梅香薫る芳野の街で
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 21人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/06 23:29



■オープニング本文

 その日、武天の芳野という商業の街では、人々がお祭の支度で大忙しとなって居ました。
「おう、よう来たな。ま、見ての通りだ」
 そう言って笑うのは芳野の領主、東郷実将です。
 実将は開拓者ギルド受付の青年、利諒を呼び出して、活気のある芳野の寺の境内をぶらりと歩きながら話をしていました。
「あぁ、そう言えば、去年梅のお祭というか梅酒のお祭というか、なんかやっていましたねぇ」
「ああ、ちぃと儂が留守にしていた所為で遅れちまってなぁ。ま、そういうこった」
「つまり、芳野の梅花のお祭に遊びに来て下さい、って事ですね。そのお誘いをギルドに貼り出しておけと」
 この芳野の街は、冬は氷花祭、春には花見の宴と、どちらも盛大に行われます。
 そしてこの、梅花の祭りは昨年始まったばかり、この二つの祭りの合間となる何も無かった三月に、梅酒の試飲会などを併設したお祭として作られたもの。
 丁度昨年も、警備の人の巡回はある者の、開拓者をご招待すれば、開拓者がやってくるお祭で騒ぎを起こそうというような物好きも少なかろう、と鋸とのようで。
「ああ、ふらりと立ち寄るでも良いし、希望の者は旅籠の用意もしておこう。梅酒や茶菓子も振る舞われるそうだ、ちぃと遊びにきちゃくれねぇかと」
「分かりました、その様にお誘いを貼り出しておきますね」
 利諒は頷くとちょっとだけ立ち止まり、依頼書を取りだして筆をさらさらと走らせるのでした。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 鷹来 雪(ia0736) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 氷那(ia5383) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / フレイ(ia6688) / 紅 舞華(ia9612) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / デニム・ベルマン(ib0113) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268) / 果林(ib6406) / ミルシェ・ロームズ(ib7560) / 霧咲 ネム(ib7870) / 楠木(ib9224) / 闇野 ジュン(ib9248) / 氷雨月 五月(ib9844) / 音野寄 朔(ib9892) / 八壁 伏路(ic0499


■リプレイ本文

●梅の綻び
「実は、屋台で使う梅を確保したいと思いまして……」
「屋台用の梅、ですか」
 礼野 真夢紀(ia1144)がそう話せば、頬に手を当てて少し考えるのは武天芳野領主代行の伊住穂澄です。
「梅酒などを扱うお店をご紹介すればいいのでしょうか? 芳池酒店なら色々と手に入れられるのではないかと思います」
「本当ですか? ありがとうございます、早速行ってみます」
 穂澄から話を聞けば場所の説明と一筆紹介状を書いて貰え、早速真夢紀は相棒のからくりしらさぎを連れて芳野の芳池酒店へと向かいます。
「事前に来られての準備も大変だろうに。うちでは、六色の谷のはずれにある梅林で特製の梅を作らせとるんだが、これで良いのかね?」
 真夢紀がやってくれば、出迎えるのは芳池酒店の住倉月孤老人と、その孫である嶺騎少年、嶺騎少年は前に真夢紀にお歳暮配りを手伝って貰ったこともあります。
「梅の花湯も、地元産の梅の花の方が良いかなって考えるようになりまして」
「好きなだけもってっとくれ。祭には旨い物が欠かせんからの」
「あ、俺、倉庫まで案内するよ!」
「ありがとうございます」
 先に立ってお店の倉庫へと案内する嶺騎は、屋台で梅酒の梅の実をジャムにして蒸しパンに入れるとか、梅の花弁入りの寒天寄せの話を聞いて、後で食べに行こう、と心に決めたようなのでした。
「はい、紫乃さん」
「あ、有難う御座います。これはここに詰めて、ですね……そちらもそろそろ詰めても良さそうですか?」
「そうですね……程良く熱も落ち着きまし」
 早朝、長屋で早起きをしてお重の前でお弁当を作っているのは泉宮 紫乃(ia9951)と尾花朔(ib1268)、彩り良し味良しのおかずを、中で蒸れないように程良く冷ますと楽しげに詰めて行くふたり。
 紫乃はお重にお弁当を詰め終えると、一旦部屋に戻っていそいそと前掛けを外し一枚上にショールを羽織って出てきます。
 振り袖は黄緑に鮮やかに咲き誇る黄梅、髪に揺れる栗梅色の枝と紅白の梅花が美しい簪と、とても愛らしい装いに尾花は眼を細めると。
「とても良く似合っていますね」
 そう言って微笑んでお重を持つと、行きましょうかと笑いかけるのでした。
「うん、予想通り、境内の裏を昇ってきたが、良い眺めだ」
 梅酒の入った大徳利を手に笑みを浮かべて言うのは羅喉丸(ia0347)、相棒の人妖である蓮華と共にやって来ており、小高い丘の広場から眺める芳野の梅は格別のようです。
「年のはに 春の来たらば かくしこそ 梅をかざして 楽しく飲まめ、か……春の訪れは嬉しいものだな」
「ほう、羅喉丸。お主も風流というものがだいぶ分かってきたようじゃな」
 暖かい日差しと心地良い風の中、互いに杯を手に、羅喉丸がそれぞれの杯に梅酒を注ぐと目を細めて芳野の街を眺める二人。
「梅には梅の桜にはない風情があっていいな」
「天儀では花は桜、泰国では花と言えば桃じゃが、何処でも梅の上品な香り、これはまこと風流というものじゃ」
 からからと笑う蓮華に、羅喉丸も笑みを浮かべて頷くと杯へと再び梅酒を注いでやって。
「いや、まっこと、梅の花は酒の肴に合うものじゃ」
 上機嫌に梅酒を頂いている蓮華、羅喉丸は風に揺れる梅の花を眺めながらゆっくりと杯を傾けているのでした。
「武天の芳野か、話には聞くが行くのは初めてだのう」
 呟きつつ遙々やって来たのは八壁 伏路(ic0499)、彼には何やら目的があるよう。
「どなたかお探しでしょうか?」
 そう尋ねるのはどうやら警備に付いている様子の女性、自身に声を掛けられていることに気が付くと、傍と振り返り見る八壁は女性を見上げます。
「うむ、実は梅祭りへとお誘い下された東郷殿とお会いしたく思ってのう」
「はぁ……先程までこの辺りにいたのですが、境内の方に行かれたのかもしれませんね」
「ほう、境内の方……」
「はい。開拓者の方はあちらこちらで御茶やお茶菓子、それに梅酒が振る舞われておりますし、その様子を見に行ったのではないかと」
 女性の言葉に頷くと、ちょっぴり御茶や茶菓子が振る舞われるという言葉を改めて確認できて満足か、では行ってみようと境内の方へ向かって。
「上手く会えればいいのですけど。それにしても、おじ様本当に何処に行かれたのでしょう」
 そう呟いて領主代行の穂澄は警備へと戻って行くのでした。
「和、ちょっと待って」
 相棒である忍犬の和を待たせてお店の人から包みを受け取っているのは音野寄 朔(ib9892)。
 朔は和のお散歩がてらに遊びに来たようで、受け取った包みを抱えて朔と共にやってくるのは参拝道の先、今は梅が満開の境内です。
「あぁ、そこで飲んでも良いのね」
 見ればお寺の本堂横から庭へと向かう廊下があり、裏庭の梅を見ながらのんびりすることも出来るようで、そちら庭と共に向かって許可を取れば、快く和共々庭に面した奥の間に通して貰えて。
「風に揺れる白の花弁……桜とはまた違った良さがあるわね」
 庭の白梅が風に揺れて笑みを浮かべると、まず取り出すのは商店で貰った梅酒で、小さなお猪口に梅酒を注げば、はらりと舞った花びらが手に乗り、それをそうっとお酒に浮かべてから微笑む朔。
「この白いひとひらに、何とも言えない美しさを感じるわね」
 微笑んでお猪口を口元へと運ぶとその甘さと梅の香りが格別で。
 先程受け取っていた包みを開けば、そこには梅餡の大福、梅を象った印がちょんと付いていて愛らしいその味わいも、甘酸っぱくて心地良いものです。
「これもとても美味しいわ。あとで作り方を窺おうかしら」
 笑みを浮かべると、どうやら興味を持った様子の和がふんふんと鼻を鳴らし朔を見上げます。
「和は駄目よ。蝶でも追い駆けてなさいな。お寺の方にご迷惑はかけないようにね」
「くぅん」
 尻尾をぱたぱたさせてお返事をする和は、ひらひらと舞う梅の花びらを相手に捕まえようとして、そんな姿をのんびり穏やかな様子で見る朔は、ゆっくりと杯を干しては新しく梅酒を注ぎ。
「ゆったり流れる時間というのもいいものね……」
 朔は開拓者になってからというものなんだかんだ忙しくて、そう小さく呟くと。
「充実はしているのだけれど、こういう一時を忘れがちで……桜の季節ももう直ぐに……」
 言ってから、ふと自身の持つ扇に指で触れると笑みを浮かべます。
「舞の練習でもしておきましょうか」
 桜の季節に備えて、微笑みながら扇を開けばはらりと舞い落ちる梅の花びらに、朔は目を細めて見つめるのでした。

●露梅の甘い香り
「わぁ、やっぱり表通りは賑やかだなっ!」
 表通りの参拝道、嬉しそうな様子で天河 ふしぎ(ia1037)が振り返って見れば、果林(ib6406)もにこにこと楽しそにふしぎに笑いかけていて。
 今日はいつもお世話になっている果林にゆっくりして貰いたいとふしぎが誘ったようでメイドさんのお仕事はお休みとか。
「この先に、結構有名な御茶屋さんがあるんだって」
「賑やかで凄いですけれど、梅の花もなかなかに凄いですねぇ」
 桜に負けず劣らず参拝道を飾る梅に果林も驚いたように眼を瞬かせると、一緒に目的の御茶屋産へと向かって。
 直ぐに奥のお座敷に通されて入れば、丸い形の小窓の障子を開ければ、そこには梅の枝が揺れていて何とも風情のある様子。
「ほらほら、今日は気使ったりしなくていいから、ゆっくりするんだぞ」
「ありがとうございます」
 運ばれてくる御茶とお茶菓子、梅を象った餡に包まれたお餅が柔らかく甘くて、穏やかな様子で庭の梅を眺めながら笑い合うふしぎと果林。
「この間は、誕生日のお祝いありがとう……こうやって肌身離さず……」
 果林へと笑いかけるふしぎは鎖に指輪を通しペンダントとして身に付けていて、嬉しそうに頬を染めて笑いかければ果林も微笑んで。
「天河様、梅の花ことばはご存知ですか?」
 お茶菓子を頂いてのんびりと花を見上げれば、ふと口を開く果林。
「花言葉は、『高潔な心』『澄んだ心、忠義』。正義の空賊団の天河様にぴったりですね!」
 そう笑いかける果林は、ふと寂しげに少し考え込んでしまいます。
「だけど私は……」
 小さく口の中で、親も同然でした最初の主様を失って以来、私は内緒でこっそり仇を探してます……そう呟きかけてそれを飲み込む果林は、
 天河様や空賊団の皆様と一緒にいる今は幸せ、だけど……もしも仇が目の前に現れたら、私の幸せは……不安げにそんな風に考えてしまえば、小さくふるふると首を振ると。
「ううん、大丈夫……きっと乗り越えられる」
 本当に小さくそう呟いて。
 一方のふしぎも梅の花を見上げながらぐるぐると頭を悩ませることが。
 果林は僕の事どう思ってるんだろう……もし、僕がこの気持ち伝えたら……でも、と考えが堂々巡りに回っていて。
 ふしぎと果林は何処か不安な気持ちを押し込めるように、梅の花と空を眺めているのでした。
「まーったく人が多いったらありゃしないねー」
 闇野 ジュン(ib9248)が冗談ともぼやきとも区別が付かないような口調で言えば、その言葉にくすりと笑って振り返るのは楠木(ib9224)。
「ここは参拝道だから、人が多いのはしょうがないですよっ!」
 笑って言う楠木がぐるりと道を見渡せば、通りに面して縁台の並ぶ風情のある御茶屋さんが視界に入ります。
「寄ってく?」
「そうですね」
 結構繁盛しているそこで、ゆったりと腰を下ろして持って来て貰うお花見団子に御抹茶が出て来るのを見ながら、ちょっぴり肩を竦める闇野。
「でもさ、こんなに人が多いならー別の所に行った方がよかったかなー?」
「でも、梅とか色々見れたし、私は楽しいです」
 にこりと笑う楠木に、軽く首を傾げるも。
「そうー? きみが楽しんでくれるなら何よりー」
 そうへらへら笑って言う闇野に、楽しいですよー? と返す楠木、と。
「わっ……!」
 不意に風が吹き髪がばぁっと吹き上げられてちょっと慌てた様子の楠木は手で自身の髪を押さえようとしますが、すと伸ばされた闇野の手がその髪へと触れて。
「ぁ――」
 眼を瞬かせるも、その手が優しく髪を撫でて耳へとかけると、髪を纏めて留めるのは鮮やかな赤い簪で。
「似合ってる」
 じっと真剣な顔言う闇野、いつものようなへらりとした様子はなく、真っ直ぐに黒い目で髪とその耳へと触れたまま見つめるいつもと違う様子に目を瞬かせる楠木は、かぁっと顔を赤く染めます。
 いつもと違って直ぐに言葉も出て来ず見ているも、赤く染まった顔のまま、漸くに微笑を浮かべて。
「ありがとう」
 互いに暫くそのまま見つめ合うも、どちらからともなく思わず笑みが零れ。
 楽しげに、それでいて楠木は頬を赤く染めたまま、そうして本当にどことなく照れが入ったように笑う闇野。
 梅の花の傍らにある縁台に腰を下ろして、二人は暫くの間楽しげに笑い合っているのでした。
「さて、私の妹をたぶらかした男の子はどんな挨拶をしてくれるのかしら? 楽しみだわ」
 くすりと笑って呟くのはフレイ(ia6688)、彼女は少し早めにやってきており、先程から妹とその妹が合わせたい人と言っていた人物を待っていました。
「はじめ無視したりいじめてあげるのも面白いかもね」
 そんなことをくすりと笑って呟けば、そこへ現れたのは包みを抱えた妹、アーニャ・ベルマン(ia5465)と、共に歩いてくるデニム(ib0113)です。
「お姉!」
 元気な様子で駆け寄るアーニャに笑みを浮かべるフレイは、アーニャがどうとばかりに包みを見せるのに目を瞬かせて。
「お弁当持ってきたんだ〜。私もちょっとは頑張ったんだよ」
「作ったのは?」
「……執事。ちゃんと、弁当箱に詰めるのを手伝ったよ」
 ちょっぴり遠くを見るアーニャですが、デニムはお礼を言うと、僕も料理は苦手だし一緒に頑張ろうね、と言って。
 そこで改めてデニムは自己紹介をすると、どういう態度を取ろうか迷っていた様子のフレイですが。
「あ、あのね……、報告遅れちゃったけどデニムと付き合ってるの」
 アーニャがそう言って赤い顔できゅっとデニムの手を握ると、あわあわしながらも何とか言葉を続けます。
「見た目も中身もとても誠実な人だよ」
「アーニャさんとお付き合いをさせて頂いています」
 深々と礼をしてから、真っ直ぐにフレイを見ると、真剣な様子で続けるデニム。
「幸せにしたい、と心から思っています。どうか、お姉さんにも認めて頂きたいです」
 二人の様子にフレイは微苦笑を浮かべると口を開いて。
「アーニャがあって欲しい人がいる、なんていうからぴんときたわ。あーあ、まさか妹に先をこされるなんて、ね?」
 そう言ってくすりと笑うと、アーニャが選んだ選んだ相手だから心配はしていないけれど、と笑うと。
「……ふふ、妹を宜しくね」
 そう笑んで言うフレイに、アーニャとデニムもほっとしたよう、三人で梅を見て回れば、デニムがアーニャの横顔に看取れてみたり、はぐれないように手を繋いでみたり、姉とデニムが仲良くなれるかとアーニャが気を揉んでみたり。
 旅籠に入ってお弁当を頂いて、その後はティータイム。
「あ、甘いもの食べると、こ、心が落ち着くんだって」
 あわあわしているアーニャにデニムが優しく笑みながら見ています。
「……あーあ、私も誰かいい男捕まえないと」
 そんな二人の様子を眺めてフレイはそう呟くと梅酒を頂きながら微笑ましく見ているのでした。

●穏やかな梅香の中
 梅の花の香が薫る境内裏手の参拝道、白野威 雪(ia0736)と氷那(ia5383)はゆっくりと日差しに色付く梅の花を見ながら散策していました。
「雪さんに誘われてきてみたけれど……こういうのも良いものね」
「そう言って貰えると嬉しいです」
 僅かに眼を細めて花を見上げる氷那は、笑みを浮かべて梅の花を見上げる雪をちらりと見ると、少し思案する様子を見せます。
「疲れたら少し休みましょうか。美味しいお菓子とお茶は、欠かせないでしょう?」
 丁度参拝道の入口に御茶を出してくれる休憩処が見えて氷那が誘えば頷いてそこに入れば、奥の席、とっておきの梅が見られる小座敷へと入り、お勧めの梅を象ったお饅頭と御抹茶が運ばれてきて、それを頂いて一息つくと並んで庭の梅を見上げる二人。
 雪が思い浮かべるのは『梅』の名を持つ方と、その孫である自身の恋人。
 そんな雪を見ながら、何か言いたいことがあるのかと静かに言葉を待っていた氷那、やがて雪は穏やかな様子で氷那へと顔を向けて微笑して口を開きます。
「沙桐様が、妻として隣にいる事を望んでくださいました」
 雪の言葉を静かに聞いて見つめる氷那。
「それを助けてくれる方、願ってくれる方……そんな方々に支えられていると思うと、それもありがたくて嬉しくて。幸せを積み重ねていけるよう、困難に向き合っていこうと思っています」
 覚悟を決めたようにきっぱりと言うと、ふと再び柔らかな笑顔で、ほんのりと照れて頬を染めながら口を開く雪。
「氷那さんも、応援してね」
「雪さんは、時に頼りないけれど……ごめんなさい。でも、芯の強さも持っていると思うから」
 そう言って氷那はそう笑いかけると。
「勿論応援するわ。支える事も、助ける事も、私に出来ることだから」
 梅の花がそよ風に揺れる中、雪と氷那は暫しの間、ゆったりとした静かな時を過ごしているのでした。
「これが……梅の、花……ですか……? 本物を見るのは……初めて……綺麗です、ね」
 お寺の境内の隅っこ、境内の中が見渡せる、直ぐ側には鐘撞き堂のあるそこで、ミルシェ・ロームズ(ib7560)は眼を瞬かせて小さく呟きます。
 ミルシェは梅祭りというものに興味を引かれてきたようですが、人混みがどうにも苦手なようで、隅っこで眺めて居れば、赤い花びらが、白い花びらがはらりと舞うのを眺めて、つい亡くなった母親のことを想うようで。
 世界は怖いからと家から出る事を禁じられていた、それがミルシェには愛故にと言うことは理解しているものとは言え、どうしても引っかかるところがあるよう。
「開拓者となって、少なからずの経験を積んで……。怖い事もたくさん……ありました。でも……母様? 世界は……悲しみや、恐怖だけでは……ないようです」
 花を見上げてミルシェは何処か寂しげに呟きます。
「美しいもの、楽しいものも…ありました。たくさんのモノで……世界は……作られています。外の世界が……面白いと……思う、私を……母様は、許して……下さるでしょうか……」
 花から視線が空へと移り、寂しげに空を仰ぎ見るミルシェ、ふとその鼻先に、少々強めの梅の香が漂ってきました。
「すまねぇな、立ち聞きするつもりゃなかったんだがな」
 鐘撞き堂の入口で微苦笑気味にそういう壮年男性は、思わず香に目を向けて眼をぱちくりとさせているミルシェにそう謝ると。
「己が腕の中で、あらゆるもんから守ってやりてぇとなるのが母親ってぇもんだ。だがなぁ、子供は大人になってその腕から飛び出してく。お前ぇさんの母様ってのがどう想うかは儂にゃわからねぇが……庇護するモンが飛びたつってぇな、誇らしいモンだぜ?」
 煙管をゆっくりと仕舞うとミルシェににと笑う男性。
「色んな事を経験して、色んな事考えて、お前ぇさんが良いと思うことを信じてやってきゃ良いのよ。親なんてな、納得しねぇもんだ。だからいつか、お前ぇさんなりに胸張れるようになりゃいいんじゃねぇかな?」
 そう言って壮年男性はちょっとびくびくしているミルシェに、そこの入口で買った梅の餅を渡して、別嬪さんはしょげた顔より笑ってた方が良いわな、と笑ってぶらりと背を向けて。
「ぁ……」
 お寺の境内の入口で売っていたお餅のその包みを受け取ってから、一瞬どうして良いのか戸惑う表情を浮かべるミルシェですが。
「あ、ありがとう、ございます……」
 その言葉はお餅へか男性の言葉へか、歩き去る男性を見送ってから、ミルシェはもう一度梅の花と空を仰ぎ見るのでした。
「陽州は〜、もう桜〜、満開かなぁ〜」
 梅の花を見て故郷を思い出したか、ネム(ib7870)がそう言えば、氷雨月 五月(ib9844)はふと遠くを見る目で懐かしげに呟きます。
「あぁ。もうそんな時期になるかねぇ」
 そこは参拝道の茶屋の軒先、梅の花を見ながら店員のお勧めのお茶菓子を待てば、梅の添えられたあんみつが出てきて。
「この前〜、依頼で行った時は〜、まだ寒かったんだ〜。でも〜、みんな陽気で〜、温かかった〜」
「く。そりゃぁいい。自然に打ち勝ったじゃねぇか」
 からから笑って氷雨月がネムの頭を撫でれば、何とも言えない表情で俯くネムは、どうやら故郷を思い出し、そこに家族が居ないことを思ったか。
「……でも、なんか……」
 都には沢山家族が居るのに寂しさは拭えない、それが分かるからか一瞬目を細めると梅を見上げながらなでなでと頭を撫で続ける氷雨月、ネムはふと顔を上げて氷雨月を見上げると、ちょこんと首を傾げます。
「……さっちゃん、『お父さん』みたい」
 そう言うネムは、ふにゃっと笑って何処か嬉しそうで、それを見て滲むような笑みを浮かべる氷雨月。
「くく。悪くねぇ。それでアンタが、んな顔しなくなるってぇんなら」
 そう言ってネムを見るとにと笑ってなでなでと繰り返すと。
「親父にくらい、ちょちょいとなってやろうじゃねぇか」
 眼をぱちくり瞬かせてから、ネムは本当に嬉しそうにふにゃっと笑って氷雨月を見上げるのでした。
「芳野はよいところですな。人が皆、生き生きとしている」
 八壁は漸く遭遇した実将に声を掛けると、そう話しかけました。
 因みに、ここに来るまでに大分お菓子やお茶を頂き、良い気分のようで。
「挨拶して酒飲んでぶらぶら見回るだけとは楽でよい。こんな依頼ばかりだとありがたいのー」
 ちょっとお酒で良い感じにほろ酔いの八壁に、実将はしょうがねぇなとばかりに笑うと、煙管を銜えて燻らすのでした。

●梅香の一時をあなたと
「雪のお祭りと桜の祭の間に出来たお祭りか……お祭りが多くなるのは嬉しい」
 そう口元に笑みを浮かべているのは紅 舞華(ia9612)、舞華が笑みを浮かべて居るのに嬉しそうに笑って寄り添って居るのは開拓者ギルド受付の青年利諒です。
「特に梅酒の飲比べが楽しそうだ」
「芳池酒店の御隠居さん自慢の梅酒ですから、やはり楽しみですよね」
「ああ、そうだな。だが、私は何より利諒と一緒に楽しめる機会が増えるのが嬉しい」
 そう言って利諒の腕を取ってぎゅと掴まるようにして利諒を見る舞華に、ほんのりと顔は赤くなるも、実に嬉しそうに笑うと利諒も舞華の手に自身の手を触れさせて。
「僕も、こうして舞華さんと一緒にいられるのが、何より嬉しいです」
 にっこりと笑い合う利諒と舞華、飲み比べは遠巻きに眺める程度にし、のんびりと梅の花咲く境内を歩けば、お寺に上がって御茶とお茶菓子のおもてなしを受けながら桜を見上げる二人。
「やはり付け込む糖の量やお酒によっても、大分味や様子が変わりますよね」
「なるほど……私はさっぱりとした甘さの梅酒が好きかな。濃い目のもそれはそれで好きだ。利諒はどうかな?」
「そうですね、どちらも良いですが、自分で作るのはさっぱりした方ですねぇ」
 いつの間にかお酒や料理談義になる舞華と利諒は、お茶菓子などを頂いたお礼を告げてから再び散策へと戻ると、途中実将に声を掛けて挨拶したりとしながらのんびりと歩いています。
「そう言えば、保上様は今頃はどうされてるかな、と」
「そうですねぇ、涼霞さんも幸秀君も居ますし、仕事は忙しそうですが、何だか充実している様子ですよ」
 ゆったりとした様子で二人並んで歩いていれば、少し考えた様子の舞華は利諒に旅籠で飲みたいと伝えて。
「利諒は、今日はゆっくり出来る……んだよな?」
 ほんのりと顔を赤くしてそう尋ねる舞華に、利諒は笑みを浮かべて頷くのでした。
「美味しいですね」
 尾花と紫乃は途中芳池酒店で梅酒を買い求めて、そこで聞いたお勧めの場所、境内の先にある丘でのんびりと茣蓙を敷いてお昼を広げていました
「紫乃さんが作られた料理、いい味ですね〜」
 こちらも食べてくださいね? と自分が作ったものをあーんしてくださいと差し出して笑む尾花に、思わず梅の花にみとれてしまって手が止まって見上げていた紫乃は、恥ずかしげに口を開けて一口貰って。
「あ、あーん……美味しい、です」
 赤くなりながらあわあわと食べ始める紫乃は、どうやら尾花に食べる手が止まりがちなのを心配されたのだと思い頑張って食べ始め、その様子を尾花が微笑ましくみています。
「紫乃さんも、宜しければいかがですか?」
「ぁ……では、少しだけ……」
 お花見しながらのんびりと飲んでいた梅酒を尾花が勧めれば、折角だからとお猪口に一つ貰う紫乃、一口二口と飲むうちに頬は梅色ならぬ桜色に。
「紫乃さん大丈夫ですか? 酔われました?」
 尋ねる尾花は平然としており案外お酒は強いよう。
「酔いが少しさめたら、帰りましょうか」
 酔ってしまった紫乃を膝枕して頭を撫でてやりながら言う尾花、紫乃は酔ってしまっているので甘えるような嬉しそうな様子で膝枕をされながら頷いていて。
「帰ったら梅酒ゼリー作りましょうかかわいい紫乃さんが見れそうですし……そろそろ風も出てきましたし、戻りましょう」
 少し悪戯っぽく微笑んで言う尾花は、風が梅の花を揺らすのを眺めてそう呟きを続けると、手早く片づけてからお姫様だっこで紫乃を抱き上げ、紫乃も首に抱きつくようにして甘えています。
 酔った記憶も残っているようで、次の日紫乃があまりの恥ずかしさでお布団から出てこられなくなるのは、また別のお話。
「梅が見事だな…」
 そう呟くニクス(ib0444)に、腕を絡めたユリア・ヴァル(ia9996)が笑みを浮かべて頷き、二人の故郷のジルベリアではここまでは咲かないよう。
 ゆっくり出来そうな茶店に二人で入ると御茶と御菓子を頼むニクスに、ユリアは笑みを浮かべて梅酒のお土産を差し出して、わざとニクスの膝へと座ります。
「大分飲んできたようだし、梅酒はもう良いか?」
「ニクスが梅酒を呑むなら、少しだけ貰おうかしら。同じ杯でいいわよ♪」
 自身は杯に梅酒を注ぎながらニクスが尋ねれば、くすりと笑って一口貰うユリア。
 暫くのんびりと御茶やお茶菓子に梅酒を楽しむと、再び歩き出す二人、ニクスの外套はユリアからの最近のおくりもの、そしてユリアの天使の羽根飾りは初めての贈り物。
 梅の花びらが舞う中を歩けばユリアも興が乗ったか、梅の花の中をふわりと舞って。
 その舞を見つめるニクスの微笑みは、君がいればそれだけで俺は幸せなのだと伝わるように。
 そうして、梅の蕾が花開くように舞うユリアも艶やかな微笑みをニクスへと向けます。
 今の全てが幸せなのだと伝えられる様に。
 はらはら舞い散る梅の花びらの中、二人の時間は静かに流れていくのでした。