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■オープニング本文 その日、利諒が呼ばれて出向いたのは、武天芳野の景勝地、六色の谷の外れにある山村地帯、そこにある小さな集落の小さなお寺でした。 「御呼び立てして申し訳ありません」 深々と頭を下げる剃髪の男性、そこで利諒を出迎えたのは、その小さなお寺の年若い御住職と、その村の村長、そして身形の良い商家の壮年の男性でした。 「困ったことになりまして、手を貸して頂ける方をと成りまして」 そう切り出したのは村長で、村長が商人へと目を向ければ、商人は小箱を取り出しすと差し出します。 「わたくしの娘が、この度縁談が決まりまして……一つ良い石を求めて、それを何かあったときの守りにも、お金に困ったときに換金にも出来るようにと思い、こちらを購入致しました」 そう切り出す商人に断ってから小箱を開ければ、そこには大振りの紅玉が中央を陣取り、それを金剛石と金が縁取りをしている、外套留め。 「指輪や髪飾りなどでは、何かあったときにお金に換えることもで見ないだろうと思い、これを買い求めたのですが……」 そういって表情の曇る商人。 「何か問題が起きた、と……見たところ、豪奢な一目で値打ち物だと分かるものですが……特におかしな所は無さそうですよね」 「はい、物に問題があるとは思わないのですが……これを手に入れてから、屋敷内の物が動く、娘が部屋で休んでいると夜に人の気配がして怖いと言い出して今は使用人達に付き添わせて漸く休める始末で……」 婚礼直前の幸せな娘さんの筈が、一転して何か物音や気配に怯えることと成ってしまい、この宝石を買ってからの出来事であることに気が付いて、親しくしている村長に相談したとのことで。 「そこで、御住職に、怨念がついているというなら成仏して貰いたいし、お祓いをして頂けないでしょうか、と、お願いに上がりましたら……」 「正直申して、拙僧の見たところ、この石に何かがあるという様子が窺えませなんだ。それに、今は何ともありませぬが、村長殿とこちらの御仁の来られた時に、何やら人に見られていたような気もし、詳しく話を聞いてみたところ、気にあることがありまして」 「気になることですか?」 「これを買い求めた宝石商が、娘さんの妙な噂が立っている、早急に手放した方がよいかも知れませんなと、こう申してきまして……」 その後、了承していないにも拘わらず、紹介されたといってやって来た男が、半値処か二割程の値で譲るようにとしつこいそうで。 「もし、ただ手放すだけで娘に今後悪い影響や妙な噂が流れたりしないのならば、金額などどうでも良いのですが、もし本当に悪いもので今後娘に影響があっては大変です、其の辺りがはっきりしないうちは、売る気にもなれず、ほとほと困り果てまして」 「僧籍の身で人様を疑うのは烏滸がましくありますが、ちと拙僧には出来すぎた話と思い、こうしてこの石と、その宝石商成る御仁や欲しいと申し出られた御仁のことについて裏付けを取られた方が良いのではと」 なるほど、頷く利諒に商人は頭を下げて。 「どうか、娘のためにも、今起きている問題の解決を、引き受けては頂けませんでしょうか?」 商人の言葉に頷くと、利諒は依頼書へと筆を走らせるのでした。 |
■参加者一覧
梓(ia0412)
29歳・男・巫
嵐山 虎彦(ib0213)
34歳・男・サ
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●宝石の燦めき 「ふん、めでてぇ話に水を差すたぁ、酷い奴だな。アヤカシだろうが、悪人だろうが、痛い目見て貰おうか」 嵐山 虎彦(ib0213)はにぃと笑みを浮かべてそう言うと、お寺で危険がないようにと保護をしつつ不安げな顔をして居る娘さんへ気休めだがなと、白檀の数珠と魔除けの御札を貸してやります。 娘さんはお礼を言うと、自分の御店の使用人に連れられて御住職の説法などを聞きながら気を紛らわせて待つこととなって居ます。 「妖しい噂をふりまけばいかにも宝石を安く売り払いそうな人にばかりけしかけてる時点で、あやしさプンプンよね」 それとなく宝石商の周囲の話を聞いて見え見えよね、とふんと鼻を小さく鳴らすのは藤本あかね(ic0070)、一同は念の為のことを考えて、お寺で宝石を預かり様子を見ながら調査すると言うことになったようで、本堂の仏様の前で相談しているところでした。 「虎の兄貴いわく、『宝石がアヤシくねぇか?』ってコトなんでこいつ調べてみたけどよ、アヤカシがからんでる様子はねぇんだよな」 「ふーん……アヤカシの所為ではないのに人の気配に妙な噂、これはもしや陰謀の匂いってヤツなのかな? 人かお化けか……」 梓(ia0412)が匂うよなと言うのに頷くと、クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)はにやりと笑みを浮かべてそこまで言うと、笑って肩を竦めます。 「なんーて、迷惑な点じゃあ変わりないよね」 「ほんっと。少なくとも、そちらの御店では、娘さんが気配を感じた辺りも含めて調べてみたけれど、アヤカシニ関わりそうな物は何も無かったわよね」 「そうそう、結界には引っかかってこなかったんだよな」 「てぇことは、少なくとも常時そこにいるって訳でもねぇようだな。ところで、なんか変わったこたぁ無かったか?」 「んー……人魂で見た範囲では、なんとも……でも、御店の人が床下に、入る事なんて無いわよね?」 「はい、そうそう床下までは……二、三年に一度入って掃除することが有れば良いくらいで……」 「なんかあった?」 「何とも言えない、けど……床下の土に何かこすれたような跡があったから、ちょっと気になって」 「侵入者がいたって事になるな、その話なら。となりゃその宝石をここに置いておきゃ誘き寄せられるかもしれねぇ。どうせ噂を流して、さらには賊やシノビなんかを雇って、嫌がらせやり不気味な事を起こしたりして不安がらせてるんだろ」 「ほぼ間違いないでしょうね」 「その尻尾を掴んで悪事を暴くぜ」 「なんだっていいよ。見つけて断って、はいオシマイ。……にしてもモノはいいよね。うちにもこんなのほしーかも」 さっさと片付けちゃおう、そう言って笑うクロスに頷くと、一同立ち上がって銘々で何をするのかだけ確認して出かけて行くのでした。 「あそこにある宝石商についてなにか知らない?」 そう訪ねるあかね、件の宝石商の見える近くの御店に入って御茶を貰うと、お茶屋の女将さんへと訪ねてみれば、いえ特に、とちょっと歯切れ悪く言う女将さん。 「そう?」 「ええ、特には……」 そう言いながら周囲を少し窺う様子を見せる女将さんに、他言しないことを約束して話を聞くと、扱う品は前の代から良かったこと、最近その周囲をあまり柄の良くない人がたまに出入りしたりしているのを見かけていたとのことで。 「ごめんなさいね、どうにも何か言われたら怖くて」 「いいえ、それを聞かせて貰えただけで十分だわ」 そう言って口元に笑みを浮かべると、あかねは女将さんに礼を言うのでした。 「前の代と言っても、親子とかいうのじゃなかったけれどね」 そう嵐山に答えるのは細工師の男性です。 嵐山も宝石商の事を窺いながらやって来ていました。 「うちも最近あそことは手を切ったので、あれなんだが……」 「なんかあったのか?」 「自分の作った細工物のことを、折角手に入れたが曰く付きで手放して損をした、って話をされてねぇ」 「曰く付き……その話は?」 「物は宝石商に返してしまったようだし、うちはどれをどのような形でそんな話になったのかが分からなくて」 石に曰くがあったという話も無し、細工をしていたときに何か問題があったこともなく、後からそういった話を人伝で聞いて、今後は他のところで売って貰うことにしようと縁を切ることにしたそうで。 「ちぃと良いかい? もしかして、こんな大振りの紅玉に金剛石の……」 「ふむふむ……あぁ、それは私の細工だ。これに曰くがあると言われたのかい? 冗談じゃない、石から何から惚れ込んで作ったものだが、そんな曰くなど心外だ」 商人が買った細工物はどうやらこの細工師の作だったよう、もし何かあった場合同じ事を申し立ててくれると約束する細工師に嵐山は礼を言って急ぎ寺へと戻るのでした。 ●石に纏わり付く噂 「まぁ、恋敵は少ない方が良いわけだから? 破談になっちゃえば良いのにね」 「ほんと……よっぽど恨まれたりしているんじゃない? いい気味」 くすくすと笑いながらそんなことを少し声を潜めながら話す女性が二人、しょうしょう話している様子は大人気ないようですが、依頼人の娘さんより少し年が上の女性達で、面白可笑しく娘さんのことを笑いものにしているのだけは分かります。 「恨まれたり、トカ聞こえたけど、なんだか物騒なこと話しているのかな?」 「きゃ……あ、えぇと、その……」 「怖いわねーって話してたんですー」 クロスが声を掛ければ、中性的なその様子から男性と思ったか、少し声が上がって破談だ何だと言っていたことを取り繕って言う女性達。 「怖い? 何かあったのかな?」 「何かあったって言うかー」 「結婚祝いに手に入れた宝石に曰くがあったとか何とか……そんなことになるなんて、よっぽど……って」 「よっぽど?」 「あの大きな御店は、あくどいことをして大きくしたんじゃないとか、噂になっているんですよー」 「そうそう、その宝石だって、真っ当な形で手に入れたのかしら、って」 「ねー?」 そんな風に笑う女性達に、話に聞いたとおりだなぁ、なんて逆の意味で面白がって女性達を見ているクロス。 彼女達がお茶屋で話していると付近の人達から聞いたのは、実は依頼人の御店近くを回ってたときのこと。 「お出かけですか?」 「ほらこの辺見て回りたいし? あ、ちゃんと聞き込みもしてくるってー……ははっ」 御店を軽く見て回った戸で出掛けようとするクロスに御店の人間が声を掛ければ、笑って答えるクロス、ぶらぶらと回っていれば、それなりに周囲の街にも興味があったり、季節らしく冷え込みはじめた街中を楽しんで居たり。 ふと見れば世間話をしていた菓子屋の旦那とお客さんが複雑そうな表情で話し込んでいて、それを見てひょっこりとその二人の傍に顔を出すと口を開いたクロス。 「と言うわけで観光客なこのボクにこの辺りの面白い話を聞かせたまえいーなんてね」 「面白い話、かい?」 「私達はあまり面白い話などはしらないねぇ……面白可笑しく、人の有りもしない話をしている奴らはいるみたいだけれどねぇ」 「有りもしない話?」 「ああ。そこの御店、娘さんが近々結婚する筈なんだが、遊び回っているとか、阿漕だから呪われているとか……飛んでもない、良い人達だってのに」 「なんか、ここいらで見たことがない顔色の悪い男と話してた二人組の女がいるんだが、それ以降そこの娘さんをけなすことけなすこと」 「隣町のなかなかに噂も良ければ様子も良い、評判の好青年との縁談だからって、僻んでた奴らだからな」 「なるほどなるほど……よし、噂の現場をリサーチだぜぃ」 態々悪い噂を流そうとしている女性達の思惑も何となく見えてか、情報を訪ねる序でにちょっとその女性達を見てやろうと思った様子。 実際来てみれば、少年にも見えるクロス相手に声色まで変わって取り繕ってはいるものの、大人しくて優しそうだった娘さんのことを嬉々としてけなす様子になるほどと納得します。 「ところで、その話って誰かからか聞いたのかな?」 「ええ、縁談の話が出てから捨てられて追い出されて酷い目に遭ったって言う男の人から聞いたんですー」 「本当に酷い女だわ、素知らぬ顔して嫁ぐつもりだったんだから」 「んー……嘘は程々にしておかないと、大変なことになるよ? ご近所さん、みーんな知っていて笑っているし」 誰を、とは言わないけれど、そう笑いを含んだ様子で言うと、顔を真っ赤にして何か言おうとしている女性二人を置いてどんな特徴の男性から話を聞いたのか、女性達から聞き取った内容を整理しつつお寺の方へと向かうのでした。 「つまり、総合して考えりゃ、宝石商か誰かが変な噂立てて詐欺まがい……っつーか、詐欺そのもの? まぁ、そんなコトをヤッてんだろ?」 「売った方が良いと揺さぶるにしろ、一押し脅してから来るんだろうから、とりあえず娘さんにゃ落ちつかねぇだろうが、隠れて待ち受けて、だな」 「そうね、確実に捕まえなきゃ……故意に噂を流している奴と宝石商と、取り敢えず捕まえてみないと始まらないし?」 「そっか、証言させるには、ばっさり切っちゃ駄目なんだ、取り敢えず捕まえないとなー」 それぞれ確認してから頷くと、書院を借りて休んでいる娘さんに事情を説明してから、それぞれ夜になる前に食事から何から準備を調えて、部屋に潜むのでした。 ●石に落とされた影 深夜、不安げに寝床に伏せている娘さんの部屋に、音も無く滑り込んでくる影。 それは一つの人影で、そろりそろりと枕元へと歩み寄るその影が何をするのか、息を潜めて様子を窺う一同、影は娘さんを通り過ぎると、書院の棚を漁り始め、どうやらそれは宝石を探しているよう。 なかなか見つからずに焦った様子を見せた影の意識が逸れた、その瞬間、娘さんの安全確保に間に入るように滑り込む嵐山、そしてぱっと点る小さな灯りが男へと飛びつこうとすると、男が取り落としかけた袋を咄嗟にキャッチして。 「うげ、虫かよ」 袋の口をはっしと掴んで何やら袋が蠢いているのに呟く嵐山に、弾かれたように部屋から出ようとする影は、あかねの夜光虫の照らした様子から細身の男性のよう。 「ちぃ……」 小さく呻く男が部屋から転がり出て庭へと飛び出そうとした、その瞬間。 「こんばんはー」 「が、は……っ!!」 「ってか、いや、うん、逃げるのも分かるけど、逃がさないよー」 レイピアを辛うじて躱しかけた男に一気に懐へと入って、短剣で打ちかけると、そのまま突き倒すように部屋に叩き込むクロス。 「観念しな! 逃げられやしねぇぜ」 転がり込んだ部屋で、鬼の顔を付けた槍を手に仁王立ちする嵐山に、がくりと肩を落として観念する男を引っ括ると、事情を聞くために本堂へと引き立てるのでした。 ●晴れに輝く貴石 「まぁ、幸せそうで良かったんじゃない?」 男を捕まえてから娘さんが御店に戻ると、それを待っていたかのように婚約者が居ても立ってもいられなかったからと娘さんの元へとやって来ていて、幸せそうな様子を見て言うあかね。 「あくどいことを繰り返していた様子だし、このまんま宝石商もお縄だな♪」 御住職について来て貰って証言をして貰う形で、捕まえた男からあれこれと情報を聞き出していれば、情報が行ってなかったのでしょう、破落戸がお寺へとやって来て、宝石を売るように迫り、纏めて捕らえられることとなり。 役人の元へと証しと宝石に虫を撒いて呪われているからだと脅かそうとしたこと、金を貰って幾度も同じように物音を立てたり気味悪がるように物を動かしたり、有りもしない噂を広めたり、と言うことをしていたと侵入者は認め。 破落戸は宝石商の身内だったようで、脅すだけ脅してから男が買い取りに行くというやり方を繰り返していたとのこと。 「噂とか、呪われてるんじゃ? って思うようなことの元は潰したから、自然と消えるよー、実際、根も葉もないことばっかりだったんだし」 クロスが笑って言うとじわりと目元が潤み始める娘さん。 「折角の良い宝石細工だし、これで厄も落ちただろう? そいつを作った細工師も其の辺りは保証してたんだ、良い結婚式を挙げられると良いな」 「はい……本当に、本当に皆さん、有難う御座います……」 潤んだ目をして改めて一行へと頭を下げてお礼を言う娘さん。 改めて美しい箱に収められた貴石を父親である商人から受け取り、それを見ながら幸せそうに見て微笑み合う娘さんと婚約者。 その貴石は、何処か青空の下、誇らしげに輝いているのでした。 |