|
■オープニング本文 「正直なところ、こちらで少しばかり気分転換をさせてやって欲しいと思って伺わせて頂きました」 「ほう……まぁ、数日こちらでのんびりすれば気持ちの切り換えも出来るかの。頃合いも良い、そろそろ中秋の名月だしのぅ」 そこは武天芳野、伊住宗右衛門翁の屋敷。 話をしているのは理穴より他の用事で芳野へとやって来ていた保上明征、話を受けているのは伊住宗右衛門翁です。 どうやら二人の話題に上っている人物は、庭の縁台のところで何だかちょっとしょんぼりしている女性、泰拳士で名を綾麗といいます。 「自身の油断でどうこうと……詳細が分からぬ故、如何ともし難く。その上、うちの屋敷に置いておくと、修行をしているか忙しく家の仕事をしているか、中庭の隅っこで膝を抱えて凹んでいるかのどれかでして。少なくとも落ち着いて休む様子でもなく……」 「まぁ、そういう難しい年頃なのであろうのぅ。まぁ、あれだ、六色の温泉にでも行ってゆったり湯につかり、月見でもすれば気晴らしにもなろうて。ほれ、娘さん、こちらにおいで」 呼ばれておずおずと庭から部屋に上がるとちょんと座って居る綾麗に、にこやかにのんびり月見でもして、湯にでもつかって疲れを……と話を続けていれば、何やら戸惑う表情の綾麗に怪訝そうな表情を浮かべる明征と宗右衛門翁。 「何やら戸惑っている様子だが……どうした?」 「あ、あの……中秋の名月とは、中秋節のこと、ですよね……?」 「それが、どうしたのかの?」 「私、その、中秋節には月餅を囓る、という程度のことしか、分からなくて……その、お月見って、月を眺める、ということ、ですよね……?」 「……」 「そうじゃの、無理に月見と気負わずとも。何をすれば良いのかではなく、どういうものかを体験してみては如何かの? ちょいと開拓者でも誘って見れば、月見にも色々あると分かって、存外面白いやもしれんぞ」 綾麗の言葉に何と言って良いのか困った様子の明征ですが、宗右衛門翁はにこにこと笑うとそう言って、お月見へのお誘いをするために筆を取って認め始めるのでした。 |
■参加者一覧 / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 梓(ia0412) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 雲母(ia6295) / 和奏(ia8807) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 紅 舞華(ia9612) / 嵐山 虎彦(ib0213) / 誘霧(ib3311) / テト・シュタイナー(ib7902) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / アーディル(ib9697) / 緋乃宮 白月(ib9855) / ハイディ・デーニッツ(ib9872) |
■リプレイ本文 ●準備中 「お月見のお誘いかぁ……流石に高級宿じゃ、その場で作成って訳には行かないわよね」 ちょっぴり考える様子を見せていた礼野 真夢紀(ia1144)が言えば、ふわふわの髪を揺らしてからくりのしらさぎはかっくりと首を傾げます。 温泉へとお出かけの準備をしているところのようで、荷物を詰めているのに何やらきゃっきゃとはしゃいでいて、笑みを浮かべると、改めて真夢紀はお誘いの文面を確認して。 「持ち込み自体は問題が無いみたいですし、季節のを詰めて行こうかな……」 ちょっと考えるも、よし、と一つ頷くと立ち上がって材料の確認に向かうのでした。 「月見、と言われても、どういうものか分からないけど、どういうものなのか興味はあるかな」 アーディル(ib9697)がそういえば、えっへんとばかりに胸を張って笑うのは誘霧(ib3311)です。 「お月見初体験なんだね、アーディルは。じゃあ、由来とかお作法とか教えてあげちゃうよ」 「何か特別気をつける事とか……マナー違反は失礼だろうし」 「んー、基本は月が一番綺麗に見られるとか何とか……兎に角、綺麗な月を楽しみましょうねって言う風習だから、マナー違反とかは、普通にしてれば無いんじゃないかな?」 くいと首を傾げる誘霧になるほど、と頷くアーディル。 「お供えは月が出てくる方角へ『月見団子』『お神酒』や秋の収穫物を備えて、秋の七草で飾るの」 「秋の七草?」 「萩の花とか尾花や葛花……女郎花とか……でも、飾るのはすすきが主流かな。桔梗も綺麗だよね」 指折り説明しながらも、ふと考える様子を見せるとお月見とお団子、それにススキがやっぱり基本だよね、と一人頷いて。 「では、早速飾り付けをしてみるか」 「うん! えーと、三方とかは貸して貰えるらしいし、さっき庭のお花とかススキとかとって良い場所は聞いてきたから、ちょっと取りに行こっか」 あれこれと楽しげに言いながら、庭へと面したお部屋を借りて、二人はせっせとお月見の準備を始めるのでした。 「お月見おはぎでも良いと思うんだ」 場所は武天芳野の景勝地、六色の谷の緑月屋、紅 舞華(ia9612)の言葉に目を瞬かせた利諒は、ほんのりと頬を染めた舞華が一緒におはぎを作りたいというのに嬉しそうに笑うと頷きます。 「先日のは本当に美味しかった」 「喜んで貰えたら嬉しいです」 嬉しげな様子で大きめの鍋で小豆を茹で始める利諒は灰汁取りをしながらで、舞華も餅米を磨ぎ始めたり和気藹々とした様子で、楽しげにおはぎ作りをはじめます。 出来立て直ぐを食べる訳ではないのでうるち米を云々とお米の配合を顔を付き合わせてあーだこーだ、前の時と同じくらいならこれ位だけれど、柔らかくするかちょっと堅めにするか、等と相談するのも楽しそう。 「あぁ、様子はどうだった?」 「随分落ち込んでいる様子ですね。元はといえば、私がしっかりお二人を加護し治してさえいれば……」 そこへやって来た野乃宮・涼霞(ia0176)が材料の入った紙袋を置きながら溜息をつけば、小豆を煮ながらちょっと困った顔をして言う利諒。 「報告を確認しましたけれど、アレは仕方がないと思いますよ」 利諒の言葉に舞華も頷くと、少し困ったような微笑を浮かべる涼霞は、襷がけをすると材料を紙袋から取りだして。 「折角こういう機会が持てたのですから、少しでも元気になって貰えると良いのですけれど」 「そうだな……こういう機会を設けて下さった伊住様に後でお礼を言いたいところだ。…………ところで、今綾麗はどうしているんだ?」 「綾麗ちゃんにはお二人からの直接の言葉が効果的でしょうから、お任せする事にしようかと」 舞華が尋ねるのに涼霞はそう言って笑みを浮かべるのでした。 ●説得中 「ま、そう気落ちすんな綾麗の嬢ちゃん。開拓者にゃ怪我はつきもんだ!」 「あ、う、すみません……」 わしゃわしゃと凹んでいる様子の綾麗の頭を撫でてから豪快に笑うのは嵐山 虎彦(ib0213)。 「ほれ、この通り、ぴんぴんしてるぜ」 「は、はい……しかし、その……あれは、陰陽師の術、と言うことですよね?」 「まぁ、基本、普通に殴られりゃ打たれ強い俺だが、ちぃとばっか直接抜けてきたっての考えんと、そういうこったなぁ。一応対策考える必要があるかねぃ」 次に同じ事は起こしたくないので、そういう綾麗にちょっと考える様子を見せて顎をさすりながら嵐山も頷くと、そこはやって来たのは何やら包みを抱えたゼタル・マグスレード(ia9253)です。 「おう」 「やあ……綾麗君も来ていたか」 「あ、そ、その、この間はすみませんでした」 「? 何が?」 ゼタルの挨拶に軽く手をあげて返す虎彦、綾麗は前日に怪我を負わせた申し訳なさから謝りますがゼタルは僅かに首を傾げて。 「表情が優れないが、体調でも悪いのかい?」 「いえ、体調は、私は問題ありません」 聞かれる言葉に慌てて首を振る綾麗にまた不思議そうに首を傾げますが。 「おっといけねぇ、弟分を待たせてンだった。綾麗の嬢ちゃんも、あんまし気にし過ぎんなよ」 「……あぁ、そういうことか」 その場を後にする嵐山の言葉に理解したのかそう言うと、少し考える様子を見せるゼタル。 「先日の件を気にしているのか……ふむ」 しゅんとしている綾麗にどう言って良いのか少し言葉を選びつつ、ゼタルは改めて口を開きます。 「気にするな、といっても、君は心を痛めてしまうのだろうな……そんな君だから、僕も皆も……力を貸したいと思えるのだが」 だから大丈夫だよ、そう言うと、折角だし少し中でゆっくりしたら、と勧めながら、怪我ももう治っているから平気だと改めて伝えるのでした。 ●入浴中 「とうとう、月が出たか……」 空が暗くなり、茜色が深い紫へと移り変わる頃、そう呟くのはラグナ・グラウシード(ib8459)です。 何処か達観したような落ち着いた声音、空にはこの日を表す、所謂中秋の名月、そして広めの露天風呂、風情たっぷり落ち着いた空間で、もし状況が状況なら、キャー素敵抱イテッ! 等と黄色い声も上がろうってもの、と考えもしたとかしないとか。 「……」 ですが。 現状、ラグナは、温泉に、ぷかぷかと、浮いていました。 側には盥二つ、一つの盥、そこにはお銚子とお猪口が載っており、風に吹かれてラグナがぷかーと流れる度にその盥もゆらーゆらーとお湯の上を流れています。 つまるところ、露天風呂の中でラグナがぐったりとなって、浮いていた理由はここにありました。 「……あはぁ」 紅潮した顔で、ぼんやりした目で、見上げるのは月。 魅了されるのは月の美しさ、露天風呂の側、もう一つの盥の上、ラグナといつも一緒のうさぎのぬいぐるみ、お名前をうさみたんという、彼女ないし彼は先程から空の綺麗なお月様をちょこんと座って見上げています。 月に兎はつきもの、うさみたんの心は今、月でお餅でも搗いてラグナに振る舞っているのでしょうか。 月が綺麗で、あんまりに綺麗で、ぼーっと暫しの間うさみたんと共に見上げるラグナは、静かに月を見上げ、太陽にはない清冽さを感じていたそう。 耳を澄ませば、遠くから温泉を楽しんでいる女性の華やかな声が…………。 『ぅぁ……兄貴ィ、俺、何だか酔っ払って……』 『がはははは、まったく世話が焼ける弟分だな』 「……」 こつん、うさみたんの乗った盥がラグナの頭に当たると共に、ぶくぶくとラグナは温泉の中に沈んでいくのでした。 さて、ちょっとだけ時間は遡りますが、声の主は嵐山と、その弟分の梓(ia0412)、丁度月がはっきりと見えてくる前、空が茜色に染まった頃から一室を借りて義兄弟の固めの杯、詰まるところぶっちゃけ呑みの席を作って飲み始めていました。 「あー! 酒が旨ェ〜!!」 「おう良い飲みっぷりだな、ほら」 大きめの杯をぐーっと干して嬉しげに声を上げる梓、笑いながら朱塗りの大杯で飲んでいた嵐山が大徳利からだばだばとお酒を注いでやれば大いに盛り上がりながら酒を酌み交わし、そろそろ辺りが暗くなってくると、窓からふと外を見た梓。 「お、露天風呂があるみたいだぜ。そうだ、兄貴! 風呂に行こうぜ風呂!!」 「お、良いねぃ、酒に露天風呂、そして空にゃお月さんと」 尚、温泉は血行が良くなるので、お酒も回りが良くなってしまうので弱い方は特に要注意。 梓は、お酒は飲めるけれど酔いが回って真っ赤になってしまう口のようで、露天風呂の湯気に当てられぐらり。 「あれ? 月がグルグル回って……る……?」 「おいおい、大丈夫か?」 蹌踉けて足を縺れさせる梓、虎彦にもたれ掛かるのを虎彦が支えれば、酒の酔いか温泉に当てられたか、赤い顔でにへと笑って。 「ぅぁ……兄貴ィ、俺、何だか酔っ払って……」 「がはははは、まったく世話が焼ける弟分だな」 豪快に笑う嵐山、と、竹垣の向こう側から、がぼがぼと何やら水音が聞こえて首を傾げます。 「ま、無理して酒に呑まれんなよ」 そう言って笑うと、湯にざばっと入ってふぃ〜と息を付く嵐山に、梓も湯に漬かると、上機嫌に空の月を見上げていて。 「……うぅ……綺麗な女性でも入ってこないかと思ったのに」 竹垣の向こう側、危うく溺れかけたラグナがむっくりと起き上がると呟く言葉、ちょっぴり邪な思いで長湯をしていたらしく、お湯から上がると、くすんとばかりにうさみたんに頬擦りしているのでした。 「月見酒はどうかな、甘酒もある」 「あ、頂きます……」 記憶にある範囲では、あまりお酒を飲む機会はなかったからか、ちょっぴりどきどきとした様子で舞華のお酌を受けてお酒を飲んでみると、目を瞬かせる綾麗。 舞華に誘われて露天風呂に浸かりに来ていたようで。 「どうも落ち込んでいたようだが、先日の依頼の事なら気にする事はない」 「それは、そうですが……」 申し訳なさそうに目を伏せる綾麗ですが、 「私達開拓者には良くある事だ。依頼を受けた以上、皆、いつでも覚悟はある。……私こそ、怖い思いをさせて悪かった」 「そ、そんな、私の方こそ……」 舞華の言葉に慌てる綾麗ですが、謝ろうとするのを遮ると微笑を浮かべて続ける舞華。 「これからはもっと気を付けよう、お互いに。その為にも、今日は英気を養おうな」 くしゃりと頭を撫でる舞華に何と言って良いのか迷うも、こっくりと頷く綾麗は、舞華の胚芽からになって居るのを見て、お返しとばかりにお酒を注ぐのでした。 「やー、今日は誘ってくれて有難うな」 テト・シュタイナー(ib7902)が上機嫌で笑って言うのは、紫の空に月が浮かぶ頃合い。 「まずは乾杯しませんか?」 テトの言葉にハイディ・デーニッツ(ib9872)は笑みを浮かべてデキャンタを傍らに置いた広めのお盆から取り上げると、グラスに注いでテトへと渡して。 「そんじゃ、今日は月とお前さんを肴にして飲むとするか」 「ええ、ゆっくり飲みながらお月見しましょう? ワインでしたら沢山ありますし」 そうにっこり笑うハイディは、露天風呂の入口に鎮座させているワインの大樽を差して頷きます。 乾杯、と、湯気で曇り淡い色合いを見せているグラスを掲げると、のんびり華やかな笑い声を上げてお酒の進む二人。 「お前、樽っつーかザルっつーか……スゲェな」 「あら、今日はゆっくり飲んでいますよ?」 文字通り樽のような勢いだなと言うテトに頬に手を当ててにっこりと笑うハイディ、一行のテトはというと、温泉に浸かって居るのもあって程良く良い心持ち。 「へっへー、もっふもふしてやんよー♪」 「あん、溺れちゃいますよ?」 「しるかーっ、にはー、もっふもっふー♪」 気分も盛り上がったのか楽しくなってきた様子のテト、ハイディの胸に顔を埋めて抱きつけば、ハイディはテトの頭をなでなでとしながらで、特に拒否する様子もなく笑みを浮かべています。 「はれ? なんか、はいでぃがぐーるぐーる……」 「あらあら……」 酔いが回ってきたのか、もふっとハイディの胸に埋まるテトに笑みを浮かべると、ハイディはお風呂の縁に支えるように凭れかけさせると、タオルを用意し自身の身体に巻き付けてから、お姫様だっこで脱衣所へと運んで。 「風邪引いちゃいますものね」 微笑みながら浴衣を着せ、自身も浴衣を身につけると改めてお姫様だっこで部屋へと運んでお布団へと入れると。 「本当に綺麗なお月様ですね」 微笑みを浮かべながら窓から空を見上げると、ハイディは運んできたワインで月へと乾杯するのでした。 「月見、ねぇ……」 貸しきられている露天風呂、月明かりの中ゆったりと湯に浸かって、ぼうっとした様子で月を見上げるのは雲母(ia6295)、傍らに浮かぶのはお酒のお猪口と杯が乗った盥、縁の側には貸し出されていた煙管盆。 「まぁ……たまには息抜きも良いか……」 そう呟いてゆったりと湯に浸かり直すと、自身の右腕へと目を落として。 そこは、二の腕から先が無く、左手で軽く撫で擦るとふむとばかりに一つ息を付き。 「傷には沁みないが、不便ではあるか」 そう言うと右腕を伸ばそうとしてから微苦笑を浮かべて左手で煙管を手に取り煙管盆で火を付けると、ゆったりと煙管を薫らせて、その煙の向こうに霞む月を眺める雲母。 「こういう時に知り合いがいるといいんだがな」 人が来る気配はなく、のんびりと静かに流れる時間。 「ま、たまにはこうしてゆっくりするのも良いか」 そう言うとふぅ、と紫煙を薫らせ暫しの間、ゆったりとしたお月見を続けるのでした。 ●お月見中 「可愛いですね」 「兎団子なんですよ」 綾麗が興味深げに真夢紀が三方を取りだしてちょんちょんと重ねていくお団子を見ていれば、にっこりと笑ってお団子を見せて。 それは片側を細めにした楕円形に丸められたお団子に、細い方を鋏でちょんちょんと練り切りの菊のように二つ切れ込みを入れて耳にしてあり。 耳の内側に食紅で色を入れると、爪楊枝でちょんちょんと入れた目が愛らしく。 「こんな風に積み上げるんですよ」 そう言って三方を飾れば、その傍らに籠を置く真夢紀、籠の中には梨や葡萄、里芋と蒸かした薩摩芋、茸などが盛られていて、花瓶に水を入れて包んできた束を開ければ、そこには秋の七草と稲穂。 「月見には秋の収穫に感謝する意味もありまして、秋に採れる作物もお供えしますから 故郷では早米の稲穂も花と一緒に飾るんです」 あとでおうどんを茹でて月見うどんにしましょうね、そう笑みを浮かべる真夢紀に頷くと、花瓶に生けるのを手伝う綾麗。 「はい、どうぞ」 梨を山姥包丁で剥いて切ると小皿へと盛ってそのうちの一つを真夢紀は綾麗へと差し出して。 「あ、有難う御座います」 綾麗がお礼を言って受け取ると、真夢紀もにっこりと笑って返すのでした。 「うん……今夜も月がきれいです」 中庭に面した個室、 緋乃宮 白月(ib9855)は朋友である羽妖精の姫翠と先程他の人から頂いた月餅やお団子、そしてお盆に御茶を載っけてのんびり穏やかに空を見上げていました。 「虫の音は澄んでて心地良いですし、月もきちんと出ていて、絶好のお月見日和だね」 「マスター、お月様がすっごく綺麗ですよ!」 最後の言葉は、傍らの姫翠に言ったもので、空を見上げながら穏やかに話す緋乃宮に、姫翠は華やかな声を上げて言って。 「マスター、何を見ているんですか?」 「池に映った月を見ているんだよ」 緋乃宮の言葉に目を瞬かせた姫翠、ひょっこりと池を覗き込んで、驚いたような声を上げて。 「うわーっ、神秘的なお月様で素敵です!」 「うん……緑色に輝く月も良いよね、見に来て良かった」 笑みを浮かべると緋乃宮はお団子を手にとって姫翠にはい、と笑みを浮かべて渡します。 「それにしても、本当に綺麗な月だね」 しみじみと言うと、御茶を楽しんで月餅を囓ると、緋乃宮と姫翠はぽっかりと浮かぶ月をのんびりと眺め続けているのでした。 「ゆっくり月を眺めるのも久々だな」 月が出てきて、やはり同じく借りた部屋で空を見上げるアーディル、誘霧ははいと御茶を入れて渡すと、にこにこと口を開きます。 「お月見って、月の神様に五穀豊穣を感謝するお祭なんだって」 「なるほど……」 「だから、お供えした食べ物は下げて食べてもいいんだよ!」 元気良くぐっと力を込めて言う誘霧、アーディルはそんな様子を見て笑うと頷いて。 「お月見は毎年実家でもやってたよ。お仕事で忙しい両親に代わって、兄様達とお月様お奉りしてたの」 「お月様参りか……こうしてみると空の月も池に映る月も趣があるね。そういえば、月には獅子が住んでいたり、兎がいたりするらしいけど」 「獅子? そういえば、そんな風にも見えるかも」 アーディルが言うのに目を懲らして空の月を見ていた誘霧は、笑って頷いてお団子をぱくり。 「少し前まで熱かったと思ったら、あっという間に涼しくなってきたね。あぁ、しかし秋の虫の声もいいな」 そう言って虫の声に耳を澄ませるアーディルを見ていた誘霧は、ふと空を見上げて。 「みんな今頃、同じお月様見てるのかなぁ……」 ふと飛び出してきた家を思い出したのか、ちょっぴり懐かしそうに目を細めて月を見上げると、呟くように言う誘霧。 アーディルはそんな誘霧を、穏やかな様子で見守っているのでした。 「ふむ、大分落ち着いたようなら良かったな」 ちらりと綾麗の様子を確認した後、保上明征は緑月屋の二階にある部屋へと足を向けると、そこにはお月見用にお供えを準備し終えたところの涼霞が待っていました。 「作り方を聞いて作ってみたのですけれど、どうですか?」 「ん、美味い」 作った月餅を明征に渡してその感想を聞けば、ほっとしたように微笑む涼霞は、明征に寄り添って御茶を出してから月を見上げて。 「月を見上げると、この耳飾りを頂いた時の事を思い出します」 ぽつりとそう告げる涼霞に明征が目を向ければ、涼霞も微笑みながら明征へと目を向けて。 「もうあのようなお顔をさせてはならないと後悔したものです。……もう大丈夫ですよね?」 何処か悪戯っぽく微笑む涼霞に、明征は笑んで頷くとぎゅっと涼霞を抱き締めて。 「ああ、涼霞が傍に居ると思えば、あの時のような表情にはなるまい」 そう言って、月明かりの中囁くように静かに語り合う二人を、月は明るく照らしているのでした。 「やっぱり利諒のおはぎは美味しい」 「舞華さんの作った分もとっても美味しいですよ」 のほほんと緑月屋の一室でおはぎを食べているのは舞華と利諒、お菓子や果物が載った卓を側に置いてのんびりとした時間を楽しんで居る二人。 「月餅もお団子も勿論美味しいが、私は利諒のおはぎが好きだな」 利諒にお茶を注いで渡すとそう微笑んで言う舞華にほんのりと赤くなりながら嬉しそうに笑う利諒。 梨でも剥きましょうか? と傍らの梨を手に取るとしゃくしゃくと小刀で皮を剥いて切ると一片を、はいと差し出すのにさくっと囓ってから舞華もほんのりと頬を染めて。 「そういえば、利諒は甘い物は結構好きだよな、私も好きだが」 「そうですね、結構普通に甘い物は好きな方だと思います」 「他に好きな物は?」 「甘いだとお饅頭ですね。甘くない物だとお煎餅とかも好きですけれど……おかきとか作るのって、結構手間が掛かるんですが美味しいですよね。そうだ、今度作ってきましょうか、あの、いや、舞華さんがお好きなら、ですけれど……」 「勿論好きだ。有難う、楽しみだ」 互いに赤くなりながらも幸せそうに笑い合うのを、まん丸なお月様だけが照らしているのでした。 「修行修行に明け暮れていたので、あまり風流なこととかをしたことがなかったのですが……こうして皆さんのお月見のこととかを聞いたり見たりするのは、何だか新鮮なものですね」 頬に手を当てて言う綾麗、温泉に行く前に浴衣を着てみたらとゼタルに勧められたのもあり、宿で借りて着るのは白に青の桔梗が散らされた浴衣。 「確かに色々と気になることもあるだろうが、たまにはゆっくりと休むのも大事だからな」 ゼタルものんびりと浴衣を身につけ、中庭に面した縁台に腰を降ろして静かな時間を過ごしていました。 「君への助力を選んだのは、僕自身の意志だから。万が一凶刃に倒れようと、それは僕の選んだ事、己の責任と思い悩まないでくれ」 「それでも、どうしてもあの情景を思い出します。そして、力不足も……」 目を伏せる綾麗に、暫く言葉を探してから、やがて口を開くゼタル。 「僕は最早行きずりではないつもりだ。君が記憶を取り戻し、帰るべき場所に戻る時まで……後悔と共に屈する事はないのだ」 「ゼタルさん……」 「もう一度言う、君が気に病むことじゃない。皆、君の力になりたいと思っている、だから君は信じてくれれば良い、皆を」 ゼタルの言葉に迷う様子を見せるも、やがて綾麗は顔を上げてゼタルを見ると。 「私は未熟で……ご迷惑をお掛けするかもしれません。でも、私に出来る精一杯のことをしようと思います」 そこまで言って、笑みを浮かべて続ける綾麗。 「ですから、これからも宜しくお願いします」 「勿論だ」 綾麗の言葉に応えると、笑みを浮かべて頷き合う二人、そんな様子を月は静かに輝きながら見守っているのでした。 |