ大きく名の通った御店のようで、何より大きいのは店構えよりも庭と言っても良い様子。 其の庭に面した大きめの畳の間へとお膳と共に大きな卓が持ち込まれ、そこに並ぶのはこの時期の旬でもある茄子やハチメのお刺身に、キスの天麩羅など、果物では桜桃が小さめの笊に盛られ、白桃は桶に張った水の中に入れて冷やしてあります。 「桃食べるときには言って下さいね、普通に簡単に剥けるとは思いますが、僕、切りますので」 「わ、美味しい♪」 早速喜んで食べるのは瀬莉亜、その食べっぷりに一之輔はにこにこしながら桃を剥いたりちょこまかとお茶を入れたり、どうやらこういったお世話は嫌いではないようで、もきゅもきゅと御飯を頂きつつお茶のお代わりを貰いながら庭を眺める彩音。 「‥‥花の、世話‥‥」 「あぁ、やっぱり土とお水、それにやはりお日様が〜」 「旦那様、良く聞き取れますね‥‥」 彩音が小さく花のお世話の仕方を聞くのに上機嫌に説明をする御店の主。 「ささ、どうぞ、旦那さんも、柄土さんも」 微笑を浮かべて千草がお銚子の首を摘んでお酌をし、天藍にも薦めます。 「お庭を見せて貰っても宜しいですか?」 「あ、案内します」 ひょこっと立ち上がる一之輔に伴われ、港が石の敷かれた道を行けば、庭の何処にも必ず何かしらの花が咲くようには位置されているようで。 「この辺りは春先が一番華やかで‥‥それぞれの季節毎の場所があるんですよ」 自分のことのように嬉しげに言って、ゆっくりどうぞ、と静かに花を楽しめるようにと港を残してお座敷へと戻って。 「季節になったらさぞ綺麗になるんだろうな」 「本当に‥‥素敵な御庭ですね。完成が楽しみです。さぞや四季の移り変わりが楽しくなる事でしょうね」 天藍が縁側でゆったりと寛ぎながら花を眺めれば、涼霞も目を細め。 「これは見事なものだ」 柄土は身内に贈ったりするのも良いかも知れないな、と思いながら庭をぐるっと眺めます。 「一時のご縁だけれど、運んだ花たちがお庭を彩ると思うと、何だか長いご縁のようで、不思議な気持ちがするわねぇ」 「うん、花園が完成したらまた遊びにきたいなっ♪」 「是非是非いらしてください、一之輔も喜びますし、日々変わっていくお庭を一人で楽しむのは勿体ないですからね」 主の言葉に何処か嬉しそうに笑みを浮かべると、一之輔は楽しげに庭で港が静かに花を眺める様子に目を向けるのでした。 |