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■オープニング本文 その日、受付の青年利諒は理穴にある保上明征の屋敷に呼ばれてやって来ていました。 「蜜柑狩り! 蜜柑狩り!」 「あの、父上、その……」 微妙に疲れた様子の明征は、やたらと元気良くがしがしと腕に掴まって駄々を捏ねている嶺騎少年と、反対側から、じっと上目遣いで見上げて何か言いたげな様子の幸秀に見上げられていました。 「あ、あの……どーしたんですか?」 「いや、うん、詳しいことは弟に話させようと思ったら、あれは逃げたか……」 周囲を見るも見あたらない弟に何とも言えない表情を浮かべる明征、その様子を見てけらけらと笑いながら口を開くのは廊下から面白そうに様子を見ていた、居候中の明征の親友、中務佐平次です。 「いやさ、泊まりがけで幸秀君のお友達が来たってんで、明書君に子供の頃の話とか、せがんだらしいんだよ。したら、明征に蜜柑狩りに連れて行って貰った事が有るって話したらしくって」 そう言いながらもすちゃっと幸秀の後ろに正座待機で期待に顔を輝かせる佐平次が加わることにより、遠い目をする明征。 「ま、まぁ、そう言う事でだ、確認したところ、普通に蜜柑は売れているが、三年前の緑茂の戦い以降、蜜柑狩りに来てくれる人はあまりいないので、蜜柑狩りのお客さんで賑やかになるのがもう一度見たいと、こう言い出してな」 「……あぁ、其の辺りで、団体様なら激安で引き受けてくれると、条件が出てきたわけですね」 「ああ。それにその、幸秀が、最近では特に開拓者に興味があるみたいでな……うちに甲龍と霊騎はいるが、相棒にも興味があってな。どうにも、眺めているだけで良いようだが、どうせ団体様で良いと言っているのだ、相棒も構わんだろうと」 「ねじ込んだわけですね……」 「交渉と言って貰いたい。元々、広い牧場も併設していたし、深柳近くのところでな、開拓者や相棒に興味があると先方も乗り気でな」 子供に甘いんだから……口の中でそれだけ小さく呟くも、利諒は依頼書を取りだして、お誘いの文面を考えはじめるのでした。 |
■参加者一覧 / 野乃宮・涼霞(ia0176) / 羅喉丸(ia0347) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / カジャ・ハイダル(ia9018) / 紅 舞華(ia9612) / 霧先 時雨(ia9845) / 海神 雪音(ib1498) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 緋乃宮 白月(ib9855) |
■リプレイ本文 ●出発地点には様々な人 「ミカン狩り? おてつだい? マユ?」 「そー思うよねぇ……実家でやって来たばっかりだったし」 からくりのしらさぎがそう尋ねるのに、出掛ける準備をしながら礼野 真夢紀(ia1144)は自身の部屋の片隅に山と積まれた蜜柑をちらりと見てから微苦笑を浮かべます。 真夢紀はどうやら直前に実家の方の蜜柑の収穫を手伝っていたようで、良く色付いた蜜柑がでんと大きな籠に山盛りで積まれていたりします。 「んーん、林檎狩りとか栗拾いみたいな行楽依頼なんだけど……多分出荷のお手伝いでも良いと思うの」 「はい」 「こゆきもいく!」 「うん、連れて行く制限が今回ないからね。鈴麗も一緒よ」 甘えた様子で荷を詰めていた真夢紀の膝の上に乗ると、うにゃうにゃと自己主張を見せる猫又の小雪に笑みを浮かべると優しく撫でる真夢紀、尻尾がふにゃふにゃとゆれて幸せそうに小雪はぐるぐる喉を鳴らして。 「さて、と……準備はこれで大丈夫。じゃあ、行きましょう」 「うにゃん」 真夢紀の言葉に嬉しげに無くと、しらさぎにだっこして貰う小雪、竜の鈴麗も連れて早速出発地点へと向かうのでした。 「ちびが腹にいるんだ、あまり冷やすなよ」 カジャ・ハイダル(ia9018)の言葉に頷くのは霧先 時雨(ia9845)、夫婦水入らずでのお出かけとあって、何処か嬉しそうに指輪を撫でていた時雨ですが、ぼふっと上着が掛けられてちょっと目を瞬かせます。 「ほれ、これでも来てろ。しかし……移動は俺はクーで、時雨は馬車の方が良いか?」 「何言ってるの、ほら、カジャも一緒に馬車に乗るのよ。…………良いじゃない、折角二人で出かけるんだからっ」 顔を赤く染めながらぎゅっと掴まるように腕に抱きついて言う時雨、カジャはなるほどな、と頷くと。 「ま、たまには馬車もいいか」 そう言って笑みを浮かべて時雨の頭をぽむと撫でると、馬車の戸を開いて時雨を乗せてから、駿龍のクーの首をぽんぽんとしてやって、ついて来いよと伝えると。 「寂しいからって馬車をつつくなよ、クー」 「ぐるる」 少しだけ不満げなクーですが、時雨の駿龍である村雨丸が促すようにちょいちょいと鼻を寄せるのに、ばさと翼を羽ばたかせて空へ。 「じゃあ、村雨丸も、向こうでね」 カジャが乗り込むと時雨が村雨丸へと伝えて、戸を閉じれば御者さんが馬車を進めて出発するのでした。 「雪花を連れてでは初めての依頼になりますね、疾風も今日は依頼ですが羽を伸ばしましょう」 待ち合わせ場所に着いた海神 雪音(ib1498)が言えば、ぐんと羽を伸ばし思い切り胸を張って得意げな様子でふしゅうと息をつく駿龍の疾風、それを見て、羽妖精の雪花もあわあわとした後、同じように頑張って羽を伸ばそうとしてよたよたしていて。 「いや、疾風……言葉通りに伸ばさなくても良いです。雪花も無理して伸ばさなくて良いです……」 表情が変わるわけではないものの、目は口程に物を言うというか、ちょっぴり困ったような目の色で、少しだけ疲れた口調で言う雪音。 少し待てば直ぐに迎えの馬車がやってきて、疾風を撫でると馬車についてくるように告げて雪花と乗り込む雪音は、普段大人しい雪花が座席の所に立って外を見て目をきらきらさせているのを微笑ましく見守っていて。 「雪音、私こんな風に馬車で移動するの、初めてです」 「そうですね、馬車に乗る機会は、あまり頻繁にあるものではないですし……私達は龍で移動してしまうことの方が多いですからね」 そんなことを話ながら、そして時折紅葉の木々が良く映える空を、疾風がぱたぱた飛んで追いかけてくるのを眺めたりして、目的地までの旅をのんびりと楽しむのでした。 「息抜きには丁度良いな」 そう言って馬車にのんびり揺られているのは羅喉丸(ia0347)と、その相棒で人妖の蓮華。 穏やかな行程を馬車に揺られて景色を眺めながら行けば、それはなかなかに楽しい物のようで、蓮華も上機嫌で外を眺めて居ます。 「馬車旅行か、初めてだったが、楽しいものだな」 「ま、たまにはこの様にのんびりとした旅も良いものじゃ」 視界に広がるのは色付く山々、空は見事な秋晴れで遠くまで澄み渡っていて。 「この地で戦ったのも、もはや3年の前の話か」 ふと思い出すのは三年前になる緑茂の戦い、色々な思いも去来するようでしみじみ呟くように言う羅喉丸は、爪痕が全て消えたわけではないものの着実に復興している村や景色に笑みを浮かべます。 「時が過ぎるのも早いものだ」 「……」 やがて辿りつくのは広い農園の入口、戸を開く前に蓮華は振り返って羅喉丸へと口を開いて。 「羅喉丸、旅はいいものじゃろう」 蓮華のその言葉に、羅喉丸は笑みを浮かべたまま強く頷くのでした。 「仲間に知れたら、らしくもないと笑われるだろうな……」 小さく口の中で呟いて、海神 江流(ia0800)が馬車に揺られ眺めるのは、向かいの席に腰を下ろして興味深げに外を眺めて居る青みがかった黒髪の女性……と、その女性が海神に顔を向ければ、その相手が良く見ればからくりであることに気付けることでしょう。 儚げな様子の美しい姿の波美は、今は馬車の中で二人きりだからか海神へと目を向けて僅かに首を傾げます。 「主、何か……?」 「いや……蜜柑狩りとかそういう時期か」 「そうね、もうそんな時期なのね」 早生が出回りはじめたばかりと思っていたのに、そう行って改めて進行方向の山へと目を向ける波美を眺めながら、つらつらと、仲間に笑われるだろうが、と言う思考を再開して。 近頃波美は海神の行く先に着いてくることも多く、そんな波美に色々なものを見せてやるのが楽しくてならない様で、今日はどんな事が有るだろうと、そんなことを考えながら目的地までの間、馬車に揺られているのでした。 「蜜柑狩りか、そろそろ甘く美味しくなってる季節だものな……お誘い感謝だ、保上様」 「いや、応じて貰えて何よりだ。久々に蜜柑園に活気が戻るとあちらも偉く喜んでいる」 「それにしても、近頃は幸秀くんが楽しそうで何より」 紅 舞華(ia9612)が声を掛けるのは依頼を持ってきた保上明征その人、幾つか言葉を交わしていれば、舞華の待ち合わせていた相手である利諒が二人と一匹に気が付いて歩み寄ります。 「お待たせしました。明征さんも今日は。……あれ? 中務さんは?」 首を傾げる利諒は、依頼の時にうきうきとしていた中務佐平次の姿が無いのに不思議そうな様子ですが、それに答えるのは舞華です。 「先程、『馬車は帰りで良いや』と言って鷲獅鳥の急鋭君に乗って一足先に蜜柑園へと向かった」 「……あの人鷲獅鳥の相棒居たんですか……あ、じゃあ、僕達もそろそろ向かいましょうか」 「わんっ!」 ね、と利諒が舞華の傍らで良い子にして座って居る忍犬の潮へ声を掛ければ、元気いっぱいに応えて、すっくと立ち尻尾をぶんぶんと振る潮。 「私達は、お言葉に甘え馬車で行こう」 自分たち用の馬車が停められるのに利諒がそう言って戸を開いて舞華と潮が先に乗るのを待ってから、利諒も乗り込むと、お先にと明征に声を掛けて出発です。 早速馬車の床に伏せて呑気に尻尾をぱたんぱたんとさせながら寝そべる潮、舞華と利諒はゆっくりと流れていく秋の山の風景を眺めていて。 「こうして移動するのも、歩くのとは違った良さがあるな」 「ええ、それにこうした形で景色が流れていくのも、何だか不思議で面白いですよね」 窓の外の景色を眺めながら楽しげに笑い合う舞華と利諒、そんな様子を潮はくいと首を上げてみると、くわぁと欠伸を漏らして、前足に顔を埋めるようにして目を瞑るのでした。 「幸秀、相棒に興味があるの?」 そう野乃宮・涼霞(ia0176)が幸秀へと言えば、嬉しそうに涼霞を見上げていた幸秀はこっくりと頷いて。 そこは出発地点の傍で、幸秀は嶺騎と共に待っており、嶺騎の愛馬と、二匹の猫も一緒だったりしています。 「私は甲龍しかいないけど、他に色々連れている人がいるから見せて貰うと良いわ」 「はい、母上」 甲龍、という言葉で、愛龍の櫻嵐がふしゅーと息をついて顔を出せば、黒猫の胥がぴんと尻尾を上げてみたり、幸秀もなでなでと首を撫でてみるのをじっと大人しく撫でさせていて。 「あぁ、来たか。他の者たちも既に出立した」 そこへ声を掛けるのは一通り案内を済ませて見送ってから呼びに来た明征。 早速馬車へと向かい、櫻嵐には場所を伝えて先にいって貰うことにした涼霞、馬車に乗り込み、二匹の猫を相手に遊びながらはしゃいで景色を見ている幸秀と嶺騎を、明征と並んで座り見ながら小さく首を傾げます。 「開拓者になりたいのかしら? 早い子だと十歳から活動している子もいるし、幸秀が目指すとしても早すぎる事はないけど……」 「早すぎることはないが……今はまだ子供らしいことをしていて十分だと思うのだがな……」 少しだけ寂しげな様子で幸秀を見て言う明征ですが、涼霞が手を取って笑みを浮かべて。 「当人がそれを望むのなら、幸秀が望む道を応援してあげましょう」 涼霞に頷く明征、ふとそんな二人の様子に首を傾げて振り返る子供達は会話の内容は聞こえていなかったようで。 「嶺騎君、幸秀とこれからも仲良くしてあげてね」 そんな様子を見て、涼霞は二人へと微笑みかけると、改めて嶺騎へとそう伝えるのでした。 ●蜜柑園での情景 「のんびりまったり、楽しみましょう」 「蜜柑狩りが楽しみですっ!」 のほほんとしている緋乃宮 白月(ib9855)、傍らには相棒の羽妖精、姫翠の姿がありました。 緋乃宮は腰の辺りに取った蜜柑を入れる籠を下げていて、ぱたぱたと飛びながらはしゃいで居る姫翠は蜜柑園の入口に立つと目を輝かせます。 「わ、わ、マスター、見て下さい、凄いですっ!」 等間隔に並んでいる大きな蜜柑の木にたわわに実る蜜柑の良い香りが鼻を擽り、仲良く足を踏み入れる二人。 「沢山の木があって……この辺りは日当たりが良くて大きな実も沢山ですね」 「マスター、お日様みたいな綺麗な蜜柑ですよ」 つやつやの蜜柑とまるで睨めっこでもするかのようにじっと見てから嬉しげに振り返る姫翠に、緋乃宮は微笑んで頷くと手本を見せるかのように蜜柑を一つもいで。 緋乃宮が取って見せたのを見て、ぱたぱたふわふわ上の方へと飛んで上がると、丁寧に丁寧にと蜜柑をもいでから笑顔を浮かべてそれを大事に抱える姫翠。 「よいしょっよいしょっ、マスター見て下さい、おっきい蜜柑が採れましたっ!」 「すごいですね、良い香りです」 緋乃宮がそう笑みを浮かべて頷くと、丁寧に籠の中へと蜜柑を収めて幾度も嬉しそうに覗き込みながら羽を揺らす姫翠、その様子を微笑ましく見ると。 「うん……美味しそうな蜜柑です」 改めてそう言って、緋乃宮は嬉しげに見上げる姫翠に笑いかけるのでした。 「蜜柑狩りであります! 一杯食べるであります!」 「蜜柑狩り! 一杯取るよ!」 いえーっと盛り上がる相棒であるもふらの浮舟と羽妖精のキリエ、それを後ろで眺めて居るのはからす(ia6525)。 「土産分は確保してね」 しれっと告げるからす、実のところお土産に必要な分量を考えればそれは必然的に多くなるのだがね、小さく口の中で呟くも、気合いも気分上々、寧ろマックスな浮舟とキリエには聞こえていない様子。 「さ、ちゃきちゃきと採って入れるのであります!」 「もちろん、どんどん入れるよ!」 「……いや、甘いものとか熟れ具合とかは見ておかないと」 取り敢えず真っ先に目に付いたものを採ろうとしたキリエ、言われてはじめて、ちょっと早いかな、かくんと首を傾げることに。 浮舟が籠を付けて運べば、上の方へと飛んでいきこれと見定めた物を手に降りてきては籠へと入れていくキリエ。 「……」 存外収穫に便利な組み合わせの二人を眺めて、手の届く低い位置の蜜柑を採りながらのからすは、休憩はあの様子だと思ったよりも早いかな、そんなことを考えながら、目の前の木に実る蜜柑に手を伸ばすのでした。 「あっ!」 「ぬっ!」 双方楽しみにやってきた蜜柑狩り、遭遇してしまったのはエルレーン(ib7455)とラグナ・グラウシード(ib8459)、それぞれ傍らにはもふらのもふもふと羽妖精のキルアです。 「また貴様かッ貧乳娘! うろちょろしおって……鬱陶しい」 「う、鬱陶しいって……蜜柑狩りに来るのは私の勝手でしょう!」 「うるさい! 折角の蜜柑狩りに水を差すとは……片づけてやる!」 ちょっと頭に血が上ってしまったか、何やら因縁があるようできしゃーと互いに敵意むき出しで喧々囂々。 「キルア! お前の力で、奴の相棒ごと始末してしまえッ!」 「なっ……もふもふっ! あいつの相棒をやっちゃえッ!」 ラグナがキルアへと命じるのにかちんときたか、きっと普段のおどっとした様子は何処へやら、びしっともふもふへとこちらも命じるも。 「……相棒をそういうふうに使うのは、我輩良くないことと思うもふよ?」 「……ぇ」 「ラグナ、貴様は馬鹿か? 何故貴様の仇討に我を使う?」 「……ぉ」 双方即刻相棒に却下されて、何ともいえない息を漏らす二人。 「さあ、阿呆な主君は放っておいて、みかん狩りしようもふ」 「ああ、阿呆には付き合ってられん、さあみかん狩りに行こうぞ」 「え、あ、ちょ、ちょっと……?」 「お、あ……え? ええ?」 あの辺りの色付きが、この辺りは良い匂いがするもふ、そんな風に離れていく声を見送り、呆然とする、取り残されたエルレーンとラグナ。 「……」 「……」 一瞬の間があるものの、目があって、相棒に説教された形となった二人は気まずげに互いにそっぽを向くのでした。 「あっちの方は賑やかですねぇ」 「ああ、もう始まっているんだな」 のほほんとした様子で宿に荷物を置いて蜜柑狩りへと向かおうとしていた利諒と舞華に潮、うみゃぁんと何とも言えない鳴き声に見て見れば、同じく宿を取っていた真夢紀の部屋のようで。 「あ、真夢紀さんにしらさぎさんに……」 「こゆきなのぉ」 そうちょっぴり元気なく答えた猫又の小雪、どうやら寒い様子でうにゃうにゃしています。 「さむいのぉ、蜜柑狩りいかなぁい」 「よねぇ……」 そう言って毛布をぽむぽむ用意している真夢紀に、何となく利諒と舞華は顔を見合わせて。 「猫又って、やっぱり寒いの苦手なんですねぇ……」 「個体差だと思うが。先程保上様の所の猫二匹が凄い勢いで庭を駆け回って遊んでいたし」 真夢紀が毛布で巣もどきを作ると、そこにするんと入り込んでふみふみふみふみ、一生懸命寝床を調えて丸く収まる小雪ににっこりと笑みを浮かべて撫でて上げると、真夢紀は綺麗に身体を拭いて部屋の隅っこに入っていた鈴麗にも笑いかけます。 「じゃあ小雪はここに入って待っててね、鈴麗、小雪の事お願いね。蜜柑狩り終わったら蜜柑持ってくるから」 ふしゅーと息を吐くと、まるで子供をあやして守るかのように毛布の巣もどきに寄り添う鈴麗。 「庭側からなら入れたんですか、龍……では、行きましょうか」 「はい、蜜柑園って、あちらですよね?」 「ミカンかる?」 意外な発見だった様子の利諒に、蜜柑園の方向を聞いてしらさぎと共に歩き出す真夢紀。 さて、蜜柑園の方では収穫のお手伝いに向かう真夢紀と別れ、舞華と利諒が蜜柑狩りを楽しみはじめたようです。 「たっぷり陽の光を浴びて形良く美味しそうな物……潮の方が詳しそうだ 「わん!」 蜜柑園の中をゆったりと歩きながら木々を見上げ舞華が言えば、任せてとばかりに鳴く潮、さっそくてけてけと早速早足で歩き出して、日当たりの良い非の辺りでしゃきーんと見上げます。 「綺麗に色付いていますねぇ」 「早速採ってみよう」 明るい蜜柑の色が良く映えた一つを手に取ると、皮を剥いて一房。 「美味しいですねぇ、本当にこれ」 「利涼、こちらの実も甘いぞ」 あーん、と一房取って差し出せば、思わず赤くなりつつもぱくりと頂く利諒、舞華も食べさせてから、はっとして少し赤くなり、ついつい赤い顔のまま見つめ合う形に。 「そ、その、甘くてとても美味しいです」 「そ、そうか、美味しいなら良かった」 「わん!」 「あ、潮君も……余りたくさんは良くないかなと思うので、ちょっとだけ」 利諒がちょっと赤い顔のまま綺麗に袋も剥いてどうぞと出せば、ぱくりと一つだけねとあげると食べてから尻尾をぴんとたてて一つだけをぺろりと食べてから、こっちにもあるよとばかりにてててと走り出す潮。 「行ってみましょうか」 「そうだな」 笑みを浮かべて言う利諒が手を差し出すのに、ほんのりと頬が染まったまま微笑を浮かべて舞華も手を伸ばして、二人で潮の後について歩き出すのでした。 「ん、旨い」 ひょいと海神が手にとって食べるのは波美が綺麗に向いた蜜柑の一房。 「ほら、これなんか良さそうだ」 海神は美味しそうな物を一つもいで波美へと渡すと、几帳面に皮をむき始め、それを横目で見ながら籠にひょいひょいと取っては入れていきます。 幾つか入れたところで、手を止めてまだ蜜柑の筋を綺麗に取り除いている波美を見れば。 「蜜柑の食べ方って性格出るな……」 「……?」 海神が呟くのに不思議そうに目を向けて小さく首を傾げる波美ですが、いや、と言って大雑把に蜜柑の皮を剥くと、筋をひょいひょいと取り除いて二房ぐらい纏めてそのままひょいと口の中に放り込みます。 「……」 ある意味、波美も食べ方の性格が出るのを実感していたのかも知れません。 一つ食べ終える頃、綺麗に皮を剥き終えた波美の蜜柑を一房取って、それを口の中へ戸放り込んで味わうと、一つ頷く海神。 「……波美に剥いて貰えば食うの楽だな」 「……」 何とも言えないその表情、それは海神の不精具合だからか、自身の剥いた蜜柑を食べている様に何らかの感慨があるのか、それは当人達だけが分かることなのかもしれません。 「そこそこ採れたし、弁当でも食いに行くか……」 「そうね」 食事で栄養を補充する必要は無いものの、こうしたことを共有するのが特別な時間になるのでしょう。 お弁当の籠を持ち直す波美、海神は蜜柑の入った籠を背負い直して広場の方へと足を向けるのでした。 「わ、ぁ……」 「俺も初めて見た……」 驚いた様子で声を上げる幸秀と嶺騎、蜜柑を採っていた羅喉丸はその声に気が付いて見てみれば、羅喉丸の方でちょんと座り蜜柑の皮を剥いてもぐもぐと食べていた蓮華を二人はちょっぴり離れたところから見ていたようで。 「やあ、良かったらこっちに来ると良い」 そう笑って言う羅喉丸、その言葉に揃って歩み寄る子供達、嶺騎は期待に満面の笑みで、幸秀はおずおずとした様子ながらも好奇心に満ちています。 「む?」 「あ、その、はじめまして……えっと、人妖さん、ですか?」 「確かに妾は人妖であるが、ちゃんと蓮華という名があるのじゃ」 「ご、ごめんなさい、えぇと、僕は幸秀といいます」 「俺は嶺騎。でも、すげぇ、俺話では聞いたことあるけれど、本物に会うなんてはじめてだから、見たなんて言ってごめん」 ぺこりと頭を下げると、そんな遣り取りを羅喉丸は微笑ましげに見てると、ふと聞こえてきた声に顔を向けてから二人へと顔を戻して。 「親御さんが呼んでるよ?」 見れば涼霞と明征が、弾かれたように飛び出していった子供達を探していたようで、羅喉丸に気が付くと会釈をする明征、涼霞は笑みを浮かべて。 「今日は、羅喉丸さん。この子達がご迷惑をお掛けしませんでした?」 「いやいや、蓮華と挨拶をしていたところで」 羅喉丸場言えば、羅喉丸にも礼を言ってから、蓮華へも改めて顔を向ける明征。 「見ていて貰って忝ない。もし失礼があったらお詫びする」 「なんの、素直な子達じゃの。ま、親に心配をかけるのは良くないがのぅ」 「お前達、何処かに行くときにはまず一声か必ずかけろと言っただろう」 「ごめんなさい」 蓮華と明征の言葉とで素直に謝る子供達、保護者の言葉もそうですが、自信たっぷりで堂々とした蓮華になにやら『凄い、格好いい』とでも感じたのでしょうか、ちゃんと声を掛けてから無茶をすると言うのに遠くを見る明征。 少しの間談笑してから、又それぞれ蜜柑狩りへと戻るのでした。 「雪音、この辺りはどうですか?」 「良い色付きですね、きっと美味しいと思いますよ」 雪花が少し高めに成った蜜柑を差して聞けば、頷いて答える雪音、ぱたぱた羽を動かしながら一瞬どうやって採ればいいのか試行錯誤した様子ではありますが、雪花は綺麗に採れて腕の中に収まった蜜柑に嬉しそうです。 「自分で収穫したものを食べるというのはやはり感慨深いですね……」 そう頷いて味見に一つ剥いて筋を取り一房食べ、雪花へと一房差し出せば、甘くてほわっと笑みを浮かべる雪花。 「甘くて瑞々しくて美味しいです」 「後でこの蜜柑を持って牧場でご飯にしましょう」 「はい、楽しみです」 嬉しそうに微笑む雪花を見ると、雪音は籠の中に収まっているいくつもの蜜柑を見つめるのでした。 ●牧場広場で 「おっ、結構甘いな」 「この時期、蜜柑が美味しいわね」 収穫した蜜柑を籠に入れて、幾つか椅子の用意された牧場広場で休憩シながら蜜柑を食べているカジャと時雨、カジャは一つ剥いて味を見ると、この辺りか、などと言って蜜柑を選んで時雨へ勧めます。 「ほれ、食え。ほれ、食え」 「美味しいけれど、そんなに直ぐに次々とは食べられないわよ」 「時雨は元々痩せてるからな、どんどん食べるくらいで丁度良いんだよ、栄養も豊富だって言うし」 痩せているんだから沢山食わせて太らせる、と笑って言うカジャは、それでいて時雨のことが心配だからでもあって。 「ま、風邪の引きやすい時期でもあるしな」 「そうね、だ目立たないけれど、お腹の中には子供もいるから身体を冷やさない様にしないと……」 確りと暖かく着てはいるけれど、そう微笑を浮かべてお腹を撫でる時雨に、カジャは何事か思いついたようで……。 「そういや……ちびの名前は蜜柑はどうだ?」 「え?」 「おっ、林檎でもいいか」 「……名前はちゃんと、考えるだけ考えて、付けなくっちゃ、ね」 安直に思いついた名前ではなく、その言葉に、色々と考えて見ようと頷くと、カジャは手元の籠を見てたっぷり入った蜜柑の内の一つを手に取ると、ひょいと投げてやるのを見事にキャッチしてむきゃむきゃと蜜柑を嬉しそうに味わう駿龍のクー。 どうやらご飯が大好きで甘えん坊のクーにとって遊びとご飯が両立した優れものの方法らしく、蜜柑の味も気に入ったよう。 「ほら、村雨丸も食べなさい」 時雨が傍らの村雨丸へとこちらは皮を剥いて上げて一玉差し出すと、同じく駿龍の村雨丸がちょんと座ったままその手にある一玉を美味しそうに食べていて。 「もう少ししたら冷えてくる前に宿に戻るか」 「そうね……」 カジャと時雨は蜜柑を頂きながらのんびり、宿に戻る迄の時間を、籠に一杯の蜜柑と相棒である駿龍達とゆっくり過ごすのでした。 「ふむ……今日は暖かい方だから、ゆったりと出来る……」 「浮舟! くらうです!」 「眼があああああ!?」 「何やってんだか……」 穏やかな秋晴れの下、籠には一杯の蜜柑、卓に広げるお昼のお弁当と御茶、そして、のたうち回るもふら。 「……」 どうやらもふらの浮舟に、羽妖精のキリエが蜜柑の粒をぷしゃっと飛ばして目を狙ったようで、どんぴしゃに喰らった様子の浮舟がごろごろ。 「やったのです! 的中なのです!」 「キリエ、油断してると……」 「逃がさんであります。喰らうであります」 「きゃああああ!?」 きゃっきゃとはしゃいでいたキリエですが、がっちりとキリエを捕まえて蜜柑の皮で包む浮舟、目に汁を飛ばしたり竹刀だけ優しい対応ではありますが。 「もふらは頭が悪い訳でもない……演技して不意打ちするくらいは可能だ」 何事だろうとひょっこり覗きに来た子供達に解説をするからすは。 「にしても何してんだか」 はしゃぎまくる相棒達に何とも言えない表情を浮かべているのでした。 「弁当も食べて人心地ついたな」 牧場の備え付けの卓と椅子で一息ついた羅喉丸、蜜柑のたっぷり入ったお土産用の包みと、食べ終えてきちんと仕舞われたお弁当を前にのんびりとしていれば、蓮華はすちゃっと立ち上がってにぃと笑みを浮かべます。 「羅喉丸、始めるとするか」 「やけに乗り気だったが、やはりそういうことか」 ある意味予想通りだったようで笑うと立ち上がる羅喉丸。 「付き合おう」 食後の腹ごなしにも良いし、何より日々の鍛錬は継続することに意味がある、そう呟くと羅喉丸と蓮華は早速広い牧場広場を利用して修練に励むのでした。 「わん!」 「ほら、潮のご飯だ。……お握りは利諒の分もどうぞ……」 焼いたお肉を潮へと出してあげてから、おずおずとお握りを利諒に勧めて頬を染める舞華、利諒の引いた茣蓙の上で舞華の作ってきたお握りとお漬け物、それにお肉と並べば、利諒も、もし良ければとだし巻き卵とおひたし、大根の煮物を詰めたお弁当箱を勧め。 「お夕食の前に温泉は済ませておいた方が良いでしょうねぇ」 「そうだな、この様子だと夕食は少し遅くなりそうだし……」 お握りを頂き御茶を飲みながらのんびりと過ぎる時間、大分穏やかな時間を過ごしているようで、ちょっと離れたところで賑やかにやっている涼霞達の姿に気が付くと笑みを浮かべているのでした。 「はい、櫻嵐にも」 蜜柑を剥いて丁寧に筋を取った蜜柑を、涼霞の用意したサンドウィッチ風のパンに挟んではい、と差し出すのは幸秀。 期待に目を輝かせて見つめられて、一瞬の間はあるも、ぱくりと食べてもぐもぐとする櫻嵐に幸秀は嬉しそうに笑みを浮かべます。 「はい、幸秀もちゃんと食べないと」 そういう涼霞、嶺騎はもくもくと蜜柑を剥いて飾り付けたマフィンを夢中で食べていたりします。 「……」 そしてもう一方、黙々と蜜柑を剥いて筋を取ってお皿へと積み上げていく明征に、鷲獅鳥と一緒にちょこちょこと横から拝借をしつつも、完璧なばらんすとか良いながらやはり涼霞が準備した求肥の皮で蜜柑とあんこを詰めて蜜柑大福を作る佐平次。 何やらこちらは随分と大所帯になって居るようで。 「白月さんも姫翠さんも、はい!」 そして、蜜柑狩りが終わってのんびりと散歩をして帰ろうとしていた緋乃宮に気が付いてマフィンを勧める幸秀は、こうして自分たちで採った蜜柑で涼霞の一手間その場で欠けられるものが楽しくて仕方がないようです。 「わぁ……頂きます」 「美味しそうですっ」 ほわっと受け取ってちょこんと茣蓙のはしに腰を下ろしてご飯を頂くと、姫翠と一緒にマフィンや大福を頂いてから、のほほんと帰途につく緋乃宮と姫翠。 「蜜柑狩り面白かったですっ」 「それは良かったです」 緋乃宮の頭の上で休憩しながら嬉しそうに言う姫翠に、のほほんと笑顔を浮かべると、緋乃宮は帰りの馬車へと向かうのでした。 「その、母上、とっても美味しいです」 はにかみながら嬉しげに言う幸秀、本当に幸せそうな笑みを浮かべて見上げるのを見て、涼霞も微笑むと、ぎゅっと抱き締めて上げるのでした。 ●暖かな宿でゆったりと 「母上、少し胥達とお庭で遊んできて良いですか?」 「良いけれど、あまり遅くならないでね。あと、他の方にご迷惑をかけては駄目よ」 「はい」 嶺騎と一緒にそれぞれ猫を抱えて庭へと向かうのを見送り微笑を浮かべる涼霞、お疲れ様とばかりに隣へと寄り添うように立つ明征に、涼霞は微笑みかけて見上げます。 「私も埃を流したいのだけれど……どっちに入ればいいのかしら?」 「まぁ……女湯じゃね?」 牧場でお弁当を食べていたらお土産とばかりにマフィンや大福をお裾分けされ、その包みを抱えて部屋へと戻って来た海神と波美、聞かれる言葉に何とも言えない表情で答えた海神は、男湯と女湯に別れて入ると、湯の中でふとその会話を思い出し。 「流せ流せ……」 入浴場面を想像するのもどうかと思ってか、ぶくぶくと湯に沈んだ海神は、先客はいるかと覗いた利諒に、そのまま沈んでいたのを見つけて慌てて引き上げられてみたりします。 「はい、お土産」 「みかんがたくさんなの」 「鈴麗も、お留守番ありがとう」 「ぐるるぅ……」 真夢紀の部屋ではお土産の蜜柑が沢山入った籠を持ってきて、一緒にお夕食の席に着く頃は、火鉢でぽかぽかのお部屋でこゆきが上機嫌に転がっていて、それをしらさぎが撫でて上げていたり。 「絞りたての蜜柑ジュースは、とても美味しいな」 「そうですねぇ……あの、先程、ちょっと宿の方に聞いて、蜜柑酒を手に入れてきたのですけれど……あとで如何ですか?」 「それは楽しみだ」 夕食の席の後で利諒と舞華は蜜柑のジュースを頂きながら楽しげに語り合っていて。 「ふむ……こういう休日もよいものじゃ」 「良い一日だったなら何よりだ」 羅喉丸と蓮華も部屋で夕食の卓についており、土地で採れた山菜や茸のお鍋に、美味しい地酒を楽しんでいる頃、からすの部屋では浮舟のもふもふの毛にキリエが埋もれていたり。 「蜜柑色に染まりそうであります」 たっぷりと蜜柑を楽しんだからか、そんなことを呟く浮舟に、からすは微笑を浮かべて御茶を点てています。 そろそろ月も綺麗に輝きはじめた頃、カジャと時雨は部屋の窓から外を眺めて語り合っていました。 「いや、しかし楽しかったってか、こういう所に来るのもなかなか良いよな」 「……息子か娘かはわからないけれど、そのうちまた、家族で来たいわね」 そう言うと、くすりと笑いながらカジャの耳元に口を寄せる時雨。 「ねえ、『お父さん』?」 時雨の言葉にカジャも笑みを浮かべると、ぎゅっと時雨を抱き締めて笑って。 それぞれの一時を、月は優しく照らしているのでした。 |