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■オープニング本文 開拓者、武天、朱藩の協力もあり、アヤカシの侵攻は防ぐ事が出来た。 その後の調査でわかったのはかつて起きた緑茂の戦いにおいて現れた大アヤカシ『炎羅』によく似たアヤカシの存在が浮き出て来た。 先日の戦いでも開拓者が吹雪のような音がするという音を聞いたという報告もあった。 理穴ギルド支部長の大雪加香織(iz0171)よりそのアヤカシを『氷羅』と呼称するという決定が下された。 そして、『氷羅』には青い透明なアヤカシがついており、それは『雫鬼』と命名された。 三日目の戦いの時、氷人形と共に現われた擬人化氷アヤカシは『雫鬼』と同類であると決定が下った。凍った姿に関しては氷羅と関係があるのではないかという事であるが、現時点では確定ではない。 氷羅の位置より更に南西に甲羅を背負った人鬼型アヤカシは『蛞蝓姫』と呼称された。此方もまた、先日の戦いで前線の方に現れたアヤカシと同種と判明。 今回もまた、羽柴麻貴が羽柴杉明の名代として戦いに赴く事になった。 現在、麻貴が会っているのは自身が住まう土地の王たる者、そして援軍に来た若き王、理穴のギルドを統べる者。 氷羅討伐の命を麻貴は受けていた。 「はっ、何としてもアヤカシを討ち取ります」 声を固く麻貴がその命を受ける。 「して‥‥興志王はどのように動くのですか?」 麻貴が臆する事もなく興志王(iz0100)に問いかける。 「基本は遠方援護って感じだな」 「空からの援護という事ですか?」 「いや、地上だ」 興志王の答えに麻貴は「地上ですか‥‥」と考え込む。麻貴の様子に儀弐王(iz0032)が声をかける。 「いかがされましたか」 「いえ、それならば、直接氷羅側への援護射撃をしたらいかがかと。炎羅同様の力を持つともなれば、弓兵隊と砲術隊の一斉射撃もあればより強い援護が得られると思いまして。周囲には無数の下級アヤカシが存在しますでしょうから」 麻貴の進言にぴくりと興志王が反応した。 「面白ぇな。よし、それでいこう」 思い立ったら吉日とはよく言ったもの。興志王は楽しそうに戦いを心待ちにしているようだ。 「王、よいのですか?」 麻貴が尋ねると。儀弐王は「お任せします」とだけ言った。 「ま、ヨロシク頼むぜ」 軽い調子の興志王に麻貴は何だか親しみを感じつつ、「はい」と返事をした。 神楽の都では色々と大忙しだった。 その中の一人、北花真魚も忙しかった。 「理穴のギルド長さんから依頼が来ちゃったーーー!」 「‥‥真魚ちゃん、だいじょうぶ?」 文字通り目を回している真魚に声をかけたのは鷹来沙桐。 「どうしたんですか? 今、それどころじゃ‥‥」 武天の領地である繚咲に出現したアヤカシ退治の為、繚咲を東奔西走しているはずなのにと真魚が首を傾げる。 「陰陽師について調べたくってさ」 「葛さんはどうされたのですか?」 「ばーさまの所にいるよ。何だか忙しそうだね。手伝う?」 「寧ろ手伝いに行ってください」 沙桐の申し出に真魚が言えば、出してきたのは理穴の状況を簡単に纏めた走り書き。 「理穴でアヤカシが?」 「ええ、国をあげての戦いです。前回も激しい戦いでした」 「羽柴様も大変だろうに‥‥」 「今は麻貴さんが名代に前線にて‥‥」 ぽつりと漏らした名前に真魚ははっとするがもう遅い。 「なにそれ、麻貴は今戦場なの?」 沙桐が報告書を見せろと言うと、真魚は震えながら渡した。 それを見た沙桐の様子は冷めている。 「俺も同行する。また依頼出すんでしょ」 「ああ、はい‥‥」 何も起きませんようにと真魚は只管祈るしかなかった。 |
■参加者一覧 / 万木・朱璃(ia0029) / 音有・兵真(ia0221) / 羅喉丸(ia0347) / 龍牙・流陰(ia0556) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / 紬 柳斎(ia1231) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 九竜・鋼介(ia2192) / ルオウ(ia2445) / 黎乃壬弥(ia3249) / フェルル=グライフ(ia4572) / 倉城 紬(ia5229) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 和奏(ia8807) / 霧咲 水奏(ia9145) / ユリア・ソル(ia9996) / フェンリエッタ(ib0018) / ラシュディア(ib0112) / ヘスティア・V・D(ib0161) / ジークリンデ(ib0258) / アリアス・サーレク(ib0270) / ニクス・ソル(ib0444) / 无(ib1198) / シータル・ラートリー(ib4533) / 叢雲 怜(ib5488) / 緋那岐(ib5664) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / 神座亜紀(ib6736) / 月夜見 空尊(ib9671) / 八咫郎(ib9673) / 秋葉 輝郷(ib9674) / 木葉 咲姫(ib9675) / 啼沢 籠女(ib9684) / 須賀 なだち(ib9686) / 須賀 廣峯(ib9687) / 闇川 ミツハ(ib9693) / 稲杜・空狐(ib9736) / ルース・エリコット(ic0005) / 御雷 猛(ic0265) / 州羽 水人(ic0316) / 白雪 沙羅(ic0498) / 遊空 エミナ(ic0610) / 蔵 秀春(ic0690) / 庵治 秀影(ic0738) |
■リプレイ本文 開拓者が到着した話を聞きつけた麻貴は迎えに出て行った。 「お、麻貴、久しぶりー」 緊張と殺気が走る戦場に緋那岐(ib5664)の声が響く。 「緋那岐君か! 来てくれたのか」 「おうよ、ちぃと出遅れたけどな。今回は柚乃も一緒だぜ」 「宜しくお願いします」 ぺこりと頭を下げる柚乃(ia0638)。双子揃って参戦してくれて麻貴はとても嬉しそうだ。 よく見れば、前回来てくれた者、小隊もいるし、初めて来てくれた者、久々に見る者もいて麻貴は歓喜に心を奮わせる。 「来てくれて本当にありがとう。なんとしても倒そう!」 応と返してくれた開拓者の中に麻貴は自分と似た何かを見つける。 「沙桐‥‥」 一瞬にして嫌な予感すらする。逃げようとした麻貴だが、あっけなく捕まって説教を受けていたようだった。 羅喉丸(ia0347)は氷羅がいるだろう方向を見てそっと息を吐く。 思いを馳せるのは自分がまだ開拓者として登録された頃。 当時、理穴では炎羅が暴れている頃だった。 「人が修練により到った力がいかほどか、見せてやろう」 じっと向こうを見て、羅喉丸はそう口にした。 その向こうではアヤカシ達が開拓者を見つけたのだろうか、動きを少し変えていた。 「アヤカシの進軍する音が? おい、誰か人魂飛ばしてくれ!」 珠々(ia5322)が聞いた音の変化の報告に黎乃壬弥(ia3249)が目を眇めて陰陽師に声をかける。炊き出しをしていた白雪沙羅(ic0498)が鳥型の人魂を飛ばす。 珠々の言ったとおり、侵攻は確実に自分達を狙ってきている。 距離も一里を切っている。 「道を開けよう! 興志王も動くだろうしな」 沙羅の報告を聞いた麻貴が理穴の弓兵に声をかけ、開拓者達に道を開けるべく進軍を始める。 それを見た白野威 雪(ia0736)が麻貴を呼び止める。 「おまじないです」 それに麻貴は何度も助けられている。 「無事帰りましょう。ご武運を」 雪の言葉に麻貴は彼女を抱きしめ「うん」と答えた。 近づいてくる冷気はただならぬもの。 魔の森を蠢き、人を思うまま喰らおうと動いている。 森に飛び込む人間なぞ、餌箱に入る餌なのだ。 砲術と弓の音が超越聴覚を持たない開拓者にも微かに聞こえてくる。 倉城 紬(ia5229)と雪は手分けして前衛に出る開拓者に声をかけて加護結界を施していった。 「輝血様!」 「‥‥すぐ倒してくるよ」 大丈夫なのにと少し拗ねた様子の輝血(ia5431)に雪は「輝血様も好きですから心配させてください」と微笑み、【春車】の面々にも加護結界を施す。 他の加護結界を持つ巫女達も仲間達に施して行く。 戦の準備は進められている。その中を駆けずり回り、知った顔を見つけては連携を頼むと声をかけて回っているのは壬弥だ。 无(ib1198)と打ち合わせをし、「頼むな」と言って次の知り合いを探す。 以前、別の大アヤカシ戦で共に戦ったユリア・ヴァル(ia9996)に声をかけた。 「随分気張ってるわね」 くすっと笑むユリアに壬弥はがりがりと頭をかく。 「話を聞きゃ、相手は大アヤカシじゃねぇか。見栄とか意地で勝てる相手じゃねぇだろっての」 「確かに、形振りは構ってられないな」 ユリアの隣で話を聞いていたニクス(ib0444)も同意する。 「頑張ってアヤカシをやっつけて、誉めてもらうんだ!」 此方もやる気十分な叢雲 怜(ib5488)に壬弥が「頼むぞ」と言って戦の準備に向かう。 小隊【華夜楼】も直羽の手によって小隊達に加護結界を施されていた。 「羅がつくアヤカシ再び‥‥ね。ひょっとして何処かで量産されてるのか?」 アリアス・サーレク(ib0270)の脳内で卵から産まれるひよこのような氷羅、炎羅、砂羅の行進が再生される。 「それはやだなぁ」 遊空エミナ(ic0610)より渡された炊き出しの水団が盛られた椀を啜りつつ、沙桐が困ったように笑う。 「一匹出たら三十‥‥」 「衛生的によくない」 音有・兵真(ia0221)の言葉に沙桐が即ツッコミを入れる。 「しっかし、麻貴ちゃんを心配して参戦しちゃう沙桐君、好きだけどもう少し自分の事を大事にして」 いつもの明るいお調子の中に真摯な様子を見せる弖志峰直羽(ia1884)に沙桐はこくんと頷く。 「麻貴ちゃんもお嫁さんになるし、俺も好きな子とそろそろ身を固めようかなーなんて♪」 くるりと直羽が後ろを向くと小隊の下に戻ってきた壬弥が酒を口にして噴いていた。 「壬さん何するのー!!」 「お前がいきなり言い出すからだろ!」 どうやらかかったらしい直羽が抗議すれば壬弥が返す。 「麻貴は嫁にやらん」 「こっちも壬弥さんと変わらないようで。しかし、麻貴さんの姫武将の格好は板についてきましたよ」 「麻貴は‥‥何着たって似合うよ」 くすっと、御樹青嵐(ia1669)が沙桐の様子を楽しんでいる。 「さぁ! いきますよーー!!」 万木・朱璃(ia0029)が声を張上げると、開拓者達は進軍を始めた。 理穴兵と朱藩援軍の射撃の甲斐あって、前衛の下級アヤカシ達は倒されていく。 だが、まだ氷羅には届いていなかった。 想像以上の人間の猛攻に奥のアヤカシ達が愉しそうに蠢いているようだ。 いの一番と言わんばかりに駆け出したのは小隊【野槌】。 正面は理穴の弓兵達が粗方倒してくれた。まだ雑魚はいるが、十分と判断したのはルオウだ。 目指すは氷羅の首。 「付き合うよ」 玉櫛 狭霧(ia0932)もルオウ(ia2445)に合わせて駆け出した。 慌ててルース・エリコット(ic0005)が竪琴で剣の舞を奏でた。 「いってらっしゃいませ」 そう呟く紬は神楽舞「瞬」を最後に仲間にかける。 「やっぱり‥‥」 猪突猛進とはよく言ったものだと走るルオウを見やるのはラシュディア(ib0112)。 「補佐に回ります」 ルオウの背を追い、走り出すのはシータル・ラートリー(ib4533)だ。 「そうしますか!」 ラシュディアも走り出した。 前線を走るルオウは阻む下級アヤカシをいなしていく。側面から忍び寄るアヤカシにルオウが気付いたが、攻撃が間に合わない。 隼襲で間合いを詰めたシータルがアヤカシを斬り倒す。 「ルオウさん、任せてください」 「あまりつっぱし過ぎるなよ」 前衛の背を守るのはラシュディアだ。 「頼むぜ!」 仲間の支えにルオウは再び突き進む。 巨体の氷羅は姿を現している。 「あいつが氷羅か!」 アヤカシの軍勢の奥にいる巨体を見た羅喉丸が標的を見据える。 「行くか」 剣を納刀状態にして盾を携える九竜鋼介(ia2192)も動き出す。 急ぎ駆ける開拓者達を見て、一息吐くのは紬柳斎(ia1231)だ。ここのところ、戦いより一線を退いていたが、再び前線へ赴いていた。 「久々の戦いがとんだ強敵だな」 「一緒に戦えて嬉しいです」 隣に立って前衛となるのは龍牙流陰(ia0556)だ。彼の言葉に柳斎は口端を笑みの形にする。 「春車の初舞台ですからね! どーんと行っちゃいましょー!」 元気よい朱璃は元気だけじゃない事を知るものは少なくない。そんな朱璃を見て「じゃ、いきますかー」と輝血が動き出した。 「皆、突撃してるね」 アリアスが言えば、壬弥は「士気が高いのは悪くない」と答えた。 「こっちはこっちでやる事がある。総員、まずは氷羅の動きを見ろ。どんな技が出てくるかわからねぇからな。後は適宜にな」 壬弥が言い切ると、沙桐と雪の方を見る。 「御両人は麻貴の方か?」 「ううん、壬弥さん達と行くよ。麻貴は後衛で対氷羅の理穴兵団を指揮してるからね。相当な流れ弾が来ない限りは大丈夫でしょ。それに、相手は大アヤカシ。人員はいくらでも必要でしょ」 「頼まぁ」 のんびりと沙桐が言えば壬弥は頷いた。 フェンリエッタ(ib0018)は山の如く聳える氷羅を眺める。 炎羅同様の水属性の姿。炎羅は記録程度にしか知らないが、大アヤカシという事もあり、心残りもある。共に戦うフェルル=グライフ(ia4572)も同じ事を思う。 人間の営みを壊すからアヤカシは討つもの。 その定義は揺らぐことがなかったのに名のある敵が何かを仄めかしていたのは事実。 「フェルル、戦いましょう」 深緑の瞳が氷羅を、今倒すべき敵を見据える。 「ええ」 強い意志にフェルルは戦場へと意識を戻した。 ● 「的確に狙ってくるのか。知能があるようだな」 そう呟くのは蔵秀春(ic0690)。 「兎アヤカシが各所の繋ぎ役のようです」 セフィール・アズブラウ(ib6196)が言えば、「兎か」と秀春が呟く。 「氷羅本陣から離さないとな」 相手は大アヤカシであり、他にも雑魚のアヤカシが星の数ほどいる。 「北東より二体来まする」 霧咲水奏 (ia9145)が言えば竜哉(ia8037)が頷く。 「ヘスティア、出てくれ」 竜哉が声をかけると、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は「たつにー、やんのか」と楽しげに笑う。 「水奏様と兎の排除に参ります」 「おう、こっちは任せておけ」 「お気をつけて」 セフィールが出ると、双子が見送った。 雫鬼は開拓者達の方向に気づいたのか、動きを定めはじめた。 「兎がいまするな」 「氷人形は二体ずつ行動している模様です。きっと、その側に‥‥南をお願いします」 セフィールの言葉に水奏が頷くと二人は行動を開始した。 竜哉達は神座亜紀(ib6736)の前に立つ。 「絶対に倒してみせるよ!」 栄光の手を掲げ、意識を集中して宣言する亜紀の行動より先に竜哉達が先制射撃攻撃を行う。それには理穴の弓兵も参加している。 射撃攻撃に気付いたアヤカシ達は本能のまま、撃たれたアヤカシ達を踏みつけ竜哉たちの方へと向かう。 「始まったな」 緋那岐が銃声に気付いて呼び出したのは結界呪符「黒」だ。理穴の兵たちがいる後方射撃組と自分の所。後ろでは柚乃が『精霊の聖歌』の演奏を始めている。 亜紀の栄光の手の更に上空には火球が渦巻いている。 杖を振り下ろすと、火球は流星となり、先導の雑魚アヤカシ達の上空へと流れて行く。 冷気があたりを支配していたが、熱がそれを溶かし、一つの火球が無数の炎の流星へと変わる。 容赦なく炎の星に打ち砕かれ、あるいは炎に抱かれ身を焼かされている。 奥より地響きを立てて奴等が来た。 「お出ましだな」 秀春が楽しそうに見上げる。氷人形は今のところ二体だ。 「まだ二体いるって事か。さっさと先にこっちを片づけるって事でどうだ?」 ヘスティアが言えば、竜哉は一つ頷いた。 氷人形の動きを確認したセフィールは湯気の中に必ずいるだろう兎の姿を探す。 兎が繋ぎ役であれば、必ず戦いを確認しているだろう。 仲間のアヤカシ達の中に隠れるようにしている兎がいた。 湯気に視界が奪われているのか、逃げまどっているようにも見える。 それは好機だ。 二発銃声を上げると、一発は首に。もう一発は右側頭部を粉砕した。倒れ込んで尚動こうとする兎は他のアヤカシに踏まれて動かなくなった。 「まずは一匹です」 セフィールがそう言えば、前衛の方へと戻っていった。 戻っていったセフィールはオリーブオイルを取り出す亜紀を見つける。 「かけるのですか?」 問われた亜紀が頷けばホーリーアローで射抜くようだ。 「それならば投げた後、すぐにエルファイヤーのご用意を。私が狙い撃ちます」 セフィールが言えば、亜紀は油に気をつけてと叫んで氷人形へ投げつけた。 狙い撃ちでオイルを打ち抜き、氷人形にぶつかって瓶が砕け、オイルがかかった。 次にエルファイヤーが氷人形を襲う。オイルが火に反応して爆発のような音を立てる。 「溶けはしないが動きは鈍くなっているな」 目を細める竜哉に「無茶をするなぁ」と秀春が楽しそうに笑う。 「一気にいくぜぇ」 駆けだしたのはヘスティアだ。手にしているミョルニルを一気に炎上している氷人形に投げつける。 自身の冷気と外からの熱気で亀裂が走る。 「ちょっと避けろよー!」 後方よりヒナキの声が聞こえてきた。前衛陣が避けると、何かが通り、氷人形の中へ溶け込んでいくように見えた。 悶え苦しむ如くに腕を振り回し手近な雑魚アヤカシが吹き飛んでいく。 氷人形の核が限界を超えたのか、そのまま氷人形は崩れ落ちた。 「まずは一体‥‥」 目の前にもう一体いる。 正直な話、ここでの鏡弦は平衡感覚が辛くなっていく。 兎探しをしていた水奏は静かにため息をついた。 だが、ここでへこたれるわけにはいかない。 目を細め、水奏は狙いを定める。 兎は氷羅に繋がっている。 「これ以上の暗躍は許しませぬ」 凛とした声と共に放たれた矢は兎の胴体を射た。 逃げようとする兎だが、水奏は迷う事無くもう一本矢を放てば兎は動かなくなった。 兎が居た場所はもう二体の氷人形が開拓者の方へと向かって行く。他の雑魚アヤカシが足元にいたが、幸い、水奏には気付かなかった。 急ごうと水奏は踵を返した。 多少の負傷はあれど二体目の氷人形を倒した開拓者達はもう二体の氷人形の姿に気付いた。 「これで終わりだといいんだがな」 秀春が呟く。 「氷人形から優先して排除だ」 鋭い言葉と共に竜哉が展開したのは戦陣「砂狼」。 素早さを上げ、氷人形の排除へと向かうのは竜哉、ヘスティア、秀春だ。 「もう一度行くよ!」 亜紀の栄光の手が指し示したのは新たに出て来た氷人形の片割れ、その頭上にて炎が一気に渦巻いた。 氷人形が炎に抱かれ、周囲の獣アヤカシを燃やして行く。アヤカシの動きに動揺が見られた瞬間、セフィールや兵士たちも援護射撃を行う。 矢の雨が氷人形の周囲の下級アヤカシを倒して行く。 氷人形は近くに燃えていた狼アヤカシを理穴の兵達に投げつけた。投げ出されるアヤカシの衝撃と炎に兵たちが混乱を始める。 「怪我人を後衛へ!」 水奏が叫び、統率を計る。柚乃が前に出て精霊の唄を奏でる。 「いくぞ!」 竜哉が号令をあげると共に魔砲鎗より高音を奏でる音が聞こえてくる。 二股に分かれた穂先はその名を意味する門なのか。 撃ち出される練力は氷人形へと叩きつけられる。 追い撃つ様に駆け出すのは秀春だ。 気合と共に撃たれる長巻が氷人形に叩きつける。 「援護、いきまする!」 水奏の声に前衛達が避けると、隊列が整い、射撃を打ってきた。 亀裂が氷人形達を襲っていく。 「トドメだぜ!」 ヘスティアが氷人形にミョルニルを叩きつけるとヒビが大きくなっていき、一気に砕けた。 ● 朱藩の兵、開拓者達の参入があって、氷羅を取り囲む正面の下級アヤカシは倒された。 後続の下級アヤカシはまだいるが、そちらは朱藩と理穴の兵達がやってくれる。 対氷羅の開拓者達が巨体の前に立ちふさがる。 先に氷羅の前に相見えたのは小隊【野槌】。 ルオウが氷羅に突っ込む前にルースが呼子笛を鳴らした。幸い、先を走るのは野槌の面々で、呼子笛の意味を知り、狭霧とシータルとラシュディアがルオウの動きを止める。 ルースが奏でる重低音は氷羅の動きを鈍くしていった。 ルオウ達も自分の間合いに入ろうとした瞬間、誰かが異変に気付いた。 氷羅の身体に纏われている雪の華結晶が微かに震えている。 「危ない!」 フェルルがスィエーヴィル・シルトを発動させ、无とジークリンデ(ib0258)が結界呪符「黒」とアイアンウォールを前衛達に展開する。 「挨拶代わりだ」 その言葉が開拓者達に聞こえたのかは解らないが、瞬時に華結晶が四散し、吹雪と化した。 爆音と爆風、そして吹雪となった華結晶が開拓者を襲う。 華結晶とはいえ、元は瘴気にして雪。それらが猛吹雪であればその冷気は真冬のもの。 直撃を受けた壁達はもうなくなっていた。 最前列にいた開拓者は壁のおかげで何とか持ちこたえられた。 「人間が我々に刃向かいに来たか」 芯から冷えそうな声は氷羅のものだろう。開拓者達を見下し、嘲笑う。 「最初からお見舞いしてくるとはね」 ふーっと、白い気を吐き、ユリアが呟く。 「怜君、大丈夫」 ユリアが怜に気遣うと「大丈夫なんだぜ!」と笑顔全開で頷くと彼女は微笑む。 「狙った所に雫鬼が前に出てきてるわね。ニクス、行くわよ!」 「解った」 ニクスに声をかけて向かうは雫鬼の群れ。後ろから怜の狙撃場所を探していたが、丁度いい所にアヤカシが出て来た。 ユリアがグングニルを雫鬼の群れに投げつける。白銀の刃は容赦なく雫鬼を突き倒していき、主の元へ戻ってくる。 炎魂縛武を発動させたニクスが残った雫鬼を倒して行く。 「俺だって負けないんだぜ」 怜も後方より銃で雫鬼を狙い撃つ。 まだ氷羅の冷気が残る最前衛に立ったのは柳斎だ。 氷羅は先ほどの吹雪の中にいただろうに懲りもせず立ち向かおうとする柳斎に「ほう」と声を上げる。 「それほど小回りの利かぬ性分でな。正面から付き合ってもらうぞ」 自身が盾となり、相手をすれば囮も可能だろうと柳斎が前に出る。 「力比べか。面白い」 右の拳を繰り出す氷羅に柳斎が不動を持って肉体を硬化する。拳は殲刀「秋水清光」が受け止めたが、相手は巨大にして強大な大アヤカシ、受けきれるものではない。 それを補うのは柳斎の傍にいた輝血が奔刃術で氷羅に飛び込み、波紋の美しい刀が氷羅の手首を狙う。 遅れて流陰が輝血が狙った所を焔陰で叩き込む。柳斎が動きやすいように二人は即座に離れる。 もう片方の拳も柳斎に殴りつけられようとした時、无が黄泉より這い出る者を構築し、氷羅に送りつける。 動きが鈍ったのを確信し、もう片方‥‥左の拳を鋼介が焔陰で叩きつけ、軌道を反らせる。 滑り込むように足元に飛び込んできたのは羅喉丸だ。狙いは足。 「はぁ!」 気合と共に羅喉丸が拳を氷の岩肌に叩き込む。三度の攻撃も傷をつけるに至らない。 「まだだ!」 雑魚アヤカシとやり合いながら側面から入って氷羅の足元に入ってきたのは小隊【華夜楼】の中の一人、兵真が構えるのはグングニルだ。 狙うのは膝関節。破軍も重ねて連々打の二度攻撃を行う。まだ足りていない。 「何度もやればいい」 兵真が攻撃した同じ箇所を焔陰で突くのは沙桐だ。続いて雪が浄炎で攻撃する。 「まぁまぁ、ぶっとい足だわな」 壬弥が炎魂縛武で羅喉丸が叩き付けた場所を叩きつける。 「足元に固まるな! 狙われるぞ!」 アリアスが声をかけると足元に居た開拓者達が一度散った。 「かき氷にしたら何人前だか」 見上げる直羽が軽口を言いつつ、精霊砲を発動させる。 「ほう。小さな人間が集まって倒そうというのか」 闇雲に攻める事はせず、撹乱で氷羅の注意を拡散させるのが目的に氷羅は気付いたようだった。 背後にはまだ雫鬼がいるのを氷羅は気づいていた。その雫鬼の群れを片手で掴み上げると、氷羅掌中の雫鬼がどんどんと凍っていく。 「あれは前回の戦いの時に現われた雫鬼‥‥!」 青嵐が思い出し、氷羅が何をしだそうとしているのか察知して即座に火炎獣を召喚する。狼が炎を吐くも氷羅が足で踏み潰そうとする。 「させませんよ!」 そう言ったのは後衛の朱璃だ。彼女はもう精霊力を十分溜めている。 放った白い精霊砲は射程も十分、氷羅を目がけて飛んでいく。氷羅が凍った雫鬼を前に掲げて盾とするが、精霊砲はそれを砕き、氷羅の頸部を直撃した。 大砲の如くの朱璃の一撃は氷羅の頸部から鎖骨にかけて粉砕はしたものの、まだまだ動けるようであった。 「面白いな」 にやりと笑う氷羅はとても愉しくなってきているようであった。 ひんやりと辺りが冷たくなっていく。先ほどの吹雪とは異質な冷たさ。 水蒸気を凍結させた雫鬼を砕かれた手には鏡が盾のようにあった。 「その強さを映して見ようか」 ● 柊真と話しているのは庵治秀影(ic0738)だ。 「宴会はまだか」 「来月まで待っておけ」 くつりと柊真が笑う。 「ま、大元倒さねぇとな」 二人が話し合っていると、柊真が近づいてきた事を察知する。 「近づいてきたぞ!」 柊真が叫んだ先は【天叢雲剣】の小隊面々だ。 「かしこまりました」 須賀なだち(ib9686)が応えると、総員は臨戦態勢となっている。 「敵、中級アヤカシ蛞蝓姫は毒粘膜の矢を降らせると報告がありました。お気をつけあそばせ」 「蛞蝓姫‥‥面白れぇな」 にぃと、好戦的に笑うのは須賀廣峯(ib9687)だ。 「なだちさん、此度は私も前に出ます」 一歩前に出たのは木葉咲姫(ib9675)だ。 「桜の君‥‥っ」 目を見開いているのは籠女。そっと月夜見空尊(ib9671)が咲姫の隣に立つ。 「ぬしが前に出るか‥‥」 愛らしい花の芯は強い。それを受け止めるのは夜を統べる月。 「ならば、我が護ろう‥‥」 「護られてばかりなど‥‥ですが、私に出来る事をさせていただきます。どうか、ご無理はなさらず」 大切な恋人に優しく髪を撫でられた咲姫の心に刻むのは愛しい人を危機に晒さない事。 「八咫郎様」 なだちが名を呼ぶと、八咫郎(ib9673)は「お任せください」と応えた。 「今日も期待しているよ。タケ」 笑顔を浮かべるのは州羽水人(ic0316)。前衛に出ようとした御雷猛(ic0265)は「任せておけ」と返した。 刃の確認をする輝郷は刃に仲間を映し、意識を高める。 「前のめりには気をつけなければな」 「期待しております」 なだちが言えば、秋葉輝郷(ib9674)は黙して頷く。 敵は見えるところまで来ていた。 此方の下級アヤカシは雫鬼が主となっている。 「こっちは凍ってないんだね」 青い粘膜のアヤカシを見て籠女が呟く。 先制したのは稲杜空狐(ib9736)。 小さな火の式神を呼び出しては雫鬼を蒸発していく。 続いて理穴の兵達が弓で下級アヤカシ達を足止めする。 「早く出ておいで」 澄んだ水の如くの涼やかな声で籠女がウィンドカッターを放つ。引きずり出そうとしているのは蛞蝓姫。 前衛に立つ咲姫もまた浄炎で応戦している。 「どうやら、陣形は前と同じなようだな」 前回も蛞蝓姫を担当としていた秀影が不敵に笑う。 前衛のアヤカシ達に囲われるように蛞蝓姫が囲っていた。 「御簾中の姫というところでしょうか。引きずり出させてもらいましょう!」 猛が前に出て咆哮をあげると、傍にいる下級アヤカシが反応する。 惹きつけられたアヤカシを逃さなかったのは水人。フローズを発動させ、雫鬼の動きを阻害する。 「此方は任せろ」 咆哮に惹きつけなかったアヤカシに更なる咆哮がかけられる。空尊の咆哮だ。引っかかったアヤカシの相手をするのは闇川ミツハ(ib9693)だ。 早駆を使って動きの鈍い雫鬼を的確に倒して行く。 「前方右! 雫鬼がくるぞ!」 輝郷の声に理穴の兵達が援護射撃を行う。咲姫の護衛につく八咫郎も銃で応戦する。前衛ゆえの射撃だが、咲姫に少しでも危機から逃す為に撃つ。 前線のアヤカシを相手していたなだちは粘膜に覆われた雫鬼の御簾の向こうにいる姫に気付いた。 「暴れるのは廣峯様です。此れ以上させません」 穏やかな声でなだちが見据えるのは蛞蝓姫。 「露払いしよう」 前に出たのは柊真と秀影だ。 「手伝う」 ミツハも前に出てアヤカシ達を斬り倒して行く。空狐も援護射撃で火輪を発動させていく。 「蛞蝓姫が近いぞ、気をつけろ!」 雫鬼をなぎ倒して輝郷が叫ぶ。 「近けぇか! 楽しみだな!」 輝郷の言葉に廣峯が更に高揚してきたのか、自分を挟み撃ちにしようとしている雫鬼達を斧で振りあげ、軽々と叩き倒す。 「前に出すぎるなよ!」 負傷はしてほしくないと思った輝郷は手近な雫鬼を蹴り、廣峯の方へと向かわせるも軽い足止め程度であっさり雫鬼は倒される。 頼もしいが危なっかしくも思う輝郷であった。 粗方のアヤカシが倒され、前に蛞蝓姫が出された。 「蛞蝓と言うより、まるで蝸牛だね‥‥」 的を得た籠女の言葉に輝郷が「そうだな」と頷く。 「ねぇ‥‥僕と君、先に術力が尽きるのはどっちかな?」 積極的に前に出た籠女の瞳には好戦的な色が灯る。 「小娘が‥‥」 粘度の強い粘膜を垂らしつつ、長く黒い髪の合間からにぃと、おぞましく笑みの形を作る。地へと滴り落ちる粘膜の動きが止まり、微かに震えるのを咲姫が気付く。 「させませんっ!」 「あぶないっ」 空狐が火輪を発動させ、咲姫が石鏡の扇を振り降ろし、蛞蝓姫に浄炎を抱かせる。式の炎と清浄なる炎に苦しみの様子を見せたが、ここはアヤカシの地盤。瞬時ににぃと蛞蝓姫が笑う。 何が起きるのか理解した輝郷が即座に武器を掲げぼやけた夕陽のような光りを発した。 「小癪な‥‥」 一笑と共に粘膜の矢‥‥矢毒雨放たれた。 「籠女っ」 矢面に立っていた籠女と咲姫はミツハと空尊、八咫郎に庇われていた。 「ミツハ‥‥っ!」 「空尊さん! 八咫郎さん!」 それぞれが悲痛な声を上げる。ミツハは即座に死毒で顔を歪めている。咲姫は即座に解毒を発動させている。 「‥‥ぬしが無事ならば、問題はない」 「そうです」 二人の言葉に咲姫はぎゅっと唇を噛み締める。 立ち尽くしていた籠女は静かに蛞蝓姫を見やった。気付いた輝郷が前に出る。 「籠女、落ち着けっ」 「僕を怒らせた事を思い知らせなきゃ」 紫水晶の瞳は怒りに輝かせている。 「そのとおりです」 空狐も同じようで、容赦はしないだろう。 「二人も激昂しては敵の思う壺だ!」 輝郷が宥めても二人の怒りは収まる事はないだろう。蛞蝓姫の討伐以外は。 「たかが人間‥‥何ができる‥‥?」 「‥‥言ったね」 籠女と空狐が同時にファイヤーボールと火輪を発動させようとしているが、輝郷が空狐の様子に気付き、走り出す。 「空狐、やめろ」 「輝様」 空狐のやろうとした事に気付いた輝郷が止めた。 しかし、籠女のファイヤーボールはそのまま放たれる。 「手伝うよ」 後衛に居た水人もファイヤーボールを発動させて放っていた。 蛞蝓姫は攻撃をわかっていたかのように甲羅を前に差し出した。二人の炎はあっさりと防がれてしまった。 静かに観察していた猛ははて‥‥と何かに気付くと同時になだちが前に出る。 「廣峯様、私が敵の動きを止めます故‥‥」 「言われなくてもこいつは俺の相手だ! 誰にも渡しゃしねーよ!」 悠然としたなだちの言葉を遮って廣峯が叫ぶ。頼もしい言葉になだちは微笑み、ミツハが動けることを確認した。 矢毒雨の射程範囲外へ移動した開拓者達の中、秀影と柊真が雑魚アヤカシが応援に来た事に気付いた。 「しょうがねぇなぁ、俺達で抑えてくるわぁ」 秀影が声をかけると、柊真が兎を探せと秀影に告げ、彼も雑魚アヤカシの方へと走る。 「任されたからには勝たないとな」 輝郷が呟けば彼も前へと戻る。 なだちと一騎打ちをする事になった蛞蝓姫は矢毒雨が放たれた。なだちは動かず、矢の雨を受けたように思えたが、それは空蝉だった。 「粘膜に覆われた視界では明瞭に見えないでしょう」 気づいた時にはなだちは蛞蝓姫の影を束縛していた。ミツハも前に出ており、二人のシノビが発動させたのは水柱だ。その水流は蛞蝓姫を飲み込む。 「ミナ!」 籠女の声に水人も意図に気付いてフローズを発動させる。粘膜を凍らせるまではいかないが、動きを止めるには十分。 駆け出したのは猛だ。狙うは蛞蝓姫の背後。 大きく一歩踏み出した猛が垂直に槍を構え、一撃を加えるがその甲羅は固かった。 「まだまだ!」 尚もやめない猛に廣峯も甲羅割りに参加する。 「槍なら繋ぎ目を狙え。槍が壊れるぞ。斧の旦那も真正面じゃなく、側面を狙え」 兎探しをしていた柊真が言葉を挟めば猛が頷き、廣峯は「わかってらぁあああ」と勢いよく叫びだす。狙いを定めて甲羅と身体の繋ぎ目を猛の槍が突き刺す。廣峯が剥がし壊すように甲羅の側面を斧で叩く。水柱がまだ効果を得ており、水しぶきが自身にかかるが知ったことではない。 水柱が消えると、輝郷も甲羅剥がしに参加し、猛と廣峯の逆方向から槍に当らないように刀を差込み、炎魂縛武を発動させ、一気に肉を切り裂き、甲羅の下半分を分離させる。 「後は任せろ!」 廣峯が勢いよく斧をスマッシュで甲羅を叩くと、甲羅の上半分が砕けて背面が見えた。 影で縛られたまま、蛞蝓姫が地に崩れ落ちる。 蛞蝓姫は最後の矢毒雨を降らせようとしたが、それは八咫郎が撃ち込んだ銃のショックで放てなかった。 「下種にあげる慈悲はないよ?」 籠女の言葉が最後に聞いた言葉だろう。 「上手い事いったか?」 秀影が言えば、柊真がまぁなと言う。 「そっちは?」 「やっぱり兎がうろちょろしていた」 秀影の足元に転がっていたのはもう氷羅に状況を伝える事が出来ない兎アヤカシだった。 短期決戦と思われる戦いではあるが、負傷した兵が戻ってきたりしている。 「お帰りなさい、怪我大丈夫ですか」 沙羅が負傷した兵に声をかけると治療符で傷を直す。 「温まっていってください」 エミナが水団が盛られている椀を兵達に勧めている。 空になった椀を返してもらってエミナは温かい鍋を見やる。 心の中では葛藤を始めており、最前線より寒くないとはいえ、冷気はここまで漂っている。味噌の香りは冷えに効く。その隣にはお握り。 ぐるぐると葛藤しているエミナに勝機はあるのか! 「エミナちゃん‥‥でしたっけ」 ひょっこり顔を出したのは救護班の応援にきていた理穴の巫女。その所作はまるでどこかのよい所の奥様のようだ。兵達もなんだか畏まっているようにも見える。 「は、はい! つまみ食いしません!」 「私たちだって食べないと倒れます。前線で戦う人を支えてこその救護陣営です」 「エミナちゃん、食べましょ」 沙羅が誘うとエミナは頷いた。 「あのひと、何て名前だっけ」 エミナが沙羅に言えば、近くにいた兵士が「麻貴様の義姉の葉桜様」と答えた。 「兎‥‥」 エミナが少し遠い所で兎の足音を聞いた。沙羅がエミナの呟きで珠々が兎アヤカシを気にしていた事に気付いた。 ギランと目を輝かせた沙羅が走り出す。 「沙羅ちゃーーん?!」 「にゃっすー! 沙羅様と被るアヤカシに戻らせないにゃー!」 心情はともあれ、しっかり成果を挙げていた黒兎雪猫コンビだった。 氷羅が映し出した鏡に反応したものが数名いた。 恐慌状態となり、動けなくなっていた。 沙桐が近くにいたアリアスの様子を見やれば何かを呟いている。 「強さを見る‥‥弱点を見せて‥‥!」 はっとなった雪が珠々を見やるが彼女は兎と格闘していたようだ。 「随分な真似をするものね」 きつく氷羅を見やるのはフェンリエッタだ。刀を構えており、その刀身に纏わるのは雷。 振り下ろされる雷鳴剣。ジークリンデも援護にボルケーノを放っていく。 无が援護に黄泉より這い出る者を構築して呪いと動きを封じる。 まともに雷鳴剣とボリケーノを受けた氷羅に再び【野槌】、【華夜楼】、羅喉丸、鋼介、【春車】が攻撃に入る。 「ぐっ」 氷羅に小さな亀裂が入るのに開拓者達は気付いた。 勝機が見えたかと思ったが、アリアスが全員に声をかける。 「また来るぞ!」 退避の言葉で開拓者達が一目散に逃げるが、柳斎は不動を発動させると共に飛び込んだ。 攻撃の盾となるのが柳斎だ。少しでも結晶を使い物にならないようにする策だ。 再び吹雪が巻き起こり、壁に隠れたり木に隠れたりと開拓者達は凌いでいる。柳斎の攻撃もあり、ほんの少し減退出来た。 吹雪が止みかけを狙ってルオウが走り出す。 「いまだぁあああ!」 小隊【野槌】がルオウの号令に呼応し、駆け出す。 狭霧が足元の雪を巻き込むように瞬風波を繰り出し、視界を遮断する。 氷羅は手を翳し、瞬風波を払い飛ばす。シータルがその手を焔陰で斬る。 ラシュディアもシータルに続き、氷羅の手を払う。 狙うは破損している頸部。 「もらったぁああ!」 「奢るなよ! 餌が!」 氷羅の片方の豪腕がルオウの剣と交わる。 「ぜってぇ、その首貰う!」 「その気概、俺も同じだ!」 駆け出すのは羅喉丸。亀裂を狙って再び足を狙い、亀裂を大きくする。 珠々が兵真と青嵐に声をかけると、兵真と珠々がラシュディアが払った手を伝って氷羅の身体を走り出す。 「何っ」 振り払おうにも青嵐の幻術符が効いている。 ピクリと珠々が何かに反応し、兵真を氷羅の頚椎から少し遠ざける。 静寂と化した遮蔽物の陰でずっと精霊力を溜めていた。 氷羅の余力もあと少しだろう。 決して逃がさない。 ここで大事な人が戦っている。 氷羅を倒さなくては‥‥ 一発の銃声が氷羅へと向けられた。だが、その角度は氷羅には当らない。 そのままでは。 思いっきり銃弾は曲がり、氷羅の頸部に命中した。 怜の銃弾を確信したユリアとニクスは前衛と走る。 氷羅は銃弾を受けて悶えだした。腕を振りまわし、身体を悶えさせる。ルオウも払われ、間合いを取り直す。 羅喉丸、【華夜楼】、雪、沙桐達の攻撃もあり、とうとう氷羅の両足が砕けた。 揺れに気づいた珠々が氷羅の左目に刀を斬りつける。平衡感覚が取れなくなった兵真だが、一矢でも‥‥と氷羅の左目に槍を突き刺した。 「ぐおおお!」 暴れだした氷羅に珠々と兵真は飛び降りる。 ニクスがアークブラスト発動と共に駆け出し、氷羅の腕の関節のヒビの大きさに気付く。 秋水を使い、刀を地中へと突き刺した。 「今だ!」 ユリアが扇を翳し、アークブラストを発動させる。フェンリエッタもまた雷鳴剣を走らせ、その稲妻はニクスの刀へと走っていく。 電撃が走り、腕をを粉砕した。 「あんたにはやらないよ」 輝血が再び氷羅にかかると、氷羅もヒビまみれの残った腕で殴りつけようとする。 同じくして前衛達がもはや動けない氷羅に最後の攻撃を行った。 開拓者達渾身の一撃は氷羅を砕くのに十分なものだった。 氷が割れ行く音を立てて氷羅が砕かれて倒れていく。 死を遂げた氷羅の欠片が溶けていき水蒸気となり、周囲の視界を隠した。 「皆逃げろ‥‥!」 水蒸気の瘴気は天へと昇っていったが、その霧の濃さに全員下がるしかなかった。 ● 戦いが終わり、報告と歓喜に沸きあがる。 回復術を持つ開拓者達は治療に駆け回る。 その中の一人である紬は仲間の治療に専念していた。 「私、他の怪我人のところへ行ってきます」 そう言って紬はけが人の方へと走り出した。 「どこ行くんだ?」 ルオウが尋ねたのは狭霧だ。 「今回の司令官に護大の回収について報告しようかなって」 「まだ、霧は晴れてませんからね‥‥」 シータルが呟けばラシュディアとルースはその方向を見やる。 氷人形討伐組も戻り、麻貴に「頑張ったぞ!」と抱きしめられて頭を撫でられていた怜はヘスティアの姿を見つけて喜んで駆け寄る。 「ママ!」 「怜、頑張ったな」 ヘスティアが怜の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。 「そっちの首尾も大丈夫そうね」 ユリアが言えばヘスティアが「まぁな」と笑う。 「終わった事だし、飲まねぇか」 ヘスティアが言えばユリアとニクスが頷いた。 救護の天幕では手の空いた開拓者有志が負傷者に治療を施していた。 「おっと、すまんね。自分は簪職人であって巫女じゃぁないんでね。治療が不器用なのは勘弁してくれ」 痛いと叫んでいた兵士だが、「それだけ元気ならすぐに直りますよ。お大事に」と後ろから女性に言われてしまって周囲に笑われてしまった。 炊き出しの方では緋那岐、柚乃、セフィール、沙羅、エミナをはじめとしてまだ動ける者が炊き出しの水団や雑炊を開拓者や兵士に渡していた。 珠々を抱きしめて珠々を誉めている今回の司令官の麻貴を見つけた秀影が声をかける。 「これでおわりかね」 「確約は出来ない」 秀影の言葉に麻貴が首を振った。 「そういえば、柊真君とかいう役人が葉月に宴会があるといっていたが、何が理由があるのかい?」 話を変えた秀影に麻貴はふと微笑む。 「ありますよ」 話に入ってきたのは珠々だ。 「おか‥‥麻貴さんと今回武天のサムライさんのお誕生日が来月なんです」 「なるほど、そりゃめでてぇ」 珠々の言葉に秀影が納得して笑った。 麻貴に護大があろう場所はまだ人が踏み込められる場所ではない事と、蛞蝓姫、氷人形討伐の報告を貰っていた。 「ありがとう。皆‥‥本当にありがとう‥‥」 麻貴は開拓者そして、理穴の兵達、朱藩の援軍に笑顔で礼を言った。 開拓者達の活躍は儀弐王へと伝えられた。 |