形見を私に
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/14 20:10



■オープニング本文

 アヤカシと闘っていれば、それを全て避けることなど出来ない。
 それを理解していながらも、やりきれないものはやりきれない、そんな思いを胸に抱えて、武天のとある町からうら若い女性が訪ねてきたのは、霧雨煙るこの時期には珍しい寒い日のことでした。
「私の夫はアヤカシ討伐から帰って来ませんでした。‥‥いえ、あの人がアヤカシと闘うのならば、こういう事になるときの覚悟ぐらいわたくしもしておりましたのよ?」
 泣き腫らした痕を僅かに恥ずかしげに指で隠すように触れて、弱々しく微笑む女性。
「アヤカシと闘った折に、崖に落ちたと、そう夫と共に討伐に赴いていらした方から伝え聞いておりますが‥‥お恥ずかしい話ですが、わたくし、あの方の形見と言える物を持っておりませんの」
 聞けば女性とその夫・サムライの男性はつい二月ほど前に祝言を挙げたばかりだったそうで、ご亭主はなかなかの手練れ、そうそう後れを取るとは思われていなかったそうです。
「夫がアヤカシに崖へと落とされたのをみたという方が来ては、早く忘れて幸せにならなければ、と言われるのですが、わたくしは夫の形見さえあれば‥‥」
 袖で僅かに目元を抑えるも、直ぐに気丈にも顔を上げて、どうにか、夫の形見を手に入れてきては頂けないでしょうかと深々と頭を下げる女性に、受付の青年は、気遣うようにお茶を勧めると、依頼書へと筆を走らせるのでした。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
百舌鳥(ia0429
26歳・男・サ
パンプキン博士(ia0961
26歳・男・陰
桐(ia1102
14歳・男・巫
竜士一陽(ia1572
20歳・男・泰


■リプレイ本文

●薄れゆく世界
 ずきり、射られた肩が、疼く。
 既に感覚の無くなった足には添え木がしてあり、止血をしたものの薬もない山の中、男は老木の虚の中で、娶ったばかりの妻を思い出し緩く息を吐いてから、周囲へと油断無く気配を探り。
 あれから、草を、木の皮を食み木の実を口にし、泥水ですら啜り生き存えてきたものの、既に限界は目に見えていました。
 彼が心にかかるのは置いてきた妻の事だけ、アヤカシはきっと仲間が倒しているに違いないと信じればこそ、一瞬、アヤカシに向けられた矢が自身の心の蔵に狙いを移したときの思いがけない機会に歓喜の笑みを浮かべた若者の真意が妻にあることに気付いて。
「まだ‥‥死なぬ‥‥」
 呟くも、複数人の気配が感じられるのにそちらへと意識を集中しようとするも、既に霞始めた目は森の木々の影に遮られた僅かな光の中で人を判別することは出来なくて。
 死ねぬ、口は動くも既に声も出ず、男の意識は完全に闇へと落ちるのでした。

●出立の支度を
「は? 知りませんよ、そんなこと約束した係の者なんて。そもそも必要経費込みでその値段でしょうが」
 珍しく受け付けの青年が少々苛ついた様子で受け答えしているのは、開拓者ギルドの中。
 何故苛ついているのかと言えば、明らかに忙しいギルド内で、竜士一陽(ia1572)より甘酒を支給しろとの要請があったからで。
「甘酒ぐらいお店で売っているか作るかすれば良いじゃないですか、今の人はお客さんだったのに‥‥あぁぁ‥‥」
 がっくりと頭を抱える受付の青年、何か差し迫った物や必要な物などの貸与はあるでしょうが、日常的に買える物や手に入る物までギルドを通して用意してくれと言って用意していったのではそれこそ身動きは取れなくなるでしょう。
 何はともあれお客さんが甘酒を請求する竜士に微妙な面持ちで離れていった事に怒った受付の青年に追い返されるのでした。
「心中お察し致します‥‥」
 依頼人の屋敷、滋藤 御門(ia0167)が依頼人である奥方にそう言えば、目元をわずかに抑えてから頭を下げる奥方、その側では御門と小伝良 虎太郎(ia0375)が来る前からしつこく奥方に寄り添おうとしていた件の若者がじろじろと見ていて。
「ご夫婦のことについてお伺いしたいのです、貴方は席を外して頂けないでしょうか?」
「何を‥‥うわ!?」
「おお、漸くにして邂逅せし幸せよ! 少年を探している者が居たであるよ」
 御門と虎太郎相手では僅かに自身よりも見たところ下に見たか不満げに口を開こうとするも、そこにぬっと現れたパンプキン博士(ia0961)にぎょっとする若者は、得体の知れないものに対して腰が引け気味に連れて行かれて。
 いや、得体の知れないと言っても南瓜頭なだけなのですが。
 若者が退出してから緩く息をつくと、諦めるとも思えませんしはっきりとお断りした方が良いですよ、と言ってから改めて口を開く御門。
「辛いこととは思いますが、旦那様のお持ちだった物や身に付けていた物、姿形など出来うる限りで宜しいですからお聞かせ頂けませんか?」
「うん、あとできればどんな様子の人だったのかなって。その、アヤカシに‥‥じゃなくて、その‥‥だから一応どんな顔だったのかとか‥‥」
 期待を持たせるのも残酷であるためか、もしやという可能性を伏せ、遺体が残っているかも知れないから、と気遣うように奥方に虎太郎が聞けば、悲しげに微笑しながらその心遣いに感謝をしてから御主人の特徴などを女性は話し始めます。
「待ってて、おいら達が絶対見つけて来るから!」
 御主人の特徴など必要と思われることを聞き終えれば、別れ際ににっと笑って見せて虎太郎が言う言葉に、奥方は涙を浮かべた目元のままに微かに笑むのでした。
「アヤカシと共に転落し、そのアヤカシのみが再び自分たちの前に立つならば、それは喰われたと言うことであろう」
「然り然り、全く持ってその通りであるな。ああ、我アヤカシではないであるよ、天才的陰陽研究家、プロフェッサーパンプキンであーる。以後よろしう」
 若者を他の仲間二人へとていと適当に預けてから、博士が向かったのは御主人の同行者であった三人の元。
「さてさて、しかし何故あの二人と探索中に別れたのであるか、これが聞くことが出来れば大いに探索に役立つのであるなー」
「‥‥この唐茄子は本物をくり抜いて作ってあるのだろうか‥‥素朴な疑問だ、忘れてくれ。いや、我々が二手に分かれたのはあの二人が手負いのアヤカシを追う際、他の影があったものでな、アヤカシであれば背後を襲われると‥‥」
 実際そちらから現れたのもアヤカシであったため、応戦し若者が合流したときには御主人は転落、そして御主人と共に落ちたアヤカシが崖上に舞い戻ってきていたためこれの止めを刺したのは三人の内の状況を説明する男性。
「あれから妹は泣き暮らしている‥‥形見の品ぐらい探してやれば良かったとは確かに思ったが、我々は直ぐに別の任に派遣されてしまってな。あれは使い物にならん故同道することはそれ以降無いが」
 聞いた話をメモとして書き留めると去っていく博士を、どうにも謎な物を見る様子で三人の同行者達は見送るのでした。
「繰り返しですいませんけれどその時の状況を詳しく教えてもらえませんか? 怪我の状況とか‥‥助けに行けるような状況ではなかったのですか?」
「ロープもなく、弓使いの私にどうしろと? 相手はあの人すらも崖から突き落とせるぐらいの手負いの化け物なのに接近して助けに行けと? ‥‥いえ、そう仰るのですか?」
 桐(ia1102)が落ちたときの状況を尋ねようとすれば神経質そうに年下と見た相手への高圧的な態度で言い募ろうとした若者は、直ぐ側に立っていた鷲尾天斗(ia0371)がちらりと目を向け槍をこれ見よがしに担ぐのに口調を改めて。
「効率と時間の問題もありますし、同行して案内して頂ければ‥‥」
「何故その様な、私は忙しいのです」
「でも、少なくとも形見探しに付き合い無事見つかれば奥さんの印象よくなるかもしれませんよ?」
 にべもなく桐の言葉を斬って捨てようとする若者ですが印象がと言う言葉に揺れる様子が窺え、ゆっくりと歩み寄る鷲尾にちょっとばかり身体を引いて、有り体に言えば一瞬怯える様子を見せる辺りが臆病者とそしられる所以と窺えて。
「なぁ、ちょっと良いかねぃっと」
 男同士の話だ、とにたり笑って肩に腕を回してがっしりと桐から少し離れたところへ引っ張っていく鷲尾、若者の耳元に小さく囁きかけます。
「俺達は、ただ単に遺品を回収しに行くだけなんだわ。遺品はって言うのは読んで字の如く死んだ人の品、それが何時であろうと関係ないわけだ‥‥ねぇ」
 怯えの色を多分に含んだ色を目に浮かべる若者は何処まで知っているのだろうかと気味悪げに鷲尾を見ますが。
「俺らの目的は、遺品捜しだ。直ぐに見つかりゃ、楽に仕事を終えて報酬がまるっと頂ける。万が一があっても、遺品さえ見つかればいい、俺は口をださねぇから安心しな」
 生きていれば、と暗に匂わせ鎌をかければ若者にもその可能性が過ぎったか言葉に詰まるも微かに頷いて。
「じゃ、行きましょっかねぇ〜」
 槍を担いで先に立って集合場所へと向かう鷲尾に、その背中を見てから自身の得物の入った袋を指で確認する若者、そんな若者の背を、仮説に確信を持って桐は見ているのでした。
「森に詳しいのに話を聞いてみたんやが、まだ子育てが続いている熊や、飢えて人をも襲ぉいう鴉やらいるらしいんやな、刺激せえへんかったら大丈夫や言うとったが」
 アヤカシが出没したという件の村へと若者を引き連れ急いだ一行、天津疾也(ia0019)が村人に聞いた話では近隣には他にも色々と動物は居るそうですが、獣道を通らず人の行き来する少し開けた道を行けば安全に森を勧める道はあるとのことで。
「どうやら敢えて刺激するような馬鹿やらかさなきゃ、そうそう襲われる事ぁねえらしいぜぃ」
 ひらひらと軽く手を振って言う百舌鳥(ia0429)、最短距離を行く場合は獣道になるらしいと百舌鳥と天津が聞いて来た話しから割り出せるためか、少しばかり遠回りになる道ではあるものの崖の真下に出られるそうで。
「んじゃまー、とっととその道を行くかねぃっと。歩きやすい道なら、最短で手間取るより良いだろうからな」
「そうですね、夜に探索がかかるのも避けたいですし‥‥」
 鷲尾が言えば御門も頷いて。
「ま、ここで面ぁ付き合わせてるんも何の足しにもならへん、とっとと行ってぱっぱと見つけてさくさくっと終わらせよか」
「おうよ。‥‥‥生きてくれれば‥‥面白いんだがねぇ」
 天津が言えば、心眼の使える天津と鷲尾が周囲を確認しつつ歩き出し、鷲尾は口の中で小さく呟くとにやりと微かに笑みを浮かべるのでした。

●森の中
 何とも言えない表情で落ち着かなげに弓を弄る若者は、情報収集中から今に至るまで博士に説教‥‥もとい愛を語られそろそろ表情には疲労が見えてきています。
「分かるかね少年。愛とは見返りを求めぬ物。まあ例えば未亡人に再婚を薦めるとか論外で有るなー」
「‥‥」
 明らかに若者の表情は引き攣っていますが、博士にはそれに気付いているのか居ないのか、その南瓜頭から窺い知ることは出来ません、まぁ気が付いているでしょうが。
「少年、世で最も醜い感情とは何か御存知かね、うむ、嫉妬である。愛して居れば何やっても良いとか勘違いする馬鹿者ほど泥沼に嵌る訳であるなー」
「んー、おいらそう言えば嫉妬とかどうとかは良くわかんないけど‥‥ちょっと気になってたことがあってさ。なんで守りたいって言ってるのに相手が嫌がる事するの?」
「ぐっ‥‥!!」
 そして、本当に不思議そうに虎太郎が聞けば、博士の愛についての講義よりもむしろ威力はでかいのか、怒りとも気まずさとも胃の痛さとも取れそうな青い顔で弓を握りながら歩く若者。
「アヤカシと共に転落したというのは、その崖の上、でしょうか?」
 そんな会話を切って桐が見上げる先には、そこから落ちれば少なくとも無事ではなく、打ち所が悪ければ、と言ったぐらいの高さの切り立った崖があって。
「‥‥途中の枝が折れていますね。あそこの木の‥‥衝撃を和らげていれば‥‥」
「アヤカシと共に落ちて、そのアヤカシだけが上がってきたんだ、喰われてるに決まってるさ‥‥」
 見上げる御門の言葉に口の中でだけ吐き捨てるかのように小さく呟く若者ですが、桐が僅かにすと目を細めてじっと見据えて。
「それにしても遠めによくそこまで見えましたね‥‥貴方の話では大分、離れたところからアヤカシに矢を射ていたらしいですけれど‥‥」
「く‥‥だ、だってそうでしょう? アヤカシは人を喰うんですよ? そうして一緒に落ちて無事ならあの人のことです、アヤカシなんて一刀に斬り捨てているはずです」
 顔を歪めて卑屈そうに笑う若者が気の弱そうな口調でそう言いますが、桐はそれを冷静に見つめていて。
「‥‥っ、なぁ、俺の気のせいやないやろな?」
「‥‥あぁ、森の熊さんじゃーねぇな」
 志士である天津と鷲尾の二人が感じ取ったそれは、少し先にある老木の中にあるらしく。
 目配せをして天津を先に確認へと促すと、鷲尾が桐に気配の旨を伝えようとすれば、二人の動きに気が付いたか弾かれたかのように弓を握り身体を前に出しかけた若者、と。
「うわ‥‥!? お、お前‥‥」
「あぁ、これ? これは槍でいわゆる『横槍』っていうもんだ。口は出してねぇよ、OK?」
「ち、畜生ッ! ――っ!?」
「ごめんね」
 前へ出かかった若者を槍で鷲尾が静止すれば、身を翻そうとした若者の身体がふわりと浮くと、それは虎太郎が僅かに悲しげに言いながら繰り出した一撃で、浮いた身体は地面へと叩き付けられる形となり。
「申し訳ありませんが‥‥今回の件、貴方が引き起こしたのならば、僕は許せません」
 御門の符がまとわりつくように式の姿を為して若者へと絡みつき動きを封じて。
「おーい、生きてんでーっ! 早よ手当せぇへんとまずいでっ!」
 老木の方から天津のかけた声に急ぎ駆け寄る桐は、そこにぽっかりと開いた木の虚の中にぐったりと横たわる男性の姿を目にして。
「今すぐに‥‥酷い、添え木と言うことは足が‥‥それにこの肩の所をきつく縛っているのは‥‥」
「傷口を洗うならば、この水を使うと良いのであーる。どうやら矢傷のようであるなー」
 手際良く傷口を洗ってから、心地良い風を呼び、木の虚の中で途切れかけていた命を繋ぎ止める桐。
「ぅ‥‥っぁ‥‥」
 弱くなっていた呼吸が、咳き込むと共に徐々に落ち着いてくれば、ゆっくりと目を覚ます男性に水筒を博士が差し出せば、桐と天津に手を借りながら水を何とか飲み下す男性。
「‥‥忝、ない‥‥、貴殿ら、は‥‥?」
「おいら達、奥さんに頼まれてここまで来たんだ、もう大丈夫だよっ」
 虎太郎が嬉しそうに笑って声を掛けていれば、百舌鳥と鷲尾とでがっちり若者を縄でぐるぐる巻にしてから、御門が歩み寄り声を掛けたりしていて。
「左様で‥‥御座った、か‥‥あれが形見を、と‥‥」
 まだ意識がはっきりしないのかそう言いますが、桐と御門の手当によって手を借りれば何とか戻ることは出来そうで。
「さて、此処で問題です。あなたの運命は? 1、死亡2、牢獄行き3、二度と姿を見せない、次の内どれ?」
 括った若者を起こさせて冷ややかな目で見据える鷲尾、若者は捕らえられたこの後を思ってか何か言おうとしますが‥‥。
「はい、タイムオーバー、決定権は旦那さんに移りました。あ、これも口は出してないから。あくまでも質問」
 ぐいと立ち上がらせるとしっかりと縄を掴んで。
「では戻るであるなー」
「だな。とっとと帰っろうぜっと。とゆうことで‥‥よろしくたのむわ?」
 博士が言えば百舌鳥は天津に目を向けてそう言って。
「‥‥へいへい、こけんようしっかり掴まっててな。時に思ったんやが、仕事は形見探しやから生きてる以上形見にならへんがどうなるんやろうな?」
 完全に復調しているわけではない男性に天津は、無事見つけることの出来た旦那へと軽口を言いながら手を貸すのでした。

●再会を祝い
「あぁ、あなた‥‥本当に良かった‥‥」
 形見の品を頼みもう戻ることの無いであろうと思っていた御主人を迎え入れて、奥方は涙で濡れた目で微笑みかけて。
 若者は直ぐに彼等の主の元へと突き出されており、夫がアヤカシではなく裏切りを受けて死にかけたことに関しては、もしかしたらという思いもあったのか酷く取り乱すことはなく。
「あと少しでも遅ければ儂は助からなんだ。この通り礼を申します」
「本当に‥‥有難う御座いました」
 繰り返し礼を告げる夫婦は、再び寄り添える幸せを感じつつ、改めて頭を下げるのでした。