|
■オープニング本文 その日、開拓者ギルドの受付の青年・利諒の元を尋ねてきたのは、武天のとある商家の跡取り息子の少年、とはいっても、10歳程の男の子で。 「実は、父は実に温厚で堅実に働いて、御店も大きくなり‥‥今では、使用人も幾人も置いての、それなりのものになったのですが‥‥」 そう話し始める少年、彼自身も何をどう説明して良いのか、少し迷っているようではありますが、考えを少し整理してから少年は改めて口を開きます。 「それまで本当に仕事一辺倒、僕が生まれた時に母が亡くなって以来仕事ばっかりだった為、御店にも十二分に余裕が出来てから、ふっと、仕事以外何も無いと思ったようで‥‥」 少年の話では、趣味などを作ろうと色々と試してみた御店の主人、出もどうにも上手く行かず。 そんな中、ふと、いろんなものを食べるのが楽しい、となったようで。 「ただ、なんて言うのでしょう、自分で作って楽しむとなると、僕を抱えて必死に働いていた時期を思い出して、気持ちに余裕が無くなりそうとか。それで、料理人を呼ぼうとなっても、その‥‥」 どうにも、一度料理人を呼んで会食をしたものの、必要以上に形式張ってしまって、わいわい楽しむ雰囲気もなく、落ち着けなくて却って気疲れしたとか。 「はぁ‥‥いえ、でも、ここ、開拓者ギルドですよ?」 「はい、それはそうなんですけれど、開拓者さんなら、あちこち行ったりして、色々な料理を知っているのではないかと思いまして。それに、出来れば気楽に楽しく、と行きたいと父の希望で」 父子や御店の人とそういう宴会をしてもちょっと、わいわいする訳でもないし、適度に人が楽しんで居るのを見ながら御飯は頂きたいとかなんとか。 「‥‥えぇと、気楽に宴会したいので、遊びに来て下さい。もし料理が作れる人やいろんな料理を知って居る人がいると嬉しいです、と言ったところですか?」 「はい。済みません、どうにも不慣れで、何をどうお願いすればいいのか分からなかったので」 困ったように頬を掻きながら言う少年に、一応、出すだけは出してみますけれど、そう言いながら利諒は、依頼書へと筆を走らせるのでした。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●どんな献立が良い? 「小さいのにしっかりした子ね」 そう微かに口元に笑みを浮かべて言うのはリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)、野乃宮・涼霞(ia0176)は屈んで目を合わせると依頼人の少年に微笑みかけます。 「お父様の為に……可愛らしい依頼人さんですね」 涼霞が言うのにあわあわと少し赤くなってそんな大層なことではと言うと、にこにこしながら少年に駆け寄って、手を取ってぶんぶんと握手状態で手を振るのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。 「あたしと同じ位かな? よろしくね」 「あ……よ、よろしくお願いします」 少年はちょっと吃驚したようですが、年が近そうなリィムナに笑って応えると、羅喉丸(ia0347)は少年の頭に軽く手をぽんとおいて。 「父親が喜ぶと良いな」 「は……はいっ!」 羅喉丸の言葉に、少年は驚いたように見上げるも、言われる言葉に嬉しそうに笑みを浮かべて頷くのでした。 「さてと……好意に甘えるのも良いが、折角なら依頼人が喜ぶ方が良いしな」 言って羅喉丸は必要な食材を確認するために紙に書き出せば、涼霞も少し考える様子を見せて。 「今はまだ、秋の味覚いなりますよね。そうするとこの辺りと……後は依頼人さんのお父様のお好きなものを確認して……」 「私はジルベリア料理を少し考えているけど……」 「あ、あたしも! ジルベリア風の料理なんだ〜」 リーゼロッテとリィムナ、方向性は同じかと思いきや、作ろうとしているものは偉く違う様子。 そして、鍋を用意する、と言うのは葛切 カズラ(ia0725)です。 「鮟鱇鍋を用意しようと思って……時期的にそろそろでしょう?」 そんなこんなで、大凡の献立などを考えていれば、そこに声を掛けてから入ってくるのは、少々ふっくらとした温和そうな男性で、わざわざ御出で頂き有難うございます、と頭を下げて。 「どうぞ、ごゆるりと……滞在中楽しんで言って頂ければと思います」 にこにこと実に楽しみという様子が隠し切れない御店の主人は、何かあれば遠慮なく申して下さいと告げて御店へと戻っていきますが、どうにも、お客様を持て成すのが個人的に好きな様子が見え。 「必要なものがあれば、出入りの方に頼むか、買い出しに行ってきます」 「うーん……いや、折角なら自分の目で食材を見て買いたいかな」 「はい、じゃあ市場までご案内しますね」 少しだけ考えてから、笑みを浮かべて少年に羅喉丸が告げると、折角ならそれぞれ市場に案内してもらって、必要なものを買い出しに行こうとなったようなのでした。 ●修行と思い出 「馬鈴薯と人参は良いとして……南瓜と……蕪も良いわね」 市場で野菜を見ながら少し考えるように言うのはリーゼロッテ、なかなかに新鮮で美味しそうな食材が並ぶのに、ちょっと真剣になって居るようでもあり。 「レシピとしては、これ位でこれ位になるわね……」 ちょっぴりメモをしたレシピと睨めっこしていましたり。 「まずはーお芋をいーっぱいと……後はお肉! やっぱり武天だもん、お肉!」 リィムナは最初から決めていた方向性で突き進んでいるよう。 「丁度、秋のものと冬のものが混在する時期なのですね」 「なかなか良いものが揃っているようだし、野菜や肉はこの辺りで良いとして、後は御店に来る魚屋の中身次第だな」 涼霞と羅喉丸は少年と共にいろんな食材を見比べたりしているようで、いくつか見繕って買い込めば、楽しげに会話は弾んでいるようで。 「そういえば、お父様のお好きな食べ物は何でしょう?」 「父は……うーん、あれもこれも好き、となる人ですから……」 そう言ってちょっと考え込む少年は、強いて言うと茄子のお味噌汁が好きでしょうか、と言って。 「好きだけど、なかなか巧い具合に作れないと笑ってました」 少年の言葉になるほどと頷くと、涼霞はにこりと笑ってお店の茄子を手にとります。 「じゃあ、これをもう少し買いましょうね」 涼霞が言えば、少年は嬉しそうに笑って頷くのでした。 「さて、鮟鱇は手に入ったから……」 御店に戻ってくれば、ちょうどお魚屋さんが、頼んだものなどを運んできてくれていたようで、さっそくカズラは鮟鱇を吊す準備をしていて。 手前味噌、という言葉がある通り、どうやらカズラにはこだわりの味噌の配分があるらしく麦が3で米が2という配分の自家製味噌を持ってきており準備は万端のよう。 「さてと……じゃあ俺も仕込みを始めるかな……」 そう言ってさっとた襷掛けをして材料に向き直れば、なれた手つきで汲み上げたたらいの水で野菜を洗っていき包丁を握る羅喉丸は。 「ふむ……師匠に教わったのは、何も武術だけに留まらぬと言うことか……」 修行当時の厳しくも優しい師を思い出してか笑みを浮かべると、生地を練りつつ小さく呟いて。 宮廷料理などを作れるわけではないがと思いつつも、どうにも修業時代の事を色々と思い出してしまうようで、何処か楽しげな笑みを浮かべている羅喉丸。 食の道も武の道も、おもてなしの心を込めてつくって行けば、改めて師の伝えたその心構えが感じられるようでもあり、皿に奥深きものがあるとも感じ。 「良い師を持ったな」 改めてそれが感じられたようでそう呟くと、ぱきぱきと肉を刻み野菜を刻み練り合わせ、生地の中に入れる餡を作り上げていくのでした。 「そうそう、茄子はこんな風に……」 「こ、こうですか……?」 涼霞と並んでちょんちょんと茄子を切っていく少年は、簡単なものならば習っていて包丁は扱えるもののちょっぴり緊張気味な様子で。 父親の好きな茄子のお味噌汁を作るのに、父親が好む味を少年に確認しつつ手を加えていく涼霞は、茄子を調理するのに手一杯になって居る少年の横で、微笑を浮かべてその様子を確認しながら、朴葉に秋鮭を切って入れると、そこに茸を添えていて。 「こうしてみると、料理って、いろんな手順があるんですね」 「ええ。それに、心が籠もると、ぐんと美味しくなるんですよ」 そう微笑んで言う涼霞の手元は、それでもぱきぱきと、同時並行でいくつもの料理を作って行くのに、少年はどうやら興味津々のようでもあり。 「凄いですね、僕は一遍にあっちもこっちも纏めてなんて、出来ないです……」 「この辺りは、慣れてくればその配分が分かるようになって来ますよ」 少年の言葉に涼霞は微笑みながらそう告げると、少年の手元へと目を向けて次の手順を教えていくのでした。 ●喜んで貰う為に 「灰汁取りもばっちり♪」 少年と涼霞の向こう側では、上機嫌でお芋とお肉の下拵えにかかっているリィムナの姿が見えます。 リィムナの前には細く切ったお芋の山が積み上がっていて。 「あとは串の準備! たっくさん準備しないと♪」 そう言っていそいそと竹串を均等に調えていくリィムナは、改めて、朝に仕入れたお肉の塊へと向き直るのでした。 「んー……少し、味が薄いかしら?」 小皿に匙で少し掬って味を確認するリーゼロッテ、大きなお鍋の中にはたっぷりの細かく刻まれた野菜が、蕩けてしまいそうな程に柔らかく、それでいてしっかりと形を残して入っており。 地鶏が良い出汁となりスープが良く染み込んでいるようで柔らかく。 「これに足りないのは、お塩がひとつまみ……いいえ、ひとつまみだときっと多いわね、この半分ぐらい……」 言って、少し塩を加えてよく混ぜれば、もう一度掬った匙のスープは野菜のほのかな甘みに良いひと味で。 「これで良いわね」 微かに笑みを浮かべてリーゼロッテは呟くのでした。 「何にせよ台所が広いのは良いわね」 竈のところで煮込んでいる鍋の具合を見ているのはカズラ、味噌と鮟鱇の肝、それに野菜の出す水分が程良い具合で鮟鱇の身と絡んでいて、良い匂いを放っています。 「そろそろ良いわね」 「あ、じゃあ、僕、燗付けます」 お味噌汁が作り終わって一安心の様子の少年は、カズラの言葉が耳に入り、いそいそとお酒の支度を始めて。 「父は、喜んでくれるでしょうか……」 少し心配げに呟く少年に、大丈夫だよとばかりに、蒸籠を手にした羅喉丸は笑ってみせるのでした。 ●気楽な宴会など如何? 「す、凄いですね……」 「いやぁ、豪快ですねぇ」 ちょっと少年が驚いている直ぐ隣で、少年の父親である御店の主人はにこにこと面白がっている様子でそれを見ていました。 庭に面した廊下、下にしっかりと台を引いて、そこに並ぶは七輪、その上には熱く熱せられた油の入った鍋と、金網。 ジュウジュウと立ち上るのは、七輪の炭で豪快に焼かれた肉の串焼き、ぱちぱちと音を立ててきつね色に揚げられたお芋にさっと塩を振ると、エプロンドレスの可愛らしい姿で、紙を引いたお皿に盛った山盛りのフライドポテトを卓へと置きます。 「揚げたてが一番美味しいよ! お菓子感覚で幾らでも入っちゃうしね!」 「あ、本当です、表面はかりっとしていて、中はほくほくですねぇ」 「あ、でも食べ過ぎには注意してね♪」 面白いとばかりにさくさくと食べている主人に、お皿に更に、炭火で焼き立ての串を奥と、みんなも食べてねと大皿にどんどんと、岩塩を振りかけて置いていくリィムナ、肉汁とで程良い塩味に仕上がっており。 「おすすめは鶏の心臓! 歯応えあって美味しいよ!」 「あぁ、確かにこれは、お酒が進みそうな味です」 にこにことお勧めを口へ運んで笑う主人に、すとカズラが隣へ座るとお酌をしていたり。 「お酒には、こちらも良いですわ」 そう言って色っぽく微笑むカズラは小鉢へと卓に置かれた鮟鱇鍋をよそうと、良く煮えた野菜とその味わいに主人は笑みを零します。 「やや、これは、お酒が過ぎてしまいそうですね」 そう言いながら笑う主人は、リーゼロッテがよく煮込んだ野菜のシチューを味わうと笑みが零れて。 「あぁ、これは、後を引きそうな味ですね、野菜が本当に美味しく食べられます」 野菜がたっぷりと取れるのがいたくお気に召したようで、嬉しげに楽しみ。 「少し遅くなったが、蒸し上がりを持ってきた」 そして、そこに並べられるのは、ふんわりと丸く柔らかく蒸し上がった蒸し饅頭、真っ白なものと、薄紅の桃を象ったものがならび。 「流石に元のを再現するのはちょっと……一応、祝い事にこういったものを出したりするんだ」 驚いた様子で興味深げに蒸し上がったものを見る少年にちょっと鼻の頭を掻いて笑うと、それを受け取ったものを半分に割って、あんこの入ったそれをはふはふしながら食べて、ふわっと笑みを浮かべる少年。 「美味しいです……」 「柔らかくて、口当たりの良い生地ですね、中に入った柔らかいお肉としゃきしゃきの野菜の歯触りが何とも……」 こちらは白い肉の饅頭を食べており、同じ顔で幸せそうな表情を浮かべている辺りは、流石親子です。 「それにしても、良いお酒を用意してるわねぇ……私もあれ開けようかしら?」 焼き茄子や蒸し餃子を味わいながらほう、とお酒を飲んで自身の荷物の方へと目を向けるリーゼロッテ、ほろ酔い気分で料理を楽しんで居るよう。 「あぁ、確かに良い酒だが、過ぎないように……いや、しかし、良い気分だ」 そして、蒸し上がったものを運んできてからお酒にちょこちょこと摘む串焼き、お陰ですっかりと良い気分で、思わず小さく笑いを零し始める羅喉丸は、どうにも世界の全てが楽しくなってきて仕方がないようで。 「さ、どうぞ」 「あぁ、いいですなぁ、秋鮭に栗御飯、実にこの時期を感じられますね。しかし、お客人に給仕をして頂いて……」 「ふふ、お気づかいなく。皆様の笑顔を拝見するのも充分楽しいんですよ?」 お膳を運んでくれば主人が言うのにそう笑う涼霞、そのお膳には茄子のお味噌汁も載っており、実に幸せそうな表情を浮かべてお味噌汁を口にするのを見て、少年は嬉しそうに笑うのでした。 ●長閑な時間を 「ねぇ、誰か余興とかしないわけ〜?」 冗談めかして言うリーゼロッテ、食事もお酒も、のんびりまったりと楽しむようになる時間帯、では、と前に進み出るのは涼霞で。 「余興がてらに一指し。お招き頂いたお礼も兼ねて……ひとときお付き合いを」 そう言って扇を手に、そろそろ空に浮かぶ秋の月を背にゆったりと舞えば。 「いや、美味しい食事にお酒、そして、心和む舞……何よりも贅沢な一時ですねぇ」 いつの間にやら御店の使用人達も仕事も終えてご相伴に預かっており、舞終えればわっと沸く場。 「私も軽くしてみようかしら」 言って呼び出す人魂が、すぅと狐を象ると吃驚したように見る一同ですが、其れがくるりと回って猫に鳥に、犬にはては龍にと姿を小さくくるくる代わるのを見れば、わっと盛り上がって喜ぶ御店の一同。 ちょっぴりきらきらとした目で見ていた少年、ふと其れを見ていたリィムナはちょいちょいと隅っこに引っ張っていくと、こそこそと何やら話していて、あわあわと慌てる少年は。 「い、いえ、悪戯はしたことは……というより、魔法で眠らせるって、そこがまず無理です」 「じゃ、寝ている間でも良いよ♪ こう、お髭を書いたり手足を縛って置いて……にひっ」 なにやら真面目な様子の依頼人に、悪戯しちゃえと茶化したりしていたようで。 「いや、しかし、異国のことなどは分かりませんし、旅をしたのは遙か昔。懐かしい話や、初めて聞く面白い話、やはり嬉しいものですね」 「そう言って頂けると。……思い返せば、色々な所に行ったものだ……」 旅の話を聞いていれば、羅喉丸も杯を手に、庭に出る月を見上げて呟きます。 「本当に、楽しい宴となって……有難う御座います」 「いや、喜んでもらえて何よりだ。ご馳走してもらうだけでは、悪いからな」 笑って言う羅喉丸、涼霞はくすりと笑うと、実はあのお味噌汁は、と告げると、とても驚いた顔をして見返す主人。 「え、あれはあの子が……そうですか……」 しみじみと頷くと嬉しげに相好を崩して、妻が良く作ってくれたのですよと言うと、主人は改めてお礼を告げて。 気軽で和やかな宴の時間は、今暫く少々賑やかに続くのでした。 |