篭手と人・令杏襲撃
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/19 22:12



■オープニング本文

 その知らせを受けてギルドの制服を身につけた少年、孔遼が清璧山へと向かったのは、夏の暑さが尾を引く初秋の朝方のことでした。
「理穴と泰国の往復じゃ大変ですよねぇ……僕には無理です」
「そう言いながらも実際にはあちこち行かれているではないですか」
 少し疲れた様子ではありますが、ここ暫くの間、清璧の街で復興と防衛のための備えにと、戻って忙しく働いていた綾麗が微かに笑みを浮かべて言います。
 綾麗は修行の一環として開拓者となっていた、この清璧の後継者です。
 理穴でその後継者の証しである篭手を狙って襲撃を受け、記憶を失っていましたが、綾麗を知る人々と開拓者の協力により、名と本来の立場を知る事で、記憶が無いまでも向き合おうと決心したばかり。
「それで……あれ、ですかぁ……」
「直ぐに令杏を攻めるのではなく、私が行くのを待っている、と言った様子ではあります。ですが……」
 そう笑みから表情を引き締めて言う綾麗、自身の不在中に滅ぼされかけた故郷の復興と共に、近隣で繋がりの深い令杏という街と協力してやっていくと言うことで纏まって復興に勤しんでいました。
 先日その令杏の祭りで騒動が起きたため、八極轟拳の脅威に、綾麗は清璧が共に受けて立つと宣言する事となって居て。
 そして、令杏の外、幾つかの農家の集落が占拠され、そこから令杏に対し、襲撃するぞとちびりちびりと脅しをかけている状況です。
「八極轟拳としては、碌に抵抗もせずに滅んだ筈の武門に興味はなかったようなのですが、その後継者が現れたとなれば話は別だったようです」
「避難を優先させて、被害が最小限だったって聞きましたねぇ。……あれー? でも、篭手を狙われて今迄色々あったりして、理穴とかで襲撃受けたりしたんじゃなかったでしたっけ?」
「少なくとも、あちらでの襲撃に今回の勢力が……山を襲った者たちは絡んでいないということですね」
「前に山を襲った奴って、誰でしたっけぇ? えぇと、赤いちゃーしゅーでしたっけー?」
「……朱梅山、とか聞いています。焼叉武神君などと自称しているようですが……」
「放ってもおけない、ですよねー」
 また面倒な、そんな風に肩を竦める孔遼に、
「私が行かなければ収まらないでしょう、開いても、そして街の人達も……ですが、清璧を狙うという可能性も捨てきれません。代理でここを今纏めている雷晃には、こちらを守って貰うつもりです。ですので……」
「街の防衛を……遠目に見た範囲では、長居するつもりがある様子ではないので、本当に私の顔を見に来ただけの可能性もありますが……」
「分かりましたー取り敢えず、防衛のお手伝いをお願いしますと出しておけばいいわけですねー」
 依頼書を取りだしてそう答えつつ、孔遼は筆を走らせていくのでした。

 令杏近隣の農家にて。
「ぶふぅむ、篭手だけが価値があるものと聞いていたが、何々どうして、女がいるってぇ話じゃねぇか。それに腕が立つ、となりゃ、男と違って飼い慣らす楽しみもあるってぇモンだ、なぁ、がはははは……」
 そう上機嫌に双眼鏡を手に、令杏を眺めるのは朱梅山その豚……基その人。
「でも、肉を切らせて骨ぶったぎりっつー話の清璧の女ッツったら、すげぇごっついのかもしれねぇですぜ」
「あー、そんときゃ篭手だけでいいや。技を吐き出させた後で片付けりゃいい。その為に、此奴を持ってきている」
 にまにまと笑いながら言う梅山は、傍らの双眼鏡をばしばし叩いて、粉砕してしまって。
「……」
「……」
「お前ぇ、とっとと替えの双眼鏡持ってこいっ!」
 怒鳴られて農家の広い一室から飛び出す配下の男、農家の周囲にはごろごろと転がりながら、略奪の合図を待つ男達の姿があるのでした。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
野乃宮・涼霞(ia0176
23歳・女・巫
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ゼタル・マグスレード(ia9253
26歳・男・陰
紅 舞華(ia9612
24歳・女・シ
嵐山 虎彦(ib0213
34歳・男・サ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰


■リプレイ本文

●嵐の前
 令杏に向かう中、一行は遠目に朱梅山等に占拠されている農家を確認しつつ、休憩を取っていました。
「ここでも暴れているんですね……」
 僅かに眉を寄せて遠くに見える、街の近くに陣取った賊徒の姿にそう呟くのは長谷部 円秀 (ib4529)、同じ泰拳士として見過ごせない、そう強く決意を込めて言う長谷部。
「八極轟拳とは大きな影響力がある存在なのですね」
 野乃宮・涼霞(ia0176)は岳陽星と地図を見ながら何やら確認している綾麗を心配げに見ていて。
 受付の少年孔遼に入っている状況の情報を聞いて軽く首を傾げるのは梢・飛鈴(ia0034)です。
「あーっと……? 焼き豚? 轟拳の手下ってそんなんばっかりカ……」
「まぁ、叉焼でも焼き豚でも何でも良いんですけどぉ、兎に角迷惑な豚だと言うことは確かですねぇ」
 はぁ、と深く溜息をつく孔遼に軽く頭を掻くと肩を竦める飛鈴。
「んま、いいかい。とりあえずブチのめすだけだシ」
「しかし先日は楽しい祭を邪魔したりだの、無粋で端迷惑な連中だな」
「私も記憶にないのであれなのですが……強さこそが全てで、その為末端に至るまで仙人骨を持つという話です」
 紅 舞華(ia9612)の言葉に地図から顔を上げて綾麗が言えば、考える様子を見せるのはゼタル・マグスレード(ia9253)。
「また八極轟拳、か……奴らは籠手の何を知って欲しているのだろうな……? よもや、御伽噺を信じてという訳でもあるまいが」
「救村の英雄譚、素晴らしいではありませんか。その様な逸話は各地にありますが、どれもこれも興味深いですし、御伽噺で片付けるのは浪漫がありません」
「また始まった……まだ付き合い短いけど、ほんとそう言う話好きだなお前」
 梁蒼仙が笑みを浮かべて言えば、確認が終わった様子の地図を畳みながら呆れたように深く息を付く陽星、羅喉丸(ia0347)は陽星の手が開いたのを見計らって
「手合わせを頼んでいいか」
 綾麗さんも陽星さんも、と身体慣らしに誘えばどちらも元々好きで修行していたためか快諾、折角なのでと三つ巴で二つ三つ打ち合って見て、陽星は兎に角速度と細かい技の積み重ねが得意、綾麗は相手の攻撃を最大限受け流し反動で重い一撃を繰り出すようで。
「蒼仙さんも元は泰拳士だったというし、一手お願いできないか?」
「泰拳士として大成できなかったから、陰陽師になったのですよ」
 羅喉丸の誘いに冗談っぽくそう言って躱した蒼仙、嵐山 虎彦(ib0213)は蒼仙がこちらを意識していないのを確認して陽星に声を掛けます。
「陽星、なんでお前さんはこうして力になってくれてるんだ?」
「最初は、同朋の誼のつもりだったんだが……八極轟拳の脅威は、他人事じゃない。ウチは山奥だし武門なんて立派なモンじゃない村だから見逃されていただけなんだなって思っちまって……」
 隠遁生活のお師匠と自分以外、闘うなんて考えたこともない平和な村で、自分の村が襲われ妹達が同じ目に遭ったら、そう言いながら顔色を曇らせて。
 そろそろ休憩を切り上げようとなった所で、ふと考え込む様子を見せる綾麗に気が付いた羅喉丸。
「大丈夫か?」
「ええ。しかし……あの時の名乗りは、間違ったことではないと思っていました。けれど、その所為で皆さんも巻き込んで、こんなことに…」
「気にするな、かつて望んだ事だ。この程度の事にしり込みする様なら開拓者にはなっていないよ」
 喜んで手を貸す、その言葉を噛みしめるように手元を見てから笑みを浮かべて頷く綾麗、落ち着いた様子を確認してから、ゼタルは立ち上がって口を開きます。
「そろそろ向かおう、目立たないように入らないと」
 それぞれ同意して街へと向かいながら、自然とこの後のことが話題となり。
「籠手を奪う目的なら、大将自ら出向けば早い話。そうせずに様子見をしているのは、此方の戦力を図っているのだろう」
「ですが、防衛できなければそれまでですからね」
「綾麗、私達がついている。決して無理はするな。奴らの狙いは恐らく篭手と綾麗だろう。
単独行動はせぬように」
「綾麗ちゃん、一人で前に出過ぎちゃ駄目よ」
 ゼタルが言えば表情を引き締め答える綾麗、舞華と涼霞が言う言葉に頷いて。
 一同が街に向かうのを一番最後を歩いて見ていた飛鈴。
「……なーんカ、嫌な予感がするんだナァ」
 そう呟くように言うと、飛鈴も後について令杏へと向かうのでした。

●激突
「こちらへ……危険ですから、外に出ないで下さい!」
 涼霞が街の人達に告げれば、閉じられる家の戸、どうやら裏を突いてくる様子はなく、正面よりぞろぞろと遠巻きに見てくる一団に対し、街を囲む塀より外側に簡易の柵を立てて防衛に付くのは一行と、清璧派の青年達。
「綾麗ちゃん、気を付けてね」
「有難う御座います。街の人達の不安と苦痛、彼等にきっちりと理解して貰いましょう」
 加護結界をかけて言う涼霞に頷くと、一歩前へと出る綾麗。
「お、女が……幾人か居るが、どれだ?」
 農家の庭へ出てから、双眼鏡でにへにへと様子を眺めていた梅山は、令杏の防衛に加わっている女性が一人でないのに首を傾げて。
「いや、どう考えても正面出てきた、あの女でしょう」
「まぁ、どれでも良いんだがな、旨く引きずり出して、ようく顔をこちらに曝させろ」
 面白がっているようでもあり、また当人と令杏の防衛の戦力が如何ほどのものかと窺う様子もあり。
「ぶふぅ……まぁ、令杏も清璧も、一度簡単に潰せたし、俺様の出るまでもねぇかもなぁ」
 にたにたと気味の悪い笑みを浮かべたまま言う梅山、とっとと行けとばかりに軽く手で追い払われて、配下の男達は急ぎ飛び出して令杏へと向かいます。
「ぶふ?」
 ふとそこで周囲をきょときょとと見回す梅山、何やら人の気配を感じたような気がしたようで、頻りに首を傾げて腹を掻いているのですが。
「ぶふぅ、気のせいか」
 そう言うと、のっしのっしと農家の庭へと出て、改めて配下の男達が農家から清璧へと向かうのを見送って、双眼鏡を覗き込みます。
「……」
 一瞬ひやりとした様子の舞華は、梅山が完全に今の興味を令杏の、とりわけ防衛に加わっている綾麗や飛鈴、涼霞の女性陣に向けているのを確認してから、そっと農家の中の様子を窺って。
「……」
 どうやら農家の人達は追い出されたのかそれともどうなったのか、さっぱり解らないですが、少なくとも梅山の居るその農家には他に誰もいない様子で。
 慎重に周囲とその農家の周辺を確認すると、改めて舞華は綾麗達の側に戻って、戦闘に戻るのでした。
「うぞうぞと鬱陶しいナァ」
「本当にこちらの力を計られているようで、嫌な気分ですね」
 短銃の白羽で撃ち更に一気に奇声を上げて駆け寄ってきた男を竜巻で薙ぎ払うと、眉を寄せる飛鈴は綾麗の側で援護をすれば、的確に篭手で受け流しては叩き伏せるように手刀を落とす綾麗。
 その前方には羅喉丸が距離を保ちつつも棍で打ちかかる男と凌ぎあい、長谷部が一つ前に踏み出して。
「拳士の誇りにかけて、貴方達は見過ごせません。その道を正させて貰います」
 拳に力を乗せて的確に確実ブチ当てていけば、剣を手に飛び込んでくる男のその剣をかいくぐって懐へと入り吹き飛ばして。
「さぁさ、叩き伏せられたい奴は掛かって来やがれ!」
 大音声の嵐山の声に群がる男達は、槍の一線で吹き飛ばされ、それを見てニィと笑いつつも、嵐山が警戒するのは直ぐ近くで符を取りだし男達相手に弱い式をぺちぺちと飛ばしている蒼仙で。
「流石に、一体一体対処していれば後手に回る……」
 眉を寄せて呟くように言うゼタル、一行以外にも雑魚を主に対峙している清璧の青年が怪我をすれば、入れ替わりに対処していき、怪我人が出る度にそれぞれに駆け寄って治療をしていく涼霞。
「きりがなく、見えても……押していますっ、このまま押し切りましょう!」
 綾麗の言葉に清璧の青年達は益々守りのために雑魚の賊たちを棍で突き返し、街へと入り込もうとするのを押し戻していて。
 じりじりとではあるものの、叩き伏せ数を減らしていけば、相手側の方にも焦りが産まれているようで。
「数はこっちの方が多いんだ、このまま一気に畳み掛けろ!」
 幾つかの怒号が響く中、激しい応酬はどちらも引くことが無く暫く続くのでした。

●馬脚
「危ねぇっ!」
「綾麗ちゃんっ!」
 概ね余力を残して闘いつつも、押し返していた、その時でした。
 嵐山と涼霞の声、その声にいち早く反応したのは、ゼタルでした。
「ぐ、ぅっ……!!」
「ゼタルさんっ!?」
 混戦のその最中、雑魚を相手に蒼仙も援護をしていましたが、一瞬、綾麗への視界が開けた蒼仙は、混戦に紛れて帯を引き抜けばそれは剣となり瞬時に瘴気を纏って。
 その射線を、咄嗟に身体を投げ出して塞いだゼタル、血が噴き出すのに更に踏み込もうとした蒼仙に庇うように嵐山が槍でその進路を塞ごうとし、飛鈴と長谷部が表面の敵を凌いでいる間に綾麗が蒼仙からゼタルを引き離そうと舞華の手を借りて少し下がれば。
「は、力こそ全てか! じゃ、この鬼法師と力比べといこうじゃねぇか!」
「やはり、そろそろ潮時とは思っていましたが、ね」
 にいと薄く笑う蒼仙の一振は瘴気を纏ったまま嵐山を襲う刃となって。
「ちいぃっ!」
 幾ら不動で防御を固めていたとしても、瘴気が容赦無く嵐山を切り裂き、ぐらりとその巨躯が崩れ落ちかけるも。
「潮時だぁ? 負け惜しみ言うんじゃねぇぜッ! 手前ぇは気付かれてねえと慢心したから、のこのこココに来たんだろうがっ!」
「このっ…… ――っ!?」
 血を噴き出しつつもニィと獰猛に笑う嵐山、蒼仙の意識がその嵐山へと逸れたその一瞬。
「破ぁっ!!」
 その巨躯の影より躍り出た羅喉丸の、極限にまで研ぎ澄まされたその一撃、拳が確かに、蒼仙の胸部を抉るように撃ち抜いて。
「ぐ、っ、ぁ、ぉぉっ、開拓者風情が……ぁ……ッ!!」
 確かに撃ち抜いたその一撃も、辛うじて堪えきった蒼仙は後ろへと飛び退ると、胸元を片腕で押さえつつ、辛うじて取り出した符が靄となり、更に追おうとするのを遮って。
「何れ、後悔することになるぞ」
 最後に残されたその言葉は、負け惜しみかそれとも別の意味があるのか。
「そっちは……」
「大分酷い、ですが……」
 自身の服の袖を引きちぎってその布でゼタルの傷口を押さえていた綾麗が重傷であるものの死には至らないことを何とか告げると、少し下がるのに直ぐに涼霞が手当をすれば、流石に同じく深手を負った嵐山も陽星の手を借りて少し下がり手当を受けて。
「……あと少し、凌ぎきれば一度引かせられる」
 舞華の言葉に僅かに目元を擦ってから頷くと、綾麗は再び正面で迎え撃つ位置へと戻るのでした。

●残された時間
 待機していた一同、綾麗達が堪えきったその様子を眺めていた梅山は、綾麗の様子を眺めて、嫌な笑いを含めたままにやにやとしながら笑みを浮かべていて。
 綾麗の姿と実力をある程度計れたからでしょうか、非常に満足げに立ち去った後で、綾麗は改めて一同の状況と被害の様を確認すると、多少の被害は出ていたものの押し入られかけたときに大抵の人達は逃げ出していたので、蓄えを食い荒らされた程度の被害で。
「恐らく、天儀に渡って綾麗君を襲ったのは、蒼仙ということででほぼ間違いないだろうな」
「そうですね……あの人には、清璧の内部も、令杏の中も確りと見られています。何れ、梅山共々対峙することになるのですね」
 ゼタルの言葉に頷くと、綾麗は表情を曇らせて考え込む様子を見せて。
「兎に角、次に何か動きがあるとしても、一度相手も体勢を立て直してからだろうし、それまでに色々と備えればいい」
「まだ幾つかやり合うことになるカ……」
 早く決着が付くと良いのに、羅喉丸が言うのに肩を竦めて飛鈴は溜息をつきます。
「今は令杏がまず最初の危機を乗り越えた、と言うことですし、まずはゆっくりと休んで傷を癒しましょう」
「農家の方も、何とか立ち直れそうな様子だしな」
 涼霞と舞華がそう話していれば、その言葉に、改めて綾麗は令杏を守る決意を固めているようなのでした。