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■オープニング本文 明日は繚咲に戻る日、取引も自分にとってはよい方向に向けて終わった。 宿では息子が雑務処理をしているので、帰ったら少し休暇を与えてやろうと商人はほろ酔い気分の中で思案していた。 背で月の光を受けている男の影は先を歩いている。 自身の影が他の影とぶつかるのを男は見た。 消火用の桶の影か‥‥猫か‥‥ 否、人だ。 女だ。 着物姿ではない。 「シノビか‥‥」 侮蔑の色を含んだ商人が呟いた。 そのシノビは何も言わずに男へと駆け出した。 手には苦無。 殆ど手入れもしてなく血脂が錆のようにこびりついている。 男が最後に見たのはそれだった。 シノビは商人に馬乗りになって苦無で命を奪った。 事切れたことに気付くと、シノビはゆっくりと立ち上がり、欠けた月を見上げた。 どこかあどけなさも空虚さも感じる瞳。 返り血が手からゆっくり滴る。先ほど殺した男の血だ。 血を拭うこともせずにゆっくりとシノビはその場から消えた。 数日後 武天は繚咲が領地、天蓋のとある庵。 台所では年若い娘の可愛らしい笑い声が聞こえる。 「まぁ、お兄様。それでは芋の食べる所がありませんよ」 着物にたすき掛けをして野菜を切っている娘が笑っている。その隣で屈んで芋の皮を剥いている男の剥いた芋の形があまりにも小さすぎている。因みに皮は分厚く剥いてしまっている。 「うむ‥‥難しいものだな」 「私も最初は酷かったのですよ。一緒にやりましょう」 「そうだな」 娘も屈んで顔を合わせて芋を剥く。少しもたつく時もあるが、娘は芋の皮を薄く剥いていく。そんな妹の姿を見て男は兄として泣きそうなくらい嬉しくそして、自身のした事を本当に後悔する。 「おはようございます。秋明様、一華様」 笑顔で話しかけてきたのは庵の主の孫娘にあたる架蓮だ。 「架蓮さん、おはようございます。わ、きのこですか」 「ええ、もう時期ですからね。昼は炊き込みご飯にいたしましょうか」 架蓮が抱えている笊の中にはきのこが入っていた。 「沙桐様は朝の鍛錬をしております。架蓮も手伝いますので支度をしてしまいましょう」 架蓮が言うと、二人は食事の用意を始めた。 温かい朝食が食卓に並ぶと、汗を拭いた沙桐が現れる。 「頂きます」 領地を統括する領主と仕えるシノビと領主の元見合い相手とその兄が一つの卓を囲んで食事をする。 最初は領主と卓を囲むなんてと遠慮していた兄、秋明であったが、沙桐は食事は多い方がいいと言い切り、一華も沙桐と架蓮を兄姉のように慕い、沙桐と架蓮も一華を妹のように面倒を見ている事から一緒に食べる事になっている。 庵の主である爺さんもいる時は一緒に食べている。 食事が終わると、沙桐と架蓮は後片付けを兄妹に任せて二人は沙桐の自室に入る。 「ばあ様、とうとう抜け出したんでしょ」 「何でもござが一枚盗まれていたとか」 「いいなー」 「それはともかく‥‥貌佳の商人が殺されました」 こほんと、架蓮が咳払いをすると、沙桐が静かに彼女の方を向く。 「特に悪い事をしたような点はありませんでしたが、死体は刀というよりも殆ど錆びた鉄で皮膚を引きちぎられたような状態でした。一見すればアヤカシに喰い殺されたかのように肉がこそげ落ちていたようです」 「殺傷箇所は」 「数えられないほどです」 間髪入れずに言い切った架蓮に沙桐はうーんと腕を組む。 「私怨と思いたいけど、殺意があるなら錆びた鉄のようなものでやるかな‥‥衝動的にやったとしてもそうそうに錆びた鉄なんて転がってないだろ」 「臓物は傷ついてあったものの、一応は数は確認できたそうです」 「貌佳の人間だし、ちょっと気になるから調べようか」 そわそわしながら沙桐が立ち上がる。 「開拓者を呼んでですか?」 困ったように笑う架蓮に沙桐は「勿論」と返した。 |
■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167)
17歳・男・陰
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 御簾丸鎬葵(ib9142)は依頼人に会うなり目を瞬いた。 話には聞いていたが理穴の役人とよく似ていた。 「俺も話は聞いているよ。どうぞ宜しくね」 人懐っこくにこっと笑う沙桐を見て鎬葵は別人と感じた。 「君も兄上とよく似てるね」 「そんなことありません」 にこやかに笑う沙桐に鎬葵は少しだけふてくされたようにそっぽを向いた。愚兄と評しつつも、血の繋がりを感じる事を伝えてくれるのは密かにくすぐったく感じる。 麻貴も同様によく似てると評し、その表情がよく似ていた。 「沙桐殿もよく似てますね」 「ほんと、ありがとう」 鎬葵の言葉に沙桐が嬉しそうに笑う。本当に似てると言われて嬉しいようだ。 「今回も宜しく頼む」 沙桐が言えば、開拓者達は頷いたが、滋藤御門(ia0167)の表情は浮かない。 「どうかしたの? 綺麗な顔が台無しだよ?」 首を傾げる沙桐に御門は溜息をつく。 「‥‥何となく、嫌な予感がして‥‥」 「俺もするよ。それが的中しても君等なら止められるって俺は信じてるからね」 沙桐の言葉に御門はこくりと頷く。 「沙桐君はどうするの?」 溟霆(ib0504)が尋ねると、沙桐は現場の方へ向かうと言った。 ● 遺体の確認に赴いた開拓者達はその惨状に息を飲まざるを得なかった。 凄惨。 そんな言葉だけが浮かび上がる。 輝血(ia5431)や溟霆は遺体をしっかり見ていたが、珠々(ia5322)は傷口より感じる正気に触れる感覚に飲まれないようにゆっくりと深呼吸をした。 深呼吸をして、珠々は自分が微かに震えている事に気づく。 先輩シノビ達は傷口について語りだしている。聞かなくてはと珠々は自身を落ち着かせる。 「急いで慣れようなんて思っちゃ、だめだよ」 ぽそりと沙桐が珠々の肩に手を置き、呟いた。 沙桐の言葉に珠々は戸惑っている。 「成長の妨げはどうかと思うよ」 輝血が後ろを振り向かずに言えば、溟霆がくすくす笑う。 「沙桐君は平気なんだね」 「慣れてるし。ウチの姪っ子あんまいじめないで」 どうやら沙桐の方まで話が言っているようで、珠々は固まるばかり。 「まぁ、確かに」 「鍛えられないじゃない」 大人達のやりとりに珠々は困ったように見上げつつおろおろしている。 「とりあえずぱっと見した僕等の考えとしては全く躊躇いのない傷。衝撃で死んだんだろうけど、最初の一突きは心臓だね」 溟霆が珠々に対して丁寧に傷口の説明をする。生唾を無理矢理飲み込んで珠々は溟霆の話を聞き、傷口を見ている。 二人の様子を見て沙桐が微笑ましそうに眺めている。 「にやついてるよ」 輝血の言葉に沙桐がふふっと笑う。 「珠々ちゃんが初々しいなって」 「いやらしいね。珠々は面の顔が固いんだよ。シノビとしては基本だけど」 輝血が言えば、沙桐はそうだねと少しだけ寂しそうな表情を向ける。 「とりあえず、現場へ行こうか」 輝血が切り上げると、珠々は輝血の背を追う。 「珠々君は君が思ってる以上に強い子だよ」 溟霆が沙桐に言えば、「失礼だったね」と沙桐が笑った。 現場には鎬葵がいた。 雨が降った日がなかったおかげで血が遺されたままだった。 洛苑が歩いてきただろう方を視界におくように立つ。つまり、犯人が洛苑と向かい合っていただろう立ち位置だ。 そこからぐるっと、鎬葵は周囲を確認するように見回す。 場所は隠れるような所はなく、あるとすれば消火用の桶くらいなものだろう 確実に返り血を浴びているだろうと思うが、その返り血の足跡が見当たらない。 「鎬葵ちゃん、どお?」 声をかけたのは沙桐だったが、鎬葵は困ったように瞳を伏せた。 「ほとんど足跡もありません。もしかしたら、屋根を伝ったのかもしれません‥‥」 シノギが言えば、珠々は「わかりました」とだけ言ってひょいっと、近くの屋根に登る。 「血の痕跡がありました」 どれと、溟霆と輝血も上がると、確かにと頷く。 「ちょっと追います」 「深追いはするんじゃないよ」 輝血の言葉に珠々が頷いて走っていった。 「相手はシノビ確定だね」 溟霆と輝血が降りると、そう告げた。 「凶器の特定は」 鎬葵が尋ねると、苦無が濃厚と溟霆が答えた。 「あたしと溟霆の意見は一致したのは匕首や苦無に近い形の小さい刀なんだけど、どうにも皮や肉が強引に引き裂かれているし、あとこれ、肉に引っかかっていた」 輝血がそっと手の平を開いて見せたのは血の中に混じった何かの塊。 「さび‥‥ですか」 表情を固くしつつ呟く鎬葵に輝血は頷いた。 「血が乾いたものだよ」 「血糊を拭いていない、碌に手入れもしていない武器で殺害した‥‥というわけですか」 大抵の玄人は自身の得物はきちんと手入れをしているものだ。それを怠るというのに鎬葵は少々違和感を感じる。 「大体こんな感じかな」 溟霆が折った懐紙は苦無の形をしていた。 「本当は鍛冶屋とかで試したかったけど、この街なくてね」 「天蓋行けばあるんだけどね」 肩を竦める溟霆に沙桐がおっとり応える。 「シノビ‥‥ね、碌な終わりになさそう‥‥」 輝血が碌でもないシノビ筆頭を思い出すのは火宵と柊真だった。 父を亡くし、落ち込んでいる皐月に面会したのは御樹青嵐(ia1669)、輝血、フレイア(ib0257)の三人。 「この度はお悔やみ申し上げます」 沈痛な様子で皐月に頭を下げたのは青嵐だ。 「いえ‥‥」 うなだれる皐月は生気も見えなかった事にフレイアは痛ましそうに目を細めた。 輝血は青嵐に任せて後ろを控えている。 自分では情報を引き出せない、そんな気がしたから。自分で出来ることは傍観者となって皐月の様子をしっかり観察する事だ。 「お父上はどのような方でしたか?」 「父は息子の私が言うのもなんですが、いい人でした。商売は厳しい方でしたが、店の者達に対してしっかり経営方針を諭すような人で、他の店の人からも嫌われるような事はありませんでした‥‥ただ‥‥」 「ただ?」 俯いた皐月の言葉に青嵐が促した。 「‥‥祖父は貌佳の領主の血縁関係の人で婿養子でウチに来たそうなんです。祖父の考え方をそのまま教わった人で、折梅様にとても反感を持っていました。私はそこだけが嫌でした」 「貴方は? 折梅様をどうお思いで?」 青嵐が尋ねると皐月は「立派な人と思います」とはっきり言った。 「お店はどのような商売をされているのですか?」 フレイアが尋ねると、皐月は絹の紡績と機織を一手に担っている問屋と言った。 「貌佳は蚕の養殖が盛んなのです。ウチは貌佳でも大きな店になります」 「今回の取引先は?」 「染物の工房と取引のある問屋です。理穴とかにも染物材料として出荷しておりまして」 ようやく口を開いた輝血の言葉に皐月は素直に答える。 「皐月さんは今回、洛苑さんが誰かに狙われるという事に心当たりはなかったと」 フレイアが確認すると、皐月はしっかり頷いた。 血の跡を追っていった珠々は犯人の判別をしていった。 足の幅からして女。 しかし、無防備だと珠々は思う。 人は滅多刺しにするし、獲物の手入れはしてないし、返り血そのままで戻っている。 ただ、遺体を見たシノビ三人と沙桐の考えは一致している。 玄人だ。 それも開拓者シノビの上位に近い戦闘能力を持つシノビ。 珠々が相応の力を持つ者を他に知っているのは似たようなあの二人だ。 火宵と柊真。 だが、二人はあんな殺し方は絶対にしない。 武器だって綺麗にしている。 思考を止めると足跡がかすれて、血痕も消えてきている。 この辺かなと珠々が見回したのは治安が悪そうな裏路地だ。よく見れば、浮浪者のようなごろつきのような連中が道端で寝転がっている。 「この辺にねぐらがあるのでしょうか‥‥」 珠々が注意深く様子を見ていた。 「あら」 鼻にかかる甘い声に珠々は顔をあげた。 道の一本向こうの民家の屋根の上に人が立っていた。 だらしなく膝まで伸ばされた黒い髪に無垢に澄んだ水色の瞳の女。年齢は二十代後半、動きやすそうに露出の高いシノビ服で太ももが露になっている。 美しいと形容してもいいはずだが、その言葉は出なかった。 女の左半分、頬から膝にかけて醜い火傷の痕があるのだ。その炎に嘗められた肌の名残に沿って百合文様の刺青をしている。 「どこの黒猫ちゃんかしら」 首をかしげてにこりと言う女に珠々はごくりと生唾を飲む。 「またね」 そう言うと、女はどこかへ飛び去った。 珠々が動かなかったのは彼女に並ならぬ狂気と長い髪に生臭い血の匂いを感じたから。 戦いとなり、一人で戦ってどうにかできるとは思えなかった。 ゆっくりと珠々は戻った。 溟霆は現場で周囲の民家の犬の様子を聞き込みしていた。 「その晩? ああ、確かに犬がうるさかったですよ。叱り飛ばしたら大人しくなりましたが」 様子に気付いていた犬が居たらしいが、特に何もされていなかったようだ。 他に犬を飼っている家にも話を聞きに行ったが、確かに鳴いていたが特に異変はなかった。 特に気にしていなかったって事かなと溟霆が思案しつつ、もう一度現場に戻ろうとした瞬間、屋根と屋根の間を飛ぶ影に気付いて顔を上げた。 長すぎる髪が印象的な女が飛んでいた。だが、纏うものは尋常とは言い難い。 記憶にとどめるのみにし、溟霆は女を見送った。 その後、現場に戻った珠々は見かけた女の話をすると、溟霆が見た女と一致した。 フレイアは洛苑の取引先の店に現われて店主に話を窺がった。 洛苑はよい取引先で評判がよかった。そして、その死を残念だと言っていた。 殺された当日は取引成立のささやかな酒盛りだったようだ。夕方頃から夜まで居たらしい。 更にフレイアは飲み屋街辺りに向かって、洛苑がこの辺に現われていたのか、もしくは彼の情報を漁る者がいたが確認を取ったが、何も出てこなかった。 更に深まる謎にフレイアは目を細めるしかなかった。 皐月より取引先を教えてもらい、覚書をしていった青嵐はそっと溜息をついた。 青嵐の目から感じ取った事は息子の皐月は本当に何も知らないようだった。 皐月の知らないところで洛苑が何かやっていたのかもしれないが‥‥ 「疑心暗鬼になってしまいます‥‥」 ぽつりと青嵐が呟いた。 「そうだね‥‥こんなに手がかりの少ないものだからね。何でも疑いたくなるよね」 輝血は青嵐と肩を並べて歩いている。 どこか客観的に言っているのは輝血はもう、疑う事を放棄したから。 青嵐はそうではない。解決へと心を震わせ、もがいている。輝血は眩しそうに青嵐を見た。 「それは感情があるってことだよ」 自分にはないもの。 どこか羨ましく輝血は感じてしまう。 だからあたしのことなんてさっさと諦めちゃっていいんだよ 心で思っても輝血は言葉にはしなかった。 その代わりに俯いた。理由なんかわからない。 貌佳に到着した御門と鎬葵は架蓮に出迎えられていた。 「御門様、お待ちしておりました」 架蓮がぺこりと頭を下げる。 「お久しぶりです。今回は宜しくお願いします」 御門が言えば、鎬葵も頭を下げる。 「御簾丸様ですね。お初にお目にかかります。鷹来家のシノビをしております架蓮と申しますどうぞ宜しくお願いします」 架蓮は至極普通の町娘の格好をしていた。 御門は洛苑の店に入り、番頭と話せた。 店は順調で、嫌がらせをされることはなかった。 洛苑は基本的に誰かに嫌われるようなことはないが、一つだけ問題点があれば、彼は昔の繚咲の気質を持っているという事。 「昔‥‥」 はっとした御門が思い出したのは繚咲の因習だ。 「三領主の血族は今でもその気質を持っている方が多いのですよ」 そっと番頭が困ったように囁いた。 洛苑の祖父は貌佳の領主の分家に当たる血筋だと番頭が教えてくれた。 子供は上に息子、下に娘がいるらしい。 娘を貌佳直系の息子の相手にと推していた事もあったようだ。 「あと、蚕の養殖の件で貌佳の領主と手紙をやり取りしていたようですが」 「どんな事か分かりますか?」 「‥‥貌佳の東の森は一部魔の森に侵食されているのです」 番頭の言葉にすっと、御門は目を細めた。 鎬葵は洛苑の商売仲間の所に顔を出していた。 皆、洛苑の死を知っており、「惜しい人を亡くした」と言っていた。 「ちょっと不思議なんだ」 一人の商人と会った際に、商人が呟いた。 「逆の立場なら殺されてもおかしくはないんだ」 「どういう事ですか」 「お嬢さんは知らないだろうが、ここは四十年以上前まではシノビは人間以下の扱いを受けていたんだ」 目を伏せる商人に鎬葵ははっと目を見張る。 「今でも昔の体質の人間は居るからな。折梅様の手先となろうものなら命の危険もあったが‥‥奴さん、逆の立場だからな」 「‥‥つまり、折梅様を敵と見なす方なのに殺されるのは不自然と‥‥」 「俺はそう思ってるが‥‥真実は分からん。お嬢さん、深追いするなら気をつけろよ」 そう言って商人は話を終えた。 御門と鎬葵が貌佳から戻り、全員で情報交換。 ここでしっかりと一致したのは、商売上、恨まれるような事はしていないとの事。 いくつか気になる点があったのは繚咲の古い考えの持ち主である事と、折梅を嫌っていた事。 溟霆と珠々が見た女の事だ。 直感的に考えて犯人な気もするが、どうにも証拠もない。 「とりあえず、似顔絵でも描いておきましょうか」 フレイアが珠々と溟霆の証言を元に似顔絵を描く。 「皐月の方にも何か行きそうだね」 ふぅと、輝血が溜息をつく。 「今の所は何もなさそうですが‥‥」 青嵐の呟きは心配の色を滲ませている。 「とりあえずは俺の方で皐月を護ろうと思うよ。繚咲に戻させる」 沙桐が言えば、開拓者達が頷いた。 「そうだ、珠々君は今回頑張ったからごほうびだよ」 思い出したように溟霆が珠々に渡したのは月餅だ。 「ありがとうございます」 芍薬の形をした月餅を見た珠々キラキラと目を輝かせながらじっとお菓子を見つめる。 「美味しい時に食べるものだよ」 月餅に穴が開くのではないかと言わんばかりの珠々の様子に溟霆が微笑む。 「頂きます」 珠々が月餅をかじってあっと思い出す。 「そういや、月のような人でしたね」 「そうだね。満月みたいな印象だったね」 溟霆と珠々が思い出したように頷きあう。 月といえば夜‥‥火宵を御門は思い出していた。 今、彼は武天に居る。 彼は何をしようとしているのだろうか‥‥ シノビという因子に御門は胸騒ぎを感じるしかなかった。 |