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■オープニング本文 「あぁと、お願いだからお譲ちゃん泣きやんで、ね?」 あわあわと小さな女の子を相手に、開拓者ギルド入口近くで受付の青年が困った声を上げたのは、そろそろ日差しが厳しくなりつつある、初夏の昼下がり。 「あのねあのね、わたしのねこ‥‥」 「う、うん、猫がどうしたのかな?」 「こわいおばさんにもっていかれちゃったの‥‥わたしの、みゃーとにゃー‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥もっとこう、別の名前無かったの‥‥?」 「ふぇ‥‥ふえぇぇぇぇ‥‥」 「ぎゃ、ぎゃー、待って、御免、今の無しです〜っ!?」 ギルドの前でそんなこんなではどうにもこうにも体裁が悪いとのことで、ちょっとギルドの隅っこで、お茶とお茶菓子を上げて何とか機嫌を取りつつ話を聞けば、生まれたばかりの愛らしい仔猫を母猫と共に可愛がっていたそう。 「みゃーはね、けなみがまっくろでつやつやでほわほわなの。でね、にゃーはね、まっしろなからだにちょこちょこくろいてんがあって、しっぽだけまっくろな、ほわほわのねこなの」 「長毛の猫で真っ黒と、白が多くて尻尾が黒い子か。でも、なんでまた恐いおばさんに持って行かれちゃったの? 親御さんが飼いきれないし里子にとか思ってあげたのじゃなくて?」 「うん、だって、ははねことそのことのさんびきだけだよ? ととさまもかかさまも、かわいがっていたもの。でももっていかれちゃったとはなしても、しょうこがなければどうにもできないの、って‥‥」 娘から奪い取られて猫を返せと父親が掛け合いに行ってくれたそうですが、相手の家に上がり込めるわけでなく、何やら用心棒のような男達に阻まれてしまったそう。 「んー‥‥で、開拓者さん達はちょっと凄いいろんな事が出来る人、って思って相談に来た、と言うわけかぁ‥‥」 見れば身形は悪くないようですが、こうして猫を取り返したくてやって来た女の子からお金がないとと言うのも心苦しく、親御さんにそれを請求するのも違うだろうし、と暫く考えた受付の青年、溜息をつくとがっくりと肩を落として。 「えぇと、必ず何とかなるとは限らないけれど、一応お願い事は出してみるよ、その、開拓者さん達に」 「ほんと? ありがとう!」 目に一杯涙を溜めた女の子がそう言って縋るように見てくるのを笑顔で見ながら、受付の青年はお財布の中身を思い返しているのでした。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
風麗(ia0251)
20歳・女・巫
有栖川・優希(ia0346)
28歳・男・サ
貴水・一花(ia0713)
25歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
橘 琉架(ia2058)
25歳・女・志
斬鬼丸(ia2210)
17歳・男・サ
朱音(ia2875)
14歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●少女の猫 「う、生まれたばかりの仔猫をさらうなんて、なんてうらやま‥‥じゃなくて許せなひ!」 何やら怒りで顔を真っ赤にしているためか、呂律の回らない声を上げるのは朱音(ia2875)。 そこは開拓者ギルドの奥の一間、詳しい話や子猫の特徴、どんな相手だったかを改めて少女に聞くためにやってきており、ぐすっと目元を擦り半泣きの少女、少女が泣いている様子に天河 ふしぎ(ia1037)も憤りがあるようで。 「こんなに小さい子を泣かせるなんて、僕、絶対に許せない!」 「ガキだけを相手して用心棒沙汰まではねぇだろうからな、他にも随分やらかしていやがるんじゃねぇか? その強欲婆は」 「ん〜、そしたら被害受けた人とかに話を聞いたりとか、事情を説明すれば協力してくれる‥‥はず?」 風麗(ia0251)が言えば、貴水・一花(ia0713)がちょっとだけ考える様子を見せると、すぐににこっと笑って頷いて。 「どーしても証拠がないって言われたら、お母さん猫に猫ちゃんを会わせれば大丈夫だよね☆」 「にしても、よく考えっとこの仕事、押し込み強盗もといがさ入れ班なのな」 「仕事は仕事です。きっちりと手早く済ませてしまいましょう」 風麗と一課の会話の横で、有栖川・優希(ia0346)が頭を掻いてまいったなとばかりの表情をすると、斬鬼丸(ia2210)はあまり変わらない表情のままさらりと言うのに深く考えても仕方ないと思ったのでしょうか、まぁいいか、と頷きます。 「猫ちゃん♪ 無事に取り戻したら、触らせてもらえるかしら?」 そして、また猫のことで頭がいっぱいな様子の橘 琉架(ia2058)、にこにこしながら少女へと尋ねかければ、朱音は聞こうと思っていたのに先を越されたのか、思わず言葉にぐっと詰まり。 「でも、利諒さん、足りない報酬を出して下さったの?」 そうして、受付の青年に少し心配そうに聞くのは野乃宮・涼霞(ia0176)。 「いや、まぁ、こんな小さな子に正規の値段を払えなんて言えないですし、親御さんに請求するのも違いますしね」 「確かに、放ってはおけないけど‥‥お優しい方」 困ったように頬を掻く受付の青年に、涼霞は、そう言う私も放っておけなかったのです、と微笑を浮かべるのでした。 ●そのおばさん 「最近盗まれたものや、失くなったものはない?」 一花が聞いて回るのは少女のご近所さん、斬鬼丸も同行して、この辺りのお屋敷の人達からの被害状況を聞いてみているようなのですが‥‥。 「そうですね、家のお屋敷では‥‥ただ、この界隈で被害に遭う方は希ですので」 「それは屋敷の警護と関係していると?」 「そうですね、お屋敷へと忍び込んで迄はと言うことなのでしょう。それに、以前は多少被害がありましたが、出入りの者を厳しく管理することで何とか‥‥」 それまであまり厳しく出入りの物売り達を厳しく制限していたわけではないようだったのですが、やはり一時期高価な器や香炉などが盗まれる被害があったよう。 「証拠と言われてしまえばそれまでですからね」 「なんでー? 一花たんなら大切な物盗られたら、ちょーむかつくよ? 被害届、とかいうの出したりしないの?」 「いえ、取られたとして、取ったところをこちらで見たという人間を用意できなければ‥‥」 「盗んだ物が当人の家から出て来なければ、と言うことですね?」 斬鬼丸が言う言葉に、その屋敷の門番は頷き、一花はきょとんとした様子で見ています。 「そっかー‥‥盗んだ物を買ったとして、別の所から手に入れた、お金を払って買ったって言われちゃうと、確かになぁ」 別の場所、天河が少女の屋敷付近のお屋敷群から抜けた所にある、一般的な長屋の井戸端会議へと参加して話を聞いていれば、手に入れた『商品』は出来るだけ早くに『処分』するらしく。 「あそこの家の爺さんなんか、盗まれた煙管が偉く良い物だったらしくってねぇ、それをとある金持ちが大枚叩いて取り寄せたって人に見せびらかしているのを見て、取り返そうとしたら物取り扱いされて、すっかりしょげてしまって‥‥」 「なんて酷い‥‥そんなの許せないっ!」 話を聞いて居るだけで腹に据えかねたか、むーっと怒った顔をする天河に、井戸端会議のおばちゃん方が、折角の別嬪さんが、と口走るのは仕方のないこと。 「ぼ‥‥僕は男だ――っ!!」 井戸端会議のおばちゃん方が、その言葉を信じたかどうか、またまたぁ、などと言われて流された気もする天河は、思わず隅っこで膝を抱えて拗ねてしまうようなのでした。 「す、凄いことになったな‥‥」 僅かに頭痛を抑えるように額に手を当てた風麗、その言葉に頷きながら、涼霞は聞き取った被害状況の書き綴られた紙をぺらぺらと捲れば、溜息をついて。 「確かに、貴水さんと斬鬼丸さんの仰った通り、ここ暫くあの子の周りの被害は少なかったようですね」 「猫ちゃんがあの子から奪い取られたのが、お友達の家に行く途中だったようだものね」 これまた何処か疲れたようにやってくる琉架、その場の証拠がないことや、脅しをかければ黙りそうな人達が主に被害に遭っていたりするためか、被害は驚くほど多いにも拘わらず、周囲に大きな騒ぎにはなっていないようで。 だからこそ、聞いて回ればあちこちから色々な話が出て来るのですが。 「まぁ、この辺りの野菜泥棒は、全くないわけではないだろうが、他に犯人もいそうだな‥‥」 「流石に川縁に座っていたら突き落とされたというのは違う要因かと‥‥受けた被害で本当に同じ方が原因のものか一応選り分けてみました」 「へぇ、それでも結構多いわねぇ‥‥後騒げない理由の一つに、喧嘩と言うことで処理されているけれど、盗まれた物を返してくれと言いに行った人が酷い怪我をしているのが過去にあったからなのね」 「つまりは、用心棒の腕に物を言わせてってぇことかよ。‥‥最低だな」 それまで女性陣の輪に何となく入っていけなかったか、黙ってお茶を頂きつつ報告を聞いていた有栖川ですが、耳に入ってきた情報に顔を顰めて。 「後はそこそこお金持ちっぽい人としか会わないようなんだよね」 「まぁ、成金な衣装ぐらいなら、有りはしますケド‥‥正気ですか?」 お金持ちっぽそうな衣装が必要という朱音に、これから仕立てたりするのも大変と言うことで既にある着物を代用しようと言うことになり、受付の青年が心当たりをいくつか引っ張り出してきたようで。 「流石に貸衣装とかだと色々と不味いかもしれませんからねぇ」 言いながらいくつかの着物と帯をひっぱり出して来て、どうやら親御さんのものだったとかで、大きさが合えば、などとあれこれ柄を合わせてみる朱音。 「今まで生き物を扱っていたという話は聞いていないようです。これからと思って居るのか、これまで野良を使っていたのか‥‥」 「流石に、余程に面倒見よく世話をして懐かせない限り、野良猫を商品にするのは難しいと思います」 考える様子を見せる斬鬼丸に、涼霞は僅かに首を傾げて。 「さてと、じゃあそろそろ行くとするか」 手遅れになっても不味い、そう風麗が言うのに一同頷くのでした。 ●用心棒とおばさん 竹藪の中にある一軒家。 頑丈な囲いがその家を取り囲む、そんな建物が少女曰く『恐いおばさん』の住み家です。 「あたしの家に直接来るお客なんて滅多にいないんだけどねぇ」 言いながら朱音の品定めをしているおばさんは、凄味の利いた目で睨め付けて。 怪しんではいるようですが、それでも招き入れたのは用心棒が居るという慢心か、金になるかも知れないという意識からか。 そんな視線を全く気にするようでも無しに、朱音は何の物怖じもしていない様子で片手を胸元に当てて当たり前のことを言うかのように何か面白いものはないの? と聞いて居ます。 「ありきたりのものには飽きてしまって。お父様のご友人から聞いたのだけど、あなた、珍しいものを扱っているのでしょう? お父様にも秘密で、こっそりと買いたかったのよ」 折角なら驚かせたいでしょ、と言いながらの朱音に気を取られてか、おばさんの側に控えていた二人の用心棒のうちの一人も気を取られているようで。 もう一人の用心棒が注意深く自分と朱音を窺っている様子に気が付くと、斬鬼丸は無理はしない方が良いと判断したか、僅かに訝しげに見ていると判断できる程度に室内を見渡して。 微かに聞こえる小さな鳴き声で、まだ仔猫は売られていないと確信を持つと、ちょうど朱音が幾つか見せられた物を鼻で笑って突っぱねたところで。 「ダメね、全然面白くない。あなた、目端が利くのでしょう。これから町に行くから付き合いなさい、もちろんお礼はするわ」 「同道すれば尻尾を掴まれるだろうさね、何を言っているんだい」 「何もぴったりと寄り添ってなんて言わないわ。離れて付いてきて、あたしが興味を持ったものを上手い具合に調達する算段をすればいいだけのことよ」 その言葉におばさんは鼻を鳴らすも目配せをすれば用心棒の男たちが上着を取り巾着をおばさんへと渡して。 「これだから金持ちは‥‥おぜぜはたんまり貰うからねぇ」 背を丸めて立ち上がる老婆、朱音は付いてくるのが当然とばかりに斬鬼丸を付き従えておばさんの家を後にし思わず口の中でこっそりと呟いて。 「う〜ん、人を顎で使うのって癖になりそう♪」 先に立って町へとすたすた進んでいく朱音の後を、おばさんも自身の護衛に更に一人を呼び出すと離れた位置から後を追うのでした。 「‥‥‥そろそろ、大分離れたっぽいな」 「じゃ、一花たんはあっち側に回って騒いでくるね☆」 おばさんと三人の用心棒が離れていくのを見送れば、有栖川が呟くのに、任せてとばかりににっこり笑って言う一花は、たかたかと竹藪を進んでいき。 朱音がおばさんと会っている間に一同はおおよその屋敷の周辺を確認していたようで、一花を見送ると風麗も口を開き。 「貴水と斬鬼丸が注意を引いている間に、裏口を塞いでおいたが、用心棒がたむろしていた部屋の戸は流石に気が付かれるからな。手筈通り、騒ぎが起きたら‥‥」 『かーじだーっ!』 「‥‥では、行くか」 一花の声でがたんと動いた用心棒達、心眼で天河と琉架の確認した範囲では、用心棒の部屋と仔猫の射る場所は別のようで、有栖川は用心棒の部屋の戸へと真っ直ぐに向かうと。 「っと、俺の顔見たことないのか、昨日入ったばかりなんだけど‥‥」 「知るかっ!!」 「だよなー」 他に気を取られていたか、有栖川に気が付いた男が慌てて刀を抜こうとするも、その前に随と一気に距離を詰めて胸倉を掴み上げ、そのまま一気に床へと叩き付けるかのように落とす有栖川。 「ごちゃごちゃ色々有りやがるなっと。あったあった、ほれ、大人しくしてろって」 そこいら変に材料なら幾らでもあるようで、叩き伏せた男を簀巻きにして柱に括り付ける有栖川。 「こちらの男も括ってやってくれ。どうも一番の手練れは強欲婆に付いて行きやがったようだな」 用心棒へと作り出した歪みにより身動きを制した風麗が有栖川に声を掛ければ、手早く括ります。 「さぁ、もう大丈夫だぞ‥‥わぁ‥‥」 その頃、天河はもぞもぞみーみーと動く麻袋を見つけていて。 そうっと袋の口を開ければ、袋の中で寄り添うのは仔猫、おっきな目に涙でも浮かべているのでしょうか、濡れたその目でふるふると震えながら見上げています。 おばさんに掴まったときによっぽどに恐い思いをしたのでしょう、動けずに固まってしまった様子ではありますが、かといって天河に対して極端に怯えているという風でもなく、そろそろと指を伸ばしてみるのですが。 「良かった、無事に見つかったのですね」 「わあっ!? あ、べっ、別に僕‥‥ギュしたいとかスリスリしたいなんて、思ってないんだからなっ」 涼霞が部屋へとやって来たのに真っ赤になり思わず言い訳する天河、涼霞は微笑を浮かべると少女より預かってきた籠を取り出して。 「この子達もそちらの袋より、慣れ親しんだ籠の方が宜しいでしょう、移してもらえますでしょうか?」 「あ、う、うん‥‥わぁ、あったかくてふわふわだ‥‥」 そうっと抱き上げて籠へと移す天河、盗品の帳簿はなくても取引相手の名や金額などが事細かに書かれた帳簿ならあったと涼霞。 いざとなれば強請にでも使えそうな情報の羅列に、物が売れなくなってきたらそうやって暮らすつもりだったのではと容易に想像が出来ます。 一行が家から抜け出してきた頃、おばさんが朱音に何やら言いつつ戻ってくる気配と共に潜入班の合図より先に異変に気が付いたのは一人の用心棒。 「ぬ‥‥役に立たん者共め」 おばさんの家が家捜しされた後と気が付けば斬鬼丸へと目を向けるも。 「‥‥不意打ちは難しかったですか‥‥」 淡々と告げる斬鬼丸ですが、既にもう一人の用心棒に渾身の力での手刀を叩き込んでおり、今一人も朱音の作り出した歪みに押さえられて。 「く‥‥引き時か‥‥」 「あ、これ、お前にゃ大枚払って‥‥待たないかっ!」 保身を考えたか、中でも一番腕の立ちそうな男は身を翻して竹藪へと紛れ込み走り去り、慌てたように騒ぐ老婆ですが、仔猫を救い出した一行が合流すれば、風麗がじろっと睨め付けて。 「ガキが大事にしてるモンまで奪い取ってデカイ顔してるなんざ、大人の恥だぜ。ガキの手本にもならねぇ様な情けない大人は、お上にシッカリ絞られて更生して来やがれ」 「な、証拠なんて、ありゃ‥‥」 「‥‥残念ですね、本当に何の証拠も残したくない場合、分かり易い帳簿など付けるべきではなかったのです」 言う涼霞の手にその帳簿が握られていたことにおばさんは膝を思わずつくのでした。 ●おかえりなさい 「猫ちゃん、おうちに帰れてよかったね〜♪」 「みゃ〜ん♪」 少女の屋敷にて一行はお茶と食事を頂きつつ、少女と母猫に再会してご機嫌で飛び回っている仔猫を眺めていて。 一花がちょんと指で触れるのはにゃーで、すっかりと琉架の膝の上でご満悦状態、ぐるぐる喉を鳴らしていて、こわごわ覗き込んでいる有栖川に撫でますとばかりにだっこして近付ければ、恐いしてしまいそうで恐いからと逃げられたり。 「こんだけ可愛けりゃ誰だって欲しくなるが‥‥ガキを泣かせちゃ、仕舞いだ」 涼霞が膝の上で撫でているみゃーを覗き込んで微笑を浮かべる風麗、天河もちょんちょんと突いてはじゃれつくのに何処かほわっとした様子で見ていて。 「解決できたらお金は要らないわ! そ、その代わり‥‥その、えっと、仔猫を、さ‥‥触らせて!」 何やら力の入った様子で言う朱音、その剣幕にみゃーは驚いてしまったか固まるも、涼霞がこの辺りを撫でて上げればとみゃーを宥めて、朱音は思う存分猫分を堪能したとか。 少女が嬉しそうに何度もお礼を言うのを、仕事ですからと言いながらお茶を啜って、斬鬼丸はそんな賑やかな様子を眺めているのでした。 |