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■オープニング本文 武天は此隅より三日ほど歩いたところにあるとある街。 ここにはとても腕のよい医者夫婦がいる。 とはいえ、齢はもう六十以上は数える老夫婦。 何人もの医者を弟子をとっては一人立ちを見守ってきた。 街の人々にとって夫婦の存在はなくてはならない存在。 近日、残暑払いの祭りが開催される予定でおり、その日になると診療所にはけが人や熱中症の患者などがごったがえす。 二人の弟子も当たっているが、やはりきつい。今回は一人下働きという事で先日診療所前に倒れていた老婦人が参加。 倒れていたという話だが、身なりはよく、けがも病気もしていない。 診療所の雑用なんかもしているが、奥さんとはまるで半世紀来の幼なじみのように息もぴったりだと患者達が口を揃える。 当人達は何の事やらと笑うばかり。 じいさん達は別嬪のばーちゃんに鼻の下をのばすだけではあるが。 医者とは思えないが、手伝いをする程度の知識がある。 弟子達も事情を知らされて無く、患者達とともに首を傾げる。 「あんたがあの娘をここにつれてもう二十五年以上は経つね」 奥さん先生が下働きのばあさんに笑いかける。 「そうね。いい医者になっていると聞くわ」 「あたしの娘みたいなものだからね。何もわかってないぶん、仕込みが楽だったよ」 夜になれば暑さも随分落ち着いてくる。 「あの子は被害者よ。他にも救えなかった娘はまだいる」 「そう思うならこれからの被害を食い止めることだけ考えな」 ぴしゃりと言い切る奥さん先生に老婆は笑う。 「で、あんたがここに来たのは息抜き? それとも‥‥」 「浚われたじゃ駄目かしら」 老婆が笑みを浮かべて杯の酒を飲む。 「あんたに傷は一切ないのに? 全く、あんたはホントに愛されてるんだね」 呆れた奥さん先生に老婆は静かに誇らしく笑みを深める。 「ともあれ、今宵は飲みましょう。祭りの間はのんびりと酒も飲めやしないのだから」 杯を掲げる老婆に奥さん先生は「しょうがない」と笑う。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
ファラリカ=カペラ(ib9602)
22歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ■リプレイ本文 目的の街に着いた開拓者達は祭りへと準備を進めている街の活気に驚いていた。 「すごい活気、この暑さに負けてないね」 たらりと流れる汗を拭って鴇ノ宮風葉(ia0799)が呟く。 「残暑は早く帰って貰わないと次の作物に響くからね」 お囃子の練習に耳を澄ましているファラリカ=カペラ(ib9602)は手伝い前に少しだけ祭りの雰囲気を楽しむ。 「とりあえず、お仕事をするのです!」 ぐっと、手を握り締める珠々(ia5322)は今日もやる気十分。 診療所は大きな通りから一本外れたところにある賑やかな所に構えていた。 近くには飲み屋街もあり、いろんな所から患者が担ぎこまれやすいところのようだ。 「依頼書を見たら、倒れたお婆様もいらっしゃるとか」 「みたいだね、身分関係なく人を見る街の要って感じだね」 白野威雪(ia0736)と輝血(ia5431)が会話をしており、輝血はその診療所のあり方を暫く会っていない彼の医師を思い出す。 彼女もまた、人を愛し、人に必要とされる人だから。 「ごめんください」 雪が声をかけると。「はーい」と老婆の声がした。 白に藍縞の着物を着て、藍染の手拭いと前掛けをしていた。 「まぁ、開拓者の皆様ね。ようこそ」 緑の瞳は老婆にしては意思が強く、背筋も伸びている。手拭いから覗く夜光貝に彫られた梅の花の簪。 雪はその場で立ち尽くした。依頼書には彼女の名は書いていなかったのに。 「倒れていたと聞きましたが、お元気そうでなにより」 弖志峰直羽(ia1884)がにこやかに声をかけると老婆は微笑んだ。 「てか、いいの? 下働きとか」 じとりと輝血が言えば、老婆はくすりと笑う。 「ここでは動ける者は殿様でも動かすべしという教訓がありましてね。食事もままなりませんよ。偉い人なぞ患者の前では地位も財力も権力も二次的なもの。踏ん反り返る者なぞここにはきません」 「つまり、地位が高い人が下働きに借り出されたのですね」 楽しそうにファラリカが微笑むと、珠々はここの医者達はどんな人だろうかと興味がわいてきた。 「ああ、いらっしゃい」 こちらの老婆は恰幅のよい人だった。 白い作務衣を着ており、茶色いくせっ毛が印象的だった。 「あたしは日向。宜しくね」 さばさばした印象の女性であり、輝血は目をぱちくりと瞬かせる。 「祭りは明日だよ。存分に働いてもらうからね」 にこっと微笑む日向に全員が頷いた。 診療所の男性陣は往診に出かけていたようだった。 そろそろ日も暮れていく。 朝は料理が作れる開拓者と老婆が作った。 忙しいからという事で、好きに摘めるようにお握りと稲荷寿司を用意しておく。 外がとても賑やかだ。 急病人が担ぎこまれる前に来るのは診療所に来ている患者たち。 結構な人数が来ている。 開拓者達は待機という事で患者達と世間話をしている。 「うぃー、日向せんせー。やってるかー」 半被を着て赤ら顔の中年の男がやってきた。 「また振る舞い酒に手を出して」 患者の一人がその中年を知っているようで、声をかけた。 「折角の祭りなんだぞ、今飲まなかったらいつ飲むんだよ」 かなり飲んでいるのか、息の酒臭さがきつい。 「今日は別嬪さんがおおいなー。ちょいとおじさんと遊ぼうか」 「え?」 近くにいた雪の手首を掴む中年に数人の目が殺気走り光る。 遠くにいたはずの珠々が中年の目の前に現われて、眼前で両手を叩くとぱぁんと、小気味いい音が響き、中年は驚いて仰け反り、雪から手を離す。 その瞬間を珠々は逃さずに足を引っ掛けて、中年の体の中心を崩して器用に体の向きを変える。 「はいはい、こっちですよー」 中年の背を押して珠々が診療所の外に出す。 「ああ、ここにいたのか!」 「もう、なにしてんだよ! 迷惑かけてごめんな!」 どうやら、中年を探していた青年達が中年の両端をがっしり掴んで連れて行き、珠々に謝った。珠々は文句も言わず「いってらっしゃい」手を振る。 「行った?」 珠々を心配してひょっこり顔を出したのはファラリカだ。 「はい、祭りの方に連れて行かれました」 「よかった、白野威さんも特に何もなくてよかったわ」 穏便に済ませられた事にファラリカは心から喜ぶ。 「何が来るか分かりませんからね。お互いしっかり頑張りましょう」 「ええ」 ぐっと、拳を握り締める珠々にファラリカも頷く。 「すんません、怪我人です!」 どうやら、腕に大きく傷が出来た男が付添い人に支えられて現われた。 「すみません、けが人ですっ」 さっと、ファラリカが中に入って声をかけると、日向の旦那さんの手が空いたようで、こちらへと声をかけられた。 傷の痛みと暑さで汗が滲んでいる。片手で抑えている患部から血が滲んでおり、傷口を直視出来ない状態であれど、その痛みは十分ファラリカに伝わり、顔を顰めてしまうが、ここは診療所だ。 「大丈夫ですよ。すぐに手当てしますから」 ファラリカが精一杯笑顔で言えば、男は頷く。 「弖志峰君、手伝って」 「はいっ」 医者を目指す直羽にとって今回はまたとない好機であった。 巫女であり、開拓者である直羽は怪我人を手当てする事はよくある。だが、それは術を使っての治療が主だ。 術なしで今回は治療の手伝いに当たる。 手拭いを水を入れた桶に浸して絞る。 「ファラリカさん、汗が眼に入ったら痛いから」 ぽんと、ファラリカに手拭いを渡した直羽はすぐに患部を洗う。 「はいっ」 ファラリカが胡坐座りする患者の後ろに膝立ちし、腕を回して目の周囲から滴る汗を拭う。 怪我は擦り傷であり、細かい砂が患部についているので直羽は丁寧かつ、素早く洗う。 「うっ‥‥」 おやっと、直羽が顔を上げると、患者が傷口に染みるから顔を顰めているようだった。 「ごめんなさい、今終わりましたよ」 「うちのみたいに早くて丁寧だな」 さっと、入る旦那さん先生に誉められて直羽は嬉しく思うが、先生の動きを見ておかねばならない。 「センセ、早くしてくれよ」 「どうせお前等なんかまた神輿担ぎ飛び出すじゃないか。少しは休め」 呆れる先生が手にしている小鉢の中から薬草の匂いがしている。何種類かの薬草を潰して水分を含ませて軟膏状にしているようだ。 「あれ、先生その軟膏‥‥」 直羽が記憶で嗅いだ事があるような気がした。 「ああ、私の家で古くから伝わるものだよ。ウチで修行するものは皆、これを扱えるように仕込んでいる。独特の匂いがするからな、どこかで嗅いだ事があるか」 「はい、薬の草の名を持つ女の先生が使ってました」 記憶にあるのは子沢山家族の子どもにその医者が使っていた軟膏の匂い。 「苦そうな匂いですが、不思議と安心できますね」 ファラリカもちょっと興味があるようだった。 「これを塗ればたちまち治るんだぜ」 「お前等がまた怪我をしなければな」 誇らしそうに言う青年に医者がツッコミを入れると二人は笑う。 医者が少し休んでいけと青年に言い渡し、ファラリカは青年に麦茶を差し入れる。 「‥‥信頼され、愛し愛される医者‥‥か」 ぽつりと直羽が旦那さん先生の背を見て思い出すのはとある医者の姿。 「あとで葛餅食べようかな」 「あら、いいですね」 「食べます」 直羽の呟きが聞こえたのか、ファラリカと珠々が頷く。 一方、すぐにまた患者が運び込まれた次は暑さでやられた少女と子供。この時期は近隣の町や村からも人が集まるので、出店がよく立つ。 この娘達も家族で出店を出していて食べ物を売っていたようだった。 「そっちの部屋、涼しいから使いなさい」 日向の指示を聞いて頷いたのは輝血と風葉だ。 少女と子供を軽々と抱え上げてまずは帯を外す。 患者達の待合部屋よりも確かに涼しかったが、今日は風があまりない。 「少し部屋の温度下げるわ」 面倒くさそうに風葉が言えば、唱え始めたのはフローズ。 効力を抑え、急激な室温の変化を患者の体に悟られないように風葉は術を調節する相手は熱で動けなくなった患者、何が起こるかわかったものではない。 表情にやる気は見当たらないが、効力の調節を繊細に行い、風葉の額には汗が滲む姿は見事な調節だ。 ある程度室温が下がると、風葉は子供の衣服を緩める作業に移る。 赤く上昇した顔のまま、子供はほっとしたように息をついたのを風葉は見て呆れた息をついた。 「‥‥ったくもぉ、面倒かけさせて」 その割りに安堵の声音ではあった。 少女の方も落ち着いてきたのか、意識が戻り、輝血と目が合う。輝血が少女の頭に腕を差込んで水を飲みやすい体勢にする。 「一口でもいいから飲んで」 穏やかに輝血が言えば少女は恐る恐る椀に口をつける。 一口二口とゆっくり飲んでいき、輝血は一度様子を見る。 「落ち着いた‥‥かな」 息をつく輝血の後ろに誰かが立つ。 「よくやったね」 輝血が振り向けば日向がいた。 「あたしを誰と思ってんのよ」 胸を張る風葉に日向は「大魔術師様、でしょ?」と余裕を含めた言い振りであったが、敬意は込めてあったのが感じ取れた風葉は「まーねっ」と胸を張る。 「とりあえずは休ませて置きなさい。時間おいて様子を見に行って」 「わかった」 こくりと輝血と風葉が頷く。 井戸で水を汲んでいた雪はふと、声に気付く。子供の泣き声だ。 勝手口から顔を出すと、やはり子供が泣いていた。 「お母さんと迷子になったのですか」 三歳くらいだろうか、女の子はこくこくと頷いた。 「おかーさん‥‥どこ‥‥」 ぐずぐず泣きながら女の子が涙を拭う。 「一緒に探しますからね」 雪が子供をあやすと子供はこくこくと頷いた。 「いかがされましたか?」 老婆が雪の姿がなくなって気になったのか追いかけてくれたようだ。 「迷子がおりまして」 「まぁ、そうでしたの。診療所の方も落ち着いてきたのでお供します」 にこやかに笑う老婆に雪はお供だなんて! と思ったが、子供の事を考えると何も言えずにそのまま従った。 二人は子供をあやしつつ、母親の着ていた着物の柄や色を聞き出しつつ、母親を探す。 大きな通りに出ると、先程の酔っ払いの中年が雪と老婆の姿を見つけ声をかける。先程よりは酒が抜けており、元から人懐っこい中年である事が窺い知れた。 子供を捜しているという話をすると、中年が他の神輿の担ぎ手に迷子を探している母親がいなかったか尋ねると、子供が言っていた着物と同じものを着た母親らしき人物が何かを探している目撃情報を得た。 担ぎ手達が飛び出してその人物をつれてくると、子供は嬉しそうに母親に抱きついた。 母親にお礼を言われて雪と老婆は診療所へと戻る。 戻る道すがら、雪は老婆と何か話さねばと思うが何も言葉が出てこない。 「雪さん、私には孫がおりますの」 「え」 同様する雪に老婆は気付かないのか、そのまま話し出す。 「長男と次男、それぞれに孫がおりましてね、長男の孫の片方が生涯を共にしたい方が出来たと言ってました」 どくりと雪の胸が高鳴る。 「私も存じている方でして、とても嬉しく思うのです。初めて会ったのがもう三年の前とは思えません。心細く思っていた所でしたので、心強かったですよ。まるで夢のようだと思いました」 「その方は夢で終わらせる事なく、現実にしたいと思っております」 はっきりと緊張した面持ちで雪が言えば、老婆は微笑んだ。 「ありがとう、雪さん」 老婆に手を繋がれ、雪は少しだけ泣きそうになるのを堪えた。 粗方、診療所に入ってくる人も落ち着き、風葉は日差しが落ち着いた診療所の屋根の上で一休み。 こんな姿だらしなくって見せられない。 世界征服を目指しているのだから、強い姿しか見せないという姿勢だからかもしれない。 「こんな事もアリっちゃありよね」 にっと、傾きかけた太陽に向かって風葉が呟いた。 夕方になると、皆それぞれ浴衣に着替えて街に繰り出す。 「葛餅食べるのです!」 「冷えてて美味しい店知ってるわよ」 珠々の言葉に日向が声をかける。 日向のおごりで葛餅の美味しいお店に連れて行ってもらい、つるんと甘い葛餅を頂く。 「美味しい‥‥黒蜜もいいわね」 ふんわり嬉しそうに食べているのはファラリカだ。 「あたしの娘もこれが好きでね」 「娘さんがいらっしゃるんですか」 「お腹を痛めて産んだ子じゃないけどね。あまりにおいしそうに食べるから、一文字つけたのよ」 日向の言葉に輝血が固まり、言った当人はくすっと笑う。 「今は武天の別の街にいるんだけどね。ウチに修行していた医者と一緒になっているのよ」 「いいお医者さんでしょうね」 直羽が言えば日向は「そう思ってくれる人がいるならうれしいよ」とだけ言った。 「‥‥大丈夫だよ」 ぽつりと輝血が呟けば、日向は微笑んだ。 珠々は一人、夜の街を歩いていた。 夜の街は慣れているはずだが、それはいつも仕事が絡んでいるから。 浴衣を着て、可愛い花の髪留めをして祭りの夜を歩く事はなかったから心がときめく。 どんっと、珠々が老人とぶつかってしまい、珠々は顔を上げた。任務中でもないが人にぶつからないように配慮していたのに。 「大丈夫かい、お嬢ちゃんや」 「ごめんなさい」 素直に謝る珠々に老人は大丈夫と笑う。 「お嬢ちゃん、一人かい」 老人の言葉に珠々は頷く。 「夜も更けると危なくなるからね。早くおばあちゃんの所に戻りなさい」 そう言って老人は去った。 確かに子供一人ではそう思えるだろうと珠々は思いつつ出店を回る。お小遣いを握り締め、お菓子を買ったりして皆がいる店に戻る。 店では大人達が談笑しつつ酒を飲んでいた。 「労働の後の酒は美味いわね」 満足そうに杯を開けるのは風葉だ。 「でも、診療所の方、大丈夫でしょうか」 心配そうにファラリカが診療所の方を向く。 「夜で担ぎ込まれるのは結構いないのよ。寧ろ、明日の朝に気付いて飛び込むのが殆どね」 苦笑する日向に彼は納得した。 「今日一日大変だったでしょ、その角とか」 日向がファラリカに酒を勧めると、彼は苦笑だけ浮かべる。 「角を引っ張られるのは苦手なので‥‥」 「今晩は忘れてゆっくりしなさい」 「はい」 ふわっと、笑みを浮かべるファラリカが戻って来た珠々におかえりなさいと声をかけた。 「よいものはありましたか?」 雪と話していた老婆が珠々に声をかけると、珠々は自分の思考の中で何かに気付いたのか、固まってしまった。 「どうかしたの‥‥もしもーしっ」 固まる珠々にファラリカが声をかけるが珠々は固まったまま。 「なーにやってるんだか」 肩を竦める輝血と風葉の横で雪がくすくす笑っている。 大きな音が外からすると、直羽が窓から顔を出す。 「花火だよ」 直羽の声に皆が窓の方を向く。 鮮やかな花火が夜の空を彩っている。 ちらりと直羽が二組の擬似家族を見やり、優しい気持ちになりながらもこの瞬間をこれからも続くようにしようと胸に秘めた。 花火の音にも負けぬ囃子の音は残暑を追いやるように勢いよく鳴り立てて夜を賑やかにしていった。 |