【繚咲】榾杙の裁き
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/31 20:37



■オープニング本文

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 深見領主である長楽の元に手紙が届いた。
 息子である常盤からで、普段の彼なれば目を通す事はないだろうが、持ってきたのが天蓋の諜報部隊の長であり、当主の直属のシノビの架蓮直々の面会に流石の領主も断れなかった。
 架蓮は長楽の執務室に面する縁側にて待っていた。
「深見当主令嬢、明日香様の事についてだそうです」
「貴様が何故、この手紙を」
 侮蔑の表情も含めて長楽が花蓮に問う。
「高砂にて、若花王常盤様のシノビをお見かけし、声をかけさせていただきました」
 天蓋の者ならば仕方ないと溜息混じりに長楽はその手紙を渋々開封した。
 常盤からの手紙には明日香は見合いに緊張して不安定になっているので現在は高砂にて気晴らしの観光をさせているとの事。
 現在は架蓮の保護の下にいるので、危険はない。
 必ず見合いの日取りまでには戻るというのを最後に手紙は締められていた。
 長楽は安心したのか、再び職務に戻っていった。
 その後、架蓮がざっと調べたが、この屋敷に忍び込んだシノビはいなくなっていた。
 どこかに仕事に行っているのだろうか、それとも姿を消したか‥‥


 沙桐は鷹来家の屋敷に赴いた。
 戻るためではなく、問い詰めるためだ。侍女や緑萼の部下達が沙桐を止めるが沙桐は構わず中を突き進む。
 目的の部屋に着き、容赦なく戸を開ける。
 部屋の主である緑萼はゆっくりと無礼な来客に目を向けた。
「見合いの話を勝手に進めたと聞いた」
 沙桐が低い声で言えば緑萼は「そうか」とだけ言った。この叔父とは物心ついたときから馬が合わない。
「人の意志は関係なしか」
「当日お前が深見にいれば問題はないだろう。あの大アヤカシの件もある。繚咲にいるのは確実だ」
 淡々と緑萼が言い終わると手元を仕事に落とした。
「見合いするだけでお前が嫁にしたいと思う娘は諦めるのか。見合い相手が山といるのを知らぬのか」
「知っている。彼女を侮辱するな」
 緑の瞳に怒りの色が灯される。
「ふん、上せるのも大概にしろ。お前は繚咲の当主なのだからな。後日、蓮誠と共に深見に行って貰うぞ」
 ちろりと沙桐を見やる緑萼が言い切ればもう言う事はないのか、出て行けといわんばかりに仕事を再開した。
 この男に言われなくても行くしかない。
 傍にいるのに親への思いを遮断する親に一泡吹かせたくなったからだ。
 そして、常盤の誠実さに応えたいから。

 緑萼の元から戻ってきた沙桐は不機嫌の様子のまま柊真の宿にいた。
 キズナは偽装の為、明日香として常盤の宿に滞在している。
「そうカリカリするな」
 柊真が言えば、沙桐は溜息をついた。わかっているが、イラつきは止まらないらしい。
「段取りは解っているな」
「ああ、何もなければ見合いは終わるが‥‥」
 こくりと頷く沙桐が思案するのは開拓者が会ったシノビの事だ。
「何を仕掛けてくるのか分からないからな」
 そう言うと、二人は頷いた。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

 今年の桜は少し駆け足のようだ。
 深見の一部分が桜色に染まっている。
 今回の舞台となる山荘は全ての桜が一望できる場所にある。
 山の恵みで営みを統括する者の特権か。


 美しい桜を背にした御樹青嵐(ia1669)は現状を冷静に見つめる。
 人助けの上で八百長見合い。
 見合いに失敗したとしても深見領主の損害は殆どない。
 それはそうとして、八百長の中身だ。
 女装した少年と武天国内有力豪族の当主が見合い。
 艶やかに薄い唇を静かに笑みの形に引いた青嵐が思うのはその当主と同じ血を引く者だ。
「青嵐君、何」
 じとりと沙桐が見ると青嵐はいいえと微笑む。普段、沙桐に冷たい青嵐の様子に沙桐は少し不満げだ。
「まぁまぁ、桜に酔ってしまえばいいんじゃないのかな。桜のせいにしてしまえば」
 どうやらこの景観を気に入ったのは溟霆(ib0504)だ。春霞もかくやな風景はなとも幻想的である。
「この後、有志で花見はどうだい?」
「まぁ、いいですね。青嵐様のお弁当が食べたいですね、輝血様」
「そうだね」
 こっくり頷く輝血(ia5431)に笑顔な白野威雪(ia0736)だが、気にしているのは沙桐の事だろうか。
 沙桐は普通の表情を取り繕っているが、開拓者達は沙桐の様子が見て取れるのか彼が不機嫌である事を悟っているようだった。
「すとれすはお腹を壊すと聞きました」
 じっと沙桐を見つめるのは珠々(ia5322)。
「後で雪さんに慰めて貰うといいです」
「誰が言った?」
 きっぱり言い切った珠々に沙桐が尋ねると、「おとうさ‥‥柊真さんです」と答えた。
 一気に沙桐のイラつきも最高潮になってしまう。
「はいはい、とりあえず仕事するよ」
 輝血が言えばキズナと青嵐が従った。
「沙桐様‥‥私を思って苛つきを覚えているのでしょうか‥‥」
「雪ちゃんは大事だからね」
「麻貴様と同じ顔なのに勿体ないです。どうか、少しでも笑顔でありますよう‥‥」
 労わり、願う雪の言葉に沙桐の表情が和らぐ。
 そんな様子を見た開拓者達は未来の管財人の姿を垣間見た気がした。


 フレイア(ib0257)と御簾丸鎬葵(ib9142)は山荘の周囲を回っていた。
 架蓮や常盤直属のシノビがフレイアを案内し、侵入しやすそうな場所を伝えている。
 意外な場所を教えてもらいつつ、フレイアは的確にムスタシュイルを唱えていく。
「件のシノビは戻りましたか?」
「いいえ、戻ってきてません」
 泳がそうと考えているフレイアは陰陽師の仲間のシノビを気にしているようだったが、架蓮は首を横に振るだけ。
 シノビは何故、溟霆に手の内を言ったのだろうか。あの陰陽師は常に物事を面白おかしく捉えている。
 破月の事もそうだ。繚咲に害をなすのも面白そうだからと思っているのかもしれない。
「そうですか‥‥」
 ふぅと溜息をついたフレイアが深見の山から眺める繚咲を見つめた。その彼方に見えたのは‥‥魔の森

 鎬葵は蓮誠に山荘を案内してもらっていた。
 今回の件、鎬葵にとっても想う事は多々ある。
 ただ、想い願う事は沙桐がしようとする事が後の敬いへと変える事。
 金の瞳が日の光に反射し、山荘を見つめた。
 ふっと、鎬葵は同行者を忘れかけていた事に気付き、蓮誠の方を見やる。
「あ、あの、この度は蓮誠様、沙桐様に助けて頂きました。恩義を如何に報いれば‥‥」
 凛とした佇まいの中、紫の瞳を見つめる金の瞳の中の可憐な揺らめきを見つけた蓮誠は一瞬の硬直の後、顔を赤くして慌てた。
「御簾丸殿や、開拓者の皆々様には、繚咲の為に動いております! 我々が手助けするのは当然で‥‥」
「しかし‥‥」
 ずいと一歩踏み込む鎬葵に蓮誠は動かない頭の中身を動かすように叱咤する。
「い、今は深見の桜が綺麗です。これから高砂には新緑の季節となり、畑の近くを流れる流水はとても美しいのです。また繚咲にきて下さい‥‥」
 おどおどと視線を泳いでいたが、鎬葵の瞳からは逃げられない模様だ。
 しかし、生来から叩き込まれたのか、異変だけは察知した。様子を窺がう蓮誠は虚空に向かい微かに頷いた。
「御簾丸殿、高砂領主が来たそうです」
 唐突な言葉に鎬葵が目を見張る。


 鎬葵達が戻り、今回の件を伝えると開拓者達に緊張が走る。
「此度の件でありまするか‥‥」
 繚咲を統括する鷹来家には大きな富と資産がある。それを狙う者は少なからずともいる。緊張感を纏わせ、鎬葵が呟いた。
 だが、沙桐は首を傾げていた。
「沙桐君は違う見解をもっているのかい?」
「高砂領主に子供は一人だけって聞いた。男だ」
 今回の見合いには参加できないのだ。
「無念って事でしょうか」
 フレイアの言葉に沙桐は答えを示すように輝血を見た。緑の瞳を受けた輝血は「何」と剣呑に受け止めた。
「葛先生絡みかもね」
 沙桐の言葉に輝血は更に冷たい目を沙桐に浴びせる。
「葛先生は現高砂領主、大理の実妹だ」
 数名の開拓者が葛とはと尋ねると沙桐が説明をする。
「葛先生は武天で街医者をしてる人だよ。その昔、俺の親父殿が葛先生を心配して、見合いを仕向けて葛先生を繚咲から逃がしたんだ」
「兄上殿ですか、何故、輝血殿が?」
 鎬葵が首を傾げると沙桐は更に説明をした。
「葛先生が開拓者と縁があるのを嗅ぎ付けたのかもね」
 高砂領主の家には三代ほど女子が生まれなかった。ようやっと産まれた女の子は鷹来家次代当主の一つ上。
 どうしても鷹来家に嫁がせたかったらしく、何不自由なく育ててきたがあまりにその娘の自我のなさを心配した沙桐の父と折梅は高砂の家から逃れさせた。
 反面、大理に対するものは不遇そのもの。
 そんな中で葛が出奔したのは衝撃的だったようで、葛を取り返そうにも次期当主が理穴の有力貴族の娘と駆け落ちした。
 誰もが高砂領主の娘が娶ると思っていた矢先の話だった。
 彼が後の高砂を統治するのに見向きもしなかったという。親の偏った愛情にて鬱屈した人物になったというのは繚咲ではもっぱら有名な話。
「葛先生は兄から狙われていたようだったけど」
 輝血が沙桐の説明に言葉を差し込めば沙桐はこっくりと頷いた。
「散々甘やかされてそれかよっていう感情もあったんじゃないかなって思うんだけど、関わりたくない」
 ふーっとため息をつく沙桐に溟霆が仕方ないねと笑う。
「あれ、雪ちゃんは?」
 きょろきょろしている沙桐に青嵐が常盤の所にいると伝えると、面白くなさそうな顔をする。
「えがおですよ。おじさ‥‥いえ、沙桐さん」
「おとうさんでもいいんだよ!」
 控えめに珠々が訂正すると沙桐はつっかかり、輝血にうるさいと一蹴された。

 くしゅんと、雪は可愛らしいくしゃみをした。
「花冷えの時期でありますからね。侍女に羽織り物を持ってこさせましょうか」
 常盤が言えば雪は大丈夫と答えた。
「そういえば、貴女に謝らなければなりません」
 真っ正面から言う常盤の言葉に雪は首を傾げる。
「沙桐様が嫁に迎えたいと思う方がキズナさんだと思っておりました。今は沙桐様が誰を娶りたいのかわかりました」
 じっと雪を見る常盤の瞳はまっすぐに厳しい。雪はそれを真っ直ぐに受け止めた。
「私は貴女達の味方になります。貴女の心が折れれば話は別ですが」
 彼は繚咲の人間だ。それ故にそう言うのだ。
「私は愛しい方と結ばれ子をなしたいです。でも、繚咲の皆様がより住みやすいようにしていきたい‥‥」
 雪が吐露する覚悟に常盤は膝をついた。小領地とはいえ領主が一介の開拓者にするべきではないと雪は制止しようとしたがその前に常盤は口を開いた。
「どうか、嫁がれて下さいませ。繚咲が為ならばこの次期花王の常盤、貴女様にどのような援助も惜しみませぬ」
 常盤の口上は実直な物言いで彼が背負う存在を考えれば雪の足下がどこと無くおぼつかない気もする。
 ここで踏ん張らなければならない。
「ありがとうございます。頑張ります」
 ぺこりとお辞儀をする雪に常盤が微笑む。
「俺にはしてくれないのか?」
 じっとりと不機嫌顔の沙桐が背後から現れると、しまったと言わんばかりに常盤は慌てた。
「沙桐は別にいいんじゃない? 雪、よかったね」
「一歩前進でありまするな」
 冷たい輝血の言葉であるが雪には声音を和らげているのは無意識だろう。鎬葵も静かに微笑んで雪を祝福する。
「はいっ」
 女子三人のやりとりに溟霆と支度を終えた青嵐が和む。

 キズナの支度を終えた珠々はキズナの出来映えを見つめる。
 とてもきれいだと思う。巧くいった。
「珠々、柊真さんはわかるよ」
 じっとキズナが珠々を見つめる。
「シノビとか、監察方とかじゃなくて。柊真さんなら珠々がどんな格好をしててもわかるから」
 真っ直ぐ見つめるキズナは動じることはなかった。
「‥‥わかってます」
 ぎゅっと、珠々は俯いて拳を握り締めて呟いた。


 見合いの方は山荘にて沙桐、緑顎、長楽、明日香となったキズナが顔を合わせて挨拶をする事になっている。
 深見領主の事に関しては、今後を考えると今回の件はどう転ぶかわからないものであり、そのまま流すのが良策としたようだった。
 表立って護衛をするのは青嵐と鎬葵と雪だ。
 当主としての服装に着替えている沙桐の姿は気さくな若いサムライではなく、誰も寄せ付ける事も許されない怜悧な容貌の若き当主だ。
 深見の侍女達が鷹来家当主の美しさに溜息を漏らしつつ、護衛の従者と化している開拓者の美しさにも溜息を漏らした。
 開拓者達から見た深見領主は神経質そうというか、陰湿そうな壮年という印象だった。それよりも気になっているのは今後引っかかるだろう沙桐の叔父‥‥繚咲当主代理、緑萼だ。
 十数年後の沙桐といったような容貌だった。沙桐の父は麻貴の方がより似ているというのを雪は思い出していた。
 此方も長楽に負けず劣らず鉄面皮。前に常盤が言っていた通り、厳しい様子を窺がえる人だった。
 挨拶が行われ、見合いが行われた。

 高砂領主はどうやら桜を眺めに来たようで、見合いの邪魔はしないと言っていたようだった。
 外の警護のシノビは溟霆と輝血。フレイアは別場所で待機をしている。
 少し肌寒いが晴れた日でフレイアは目を眇めて空を見上げる。
 何もなければよいのにと思い不安に駆られるフレイアであったが、的中させるが如くムスタシュイルが反応し、フレイアは駆け出した。

 それぞれ隠れているが、輝血はどちらかと言えば見回り型。胸の奥が騒ぐ感じはなんだ。
 シノビとしての勘ではないのは確か。
「開拓者のシノビか」
 知らない声に輝血は表情を強張らせる。今、桜の木の陰に隠れている。陰陽師の仲間か‥‥
「俺は大理という」
 名を名乗った男の名は先ほど聞いたばかりの名前。
「今、ここで何が行われているかわかってるの」
 輝血は姿を現さずに木の影から言えば大理は「ふん」と鼻で笑う。
「競争なぞ興味はない。正統なる鷹来の血なぞ絶えてしまえばいい」
 言い放つ言葉に嘘はないと輝血は思った。
「娘、名は?」
 輝血は盗み見るように大理の姿を確認し、久しく会っていない顔に似ていて胸が大きく高鳴るも侵入者に気付き、輝血は駆け出した。

 隠れている溟霆もまた侵入者を感じた。
 微かな足音だけが頼りだ。超越聴覚を駆使し、自分の間合いに入るまで辛抱する。感覚が今だと感じた瞬間、溟霆は姿を現し、両手を閃かせた。
 相手はシノビ、陰陽師の手先と溟霆は判断した。一段目の目的はかすり傷を作ること。
 すれ違い際にシノビの目尻に鋼糸が走り微かな血が流れたのを溟霆は逃さなかった。シノビの嗅覚に甘い香りが刺激された瞬間、シノビは溟霆の目的に気付く。
 くらりと目を回したシノビであったが、溟霆の方へと立ち向かうなり溟霆は彼が囮となった事に気付いた。
「輝血君、珠々君、シノビが数名更に侵入した」
 溟霆が言えば、シノビ二人には伝わっており、溟霆の加勢に架蓮が駆けつけて戦闘に参加した。

 見合いでは沙桐と明日香代理のキズナが散歩に出る。
 着かず離れず護衛達は見合いを見守っていた。
 当の緑萼は沙桐について何も言わなかった。言ったのは一言だけ。
「沙桐を知りたくば実際に接して話せばいい」
 確かにそうだと全員が納得した。長楽が緑萼に娘を推しているが、彼は「決めるのは沙桐だ」と一蹴した。
 どうにも緑萼の興味が開拓者の方に向けられている。彼も長楽を伴い、庭に降りてきた。
 緑萼が沙桐の本命を知っているのかは誰も聞いていなかった。知らないのかもしれないが‥‥
 ふっと、鎬葵が気配に気付き、場所を移動する。
 速い‥‥!
 鎬葵が気付く前には気配は沙桐とキズナに向かっている。青嵐が斬撃符を繰り出し、シノビの足を狙う。機動力を殺がれたシノビだが狙っているのは明日香だ。
「私が相手でありまする」
 凛とした鎬葵の声が響けば、隣に立つように蓮誠も加勢する。
 鎬葵が雪と青嵐に目配せをすると青嵐は沙桐と明日香を。雪は緑萼と長楽を非難させようとした。
「こちらへ!」
 長楽は早々に逃げ出そうとし、雪が更に緑萼を呼べば「気遣い感謝だ」と片手を上げた。
「深見の娘を狙っての事か、それとも繚咲とは違う血と解っての事か」
 明朗とした声は緑萼のもの。抜いた刀を見て鎬葵は戦慄した。
 何一つ飾り気ない柄や鍔だが重厚ある直刀。構えだけで強いとわかったがそれだけではない。最後の言葉だ。
「シノビの始末はシノビに」
 そう言って珠々も応戦に入った。

 一人、シノビと対峙していた者がいた。
 フレイアだ。
「あの陰陽師のシノビですか」
 彼女の言葉に影は無言で肯定した。
「狙いは、明日香さんですか、小領主達ですか」
「明日香ではないだろう。それに最低限、今は繚咲の者達に手を出す気はない」
 余計な言葉を紡がないようフレイアは口を閉じた。
「我々の目的は達成されたようだ」
 それだけ言えば影は消えた。葉ずれのように他の音も聞こえ、他にもシノビがいた事を知らされ、フレイアは冷や汗を流した。


 捕まったシノビは何も知らされていない一見の雇われシノビ達だった。
 深見の姫を抹殺しろと言われたようだった。
「子の見分けも解らないとは恥を知れ」
 緑萼の言葉に長楽は黙り込んで恥や怒りを押さえ込んでいるようだ。
「どうしてわかったんですか」
 珠々は自信があった。キズナの素質と輝血の指導で完成度は高かったから。親でない限りは。
「手だ」
 緑萼の言葉に全員があっとなる。キズナの手は鍛えている子供の手。何不自由なく暮らしていた娘とは違う。
「袖で隠していたから気になっていた。だが、よく似ている」
 ふっと、微かに笑む緑萼がとても彼の母に当たる人物に似ていて珠々は目を見開いた。


 明日香出奔は開拓者の意向を重視して闇に葬られ、彼女は表向きどこかの家に嫁いだという話がまことしやかに噂が流れた。
 緑萼の取り計らいだ。
 今回の件を全て知り気力を失った長楽は少しずつ常盤に利権を譲っていったという話が沙桐の耳に入った。

 春はもうすぐそこ‥‥