歌香賑わう笙舜で
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/06 19:42



■オープニング本文

 その日、泰国の清璧山へと呼ばれてやって来ていた開拓者ギルドで窓口の一つとなっている猫っ毛で14〜5歳程の泰国人少年孔遼は、清璧の年若い修行者達と共に出掛ける支度をしている綾麗に付いてきてくれと促されて、並んで歩いていました。
「清璧でのお仕事じゃないとしたらー、令杏のお仕事なんですかー?」
「うーん、令杏も関わってくるのですが、ちょっと違うんですよ」
 綾麗は16〜7歳程の泰拳士で修行の一環として開拓者となっていた、清璧と言う武門の後継者。
 過去に開拓者として渡った理穴で後継者の証しである篭手を狙った襲撃を受け、記憶は戻っていないものの改めて清璧の後継者として清璧と、縁深い令杏の守護を誓っています。
 令杏は過去に八極轟拳の支配より解放された経緯のある街で、夏の救村の英雄を伝える祭りで騒動があったとか、八極轟拳に包囲されるとか色々あったりしてはいるものの、何とか無事にやっている状況で。
「実は、令杏の街と、幾つかの農村との中心地点に、小さな街があるのですが、そこで毎年旅芸人や旅商達が集まって交易をし、その付属としてお祭をするんだそうです」
 記憶としてないためか、聞いた話を説明する綾麗、その交易や祭りの方も近頃の八極轟拳の脅威などで警備にあまり予算を割けないとか、令杏と清璧との縁が復活したところでなんとか手伝って貰えないかと頼まれたとのこと。
「警備は、それぞれの旅商達が連れてくる護衛も居るでしょうし大きな混乱を招きそうな動きもないので大丈夫なのですが、問題は、旅芸人達だそうで……」
「所謂収穫祭の旅芸人と言うことですよねぇ? 何かそれで問題でもー?」
「予算は確保できたし、それなりに収穫祭のお店なども大丈夫だそうなのですが、芸人達が、今回話が纏まるのが遅れて、上手く予定が付けられなかったと……近隣の村の子供達が、それは楽しみにしているのだそうで、大人達は頭を抱えていると……」
「えー? 収穫祭で芸人達が確保できなかったって、それは子供達がっかりどころじゃないですよー? 僕ならぐれますねぇ」
「……そ、そこまで大変なことなんですか? えぇと、一応、もし、可能でしたらですが、開拓者さん達に請け負って貰えないか、と……」
「え? もしかして、警備のお手伝いじゃなくてー芸人の代わりをして欲しいって言うー?」
「ええ、あ、収穫祭の材料などを使って、お料理を提供して頂けるとか、そういうお手伝いでも良いので……そういうのが無理な方でも、清璧の、この警備の目印の蒼い紐を左腕に付けて頂いて、警備の見た目の数の水増しのをして頂けるだけでも良いので……」
「つまりは、運営のお手伝いに来てくれる人募集って事ですかー」
 一応、募集は出して貰えるように伝えますけれどー、そう言いながら孔遼は頭の中で依頼内容を確認して反芻しているのでした。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 梓(ia0412) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ゼタル・マグスレード(ia9253) / 紅 舞華(ia9612) / 嵐山 虎彦(ib0213) / 門・銀姫(ib0465) / ルース・エリコット(ic0005) / 藤本あかね(ic0070


■リプレイ本文

●前準備は念入りに
「収穫祭のお手伝い……芸は出来ないけど、しらさぎも料理技能上がったし、調理の屋台も出そうかな」
 開拓者ギルドで泰国での収穫祭で人手を集めているのを確認してから自身の家へと戻ってきてそう呟くのは礼野 真夢紀(ia1144)、どう思う? とからくりのしらさぎへ目を向ければしらさぎはこっくりと頷きました。
「こゆきもいく!」
「……そうね、小雪も連れて行ったら客寄せになるかも」
 話に聞いていたのは特に楽しみにしているのが子供達であるということ、それを思うと猫又の小雪は最適かも、うん、と一つ納得してからいくつか用意するものの一覧を書き出してから、それに必要なものを確認していく真夢紀。
「大体持っていくものは決まったから、買い出しね」
「マユキ、カイダシいく?」
「ええ、行きましょう、」
 しらさぎとともにいそいそと出かけていく真夢紀、小雪は一緒のお出かけができるとご機嫌に買い出しのお留守番をしているのでした。
「子供達の年に一度の楽しみ。か……何とかしたいものだな」
 依頼の内容を確認しそう言って考える様子を見せるのは紅 舞華(ia9612)、傍らで舞華を見上げるのは忍犬の潮です。
「潮、行けるか?」
「わん!」
 任せて、とばかりにぶんぶん尻尾を振る潮に舞華は笑みを浮かべると喉元を撫でてやって。
「じゃあ、早速準備をして向かうとするか」
 色々と支度もあるしな、そう笑むと、潮と共に戻って行く舞華は、必要な荷物を取りに一度戻るのでした。
「一年に何度もない楽しみなのだから、期待を裏切るわけにはいかないな」
 羅喉丸(ia0347)が笑って言えば、羽妖精のネージュも頷いて。
「羅喉丸さんもネージュさんも、来て頂いて感謝します」
「やはり子供の頃に旅芸人がやってくるのを楽しみにしていたからな、綾麗さんの頼みがなくても子供達のために頑張ろうと思って」
 そう笑って綾麗に言うと、綾麗はネージュと羅喉丸の演目を確認して絵図面を確認して幾つか場所を指し示します。
「剣舞ですか、そうすると場所の広さ的にもこの辺りに成りますね」
「そうですね、大きな舞台などよりは子供達の目線で見せるとこの辺りの広場ですね」
 差し示された絵図面を覗き込んで頷くネージュ、綾麗が改めてお礼を告げて次の地点へと向かえば、そこには卓に得意満面の可愛らしい幼い真っ白な猫又がちょんと座っており、後ろでは壁を背にして用意されている竈にどこかからか食欲を誘う匂い。
 壁の後ろはぴんと張られた小さめの天幕で、そこでは真夢紀としらさぎが料理に勤しんでいます。
「お忙しそうですし……お二人に宜しく伝えて下さいね」
「こゆき、つたえる!」
「有難う御座います」
「うにゃん」
 しっぽをぱたぱた嬉しそうにぐるぐると喉を鳴らして応える小雪に笑みを浮かべてから、旅商達のとりまとめの小屋へと戻る綾麗。
 旅商達の護衛が笙舜周囲にどのように配置して警備をするのかを確認していて、万が一の事態に対処するための連絡方法など相談していれば、てきぱきと旅商間の調整を進めているすらりとした女性に気付きます。
「あぁ、貴女が綾麗さんね?」
「はい。貴女は……」
「蓬莱よ、宜しくね」
「こちらこそ……宜しくお願いします。その、大変ですよね、調整とか……」
 微笑を浮かべ手を差し出す蓬莱はゼタル・マグスレード(ia9253)の相棒であるからくりで、ぱきぱき働いていた様子に感服しているようで笑みを浮かべて差し出された手を握って挨拶をする綾麗は、旅商は豪快で強かな方が多いですからね、そう言って。
「皆さんはきはきしていて活気があるわね。働いていて気持ちが良いわ」
「そう言って頂けると安心します」
 蓬莱の言葉に何処か嬉しそうににっこりと笑う綾麗、何かあった時の連絡の方法を改めて確認して別れるのでした。

●賑わう街中
「旅芸人が見つからねぇんじゃ、仕方ねぇな! ってコトで、一肌脱いでやるぜ!」
 文字通り一肌脱ぐわけではありませんが、右手には神威の木刀、左手には桜ひと枝を握り豪快な舞を見せる梓(ia0412)、巫女の舞が元だったのでしょうが、舞と殺陣の融合したそれはなかなかに豪儀なもので。
 炎龍の白菊がしゃぎゃーとその背後で翼を広げれば、見ている子供達やお祭好きの若者達がわーと盛り上がります。
「ま、こういう時にゃ、昔アレだけ嫌がってた舞の練習も役に立ったようで良かったぜ!」
 にと笑いながらびしっと舞い終えれば、きゃっきゃと盛り上がる男の子達。
「あ、こら、調子乗って枝とか棒とかぶん回すんじゃねぇぞ!」
 一応其の辺りは注意をしてみたり、取り敢えず最初の掴みは上々のようなのでした。
「やりたいって言った以上、任せるぞ、鶴祇」
「そなたに言われずとも、任せておれば良いのじゃ」
 人妖の鶴祇へと告げるのは竜哉(ia8037)、ふんとばかりに鼻を鳴らしてから鶴祇は竜哉の方にていやと座ると、ぺしぺしと座り心地を調えなおし小さく咳払いをします。
 頼んで置いた伴奏が始まれば、蕩々と口から流れ出るは開拓者達の冒険譚。
 泰国以外の、天儀や近頃見つかったという希儀の様子、多数の開拓者達のアヤカシへと挑む様や新たな土地を拓いていく様子など、子供達はきらきらと目を輝かせて聞いています。
「凄い凄―いっ! 僕も外の世界に行ってみたい!」
「夢を持つのは良いことじゃぞ」
 歓声を上げる子供達、少年の一人がそう声を上げれば、鶴祇は誇らしげに笑みを浮かべて応えると。
「さて、後は警備に回るかの」
 そう言って蒼い警備用の紐を取り出すと自身の左腕へと付けて、次の担当へと引き継いで歩き出すのでした。
「…………」
 賑やかな中で、ちょっと街の外れ辺り、ルース・エリコット(ic0005)は駿龍のレグレットに寄り添うようにのんびりと遠くに聞こえる喧騒に耳を傾けていました。
 心地良いレグレットの体温を感じてのんびりまったりしていれば、爽やかに晴れた空の下で、聞こえてくるのは幾人か邑の有志か自分たちに伝わる歌を奏で歌っているところで、何処かそれも耳に心地良く。
「ん〜……」
 心地好さからほぼ無意識ではじめるのは鼻歌、そして口笛。
 無意識のことででしょうが、そうして集まり出す、犬や猫、そして小鳥たち。
 その情景に、更に子供達がそれに気が付いてわっとあっ詰まってくる子供達、そして、大人達。
「………! あ、の…その、えっ…と…ゅあ!!」
 気付かないまま暫く気が付かずに続けていましたが、ふと何気なく目を上げればそこには小さな動物たちと、感謝祭に集まって来た周囲の邑の人達。
 物凄く動揺して思わず音程を乱すと、真っ赤になって一瞬レグレットの身体の方へとじりと下がりかけるのですが、なんとか留まると止まってしまった鼻歌を再開するルース。
 どうしても恥ずかしさや動揺から音程は崩してしまいますが、それはそれ、途中で動揺してしまったその歌を、ちょっぴり途中音程を乱しながらでも歌い終わると。
「ぁ……」
 わと拍手が鳴る中で、真っ赤になったままルースはぺこりと頭を下げます。
「あ、の、その……あ、ありが、とう……」
 少しもじもじとしてはいますが、温かな拍手に赤い顔のままのルースは何処かほんのりと胸が温まるような気が心持ちするのでした。
「何時もながらの路上吟遊詩人の仕事なのだよね〜♪」
 街中の通りに沿った小さな広場、門・銀姫(ib0465)は相棒の迅鷹である『銀姫』と共にやって来ており、掻き鳴らすは白い琵琶。
「という訳で〜♪ 何はどうあれどこかで祭が有る毎に集められて芸を披露するのが流浪人の本性なのだし〜♪」
 どうやらそんなことを呟きながら音の調整をしている最中のようです。
「本能の赴くままに弾き語りして皆を楽しませるんだね〜♪」
 べぃん、どうやら音が決まったのか一度琵琶を止めると、蕩々と歌い出す銀姫。
「さあさあ〜寄ってらっしゃい見てらっしゃい〜♪ これから諸国漫遊を経たボクが、色々経験した事を面白おかしく語ってみせるよね〜♪」
 その口上のままに歌い紡がれるのは、天儀での冒険、その天儀からアル=カマル、そして希儀に到るまでの戦いを歌い上げれば、聞く人々の心を浮き立たせて。
 その傍らで迅鷹の銀姫がその美しい銀色の身体を輝かせ翻し舞踊り、わあっと歓声が上がります。
 びぃん、と琵琶の余韻が収まれば、暫しの間拍手と歓声が鳴り止まなかったのでした。

●子供達の笑顔
「さあさ、よってらっしゃいみてらっしゃい、開拓者・陰陽師のあやかし使いの術をご覧あれ。こちらの美しい少年は世にも珍しい羽妖精……」
「や、やめろ! 見世物じゃねーぞ!!」
 腕には蒼い警備の印を付けた藤本あかね(ic0070)がぶらり警備代わりに巡回しながら声を上げれば、羽妖精の男の子、かりんがあわあわとした様子で抗議の声を上げて。
 見ればかりんはあかねの手によって可愛らしく装われていて、それがまた秋のこの時期華やかで目立つこと目立つこと。
「わぁ、飛んでる男の子だー」
「はねようせい? よーせーさん??」
 開拓者、陰陽師、アヤカシ、そして羽妖精と、どの単語が子供達の胸にぐっと来たのか、それはそれぞれわっと盛り上がっていたりもしますが。
「つーか、俺はアヤカシじゃねえっ!」
「細かいことは良いのよ。ほら、笑う笑う」
「はねがあるー」
「おはなかわいいーうすべにいろー」
「う、ぐぐ……」
 男の子的にはざっくりする部分もあるようですが、まぁそれはそれ、子供達相手にあかねと同じ対応も出来ず引き攣った笑みを浮かべるかりん、子供達はといえば大喜びで見ているので、ちょっと木製の自分用の槍などを出して見せて上げる辺り案外優しいのかも。
「わ、わ、やめろーっ、いや、見世物じゃな……うわああっ!!」
「子供達が喜んでいるんだし良いじゃない、頑張りなさい」
 もみくちゃにされているかりんを眺めながら、冷えるだろうからどうぞと勧められた温かい御茶などを飲みつつしれっと言うあかねは、なんだかんだいってその様子を楽しんで居るようなのでした。
 同じように子供達がきゃっきゃと囲むのは瀬崎 静乃(ia4468)が連れている管狐の白房。
 ふさふさの家に光が当たりきらきらと銀色に輝いて見えて、それが子供達の目には不思議に見えたり面白く見えたりしているよう。
「姐さん、囲まれて居る気がするのは」
「……気のせい……」
 白房が何ともいえない様子で言い掛ける言葉を、さらりと流して周囲を見ると、静乃は白房が珍しくて仕方がないという様子の子供達を見ていて。
「狐さん、きれー」
「狐ではない、狼だ」
「でも、狐さんだよ?」
「狼!」
 そう言ってふぁさっと唐草模様の風呂敷マントを翻せば、首からさげられている巻物を差すと、きょとんとしている子供。
「これ、なーに?」
「『忍犬シノビの巻』だ」
「……にんけん? 犬さん?」
 犬と狼の違いにちょっとぐるぐるしている様子の子供を眺めつつ、少し離れた場所でゆっくりと御茶と焼き栗を頂きながら、暫く静乃はその様子を眺めて居るのでした。
「綾麗は久しぶりだ。元気そうで何より。……そうだな、丁度良い、綾麗にも手伝って貰おうか」
「舞華さん! 私に出来ることでしたら」
「わぅん!」
 見れば広場、用意された大きな玉に太めの綱、最初に人の腰辺りの高さにある綱を二度三度と飛び越えてみせると、とと、と結ばれた片端へ向かう潮。
「潮、綾麗の所まで行け」
「わん!」
 太めの綱とは言えそれはやはりバランスを取るのは難しいもの、それを慎重に渡りはじめる潮、綾麗の元へと渡りきると、綾麗が障害物のように伸ばすのを飛び越えて得意げに綾麗の周りを回るのは、何と逆立ち歩き。
 わあっと歓声が上がる中で二本足に切り換えて歩く潮、舞華が大きな玉を綾麗へと転がせば、綾麗が受け取った玉を止めて、片膝をつき、その膝を潮は踏み台にして玉へと飛び乗ると、ちょちょちょっと足で調整をしながら舞華の方へと器用に進んでいきます。
「わう!」
 舞華の元へと戻れば弾けるばかりの拍手、潮が玉を転がして片付けている横で、そこに始まるのは降魔刀を握る舞華と清璧の若い青年が持ってきた太極剣を握る綾麗。
「では……」
「いざ」
 宴席や祭りに花を添える剣舞、舞華の軽く鋭い身のこなしも、綾麗の刀を捌く身の処し方も、宛ら手合わせの白熱するもので見ている人々の手にもじわりと汗が滲みます。
「はっ!」
「やっ!」
 激しく刀と剣がぶつかり合うと、そこで互いに後ろへと飛び退り、礼をすることで、一瞬の間の後に上がる、歓声。
「良い太刀筋だ」
「有難う御座います。久し振りにこういう事をした気がします」
 記憶にはないんですけれどね、小さく笑って言う綾麗に、舞華はぽむぽむと頭を撫でると、次に控えるのは羅喉丸と、羽妖精のネージュの出番。
 凛とした白に青の美しいジルベリア風の甲冑に、対の美しい羽が目を惹き、これからの雪の季節を思わせて。
「わぁ、一足先に雪が舞ってるみたい」
 ネージュを見た少女がそんな風に歓声を上げればにこりと微笑みかけて。
 羅喉丸もこの辺りの少年達が龍袍を身に付け七星剣を持つ羅喉丸の姿に、毎年目にする旅芸人達のそれよりも映える様に顔を輝かせています。
「頼むぞ、ネージュ」
「任せてください、羅喉丸」
 細い刀をきりっと構えて羅喉丸の言葉に応えるネージュ、羅喉丸の演舞が文字通り大きく派手で迫力のある動きに、ひらりひらりと軽やかに舞い鋭く突き出されるネージュの刀とで秋の少しだけ褪せたような風景に鮮やかな色を付けているようで。
 その大振りで見せる為の物とは言え、それぞれの流儀に合わせて変化を見せるのには、祭りの護衛中の清璧の青年達も歓声を上げています。
「ネージュ、最後だ!」
「はい!」
 羅喉丸の合図と共に刀と剣とが激しく交差し、舞い終えると共にぴたりと動きを止め向き合えば拍手喝采、互いに刀と剣を鞘へ収めれば、慣習は暫しの間興奮冷めやらぬようで、羅喉丸とネージュに惜しみない称讃を送るのでした。
「わ、おねえちゃん、これ何?」
 きらきらとした目で真夢紀の手元を見る子供達、真夢紀はにっこりと笑って焼いたそれを木製のお皿に移すとわくわくした様子で卓で待っていた子供達の前に出して。
「これはホットケーキっていうの。ジャムや樹糖をかけたりして食べるの」
「わぁ、いいにおい!」
 子供達の歓声が上がりちょっぴり欠片を零したり着物を汚してしまったりする子もいたりはしますが、どの子の顔にも笑顔が溢れていて。
「あつつ……あまぁい!」
 善哉を頬張ってほにゃっと崩れた笑顔を浮かべる子供に、若いお姉さんも、中からひょっこり顔を出した栗に笑みが零れます。
「どうしてもお皿が間に合わないわね。しらさぎ、お茶碗洗い宜しくね」
「はい、がんばります」
「こゆきはなにするのー?」
 忙しく働いている真夢紀がしらさぎに洗い物をお願いすれば、ちゃきちゃきと洗い物を始めるのを見て、こゆきがかくんと首を傾げて。
 それを見て、可愛らしい小さいお盆に、ふわふわの布で頭の上にお盆を括ると、ちょんとそれを支えて不思議そうな顔をする小雪。
「お待たせしてるお客様にクッキー配ってね」
「うん!」
 しっぽがしゃきんと上がりてててと並んで待つ人達の元へと向かう小雪が順番を並んで待っている人の前へとやってくるとちょんとお盆の上の胡桃入りクッキーを勧めれば、これも又好評ですが、小雪の愛らしさも盛り上がり。
 周囲のお店の人達も、商談の合間に真夢紀の大人でも食べられるようにと用意したカレーうどんが振る舞われ、この寒い中甘酒や生姜が身体に温かい飴湯など、体の芯から温まるのに、どの人々の顔にもほっとしたようなものが浮かんでいて。
「沢山ありますから、焦らないで下さいね」
 そうにこにことして言いながら、真夢紀は楽しげにホットケーキを焼いているのでした。
「その荷物は既に買い手がついているもの」
「いや、これは私が買った物で……」
「いいえ、これは先程来られた方のもの、既に売約済みよ」
「色を付けよう、私に売った方が特だよ」
「契約済みの品よ、信義の問題だわ」
 運営の手伝いをしていれば、幾つか揉め事も起こるもの、蓬莱は荷馬を連れに席を立った男の荷を運営の場所で引き渡しまで預かっており、強引に商品を買い漁ろうとしていた男が自分の物のような顔で持ち去ろうとしていたのをあしらっていました。
 奪うことが出来なかったため買い取ろうと路線を変えたようではありますが、
「兎も角、既に売られてしまった物はお売りできないわ。他の物を求めに成られたら如何?」
 こうしている間に他のものも売れてしまうわよ、蓬莱にそう言われて男性は唸っていたり、そんな男性と蓬莱の遣り取りの傍では、ぎゃんぎゃん泣いている小さな女の子の姿がありました。
「やあ、そんなに泣いてどうしたんだい?」
「ふえぇぇん、おにいちゃん、おいてっちゃった……うえぇ……」
「だいじょうぶだよ! 直ぐに迎えに来るよ!」
 もっふもふの、ちょっと歪なもふらぬいぐるみをわふわふとしながらその女の子を宥めているのはゼタルで、歪な顔とか色々な事柄は、泣いている子供にとってはもうすっぱりとどうでも良いことのようで、縋るような目を、ゼタルと言うよりぬいぐるみへと向けて。
「えっく……ほんと……?」
「ほんとだよ! そこの大きな旗が立っているところで、お兄ちゃんを待とうね!」
 幾人かやはり迷子でしょうか、運営の旗のところの一角、敷物があり、そこに数人の子供達がじゃれたり泣き疲れて寝てしまった子もいたりと、迎えが来るのを待っています。
 そこに少女を連れて行き、また戻ってくれば綾麗が側を通りかかっていたことに気が付いて少し何とも言えない表情で頬を掻くゼタル。
「やあ、綾麗君。……柄にもない所を見せてしまったかな」
「お疲れ様です。この辺りのお手伝いは大変ですよね。あ、でも、なかなか似合ってましたよ?」
「あまり……愛嬌のある方ではないと自覚はしているが、これも修練の一環として、な」
 柄にもないと言われると、そうですか? と小さく首を傾げる綾麗、もふらぬいぐるみをもふもふと突きながら言うゼタルは、あぁそうだ、と顔を上げると口を開きます。
「良かったら、後で祭を一緒に回ってもらえるかい?」
 ゼタルの言葉に目を瞬かせると、綾麗は直ぐににこりと笑って頷いて。
「はい、ご一緒できると嬉しいです」
 そう応える綾麗に、じゃあ後でこの辺りで落ち合おう、そう約束して警備に戻る綾麗を見送ると、ゼタルはまだちょっぴりべそべそしている小さな女の子の元へもどると、ぽんぽんと頭を撫でて。
「くっきー?」
 並んでいる人へと配っているうちに迷子の所までやって来てしまった様子の小雪、ゼタルと女の子にどうぞ、と勧めると他の迷子達も集まって来て、配っているうちに瞬く間にお盆は何度目かの空っぽに。
「……おいし……」
「…………ん、そうだな」
 迷子達が泣いていた子達までにこにことしてクッキーを囓り、傍の小さな女の子もクッキーを囓ってゼタルを見るのにぽりと一口食べてゼタルも女の子に頷いてみせるのでした。

●警備という名の休日
「これが泰国の祭……別に、興奮してるわけじゃ無いにゃ!」
 ふるふると何やら感慨深げに震えて立つ、滑らかな灰色のけを陽の光で銀色に煌めかせながら辺りを見ているのは猫又のスヴェトラーナ、その様子をにんまりとして見ているのは嵐山 虎彦(ib0213)です。
「スー、オヤツは300文までな。ほれ、小遣い」
「バカにするにゃ! 我輩は高貴な……にゃ、美味しそうな串焼きにゃ♪」
「……あっという間に使い切っちまいそうだな」
 腕に蒼い紐を結んでいる嵐山、どうやら自分も一人前だとばかりにスーも誇らしげに蒼い紐を付けていて、その実、嵐山とスヴェトラーナはお祭三昧の上に買い食い三昧。
「お、旨そうな匂いしてんな」
「あ、どうぞ、甘酒、暖まりますよ。あなたにはホットケーキ?」
「うにゃ、美味しそうな匂いなのにゃ! 頂くのにゃ!」
 嵐山とスヴェトラーナが真夢紀のお店の前までやってくると、勧められてぐっと甘酒を煽った嵐山、ほかほかのホットケーキが出て来るのに尻尾をしゃきんと上げて。
 手拭いをナプキン代わりにきゅっと首に付けると器用に子供用のナイフとフォークを取るスヴェトラーナ、そこにクッキーを補充したばかりの小雪がやって来て。
「こゆきも! くっきー!」
「うにゃ、クッキーも美味しそうなのにゃ!」
 ホットケーキにクッキーに、幸せで秋というかそろそろ冬なのに、この世の春とばかりにとけとけになって居るスヴェトラーナ。
 そんな様子を微笑ましく見る真夢紀、幸せそうに食べるスヴェトラーナを眺めつつカレーうどんを啜る嵐山に、何故かとても誇らしげな小雪。
「おいしそうだじぇ」
 そこへやって来たのはリエット・ネーヴ(ia8814)、どうやらいきなり猛ダッシュで現れたリエットは、文字通り元居た場所から猛ダッシュでやって来たようで、そこに追っかけて走ってきたのは長身で恐ろしく端正な顔立ちの男性型からくり。
「こら金髪、小娘! 待たんか!」
「なにー? おとーさん」
「何だと……」
 ぎろりと見るからくりの名はおとーさん、銀色の短髪のその間から覗く切れ長の目が、少し怒っていることを表していますが、結構怖い。
 本気で睨んでないからこそ、流石に萎縮する程ではありませんが、何故追いかけてきたのか、それは少しだけ遡ります。
「あ、あの、紐の場所が、違うかと……」
「う? 間違えちった……ありがとーねぃ♪」
「何処をどうしたらそれを間違える」
 受け取った蒼い紐をぴょんと跳ねた髪、通称アホ毛に括り付けようとしたところで、恐る恐る声を掛ける清璧の若い衆さんは、詰まるところ冗談でやっていて突っ込みを待っているのか本気でやっているのか判断がつかなかったためのようで。
 全くとばかりに髪に括り付けていた蒼い紐を受け取って結ぼうとしたおとーさんですが、もはや始まったばかりのお祭の賑わいに既に意識をすっかりと持って行かれてしまった様子のリエット。
「じゃあ、行ってくるじぇー!」
「あ、こら、まだ紐を……」
 言うより早く飛び出していったリエットに目を瞬かせる清璧の若い衆。
「ったく、あの小娘……」
 おとーさんの手の中に残されたのは、蒼い紐、リエット分。
「って、ちょっと待てーっ!?」
 天幕の上を駆け上がり、街中を走る塀の上を駆け抜けて、既にお祭の盛り上がりに目をきらきらさせて駆け抜けているリエット。
 意外と騒ぎにならなかったのは、あちこちでの催しに目を奪われている人が多かったからとも。
「兎に角、とっととこれをつけろ」
 うりゃと腕を掴んでさっさと蒼い紐を左腕に結び付けるおとーさんに、リエットはにへっと笑って。
「えへへ、ありがとーねぃ」
 にと笑って結んで貰うリエットは、真夢紀の出すホットケーキを幸せそうにあっという間に食べてから、またねぃ! と言ってまた飛び出していきます。
「……」
 何とも言えない表情を浮かべたまま、おとーさんはリエットの後を追ってその場を離れて。
「いやはや、何とも豪快だねぃ」
 そう言って笑うと休憩がてら腹拵えによる清璧の若い青年に笑って話しかける嵐山。
「最近、八極轟拳の動きは無いか? ま、祭りが楽しそうで何よりだけどな!」
「今のところは気味が悪いぐらいこの周囲に現れません。綾麗さんや師範はこちらの様子を窺っているから、油断はいけないが、気を張り詰めすぎるなと……」
「気を張り詰めていると、肝心なときに困るのにゃ!」
「お前は何でそう偉そうなのかねぃと。ま、だがこうして八極轟拳におびえる事無く祭が出来るのは良い事だ。これも清璧派と綾麗の力かな」
 にと笑うと知り合いが視線の端を過ぎったのに気が付いて。
「お、何だ梓も来てたのか?」
「あ、虎の兄貴!」
 舞いを終えてぶらぶらと周囲を回っていた嵐山の弟分らしい梓、通りかかった道で声を掛けられてぱっと顔を輝かせて駆け寄ると、ま、食えと勧められるカレーうどんを啜って一息。
「いや、流石にこの時期は冷えてきんなぁ……」
 饂飩をすすってほうと一息つく梓。
「たまにゃ、こんなのんびりした日も良いもんだ」
 そう言って笑うと、嵐山は改めて温かな甘酒を飲んで一息つくのでした。
「どこへ行きたいですか?」
「……」
 傍らにいる古代という様子を見せている、そんな人妖……? 穂輔に声を掛けるのは倉城 紬(ia5229)、古代人という様子の穂輔は暫くぴたりと立ち止まり考えると、紙を取りだしてさらさらと筆を走らせます。
「……穀物の出来を見に行きたい、ですか……? 確か説明で聞いたのは、あちらでしたね」
 紬が納得したように言えば、穂輔はまたてこてこと歩き出し、真っ直ぐに向かうのは、所謂今年の収穫物の品評会。
 穂輔が歩けば頭の上に映えている稲穂もぴょこぴょこ揺れて、身に付けている小袋と手に持つ鍬が農業に従事するにとても相応しい風格、その姿。
 少し前には子の周囲の集落の人々が集まって踊っていたそれに混じって踊っていた辺り、踊りにも興味があるのが窺えましたが、寧ろ同じ農業をする民への親近感からかすっかり馴染んで踊っていたため、紬は目を瞬かせてみていました。
 そして次に向かった品評会は、文字通り穀物の質や収穫物を使っての食べ物などを振る舞われたりしていて、紬が確認して許可を貰うと、手にとってその質を調べた穂輔、何やら取りだした紙に物凄く達筆で太い文字で書き出します。
「このお米の土? 場所とか、どのような育て方とか?」
 どうやら穀物や土の事について少々興味深いことがあったようなのですが、良く分からない紬にはちょっと戸惑う部分もあるようで。
「……楽しいのなら、良いのですが……」
 どうやら本当に心の底から楽しいのでは、と言う雰囲気だけは伝わってくる穂輔に、紬は一息ついて近くで真夢紀が作っていた善哉などを頂きながら見守っているのでした。
「これ、あまり聞き分けが悪いのはいかんぞ」
 ぺちり、そう言いながらあわや取っ組み合いになりかけていた若者二人の間に割って入ると素手で額を軽く叩いているのは鶴祇、その姿を見てあっけにとられる二人の若者。
「騒ぐのは結構じゃが、誰かを悲しませたり、痛い目にあっては純粋に祭りを楽しめまいて?」
 そう言ってこんな日ぐらい笑って過ごすが良かろうと鶴祇に諭されるのにばつの悪そうな表情を浮かべる若者二人。
「さ、これで終いにすると良い」
 鶴祇は促されて集まっていた人達も離れていって元の祭りの盛り上がりに戻って行くのを満足げに頷くのでした。
「大きな騒ぎは起きてないわね」
 何処か満足げに言いながら飴湯を飲んで一息つくあかね、そばでは子供達にもみくちゃにされてへろへろなかりんが、ぐったりとした様子で突っ伏しています。
「こ、この野郎……」
「何か言った?」
「……」
 言い返す気力もない様子のかりんはぐったりとしていますが、傍を通った子供がかりんに気が付いてきらきらの目で見るのに素早くあかねの後ろに隠れて。
「も、もう勘弁してくれ」
「仕方がないわね、少し休憩して良いわよ」
 そう言うと、焼き立てのホットケーキが出されるのにたっぷりと樹糖にジャムとを付けて、あかねは美味しく頂きながら優雅な休憩時間を過ごすのでした。
「令杏の祭りと違って、何処か少し素朴な様子もあるが、活気が凄いな」
「この辺りは決して裕福な村ではありませんからね。質素で穏やかで我慢強い方々が多くて……その分、この収穫祭は特別なのだそうです」
 ここのところ良く清璧や令杏へと来ては周囲と交流を深め始めていたようで、そう説明しながら、何処か穏やかな笑みを浮かべ楽しげな様子の綾麗に軽く首を傾げて口を開くゼタル。
「年に一度の、村の外での大きなお祭だからかい?」
「ええ、お祭に来られない御高齢の長老方も、子供達や若者からお祭の話を聞いて、自分たちの時のお祭の話をして……そうして、また次のお祭を楽しみにするそうです。年越しの祝いと並んで、特別なものだと聞きました」
「なるほど……」
「憶えているわけではないのですが、私も何だか凄く懐かしく感じられて……」
 笑みを浮かべて言う綾麗にゼタルは頷いて見せます。
「よし、潮」
「わう!」
 舞華にお皿へと串から外した焼き串のお肉を除けれたものを出して貰うと、幸せそうにもきゅもきゅと食べる潮。
 それを微笑ましく見ると、途中で買い求めた美しい刺繍の小物入れへと目を落としてほんのりと頬を染めて微笑みます。
「喜んでくれると良いな……」
「わん!」
 食べ終わったからか、それとも当然喜ぶという意味を込めたのか、尻尾をはち切れんばかりに振りながら見上げる潮を撫でてやる舞華、そこに通りかかる綾麗とゼタル。
「ああ、綾麗にゼタル。良かったら甘い物でも一緒にどうかな?」
「甘い物ですか?」
「ああ、あそこで美味しいホットケーキや善哉が食べられるらしいし、あちらで出ている屋台では餡餅が旨いらしい」
 綾麗が聞くのに舞華が笑って頷けば、ゼタルも綾麗の様子を見て頷きます。
「じゃあ、早速行ってみよう」
 連れだって歩き出すと、潮もお皿を下げてくれるお店の人にわふ! とまるでお礼でもいっているかのように一声吼えて、三人の後を追って。
 賑やかに続く収穫祭は、日が暮れても暫くの間続いていくのでした。