【北戦】弱き者の狂気
マスター名：想夢 公司
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| ■オープニング本文 ●戦の気配 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。 「魔の森が活発化しているとはまことか」 「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」 「ふむ……」 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。 「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。 「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」 ●狂気襲来 ふらり、街道を歩く青年が１人。 この寒いのに、ただ単衣を羽織っただけのその青年は、一目で異質だった。 黒い髪、黒い瞳は珍しくない。珍しいのは、黒い肌だ。 光沢もなく塗りつぶしたかのように真っ黒な肌、そこには生気は感じられず、ただただ異質だった。 「……あはは、嘆き悲しむ姿を愛でる、だなんて、気が利いているなぁ」 にこにこと白い歯を見せて笑う青年は楽しげである。だが、しゃべっていることは尋常では無い。 「無力を感じて、絶望して……そして狂気に囚われる。本当に最高だなぁ」 にたり、浮かべる笑みはどこか狂気を含んでいた。 そんな青年の視線の先には、小さな村の広場にいる開拓者の集団があった。 どうやらギルドの依頼を受けて、その村にやってきたようだ。 その眼前に立ちふさがる青年。 「……む、そこの男。何か用か？ 我々は急いでいるのだが……」 開拓者集団の先頭、まとめ役とおぼしき男が青年に声をかけた。 そして、たまたまその場にいた村の人々は、その様子を不思議そうに見つめるのだが、 「うん、ちょっとした用がね。……開拓者には最悪の苦痛を味わって貰うんだ」 にっこりとそう言う青年に、開拓者たちはとっさに武器を構えた。 人の姿ながらその容姿は異質。ならば、アヤカシだろう。 だが、次の変化は開拓者の予想を完全に超えていた。 「……いや、最高の、かな？ 苦痛、恐怖、狂気、絶望……いい、本当にイイよ！ あは、あはははっ！」 ぐにゃりと青年の姿が溶けて崩れた。 そして裏返るように内側から爆ぜるのは、黒い無機質な触手の群れ。 爆発的に触手の群れが伸びて、形作るのは巨大な人型。触手の群れの隙間に、泣き叫ぶ人の顔と赤い巨眼。 「さあ、さあさあさあさあ！ 狂気を知って貰おうか！ 自分以外は全て敵、そんな恐怖の世界だ！」 不気味なことにその巨人が放つのは先ほどの青年の声のままだ。 ぎらりと真っ赤な瞳が輝くと、開拓者と村人は身動きもとれずに、その魔眼に魅入られるのだった。 恐慌状態に陥った開拓者と村の一報が風信術によってギルドにもたらされた。 原因は一切不明。依頼中の開拓者が突如恐慌状態に陥ったというのがまず一つ。 同時に彼ら開拓者が依頼のために赴いていた村も現在混乱中だという。 なお開拓者はその村にある一番堅牢な建物である村長の屋敷に籠城。 外からの言葉を一切聞き入れようとせず、その反応は尋常では無かったという。 同時に村は、完全な恐慌状態。だがどうやらそれは開拓者が原因では無いようであった。 ある村人はなにかを恐れるように恐慌状態に。または、手当たり次第周囲を攻撃する者も。 多くの者は混乱状態で、村は完全に機能を停止しているのだという。 そこでギルドは新たに開拓者を送り、その状況を鎮圧することとなった。 一隊は、籠城中の開拓者の鎮圧。こちらは戦闘状況となるだろう。 もう一隊は村の混乱を沈めること。１００名近く村民がいる村なので、迅速な鎮圧が求められている。 注意点は死傷者を可能な限り出さないこと。そのためには、早さが重要だ。 ●古い記録の中で 「うー……黒い肌赤い眼、どこかで……どれに書いてありましたっけ……」 呻くように山積みになって居る冊子を漁る開拓者ギルド受付の青年利諒。 庄堂巌に調べるように頼まれたそれは、あまりにも漠然としすぎるも、あまりに奇異で独特の特徴に、頭の片隅で、何処かで見たものだという記憶がちらついていて。 「違う、こんな最近の情報じゃなかったはずです、もっと、昔の……」 急いで調べなければという焦りが余計に思い出す余裕を奪っているようですが、やがて酷く古びた、気を付けて扱わなければいけない程に痛んだ薄い冊子を手に取った瞬間、はっとするとその表紙を食い入るように見つめる利諒。 「これです、確かこの辺りに……」 慎重にページを捲れば、そこに描かれたものは、黒く無機質、不気味に赤い眼と、尖った三角の頭……。 「……め、冥越八禍衆……上級アヤカシの、無有羅……これです」 僅かに震える手でその冊子を手に、利諒は立ち上がると、急ぎ庄堂の元へ向かうのでした。 ●正体 冥越八禍衆の一体、無有羅。それがどうやら今回の原因のようだ。 狂気のアヤカシとして伝えられていた上級アヤカシ、その報告は長らくもたらされていなかった。 だが動き出した以上、なにかが水面下で進んでいるのだろう。 ならばギルドも備えなければならない。おそらく、大きな戦いが起きるのだろう。 さて、どうする？ |
■参加者一覧
葛城雪那（ia0702）19歳・男・志 
蓮見 一片（ib0162）13歳・女・魔 
嵐山 虎彦（ib0213）34歳・男・サ 
アルマ・ムリフェイン（ib3629）17歳・男・吟 
リーゼロッテ・ヴェルト（ib5386）14歳・女・陰 
ノース・ブラスト（ib6640）19歳・男・魔 |
| ■リプレイ本文 ●村の惨状 「集団で錯乱状態とか、厄介な能力だね」 その村へとやって来た時、村の不気味な静けさに呟くように言ったのは蓮見 一片（ib0162）、アルマ・ムリフェイン（ib3629）は村の中に目を走らせると少し考える表情で口を開きます。 「本当なら村長宅が一番良かったんだけれど……代わりに使えそうな建物は何処だろう？」 「人数が人数だ、広めの場所が良いんじゃねぇか？」 嵐山 虎彦（ib0213）の言葉に葛城雪那（ia0702）は頷いて、辺りをぐるりと見渡し。 「となると……村長宅以外に大きめな場所というと、あの建物ぐらいか……広場というわけにはいかないしな」 広場は村長宅の前であり、しかも遮蔽も何も無いところにこの肌寒い気候の中で村人を置くわけにも行くまいと言うと、ノース・ブラスト（ib6640）は口を開きます。 「兎に角、まずは村人達を刺激しないようにしないと」 ノースの提案で急ぎその大きな建物へと向かえば、そこは農具などを仕舞っていた倉庫のようで、収穫の為でしょうか、殆ど農具は出されていてがらんと広く空いていて。 「ここでアルマには待機して貰って、確保次第ここに集まる、ってぇかたちかね」 嵐山の確認に頷くと、建物の窓からちらりと辺りへ目を向けて溜息をつくリーゼロッテ・ヴェルト（ib5386）。 「ただの村人だから簡単に殲滅の判断を下せないって解ってるのかしら。ホント、性質の悪いドＳってやーねぇ」 ふぅ、と溜息をついた表情を引き締めると口の中で小さく呟いて。 「冥越八禍衆、無有羅ねぇ……多数を一度に恐慌状態にする術は厄介だし、すごいとは思うけど」 「とにかく人数が多いし、耐性の低い一般人だし、急いで何とかしないと……これだけ時間が経っても、効果が薄れないなんて。相当強力な術みたいだね」 「命も村も、消させない」 蓮見の言葉に頷くと、アルマはぐっと決意を込めて呟くのでした。 「懐かしい、な……」 周囲を確認して動き出した葛城、嵐山はちらりと目をくけると微かに笑みを浮かべて口を開きます。 「故郷なのかい？」 「この地方が、ね。本当はちゃんとした時に帰りたかったな。戦う為に戻るのはちょっと……」 悲しい、そう言って苦笑するも、直ぐに微笑に戻す葛城。 「村の人が危険に晒されるのは特に、嫌だ。だから……早くいこっか」 「おう、一人残らず、がっつり助け出してやろうぜ」 嵐山と葛城はそう言って頷き合うと村人達を捜しに歩き出すのでした。 ●弱き者の狂気 「混乱したときってぇのは、案外普段行くような場所に行くモンだ。それに、混乱してるときは痕跡を隠す余裕なんて無いだろうしな」 「そう考えると、見つけるのは何とかなりそうではあるけれど……嫌な感じね」 嵐山が言うのを聞くと、目的が分からない分質が悪いわ、そうリーゼロッテ、狂気に陥れて何をするでもなく自滅を待つのが物凄く質が悪いものに見えて葛城は眉を寄せて。 「村の周囲に洞窟などもあるようだ、出来れば村の外に出ていなければいいのだが」 そっと建物の陰伝いに進んでいく一同、ノースは気に掛かることがあるのか小さく言うと、村の囲いの外へとちらりと目を向けて。 「まずはこの家から……」 言って蓮見がそっと家の壁に張り付くようにして中の様子を窺えば、何やら荒い息と、時折漏れるのは言葉にならない奇妙な呻き声で。 「……金属の音がするし、動き回っている人が居るみたい」 足音からそこは小さな家で、声からして男のようではあるけれど、と言うのに顔を見合わせれば、直ぐに飛び込めるように入口によると、嵐山が戸を開けて飛び込んでいき。 中にいたのは農具を持ってがたがたと歯を鳴らしながら奇妙な声を上げていた男、そして隅に隠れていた様子の少年。 事態に訳も分からずにヒィヒィと息が漏れるだけの悲鳴を上げて好きを振りまわそうとした少年を、ノースは身体毎突進して寄せると、柄を身体で押さえつけるようにして少年を押さえれば。 「早く……っ！」 中にいるのはその二人だけのようでだけのようで、手早く手拭いで縛り上げると嵐山と葛城で抱え上げて倉庫へと運んで。 「……大丈夫です、落ち着いて……」 アルマが言って治療に当たれば、それを任せて再び戻る二人ですが、葛城は小さく唇を噛み、思った以上に酷い状況の人達に何とかしなければ、と余計に強く思ったようで急ぎ仲間達に合流すれば。 「村人達同士でやり合う前に何とかしないと……」 まだあまり騒ぎになって居ないからか、あちこちで潜んでいるだけで済んでいる様子ではあるものの、一度騒ぎになれば間に合わない者も出るかも知れない、それを考えて慎重に外からそうっと声を掛ける蓮見。 「開拓者ギルドから助けに来たよ。隠れてるなら、出てきても大丈夫だよ」 少し大きめの民家でそっと中にいる気配へと呼びかけるも、がたがたと物音はすれど出て来る様子は見えず、戸を挟んで向かい側のリーゼと目を見合わせてから頷きます。 かた、と小さな音と共に開く入口の戸、そして動く気配。 「う、うわあああっ！」 「っ、後ろの人をお願いっ！」 飛び出してきて棒きれをぶんぶんと振りまわす男性に蓮見が向かおうとしますが、その男の振る棒を身体で受けながら手を掴まえると声を上げるリーゼロッテ。 「ちょっとだけ眠っていてね……」 飛び出してきたのは女性ですが持って居たのは斧、女性をアムルリープで眠らせるとリーゼロッテへと目を向けようとした蓮見。 「良いから奥を」 男の手を掴んで向き合ってみれば、リーゼロッテは直ぐに冷静さを取り戻したようで言い、中に飛び込んだ蓮見は、そこで焦点の合わない目で声にならず啜り泣いている小さな兄妹の姿が。 「ひ、っ、あ、ぁ……」 どうやら兄は妹を守ろうとしてはいるようですが、妹はそんな兄にも怯えてしまっていて錯乱状態に近く、押さえ込みに行けば子供の抵抗も有る上弱さでは逆に怪我をさせかねず。 「……御免ね、眠っていてね」 ことん、と子供達が眠りに落ちるのに僅かに目を伏せてから得物を取り上げて様子を窺ってから入口へと目を向ける蓮見。 「いくら術者で非力そうだからって舐めちゃダメよね〜」 ふと笑みを浮かべたリーゼロッテ、男性だし大丈夫と力で棒を取り上げると押さえ込んだところで嵐山が戻ってくると。 「早く何とかしねぇとな」 「まだ始まったばかりって言うのがちょっと、辛いわね」 嵐山の言葉に頷いてから、改めて数が多く、時間もかかる上にそれでいて急がなければならない現状にふぅ、と息をつくリーゼロッテ。 「叩かれてなかったか？ 平気なら良いんだが……」 「大丈夫、まぁ、棒きれだったからかもしれないけど……さ、時間も無いし、ちゃっちゃっと片付けていきましょ」 眠らせ押さえ込んだ一家を倉庫へと運ぶと、リーゼロッテと蓮見、それに嵐山は再び村の中を歩き出すのでした。 「来たな……」 一カ所に集まって手遅れになってはいけない、それを思ってか物陰に隠れながら、ノースは途中の分かれ道から反対側の建物の方へとゆっくり進んでいて。 恐怖で神経質になって居る村人達ではあっても、冷静になれない為にまだそこまで大きな騒ぎにはなっていません。 とは言え、当然のことながらそれに気付く人達も居て、ノースが気が付いた家は、裏口からがたんと飛び出す男の姿、ただその男の手に持った鎌にはノースの所からでも血がついているのが見えて。 「不味い……」 さっと駆け寄って男を眠らせてからその家へと駆け込めば、血の匂いと蹲る十歳ぐらいの少年の姿、膝をつき様子を見れば致命傷ではないようですが直ぐに傷口を布で押さえて足の根本を布で縛り抱え上げるのでした。 心眼で村人の所在を確認し、葛城は押さえ込んだ男性を括り付けていたところでした。 「黒……あん、な……赤い……」 がくがくと震えるその目は恐怖で染まっており、舌が縺れそのまま噛んでしまいそうな様子に布を噛ませて猿轡を噛ませると、僅かに辛そうに眉を寄せる葛城。 「助ける為に、振るうんだ……」 押さえつけることも縛り上げることも、必要と理解していればこそ、罪の無いはずの村人達を縛り上げていることに苦しさを感じるも、そう呟くと表情を引き締めて男性を倉庫へと連れて行くのでした。 ●血と煙の中で 「大丈夫ですか？ 話、出来ますか？」 アルマの言葉に呆然としていた様子のその男性は、やっとの事で頷きました。 「……村、は……そ、村長、は……？」 「貴方は……？」 男性の様子から纏める立場にいた人と思われていた為にアルマがそう尋ねれば、男性は村長の甥だと答えます。 「村長は……屋敷に、居たはずです……」 掠れた声で尋ねる男性の話では、村長は昔家族を亡くして以来男性が世話をしており息子のようなものだったこと、村長は近頃身体が思わしくなくて、屋敷で休んでいた筈と言うこと。 「村長は……今はまだ分かりません。村の人達の安否を確認する為にも、協力していただけませんか？」 出来るだけ穏やかに少しでも気持ちが落ち着くように話しかけるアルマに、動揺を隠せない様子の男性ですが、ぐっと唾を飲み込むとなんとか気持ちを落ち着かせてしっかりと頷くのでした。 男性の協力で村内部の事や、どの辺りにどういった人達がいるかも知れない、事件当時に誰が殿辺りに出かけていたはず、そういった話を確認することが出来て。 事態が急転したのは二日目の午後のことでした。 「っ、伯父さんがっ！ 伯父さんが……」 それに気が付いたのは、男性。 「なっ、村長宅が、燃えて……」 村の中心にある村長宅から火の手が上がり、倉庫内では怯えたような声があちらこちらから上がり、アルマは人々を必死で宥めていて。 「う、うわああっ！！」 そして、その炎はまだ村の中に潜んでいた幾人かの恐怖を振り切らせるのにも十分なもの、あちこちで錯乱したような者たちが建物から飛び出し、互いに怯え合い得物を振りかざし。 「おう、何してやがる！ お前ぇ達の相手はこの俺だぜ！！」 突如、上がる怒声は、嵐山の咆哮。 得物を振りかざし合った男達は、まるで吸い寄せられるかのように嵐山へと群がり手に持った物を振り下ろしますが、農具や刃物が当たってなお、にぃと笑う嵐山。 「悪ぃな、俺の身体にゃそんななまくら通らねぇぜぃ」 にっと笑う嵐山、そんな嵐山に殺到していた者たちを手分けして押さえれば、他に残された者が居ないかと散って探す一同。 村長宅を燃え上がらせた炎は、確実に落ち着き掛けた人達の心にも恐怖を再燃させかねないものの、苦しげな顔ながらもアルマと共に人々を宥める村長甥の姿に、最悪の事態は免れたようで。 「まだ幾人か足りません……」 「やはり、周囲の洞窟にまで逃げた者も居るのだろう」 炎の爆ぜる音を聞きながら、そして怯え啜り泣く声を聞きながら、村の周囲まで捜索の範囲を広げるのでした。 ●深い爪痕と奇跡と 「……皆、辛い思い出を背負うことになるとは思いますが……」 そう言って村長の甥が切り出したのは、全員の身柄を確保し――怪我はあるものの――安全を確認して直ぐのことでした。 「皆で、もう一度やり直してみようと……」 疲れ切った様子ながらも僅かに落ち着いた様子が見えるのは、一つの事柄。 奇跡的に、村長宅にいた村長を除く全員が、無事だったこと。 炎と煙の中、怪我人の血の匂いの中ではありましたが、アルマや蓮見が明るく話しかけ治療を進めていき、ノースや葛城が、嵐山やリーゼロッテが一人、また一人と村人達を見つけて戻ってくれば、人々の表情に安堵が浮かんでいき。 「幾人かは暫くこの村を離れる事になります、怪我をした者は治療も必要ですし、その為には精神的にも良くないので」 そう困ったような笑みを浮かべた村長の甥ですが、改めて一行へと向き直ると。 「本当に有難う御座いました。皆で支え合ってやっていこうと思います」 深々と頭を下げ、帰途につく一行を見送る村人達。 「……」 少し進んでから葛城は、自身の手をじっと見てから一度振り返り。 まるで何かを確認する可能に頷くと、再び歩き出すのでした。 |
