おかわりをもう一度
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/26 17:48



■オープニング本文

 神楽の都の開拓者ギルドの受付嬢である北花真魚はとあるギルドの調査にて神楽の都を離れていた。
「お、お腹すいた‥‥」
 はぁああと大きく溜息をついた真魚の胃は空っぽだ。
 荷物に最悪になった場合の飴玉しかない。
 後の干飯なんかは忘れてしまった。

 事の始まりは夕べ泊まった宿だ。
 なんか妙な宿だなぁっと首を傾げていたが、近くに宿はないし、出来る限り野宿は避けたい。
 食事も粗末だし、値段が安いから仕方ない。次の日の夕方には神楽の都には着くし。
 風呂を貰い、間取りをよく覚えてなく、従業員がいる所を通ってしまった。
 その際に聞いた声はここは宿場ではない事を知るに十分だ。
「若い女だな」
「着物も上等だし、金持ちの娘だな」
「馬鹿だなぁ、俺達で味見して娘ごと全部売っ払えば暫くは楽できるな」
「俺最初な」
 これだけで十分だ。
 多分、ここは宿と偽り、旅人から金品を奪う所。
 志体は持ってるとはいえ、余計な戦闘は避けたい。
 ただでさえ疲れているのだから。
 さっさと身支度を終えて真魚はその宿を飛び出した。

 夜の道は例え志体を持つ真魚でも怖い。
 何が出てくるか分からない。
 それなりに戦える自信はあれど、先ほどの事もあり、恐慌状態に近い状態かもしれない。
 殆ど寝てもいなく、早歩きで真魚は長い林の中を突っ切った。


 朝になり真魚は干飯等の簡易食料を忘れた事に気付いた。
 持っていたのは薬を入れている印籠の中に入っている飴玉ぐらい。
 これだけは最悪の時でないと使えない。


 仕方なく歩きつつ、どこか村でお握りでも分けてもらおうととぼとぼ歩き出した。
 まだ残暑も厳しいので日差しもきつい。
 水もなくなった。
 早く着きたいと願いつつ歩いていると、看板があった。

  「飯すぐそこ」

 簡潔な言葉に真魚は走り出した。
 そこが盗賊宿だろうが叩きのめして御飯にありつきたいと思うくらいに。
 店の暖簾に「おかわり」とあった。店名だろう。
「こんにちはー!」
 真魚が飛び込むと、柔和な顔をした老婆が出迎えてくれた。
「あの、なんでもいいんでごはんください」
 即座に言えば、真魚の腹が鳴る。恥ずかしそうに真魚が腹を抱えると老婆はにこやかに奥へと入る。
「すぐに出せるものを出すからね」
 まずでてきたのはごはんと味噌汁ときんぴら。
「作るから待っててね」
「いただきますっ」
 夕べの晩御飯も食事とは言えない。量も少ないし、品数もない。
 ぴかぴかの白米に少しだけぬるい味噌汁。醤油の効いたきんぴらは真魚の胃袋を幸福に満たす。
「おいしいー」
「たんとお食べ」
 出されたのは小松菜の胡麻和え、すぐに茹でてくれたようだ。
「今、魚焼いてるからね」
「はい!」
 更に焼き魚も供されて、真魚の手の中にある茶碗のごはんはなくなっていた。
「おかわりいるかい?」
「はい! おかわりください!」
 大盛りごはんを貰って真魚は満腹となり、更にお握りを握ってもらい、真魚は神楽の都へと戻っていった。


 ギルドに戻った真魚は同僚や顔見知りの開拓者達の姿を見た瞬間、安堵と眠気に襲われて倒れこんだ。
 起きた後、上司に呆れた顔をされたが、状況を伝えると了解してもらい、真魚は即座に賊の捕縛依頼を出した。
 道案内も兼ねて真魚が開拓者を連れて同行した。
 ふと、真魚が思い出してあの定食屋のおばあちゃんに会いに行きたいと言い出した。
 きちんとあの時のお礼が言いたいから。
 真魚が入ると、店内は荒らされていた。
「何‥‥これ‥‥」
 呻く声が奥から聞こえてきた。
 開拓者達が机をどかしたりしていると老婆が出てきた。
「賊達が荒らしていったんだ‥‥」
 老婆は怪我をしているようだった。もしかしたら、真魚を追いかけてきたのかもしれない。
 絶対に許してはいけない。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
燕 一華(ib0718
16歳・男・志
三葉(ib9937
14歳・女・サ


■リプレイ本文

「なんていう事を‥‥ちょっとそのままで」
 おばあさんを抱き起こした琥龍蒼羅(ib0214)を静止させたのは弖志峰直羽(ia1884)だ。怪我の状態を確認しつつ、骨や筋の異常、頭をぶつけていないかの確認を取る。
「一見すると怪我は擦り傷程度でしょうか‥‥」
 心配の声音で白野威雪(ia0736)が直羽の判断を待つ。
「そうみたいだね。おばあさん、とりあえず休んでて」
 直羽が言えば、おばあさんは頷く。
 三葉は自分の前に立っている真魚の様子に気付く。
「大丈夫‥‥?」
 真魚の顔を覗きこむ三葉(ib9937)は彼女の血の気のなさに目を見張る。
「真魚姉ぇはお婆さんの傍にいて下さいねっ」
 三葉の反応に気付いた一華が真魚の前にの前に立って話しかける。
「そちらの方がお二人とも安心だと思いますしっ」
 きゅっと燕一華(ib0718)が言えば真魚は顔面蒼白のまま頷いた。
「ああ、お嬢ちゃん、また来てくれたんだね‥‥ごめんね、店こんなになって‥‥」
 己が窮していても真魚を気遣うお婆さんの声に真魚の瞳に涙が溢れる。
 真魚はふらふらとおぼつかない足取りで老婆の傍に座り込む。
「私のせいで、ごめんなさい‥‥」
「いいんだよ」
 謝る真魚に老婆は頭を優しく撫でると真魚は声を殺して泣きだした。
 奴等は多分、宿を塒にしているから逃げることはないと踏まえた直羽が粗方の店の片づけを始める。
 大きく壊れた家具はなく、荒らされた程度。
 被害は少ないが、片付けは結構大変だ。
「ホント、やりたい放題ね‥‥」
 眉を潜める三葉が呟く。
「明らかに自分より弱き者を多数で襲うなど、程度が知れます」
 厳しい口調の雪はぎゅっと錫杖「星詠」を握り締める。
「行こうか」
 蒼羅が呟くと開拓者達は外へ出る。
「皆さん」
 真魚が入口から飛び出すと、開拓者達が振り向いた。
「宜しくお願いします」
 涙で目と鼻が赤くなっている真魚が頭を下げる。
「とりあえず、傍にいてあげるといいよ」
 さっさと片付けるよ、と輝血(ia5431)はすぐに踵を返してそう言った。


「悪い人達にはちゃんと報いがあるという事を骨身に沁みて知ってもらわないとですね」
 顔を上げた珠々(ia5322)がきっぱり言った方向は真魚が言っていた宿だ。
「ここが件の宿か」
 蒼羅も同じく見上げる。
「ちょっと調べてくる。珠々、行くよ」
 輝血が珠々に声をかけて一足先に裏から回って中の侵入を試みる。
「あたしも見れる所を見てくる」
 三葉も周囲を監察する。
 珠々は勝手口から、輝血は二階からの侵入を見る。
 中は普通の宿のようだ。
 もしかしたら元は普通の宿だったのかもしれない。
 今いる連中がもとは善良な従業員とは決して思えないと輝血は思う。
 問題は騙された客がいないかどうか、真魚の話では女性を売り飛ばしたりするかもしれないという事だから、もしかしているかもしれないと念には念をと調べるが特に出てこなかった。
 戻り際、女の姿を屋根裏部屋から見た。
 臙脂に菊柄の着物の女の姿が見えた。ふと気になって頭を見たら、翡翠の簪が挿されていた。すっと目を細める輝血はその場を去った。
 一方、勝手口から入った珠々は従業員の確認をしていた。
 宿にいた時、真魚が確認したのは十人。
 珠々が改めて確認したら、いるのは十二人だった。
 その中に女が三人居り、珠々もまた、翡翠の簪を確認していた。
 確認してよかったとほっとする珠々は一度外へと戻った。
 シノビではないが、自分が出来る範囲をやろうと三葉が周囲を確認する。
 納戸を見つけた三葉はそっと中を見ると、雑多に置かれている品々に気付く。
 調度品のようであるが、微妙に高価な物も見かけられた。
 ここは盗品が置かれているものかもしれない。
 そっと三葉はその場から離れた。


 偵察に行った三人が戻ると、皆で情報を共有。
 まずは人数の確認。
 全部で十二人、その中で女は三人。
 お婆ちゃんの翡翠の簪をしていた女を確認。
 着物は臙脂に菊柄の女が刺しているとの事。残りは藍地に白縞、山吹に小花柄なので分かりやすいそうだ。
 男達は全員武器を携帯しているとの事。
 一見、武器が見当たらない場合は匕首や短刀を持っていると考えてもよさそうだ。
 二階があり、一応は客室となっている。
「あたしは二階から入るよ、後は宜しく」
 輝血が立ち上がる。
「分かったよ、その前に」
 直羽が声をかけると、雪に目配せをし、雪も心得たように頷いた。


 表口に入ってきた三人組に声をかけられた男は少し不機嫌そうに三人を見た。
 先日、金目を持っていた娘にまんまと逃げられ、腹いせに襲撃した定食屋はろくな物がなかったからだ。
 すこしだけ目線を外すと、三葉に気付いた。
 残りは優男と子供。三葉は成人したての少女であるが大人びた風であるのは豊かな胸にあるのかもしれない。視線は三葉の顔よりも身体にいっている。
「あんまり手加減する気にはなれないなぁ」
 無作法な視線は三葉も気付いている。
 だからこそ嫌なものだ。
「あ?」
 どういうことだと男は顔を顰めると、三葉は静かに刀を抜いた。
 長さは二尺の薄い刃の小太刀。
「捕まるのが嫌なら戦ってもいいよ。でも逃げるのは駄目だから」
 きつい口調で三葉が言えば、男はへへへと薄笑いを浮かべる。
「そんなもん振り回したってどうなるものじゃねぇよ」
 刀というだけで金目だ。男が三葉に刀を渡すように言えば、彼女は一歩踏み出した。
 男と三葉の距離はざっと六歩程離れている。男が目を瞬き、三葉を見ようとしたが、彼女は眼前に迫り、風を斬った。
「ひえ!」
 男が驚いて腰を砕けて尻餅をつくと、遅れてはらはらと黒い髪が落ちた。
「どうしたんだ」
 表口から聞こえた声に仲間が出てきた。
「な、なんだ!?」
 刀を抜いている三葉の様子に仲間が驚いている。
 三葉を追い越し、尻餅をついている男を飛び越えて驚いている男に薙刀を向けたのは一華だ。
「ここは通させませんよっ」
 小ぶりな薙刀であるが、その間合いの長さは刀よりも長い。
 一華が長刀をふるうと、切っ先は右の通路の中に入り、一華を伺っていた気配の鼻先を掠める。
「逃がしませんよっ」
 視線は目の前の男を向いている。
 足音を消したとしても一華は自分の近辺に誰がいるのか把握しているのだ。
 一歩、一華が進むと、長刀の切っ先は右の通路より離れて再び目の前の男へと向けられる。
 右の通路にいた男はこれ幸いと逃げようとした瞬間、転んでしまった。
 滑ったわけでもなく、まだ足も出していない状態なのに勝手に体がひっくり返ったのだ。
「逃げようだなんて駄目だよ」
 にっこり微笑むのは直羽だ。まだ硬直状態の男の手を後ろに回してさっと荒縄で縛り付ける。
「うわあああっ」
 直羽の背後で賊の悲鳴が聞こえた。
 少しでも広い所にでようとする一華の後ろにいるのは三葉だ。
 隠れているのは直羽が捕まえた男だけではない可能性がある。
 三葉が一華の背を守るように構えると、一華が長刀を片手で構え、もう片方は手を背に隠すように回した。
 ふと、三葉の視界にひらひら動く何かを確認すると、一華の指が何かを示しているようだ。
 その指が示す先は閉められている襖。
 三葉がその襖を開けると、藍地に白縞の着物を着た女が短刀を振りかざして三葉に襲いかかってきた。
 短刀の動きをみて、三葉は自分の刀で短刀の刃に当てると、その振動に女は驚き短刀を手放してしまう。床に落ちた短刀を三葉は見逃すことなく、短刀を床に滑らせるように蹴る。
「あ!」
 女がしまったとばかりに声を上げると、器用に刀を返して柄で女の鳩尾を突いた。
「う‥‥ぐぅ‥‥」
 苦しそうに呻いて女はその場に崩れて気を失った。


「表門はもう始まっているようだな」
 蒼羅が言えば、珠々が頷く。
「騒ぎに気づいて逃げ出すものはいると考えていいでしょう。好き勝手やったのですからその代償はきっちり払って頂きます」
 きっぱり言い切った珠々に雪は神楽舞「瞬」を舞った。
「これでいけます」
 ぐっと、短刀を握りしめる珠々に雪ははっと我に返る。
「‥‥あ、あの、信じておりますが、程々に‥‥おばあさまの簪の事もありますので‥‥」
 控えめに言う雪に珠々と蒼羅はこくりと頷く。
「心得ている」
「簪を無事に取り返せばよいのです」
「確かにそうですね‥‥あ、珠々様っ」
 雪が納得すると、珠々は裏口から飛び入った。
「大丈夫だろう」
 裏口は台所になっており、誰もいなかった。
 様子を見て蒼羅は雪を安心させるように声をかける。
 賊は確かに許せないが、珠々が無茶をしないか、ほんのちょっぴり賊がの身体が心配になった雪が困ったように「はい‥‥」と頷いた。
「‥‥全く、人参でも食べさせよっかな」
 二階で待機していた輝血が一人ごちて呟いた。超越聴覚で声を拾っている為、勝手口の方の会話まで聞こえていたようだった。
 先輩シノビの言葉はたまたま耳に入らなかったのか、軽やかに中に入った珠々を一人の男が気づいた。
「仲間か!」
 刀を構える様はしっかりしていた。珠々が刀筋を見極めようと相手の動きをしっかり見つめる。
 男が襖を背に短刀を持つ珠々に一閃凪ぐ。太刀筋をとらえた珠々はギリギリまで引きつけから飛び上がり、男の肩を蹴り三角飛びで男との間合いを取る。
 凪いだ斬れ筋は襖を切り落とし、男は更に珠々を狙う為に構える。
 今の一太刀で相手が志体がある事に気づいた珠々は手加減は無用と感じ取る。
 もう一人仲間が気づき、珠々を挟むように立つ。こちらも刀を持っている。
 男が突きの構えで珠々の方へ突き走り出した。だが、構えが高く、珠々もその方向へ駆けだして床の板目に合わせて身体を滑らせる。男の股の下を滑り込み、入れ違いざまに男の両足を切りつけた。
「うわああ!」
 両足の痛みに男はひっくり返り悶える。
「このぉ!」
 珠々が起きあがる前にしとめようともう一人の男が走り出した。
 珠々の動きは早く、一度壁を蹴ってそのまま男の側面を蹴り付けてそのまま着地とする。男は珠々の蹴りを受けてそのまま昏倒した。
「‥‥真魚さんを狙った不埒者故にきっちり痛い目あってもらいます」
 足を斬りつけられた男は荒縄片手に見下ろす少女の表情が一切変わっていないのに関わらず、ニヨリと笑う様をみた気がした。

 二階で待っている輝血は超越聴覚を使って様子を窺がってきた。
 慌てて階段を駆け上がる女の声に気付き、輝血は神経を尖らせる。
 何かを探している女の様子に輝血は背後から屋根裏から音もなく降りた。
 膝を突いて着地し、視界の端から見えた着物の裾は臙脂に菊柄。ゆっくりと確認するように女の後頭部を見やれば翡翠の簪があった。
 ふと、髪が女の首筋を撫でた。簪が落ちたのだろうか。
 女が手を動かそうとすると、引っ張られるような感覚に襲われた。
 動かないのだ。何かに縫い付けられたかのように。
「返してもらうよ」
 後ろから聞こえる声に女はようやく恐怖に気付いた。


 荒縄でせっせと男達を縛り付けている珠々に気づかれないように男が一人の女を逃がしていた。
「なんなんだい、あれ」
「くっそ、俺達が何をしたというんだ」
 自分の悪事は棚上げで二人は襲撃者に毒づく。
「さっさとずらかろうぜ」
「納戸によって金目の物を持っていきましょ」
 裏口へと向かう男女の声は裏口にいた蒼羅と雪にしっかり聞こえていた。
「仲間を裏切り、逃げようとはな」
 蒼羅の声に男女は驚く。女の着物は山吹色だった。
「己の所行を省みず、逃げるのは許されません」
 凛とした声音の雪に二人はむっとなる。
「相手は女と優男か、男は俺がやる」
「わかったよ、あんた」
 女が頷くなり、短刀を懐から出して逆手に握る。
「兄ちゃん、相手してやるよ!」
 男が威勢良く言えば、蒼羅は剣を持とうとせず、静かに男を見据える。
「おぉ、その剣は飾りかぁ!」
 蒼羅を挑発するように男が短刀を振り回し、蒼羅を斬りつけようとする。
 相手はどうみても一般人。
 蒼羅はやっと一歩踏み出して柄を握る。
 凪いだ秋の水面の如く研ぎ澄まされた集中力で、振りあげた剣筋は決して常人には見えない速さだ。
 その一閃は男に当たらず、短刀を折った。
 いつの間にかに短刀が折られ、驚いた男の隙をついて蒼羅は柄で男の鳩尾に一撃を入れた。
 女は蒼羅が雪から離れる瞬間を狙っており、蒼羅が男の短刀を折った瞬間、雪に走り出した。
 雪も女の敵意に気づいており、警戒して杖を構えていた。
 女の短刀と雪の錫杖がぶつかる。
「白野威!」
「このような者には負けません!」
 蒼羅の気遣う声に雪が叫ぶ。
 戦う術を持つ女とはいえ、相手は一般人と直感した雪は力押しで女を押し返した。
「なによ‥‥」
 女がまた立ち上がろうとした瞬間、女の肩を二筋の風が掠めた。
 肩を竦める女の足元には手裏剣と苦無があった。
「そこまでだ」
「反省しないと、後は知らないよ」
 二つの冷たい声音に女は静かに震え上がった。
「琥龍様、輝血様っ」
 ぱっと、明るい声を出す雪に輝血は「大丈夫かい?」と声をかけつつ、後ろ手に縛った臙脂の着物の女を床に座らせた。
「首尾は」
 蒼羅の言葉に輝血は後ろを指し示す。その先は裏口組を気遣い、直羽が顔を出していた。
 彼が大事に持っているのは直羽が用意した布に包まれた翡翠の簪。
「おばあさんもこれで安心ですね!」
 一華が笑顔で言えば、全員が頷いた。
「すまない、開拓者ギルドより賊がいるとの話を聞いたのだが‥‥」
 タイミングよく役人が現われ、開拓者達はその場で賊十名を役人に引き渡した。


 開拓者達が定食屋に戻ると、食欲をそそるいい匂いがした。
「ああ、おかえり」
 台所では真魚がおばあさんの代わりに切ったり炒めたりする作業をやっていた。
 味付けはおばあさんがやっているようだ。
「おばあさん、どうぞ」
 直羽が懐より大事そうに布を取り出し、そっと包みを開ける。
 そこには美しい翡翠の簪があった。
「取り返してくれたんだね。ありがとう‥‥」
 本当におばあさんの笑顔はうれしそうでこっちまでも顔が綻んでしまう。

 おばあさんが用意してくれた食事は無事だった物の有り合わせ。
 頂きます。と、雪が手を合わせる。 
「お袋の味っていうのかな」
 ぽつりと呟く輝血だが、実の母親の事なぞわからないけど時折引っかかる記憶。
「真魚姉ぇの言ったとおり、美味しいですねっ」
 笑顔で御飯を食べる一華に真魚は「そうでしょ」と笑い、お婆さんにお茶を渡す。三葉は真魚がお婆さんに対して引け目でも感じているのではと思ったが、考えすぎとわかり、ほっとする。
 賑やかな食卓に蒼羅はじっくり食事を味わい、穏やかに目を細めている。
「皆さん、おかわりは?」
 老婆が言えば、皆がお椀を差し出した。

 この後、この定食屋は開拓者達の口コミで評判が広まったようだ。
 提案した黒猫はさつま揚げの中に入っていた橙の何かにやられて昏倒したようだった。