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■オープニング本文 安定しなかった天候が落ち着いて来たか、暖かい日差しが差し込む武天芳野の綾風楼。 受付の青年である利諒は、呼ばれていそいそと出かけてきていました。 「なんだ、用件は分かって居るってぇ顔だな」 「この時期ですからねぇ、今年も桜祭りかなぁ、と思いまして」 呼び出したのは東郷実将、芳野の領主で今はのんびりと煙管を薫らせながら寛いでいる様子、傍らには代行で姪の伊住穂澄が控えています。 「この芳野の桜祭りの目処が立ちまして、今年も開拓者の方もお誘いして賑やかに執り行おうとなりました」 「毎年の桜祭りですね」 さらさらと筆を走らせてお知らせの文面の確認をしながら聞く利諒に、穂澄は笑みを浮かべて頷きます。 「やはり桜祭りがないと、春を実感できないものですね」 「警備に関しては、一応それなりに行っている故、ゆるりと茶や酒でも楽しみに来て貰えればと思ってな」 笑って言う実将に頷いて筆を走らせる利諒。 「そうそう、仕事絡みでまた保上と打ち合わせがあるんだが、ご友人やら少年やら付いてくるかも知れないと言っておったのだが、どうにも今ばたばたしていてどうにも連絡が行き違っているようでなぁ」 「……うーん、流石に親御さんは連れてこられないと思うので、三人ぐらいで来るんじゃないですか?」 「……あの、ご友人と仰いますと、あの、先日六色の雪山の中で色々と……爆発とか……」 「……えぇと、僕が責任を持って、桜祭りでは爆発は無しでとお願いしておきます……」 穂澄の言葉にちょっとだけ眩暈でもしたかのように額を抑えて溜息をついてから、利諒は依頼書へと筆を走らせるのでした。 |
■参加者一覧 / 滋藤 御門(ia0167) / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 劉 天藍(ia0293) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 紅 舞華(ia9612) / フェンリエッタ(ib0018) / 劉 那蝣竪(ib0462) / 无(ib1198) / フレス(ib6696) / アーシェル(ib9361) |
■リプレイ本文 ●薄紅のさざめきの中で 穏やかな日差しの中、薄紅に色付く桜を眺めながら、劉 天藍(ia0293)は珍しくちょっとぼんやりと考え事をしているようで、その様子に気が付いてそっと静かに歩み寄る緋神 那蝣竪(ib0462)。 場所は芳野、さぁっと風が吹く度に木々が、色付く花が揺れる中、天藍と那蝣竪は待ち合わせをしていたよう、天藍はどうやら那蝣竪が先にも花見をしたときに泣いていたようなのが気になっていた様子、そのことを考え込んでいればその那蝣竪にひょっこり覗き込まれて。 「うわっ」 「どうしたの? 天藍君」 そう首を傾げて聞く那蝣竪、天藍はといえば、不意を突かれて驚いたものの那蝣竪を見れば、また少し驚くように目を瞬かせて。 枝垂桜の簪がしゃらと揺れるのに目を奪われ、改めて見れば鮮やかな蒼穹に浮かぶ雲も、八重桜も美しい振り袖で、天藍に見せるようにふわりと回ると口を開く那蝣竪。 「どう、かしら?」 「ぁ……」 少し驚いた様子であるも、改めて見てから。 「桜模様、よく、似合っていると思う」 その言葉にはにかみながら微笑む那蝣竪と、その笑顔にほっとした様子を見せる天藍。 「じゃ、綾風楼に行きましょうか」 「そうだな」 そう言って連れだって歩き出す二人、あれやこれやと持ってきたものの話などをしながら、ゆっくりと歩いて行くのでした。 「はぁ……」 深々と溜息を付いてみせるのはフェンリエッタ(ib0018)、その様子を、むーとした顔で眺めているアーシェル(ib9361)は、ちょっぴり気不味そうでもあって。 「依頼手伝いのつもりで来たのに……意地悪アーシェと二人でお花見なんて風情の欠片もないわ」 ぶちぶちと言ってみるフェンリエッタ、アーシェルはしれっとした様子で口を開きます。 「ギルドで気になるのを見つけたとは言ったけど?」 「……嘘つき」 「お前が勝手に勘違いしただけだろ」 その言い方にちょっとむっとしたのか、表情が、如実に『私のせいだなんて言うの?』とむぅ、と少しむくれた表情を見せると、くるっと踵を返すフェンリエッタ。 「帰る」 「はぁ? ここまで来て帰んのかよ!?」 「私の勘違いだったみたいだし、遠慮なく帰るわ」 「〜〜っ! あぁもう俺が悪かったって! お前に気分転換させてやりたかったんだよ!!」 流石に怒らせたのだろうかとぐるぐる思考が回ったアーシェルが言えば、漸く足を止めてから振り向くフェンリエッタ。 「ありがと、アーシェ」 気遣ってくれたことが分からないわけではないため、漸くに微笑みを浮かべるフェンリエッタに、どきっとして目を逸らしたアーシェルの頬が赤く染まって見えたのは周囲の花の色を映したかそれとも。 そんな様子に気付かずに小さく笑うと。 「じゃあ行きましょ」 そう言って桜並木の下を、先に立って歩き出すフェンリエッタ。 「お前の笑顔……反則だろ……」 口の中で小さく呟くと、フェンリエッタの後を追うようにアーシェルも歩き出すのでした。 「今年は、三度目だね」 「うん……今回もとても楽しくて素敵で……特別な日になると思うんだよ」 桜並木をゆったりと歩いてくるのは滋藤 御門(ia0167)とフレス(ib6696)。 御門は傍らを歩くフレスがちょっともじもじしているのがどうにも可愛くて仕方がないようで、微笑を浮かべながら見守っていて。 「そうだね。でも……一度目、二度目と、そして今回……同じ桜でも全部違う思い出だから」 「御門に……さん……」 御門の言葉に見上げるフレスは、つい今迄の癖で兄様と言い掛けて思わず真っ赤になってしまいます。 「ほら、また兄様に戻ってるよ?」 「御門さんもからかわないんで欲しんだよ」 気にしていると言うよりはどうしてももじもじしてしまっているフレスが可愛くて少し意地悪なことを言ってみる御門に、赤い顔で拗ねたように小さく頬を膨らませるフレス。 「あ、いや、ごめん、やりすぎた」 慌てて謝る御門に、むぅと困ったような赤い表情を浮かべると、小さくふるふると首を振ると、フレスは口を開いて。 「……怒ってはいないんだよ……大好きだから……」 本当に小さくそう答えるフレスに、ほっとしたように息を付くと、微笑みかけて、改めてきゅっとフレスの手を握る御門。 「ありがとう。……少しずつ慣れてくれたらいいから」 「……うん」 真っ赤に頬を染めつつも、御門の言葉にフレスは笑みを浮かべて頷くのでした。 ●降り積もる花の中で 「もふ、きれいもふ」 「本当に綺麗ね」 鼻先にひらりと舞い落ちる花びらに嬉しそうに見上げる八曜丸、柚乃(ia0638)も頷くと目を細めて。 「……神楽で見るのとはまた違うね」 柚乃はもふらの八曜丸と共にのんびり散策中で、境内の奥まったところを行くと、少し開けたところに出て。 さぁっと吹く風に揺られて日の差し込むそこは、遠くに喧騒の聞こえる木漏れ日と花びらの中にあるさながら舞台のようで。 「風が気持ち良い……」 心地良い春の風を受けながら、穏やかな笑みを浮かべてふわりと舞う柚乃は、心地好さげに小さく呟きます。 「そろそろ行きましょう」 そう呟くと、八曜丸と共に柚乃はお手伝いするお店の方へ歩いて行くのでした。 お持てなしのお手伝いには柚乃だけでなく礼野 真夢紀(ia1144)も向かっているようで、さわさわと風で揺れる桜に、出店の準備の手を止めて見上げると。 「お店が終わったらになると、夜桜ですね」 それを楽しみに頑張ろう、そんなふうにぐっと決意すると、真夢紀は改めてお店の準備に戻るのでした。 「あ……」 小さく声を上げると、側で友人である中務佐平次と話していた保上明征の後ろに隠れてしまうのは、養子として引き取った少年の幸秀で、野乃宮・涼霞(ia0176)と紅 舞華(ia9612)の二人に気が付いたからの様子。 少し心配そうな表情で涼霞が見れば、幸秀はもじもじとしながら涼霞を見ていて、どうやらはにかんでいるようで。 「ん? あぁ……どうした幸秀、あれほど楽しみにしていたと言うのに」 明征はそういいながらくしゃりと幸秀の頭を撫でてから、涼霞と舞華の二人と挨拶を交わして、一度綾風楼へと連れだって歩き出します。 「あ、いらっしゃいー」 綾風楼へとやってくれば、何やら襷がけして積み重ねたお膳を抱えた利諒がにこやかに出迎えていました。 「利諒も、手伝っているのか?」 「あ、手伝っているというか成り行きというか……まぁ、手伝ってますね」 舞華に聞かれてあわあわと答えかけて、はたと自身の状況を見て確かにと笑う利諒、兎に角お部屋に荷物でも置いたら如何ですか、と一行を綾風楼の中へと迎え入れます。 「幸秀君、この後一緒にお祭を見に行きましょうか?」 「良いの?」 「……まぁ、構わんだろう、行っておいで」 「……明征様もですよ?」 幸秀に答えれば告げられる涼霞の言葉に目を瞬かせる明征ですが、ぱっと顔を輝かせて手を引く幸秀に半ば引き摺られるように歩き出して。 「我々も屋台で何か摘みを見繕ってきます」 「おう、ま、緩りまわってくると良い」 出かけて行く三人を見送ると、舞華はのんびりと煙管を燻らせて居た東郷実将にそう声を掛けて、利諒を誘ってこちらも出かけて行きます。 通りを歩けば、賑やかな出店にはらはらと散る花びら、通りを歩いてで店などを見ている利諒ですが、舞華が参拝道へと入ってから、奥の方の路を行くのに小さく首を傾げて付いていくと。 「その、ちょっと、話があって……」 珍しく言い淀む舞華が人通りのない裏手に来たことで、何の話題になるのか利諒も予想が付いたか少し表情も固くなって。 「好きと言われた話だが……その、正直、今まで利諒をそういう対象で今まで見た事がなくて……」 「あ、あはは、そ、そうですよね……」 「いやその」 困ったようにちょっと寂しそうに笑う利諒ですが、慌てて利諒の言葉を止めると、少しどう言って良いのか迷うように口を開く舞華。 「でも好きだと言われたら、凄く嬉しかった。利諒の言葉は信じられるし褒められると凄く嬉しい。何故かと考えたら、私は利諒が…その……」 そこまで言って僅かに染まっていた頬の赤みが増して、小さく消え入るように何度も躊躇ってから舞華は口を開きます。 「どうやらかなり好き、らしい」 言われた言葉に目を瞬かせる利諒の手を取ると、俯いて小さく続ける舞華。 「こんな私で良ければ……」 「舞華さん、こんな私、じゃないです。舞華さんだから、僕は一緒にいたいと思ったんです」 握られた手を確りと握り返すと笑いかける掛ける利諒に、舞華も頬を染めたまま微笑み返して。 舞華と利諒は舞い落ちる花びらの中、暫くの間照れたような、それでいて幸せそうに見つめ合っているのでした。 ●桜色の風 「今年は寒さが長引いたせいか、開花が遅れましたね」 そう言って桜を見上げているのは和奏(ia8807)、のんびりと参拝道の茶屋で桜を見上げて呟くと、緩りと息を吐いて御茶を頂いていて。 「朝は、三分咲きだったのですけれど……」 そういう視線の先には満開の桜、咲き出すと早かったですねぇ、そう呟きながらゆったりと桜を眺める和奏。 「桜の季節は気が休まらないと詠われた古人の気持ちが少しだけ理解できたかも……」 さぁっと風が枝を揺らせば、はらりと舞い散る花びらに和奏はそう呟くと、改めて周囲を見渡して見て。 「咲き始めから、散り落ちるまで……あぁでも……」 ふむ、と小さく首を傾げて何やら考える様子の和奏は、納得したように小さく改めて頷くと。 「こうして茫洋と桜を眺めるというのも……とても贅沢な時間ですね」 ほんの少し満足げに小さく呟くと、今暫くの間、和奏はゆったりと桜を見上げ続けるのでした。 「アーシェったら、ほっぺについてるわ」 「あん?」 くすりと小さく笑うフェンリエッタ、先程から茶屋や屋台の甘いものを片っ端から試しているアーシェルの様子についつい保護者のような気分になっていたようで。 それに気づいている様子もなく、夢中で甘いお饅頭を貪っていたアーシェルですが、注ぎにと手に取ったお饅頭がまだ熱々だったか、手の中で飛び跳ねる結果となり……。 「ああっ」 ぽとりと落ちるお饅頭に、見るからにしゅんとした表情になるアーシェルに、フェンリエッタは小さくくすりと笑うと。 「……」 「もうっ、そんなにしょんぼりして」 そう言ってアーシェルの頭をからかいも混じっている様子でフェンリエッタが撫でてやれば、一瞬嬉しい気持が起るも、すぐに照れくさく感じたか、思わず乱暴に払いのけてしまうアーシェル。 「ガキ扱いするんじゃねぇっ!」 そう怒りながらも僅かに顔が赤く見えるのは照れているからか桜のせいか。 「私の分をあげるわ」 そんなアーシェルの様子を慣れているのかあまり意に介した様子はなく、はい、とお饅頭を差し出され、アーシェルはつい受け取ってしまうと、ぶつぶつと言いつつもどこか嬉しそうにもぎゅもぎゅと頬張って。 そんなアーシェルを笑って見守っていたフェンリエッタは、ふと風が撫でるのに頭上の桜を見上げると、笑みを浮かべて立ち上がり、アーシェルも一通り食べてひと心地付いたようで、つられるように目をあげると。 「桜って、不思議な花よね」 「初めてみたけど……なんて言ったら良いか……」 日差しを浴びて揺れる桜、はらはら舞い落ちる花びらが美しく思えて言葉を途切れさせるアーシェルですが、立ち上がっているフェンリエッタを見上げると、どこか不安を感じて見つめます。 「桜は……愛しい気持ちにさせるの。ただひと時の命を全力で輝いて、散ってゆくから……」 「……リエッタ……」 少しだけ手を伸ばしかけて止めると、拒絶されるのを恐れるかのようにきゅと手を握って下ろすアーシェル。 暫くの間、フェンリエッタとアーシェルの二人は、風が撫でる花を、静かに見上げているのでした。 「幸秀君は、こうしたお祭りは?」 「その……はじめてで……」 もじもじとした様子で、おかしい? と小さく首を傾げる幸秀に、そんなことないわ、と微笑んで首を振ると、ほっとしたようにようやく笑みを浮かべる幸秀。 「お腹すいてない? 何か食べましょうか?」 「良いの?」 「……む、まぁ、羽目を外しすぎない程度に……」 「あのっ、あのっ、村長さんところの子が、あめで色々な動物を作るって言っていたんです」 「飴細工ね?」 涼霞がきけば何度も頷く幸秀は、見に行っていい? と明征に尋ねて、頷くのを見ると嬉しそうにぱたぱたと駆け出して。 「……しかし……」 「私はこの桜を三人で見られる事が幸せに思いますから、お気になさらず」 目を向ける明征に微笑む涼霞は、幸秀君の折角の機会ですもの、そう笑って明征を促すと、一瞬何か言いたげだった明征ですが、そうだな、と小さく言って歩き出して。 追いつけば、ちょうど幸秀は飴細工で作られる龍にきらきらとした目を向けているところでした。 食べるのがもったいないと大切そうに飴を持つ幸秀は、途中の大道芸で後ろの方になってしまい見られないのに、明征に肩車されてあわあわと真っ赤になったり嬉しそうだったり、そんな様子を涼霞は微笑み見守りながら。 少しだけじわりと胸の内に浮かぶ不安を抑え込むように涼霞は、はにかみながらも明征に甘えている幸秀と、少し不器用ながらも親として幸秀を可愛がっている様子の明征を見つめているのでした。 ●桜香の宴 「ほぅ……」 そう桜を見上げて溜め息をつくのは无(ib1198)、傍らでは尾無狐もそっくり同じ表情を浮かべてこれまたほぅとばかりに見上げています。 あちらこちらの酒宴に顔を出しては、ほろ酔いで言い気分となり、綾風楼の一室、中庭に面した宴席の縁側で宵闇に揺れる桜を見上げていたところで。 しみじみと桜を見上げながら、声を掛けられ勧められるお銚子にお猪口で受けて一献受けると、肴の載った小皿を傍らに置くと、くいと見上げる尾無弧と目が合い、そうですね、とちいさく呟いて微かに笑みを浮かべる无。 「陽の下の桜も綺麗でしたが、夜の桜もこれはこれで趣が違って……」 見上げてちびちびとお猪口を傾けている者の、肴を尾無弧と分けて頂き、どちらも空になれば、もう一献頂くかそれとも、と考えてから、无はゆっくりと立ち上がります。 无は酔い覚ましにふらりふらりと道なりに歩き通りへと出れば、提灯の明かりと、そして漸く見えてきた月とが照らす通り一面の桜に暫し立ち止まってみると、軽く頭を掻いて。 「……このまま通えば一冊本が書けるかもな」 ぼんやりと頭の中に浮かぶ構想を反芻しながら、尾無弧と共に幻想的な桜の並木の中へと足を踏み入れていくのでした。 「夜桜も綺麗ですの」 お仕事も一段落、真夢紀はぼんやりと提灯灯りに浮かぶ桜の木を見上げて笑みを浮かべていました。 「地元でも、お姉様が身体弱かったから、どうしてもお花見ってお昼中心でしたからねぇ……ちぃ姉様と偶に一緒に見た位、かな?」 くいと小さく首を傾げて呟く真夢紀は家族と花見を思い出してか笑みを浮かべて言うと。「探検みたいで、月明かりの下でみる桜は、あれはあれで良いものでしたの」 そう頷いて呟きながら、足が向くのはまだやっているお酒やお菓子などのお店で。 「それにしても……」 店内に入って暫く楽しげに見ているも、无と僅かに眉を寄せて何やら考え込む真夢紀。 「この町は良く来るし……お土産を毎回違うものにするのもそろそろきついかなぁ……この祭りの時はこれって固定しようかな?」 案外重複しないようにお土産を選ぶのも大変ですの、頬に手を当てると、真夢紀は定番のお土産物などを前に、ほぅと溜息をつくのでした。 「筍の煮物とか俺の田舎の味付けだが……口に合えば」 綾風楼の宴席、天藍が持ってきたお手製お花見用お重を勧めれば、各々小皿に煮物を取り分けて頂いていて。 取り分けられた煮物を食べた那蝣竪はぱっと顔を輝かせるとにっこりと笑って天藍へと顔を向けて。 「天藍君の郷里のお味、とても美味しいわ!」 「そう言って貰えると嬉しい」 花が綻ぶような笑顔にちょっとどぎまぎしつつも微かに笑みを浮かべて答える天藍。 「ちょっと舐めるか?」 「東郷様、幸秀君には早すぎます」 那蝣竪の差し入れた桜風味の清酒を頂きつつにと笑う実将、あわあわとする幸秀に、涼霞はふぅと息をついてそう言いながら料理を小皿にとってやって渡すと、嬉しそうに笑ってお礼を言うと、何処か幸せそうににこにこと食べるのを見守っています。 「これはどの辺りの屋台だったかな……」 「えぇと、参拝道の入口辺りだった、と思うのですが……あ、それはこっちだったかな?」 酒の肴にと屋台で買い込んできたものを並べつつ、舞華と利諒は思いのほか勢い禰お色と買い込んできたようで、佐平次に何処のお店のか尋ねられて顔を見合わせて首を傾げていたり。 「あ、私はお花見団子を少し作ってきたの。食後にどうぞ♪」 そろそろ出そうかしら、と取りだしてきたお団子、どうぞ、と幸秀に渡せば受け取って食べて、幸せそうににこっと笑うのに微笑んで見る那蝣竪。 天藍も一つ、と受け取ってもきゅもきゅと食べ、飲み込むと笑って頷き。 「那蝣竪さんのお団子、とても美味しい」 「良かった♪」 天藍の言葉に、那蝣竪は本当に幸せそうに微笑み返すのでした。 ●月下の桜 二階へとあがって来ていた涼霞と明征、余程にお祭を回ったり、その後茶ではあるものの宴席に加わったりと、楽しかったのか、明征の膝に突っ伏すようにして、それでいてがっちりと服を掴んで眠り込んでいる幸秀の姿もあります。 「私は……幸秀君の成長を見守っていきたいと思っています」 そうっと、眠っている幸秀の髪を撫でてやって言う涼霞、明征は、月を眺めつつ、じっとその言葉を聞いていて。 「でも……母代わりになれるのでしょうか?」 ちょっと自信がなくなってしまって 、小さく呟くように言う涼霞にふむ、と小さく頷くと。 「やはり、無理をしていたな」 「明征様……」 「前に、逢いたいというのは我が儘だと言っていた。それが怖いとも」 そう言ってから、微笑を涼霞へと向けて明征は続けます。 「だが、私は涼霞が逢いたいと思ってくれるのは嬉しいし、それ位のことが我が儘というのなら、いくらでも言って貰いたい。それに、幸秀のことは……」 言い掛けて、明征は少しだけ困ったような表情を浮かべて。 「幸秀には、涼霞なりの距離で接してやってくれれば良い。気負う必要はない」 そうっと涼霞の頬に触れて言う明征は、失態し嫌われる事を思ってか僅かに不安げな色を瞳に滲ませる涼霞へ、何処か穏やかな表情を浮かべると。 「不安に思うことはない。涼霞が私を支えたいと言ってくれたのと同じく、私も、涼霞を支え寄り添いたい」 そう告げると、明征は涼霞を引き寄せて抱き締めるのでした。 綾風楼の一室、寄り添って桜と月を見上げているのは御門とフレス。 温かな御茶を頂きながらぴったりと寄り添って見上げるフレスは、幸せそうでそれでいて、時折不安げに舞い散る花びらを見つめているようでもあり。 どうやらフレスは幸せすぎてどうしても不安になってしまっているようで、御門はひょいと顔を近付けると頬に口付けてから微笑みかけます。 「大丈夫、心配ないよ」 今の幸せな状況を、御門がどう想っているのだろうと見上げたフレスは、頬に落とされる口付けに朱が差すも、続く言葉に驚いたように目を見開くと。 「幸せは消えたりしない、僕が傍に居るから……」 「御門、さん……」 真っ赤な顔のままではあるも、僅かに目を潤ませながら、フレスは御門へととびきりの笑顔を浮かべて見るのでした。 夜桜の下、綾風楼の裏手にある小径は楼の灯りを受けて足元が照らされ、それでいて喧騒が遠くに感じる、そんな場所でした。 空は月と星、頭上には桜と楼の灯り、その中を、宴席の後のゆったりした時間を那蝣竪と天藍は歩いていて。 そのまま歩いて行けば先には参拝道と繋がっているようで、まだ楽しみ足りない人々が夜桜を楽しんで居るよう。 そんな中、先に立って歩く那蝣竪はふわりふわりと舞い落ち来る花びらをそっと手で受け止め掬うと、手の中のそれは緩やかな風に揺れて再び手から舞い落ちて。 微笑みながら見る那蝣竪は、直ぐ傍らに天藍が居る、そのひとときが何よりも愛おしく感じていて。 天藍は、そんな桜の下を歩む那蝣竪が、不意に桜に攫われてしまうのではないかと錯覚したか、思わず手を伸ばします。 「ぁ……」 小さく声を漏らしてから、那蝣竪が自信の手に触れる天藍の手に微笑を浮かべて握り返すと、天藍の頬が赤く染まって見えたのは桜の色か。 「……その、この先は人が多いから、逸れないように……」 ほんの少し擦れた声で言う天藍に、心を満たす春風の暖かさを感じて微笑みかけると。 「……貴方が誰よりも大切なの」 そっと、傍らの天藍にも聞こえない程小さく呟く那蝣竪。 そんな那蝣竪の心に寄り添うように、静かに花びらは舞い揺れているのでした。 |