【夏の祭】宴の庭
マスター名:想夢 公司
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/08 19:50



■オープニング本文

 その日、受付の青年がその文を受け取ったのは茹だるような暑さにうんざりして、どこかに逃避したくなるようなとある昼下がり。
 奥に引っ込んで玉子一つ付け汁に落とした素麺を啜っているところに届けられた文、ちょっぴりひんやりした素麺を食べることを中断するのに、未練たらしげに蕎麦猪口を置くと差出人を確認して。
「あ‥‥じー様、何もギルドへのお誘いだったら、私に送らず直接ギルドに送れば良いでしょうに‥‥」
 呟く受付の青年、それもそのはず、知人である宗右衛門翁からのその文の封を切り中身を見れば、武天の芳野という町にて行われる盛大な夏の祭にかこつけた宴のご招待のようで。
「そーですかぁ、そう言えばもうそんな季節でしたねぇ‥‥」
 しみじみ言えば改めて文を見直す受付の青年。
「とりあえずは‥‥お祭にかこつけてのじー様の所の宴会の参加者お誘いと‥‥後でお祭のことお知らせ程度に貼っておきますかねーと」
 言いながら文面を考えつつ、文を置いて蕎麦猪口を手に取り再び素麺を啜り始める受付の青年。
「お茶やお茶菓子、お酒を頂くのも大変に結構、何かご希望があればある程度なら考慮に‥‥てな所ですかね。‥‥うん、この時期はやっぱり冷たい蕎麦や素麺ですねぇ‥‥」
 ずふずふと素麺を啜りながら、受付の青年は依頼書に書き付ける文章を推敲するのでした。


■参加者一覧
天宮 涼音(ia0079
16歳・女・陰
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
赤銅(ia0321
41歳・男・サ
水鏡 雪彼(ia1207
17歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
橘 琉架(ia2058
25歳・女・志
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●再会と初顔と
「宗右衛門殿には此度もお招きいただきまことに有難く‥‥硬い挨拶の癖が抜けんなぁ」
 着物をきちんと着こなしすと頭を下げて挨拶をしてから微苦笑を浮かべるのは紬 柳斎(ia1231)。
「おお、ようお越し下さった、次は酒の席をと言いましたでな、再会、嬉しく思いますぞ」
 別邸の庭に面した部屋で客人を迎える支度をしていたのか元気に動き回っていた宗右衛門翁は、居住まいを正し座るとにこにこと上機嫌で笑って迎えます。
「世話になってばかりもアレだしな、夜になったらこいつを共に一献‥‥それと、も一つ土産があるらしい」
 酒の徳利を振って見せた赤銅(ia0321)がにんまりと笑い意味ありげに襖に隠れた廊下へと目を向ければ。
 そこにいたのはにこにこと嬉しそうな水鏡 雪彼(ia1207)で、どうやら一人の青年の腕を引っ張って入ろうとしており、劉 天藍(ia0293)は往生際が悪いぞとばかりに、ていと後ろからその青年を押し出せば、気まり悪げにたははと笑う利諒の姿が。
「雪彼ね、折角だから利諒ちゃん連れてきたのー♪」
「他に人がいないわけでもなしに、たまには休んでもよかろう、と」
 これには宗右衛門翁も吃驚したのか目を瞬かせていますが、嬉しげに眼を細め、また雪彼が誇らしげな様子にぽむぽむと頭を撫でてやって。
「ご無沙汰しておりマス」
 利諒がちょっぴりかくかくと借りてきた猫状態なのはかなり久し振りとのことなので緊張しているのでしょう、対して宗右衛門翁は、まさしくめったに来ない孫が来たように嬉しげで。
「利諒さんもかたくなってしまって‥‥宴会なら、楽しまなくっちゃ、駄目よね?」
 その様子を見てかくすりと笑って橘 琉架(ia2058)が言えば、天宮 涼音(ia0079)は庭を眺めて心地好さ気に目を細めて。
「それにしてもここは涼やかで心地がいい所ね」
 涼音の言葉に笑みを浮かべる宗右衛門翁、滋藤 御門(ia0167)はゆっくりと包みを手に歩み寄ります。
「この度はお招き頂き有難う御座います、宗右衛門翁の事は友人より伺っておりました。友人はこちらに来られませんが、友人よりこちらを預かってきました」
 果物の葛寄せだとか、微笑を浮かべて言う御門に人物が思い当たったか目を細め頷いて例を言うと受け取る宗右衛門翁。
「宗右衛門ちゃんはおうちが2つあるんだ、すっごいね」
「まぁ、あまり沢山そう言う者が居るわけではないと解ってはおりますが、それは儂が凄いというわけではないですからの」
 呵々と笑う宗右衛門翁にそう言えば、と雪彼は口を開いて。
「あのね、雪彼、お昼は出店に行きたいの。夜は一緒に過ごそうね」
「それは良い、なかなかに賑やかな祭り、存分に楽しまれると良い」
「うん♪」
 嬉しげに笑って頷く雪彼に宗右衛門翁も何処か嬉しい心持ちがするのか思わず顔を綻ばせ。
 そろそろ出店も活動を始める頃、一息お茶を頂きながら宴会前に寛いでいれば、そこにやってくるのは星風 珠光(ia2391)。
「遅れてしまってごめんなさい、お祭に顔を出す準備をしていて‥‥」
「そう言えば、そろそろお祭の時間なの」
 珠光の言葉に雪彼がかくんと首を傾げ、天藍も頷いて。
「ゆっくりと祭りを楽しんでこられるよう、酒食は十分に用意して待っておりますでな」
 宗右衛門翁に嬉しげに笑うと、雪彼は天藍と手を繋いでうきうきと祭りに出かけて行くのでした。

●穏やかで長閑な時
「こういう祭りは、わくわくするのだけど、人、多いから暑いとキツイのよ」
 ほうと冷茶を頂きながら縁側に腰を下ろし、庭を眺めながら言う琉架、涼音はその言葉に頷いて。
「私も、人ごみってあまり好きじゃないの。祭の雰囲気は好きだけどね」
 賑やかに聞こえてくるお囃子や人々の笑い声、二人の言葉を聞いて、宗右衛門翁は軽く首を傾げて利諒へと口を開き。
「利諒は祭りなどは好きでなかったか?」
「いやー‥‥僕も好きは好きなんですが、人酔いするんですよ」
「さって、俺もちょいと街に出て出店を回りつまみになりそうなもん探してくるか。酒は冷やしといて貰えると、な」
 祭りらしいつまみを見繕ってくると笑いながら言う赤銅は、廊下を歩き玄関へと向かいつつ、果て、と首を傾げ。
「自分も相伴前提なのを手土産とか呼ぶのもどうなんだ、俺?」
「そういえば宗右衛門殿、今日の祭りはどのようなもので? こちらの祭りは知らぬから興味があるのだが‥‥」
 まぁ良いかと言いながら出て行く赤銅を見送りつつ柳斎が尋ねれば、いつから始まったか、と僅かに考える様子を見せる宗右衛門翁は、微笑を浮かべて口を開き。
「商業的な発展がどうこう、そう言ったお題目を掲げた、毎年行われているものですな。ま、こういった楽しみがあるだけでも、人々は生活に張りも出ましょうて」
「確かに‥‥では、まぁ、少し早いですが、早速一献、彼等を待ちながら如何ですか?」
 微笑を浮かべつつ言う柳斎に、宗右衛門翁も頷いてから、酒を直ぐにとは言いませんが、皆様もどうぞ、と二階へと誘い。
「利諒、ちょいとお前、奥に行って‥‥」
「はーい、西瓜でも頂いてきますっと。後希望は‥‥麦茶? 了解了解、頂いてきましょう」
 慣れた様子で別邸の廊下を奥に進んでいく利諒は慣れているようで、暫くすれば、屋敷の女中さんと一緒によく冷えた西瓜を切ったものや冷やした麦茶を入れた茶器、それにお茶菓子等が運び込まれてきて。
「ふぅ‥‥夏の暑い中にはやはり麦茶を飲みながらのんびりするのが良いわね」
 涼音が麦茶を口にしてほうと息をつくと、お茶菓子とお茶を頂きながら御門も微笑を浮かべて頷くのでした。

●空に咲く花
 どーん、どどーん、空に花火の音が響き渡る頃、ちょうど天藍と雪彼が手を繋いで戻って来ました。
「はい、宗右衛門ちゃん、お土産なの♪」
 お揃い、とばかりに笑って青い風車を差し出す雪彼の反対側の手には赤い風車がくるくる回っており、一緒に愛らしい飴細工も握りしめていて。
「おお、これは可愛い、有難う、雪彼殿」
 にこにこと嬉しそうに笑う宗右衛門翁にこちらにおいでと招かれるままに二階の座敷の窓際に寄れば、障子が開け放たれた窓から始まったばかりの色取り取りの花火が見えて。
「そうそう、俺からも利諒と宗右衛門さんに。龍を模した物だけどこれが結構良い出来で‥‥」
「根付けですか、龍の根付けなんて、嬉しいですね」
 笑みを浮かべて受け取る利諒、花火の中、珠光は約束が有るようで未だ戻りませんが、宴に参加できる一同が顔を合わせ、改めて宴となりまして。
「いろんな饅頭に烏賊焼き、そうそう、天麩羅と稲荷寿司なんてのもあってな」
 紙に包まれた熱々の屋台での食べ物を卓へと置けば、もう既に好き勝手に花火を見ながらのお酒の席。
「良ければお酌を‥‥あら?」
「おや?」
「お酒おいし?」
 涼音と柳斎がそれぞれ読んで貰った例に酌でもと思って寄れば、既に先客、ちょこんと座った雪彼が、お父さんみたいな人が雪彼のお酌を喜ぶの、と言うのを聞きながら、にこにこと美味しいよと答えていて。
「はは、両手どころか、綺麗どころに囲まれて飲む酒は格別ですぞ」
「そう? もっと色っぽい人の方が好みかもしれないけど‥‥」
 そう言いながら涼音もお酒を注いで。
 既に昼に柳斎も大女で申し訳ないが、と言いながらお酌をして、卑下するものではないですぞ、と言われており。
 若い人との交流は、それこそ宗右衛門翁のような隠居状態の老人からすれば、滅多にあるものでもなく、それに花は花、それぞれの美しさがあるものと宗右衛門翁は笑って。
「こちらは鰻と槃特草の和え物、鰊の山椒漬けに、えぇと、あとは鱧の湯切りを、梅肉醤油とそれにお吸い物を用意してみました」
 料理人が肴を運び込むと、食事が欲しい方にはこちらを、と言って鰻と柴漬けの巻き寿司を卓へと置いて。
「雪彼、焼き茄子が食べたいな。合わせ酢醤油でかつおぶしをかけて食べたいの」
「茄子は夏も秋も美味しいですからね、直ぐに用意しましょう」
 雪彼が希望した、小振りな鰻丼を渡しながら、可愛らしい要望ににこにこと笑って頷く料理人、雪彼はおずおずといった様子で更に口を開いて。
「あのね、お砂糖を蜜にしてほしいの。それを冷やして、白玉と桃を一緒に食べたいの。いいかな? もう一つにはお砂糖をかけて食べるの」
「では、茄子を運んで、食べ終わった頃に、白玉と桃を持ってきましょうね」
「うん♪」
 嬉しそうな様子の雪彼に、湯引きの鱧と田楽を頂いてほうと息をついた御門は、思わず笑みを浮かべて口を開きます。
「雪彼ちゃんはいつ見ても可愛くて笑顔に癒されます」
「あぁ、本当にああ言った笑顔を見ると、心穏やかになれますな」
 思わずほのぼのとしてしまう情景、その側では、利諒と赤銅がちびちびと酒を飲んでいて。
「おう、そういやお前にも土産があるんだ。ってぇ言っても、本当なら神楽で留守番してると思ってたからなぁ」
 笑いながら渡されるのは屋台で買った飴細工。
「へぇ‥‥これが飴細工、いや、本物見たこと、実はなかったんですよ。有難う御座います」
「なんだ、無いのか? ならちょうど良いな」
 からから笑ってからまぁ呑めと、利諒の杯に更にお酒を注ぐ赤銅、利諒もどうぞとお酒を注いで回っているようで。
「酒は雪彼ちゃんが寝た後で、だな」
 言って食事を軽く済ませた後で白玉に蜜と白桃をかけたものを頂きながらのんびりと花火へ目を向ける天藍。
「なら、よく冷えた麦茶があるけど、劉さんも飲む?」
 聞くのは、ちょうど素麺を食べ終えて、小皿に盛られた皮を剥いて一口大に切られた桃を食べ始めた涼音。
 どうやら涼音は桃が好きなようで、幾らでもいけるの言葉の通り、心ゆくまで桃を楽しんでいるようで。
「頂こう。これぐらいになれば、昼に比べれば涼しくはなったが、やはり冷たい麦茶は格別だな」
「格別と言えば‥‥」
 ふと空を見上げる涼音、空には鮮やかに色付く花火の向こう側に、美しい月が見えて。
「お月見の季節には早いけど‥‥上を見れば星空に月、視線を降ろせば賑やかな祭。夏はいいわね、活気があって」
 しみじみと感じるのか、涼音は微笑を浮かべて月を見上げているのでした。
「座興ですが、お一つ‥‥」
 祭りのお囃子と響き渡す花火に、太鼓の音色。
「まあ暇つぶしって事で、あんまり期待しないでよ。下手だから」
 折角のお誘いなのだからと微笑のままに言うと、お礼の意味も込めて薄絹を手に舞う琉架は、柔らかな身体の動きで、隣の間との襖を開け放し舞台として、畳のしなやかに跳ねて。
 やせの大食い、らしく、白玉をぜんざいにきな粉にとぺろり平らげた後もまだまだ彼女のお腹には余裕があるらしく、踊りを妨げるものではなく。
 御門が笛を吹けば、宴に花を添えるその舞が終わればお酒も入ってか各人陽気に拍手を贈り、宗右衛門翁も大いに気に入ったようで。
「ほい、料理人から冷やし飴が届きましたよ」
 舞も終わって、徐々にゆったりとした時間が流れるようになった頃、利諒が琥珀色の液体の入った湯飲みを持ってくれば、礼を言って受け取った天藍は軽くそれを傾けてから、どーんと空に瞬く花火へと目を向けて。
「花火の、あの形は綺麗だな。ふわっと広がって、さ」
「そうですね、僕は花火では特に、あのだーっと振ってくるような広がり方する奴が好きですよ」
 そんな風に言葉を交わしていれば、ふと、こっくりと船を漕ぎ出す姿。
「あらら、もう遅いですしね。ちょっと客間に布団敷いてきましょう」
 立ち上がって部屋を出て行った利諒が少しして戻ってくると。
「宗右衛門ちゃんも、みんなも、お休み、なさい、なの‥‥」
 利諒に手を引かれて部屋を後にする雪彼は、既に半分眠っているのかも知れず。
 雪彼が奥へと寝に行くのを確認してから、天藍は漸くに盃を手に取るのでした。

●またの再会を願いつつ
「このどんちゃん騒ぎの喧騒に耳を傾け、穏やかに過ぎていく時間はそれだけで貴重だな。こんな時だけは色々なしがらみも忘れることが出来そうだ」
 呟くように言う柳斎に、宗右衛門は静かに杯を干すと、ちょうど開いていた柳斎の杯へと酒を注いで、自身も新たに継ぎつつその呟きを聞いて居て。

「‥‥故郷の祭りも丁度今頃。あちらは今頃どのような喧騒に包まれているかしら‥‥いかんな、なぜか郷愁を感じてしまう。未練が残っているのかな」
「幾つになっても、故郷というものは特別なのでしょうな。‥‥儂も、時折懐かしく切なく思い返すことがあります」
 感傷に浸った、と言わんばかりに苦笑する柳斎に、逸れもまた良いことと笑う宗右衛門翁。
「はい、熱々の焼きたてですよ、鰻。あと大浅蜊の醤油焼きっと‥‥あ、こっちの鰻と柴漬けのも美味しかったですよ」
「ええと、こちらには鱧の湯引きもありますよ。田楽と、夏野菜の天麩羅も美味しかったですし」
 利諒と御門が天藍にお酒のおつまみを勧めると、それを頂いては舌鼓を打つ天藍。
「舞で俺が吹いたら宴会芸になっちまってたからなぁ」
 笑って言う赤銅は、よく冷えた、赤銅自身が持ち込んだお酒を宗右衛門翁が杯に注ぐのを受けて、くっと杯を煽り飲み干して。
「そう言えばあやつに飴細工を頂いた、とか」
 笑って礼を言えば、家にいる居候二人にも買ったと笑ってみせる飴細工はなかなかの出来で、きっとお土産を貰う人も満足してくれることでしょう。
「そうそう、折角冷たい物を飲んではおりますがな、暖かい物も欲しくはなりませんかな? 尤も、癖はありますが‥‥」
 笑って酒器を手に宗右衛門翁が勧めるものを受け取れば、それは鰻酒。
「こいつは旨そうだ」
 赤銅が笑ってそれを受け取り呑むと言おうか食べると言おうか、何にせよそれを楽しんでるのを見ながら、天藍はふと宗右衛門翁へ尋ねかけて。
「そう言えば、昔のお祭はどんな感じだったのですか?」
「そうですな、時も時代も変わり、どうと言われても難しいというものではありますがな‥‥ここまで華やかではなかったですが、素朴ながら、活気があって良かった」
 懐かしむように笑うのに、その頃の祭りに思いを馳せながら交わす言葉は楽しげで。
「また、機会があればですが‥‥必ずお会いしましょう。ここでの時間は、楽しいものですから‥‥」
「ええ、必ず。またお誘いの文を送らせて頂きますな」
 穏やかな微笑を浮かべて杯を小さく揺らす柳斎に、宗右衛門翁も是非にと頷き微笑みを浮かべ。
「お祭りの賑やかさと花火を眺めながら、美味しい料理を頂けて‥‥本当に勿体ない限りです。こうしてのんびりしていて良いのかと心苦しくなる程に」
 ふと窓の外へと目を向ければ、花火は終わり余韻と共に徐々に落ち着いて来つつある芳野の町。
「この夏の思い出を忘れないように‥‥」
 そう呟いて、御門は名残を惜しむように笛を手にして、緩やかで穏やかに音色を紡ぎ、祭りの喧噪を遠くに聞きながら、静かに時間は流れていくのでした。