|
■オープニング本文 その日、用事があって武天芳野へと出向いた利諒が戸惑った様子の綾麗と行き合って少し会話をした後別れたのは、そろそろ秋らしい気候へと移り変わったとある日の昼下がりでした。 「何でしょうねぇ、何か、こう、変な感じでしたねぇ?」 そんな風に首を傾げて歩いていれば、綾雅楼に程近く、賑やかな参拝道を通りかかると、何やらうろうろと人を捜している様子の老婆の姿があります。 「……」 何となく面倒なことになりそうだなぁと困った様子を見せていた利諒ですが、皆が皆、うろうろおろおろしている、そのみずぼらしいとも言える身形の老婆に注意を払う様子もなく、やがて溜息をつくと歩み寄って声を掛けました。 「お婆さん、どうかしたのですか?」 「お、おお……人を、探しておりまして、のぅ……」 「どなたをお探しでしょうかねぇ?」 「それが、名も分からぬのじゃ、二日程前に、たまたま通りがかりに、親切にしてもろうた娘さんなんじゃが……」 そこまで言うも、それ以上言うのが気不味いのか、言葉を濁しもごもごとする老婆、利諒はきょとんとした様子で首を傾げて。 「親切にされたと言うことで、お礼を言いたいと探しているなら分かるんですけれど、なんだか言い辛そうですねぇ」 利諒の言葉に俯いてしまう老婆は何度も悩む様子を見せますが、やがて肩を落として。 「何でか知らんが、その親切にしてくれた様子がぎこちなく見えてしもうての、見下して馬鹿にしているのだろうと、それはもう、口汚く罵ってしもうたんじゃ……それで、その……」 そう言いづらそうにしていた老婆が、何やら少しだけ綺麗な手拭いの包みを取り出すと、そこには金を基調とした台座に蒼い石の嵌った飾りを白銀の鎖に通した首飾りで。 「数年前に流行病で娘を亡くして、綺麗な着物一枚誂えてやれずにいたことが心残りだったで、綺麗なべべ着て何の苦労も知らん娘ッ子がと、色々と言って、せびり取ってしもうたんじゃ……」 何でそんなことをしたのか分からない、と涙ながらに言う老婆は、何とかその娘さんともう一度あって、謝って首飾りを返したいと言って。 「えぇと……どんな感じの娘さんだったんですか? 特徴が分かれば、存外簡単に見つかるかも知れませんし」 そういう利諒は、老婆の身振り手振りを交えた説明を聞いて、大きなはてなを頭の上に浮かべます。 「あれ、それって綾麗さんじゃ……」 先程行き合った人物を思い浮かべてみればみるほど、その特徴は一致しているのですが……。 「あれ? さっき、ちょっと山に修行にとか、言ってたような……」 数日分の山籠もり支度をして居た様子を思い浮かべるも、具体的にどの辺りに行くなどと全く聞いていなかったため、六色の谷かなぁ、それとも、と利諒は頭を抱えるのでした。 |
■参加者一覧
野乃宮・涼霞(ia0176)
23歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ゼタル・マグスレード(ia9253)
26歳・男・陰
紅 舞華(ia9612)
24歳・女・シ
嵐山 虎彦(ib0213)
34歳・男・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
狭間 揺籠(ib9762)
26歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●緑月屋の一室 「どれ程の聖人であろうとも、時には過つ事があります。それが人間の業です」 狭間 揺籠(ib9762)の言葉に涙で濡れた目を上げる老婆、場所は緑月屋の一室、状況を確認するため一同はそこに集まっていました。 「過ちに気付き、改めようとする。それはとても尊い行いです」 部屋には大凡の事情を聞いた宗右衛門翁がおり、とりあえず今はゆっくりと連絡を待ちなさいと老婆を宥めていたところで、揺籠は改めてそう老婆へと伝えます。 「人に親切をするってぇのは、綾麗の嬢ちゃんらしいこったな。ま、人間ならふっと魔が差すこともあらぁな。あんまり気に病むこたぁねえさ婆さんよ」 「お婆さんと綾麗ちゃんの間にそんな事が……綾麗ちゃんならそれを根に持つ子でもないですし……ただ、一刻も早く引き合わせてあげたいですね」 笑いながら言う嵐山 虎彦(ib0213)に彼女のためにもと野乃宮・涼霞(ia0176)も頷づけば、羅喉丸(ia0347)も頷くと口を開きます。 「なに、きっと大丈夫さ」 綾麗の様子やら向かったと思われる方向やらを話した利諒がなにやら呼ばれて出ていけば、入れ替わりに入って来るのは、芳野の領主代行である伊住穂澄です。 「穂澄さん、良かったお伺いしたことがあった」 「私にですか?」 羅喉丸が口を開けば首を傾げつつも頷く穂澄、以前事件で助けられている事もあり、私に分かることならばと微笑を浮かべて応えます。 「穂澄さんなら綾麗さんの居場所とか聞いてないかと思って」 「具体的な場所までは聞いていませんが、大凡の位置なら……川の中流辺りに程良く広い河原がありまして、その周囲には木も程良くありますし……」 六色の谷は景勝地のためそれ毬に警備も割いているので、そうそう綾麗を狙う人間も自由に出入りはないと判断してのことのようで。 「ただ、訓練とのことですし、この地点、ときっかり決まっているわけではないので……山の上の温泉に汗を流しに来るというのは分かっていることですが」 穂澄がそういえば早速揺籠は纏めていた荷を背負って立ち上がり。 「昼のうちに合流できたらこの地点で……行き違ってしまうと困る」 「夜間には、山の上の温泉辺りで待てば、たいして掛からずに合流できそうだな」 ゼタル・マグスレード(ia9253)が言えば紅 舞華(ia9612)も頷いて。 「では、また後程……」 「綾麗殿とは初めましてですが、これも何かのご縁というもの。心がすれ違ったままを良しとしないこの方の願い……是非とも叶えて差し上げたいですわね」 先に出て行く揺り籠を見送ると、アレーナ・オレアリス(ib0405)はそう言って微笑を浮かべ。 「それにしても山ごもりして修行か……まだ若くても、一門の継承者ってぇだけはあるな!」 「あまり思い悩んでのことでなければ良いのだが」 少しだけ心配そうに言う舞華ですが、老婆へと笑みを浮かべて口を開き。 「お婆様、彼女は必ずここに連れてくる、だからそれまでここでゆっくり過ごしていてくれ」 「お互いのためにも、綾麗さんを見つけなければな」 にと笑って言う羅喉丸、それぞれがある程度の情報収集を終え、準備を調えて出かけて行くと。 「先日はご挨拶をせず済みません」 「いやいや、そんなに気を使わぬでも……あぁ、これは美味しそうな菓子だ、これを一緒に頂いて、のんびりと知らせを待つこととしますかのぅ」 涼霞が宗右衛門翁へと持参した砂糖の干菓子を渡すと、それを受け取って、不安げで落ち込んでいる老婆へと笑みを浮かべたままそう言って、改めて老婆のことは自分と穂澄に任せてくれれば良いと請け負います。 「では、行って参ります」 そう言って頭を下げてから涼霞はひとまず出掛ける前の幾つかの準備へと戻るのでした。 ●山の中 ゼタルは山道を歩き出しながら、何やら少し難しい表情を浮かべていました。 どうやらゼタルは、綾麗の持つ篭手の効力や、今対面している敵やらと考え込む要素には事欠かないようで。 「今回の件についても例の篭手の効力が関わっていなければいいのだが……純粋に修行の為ならば、案じる事もないのだろうが、ね……」 考えてから改めて山道を歩き出せば、どうしても頭に残るのは先日に受けた怪我のこと。 「今後、蒼仙との対決が待っている……」 遅れは取りたくない、小さく呟くとゼタルは符を取りだし手に鳥を作り出して空へと放つのでした。 「山で修行か、懐かしいな」 色々と自炊をしたり木々を駆け回ったりしたものだ、そう呟いて笑う舞華、河原の近くを眺めたりすれば、自身の経験をも思い出すのかぐるりと思わず辺りを見渡しています。 「まぁ、まだ夏の名残があるから、山籠もりだけでなく遊びに来ていた人達も居たんだろうが……」 幾つか焚き火をして片付けた後なども河原に見られ眺めると、見落としがないようにゆっくりと足を踏み入れて行くのでした。 「少なくとも早い時間に来られた様子はなくって?」 「ええ、遅めの時間に来られているようで、あまり早い時間には見かけません」 アレーナが尋ねればそう応える宿の従業員、アレーナはそれを聞くと軽く首を傾げています。 アレーナは老婆へと手紙を書いてお詫びの内容を認めるように勧めましたが、老婆は文字が書けないとのことで沈んでしまっている様子、やはり直接口で謝る必要があると言うことだけを確認する事となり、情報収集に出てきたようで。 他の人にもアレーナは聞いて回っていましたが、どうやら温泉自体にはあまり早い時間には来ないだろうというのを確認するのでした。 「……ふー、良い湯だな〜……って、何しに来たんだっけ」 露天風呂に浸かってゆったりとした時間を過ごしていた嵐山は、そう言って息を吐き出すと軽く首を回して慣らすと、直ぐににぃと笑いを漏らして。 「……いけねぇ、完全にぼーっとしてたぜ。綾麗の嬢ちゃんを探しに来たんだっけ。のんびりしてるのもここまでと」 そう言ってざばっと湯から上がれば、すっきりとした表情でのしのしと歩き出し、着替えてから温泉を見渡して。 そこは山の上の方の温泉で、広く動物たちや朋友とも入れる程のもの、改めて脱衣所は一カ所で、綾麗も湯に入りに来るときにはここに来るだろうと分かって。 「まぁ、ここを必ず経由するってんだったら、出て来る道もわからぁな」 流石に湯に入りに来るのに奇抜なところからは来ねぇだろう、呟いてから、どの頃合いにここに戻ってこようかねぃ、そう言いながら温泉へと至る山道へと嵐山は顔を向けるのでした。 「うーん、綾麗さんは火を使っての煮炊きはしていないのかな?」 河原の付近を探索していた羅喉丸はそう呟くと軽く考える様子を見せて。 そこそこの範囲を見てはいますが、火を使った周囲を調べてみても、少し前のものなどで、綾麗の姿が見えるわけではなく、また秋の山道を楽しんで居る人達に話を聞いてみてもそれらしいものや火の気などの話は聞かれませんでした。 「まぁ、居ると聞いている範囲はそんなに広いものでも無いからな、もう少し先に行ってみよう」 そう頷くと羅喉丸は更に先へと足を伸ばして。 「山で人が入れる場所は、案外限られるものです」 その頃、そう言って周囲を見渡すのは揺籠、一足先に出掛けていた為少し他の人達よりも奥へと踏み込んでいた揺籠は人の気配を感じて立ち止まっていました。 「……そこに、どなたかいらっしゃいますか?」 高台から確認して見つけた、その場所。 普通に秋山を楽しみに来ただけならなかなか入ってこない、山道を外れて先にいったところにある少し開けた空間で、揺籠が声を掛ければ一瞬の後に木の上から、枝に足をかけた状態でひょっこりと逆さにぶら下がりながら顔を出す髪を結い上げた女性が一人。 「すみません、見知った人かと思いまして……」 少し困ったように歯切れ悪く言った女性を確認して、揺籠は聞いていた綾麗の様子と一致するのを確認すると笑みを浮かべて口を開いて。 「失礼ですが、綾麗さんではありませんか? 急な用が出来まして、貴女を捜しに参りました」 揺籠の言葉にすとっと地面に降りると首を傾げる女性は、戸惑ったように顔を上げて口を開きます。 「はい、私は綾麗と言いますが、急な用というのは……何か問題でも起きたのでしょうか?」 「私は狭間揺籠と言います。どうしても綾麗さんに会って戴きたい方がおりまして……」 「私にですか?」 不思議そうに目を瞬かせる綾麗は心当たりを考えている様子ですが、そこにやってくるのは揺籠と綾麗の会話を耳にして来た舞華。 「あぁ、綾麗はここにいたのか」 「舞華さん。……何か、大変なことでも起きたのでしょうか?」 態々人が探しに来ると言う事態に僅かに表情に緊張が走る綾麗ですが、直ぐに舞華も揺籠も緊迫した表情というわけではないのに益々困惑した様子で。 「いや、大変なことと言うわけでは……」 「……あぁ、ここにいたのか、綾麗」 二人が状況を説明しようと口を開きかければがさがさと木々をかき分ける音、会話が聞こえたようで更にゼタルまでも顔を出すのに、ますます綾麗は何事、と当惑した表情を浮かべるのでした。 「すみません、ちょっと、何が起きているのかと混乱しました」 次々に人が現れて戸惑っていた様子の綾麗ですが、漸くざっと状況を説明されて笑みを浮かべると、山籠もりを中断して合流地点へと同行して。 「火は使わなかったのか?」 「はい、今回は干し肉などを持ってきていたので……一応安全とは伺っていましたが、念の為休むときは木の上で身を隠したりしていたので」 舞華に聞かれて答える綾麗、一行は改めて河原の合流地点でまず事情を説明することとなります。 「綾麗ちゃん、修行の調子はどう?」 「それなりには……ですが、やはりなかなかしっくり来なくて」 涼霞の差し入れのお握りを頂きお茶などを頂きながら、綾麗の様子をまず窺うと、どう切り出すかを迷う様子、取り敢えず河原側で火を熾して、ゼタルが道々で収穫してきた秋の味覚などを使って茸汁など作り頂きつつぽつぽつと話し始めていて。 「会って貰いたい人が居るの」 「緑月屋で待って貰っているのだが」 涼霞が改めて切り出せば、舞華もそう続けました。 「事情を伺いまして……こちらに向かう途中に、お婆さんといざこざがあったと思うのですが」 揺籠が言えば、どのことかが思い至って僅かに表情を曇らせる綾麗に、ふぅ、と溜息をつくのはゼタルです。 「君はまったくお人好しだ」 何とも言えない表情の綾麗に、微かにゼタルは笑みを浮かべると、口を開いて続けます。 「だが……情けは人の為ならず、といってな、己の心から湧き出でる尊い気持ちは、必ず誰かを救うものだ」 その言葉に戸惑った様子で目を向ける綾麗ですが、口元に笑みを浮かべたゼタル。 「あの老婦人のようにね」 「後悔していたようで、謝りたいと言っていた」 そこまで聞くと、少し困ったように目を落とした綾麗は、おずおずと口を開きます。 「その、私が御老人の気分を害してしまったようだったのですが……その人は、怒っていなかったのですか?」 「ええ。どうしても綾麗ちゃんに会いたいと……」 涼霞の言葉に少し迷う様子を見せる綾麗ですが、揺籠はその様子を見て綾麗の手を取ると正面からじっと見つめて口を開いて。 「過ちを後悔しているあの方を救えるのは、綾麗さんだけですから」 揺籠のその言葉と目を見つめると一瞬の躊躇の後、綾麗は改めて一行を見渡してから、分かりました、と頷くのでした。 ●秋空の下で 「ほんに済まなかった、儂はどうかしておったのじゃ……」 涙ながらに謝る老婆に首を振ると、綾麗の曇っていた表情も晴れてきたようで。 「首飾り、受け取ってあげて。何か謂れのある大切なものだと思ったのだけど?」 「……そう、ですね。での、あの時私は他に何も持たずに山籠もりに向かっていたので……篭手は人に差し上げられないですが、それが今の苦境から逃れる切っ掛けになるのなら、それはただの首飾りです」 そういう綾麗ですが、老婆のこれからのことは請け負うと穂澄と宗右衛門翁が改めて言い、老婆も伊住の家で簡単な仕事を手伝ってのんびりと暮らせることになったから、と告げれば少し考える様子を見せると。 「では、それは預かっていて下さい」 そう言って笑みを浮かべた綾麗、修行は一日中断して、緑月屋でゆっくり湯に入ってから仲直りの夕食会と成ります。 「親孝行ともちょっと違いますけれど」 そう微笑む涼霞に促されるように老婆と共に温泉に入って背中を流したりじっくりと話してみたり、互いに蟠りは湯に流された様子で。 「戦う力は元より、人を見抜く力、救う力……は難しいな。実力は一夕一朝では身につかぬものだ」 「分かって居ますが、どうしても焦ってしまって」 湯に浸かりながら舞華と話す綾麗、舞華へと整理しながら話すことで、徐々に綾麗も焦りすぎているのではと実感できてきたようで。 「修行あるのみ、お互い頑張ろう。私達はいつでも綾麗の力になる」 そう約束する舞華にお礼を言うと、自身の焦りをどうするべきか、それを考え始める綾麗。 「大丈夫かい?」 穏やかに秋の栗や鮭、茸をふんだんに使った食事を頂き楽しげに会食をする一同、その中で少し考える様子の綾麗へとゼタルはそう問いかけて。 「山には入るまで、自分の弱さがもどかしくて。自分にもっと力があればあの時、と。でも……力を求めてあの人達と同じになるのではと思うと、そちらの方がもっと怖くて」 「……自分を見失わなければ大丈夫だ。見失いそうになった時は、皆を思い出せばいい」 悩む様子を見せていた綾麗ですが、少し迷う様子を見せるも笑みを浮かべて頷き、改めてゼタルにお礼を言うのでした。 「ま、ちと相手をしてやろうじゃねぇか! おら打ってきな♪」 良く晴れた秋空の下、綾麗だけの修行は少々状況が変わって、差し入れなどを頂きながら複数での訓練となって居て。 「……っつても手加減してくれよ?」 呵々と笑う嵐山、綾麗と幾つか打ち合い防ぎ合いの形になりますが、打たせておいてそれの上を行く一撃を打ち込むという形の綾麗でも、直接の攻撃はなかなか通らないようで。 「身体が覚え込んだつもりでも、まだ、どうしてもまだ足りないようで、咄嗟の時に、本当に要な時に思うように動けないのがもどかしいです」 「武に近道なしか。何万何千と繰り返した事にこそ魂が宿る」 反復だとの羅喉丸の言葉に頷く綾麗、改めて一つ、二つと打ち合って止まると息を付いて改めてゆっくりと動きを確認する羅喉丸。 「まだ、無駄が多いな」 技を練り上げ確実に当てていき、来るべき時に備えようとする羅喉丸、その様子を眺めながら揺籠や舞華と基礎の運動で体力作りに励んでいるゼタル。 そんな一同を、少し冷たさの混じったそれでいて爽やかな秋風が撫ぜてゆくのでした。 |