菊香漂う芳野にて
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/25 20:12



■オープニング本文

 武天芳野、この季節芳野の街は菊香に染まります。
「もうこんな時期ですねぇ」
 開拓者ギルド受付の青年利諒は、わいわいと賑やかなお寺の参拝道を眺めてしみじみと呟いていました。
「噂にゃ聞いていたが、なかなか盛大だな」
「毎年準備の頃は大騒ぎですよ、去年なんて市の運営費を奪われて大騒ぎだったので、今年は漸くのんびりと菊茶や菊酒を楽しめます」
 同行していたのは同じく開拓者ギルドで働いている依頼調役の庄堂巌で、運営費を盗まれたって……と呆れたように息を付きます。
「まぁ、今年はこれといった問題も聞きませんし」
「で、開拓者を呼ぶと、運営の警備費が安く済むからのお誘いって訳か」
「そう言う事です。まぁ、普通に市を楽しんでくれれば良いって事ですし、開拓者にはお茶菓子とお茶、お酒を振る舞ってくれるってことだそうですから。あ、あとご飯も」
 その代わりお礼は寸志ですけれどね、と藁って言う利諒。
「でも、内容がそんだけだったら、別に俺が来なくっても良かったんじゃねぇか?」
「あぁ、いえいえ、ちょこっと、急ぎじゃないですけれど、頼むかも知れないことがあるからと東郷様に言われてたんで、序でに顔合わせでもと思ったんですよ」
「なるほどねぇ……」
 利諒の言葉に取り敢えず納得したのか頷く庄堂。
「去年はそういえば、桜花楼の人達が菊を楽しみに来ていたらしいですし、今年も華やかな姿が見られるかも知れませんよ」
「ああいった所は、四季折々に合わせて席を用意することが多いらしいからな」
 何にせよ、今年も賑やかになりそうですねぇ、などと、ギルドの人間二人、暫しの間賑やかに菊の市を用意する様子を眺めているのでした。


■参加者一覧
/ 野乃宮・涼霞(ia0176) / 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 紅 舞華(ia9612) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268) / キャメル(ib9028) / 緋乃宮 白月(ib9855


■リプレイ本文

●菊香の街へ
「しらさぎ、菊見に行きましょう」
 礼野 真夢紀(ia1144)がそう言えば、からくりのしらさぎはかくんと首を傾げて不思議そうに口を開きました。
「? マユキ、ケイゴのオシゴト、オワッタっていいました」
 目をぱちくりさせて不思議そうに頭を傾げる度に、白いふわふわの髪が揺れて、真夢紀はにこにこと笑いながら首を振って。
「それは五行のお仕事。今度行くのは芳野という街よ」
 まだきょとんとしているしらさぎですが、真夢紀と出掛けられるのは嬉しいようで、嬉しげに支度をする真夢紀を見ているのでした。
「菊は天儀では三大花に数えられるらしいわね」
 ユリア・ヴァル(ia9996)が微笑みながらそういえば、ニクス(ib0444)も口元に笑みを浮かべて頷いて。
 そこは武天芳野、参拝道には大輪の菊が立ち並び、菊の市や飾り菊で華やかな様相を呈していました。
「いつも思うが、この地の花は見事なものだ」
「そうね、本当に綺麗よね」
 私も一つ髪に挿していこうかしら、そうくすりと笑って言うユリアに、似合うかもなと笑みを浮かべたままのニクス。
「そういえば菊酒が気になるわね、すこし飲んで行きましょう♪」
「お望みのままに、と。境内までの道は混んでいるから足元に気を付けないと」
 人混みで見えにくい足元、ひょいと軽く引き寄せて走っている子供から離すと笑みを浮かべるニクスに、ユリアも有難うと微笑んで歩き出すのでした。
「羅喉丸、実に見事な花です」
 羽妖精のネージュが菊飾りを見て声を上げれば、羅喉丸(ia0347)は笑みを浮かべて歩み寄りネージュの言葉に同意して。
「本当に、これは見事なものだな」
「同じ菊でも沢山あるのですね」
 ほんのりと頬を染めて目を瞬かせるネージュは、立ち並ぶ菊の花に圧倒されているようで、笑顔で羅喉丸に振り返ります。
「あちらの方にも何かありますよ。行ってみましょう」
 ネージュが楽しげな様子で手を引くのに、羅喉丸も笑って境内へと足を踏み入れるのでした。
「マスター、こっちです!」
 こちらも羽妖精の姫翠とやって来ていた緋乃宮 白月(ib9855)で、嬉しげに緋乃宮の周りを飛び回っている姫翠。
 芳野の街は大通りから既に菊に飾られていましたが、やはり活気もそして花の数も遠目に見える参拝道が賑わっているようで、のんびりぽふぽふと歩いている緋乃宮を何度も楽しげに急かす姫翠。
 とはいえ、そうやってはしゃいでいるのが楽しい様子で、また緋乃宮も姫翠が楽しげなのを見て嬉しそうにほわっと微笑みます。
「折角ですから、境内についたらのんびりと何かいただきましょうね」
「菊茶! マスター、菊茶が飲んでみたいです!」
「そうですねぇ、楽しみですねぇ」
 姫翠のはしゃぐ様子に微笑みながら、ゆっくりと通りの方へと足を向ける緋乃宮に、姫翠も緋乃宮の周りを飛び回りつつ参拝道の方へと向かうのでした。
「ねぇぷーちゃん! あれ綺麗!」
「……このような人前でぷーちゃん言わないでくださいな」
 嬉しげで明るい声と対照的に、どこか切ない様子で答える声。
 キャメル(ib9028)が指すのは市の中で行われた品評会の一つの花、ですが一緒に来ていた人妖のぷーちゃんこと暁月夜の方は人前で愛称と言いって良いのか……兎も角、ちょっぴり恥ずかしい様子で。
 更に桃色の髪を揺らして歩くキャメルと、桃色と紅蓮の鮮やかな色の移り変わりが目に楽しい人妖ぷーちゃんの姿は、まぁある意味目立つと言えば目立つもの、周囲は微笑ましく見ているようで。
「最近お祭に縁がなかったから、楽しいな」
「街中が菊で飾られていて、本当に美しいですね」
「ねぇ、あっちにも沢山あるみたい!」
「折角なのであちらの方にも参りましょうか」
「うん!」
 ぷーちゃんが聞けば、キャメルは嬉しそうに頷き、ぷーちゃんの手を引いて弾む足取りで歩き出すのでした。
「お待たせしました」
「あ、いえ……」
 尾花朔(ib1268)が先に待ち合わせ場所へ来ていた泉宮 紫乃(ia9951)に歩み寄って声を掛ければ、紫乃はほんのりと頬を染めて首を振ります。
 街の入口、尾花がちょっと遅れたのには理由がありますが、それはそれ、今日は兎も角はにかむ紫乃と並んでゆったりと歩き出す尾花は、そっと紫乃の手を取り、紫乃は顔を赤く染めて。
「境内で菊茶などが頂けるそうですよ、近くには菊花膳が頂けるところもあるとか」
「それは是非、伺いませんと」
 手を繋ぎのんびりと境内へ向かう中、待っている間に聞いたのでしょう、そう紫乃が言うのに尾花は微笑で頷くのでした。
「あっ、舞華さんに涼霞さん」
「ふむ、待たせたようだな」
 仕事の打ち合わせもあったのでしょう、利諒と保上明征がやって来れば、丁度待っていた野乃宮・涼霞(ia0176)と紅 舞華(ia9612)は茶店の縁台から立ち上がって歩み寄ります。
「あわわ、すみません、ちょっとお祭で盛り上がっていた方々がいて、身動きが取れませんでした」
 そう謝る利諒に笑みを浮かべて迎える舞華、明征は涼霞に歩み寄って一言遅れたことを詫びると、そんな利諒を見て微苦笑を浮かべ。
「何やら耳や尻尾が見える気がするな」
「……ちょっと分かる気がします」
 明征の言葉に想像したのか言って笑みを浮かべる涼霞。
「じゃあ、まずは境内の方に行ってみようか、屋台も色々あるみたいだしな」
「はい。では、お先に失礼します、また後程」
 嬉しげでいて、互いに照れながらそう言って参拝道の方へと向かう舞華と利諒を見送ると。
「では、我々も行くとするか。人混み故、足元に気を付けてな」
 そう言いながら涼霞の手を取って握り歩き出す明征に、ほんのりと頬を染めて嬉しげに笑むと、涼霞も参拝道へ足を向けて歩き出すのでした。

●菊花市の買い物
「後で待ち合わせるとして、どこかはもう決めた?」
「はい、綾風楼で席のことは任せてくれと、東郷様が」
 そう言いながら一緒に屋台を眺め、暫く行けばそこに広がるのは菊人形で芝居の一幕。
「凄いですよね」
「ああ。菊はなかなか育てるのに苦労するそうだからな。手入れも大変だろうに……本当に、見事だ」
 しみじみと菊を見ている舞華に、利諒は嬉しげに笑みを浮かべるとおずおずと舞華の手を握って。
「職人さんが、是非品評会の方の花も見てくれって言っていましたよ。いってみましょう」
「ああ、そうだな」
 そう言って境内を進もうとしていたとき、ふっと舞華の目に入ったのは小物の行商をしている女性が御茶屋さんの店先で一息ついているところ。
「小間物の行商さんですか?」
 それに利諒も気が付き歩み寄れば、幾つかある小物を見せて貰い、できれば、とほんのりと頬を染めて呟くも何となくどういって良いのか迷う様子を見せる舞華。
「んー……これなんて良さそうですよね」
「綺麗な品だな」
 そう言って利諒が手に取ったのは藤色の小さな巾着で、小さな菊の刺繍が散りばめられて折り合いらしくも品があるものです。
「その……出来るだけ同じ物ってありますか?」
「えぇ、それは、確か二つ持ってきたはずだから……これだね」
「じゃあ、この二つ、下さい」
 藤色の小さな巾着の一つを受け取り赤くなる舞華ですが、嬉しげに微笑むと。
「その、ありがとう……」
「いえ、今はこんな事ぐらいしかできないですけれど……それに、舞華さん、揃いの物が無いか見ていたみたいだったですし、僕も、一緒に持てたらなって……」
 舞華の笑顔を見て利諒も真っ赤になりながら笑みを浮かべて、行きましょうか、と改めて手を繋いで境内の中を進むのでした。
「ぷーちゃん、見て見て、菊のお花の中に人形があるみたい」
 参拝道をあちこち見て回っていたのでしょう、キャメルがぷーちゃんと一緒にやって来たのは、菊人形の前。
「キャメルね、菊って育てるのが難しいって、おじーちゃんにきいたことがあるの。毎日少しずつ角度を変えて、太陽を浴びて、大輪の花になるんだって。すごいね」
 人形の簪に使われている大輪を見ながらきらきらした目で見るキャメルに、ぷーちゃんも穏やかな笑みを浮かべて菊花を楽しみます。
 暫くのんびり穏やかに眺めていたキャメルですが、ちょっぴりそわそわしだしてぷーちゃんは首を傾げてみれば。
「みゅー、なんだかお腹すいちゃった」
「お寺の方でも菊花膳が振る舞われるとか、行ってみましょうか」
「うん♪」
 嬉しそうに頷いてお寺へと向かうキャメルはぷーちゃんににこにこしながら話しかけつつ。
「菊のお菓子やお酒もあれば欲しいなぁ」
「……そういえば、今年は警備の方のお仕事だけれど……」
 キャメルと入れ替わりに人形の前へとやって来たのは真夢紀としらさぎ、キャメルが言いながら去っていくのを耳にして、ちょっぴり立ち止まってそちらを見ると、しらさぎが不思議そうに真夢紀を見て。
「今日は警護のお仕事を兼ねているから出来ないんだけど。この街花見が多くて、よく屋台も出しているの」
「ハナミおおい?」
「うん。その時は大抵、こんな風に屋台が出るの」
「キクミだったらナニだす?」
 マユキは? かくんと首を傾げて尋ねるのに、ちょっぴり考える様子を見せると、
「そうねぇ……和菓子や菊御膳は他のお店でも出すから被らない物で……」
 ふわふわの白い髪の美少女と、愛らしい様子の真夢紀の会話に道行く人も何とは為しに足を止めてついつい会話を聞いてみますが。
「チョコを溶かして薄く丸を作って、固まる前に菊の花弁を上に乗せて花のように形成するとか、掌サイズのマロンパイ……」
 芳野は開拓者が良く訪れる街、大凡どんな物が出来上がるか想像したのでしょう、思わず唾を飲み込む若い衆がいたり。
「木の実にキャラメルを絡めた物も良さそうね」
 にっこり笑って真夢紀が言うと、ふと視線を集めていて首を傾げるのに、周囲の人は慌てて立ち去ったり菊を見ていた振りをしますが。
「じゃあ向こうも行ってみる?」
 そうしらさぎに聞きながら歩き出した真夢紀は、屋台や参拝道の入口の茶店にいそいそと入っていく周囲の人に少し不思議そうに首を傾げるのでした。
 ゆったりとした様子でご住職へと頭を下げた後階段を下り境内へと出た羅喉丸とネージュ、このお寺での菊花市の成り立ちや、菊茶の効能などを、その菊茶を頂きながら色々と聞いたようで。
「菊の香りが良かったですね」
 微笑みながら言うネージュに、連れてきて良かったとつくづく思ったのか、羅喉丸も穏やかな笑みを浮かべています。
 折角なのでと品評会の花が飾られているのを見れば、すぐそばのお茶屋でお団子など振る舞われているようで、ネージュと共に歩み寄れば。
「さて、ネージュ、どれを頼む」
「あの、菊を象ったお団子が良いと思うのですが」
 そうだな、頷いて羅喉丸が頼めば、ちょうど今無くなってしまって、少し待っていただければ出来立てがと告げられれば頷いて。
「せっかくだから、待つとするか」
「はい。出来立てをいただけるのも楽しみです」
 そうにこやかに頷いてから、品評会の菊などを眺めていれば、近くの市でも綺麗な花の鉢が並んでいるのが見えて、待っている間それを見つめているネージュに気がつく羅喉丸。
 お団子はもう少しだけ時間がかかる様子なので、お茶屋の給仕をしていた娘さんに一声かけてから、ネージュを連れて菊の鉢の並ぶあたりへとやってきて。
「親父、これを一つ頼む」
「いいんですか、羅喉丸」
 驚いたように目を瞬かせるネージュですが、淡い桃色の大輪の菊の鉢を羅喉丸が買い求めるのを見てほんの少し、じわっとした様子で見ると、嬉しそうな笑みを浮かべて。
「大切にしますね」
 そう言って鉢を受け取った
羅喉丸と共にお茶屋へと戻ると、出来立てのお団子とお茶を頂きながら、幾度も嬉しそうに菊の花の鉢を見るのでした。
「大小、本当に様々ですねぇ」
 しみじみと言う緋乃宮、先程からあちらこちらと境内中の菊花を見て回っていたのですが、漸く一通り目を通してきたのかほぅと微笑んで言って。
「でも、ちょっと疲れたです」
 もふと緋乃宮の頭にのっかって息をつく姫翠に、そう? とばかりに軽く首を傾げる緋乃宮。
「んー、疲れたんだったら、何か食べて少し休憩ですかね」
 そう言いながら参拝道の方へとぽてぽて歩いていく緋乃宮、実のところ姫翠はその緋乃宮の頭の上で楽ちんといった様子ではありますが。
「えへへ……マスター、あそこの飴細工の菊、とっても綺麗です」
「じゃあ、買ってみましょうか」
「はい!」
 嬉しげにそう答える姫翠ですが、そこで買って貰った黄色い菊の花を模した飴を手に持って、しばし思案顔。
「どうしました?」
「ちょっと、食べちゃうの勿体ない気がします」
「うん……でも、ちょっぴり、溶けかけて……」
「あ、あわわ、食べます!」
 細かい細工で天気も良く、ちょっぴり飴も柔らかくなりやすかったよう、一口花びらをかじってから、姫翠は幸せそうに、緋乃宮の頭の上で笑うのでした。

●菊香の中で
「こうして賑やかで活気のある様子を見ていれば、平和というのが如何に大事かとつくづく感じるな」
 寺の一室、庭に面している縁側でお茶を頂きながら明征が言えば、寄り添うように座って居た涼霞が微笑を浮かべながら頷いて。
「こうした穏やかな一時が、本当に大切だと感じますね」
 そう言ってから、ふと明征の顔を見上げて。
「ん? どうした?」
「いえ……随分長くこうして過ごして来たように思いますが、お心を知ってから半年しか経ってないのだと思うと……」
「ふむ……」
 涼霞の言葉に確かに、そう頷いて涼霞の手を取って。
「確かに、私も涼霞がこうして随分と長い間傍に居るような気がするが……半年か。それより前から知っているカラもあるであろうが、その間に色々と有ったからかな」
 僅かに笑みを浮かべて言う明征に、頬を赤く染める涼霞。
「私はずっと以前からお慕いしていたから、余計にそう感じるのかもしれません。明征様はその……いつから私の事をお気になさるように?」
「そういう涼霞は、以前からと言うが、いつからだ?」
「私ですか? ……ふふ、内緒です」
 頬を染めながらも何処か楽しそうに答える涼霞に、明征も何処か穏やかな笑みを浮かべて小さく笑うと。
「自覚したのは、危険な囮を買って出たと知ったときだな。何かがあったら、一生後悔すると、そう思った。気に掛かるようになったのは、いつからだろうな……そうだな、寝込んで叱られたときか?」
 はっきりと自覚があるからかそう言うと、いつから、言ってから何処か笑みを含んだ様子で言うのに、何処か幸せそうで居ながらも。
「ちゃんと今後は気を付けて下さいね? 明征様には幸秀も居ますし、その、私も居るのですから……」
 涼霞の言葉に、そっと頬に触れると、明征は頷いて約束するのでした。
「本当に綺麗ですね。お香として好まれるのも分かりますね」
「ええ、華やかでいながら落ち着いた美しさで、ほっとしますね」
 境内の奥、参拝道の屋台の賑やかさとは違う少し落ち着いたその場所の茶屋に入り、部屋から見える境内の花に目を細めて穏やかに語らうのは紫乃と尾花。
 こっそりと紫乃に気付かれないうちに呪縛符などを使って警護のお手伝いをしたりしつつ、二人は穏やかに菊香の市を楽しんできたよう。
 尾花と紫乃の傍らには丁寧に包まれた小さな包みがあり、菊の着綿を分けて貰ってきたようで。
「帰りに、食用菊を買って帰りますか?」
「そうですね。おひたしに酢の物に、それに菊ご飯……」
 楽しげに献立を考える紫乃を穏やかな表情で見守っている尾花も笑みを浮かべて頷きます。
「お浸しも美味しいですし、天ぷらも良いですよね、ジャムにしても美味しそうです。後で一緒に作りましょうね?」
「ぁ……は、はい……」
 尾花が言って顔を赤らめる紫乃、その様子を微笑ましく見ていた尾花はそういえば、と切り出します。
「そう言えば、お引っ越しのことなのですが、どうされます? お隣、開いてますよ?」
「あ、そ、その……確かに薬草を育てられる庭の広い家を探していた所ですし、二軒長屋の隣で二軒分の庭を使って良いというのもとても好条件ですし、とてもとても魅力で気ではあるのですけれど……」
 結婚前の同居は気が引けるが隣同士なら、そんな風なことも考えて迷ってみたり悩んでしまったりしていたようですが、どうしても恥ずかしさもあるし、でもそれが実現すれば嬉しくもある、そんなどうにも悩ましい乙女心ではあったようなのですが。
 ちなみにそのお隣というのが尾花の姉が住んでいたところで、この度引っ越しをするとのことで空いたらしく、空いたのか空けたのかはこの際置いておくことに。
 兎に角、ぐるぐると悩んで手の中にある菊の花の浮かべられた御茶を見つめて色々と葛藤していた紫乃です、やがてまだ迷う様子で口を開いて。
「あの、本当にご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんて。紫乃さんがお隣に来て下されば嬉しいですし」
「……ご迷惑でないのでしたら、その、宜しくお願い致します」
 頬を染めて同意する紫乃に、目を細めて頷く尾花は。
「……その実、ここから帰ったら、すでに引っ越しは終わってるのですけどね」
「はい? どうかしましたか?」
「いいえ。後で作る菊の料理が楽しみだと思いまして」
 にっこりと笑んで、ぼそっと呟いたことをさらっと流すと、今頃姉に頼んだ紫乃さんの引っ越しは終わったところでしょうか、そんな風に考える尾花。
 紫乃は自身の引っ越しが帰る頃には済んでいるとは欠片も考えず、嬉しそうな恥ずかしそうな様子で、尾花と並んで菊花を眺めているのでした。
「秋は好きな季節なのよ、付き合い始めたのが秋だから」
 参拝道を腕を組んで歩いていればニクスは何かを見つけたよう、ちょっとだけユリアと離れて参拝道に並んでいた、屋台ではなくなかなか良い様子の小間物屋へと立ち寄っているようで。
 ニクスを待つ間、小さく口の中で呟いたユリアは、それでいてその時のことを思い出しているのでしょうか、微笑んで。
「一年続くとは思ってなかったけれど、飽きっぽい私が二年も続くなんて奇跡ね」
 軽く延びをすれば良く晴れた秋の空、自身の指に収まっている指輪を見てくすりと笑みを零すユリア。
「しかも指輪を嵌めてなんて」
 その笑みが何処か幸せそうで、少しだけ考えて居る事柄もあるようで。
「待たせた」
「大丈夫よ。次は何処に行くのかしら?」
「境内の裏手に、落ち着いた様子の丘があるらしい。祭りの最中には殆ど人が来ないらしい」
 落ち着いて花を楽しめる場所らしいが行ってみないことにはなと言うニクスに、笑みを浮かべて腕を絡めて頷くユリア。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ああ」
 連れだって歩き、賑やかで楽しげな参拝道を通り、落ち着いた様子の境内をゆったりと回って菊を楽しめば、木々の中に開けた小さな広間があって。
 敷き詰められた絨毯のように広がる芝に、お寺へと奉納されたのでしょう、境内の裏手をも飾る菊花が揺れていて、普段は憩いの場と分かる備え付けの縁台とそこに添えてある傘も見えて。
 日の差し込む暖かい芝生の上に並んで腰を下ろせばニクスが取りだしたのは布で包んだ小さな包み、それを開けば鼈甲細工で菊花を象った鼈甲の櫛、そっとユリアの髪に挿したニクス。
 ユリアの煌めく青銀の髪に落ち着いた簪の色彩がしっくりと収まって、似合うとニクスは口元に笑みを浮かべます。
「ありがとう……」
 にこりと微笑むと、小さく首を傾げるユリアは口を開いて。
「何時も私が我儘ばかり言ってるから、今日はニクスのお願いを特別に一つだけ聞くわ。貴方の願いは、ニクス?」
「願い、といわれても……」
 暫くの間悩んでから、漸く頭を過ぎった事柄にまた躊躇するものの。
「そうだな、膝枕を、して貰いたい」
 言ってから幼馴染みの面々を思い浮かべ、他の者にこんな事頼んだと知れたら笑われるな、そんな風に過ぎるも、これで良い、とも思って。
「膝枕???? 本当にそれだけでいいの?」
 驚いた様子のユリアですが、頷くニクスに微笑して膝を空けて促せば、ユリアの膝に頭を乗せて見上げるニクスは、普段の張り詰めている気を解いて穏やかな表情を浮かべ。
「愛している、ユリア」
 ニクスの言葉に微笑んで愛おしげに髪を撫でると、悪戯っぽく笑うユリアは。
「膝枕されている人は身動きできないのよね」
 そう言って軽くニクスに口付けてから、微笑んだままそっと頬を撫でると。
「ニクスには私の全てを許すわ 」
 そう囁くと、穏やかな秋の日差しの中で、ユリアとニクスは膝枕のまま口付けを交わすのでした。

●菊花の中の夕暮れ
 夕暮れが迫る頃合い、菊の鉢を抱えて帰っていく人々と、夜はこれからとばかりに盛り上がる人達の姿。
 綾風楼でそんな町の様子に目を細めて眺めているは領主の東郷実将、代行の伊住穂澄と共に警備の様子等話していましたが、そこへ戻って来た舞華と利諒、少し遅れて涼霞と明征が来れば、菊花の膳が用意されて静かな宴が始まって。
「お仕事の話をされて居たようですが、何か……?」
「幾つか、気に掛かる事柄はある。凶盗もそうだが、アヤカシが事態を掻き回しているようでもあってな」
「何故、無有羅が武天と理穴に多く出没するかが分からぬ故、其の辺りの遣り取りがおおく」
 舞華が尋ねるのに実将が答えれば明征も頷いて。
「ま、今日の所は折角の祭りだ、ゆっくりと楽しんでいってくれ」
 そう言って笑えば、街の喧騒が少し遠くに聞こえる楼の二階。
「僕はちょっぴりお醤油を垂らして食べるのですが、人によってはお塩の方が良いらしいですね」
 はい、とごく普通の様子で舞華さんはどちらが好みですか? とお箸で摘んで味を見て貰う利諒、舞華もぱくりと食べてどちらの方が良いかな、と首を傾げ。
「汁につけて食べる天麩羅も美味しいが、茸とか花は、少しの塩の方が元の味が良く分かるな」
 のんびりと穏やかに菊花のお膳を楽しんで居る二人、仲睦まじくもありどうにも微笑ましくも見えるようで。
「明征様」
「ん?」
「あーん」
 豆腐に菊を散らしだし汁を掛けたものを、匙で掬って明征に勧める涼霞、少し驚く明征ですが、ぱくりと口にしてから目を瞬かせていて。
「え、えと……恋人同士が必ずするものだと聞いたものですから」
 そう頬を染めて言う涼霞に、あぁ、と納得すると笑みを浮かべてから頬に触れて。
 そんあ二組の恋人同士を微笑ましげに笑って見ると、実将は穏やかに流れる菊花の祭りへと目を向けて。
 秋の月は、咲き誇る菊の花やそれを楽しむ人々を、穏やかな様子で照らしているのでした。