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■オープニング本文 「遠足に行こうぜっ!」 「……え、えぇと、僕が、じゃないですよねぇ……それは、開拓者さん達への、お誘いですか?」 まだ秋という実感の沸かない暑い日の、昼下がり。 別の用事で武天芳野へと顔を出していた開拓者ギルドの受付の青年利諒の袖を引っ張って呼び止めたのは、二人の少年と、どこか遠くを見ている二十歳そこそこの青年です。 「あれ? あき、ふみ、さん……明書さん! お久し振りですねぇ。どうしたのですか、遠い目をなさって」 少年は芳野の芳池酒店の住倉翁のお孫さんで、荷馬の住倉屋の一人息子の嶺騎、理穴の保上明征の養子である幸秀、そして明書、と声を掛けられた青年は保上明征の弟で、中性的な容姿をした、修行と称してあちこちを放浪していたはずの人物。 「……久々に、何気なく家に戻ったところ、兄に捕まりましてね……どうせ暫く戻らないつもりなら、子供達の護衛の一つもやっておけと、こう言いつけられまして……」 知らないうちに甥っ子が出来て戸惑っています、そう遠い目のまま言う明書に困った笑みを向けていれば、そんなことより、と嶺騎がぐいぐいと引っ張るのに屈んで目線を合わせると、遠足ですって? と問いかける利諒にこっくりと頷く嶺騎。 「折角の夏だったのに、夏らしいことぜーんぜんできなかったし、折角だから湖まで遊びに行きたいって言ったのに、母ちゃんが駄目っていってさー。子供だけで出かけて痛い目にあったらどうするって言われたんで、いっそ大人数でわいわいと行くのも良いかなーって」 「その、叔父上に引率して貰って、開拓者さんをお誘いしての遠足だったら、良いよって、嶺騎君ちのおば様が……」 じっと期待の眼差しを向けられる引率者は、既に抵抗は諦めたようで。 「まぁ、川沿いの所を上がっていって、湖のところでご飯を食べたり遊んだりしてから、帰って来るという程度のことですし、それ位ならと思いまして」 「遠足―っ、幸秀は猫連れてくるって言うし、俺も馬でも連れてこうかなぁ……」 「山道だからやめておいてあげましょうよ」 嶺騎の言葉に微苦笑を浮かべると、利諒は近くの階段の石段へと腰を掛けて依頼書を取り出すと、遠足のしおりを作り始めるのでした。 |
■参加者一覧 / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 紅 舞華(ia9612) / 劉 那蝣竪(ib0462) / 无(ib1198) / フレス(ib6696) |
■リプレイ本文 ●まずはお弁当! 「カレー味のお握りなんて、どうだろ?」 お家でお弁当を用意しようとまだ日も出ないうちからいそいそと準備を始めていたのは礼野 真夢紀(ia1144)です。 真夢紀は幾つか方法を考えて居たようで、まとまりなどを考えてお芋は入れず人参と玉葱を手際良くお米の粒と同じ程に刻んでまず煮込めば、香辛料の香りが食欲をそそり、火に確りと掛けて水気を飛ばし、それをご飯と一緒に炒め。 側では胡椒を利かせた肉団子がまた食欲をそそる良い匂い、それを芯の具材に、先程のご飯でお握りを握って。 「手が汚れるから御手拭は必須よね。箸と懐紙も持って行って……折角なら他の人にも分けれるよう一杯作りましょ」 蒸し茄子に南瓜の煮物はおいて冷まし、揚げ物の準備をしながら楽しげに準備を続けるのでした。 「幸秀は、どちらの味付けの方が好きかしら?」 「えと……こちらの方が、ほんのり甘くておいしいです」 卵焼きの一片、小さく切ったものを味見ね、と野乃宮・涼霞(ia0176)が微笑んではい、と出せば、おずおずとそれを口にしてから、ほわっと幸せそうに笑んで答える幸秀。 早朝、麗月亭の台所一部を借りて涼霞が大きなお重にお弁当を作って詰めているところで、作り方を教わったり涼霞がお弁当を作っている姿をきらきらとした目で見つめていて。 「はいっ、母上」 「あら、幸秀、有難う」 詰める前のおかずを置くお皿が足りなくなった涼霞が周囲を見回すのに気付いてお皿を持ってくる幸秀、互いに母上、幸秀、と呼び合うのが嬉しいよう。 楽しげにお弁当お支度をしていると、お台所の片隅で、何かを作っている様子の利諒の姿が見えて、母子揃って顔を見合わせて。 「何を作ってるんですか?」 「あ、いえ、えぇと、その、おやつ、なんですが……」 幸秀に聞かれて二人に気が付いたのかあわあわとする利諒に、何となく事情を察して涼霞は笑みを浮かべるのでした。 「遠足なんて初体験ですv」 ぽうっとした様子がないわけではないものの、珍しく興奮気味な様子を見せているのは和奏(ia8807)、先程から嬉しげに遠足のしおりを確認しては、お弁当作りに戻るということを繰り返しています。 「おにぎりは梅干しに、かつおぶしに……塩昆布」 具材を確認してきゅっきゅっとおにぎりを作ると、海苔をさっと炙ってくるりと巻いてちょんちょんとお皿に並べていって。 「卵焼きに、あぁ、漣李さんのお肉もちゃんと忘れずに入れませんと」 和奏は飲み物の水筒、敷物、お手拭きとぱたぱた準備を調えると、改めて出発前にしおりを確認しているのでした。 「遠足であります。準備完了であります」 からす(ia6525)が荷を詰め終えると、報告するかのようにもふらの浮舟が立ち上がって言って。 「残暑もあるし運動不足ではないか?」 健康に悪かろうな、そんな風に口元に笑みを浮かべて言うからすに、はっとした様子を見せてから、自身の毛並みなどをぐっぐっと身体を捻って確認すると、その毛並みのため、とばかりに決意を込めて胸を張る浮舟。 「試練であります。耐えるであります」 「頑張れ、君ならできる」 笑みを浮かべて言うからすに頷く浮舟、一人と一匹は荷物を背負い込んで待ち合わせの場所へと向かうのでした。 「弁当よし、おやつよし、お酒も……」 そろそろ待ち合わせの時間が近くなってきたとき、无(ib1198)は尾無弧のナイと共にカバンに詰めた物がちゃんと揃っているかを改めて確認していて。 「ここのところ、ずっと図書館だったしな……」 蔵書点検の為暫く忙しかったそうで、気分転換に参加することに決めたようで。 「さて……」 荷物の詰まった鞄を背負って立ち上がると、麗月亭の前へと向かうのでした。 「フレスちゃん、おはよう」 「なゆ姉さま、おはようなんだよ」 麗月亭の前、待ち合わせより早めに、荷を持ってやって来ていた緋神 那蝣竪(ib0462)は、フレス(ib6696)がいそいそとやって来るのに気が付いてにっこりと笑って声を掛ければ、フレスも嬉しそうに挨拶を返して。 「明征殿の弟殿か、宜しくな」 「兄が普段お世話になっているようで……こちらこそ、宜しくお願い致します」 引率の保上明書の姿を目にして挨拶に歩み寄るのは紅 舞華(ia9612)、傍らには忍犬の潮が尻尾が千切れんばかりにぶんぶんと振って見上げています。 「あ、舞華さん、明書さん、おはよう御座いますー」 そこへ麗月亭の中から顔を出して嬉しげに歩み寄る利諒、その後ろから、お重を包んだ荷を持って出て来る涼霞と幸秀に気が付くと、明書は幸秀の頭を撫でてから、涼霞にぺこりと頭を下げて。 「あ、お初お目に掛かります、えぇと、その、姉上」 「初めまして。宜しくお願いします」 涼霞の話は幸秀から聞いていたようで挨拶をすれば、鞄を背負って上機嫌でやってくる嶺騎、幸秀は白黒猫をだっこしており、その直ぐ足元で丸くなっていた、金糸の飾り組紐を首に巻いた大きな黒猫が、やってきた嶺騎の方に素早く這い上がると頭に乗っかってうなぁと鳴いて。 どうやら挨拶などをしている間に全員揃っており、嶺騎が一番最後だった様子、それを確認して口を開く明書。 「はい、皆様、おはよう御座います。本日は遠足にご参加頂き有難う御座います、これより出発致しますが、途中で具合が悪くなったり問題が発生致しましたら、わたくしに声を掛けて頂けますよう、お願いします」 説明は以上です、とやけにあっさりと言うと、では、出発しますと先導して歩き出す明書、一行は明書に従って山道へと向かって歩き出すのでした。 ●楽しい山道 「秋の気配漂わせ始めた空気、高さを増したような青空が気持ち良いわね……♪」 「まだ暑い日が続くので湖とか嬉しい行先なんだよ」 小川のせせらぎが聞こえる中散策道を歩けば、空は高く吸い込まれそうな程の青空、那蝣竪が笑みを浮かべると、フレスがこの間も暑い盛りに湖に行ったけれど面白かったんだよ、とはしゃいで言って。 「潮、子供達が逸れないように良く見張ってるんだぞ」 「わん!」 もちろんと言わんばかりに言う潮、しかしその潮は直ぐに後ろを二匹の猫がうにゃうにゃとついて回り始め、じゃれつくのに面倒を見ながらとなっていて、ちょっぴり忙しそう。 「風が気持ち良い。こういうのも良いな」 「ええ、何だか童心に返ったような気がしますねぇ」 舞華の言葉に笑って相槌を打つ利諒、仲よさそうに寄り添いながら山道を行く二人の側では、からすと浮舟の姿があって。 「すすめーむてきのーもふもふぐーんだんー」 「……わたくし、あのもふらさんが歌われている元が若鷹なのか歌劇団なのかが気になるのですが……」 「?? 叔父上は良く分からないことを言われます……」 浮舟が元気良く歌い、のしのしと歩いているのを見つつ、何やら考えている様子の明書、その言葉に幸秀は困ったような表情で首を傾げて呟き。 「綺麗な水ですね、お魚がはっきりと見えます」 ひょっこりと川を覗き込む和奏に、鷲獅鳥の漣李が一緒になって覗き込むとちょんと川の中にくちばし御突っ込んで。 その冷たさが楽しかったか、喉が渇いたのか、それともその水が揺れるのが楽しかったか、ちょんちょんと嘴で突いてはお水を飲むのを繰り返しています。 「あれはなに?」 「鳶ですねー」 「あ、お弁当の時には気を付けないといけないですね、人のお弁当に味を占めて、鳶が襲ってくる場合があるそうですから」 しらさぎと手を繋いで真夢紀が歩いていれば、しらさぎが真夢紀に問いかけて。 その会話につられたように顔を上げた明書は、この辺りは餌付けしないようにと十分に注意をしているらしいので、多分平気だとは思いますが、と付け足して。 「鳶に襲われたことがあるのですか?」 「子供の頃に、お握りの包みをひっ捕まえて持って行かれてしまった人を見まして」 こんな風に飛んできて、こうでした、と簡単な身振りを交えて一応注意して下さいねと真夢紀に答えれば、真夢紀としらさぎは揃ってなるほど、とばかりにこくこく頷き。 「それにしても、あの猫はもっと臆病で保上殿の屋敷から出なかったような気がするのだが」 「幸秀に良く懐いているのは知っていましたが……」 前方できゃっきゃとはしゃいで居る幸秀と嶺騎、その周りで尻尾を立てて駆け回っている二匹の猫を見て、軽く首を傾げる舞華と、頬に手を当てて言う涼霞。 「ええ、迷子になっては大変なのでと、蓋のある籠に入れて連れてきているのです。あの黒猫と一緒に大人しく入って寝ているんですよ」 何があったのかは解らないそうですが、いつの間にか猫が増えていると思ったら、幸秀のお出かけにも付いて行きたがるようになって、寂しがるので芳野にも連れてきているとのことで。 「何か見えてきたのであります。きっと湖であります」 もふもふ毛を揺らして声を上げるもふらの浮舟、うにゃと顔を上げる猫たちがちょっぴり疲れ気味なのを見て屈んで背中に乗っけてやると、再びしゃきっと立ち上がるのに、浮舟や猫たちの目に、きらりと光る湖面が木々の間から見えて。 「なゆ姉さま、みてみて! あそこなんだよ」 「もうすぐね。結構登ってきたのねぇ」 フレスが声を上げるのに笑みを浮かべて頷く那蝣竪は、ふと振り返ってみてずっと続いている山道にしみじみとそう言って。 「飛んできてしまえばあっという間なんですけれどねぇ」 漣李の羽を撫でてやりながら和奏も振り返ってみれば、何故か誇らしげにフンと胸を張る漣李。 やがて見えてくるのはきらきらと光る湖面、山道が開けて行くにつれ視界に広がる湖なのでした。 ●湖の休憩時間 「今から自由時間です、何か問題が起きましたら声を掛けて下さいね」 湖へと着いて見渡せば、向こうの方には御茶屋さん、その奥には貸し舟屋があり、解散場所は水遊びの出来る浅瀬と芝生の広場。 早速敷物を用意してお弁当の時間です。 「どうせならご一緒にいかが?」 微笑んで言う那蝣竪、敷物を広げてフレスと一緒に準備をしていると、それぞれが多めに沢山作ってきている為か、自然近くに敷物を引いて広げ、沢山のお握りやおかずが並ぶことになって。 「わぁ、なゆ姉さま、凄く美味しそうなんだよ」 「いっぱい食べてね」 嬉しそうに頷いて取り分けて貰ったりしながら食べるフレス、だし巻き卵を一口ぱくりと食べ、ほわぁっと幸せそうな笑みを浮かべていたりします。 「この匂い、どっかで……ん、ちょっと辛いけど、旨いや」 嶺騎は真夢紀の作ったカレーのお握りを手にとって、目を瞬かせて居るもぱくりとかぶりついてもきゅもきゅ食べ、ごくんと飲み込むと、満面の笑みを浮かべて、塩麹で付けて味付けした唐揚げなども美味しく頂いていて。 「後で梨もありますよ」 「はー……なんか、こー言うのみていると、同い年ぐらいなのにって考えたら、俺も自炊ぐらい出来た方が良いのかなぁ……」 「リョウキ、おないどし?」 梨を氷霊結も使い冷やしていた真夢紀がにこにこしながら言って那蝣竪にお魚や酢の物をとって貰っていれば、年齢が近そうな真夢紀やフレスを見て、むむと眉を寄せる嶺騎、しらさぎが不思議そうに首を傾げて見せていて。 「お兄さん、それは?」 「ん? 芋幹縄と言って、里芋の茎をこんな風に縄に綯って、味噌で煮込んで干した物ですよ。これを入れて、こうして湯を沸かすと……」 「あっ、お味噌汁だ」 「そういうこと。これは干飯でこちらもそのままでも食べられますが、お湯に浸すとご飯に戻せますが……」 こちらはお握りが沢山ありますから、ご相伴に預かろうかと、そう言って笑みを浮かべる无に、幸秀は興味津々のよう。 とりわけ、いろんな事を知っている、と認識されたようで、何だか懐いている様子、これ、母上の手伝いして作ったの、とちょっぴり形が歪でも味は大丈夫なお握りを進めてみたり。 ちょんとお行儀良くしている尾無弧にも、どうぞ、と勧めていて、何だかそんな様子を涼霞は微笑ましく見ていれば、どうやら明書も同じようで。 「兄が子供を引き取って、良い人も居ると聞いて、驚いていたのですが……わたくしが心配するまでもなく、良い子のようですね」 「明書さんも子供の頃はあんな感じだったのでしょうか?」 「あぁ、いえ、寧ろあの子の様子は、昔の兄が良く似ている気が致します。ただ、あるとき『自分が確りしなければ!』と急に言いだして、わたくしはまだ幼かったですが、こう、急に厳しくなりまして……」 それまでは怒られたこともなかったのに、とちょっと溜息混じりに苦笑する明書。 「名前を見て解るように、うちの両親、兄に武術を、わたくしに学問を、と……ある程度まではそれぞれ頑張って居たのですが、興味の対象は逆だったのですよね」 厳しくなる前は我が儘放題で良く兄を困らせて、と頬を掻く明書に、その様子が普段の様子とは噛み合わないものの、良く分かる気がしてくすりと笑みを零す涼霞。 そんなほのぼのとした空気とはまた違って、ほのぼのと言うよりは、何やら緊張感を持って居る二人の姿があります。 満足げに漣李が焼いたお肉を頬張っていれば、一面に広がる湖を眺めて、用意して来たハンバーグにお握りをもきゅもきゅ食べてのんびりしていて。 一人は彼女にお弁当を作って貰うという自体に照れて固まっている様子の利諒、もう一人は、作ったお弁当がどんな反応だろうかとどきどきしつつ、恐る恐る、お弁当を取り出す舞華で。 「その……実は今回弁当を利涼に作ってきてみたんだが……」 そう言いながら出されるお弁当、赤くなりながらおずおずと出されるお弁当と、舞華のその様子に、利諒も真っ赤に成りつつあわあわしていて。 「何しろ日頃あまり料理し慣れないので、今一歩……その、自信が」 「じ、自信がなんて、そんな、美味しそうですよ」 「友人に教わって上手く出来た分だけ持ってきたつもりだが……良ければ、どうぞ」 「よっ、良ければなんて。その、凄く嬉しいですっ。え。えぇと、頂きます」 手を合わせてそう言うと、秋刀魚の蒲焼きをぱくり。 「……」 「お、美味しいです……というか、その、そんなに見つめられながら食べると……」 ちょっと緊張しちゃいます、そう言って笑うと、とっても美味しいですよと嬉しげに食べる利諒の様子にほっとする様子を見せる舞華も、漸く安心して食べ始めると。 「潮も、ほら」 「わふ。わん?」 「ん、ちょっと甘かったか?」 南瓜の煮物を潮にも分けて上げていれば、そう笑いながらなでてやる舞華、利諒は幸せそうにひじきの煮物をもきゅもきゅ食べていて。 「それで、その……」 「ん?」 「僕も一応、おやつなんですが、おはぎ作ってきたので、後で如何でしょう?」 「うん、それは楽しみだ」 先程の緊張感は何処へやら、なんだかほっこりとした様子で楽しげに食事を取る二人。 「さて……腹拵えは済んだ。浮舟」 「はいであります」 「泳げ」 「え、えええっ!?」 からすに唐突にきっぱりと言われて吃驚する浮舟ではありますが、しゃきんと背筋を伸ばしてももふらなのであまり延びませんが、そこはそれ、水へと向かってぽふぽふと突き進み。 「水棲朋友は兎も角、他の朋友には負けないであります」 「頑張れ」 「気合い−!」 犬かきならぬもふら掻き、なんだか面白そうと見たか、わふわふと潮も泳ぎますが流石にこちらは忍犬、早い。 「まっ、まけないでっ、あ、りま……ぶくぶく」 じたじたしただけ沈むのですが、直ぐにぷかっと浮かび上がるのはやっぱりそこいらへんはもふらだから。 そして、その頑張りを見て貰おうにも、からすはのんびり釣り糸を垂れ、時折ちらっと様子を見ていたのですが、取り敢えず浮いているようなので釣りは続行中。 「キャッチ」 活きの良い魚が掛かると、それを手元に戻して針から外して。 「リリース」 ちゃぽんと放してやるというのを繰り返しながら、からすはのんびりとお握りや、進められたお団子、梨などを囓りつつ、穏やかな湖の畔の時間を楽しんで居て。 「な、何するでありますー」 「きしゃー」 「あれ? 漣李さん、お肉足りなかったかな?」 「放すでありますーっ!」 ただ単に湖の真ん中付近を浮いていた浮舟を、何だろうと思ってがっしり掴んだ様子の漣李ですが、わきゃわきゃと慌てる浮舟とは対照的に、和奏は不思議そうに首を傾げてみているのでした。 「なゆ姉さま、えーいっ」 「きゃっ、冷たい。お返しよ」 華やかな声と共にフレスと那蝣竪は膝辺りまでの所へ入って水を掛け合って楽しんで居ます。 一通りご飯を食べ終えて一息つけば、折角の自由時間、そよ風があるとはいえ暖かな日に、心地良い冷たさの湖で早速始まるのは水遊び。 「なゆ姉さまには負けないんだよ!」 「あら、私もフレスちゃんには負けないわ」 一緒に遊ぶ那蝣竪も童心に返っているようで、ほのぼのと女性同士の愛らしい水の掛け合い。 ちょっと失礼と言って明書が茶屋の方へと去れば、二匹の猫たちは湖畔に乾燥中の浮舟の毛並みが気に入ったのか、もにもにと慣らしてからお昼寝中。 「うわわっ、やったな! 幸秀! あ、あれ?」 「……」 「うわ、ナイっ、くすぐた、がぼっ」 そして、元気な男の子達、濡らしちゃいけない物は涼霞に預けて水に突進すれば、この辺りは男の子、遊びはなかなかに激しいよう。 最初水を掛けていた嶺騎にばしゃんと水へと入った幸秀、なかなか出て来ないのに見ている涼霞ははらはらですが、直ぐに足を引かれた嶺騎がひっくり返り、慌てて跳ね起きる嶺騎。 でも、きょろきょろとやっぱり上がってこない幸秀に嶺騎も目を瞬かせれば、尾無弧がぱしゃっと水に顔をつけてかしかしするのにくすぐったかったか跳ね起きて慌てて藻掻く幸秀。 男の子達は全身ずぶ濡れですが、それに潮も加わり二人と朋友二匹、きゃっきゃとはしゃぎ回っていて。 やがて遊び疲れるのはみんな一緒、木陰で休憩を取る那蝣竪、膝には遊び疲れてすやすやと心地良さそうな寝息を立てているフレス。 優しく髪を撫でては、その安らいだ寝顔を見て優しい笑みを浮かべる那蝣竪、ふと口から突いて出るのは、記憶の中にある懐かしい子守歌です。 すっかりと乾いたもふらの浮舟ですが、びしょ濡れで遊び回っていた子達が群がってきて電池が切れたようにくっついて眠るのに、我慢であります、堪えるでありますと小さく呟きながら起こさないようにじっとしていたり。 「子供とは、宛ら嵐のようだ」 ふと笑みを浮かべて、姿だけなら確実に子供に入るはずのからすが口元に笑みを浮かべてお湯を沸かしていれば、大人達はおやつまではもう少しあるから寝かせておこうとなって。 「なるほど……御茶を美味しくするには、もう一工夫なのですね」 そして、御茶の準備をしていたからすに色々と質問しながら手にした手帳に書き付けている无は、帰ったら試してみよう、と呟いて。 「あら、どちらにいらしてたんです?」 「あぁ、お土産を買いに……おや、氷ですか?」 「ええ、あの子達が起きたらかき氷を出して上げようと思いまして。それと、お団子も」 「良いですね、あれだけ大暴れしていたのです、きっと起きる頃にはおやつが欲しくなる頃でしょう」 かき氷を作ってあげようと準備をしていた涼霞、そこへ戻って来た明書は何やら紙包みを抱えていて、ぐっすり眠り込んでいる子供達に、遠目からはしゃいで居たのを見ていたかそう笑みを浮かべます。 「……良い想い出ができたわ。嶺騎君達に感謝しないとね……♪ 」 子守歌を聴きながら、未だ幸せそうな眠りを続けているフレスの髪を愛おしそうに撫でながら、那蝣竪は微笑んで呟くのでした。 ●帰るまでが遠足です 帰り道、和奏は夏と違い辺りに響き始める虫の声を何処か楽しんで居るように耳を澄ませて、漣李の背に乗っており。 猫たちはすっかりと疲れたのか、明書が持っている籠の中でぐっすりと夢の中、男の子達は一度寝ていて充電は確り出来てからか、あれやこれやと草笛をしたり、尾無弧とじゃれながら山道を下ったり。 「フレスちゃんの持ってきたお菓子美味しかったわ」 「なゆ姉さまに喜んで貰えて嬉しいんだよ」 上機嫌で那蝣竪の腕にぎゅっと抱きつくフレス、また何処かこうして出掛けるのも良いわね、と那蝣竪が言うのに嬉しそうに何度も頷いて。 「利諒の作ったおはぎ、美味しかった。しかし、作り慣れているのか?」 「一応、他にも作ったりしますけれど、おはぎは自信作なんです」 自分より作り慣れているんじゃ、という舞華に首を振ると、所詮男の料理ですし、おはぎは幼馴染み達に与えておくと暫くは静かになるんでちびちび作っていたのですと頬を掻いて答えて。 「今日の夜は宿でも美味しいもの食べよう」 「良いですねぇ、ねぇ、潮君」 「わう!」 嬉しそうに尻尾を振る潮に舞華は笑って背中を撫でてやって。 「たのしかった」 「それは良かったのです」 楽しげに手を繋いで山道を下りながらにこにこと笑い合うしらさぎと真夢紀は、いっぱい美味しい物を食べたし、また自分が作ったものの評判も上々だったようで、嬉しそうな様子を見せています。 「ふむ……」 尾無弧のナイが子供達と仲良く遊んでいる様子を見て何処か満足げな様子を見せると、无はのんびりと今日あった出来事を反芻して、宿に戻ったらあれこれとまた書き出さないとなどと考える辺りは休めているのか居ないのか。 「浮舟は頑張ったのであります!」 「ああ、これでまた、健康な毛並みが保たれることだろうな」 毛並みを維持し健康のために努力した、という充実感で胸を張る浮舟に、何だかからすは面白そうにくっくっと笑って頷いて。 そうして、やがて辿りつくのは、朝に出発した麗月亭前、空は既に茜色と紫が混じり合い始める刻限。 「はい、皆さんお疲れ様でしたー、宿は準備が出来ていますので、ゆっくりお休み下さい」 引率者の明書はそう言ってから、大きめの紙袋を手にして。 「本日遠足にご参加頂いたお土産として、ささやかなものですが、どうぞお一つ……」 そう言って袋から一つずつ手にとって貰えば、どうやら小分けに入っているその小さめの紙袋に入っているのは扇子のよう。 「二種類あったのですが、印を付けて貰うのを忘れてしまったので、えぇと……選べなくて申し訳ないです」 そう言って改めて一同へと向き直ると。 「本日はお付き合い頂き有難う御座いました、尚、お家に帰り着くまでが遠足ですので、ご自宅に戻られるまで安全にお願いします」 そう言って改めて頭を下げて。 「じゃあ、幸秀、お部屋に行きましょうか」 「はい、母上。じゃあ、嶺騎君、またね」 「おう、またなー!」 それぞれが部屋へと向かう中、友達とお別れをして部屋へと向かう幸秀、涼霞はその手を握って、嬉しかったのか何度も昼の遠足の様子を話す幸秀の様子を、微笑ましく見守っているのでした。 |