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■オープニング本文 鷹来家本屋敷にて繚咲当主代行の緑萼が深見当主の交代の件を折梅に報告していた。 「そうですか。常盤殿はまだ若いですが、きっと深見を導くと信じておりますよ」 折梅の表情は笑みを浮かべているのだが、何か腹に一物を抱えているような素振りの笑みだ。 長い付き合いでこの様子の折梅の心情は察している。 何かに対して不服を感じているのだ。 緑萼の心当たりは一応あるが、それはここ一ヶ月ずっとだ。多分、他にも何かある。自分に対して。 その自分に対しての事が全く分からず、緑萼は触らぬ何かに祟り無しと言わんばかりに早々に立ち去ろうとしたが折梅は逃してくれなかった。 「緑萼さん、実を申しますとね、常盤殿よりお手紙を頂いたのですよ」 「手紙ですか」 「ごく私情を交えた話をして、此度は自分の勘違いから起こしたようなものとお詫びのお手紙です」 「はぁ」 気の抜けるような話であるが、緑萼は注意深く自身の母を見つめる。 「私と沙桐さん、開拓者の皆さんに花見のお誘いを頂いたのです」 「早咲きは散り行き、遅咲きの桜も咲き始めてますから見ごろでしょうな」 確かに深見の桜は美しい。そろそろ外出させておかないと夏のように脱走しかねないと緑萼は思案する。 「ふふ、常盤殿は沙桐さんの妻を別の方と勘違いされてていたようですね」 「キズナと申す少年ですね。先の戦を起こした火宵の養い子」 「あら、知ってたのですか」 柔和に微笑む折梅は少しご機嫌になってきたようだ。 「それなりに調べておりますゆえ」 「緑萼さんは沙桐さんの選んだ娘をご存知で?」 折梅の問いに緑萼は「見当は‥‥」と呟いた。 「お会いになられましたね」 すぅ‥‥と折梅の澄んだ新緑の瞳が細められた瞬間、緑萼は「墓穴!」とはっとなった。 「見合いするだけで沙桐さんが妻にしたいと思う娘は諦めるような方でしたか? 見合い相手が山といるのを存じていたでしょう?」 どこかで自分が言った言葉を捩る折梅の真意を緑萼は悟ったが、何故、こんなに攻撃的なのか緑萼はわからない。 「一つだけ調べたりませんよ」 はっと顔を上げる緑萼に折梅は怒りのオーラを巻き散らかしつつ天女の微笑を浮かべる。緑萼は必死に脳裏の母親の行動を思い浮かべ、正解を出したと同時に折梅は口を開いた。 「私、友人を貶められて見て見ぬ振りなど出来ませんの」 その日、精気を失った状態で緑萼が仕事をしているのが目撃された。 折梅の誘いを受けたキズナは嬉しそうだったけども、心残りもある模様。 火宵の事だ。 元は火宵の最後の場所を見る為に来たが、心の中にあるのは百響を討ちたい、火宵を探したいという願望もあった。 彼なりに見えてきた繚咲の歪みは心を痛めるものだ。 無力である事は理解しているがなんとかしたいと思う。 だが、理穴に旭がいる。彼女の為に戻らないとならない。 「これで、最後だぞ。キズナ」 柊真の言葉にキズナは提案をする。 「他の開拓者の皆さんも来てほしいです」 その言葉に柊真も「そうだな」と微笑んで頷いた。 あっと、キズナが思い出した。 「あのひと、あの飾り紐買ったのでしょうか?」 「‥‥女に慣れてないからな‥‥香雪の方も話が聞きたくて仕方ないんだろうな」 キズナの言葉に柊真が溜息をついた。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
セフィール・アズブラウ(ib6196)
16歳・女・砲
御簾丸 鎬葵(ib9142)
18歳・女・志
氷雨月 五月(ib9844)
42歳・男・弓
ラサース(ic0406)
24歳・男・砂
リーシェル・ボーマン(ic0407)
16歳・女・志
ヴァレス(ic0410)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 満開から葉桜まで美しい色彩の移りにヴァレス(ic0410)深見の山を見上げた。 遅咲きの満開の薄紅色に早咲きの若い緑の葉が見え隠れしている。新緑の葉がそよぐのは不思議な光景だ。 春から初夏を一度に見れる贅沢で不思議な光景だ。 「今回のってさ、他の依頼の打ち上げなんだって?」 ヴァレスが近くにいた白野威雪(ia0736)に声をかけると彼女は微笑む。 「依頼人の折梅様はそのような事を気にされる方ではありません」 「思う存分楽しむといいよ。彼の人は楽しい事が好きだからね」 更に溟霆(ib0504)が付け加える。 「どんな人かな」 その隣で聞いていたリーシェル・ボーマン(ic0407)が呟く。 「凛とした素敵な方です」 セフィール・アズブラウ(ib6196)が素直に言えばへぇっと、リーシェルとヴァレスは頷いた。 深見の山荘行く者がいれば、先に街を見物している者もいる。 先を歩くのはラサース(ic0406)。 「気になるのか」 ラサースがはぐれないように配慮していたのは氷雨月五月(ib9844)。 右に角を生やした野生味のある中年だが、凄みと色気がある。 連れが何を見ていたのか確認するように店先に向ければ楽器。 琴が気になったようで、五月が説明をすると店の主人が現れてて丁寧に説明してくれた。 「兄さん達、甘味は平気かい? この三件向こうの甘味屋の桜のお菓子は美味しいよ」 「ほう、ありがとな」 のんべりと返す五月だが、一瞬瞳がきらめいたのをラサースは気がついた。 先に山荘に着いた開拓者を迎えたのは山荘の主の深見時期領主の常盤、繚咲を束ねる鷹来家当主の沙桐、そして前述の青年二人を従えるのは沙桐の祖母である鷹来家管財人の折梅だ。 「皆様、ようこそ繚咲へ本日は楽しんでいってください」 「鎬葵ちゃん、きれいー! ばあさま、この子だよこの子!」 折梅の挨拶も早々にいの一番に感想を叫んだのは沙桐で折梅に御簾丸鎬葵(ib9142)を引き会わせる。 「麗しの剣士様ですね。お話は聞いております」 「お初にお目にかかります。御簾丸鎬葵と申します。愚兄もお世話になったと聞いております」 武人の所作ではなく、牡丹の振り袖に合うよう令嬢の所作。郷里においてきたはずの気持ちが鎬葵を少女へと戻す。 「兄上様にはとてもお世話になっております。優しく強い心を持つ粋な方。似ておりますね」 「‥‥麻貴殿も申されておりました」 正直、あまり似てるような気はしないのだがと鎬葵は首を傾げる。 「魂が似てるんだよ。ハンパない気持ちで誰かの為に心を砕くってそうできる事じゃないよ」 「私も似てると思います」 沙桐と雪が言えば鎬葵は恥ずかしそうに俯いたが、あっと思い出す。 「蓮誠殿は今回こちらには‥‥」 「蓮司」 鎬葵の言葉に折梅が凛とした声で自身のシノビを呼ぶ。 「かしこまりました」 「俺も探しに行く」 沙桐がきびすを返すと、ヴァレスがおやっと首を傾げる。 「手伝うか?」 手助けに挙手するヴァレスに沙桐は銀色に紫色の目の長髪の男だと説明する。 「こんな顔がこんな顔になってます」 ひょっこりとシノビの架蓮が自分の顔で蓮誠の厳つい顔を表現した。 真顔で説明する架蓮が面白くてぶは! とヴァレスは噴いてしまう。架蓮は理解してくれたようで何よりと微笑んだ。 「じゃぁ、行ってくる」 きびすを返してヴァレスは飛び出す。 「僕も手伝うよ」 溟霆が言えば沙桐が喜び、常盤以外の男性陣が蓮誠捕獲作戦に入った。 「今回も手伝いに入らせて頂きます」 いつも通りの姿勢のセフィールに折梅は甘える事にしている。 「一つ、用を終わらせて下さいな」 「お任せください」 折梅が言えばセフィールは一礼し、架蓮の案内でその場を辞した。 満足のため息をつくのは珠々(ia5322)。 今回も思いっきりお洒落をさせる事に成功した。 「珠々、香雪の方に挨拶は?」 柊真の言葉に珠々は「今行きます」と言おうとした時であった。 からりと戸の音を立ててセフィールと架蓮が現われた。 「どうかしましたか?」 珠々が声をかけつつ視線を動かすと架蓮の手元に振袖を入れた箱を持っている。 「折梅様からの命を受けました」 凛としたセフィールの声に珠々は察する。 昼間の夜が現われた後、柊真に捕らえられた珠々はセフィールに引き渡され、二人の手によって珠々は愛らしい令嬢へと磨かれた。 尚、叫び声はいつも通りである。 基本情報を知らないヴァレスは街に下りるがてら沙桐達から蓮誠の情報を聞いていた。 「異性に対して緊張するのか」 「同じ天蓋生れの人には緊張しないんだけどね」 沙桐の付け足しにヴァレスはうーんと首を傾げる。 「同じ郷里だからね、家族みたいなものらしいよ」 溟霆が解説すると何となく理解はしてくれたようだ。 「同じ生れだと親近感わくよな」 「そうそう、普段は滅多に女性と関わらないようだしね」 「じゃぁ何で?」 首を傾げるヴァレスに溟霆がくすっと笑む。 「いくら異性が苦手とはいえ、危ない目に遭っていたら助けるだろう?」 「成程」 ふらふら散策を考えていたが、折角の宴、人が多ければ楽しいと思い、ヴァレスは駆け出した。 一方、一部女性陣は自作の料理を出そうと台所を借りていた。 「いい匂いですね」 折梅が声をかけたのはリーシェルだ。彼女は肉や野菜を持ち込んでおり、調理をしてパンに挟んでいたのだ。 肉の焼く香りは食欲をそそる。 「手軽に摘めるものがよいかと」 こくりと頷くリーシェスであるが、折梅は彼女の様子に気付く。 「如何されましたか?」 浮かない顔をしていた事に気付いたリーシェルは笑顔を取り繕うとしても折梅の瞳に縋ってしまう。そっと呼吸を整えるようにリーシェルは瞳を伏せる。 「私は今‥‥悩んでいます」 リーシェルは自分の心がぎゅっと締め付けられる。 「自分の想いを告げるか否か」 自分の鼓動が振動となって自身の芯を叩くのだ。 「想いを口にしてはいけない方なのですか?」 折梅の問いに彼女は言葉が出ず、沈黙してしまう。どうしていいのか分からないから言葉を紡げなくて止まる。 「大切な方なのですね」 顔を上げれば折梅は優しく微笑んでいる。 気がつけば目で追っていて、放っておけない。 彼だけが。 恋なのかはまだわからない。 「自ら想いを形にするものではありませんよ」 深緑の瞳が細められる。 「想いは自ずと己の身体から溢れるのですから」 「溢れる‥‥」 惚けるようにリーシェルは言葉を声にした。 「共に居れる事を楽しむのが大切ですよ。急いてもよい事であるとは限りません‥‥ですが、若い方は急いで結果を出したいものですよね」 うっと短く唸るリーシェルにくすっと、折梅が笑う。 「こんなに可愛らしい方の心を釘付ける方が気になりますよ」 余裕の笑みの折梅にリーシェルは顔を赤らめる。 春限定の甘味を手に入れた五月は満足そうだった。 神楽の都とは違う趣であるが、こちらも活気付いているとラサースは思う。 横を向けば、自分がこれから向かう山荘の桜が視界に入る。 自身の故郷には無い色彩。近くで見るとどう映るのかとは気に思う。 すれ違った男にラサースは目を見張る。神楽の都では自分と似た背の者は見かける事は見かけるがここでは初めてだ。男の様子が思いつめていたようでもあった。 「おい、あれはヴァレスじゃないか?」 五月の声に反応すると、確かにヴァレスだ。 「あ、ここにいたのか」 無邪気に話しかけるヴァレスが探していたのは銀の髪に紫の瞳の厳つい青年。ラサースが視線を向けるとヴァレスが気がつき、礼を言ってどこへとも無く見つけたと言った。 「いくぜ、蓮誠!」 我に返った蓮誠がヴァレスに気付いたが時すでに遅し。峰打ちと言わんばかりにヴァレスは流し斬りを発動し、蓮誠の動きを止めた。 何とか間合いを取った蓮誠だが、流し斬りに気をとられて溟霆に後ろを取られた。 「相当悩んでいるようだね」 何の事であるかは溟霆にはお見通しで沙桐が荒縄を溟霆に放る。 「ごめんねー。ばあ様の呼び出しが蓮誠にかかっててー」 鷹来家当主の登場に民衆はぎょっとしたが、折梅のお呼びなら仕方ないと全員が興味を失う。 「なんなんだ?」 五月が首を傾げるとラサースもわからないと沈黙した。 宴は今一番美しいだろう桜の下で行われた。後咲きの散り始めの桜だ。 「本当に蓮誠殿には礼を尽くしても尽し切れないほど助けていただいて‥‥せめて、茶を‥‥」 洗練された動きは武の動きにも通じる。無駄のない緩やかな動作に蓮誠は鎬葵の中に在る少女の中の武人と武人の中の少女を見つける。 「粗茶ですが」 出された鎬葵の茶を蓮誠はゆっくり味わう。 「一途な茶です。ですが若さゆえに心配になる」 気に入らなかったのだろうかと不安がよぎる鎬葵だが、それは蓮誠の言葉が支える。 「誠の礼を尽したよい茶だ。美味です」 「よかった‥‥」 ほっとするように微笑む鎬葵は彼女の振袖の牡丹よりも、いずれ咲くだろう大輪の華を思わせる美しさ。 「鎬葵どの‥‥これを‥‥」 差し出されたのは紅色の組紐。鎬葵に心当たりがあった。以前、キズナが似合うと言っていた飾り紐。 「貴女なら似合うと‥‥」 血の色のように赤くなった蓮誠より鎬葵はおずおずと受け取る。 「ありがとうございます‥‥重ね重ね‥‥この恩は我が生涯をかけて少しずつお返ししたく‥‥」 どんどんと蓮誠の目が白くなっていくような気がする。そして傾いている。 「れ、蓮誠殿! 蓮誠殿!!?」 繚咲一の武人、警護隊長蓮誠自身が認める吉祥の女神に落とされた話がまことしやかに流れた。 「‥‥まぁ、落第ギリギリあうとですね」 ぽつりと呟いた折梅に天蓋領主の蓮司が「孫が申し訳ない」と謝る。 久々のお酌役をしている雪が首を傾げてから視線をずらせば逆上せた蓮誠が鎬葵に介抱されていた。 「あの髪飾り、蓮誠様が買われたのですね」 雪は記憶が反射した。 「もしかしてキズナ君‥‥」 キズナは蓮誠が髪飾りを見ていたのを知っていた事を口にした。 「似合うなら勧めればいいのに、はぐらかすんです」 「全く、お話がしたいというのに蓮誠はちっとも本屋敷に近寄らないのですよ」 拗ねた様子を見せる折梅に一部男性陣が「‥‥蓮誠の気持ち分かる」と心の中で呟く。 「ばあ様、雪ちゃん返してよ!」 行こうとと沙桐が少し強引に雪の手を引っ張り、散策に出た。 「‥‥お酌します‥‥」 名乗り出たのは着飾った珠々だ。 そっと出してきたのは桜の練りきり。 「おばあさま、どう‥‥」 「頂きますよ。珠々さん」 折梅は手際よく珠々を膝に乗せる。その影で不承不承な顔の柊真に「仕方ないね」とのほほんと溟霆が酒を飲む。 一杯だけ珠々が折梅の酌をすると柊真の傍に戻る。自分で作ったつまみを箸で一抓みすると、珠々は「あーんしてください」と言う。 「これはご馳走だな」 にやりと笑って柊真が口をあけると、ガチガチに震えた珠々が箸を運ぶ。ぱくりと柊真がかぶりつくと「うまい」と笑ってくれた。 嬉しくてでも、顔は笑えなくて珠々は恥ずかしそうに俯いた。 五月の脳裏で過去に己の視界が捉えた記憶が弾けた。 俺は何をしている。 そう、自問せずにいられなかった。 幽玄とも思える桜がラサースを捕らえるのではないかと手を伸ばした。 放っておけないなと。 瞬間、振りきったはずのものが五月の心を捕らえる。 ゆっくり息をついて安心したと同時に引っ掻かれる気がした。 心が。 その感情が何かわかっている。 いいと思ったのだ。 あの白が。 「よう、可愛い子に逃げられたようだな」 「いいのですよ。お姉さんですから我慢してあげます」 五月が折梅に声をかけると茶化した言葉が返ってきた。 「桜の満開に恋の花も咲く。全くよい光景だよ」 くつりと笑うのは溟霆だ。 「お前さんにはいないのか?」 五月が溟霆に尋ねれば「残念ながら」と返した。今は恋の行方を見守る方が面白いのかもしれない。 麗しの御方への土産話にもなるかどうか謎であるが。 「折梅様、菓子など如何ですか?」 給仕役をかって出たセフィールが差し出したのはカステラのラスクとパンケーキ。 しっとり艶やかなパンケーキに折梅の目が輝く。 「まぁ、皆様頂きましょ」 「頂くぜ」 甘味となれば五月も相伴にあずかる。もっちりしたパンケーキはとても美味しい。イチゴの甘煮の甘酸っぱさがパンケーキに合う。 五月は気付いている。ラサースの真直ぐな瞳を。 無言で五月が踵を返した。ラサースから逃げるように。 五月の様子に目を見張り、待ってと手を伸ばすも虚しく空を切る。 彼は普段こそ茶化す調子であるが、あの紫の瞳は暗く激しい想いを知りたいと思うが近づけは遠のく。 自身が背いた太陽にも似ている。 手を伸ばしても掴めない。自身に近づいた者はあの激しさに焼かれるのだろうか。 縋りたいのだ。 あの紫に。 沙桐に手を引かれた雪は繋がれた手の熱さに自分の想いが熱くなっていきそうな気がする。 「沙桐様、せっかくの桜、ゆっくり歩きながら見ませんか?」 ずかずか歩いている事に気付いた沙桐がごめんと謝り優しく雪の手を握る。 「‥‥繚咲では私の事が知られているのですよね」 ぽつりと呟いた雪に沙桐は頷く。 「これからを思うと不安が無いと言えません‥‥でも、常盤様という味方が出来て、沙桐様、折梅様、開拓者の皆様の支えが私にはあります」 今にも桜に攫われそうに儚い声音の雪であるが、その意志は何より強い。 「お返事、忘れてました」 雪が沙桐を見上げると、彼女は沙桐と向かい合う。 皆が覚悟をしてくれている。 自分も立ち向かうと決めたのだ。 「私を妻にしてください」 愛しく恋しい人を沙桐は抱きしめる。 「おいし♪」 大きな口を開けてパニーニを頬張るヴァレスだが、パンからはみ出たソースが口端を汚す。 「ああ、ついてる‥‥」 懐紙でリーシェルがヴァレスの口元を拭うと悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。 蓮誠の追いかけっこでお腹も空かせており、凄い勢いで食べている。気持ちよく食べてもらえるのは作り手としても嬉しい。 「はー、美味かったー」 満足そうにヴァレスが満腹になった腹をさする。 お茶を啜って、更にお菓子まで食べているヴァレスに「しょうがないな」とリーシェルは微笑む。 くあ‥‥とあくびをかいたヴァレスは目を瞑り、リーシェルの膝に頭を乗せる。 「ん〜、気持ちいいなぁ〜」 彼の様子は本当に幸せそうだ。 本当に彼には驚かされる。だから自分の心が時折止まらなくなる。 止まらない自分が怖いから止めたいのに‥‥ 共にいる事を大事にする事という言葉がリーシェルの心に響く。 無邪気な寝顔から視界をずらせば、ヴァレスが摘んでくれた牡丹の花が一輪挿しに飾られていた。 「恋とは万華鏡のようなものかな」 折梅から酌をしてもらってる溟霆が言えば折梅は微笑んだ。 窮屈なあの屋敷で恋話が救いだった。 |