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■オープニング本文 「はっはっは、いやいや、好きにすると良い、ここは商業の街故、そう言う事もあろうさな」 さも可笑しいとばかりに笑って言うのは東郷実将、姪の伊住穂澄を相手に何やら相談事だったようなのですが。 「おじ様の許可がおりましたなら、直ぐにそちらの方は返答を……ところで、今回は……」 「あぁ、そうさな、そんなんじゃ、直ぐ直ぐにどうこう都合もつくまいよ。一応祭りがてらに部下も適当に巡回はさせて置くが、開拓者を誘ってそれなりに集まりゃそうそう騒ぎを起こす奴も居るまい」 穂澄が訪ねるように首を傾げれば笑って頷く実将。 「はい、では利諒兄さんにお誘いの啓示をお願いしますね」 「おう、序でに遊びに来いとでも言っておいてくれ。折角託けて祭りとなるんだ、お前ぇも一杯呑みに来いとな」 楽しげに笑う実将に頷くと、出かけていく穂澄。 「……と、言う訳なのです」 「どういう訳か端折られていて良く話は見えませんが、兎に角、芳野で梅見の祭りがあると言うことですか、しかも、急遽決まった」 呼び出されてやって来たのは開拓者ギルド受付の青年である利諒です。 利諒は溜息混じりに紙を取り出すと、すらすらと筆を走らせて。 武天の芳野という年は、商業の街です。 少し前は雪の祭り「氷花祭」、そして桜の時期の盛大な花見。 その二つの合間である、三月には特に大きな催し物は有りません。 無ければ作ってしまえ、そんな声に導かれたのでしょうか、芳野の商売人達は、もう少し後が桜なら、今は梅、かといって梅見だけではありきたり。 「梅の花を楽しむのも良し、梅酒をあわせて飲むのも良いじゃろう」 こう言ったのは芳野の大きな造酒屋、「芳池酒店」のご隠居、住倉月孤です。 斯くしていそいそと準備が見切り発車で進められる中、当然それなりに大事となるため許可を申請された領主代行の穂澄が、本来の芳野領主へと話が行ったという流れのようで。 「まぁ、確かに開拓者がうろうろして居るような場所で大暴れするようなのも居ないでしょうしねぇ」 「ええ。催しを行う方のお手伝いも、開拓者の方々にお願いしてあると、確か商家の方々が申しておりましたが」 「…………」 それで十分じゃないのか、そう思いつつもお誘いだから別枠って事なんだろうなぁ、と頬を掻くと、希望者は旅籠の予約できます、梅酒も振る舞われますし茶屋での御茶と御菓子もついてきます、と付け足して書き記すのでした。 |
■参加者一覧 / 櫻庭 貴臣(ia0077) / 神凪 蒼司(ia0122) / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 珠々(ia5322) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 紅 舞華(ia9612) / 向井・奏(ia9817) / アグネス・ユーリ(ib0058) / リスティア・サヴィン(ib0242) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 劉 星晶(ib3478) / 月雲 左京(ib8108) |
■リプレイ本文 ●賑やかな祭りの通り 芳野の早朝、そこは既に賑やかな祭りの準備が始まっていました。 その喧騒の中を歩くのは礼野 真夢紀(ia1144)、実のところ真夢紀は昨日のうちに来て出店傾向などを調べていたよう、その序でに梅見も十分楽しんだようではありますが。 「……うん、なんとかなるかも」 お土産は日をずらした方が、桜祭りとの差は、そんなことを小さく口の中で呟きながら、真夢紀はいそいそと歩いて行って。 「うーん、良い天気になりましたねぇ」 「しかし……既に祭を行う事が目的になっているな」 ちょこちょこと祭りのお手伝いをしていて一段落ついた様子の利諒がうーんと延びをして言えば、水筒を抱えてやって来たからす(ia6525)が微苦笑を浮かべて言って。 そろそろお祭も始まる刻限、ぼちぼちとお客の姿も見え始めた頃合い、一気に盛り上がり始める主催者達にあははと困った顔で笑って頬を掻く利諒、それを見てくすり笑ってまぁ良いと言うからす。 「神も御霊も楽しい事が好きだから」 「揉め事さえ起きなければご満足頂けますかねぇ?」 困ったように笑ったままの利諒に、多分な、と笑って答えると、からすはゆっくりと参拝道を歩いて行くのでした。 「流石、桃や桜に先駆けて、春を告げる花、だよね」 弖志峰 直羽(ia1884)がのんびりと目を細めて言えば、その後ろをちょこちょこと珠々(ia5322)が憑いてくると、鼻をくんくんとさせると。 「そうですか、こんな感じ……」 「馥郁たる香りも艶やかで……そこにあるだけでこんなに沢山の人を笑顔にできるなんて、自然美って凄いよね♪」 赤に白に薄紅色、色取り取りの梅の花が咲く境内へと足を踏み入れて楽しげに頷く弖志峰と、表情は変わらないもののこちらも楽しそうな様子が窺える珠々。 「あ、利諒サンやほー」 「あ、いらっしゃい、弖志峰さん、珠々さん」 ちゃかちゃか掃き掃除をしている利諒に笑ってぶんぶか手を振る弖志峰とぺこり頭を下げる珠々、そろそろ賑やかになってきたか笑いながら利諒も応えると今日の旅籠の場所やらお勧めの花の場所やら言葉を交わすと、弖志峰と珠々も奥へと進んでいき。 「だから、そんなに心配せずとも来るだろう」 「でも……お忙しかったのではと……」 少し来る時間がずれたか、直ぐ後にやってくると微笑ましげに見てそう話しかけている紅 舞華(ia9612)に、何処か不安げに呟くような小さな声で言う野乃宮・涼霞(ia0176)。 「いらっしゃいー……あらら、大丈夫ですか?」 不安げな様子の涼霞に尋ねかけると舞華に目を向ける利諒、舞華は先程からこうなんだと言いながら微苦笑を漏らしています。 「……何か問題でもあったのか?」 と、ぬと舞華と涼霞の後ろからかかる声、緊張気味に涼霞はその声に固まるも、言った通りだろうとばかりに舞華はにやりと涼霞へと目を向けて。 「ふむ……まぁ、大体予測はつくが……まぁ良い、借りていくぞ?」 声の主は保上明征、舞華と利諒に断りを入れると涼霞の様子を窺いつつ促して歩き出す二人。 「……あぁ、そうだ、東郷様は?」 「そこで煙管薫らせながら見てますよ」 見れば通りの茶屋の二階で窓に凭れながら楽しげに煙管を燻らせて居る東郷実将の姿があり、舞華はそこへと寄って挨拶をしてから利諒へ顔を向けて。 「良ければ件の酒屋案内して貰えないか?」 「僕で良ければ。じゃあ、行きましょうか」 にこにこ笑いながら利諒が立ち上がれば舞華も笑顔で立ち上がると通りの方へと足を向けるのでした。 「そういえば、今年は梅が咲くのが遅いですね……」 ほわっと境内で辺りを見渡すのは和奏(ia8807)、そう呟きながらゆっくりと歩いて行くとぽやっとした様子ながらも微かに笑みを浮かべて。 「良い匂いですね、やはり沈丁花、金木犀と並んで姿よりも香りが先にたつお花です」 普段ならもっと肌寒い時期に咲き誇る梅が、今年は後にずれ込んできたことで暖かい日差しのこの日はゆったりとした心持ちで梅が楽しめて。 「ゆっくり見ていきますかねぇ」 そう呟いて和奏は梅の木に添った散策道を歩いて行くのでした。 「星晶様、真見事な梅で御座いますね?」 嬉しげな様子でくるくると番傘を回しながら振り返るのは月雲 左京(ib8108)、その傘は日差しが得意ではない左京へ劉 星晶(ib3478)が贈ったもの、星晶は嬉しそうなその様子に微笑みながら歩み寄って。 「あぁ、梅が綺麗ですね……」 左京が身につけている着物も羽織も、そして鉄扇も星晶が贈ったもので、ほわっとした様子で楽しげに、嬉しげに見上げる左京に微笑みかけて星晶は頷きます。 「では、境内の方に行ってみましょうか」 そう言って星晶は、人があまり得意ではない左京を気遣いながらゆっくりと祭りの通りへと、左京の歩みに合わせて共に歩き出すのでした。 ●大切な一時 「乾杯! 何に? まあ何でもいいじゃない♪ 楽しければ」 楽しげに笑いながら言うのはリスティア・バルテス(ib0242)、手には梅酒、折角ならお祭に回る前にまず一つとなったようで。 「わ……これ美味しい♪」 「真名は梅酒初めてだっけ? 飲み易いけど強いから、倒れないよう量に気をつけて」 あまりお酒を飲まないためか恐る恐る口に杯を運んでから、思わず小さく声を上げる真名(ib1222)、その様子を微笑みながらアグネス・ユーリ(ib0058)はそう笑って言うと。 「でも、水割りやお湯割りもいいけど、あたしはそのままが好き♪」 その甘さに幸せそうに笑むアグネス、器の中で転がる付け込まれた梅を小皿に取ると、その甘い果実に笑みを深くして。 楽しげにかといって過ぎず梅酒を楽しむと、旅籠からお祭へと出かける三人。 参拝道を行き出店を覗き楽しむ様子は祭りの通りに華やかに彩りを添えるもので。 暫く楽しげにあちこちの出店を歩いてから、境内の梅の花の下、縁台が出されて用意されていた休憩所に腰を下ろしてから、少し迷って口を開いたのは真名。 「ティアやアグネスは、恋人いないの?」 そう口にするも答えを聞いていると言うよりはちくりと感じる胸の痛みが吐露したもののようで、二人もそれに気が付いてか真名の言葉を聞いていて。 「私は失恋したばかり」 それを言うのはやはり胸が痛むも、寂しげな笑みを浮かべていた真名は目を瞑って一つ深く息をつくと、感じられるのは梅の香、そして自身の言葉を聞いているリスティアとアグネスの言葉はなくても感じられる心遣い。 「でも散々泣いたし次も素敵な恋をするの」 にっこり笑って言う真名、アグネスとリスティアも微笑みかけると、今日はとことん楽しむの! と延びをするかのように空を仰ぎ見て。 「ね、ティア姉。ティア姉の、新しい歌が聞きたいの」 アグネスはねだるように口を開いてリスティアにそう言うと。 「観客や仲間の支援の為じゃなくって、今日はあたし達だけの為に歌って欲しいな」 「私も、聞きたい」 アグネスと真名の言葉に笑みを浮かべて、リスティアは荷からウードを取りだして軽く爪弾いてからゆったりと歌い出して。 吟遊詩人として物語を紡ぐだけではなく、今の巫女としての心が混じり合ったものが、他の誰でもなく、大切な妹のようなアグネスと、同じく大切な友人である真名二人のための歌。 感謝やそんな大切で大好きだという気持ちの籠もった歌は二人の、そしてそんな姿をみた他の人の心にもほっこりと暖かなものを点らせて。 人々はそれが特別なものと分かるのでか、聞き惚れるもそっと見守っていて。 「私ね、卒業したら踊りを学ぼうと思うの」 歌の余韻が残ったままに、ぽつりと言う真名。 「アグネス、私に踊りを教えて」 ちょっと驚いたように真名を見たアグネスに、アグネスの踊りが一番綺麗だって思ったから、そう微笑む真名。 「教えるっていうとおこがましいけど……そうね、一緒に練習しましょ」 にっこりと笑ってアグネスは言うと。 「見てみたいわ、真名がどんな風に踊るのか」 その言葉に真名は嬉しそうに笑って頷きます。 リスティアとアグネス、それに真名は今暫くの間梅の下で楽しげに笑い合うのでした。 「あ、すみません、僕酔ってしまうので……」 梅の咲く庭が見渡せる茶屋の座敷、梅酒は如何ですかと尋ねられて、櫻庭 貴臣(ia0077)は甘酒でも駄目なんだよねと小さく息をついて。 その事を良く知っているのか眩暈を感じたかのように溜息をつく神凪 蒼司(ia0122)。 二人は従兄同士で連れだってやって来ており、桜の時も来たよねと微笑んで言う櫻庭。 「でも、僕、飲んでもそんなにとんでもないことになったこと無いと思うよ?」 「……」 「……水とお酒、間違えて飲んで寝込んだことはある、けど」 「看病することを考えただけで、頭痛がしそうなことこの上ない……」 額に手を当てて深々と溜息をつくのを見てちょっと困ったような顔をする櫻庭、この辺りは仲の良い従兄同士だからこその会話なのかもしれません。 「でも、梅のお花見も良いものだよね」 「ああ。花見といえば桜だが、梅の花見というのも良いものだな」 頷いて応える神凪、ふと笑みを浮かべて梅の花を見上げると口を開きます。 「どちらにも良さはあるが、俺の好みは梅だからよりそう思うのだろうか」 「ん……」 神凪は小さな梅の描かれた杯で梅酒を一つ、甘くてほのかに漂う匂いに目を細めて一口楽しむと、運ばれてきた梅の花を模したお茶菓子と御抹茶に櫻庭も微笑んで御茶を一口、そして梅の風味の餡のお饅頭をちょんと千切って一口。 「蒼ちゃんも食べたら? 美味しいよ」 「ん? あぁ、一つ貰う」 並んで甘さにほんのりとした酸味を感じるお饅頭を食べながら、改めて見上げる梅の花は、風に揺れていて舞っているようにも見え目を細める二人。 「時々は、こうしてのんびりするのも良いものだな……」 「そうだね、アヤカシ退治とかも大事だけど……こうやってゆっくり息を入れることも大事、だよね。」 最近はアヤカシと闘っていることの方が多かった様子の二人、最近ではあまりゆったりした時間を取れていなかったためか、余計に心穏やかになるようで。 梅の香を感じながら、のんびりと特に何をするでもなくゆったりとした時間を、櫻庭と神凪は楽しむのでした。 「なるほど……」 无は手帳に何事かを書き込んで頷くと、話の相手へと目を向けます。 梅を見て楽しんだ後は、酒家を尋ねていって幾つかのお酒の特徴を聞いては酒覚書と称した手帳に書き込んでいたようで、暫くして満足そうに頷く无。 「さて……」 梅酒など一通り呑ませて貰ってから、上機嫌で向かう先はお寺の参拝道、先に境内へと入ってゆっくりと梅を眺めれば、尾無弧も僅かに鼻をひくひくさせて同じく梅の花を見上げています。 やがてゆっくり歩き出せば、参拝道の茶屋、出迎えたお店の人に軽く首を傾げて尋ねる无。 「そういえば梅を使ったお菓子もあるのですかね?」 「はい、御座いますよ。是非、食べていって下さいね」 そう言って運んで来られるのは甘く煮た梅を丸々一粒、梅の果汁を混ぜた寒天で包んだお菓子。 そっと添えられた御抹茶と共に頂けば、ほんのり酸味のある甘さが喉に心地良くてほぅと息をついて。 尾無弧と无は暫くの間のんびりと梅を見上げながら御茶と御菓子を楽しむのでした。 ●薄紅に染まる時間 「とらーとらのぬいぐるみでゴザル」 わいわいと賑やかな一角、向井・奏(ia9817)はとらのぬいぐるみを売る屋台を開いており、当人もまるごととらさんを身に付けており、ちょっとした子供達の人気者状態。 大分繁盛していたようですが、そこにやってきたのは天河 ふしぎ(ia1037)です。 「ふしぎ、少し待つでゴザルよ」 そう言ったかと思えば、しゃっとまるごととらさんから早変わり、レースをふんだんに使った可愛らしい白いドレス姿。 「わぁ」 「ふふふ、あらかじめ下に着込んでいたのでゴザルよ」 ちょっとぬいぐるみに群がっていた子供達からも歓声が上がりますが、ちょっと屋台は休憩と奏が言うのに慌ててぬいぐるみを買って親の元へと戻っていきます。 「奏、よく似合ってる」 自分が贈ったドレスを着てもらえているのが嬉しいのか幸せそうに微笑むとそっと奏の手を取るふしぎ、奏は屋台から一つとらのぬいぐるみを渡すとにっこり笑い返して。 「ん。ぷれぜんとふぉーゆーでゴザルよ♪」 「ありがとう」 屋台を休憩で一時的に閉めて一緒に出かけるふしぎと奏、並びには沢山の屋台もあり梅風味のクッキーを一緒に囓れば顔を見合わせてくすくすと笑い合ったり、甘いものだけでなく魚介のおつまみを買い込んでみたり。 ふしぎの誕生日の記念でもあるらしくて、時折奏の口からはそのお祝いの言葉が掛けられることもあって。 「梅の花の形したお菓子とか、色んな物があるね」 「色々あるでゴザルな」 ほんのりと頬を染めて笑いかけるふしぎに、奏も釣られるように頬を染めつつ笑い返して。 「やっぱり、奏と一緒にこうして出かけるの、凄く幸せ」 「拙者も幸せでゴザルよ」 二人は手を繋ぎながら楽しげに笑い合うと手を繋いで奥へと進んでいくのでした。 「美味しゅう御座いますね、星晶様」 「ええ、本当に来て良かったですねぇ」 穏やかな様子で参拝道を回る左京と星晶、屋台で買ったお饅頭やお餅を頂くと楽しそうに言葉を交わしていれば、話に聞いていた茶屋が見えてきます。 「星晶様、大丈夫で御座いますか?」 「大丈夫ですよ」 ゆっくりしたいことを伝えれば、梅の咲く中庭に面した小座敷に案内され、暫くして梅酒を頂いていれば、ちょっぴり左京は星晶が酔ってしまわないかと心配なようで、それに笑みを浮かべて頷く星晶。 「もう暫くゆっくりしていきましょうか」 その言葉に微笑むと左京は小さく頷くのでした。 「僕も庄堂さんもちびちびお世話になるお店なんですよ」 そんなことを言いながら笑うと舞華と並んで歩く利諒は一緒にこうしてお祭の通りを歩くのは嬉しい様子で、それをみて目を細める舞華。 利諒の手には風呂敷に日本ずつお酒を包んだものが有り、舞華の手には同じく風呂敷に包まれた梅酒の瓶。 楽しげに話すその様子を見ながら笑みを浮かべた舞華は、利諒の開いている方の腕にするっと自身の腕を絡めて、微笑みながら口を開きます。 「この前は簪有難う、嬉しかった」 「気に入って貰えたなら嬉しいです。……やっぱり、好きな人に自分が贈ったものを身に付けて貰えると、嬉しいですから」 目を瞬かせる舞華に、ちょっと照れたような表情で笑う利諒。 「僕は舞華さんが好きですよ。迷惑だったら言って下さいね? あ、でも今日は勘弁して下さい、言ってその日のうちに轟沈は流石にちょっと、切ないんで」 ちょっと情けないですけど、そう困ったように笑ってから、照れ隠しかちょっと屋台覗いてから戻りましょうか、と言うのでした。 「ん? ……少し早かったか?」 「い、いえ……その……」 並んでゆったりと歩いていると、傍らを歩く明征を見てそうっと手に触れる涼霞、不思議そうに立ち止まった明征は、ちょっと困ったように赤くなって目を伏せる涼霞にあぁと納得したかのように頷くと。 「すまん、どうにも、私はあまり気が効かんな」 そう言って涼霞の触れた手をしっかりと握り返すと、おずおずと寄り添う涼霞。 「その……お忙しい中お呼びしてしまって……」 「なに、逢いたいと思えばそれ位何とでもなる」 花を眺めて参拝道を歩く涼霞と明征、互いに近況や明征は幸秀少年が家に慣れて来て勉強も運動も頑張っていると言う話などをのんびりと穏やかな様子で話していて。 「何か気に掛かることがあるのか?」 「その……お忙しいと分かって居るのに、我が儘を言ってしまって……」 「それが我が儘というなら、私も我が儘と言うことだな」 今迄と違い我が儘になってしまった自身を不安だと呟くように言う涼霞ですが、改めて握り直すようにしっかりと手を繋いで小さく笑う明征。 梅の花を見上げながら、珍しく穏やかな表情を見せている明征に、涼霞は改めて繋いだ手の暖かさと相まって何処かほっとしたように見つめているのでした。 ●灯に色付く梅の花 「大きな騒ぎが無くて良かった。それにしても、あの梅の木の手入れは見事だったな」 辺りに灯りが付けられ提灯も吊されて夕暮れから徐々に移り変わる頃、祭りがてらに巡回していた芳野の役人と談笑するのはからす。 からすの手にあった水筒の中身は大分少なくなっており、良い心持ちでお酒が過ぎた者達もかなりいたよう、からすの特製薬草茶は大活躍だったようで。 「さて、ゆっくりとさせて貰うとするか」 役人と別れ部屋へと戻ると、部屋に落ち着くと茶を点ててのんびりと通りを眺めるのでした。 「部屋はとても落ち着いたもので、窓の外には参拝道が広がり、提灯に照らされている。廊下からは中庭が見下ろせ、遅れてはいるがそろそろ桜も楽しめそうだ」 小さく口の中で呟いて筆を走らせる无、その傍らには大きめの湯呑みが有り、ほんのりと梅酒の香りも感じられ、それでいて御茶の葉の香りも立ち上っており。 「筆が進んで良い感じですねぇ」 湯呑みを手に取り一口飲んで、ほぅと息をつくと窓の下を眺めて暫しの間ゆっくりしている様子で。 酒呑紀行と題した本、その一遍に町やお酒の様子を織り込んでいつか形にすることを思い描くと、ゆっくりと梅酒を味わってから、无は再び文机へと向き直るのでした。 旅籠の別の部屋、こちらでものんびりとした様子でふしぎと奏が、ぼんやりと灯りに浮かぶ梅を眺めていました。 「何だか僕だけ飲んでいるのは、少し、申し訳ないかな……」 梅酒を頂きつつそういう不思議ですが、その様子に奏は笑うと頭を撫でて。 「拙者は飲めないでゴザルからなぁ。これもまた良しでゴザルよ」 そう言ってしみじみと幸せそうにふしぎを撫でている奏に、お猪口を置いてピット李とくっつくと、ほんのりと頬を染めるふしぎ。 「一緒にいられて、僕、凄く幸せだよ」 赤くなっているのは梅酒の酔いかそれ以外か。 とにもかくにも、幸せそうに寄り添いながら、ふしぎと奏は通りに見える梅の花を眺めているのでした。 「大丈夫ですか?」 そう尋ねるのは星晶、尋ねられた左京は顔を上げると微かに笑みを浮かべて頷いて。 傘はあったものの、あまり表を昼に歩くのは得意ではなかったためか、参拝道のお茶屋でのんびりと梅見を楽しむ時間が長かった星晶と左京。 それでもどうしても少し心配してしまうのか聞く星晶に、左京は一緒に回った楽しい時間が過ぎて終わってしまうことの方が少し気になってしまっていたようで。 「そろそろ戻りましょうかねぇ」 星晶の声に、思わず星晶の服の袖に掴まって左京は口を開きます。 「また、来年も……っ」 そう不安げに言い掛けてから、はっとした様子で口を噤むと、俯いてしまう左京。 「お忘れ下さいませ……」 「……」 左京を見て少し考える様子を見せた星晶。 「何を怖れているのでしょう、星晶様は、いなくはなりませぬのに……」 掠れて小さな声で呟く左京ですが、星晶は笑みを浮かべると。 「大丈夫ですよ」 左京が顔を上げれば、傍に居るから大丈夫です、星晶はそう改めて頷くのでした。 「お酒有るところに舞ちゃんありっ!」 宴の支度がされている部屋へとすぱーんと襖を開けて弖志峰がそう言うと、そこにいるには窓際で愉快そうに煙管を燻らせて居る実将の姿、一緒に部屋に入ってきていた珠々に思わず親といった表情を向ける弖志峰。 「彼女に言おうか」 「わわっ、舞ちゃん」 弖志峰は前を歩いていた舞華に気が付いて、角を曲がると共に入ったと思った部屋へと飛び込んできたのですが、側の別の部屋に荷を置きに行っていたようで。 吃驚してあわあわしている弖志峰を見て楽しげに舞華は笑うと珠々と挨拶を交わして。 「途中で買ったんだ」 珠々の手の中に買った飴玉の袋を乗せて口直しにと言われて礼を言って受け取る珠々。 「あ、弖志峰さんに珠々さん、良かったらご一緒しましょう」 お酒のお銚子や梅酒の入った徳利をお膳に沢山載せてあがって来た利諒が言えば、部屋でのんびりと和やかに食事とお酒の席。 軽く食事を済ませれば、お酒のお供に出て来るお茶菓子、利諒が何だか幸せそうにももきゅもきゅと食べていれば、食べます? と珠々の出す器には、牛蒡の佃煮が入っていて。 「箸休めにどうぞ」 「わ、美味しそうですねぇ」 「甘い物に辛い物をあわせると、いくらでも食べられるそうです。お菓子がたくさんあるなら、辛いものをもってきたほうが美味しく食べられるかな? と」 「此奴は良い肴になりそうだ」 要はお汁粉の昆布ですね、そういう珠々の言葉に口々に行って頂く佃煮、それは梅酒のほろ甘い酸味と良くあって。 「あ、この梅酒、凄く美味しい、なんだかいくらでも呑めそうな……」 「直羽、それ結構強いから、気を付けて呑んだ方が良いぞ?」 「……」 梅酒を受け取って嬉しげに笑って呑む弖志峰、舞華がそういえば、弖志峰さんはお湯割りですけど、舞華さんは気ですよねぇ、と眺める利諒は、弖志峰が弱めなのか舞華がかなり強いのかとちょっと首を傾げてみたり。 和やかに笑い合いながらのお酒の席、暫くの間楽しげな宴は続くのでした。 「暖かくなったとは言え、夜は流石に風が冷たいな……寒くはないか?」 「あ……大丈夫です」 旅籠で通りの梅の花を眺めながら梅酒を飲んでいると、ふと尋ねるのは明征、尋ねられた涼霞はと言えば、頬を赤く染めて答えます。 「ならば良いが……」 頷いて言う明征の湯呑みを受け取り梅酒を入れてお湯で割り渡す涼霞は、寄り添いながらも梅酒と緊張で少々酔いが回ってきているようでもあり。 梅を眺めている明征を見つめているも、すと身体を寄せると頬に口付けてから、はっと我に返って真っ赤になる涼霞、酔った勢いでの行動のようで。 「す、すみませんっ」 慌てて謝る涼霞に、目を瞬かせてから涼霞の様子に少しどうしたものかというように考える様子を見せるも、涼霞の頬に手を添えて。 「ふむ……私も、少し酔いを分けて貰おうか」 そう言って抱き寄せて見つめるも、真っ赤になって見上げる涼霞に少し困ったように微かな笑みを浮かべて口を開く明征。 「あまりあれこれ考えずとも、そのままで傍に居てくれれば良い。涼霞に良いように、私が合わせていけば良いだけのことだ」 そう言って軽く口付けると、暫くの間、明征は涼霞を抱き締めて、そうっと髪を撫でているのでした。 「ふぅ、今日も頑張りました……」 そう言って戻ってくるのは真夢紀、旅籠を正面から見上げれば、まだ灯りが点り静かではあるものの梅祭りの余韻に浸っているよう。 部屋へと戻って温泉を借りて入れば、灯りの中ぼんやりと浮かぶ梅の花を眺めながら笑みを浮かべる真夢紀。 「明日はゆっくり評判が良かったところの梅を見に行って、お姉様達に贈るお土産の梅酒を買いに行きましょうっと……」 そう呟くように言うと、真夢紀はゆったりとお風呂につかって一日の疲れをお風呂で癒すのでした。 |