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■オープニング本文 先日、旭を助けてから羽柴麻貴は監察方より暫く待機命令が出ていた。 大怪我をしていた事もあり、療養するようにとのお達し。 普段の麻貴ならば跳ね除けてしまうが、今回の待機命令は少しだけ違った。 火宵の養い子であるキズナの面倒を見る事。 この命令が含まれていた。 麻貴自体、キズナとは仲がよく、なんだか兄弟のようにも見える。 キズナの勉学を見たり、剣の練習に付き合ったりして上原家に通う日々だった。 先日の中秋の名月も麻貴は義姉の葉桜とともに月見団子を持参し、上原家で過ごした。 その中秋の名月の夜の事。 「あれ」 皆で備えていた月見団子を食べていた時の事だ。 キズナが何かに気づいた。 「どうかしたのか」 麻貴が声をかけると、キズナは縁側に出て視線で何かを追っていた。 「何かがいたようなのです」 見つけられなくてキズナはしょんぼりとしてしまった。 「ウチは何かと見られているから仕方ないですね。敵意がないようですので放置してますが」 おっとりと微笑むのは美冬。 ここの主人である上原家当主やその息子柊真の追っかけでシノビなんかに偵察をお願いし、私生活を見たがる追っかけがいるようだ。 「敵意を感じたのか?」 麻貴が言えば、キズナは首を振る。 「では大丈夫だろう」 優しく麻貴がキズナに微笑むと、キズナはこくんと頷いた。 翌日、キズナはやはり視線に気づいた。 「待て!」 キズナが走り出すと、その気配は逃げ出した。 相手はシノビだ。屋根を伝って走っている。キズナとて、シノビ。負けるわけにはいかない。 お世話になっている上原家に害をなすものか、旭を狙う者か。 絶対に逃がさない。 静かな闘志を胸に秘めて駆け出すキズナだが、よくよく見れば日の光できらりと髪が煌く。 金色の髪、しかも少女! 自分と同じくらいではないか。 どうにしろ話を聞かないとならない。 速度を上げようとした瞬間、声が響いた。 「蔓ちゃん、何をしている!」 「麻貴様!」 はっとなる少女はその場で立ち止まる。キズナもその少女に近づいてとまる。 「キズナもどうしたんだ」 「この子なんです」 「気配か?」 麻貴が言えば、キズナは頷いた。 「とりあえず話を聞こうか」 二人を屋根から降りるように言い近くの茶店に入る。 話を聞くと、蔓は仕える筋である金子家の奥方より言い付かった事があるという。 奥方の友人がある人に恋をしたとの事。 よい身分のご婦人であり、数年前に夫を亡くしたという。 ちなみに馴れ初め話はお供を撒いて一人で街歩きをしていたら不貞の輩に絡まれ、その方に助けられたとの事。あっさり撒いたお供を見つけて、 名も告げず、男は行ってしまったようだ。 友人は恋をした相手を何も知らず、どうしてもその方を知りたくて奥方に泣きついたらしい。 奥方は蔓にお願いして探し出させたのだ。 ようやく見つけたのは上原家で、その日、居合わせた麻貴を見て反射的に逃げたようだった。 「何で逃げたんだ?」 「麻貴様がいてなんだか後ろめたかったのです」 しょんぼりとお団子をほおばる蔓に麻貴は苦笑する。 「麻貴お兄様」 声をかけてきたのは監察方年少組である欅だ。一緒に椎那や樫伊もいる。 「おお、お前らか」 「麻貴お兄様、元気そうで何よりです」 欅も話を聞いているのか、ほっとしたように涙ぐむ。 更に席に三人も加わる。 「ところでお前たちは今は何をしているんだ」 麻貴が訊ねると、椎那は他の部署の手伝いをしているという。 狙いはとある木綿問屋の若旦那。 最近、前の旦那さんが引退し、若旦那が引き継ぐことに。 表向きは親にとって自慢の息子だが、この息子、その裏では綿農家の畑をチンピラなんかに脅させて安値で買い叩かせて、その綿の利益を直接自分の儲けにしているようで、その金でこっそり豪遊しているのだとか。 そんな折に若旦那は取引先の着物問屋の店にてとある女性に一目惚れしたらしい。 ありゃこれやと調べ上げて自分のものにしようとしているらしいが、未亡人が好きな男がいると聞いて今、ごろつきを使って調べあげているようで、そろそろ未亡人を強奪するのではと年少組は踏んでいる。 「そのご婦人が危ないな、調べはついているのか?」 麻貴の言葉に椎那が答えたのは蔓が話していたご婦人。 「ごふじんが危ないです」 キズナが言えば、麻貴と蔓が頷く。年少組が首を傾げると麻貴が事のあらましを三人に伝える。 「まぁ! そんな事が‥‥旦那様がいらっしゃらなく、胸に秘めた殿方がいらっしゃるとはさぞかし心細いでしょう‥‥」 未亡人を案じる欅に椎那と樫伊も頷く。 「さっさと連中を捕らえよう、この人数なら大丈夫だ」 「そうですね、やりましょう!」 盛り上がる子供達に麻貴はうーんと、頭を悩ませる。 キズナは預かっている子供だ。こんな事に巻き込んでいいものか‥‥ とりあえず、保護者代理である旭に話してみようと考えつつ、開拓者の応援も頭に入れておきつつ、やりすぎるなよと声をかけてギルドへと向かった。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 子供達と一緒に行動する珠々(ia5322)と若獅(ia5248)は子供達がいる上原家に向かった。 奥へと案内されて美冬の呼びかけにキズナが部屋から出てくる。 「キズナ、久しぶりだな‥‥!」 若獅が言えば、キズナは笑顔で頷く。 「若獅さんも元気そうで何よりです」 「知っているのですか?」 珠々がキズナに尋ねると、キズナは「名前をくれた人です」と答えた。 「皆、よい名前だって誉めてくれるんです」 嬉しそうに笑うキズナに若獅はくすぐったそうに「よせやい」と照れてしまうが、暫く会わないうちに彼はとても成長したように思える。身体的にはそうは変わってないが、内面がとても豊かになったと思う。 「珠々ちゃん、お久しぶり」 「久しぶり」 珠々の声に気付き、欅と蔓も顔を出す。珠々が奥へ視線を向けると椎那と樫伊もいたが、二人は居心地悪そうにしている。 皆で中に入って相談。 屋敷とその周囲の詳細な地図を広げており、おはじきを置いて相手のいる所、どこに張り込むか等を話し合う。 ある程度決まると、全員は美冬と旭に見送られて上原家を出た。 一方、大人達は麻貴と打ち合わせ。 「どんな奴だっけ」 音有兵真(ia0221)が言えば、麻貴は子供達の特徴を伝える。 「若いっていいねぇ。気焔万丈もかくやってところかな、僕は楽隠居したいなぁって、戯言だよ」 のんびりお茶を飲んでいる溟霆(ib0504)に輝血(ia5431)がちろりと見やる。 「惚れた腫れたは災いの元というか、あまりいい転がり方を見ない気がする」 「ギルドに持ち込まれる話が問題なだけじゃないか?」 「ま、あたしにはよくわかんない話だけど‥‥何、麻貴」 辛そうに目を伏せて手を口元を塞ぎ嘆く格好の麻貴に輝血の柳眉がつり上がる。 「早く輝血にも分かればいいなと‥‥」 「えー、面倒」 きっぱり言う輝血にその場にいた全員がここにいない開拓者の姿を思い浮かべて「頑張れよッ!」と心の中でエールを送る。 「でも、ちょっと気にはなるけどね‥‥」 「お相手様の事ですか?」 白野威雪(ia0736)が言えば輝血は頷く。 「上原家だしなぁ‥‥麻貴、心当たりは?」 「無きにあらずだな」 「でも、終わってからになるよね」 輝血が立ち上がると大人達も準備に向かう。 先に現地に着いた大人達は土地勘を掴む為に周囲を確認。麻貴から地図を見させてもらったが、実地で見るのとはまた別。 兵真と溟霆は見張っているごろつき達の挙動を確認する。 とりあえずは麻貴の下調べ通り、六人が交代で見張っている模様だ。兵真は通行人を装い、交代の時間を見計らってごろつきの後をつける。 閑静な住宅街の奥まった道を歩けば木綿問屋の勝手口近くへと繋がった。 ごろつきが待っていると、若い男が出てきた。ごろつきから話を聞いた男は顔を顰めていたが、すぐにほっとしたような顔を見せた。兵真達が配置につく際、輝血と麻貴が家の中に入ったのを目撃したのかもしれない。因みに麻貴の男装姿では目に付くという事で女の格好をしていた。 逃走経路の一つを確認出来たという事で、兵真はすぐに来た道を戻り、近くに見張っている溟霆に状況を伝える。 見張りを兵真に任せて溟霆が複数の経路を見つける。 戻り際、隠れながらごろつきの話に耳を澄ます。 「押し込みはいつだよ」 「今晩だ」 「新しい若い女は好きにしていいんだな」 「ああ、未亡人には手を出すなよ」 「わかってるさ」 低く笑いつつ、男達が小声で話している。 溟霆はそっとその場から抜け出し、仲間に話を伝えに行った。 中の輝血にも伝えようとこっそり中に入ると、中は明るい笑い声が聞こえた。 「とても可愛らしいわ。若い人が入ってくれるとなんだか気持ちが明るくなるわね」 メイド服姿の輝血を気に入った椛は笑顔だった。 それなりに男の使用人は居れど、腕っ節がごろつきに敵うほどとは思っていなかったからだ。 輝血が開拓者である事をこっそり教えてもらい、ほっとしていた。 その後こっそり溟霆が輝血に押し込みの事を伝えた。 次に溟霆が向かったのは子供達の方。 「まったく、『ちんぴら』という方々はきんぴらごぼうとは違って世の中のお役に立たないから困ります」 「珠々、きんぴらごぼうには人参が入っているから珠々にとっては役に立たないんじゃないの?」 無表情ながらもやれやれと愚痴を零すのは珠々だ。その隣で蔓がツッコミを入れると、珠々ははっと、思い出す。 「でも、ごぼうだけ食べればいいじゃないですかっ」 「好き嫌いはよくないと思うぞ」 一生懸命主張する珠々に若獅が更にツッコミを入れる。 「珠々は人参が嫌いなの?」 きょとんとするキズナに珠々は慌ててしまう。 「そーゆーんじゃないんですよっ! 食べなくてもいいじゃないですかっ」 「‥‥それを嫌いと言うだろ」 ぽつりと呟く椎那に珠々は思いっきり睨みつける。 そんな様子を遠くから見た溟霆は微笑ましくてつい口元が緩んでしまう。 さっと、溟霆は珠々に何とか情報を伝えてその場を辞した。 「やれやれ、珠々君の人参嫌いからの成長はまだ見られないのかな」 くすりと笑いつつ、溟霆は自分の場所へと戻った。 夜になりそろそろ休む頃、輝血は外の足音が騒々しくなった事に気づく。 可愛らしい声が聞こえるから多分、若獅達だろうと確信した。 溟霆は屋根の上、兵真はごろつき達の後ろの方、麻貴と雪は椛の家の近くに隠れている。 子供達が配置についていると、向こうも動き出していた。 「誰かいるな」 「かまわねぇよ、やっちまえ」 ひそひそと男達が話しているのを珠々の耳は聞き逃さなかった。 「そこまでだ」 盾にと前に出たのは樫伊だ。 「何だてめぇ」 「酷いことをする人に名乗る名前はないよ」 きっぱり言ったのはキズナだ。 「子供かよ、驚かせやがって」 「ガキはもう寝る時間だ」 「さっさと家に帰れ」 馬鹿にしたように言う男達に椎那が男の一人に斬撃符を飛ばす。肩に命中して男はうずくまる。 「お前達には別件で聞く事がある」 「志体持ちかやっちまえ!」 男達が勢ぞろいして子供達にかかろうとする。子供相手にみっともないとは思えるが、相手は志体持ちだからだ。 男の一人が樫伊に抜き身の刀を振りあげる。情け容赦なく振り降ろされた刀を樫伊の刀が受け止める。 「志体を持っているのはお前だけじゃない」 男は戦い慣れをしており、樫伊の足を気取られないように払った。 「うわっ」 上擦った声を上げて樫伊が膝から崩れ落ちて地に膝を付けてしまう。 男は再び刀を振りあげようとした瞬間、男の背筋が不自然に伸びた。 樫伊は男の硬直を逃さず、鞘で男の鳩尾を突いたものの、体制が悪く、男の気を失うほどではなかったのだが、男は気を失って昏倒した。 三人を囮にし、男が一人出し抜いて勝手口の方へと走る。 「おっと、ここはやんごとなき身分の方が住まう家だ。ごろつきの来るような所じゃねえぜ。何の用だ」 勝手口側の壁に腕を組んで若獅がごろつきに問う。 「お前には関係ねぇよ」 匕首を懐から抜くごろつきに若獅の瞳が鋭く細められる。 二人が対峙し、若獅から動き出した。 空気撃を使っているが、相手は中々すばしっこい。男が更に速度を上げて移動と同時に匕首を振る。 背後を取られ、若獅は背拳で何とかかわした。 次があれば危険と本能で悟った瞬間‥‥ 男の両頬に一筋の赤い線が走る。 右の足元には苦無。 左の足元には矢。 男がその軌跡を辿ると、屋根の上に二人の姿。 闇夜でもわかる。肌を刺す殺気に男の足が竦められる。 蛇と鷹が若き獅子を護ろうとし、自分を殺そうとしている。 「若獅、早く行きな」 蛇の声に若獅はそのまま従った。 一方、欅は徒手空拳でごろつきと対峙していた。 欅が軽い為、たやすく捕まってしまうが、蔓が鉄扇を広げてごろつきの視界を遮ると、珠々が箒でごろつきの足を払い、姿勢を不安定にしてついでに尾てい骨狙って蹴った。 女の子に無体をする奴はちょっと許せなかったようだ。 「欅ちゃん、大丈夫ですか」 「ありがとう、珠々ちゃん、蔓ちゃん」 珠々が声をかけると欅が礼を言う。 椎那が木立を手に戦っていた。 キズナも応戦しており、このごろつきも志体持ちのよう。キズナは武器を持っておらず、素手で戦っていた。 「じゃあ、いくか」 ごろつきがそういうと、キズナと椎那がふいにとばされた。 ごろつきは突破しようと歩き出すと、キズナが殺気をまとって飛び出した。 はっとなった珠々が駆け出した。意外にもキズナは速い。神楽舞の加護を受けて珠々は何とか追いついて猫パンチよろしくキズナの襟足を掠める。 「珠々?」 キズナが振り向くと、珠々は速度を変えずにキズナを追い越してスライディングでごろつきの足元を蹴り飛ばす。 椎那も駆けだしており、倒れようとするごろつきの手を取り、後ろに回して腹を地に着かせる。 「キズナ、何かで争う時、人を傷つけるより傷つけない事の方がずっと大変だ。力に流されるな」 「‥‥ごめんなさい‥‥」 若獅も駆けつけ、キズナに声をかけると、彼はしょんぼりして謝った。 「強くなれよ、誰よりも」 くしゃくしゃと、若獅がキズナの癖のない髪を撫でる。 そんな二人を見ていた珠々は火宵から言われた言葉を思い出していた。 「やってらんねぇ!」 「なんだよあいつら!」 男二人が逃げ出していた。 子供達全員志体があると分かったや否や、男二人は逃げ出していた。 逃げたのは勿論、勝てるとは思えなかったからだ。 ある程度は若旦那から貰った金があるから暫くは食えるだろう。 とっとと逃げてしまおう。 「おやおや、逃げ出す奴はやっぱりいたねぇ」 のほほんとした声が後ろから聞こえた。 「逃がさないがな」 前から現われたのは大柄な男。 「なんだよ、邪魔すんな!」 二人がそれぞれ匕首を握り締めると、大柄な男‥‥兵真が駆け出すと、瞬時に男との間合いをつめる。刃の動きを見つつ、乾坤尺で匕首を握っている男の手を払いのけた。 払いのけられた衝撃で男がふらつき、兵真は腕を掴み、投げ飛ばすと、男は伸びてしまった。 「志体なしだが、大丈夫だろう」 もう一人の男は仲間が兵真と対峙しているのをわかった上で逃走を謀ろうとしていた。男の見苦しい姿に溟霆が闇夜の中、薄く口元を嗤わせた。 「どこまでも自分勝手でありたいと思うのは人の性だね」 穏やかな口調の中にこの季節にはまだ早い氷のような冷たさも混じらせて溟霆は男に追いついた。 本能的に男が危険を察知したのか、匕首を振り回して溟霆と向き合う。 「邪魔すんな!」 男が叫ぶが溟霆は気にも留めてない。 「彼らに気付かれるじゃないか。夢は終わりだよ」 背後に回りこみ、羽交い絞めをして溟霆は手早く男の両手を後ろ手に縛った。 「さて、行くか」 「そうだね。珠々君が気付いたようだね」 兵真は姿を現す気はなく、帰る模様だ。向こうでは超越聴覚で珠々が気付いたようで若獅と一緒にこちらに向かっているようだ。 若獅が対峙した男は麻貴が捕縛し、輝血は椛の方へと向かった。 「物音がして、不安だったのよ」 いい年した大人が恥ずかしいわねと椛が苦笑した。 「そろそろ静まりますよ」 「そうだといいわね」 椛はぽつりと今、心に秘めている好きな人の事を呟きだした。 事情は知っているが、外見を輝血は聞き出してみた。 要約すると、背は高く細身の細面であるが、肩幅が意外に広い。 顔は整っているが、一重の切れ長に深い緑の瞳。長い黒に近いこげ茶の髪。 そこでふと、輝血が思い出したのは監察方の沙穂の事。 彼女も一重に切れ長の深い緑の瞳で黒に近いこげ茶の髪だ。 上原家の人間という所まで蔓が調べた。 そこまで思案して輝血は嫌な予感を感じる。 「きっと、風邪のようなものよ。暫くしたらきっと治ります」 寂しく椛が微笑み、輝血はそうであってほしいと心の片隅で願った。 朝になり店を開ける準備をする前だ。 若旦那は酷く寝不足で苛立った様子を見せていた。 未亡人を連れてくるのを待ちわびていたのだ。 だが、ごろつき達は戻っても来なかった。 手筈を知っている番頭は夕べから何かそわそわしてうろうろして落ち着きがない。何事か尋ねると何でもないとあわてている。 「役人です」 椎那が勝手口より中に入る。 若い役人達に若旦那は顔をしかめたが、相手は若くても役人。失礼はあってはならないと笑顔を張り付ける。 「これは若いお役人様、うちに何の御用向きで」 「こいつらに心当たりは」 椎那が見せたのは自分が雇っているごろつきだ。 「何の事でしょう」 「貴方がこの者達と一緒にいる話をよく耳にしてます」 樫伊が言えば、若旦那はしらを切るばかり。 椎那が安く買いたたかれている綿農家の話をすれば、「質が悪いから安く買うしかない」と言い返す。 「酷い言いがかりばかり、証拠はあるのですか?」 実は証拠がとれなかったのだ。未亡人誘拐を盾に引っ張りたかったが、相手は言葉巧みにやりとりする商人だ。 万事休すとばかりに子供達が唸ると‥‥ 珠々が何かに気づいてさっと避けると、何かが若旦那の後ろに控えている番頭の顔に命中した。 ぱさりと、落ちたそれは帳簿。 珠々がすかさず拾い上げて中身を確認する。 「これが証拠です」 番頭が探していた物で、がっくり項垂れる。 若旦那も顔を青くして立ち尽くした。 見事、捕まえることができて子供達は喜んだ。 一方、大人達は椛の想い人探しをしていたが、どうやら、柊真ですら捕まえられない人らしい事が判明。 「上原家だしね」 輝血がお茶を啜る。 「柊真は麻貴一筋だよね」 「上原様が色んな女性の下に行かれるからな。そういうのを見てると、どうにも嫌だったようだよ」 「何にせよ、父上の餌食にならなくてよかったわ」 「想いが実らないのは少し、寂しいですね」 女子会宜しく輝血、雪、麻貴、沙穂がお茶をしている。お茶受けは南瓜の饅頭。 「雪は雪一筋な沙桐がいるし」 「か、輝血様っ!」 真っ赤になる雪に三人が笑う。 「お疲れさまお菓子を上げよう」 ひょっこり子供達の前に現れた溟霆が子供達に南瓜の饅頭を渡していく。 「あれ、珠々君、帯に何かついてるよ」 溟霆が珠々の帯に括りつけてある懐紙をとって珠々の手の上に置く。 珠々が開くと、赤い飴玉があり、懐紙には「及第点」「もっと笑顔を見せるように」とあった。珠々ほどのシノビが気取られないとは珍しい。 「これ、上原様の文字よ」 欅が言えば、若獅も覗く。 「どういう事だ?」 「おじいちゃんは珠々の笑顔がみたいって事じゃないかな」 キズナの言葉に珠々が固まった。 「そういや、さっきの帳簿もタイミングが良かったな」 「多分上原様だな」 「ああ、未亡人のこと調べていたんだと思う」 椎那と樫伊の言葉に珠々がはっとなる。 「これ、私の及第点じゃないじゃないですかー!」 珠々の叫び声は小春日和の秋の空に響いていった。 |