【繚咲】榾杙の糸
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/11 19:41



■オープニング本文

 その日、雪が降った。


 理穴監察方の役所にいた麻貴は空を見上げて降り積もる雪を眺めていた。
 大きなぼたん雪が緩やかに下降し、地を雪に染める。
 雪の一片が麻貴の頬を撫で、麻貴の体温にじんわりと融けた。
 切れ長の瞳から大粒の涙が零れて融けた雪を抱きしめるように頬を伝い、落ちた。


 武天が領地、繚咲当主の沙桐も空を見上げた。
 冬の繚咲は豪雪地帯であり、見目鮮やかな四季が見られる。
「麻貴、泣いているのか‥‥」
 沙桐もまた、涙を零していた。
「とりもどすから、麻貴は俺の片割れだから‥‥」
 そして、己の花嫁を迎え入れる為、少しでもこの領地を変える為に‥‥



 武天が統治する領地が一つ、その名は繚咲。
 四つの小領地があり、それぞれに高砂、貌佳、深見、天蓋と名がある。
 その小領地を纏め、繚咲を統治しているのが有力志族の鷹来家だ。
 現在の当主は鷹来沙桐。
 鷹来家では前例のない、母方が他国の者である事だった。
 本来、沙桐には双子の姉がいたが、それは鷹来家、四領主の下、その記録を抹消された。
 繚咲は血を何よりも大事にする。
 その長たる鷹来家当主に他の国の者の血が流れているのは許されない事だから。

 運命の悪戯か、沙桐はその双子の姉と会う事が出来た。
 自分と同じ顔をし、本能が告げるのだ。
 己の片翼と‥‥


 時は過ぎ、沙桐は強い意志を持つ。
 全ての願いを叶える為。

 今、彼等の前に立つのだ。



 鷹来家の屋敷は高砂の中でも他の小領地に近い中心部分にある。
 小領主の屋敷と鷹来家の屋敷はそれぞれ一本道となっている。
 沙桐は鷹来家の屋敷近くに来て静かに屋敷を見上げてゆっくりと息をついた。
 本来は自分の住居なのにとても居心地が悪い。
 昔からここに自分の居場所はなかった。よく、天蓋の領主の庵に行っていたものだった。
 だが、これからは自分が切り拓かねばならない。
 未来の為に。

 仰々しい迎えに辟易しつつ沙桐は奥へと向かう。
 肌を刺す空気は正に針の筵。
 先に来ていて案内してくれるのは蓮誠だ。
 蓮誠が襖を開けると、そこには繚咲の有力者と三領主、そして管財人の折梅に現繚咲当主代行の叔父。
 まだ傷の残る沙桐の姿に誰もがざわめきの声を上げる。
 沙桐は見世物の自分を気にせず、叔父の前に座る。
「此度、お前を呼んだのは言うまでもない。あの焔のアヤカシの事だ」
 口を開いたのは上座に座る叔父だ。
「討伐は考えている。あのようなアヤカシがいれば繚咲は火の海となるだろう」
 沙桐が返せば、叔父は鼻で笑う。
「まぁ、確かにその通りだな。お前はまだ呪花冠を諦めていないのか」
 不敵に笑い、見下すように叔父が言うなり、その場がざわめいた。
 

「おぞましい」
        「まだ生きているのか」
    「浅ましい」


 沙桐の耳に容赦なく突きつけられる声。
「私は諦めない。麻貴は鷹来の名を名乗らせる。そして、自身の花嫁を迎え入れる!」
 朗々とした声で宣言する沙桐の声にどよめきが走る。
 ここにいる過半数以上が自身の娘を嫁にと推しているのだ。
「繚咲の者ではないな」
「そうだ」
 高砂領主の言葉にきっぱり言い切った沙桐の言葉に広間はもう謁見の状態ではなかった。

「静粛になさい」

 凛と張る声に誰もが口を閉ざした。
 その声に逆らえる者などいるのだろうか‥‥否だ。
 鷹来家管財人の折梅の声。
「麻貴さんと当主の婚姻に関しては三領主の了承を得る事が優先されます。今まで平行線だったので、条件を提示いたしましょう」
 明朗な折梅の声が響いても誰も口を開かない。続きを待っている。
「焔のアヤカシを討伐してみろ。あれはいずれ繚咲を焔で呑み尽くすだろう、誰も命は落としたくないだろう」
 じろりと叔父が三領主、有力者の方を見やる。
 彼からもまた、その焔を見たのだろう。恐怖に口を閉ざした。
「まぁ、それならば何も言うまい。だが、期限をつけるべきではないかな?」
 静寂の中、声を上げたのは高砂領主。意見に頷いた叔父は少し思案する。
「一年だ。それならば文句は言うまい。まぁ、他に奴を討伐した者がいるならば、お前は全てを諦めろ」
 叔父が口を開けば沙桐は解ったと頷いた。
 この中に多大な財を投げ打ってまで兵を集め、勝てるかも解らないアヤカシと戦う気はないだろう。天蓋を動かす事が不可能と思うから。
 火中の栗は他人に拾わせればいい。
 沙桐が命を落としたのならば、折梅を暗殺させ、自分がのし上がれるのも可能と思う者も確実にいた。
「これにて本日は終了とする」
 叔父が終了の声を上げた。



 一方理穴では少々問題が起きた。
「ぼく、武天に行ってみたいです」
 そう言ったのはキズナだった。
 あの焔のアヤカシ‥‥百響の戦闘の後、火宵と破月こと満散の行方不明の顛末に涙をしていた旭とキズナであったが、ある日、柊真にそう切り出した。
 それには柊真は顔をしかめた。
 実はキズナには戸籍がなかったことが判明し、更に火宵もわざと手続きを取っていなかったらしい。
 奴はこの事態を想定内としていたのだろうと柊真は判断した。
 一応は理穴の孤児として戸籍を作っている。
 実際にキズナは何一つ犯罪に手を染めていなかった。
 因みに旭は火宵の一連の事件の教唆と言う事で理穴からはもう出られなく、監察方の監視下に置かれた。
 だが、キズナは基本的には監察方の保護下においているので一人では旅に出せない。
 思案の末、柊真と副主席の真神梢一は主席に指示を仰ぐ事を決めた。
 主席捕獲実行の数日後、主席より「柊真もついていけ」と書かれたメモが麻貴の机の上に置かれていた。
 ついでに心慰みに花まで置いて。
「あのクソ‥‥」
 三徹した柊真の最後の言葉は怒り狂いすぎて誰にも聞こえなく、体力の消耗と寝不足による強烈な頭痛によってその場に倒れこんだ。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

 無垢なる被害者に溟霆(ib0504)は穏やかに見守るという事しか出来なかった。
「おねえさんにまかせるのです」
 どこで覚えたんだその言葉と御樹青嵐(ia1669)と柊真が頭を抱える。
 その問題発言を言ったのはキズナよりお姉さんの珠々(ia5322)。キズナは抵抗がないようだった。
「火宵‥‥よい教育をしたものです」
 珠々の脳内でお星様と化した火宵。男性陣は「いやいや、間違っているから」と全うなツッコミを入れる。
「未明達がよくやってくれてたよ」
「成程、任せてください」
 負けてなるものかと言わんばかりに珠々がやる気を起こす。
「ふぅん、抵抗しないんだ。火宵め、きちんと仕込んだな」
 ふむと考え込む輝血(ia5431)に青嵐は嫌な予感しかしない。
「今回は女一行となろうじゃないか」
 にこやかな輝血の様子に青嵐はどうしてくれようかと思案するが、何か許してくれない。これが惚れた弱みなのか。
「で、溟霆‥‥いない」
 振り向いた輝血が溟霆の名を呼べば、彼はもういなかった。
「麻貴さんに連れて行かれましたよ」
 一部始終を眺めていたフレイア(ib0257)が伝えると、輝血はちょっと不貞腐れた表情を見せた。

「女性に連れて行かれるのはなんだかときめくね」
 くすくす笑うのは溟霆だが、自分を連れ去った人間の様子に彼は穏やかに微笑む。
「彼は大丈夫だよ。輝血君に殴られたのがキツかったようだけど」
 溟霆の言葉に連れ去った人物こと、麻貴がほっと息をつく。
「今回は彼女もいるから大丈夫」
 溟霆が声をかけると、麻貴はその声のかけ方に振り向いて目を見張る。
「‥‥麻貴様、お加減は‥‥」
 控えめに白野威雪(ia0736)が声をかけた。つい、後を追い、離れた所でおろおろしていたようだ。
「ああ、平気だよ。気遣いありがとう」
 麻貴が大怪我をしたのは数ヶ月前の事というのを溟霆は二人を見て思う。
「私は繚咲にいけないが、二人とも、沙桐を頼む」
 麻貴が二人に託した。
 どうにか復活した柊真がキズナの出来栄えに頷く。
「凄い出来だな。珠々がやったのか」
「はいっ」
 こくこくと頷く珠々に柊真が彼女の頭を撫でる。
 輝血の青嵐の女装も恙無く終わり、青嵐は美女へと変わっていた。
「相変わらず、安定だな」
「当たり前」
 素っ気無い柊真のコメントであるが、輝血はその意図をしっかり受け止めている。
 彼女等の支度を見ていた御簾丸鎬葵(ib9142)はただ感動するばかり。
 実際彼女は剣を取るようになって化粧すらしないのだが、どこか心をくすぐる。
「柊真殿はなさらないのですか?」
「お供役で同行させてくれ」
 母親の面影を持つ柊真もまた似合わない事はないが、無理にするものでないのは自分が一番解っている。


 道中は令嬢とそのお供という事で行動していた。
 キズナはいつもと違う格好をするのが楽しい様でワクワクしていた。
「ねぇ、キズナ」
 声をかけたのは輝血だ。キズナは素直に「はい」と返事をする。
「あんたは武天にいって何がしたいの」
 キズナにとって武天はあまりいい記憶がない。物心つく前から両親を亡くし、親類に虐げられてきた場所。今もその傷はキズナの心奥深くに潜んでいるのが輝血の問いかけを聞いたキズナの表情だけで理解できた。
「‥‥ぼくは、納得したいんです。火宵様が何を見たのか、何をしたかったのか‥‥そして、何が残ったのか‥‥話だけじゃ、納得できないから」
 しっかりとした口調のキズナに輝血が溜息をついた。
「だよね。折角だから、好きな事をすればいいよ。あいつもそう思ってる」
「火宵様はいつもぼくにそう言ってました。何かしたい事を見つけろと。旭様も、未明も曙も‥‥」
 ぽつりとキズナが口を開いた。
「誰かに何かを望まれて生きるって、凄い幸せなことなんだよ。よく覚えておきな、あんたはあいつらに好きに生きてほしいって思っていたんだ」
 最初開拓者に出会ったキズナが意志を持ち、今、武天に行こうとしている。それがどんな成長かここにいる誰もが解っている。
 その言葉を言った輝血もまた、今、望まれて生きているのだ。
「わたしも、のぞまれているのですか」
 ぽつりと呟いた珠々に柊真が少し睨んで見下ろした。
「そんな事当たり前な事言うな。人参食わすぞ」
 恐ろしい言葉に珠々はちょっと涙目になりつつ黙った。だけど、怖くはなかった。
「仲のよい親子ですね」
 雪と鎬葵が笑い合うと、珠々は恥ずかしそうに俯いたが、柊真が握ってくれる手は離さなかった。


 無事に武天に着けば、沙桐が待ち構えていた。
 女装姿で。
 ぎくりと輝血は少しだけ動きを止めた。脳裏に焔の百合の綿帽子が揺らめいた。
「あまり麻貴さんに似てない感じがしますね」
 フレイアが言えば、沙桐はああと頷いた。
「ちょっと化粧で雰囲気変えてもらった。蓮爺曰く、若い頃のばーさまにそっくりなんだって」
「折梅様はお二人に似てますものね」
 久々に聞く名前に雪が笑顔を見せる。
「私ももう少し頑張りますっ」
「頑張んなくていいよ‥‥」
 謎の抱負を叫ぶ鎬葵に沙桐はがっくりと項垂れた。
「さて、僕は繚咲を回るよ」
 溟霆が言えばそれぞれの目的の場所へと向かった。


 珠々、雪、フレイアは柊真とキズナを連れて火宵が最後にいた場所にいた。
 百響が最後に放った焔のあと、どう動いたかは誰もわからなかった。
 その場所は地盤が崩れており、更に火でまっさらな状態であったという。
 現在は捜索のため、掘り起こされてあった。
「ここで戦いがあったのですか」
 キズナが周囲を見回して確認するように呟いた。
「ありましたよ。私はあの時、曙に守ってもらえました」
 あの戦いの生き証人たる珠々の言葉にキズナは黙って聞いていた。
 フレイアは地崩れが起きた場所へ降りていった。近くに薬草がないか調べたが、文字通り、地が崩れてしまい、草も殆ど流れた土に飲み込まれていったのだ。
 誰もが火宵と満散の生存を考えている。
 火宵が四肢をちぎられない限り生きてそうだと思うし、満散は生き延びた実績がある。
「フレイアさん、この辺一里は土砂にまみれているよ」
 ロープを支えていた沙桐が下のフレイアに声をかける。
 フレイアはその言葉を聞き、あの二人ならその距離を動けられる可能性を感じた。
「それより向こうは薬草はありますか?」
「それなりに自生してるよ。俺は分かりやすいのしかわからないけど、シノビならわかるんじゃないかな」
 ふむと、考えたフレイアはその向こうを見据えた。
 その向こうにそびえるのは百響がこちらに向かってきた魔の森‥‥

 フレイアを引き上げて向かったのは火宵の塒。
「塒にされていた場所はそのまま保管されてあるよ。ちょっと見たりさわったりしたけどね」
 沙桐が案内すると、繚咲とほど近い山間部にひっそりと陣営を構えていた。
 どうやら沙桐は一度きた事があるようだった。
「火宵が使っていただろう場所だ」
 キズナだけが中に入り、物色する音がする。
 暫く音がなくなると、鼻を啜る音が聞こえる。珠々が柊真の方をむくと、彼は珠々の背を押した。珠々が入ると、キズナは泣いていた。手には紙があった。キズナの瞳と同じ薄い水色の和紙。その文字は火宵の文字だった。
 細筆で流麗な文字はまさしく彼のもの。
「‥‥火宵様‥‥」
 キズナに向けたその言葉は子を思う父親のものと珠々は本能で感じた。
 火宵は最初から死を覚悟していた。だが、キズナを残すことが気がかりで、この塒をわざと残して手紙を置いた。その中の一つに母親の旭を頼むというものだ。監察方の上原家にいる事を考慮していたのだろう。
 キズナの主体性の無さを何よりも心配していたのは火宵だったようだ。
「火宵が残してたのはそういうことだったんですね‥‥」
 火宵の性格ならば、塒も跡形なく消してから討伐に入るのに残していたのだ。
 ころりと雪の瞳から涙がこぼれ落ちた。沙桐がそっと雪の肩を抱く。彼女を壊さないように‥‥

 一度天蓋に向かった鎬葵は途中、蓮誠に会った。
「蓮誠殿、お久しぶりでありまする」
 何度か通った領地であるが、見知った顔を見ると自然とほっとした表情を見せたが、蓮誠はどこか疲れていた。
「貴女を迎えるようにと架蓮に急かされて‥‥」
 目を見張る鎬葵に蓮誠は一華達に天蓋から貌佳に行けば時間がかかるし、疲れるから蓮誠の馬で迎えに行けと言われたようだった。
「私は武人故、これしき鍛錬にも‥‥」
「皆、貴女や開拓者が好きなのです。だから疲れてほしくないのです。私も手伝える事があれば手伝いたいです」
 仏頂面から穏やかに笑う蓮誠に鎬葵は素直に頷き、彼の馬に乗った。

 溟霆は行商人の格好をして深見へと向かった。
 山に面した場所は彼の故郷によく似ているというのが気に入ったようだ。
 たまたま声をかけられたのは茶屋の大女将。
「貌佳は養蚕で栄えてるようだけど、こちらもやってるのかい?」
「いいや、こっちは山だからね。木を削って楽器を作ってる方が主だよ。山は鉱山でもあるから、ちょっとだけど簪なんかに飾る石も取れるよ」
 休憩で入ってきた女中の娘達が神楽の行商人が来ている事を聞きつけて興味深そうに遠巻きに見ている。気がついた大女将が手招きをする。
 更に娘たちの話も聞きつつ、夜春を発動させていた溟霆は時機をみて、色々な話を聞いて本題をこっそり滑り込ませた。
「深見は結構静かな佇まいに思えるんだけど、領主もそういう感じなの?」
 溟霆の言葉に娘達はうーんと顔を傾げ合う。
「気難しい方と聞いているわ」
「結構見回りとかも厳しくて、あまり事件とかもないのよ」
「あまりお姿を見せる方ではないの」
「そのかわり、若花王様がよく見回りに出ていらっしゃるのよね」
 きゃわきゃわと娘達が言えば、溟霆は首を傾げる。
「深見の領主はここの者達に『花王』と言われてるんだよ。その跡取りは『若花王』って事だ」
 大女将の言葉に溟霆は素直に頷いた。
 後はとりとめない話になったので、上手く纏めてその場を辞した。


 意外な賑わいなのは高砂だった。
 繚咲最大の土地の規模であり、領地の中心であるこの街には鷹来家の屋敷もあるのだ。
 高砂は二人とも酒が好きな事もあり、中々気になるものもあった。
「いくつかあるけど、香雪様は季春屋の酒がすきなんだよ」
 酒屋の女将から香雪の名前を聞いた青嵐は話を聞き出そうと香雪様は誰かと尋ねた。
「繚咲を取り仕切り、尽力して下さっているお方だよ。あたし達女がこうして笑顔でいられるのも香雪様のお陰なんだよ」
「女性?」
 きょとんとなる輝血に女将さんは困った顔を見せた。
「ここはね、女は中にいて、家の家具となれと言われていたんだ。繚咲を護る天蓋の者はその生れだけでそれはもう、酷い目に遭っててね‥‥」
「それを救ったのが香雪様という方ですか」
 青嵐の相槌に女将はにこやかに頷いた。
「今は領主は沙桐様。香雪様の御長男の御令息だよ。香雪様によく似た素敵な方でね。一度お話した事があるけど、お優しい人だったよ。今は花嫁探しで一悶着中でしょう、早くいい人が見つかればいいけど、今回ばかりは血が流れるかも‥‥」
 そこまで言うと、女将は口を噤み、二人に今のはナイショだよと小声で言った。
「領主の花嫁だとやっぱり利権とか絡むんでしょ」
 輝血が言えば、女将は苦いものを口に含んだように笑う。
「ここだけの話だけど、御長男は暫く身を隠されていたようでね。沙桐様もいつの間にか鷹来家にいたらしいんだよ」
 それは二人も知ってる。沙桐と麻貴の両親は駆け落ちをし、双子を授かったのだ。そして、両親を殺された。
 他数件、回ったが、鷹来家は沙桐、折梅と当主代行‥‥沙桐の叔父に当たる雪中は評判がよく、その代わり三領主は評判があまりよくなかった。
「どうかしたの?」
 輝血に声をかけられた青嵐は少し緊張した面持ちでいた。
「たまには酌位するよ。ほら」
 そう、輝血が青嵐に酌をしているのだ。たまどころか初めてではなかろうかと思案する青嵐はなんでだろうかと疑問の眼差しのまま酒を飲むが、愛しい人が注いでくれる酒はいつもより美味しく感じる。
「高砂は葛先生の生れって前に聞いた」
 ぽつりと瞳を伏せた輝血が呟いた。
「こういう所に産まれて育っていたんだね」
 鷹来家の嫁入りの為の道具としてそのまま、高砂領主の家を出なければ自分との出会いもなかった。
「‥‥いかなる事があれど、今この瞬間までは真実です。葛先生は輝血さんが好きだと思います。出会った事に感謝してみてはいかがでしょう」
 青嵐が言えば、輝血は「そっか」と素直に納得した表情に青嵐は言葉を失った。
 輝血の表情が穏やかでなんだか泣きそうで‥‥とても綺麗だったから。


 沙桐と共に天蓋を訪れた雪は久々に一華と会った。
 殆ど心神喪失状態であった一華であったが、雪の事は覚えていたようだった。心から笑う一華と会えて雪も笑顔がこぼれる。
「元気そうでよかった」
 ほっとする雪に一華が一転真面目になって雪の両手を握り締める。
「私も、兄も応援してますから! 天蓋の人達は皆味方です」
 その言葉に雪もこっくりと頷いた。
 女装のままの沙桐が天蓋を案内してくれた。誰もが雪の事をわかっているようだった。
「天蓋の連中はもう仕方ないからね。俺にとっちゃ、天蓋に行く事が楽しみだったよ。鷹来の屋敷じゃ全然心が休まらなかったし」
 天蓋の皆は家族と沙桐が言った。彼の横顔を見て、雪は切なそうに見つめた。
「今は麻貴もばーさまも皆も、雪ちゃんもいるからね」
 寂しくないよと、沙桐が笑う。雪の手をしっかり握り締めて。


 蓮誠と共に貌佳に訪れた鎬葵は皐月に会った。
 彼が所有する事になった養蚕工房は百響がいるだろう魔の森に隣接している。
 皐月は元気そうであったが、急がしそうでもあった。
「あの戦いの後、アヤカシ達も大人しいものです。人を攫う話も聞いてはおりませんので一安心ですよ」
 微笑む皐月に鎬葵はそうでしたかとしか言いようがなかった。
 身体が本能が未だに残るあの焔と刀を通して響くあの力量を怖れとして残る。
 皐月と会った後、魔の森付近の方にも行ってみた。
 心眼を使っても特にアヤカシらしき気配はなかった。いたとしても森の奥深くだろう。
「蓮誠殿、怪我人が治療を受けている場所はありまするか」
「天蓋にて治療中です。戻られますか」
 蓮誠が言えば鎬葵は頷いて踵を返す。
 必ずや、倒すと心に秘めて‥‥


 泣き止んだキズナと柊真を高砂に送り届けて自分は天蓋へと行こうとした時、珠々は足を止めた。
「気付いたか?」
 柊真の言葉に珠々は頷く。
「護ります。恩人になってしまった人の大切な子供ですから」
 キズナへの視線を珠々は感じた。
「とりあえず、泳がせておく。天蓋へ行くなら架蓮達にも伝えておいてくれ」
「わかりました。おと‥‥いえ、言ってきます」
「珠々!?」
 言い直しを期待していた柊真だが、珠々はそのまま天蓋へと報告に行った。