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■オープニング本文 氷羅討伐が完了し、儀弐王率いる理穴軍が氷羅と砂羅の護大を回収を完了した。 「さて、俺らも帰るか」 興志王がくるりと踵を返すと、自身の名を呼ばれてくるりと振り向いた。 駆け寄るのは理穴の名家の令嬢、羽柴麻貴だ。 「おう」 「興志王、応援砲撃ありがとうございました」 ぺこりと頭を下げる麻貴に興志王は「硬い挨拶なんかするな」といいたいようだ。 「興志王や綾姫の援軍、開拓者の力なくてこの戦いは勝てませんでしたので」 「そうか、そっちもご苦労だったな」 真っ直ぐ見つめる麻貴を見てふっと、興志王が笑う。 「いえ、儀弐王様のお役に立てたのであればこれしきの疲れなどすぐに吹き飛びます」 麻貴の生き生きとした様子に興志王は麻貴が儀弐王に傾倒しているのを察した。 「ま、結構楽しめたからいいさ、俺もとっとと休ませて貰う」 「お疲れ様でした。ごゆるりとお休みください」 麻貴が興志王見送ると、彼女も戻った。 自分の陣営には柊真が待っていてくれており、麻貴が「見送ってきた」とだけ言うと、彼女は糸が切れたように眠気に襲われた。 麻貴もまた、強い疲労に襲われていたからだ。抱きとめてくれた柊真の腕の中で麻貴は眠りについた。 一度奏生に戻り、麻貴と葉桜は父である杉明に報告をした。 報告を聞き、杉明は満足そうに頷いて麻貴と葉桜を抱きしめる。 「ち、義父上‥‥!」 「お前達が無事でよかったよ」 ほっとしたような杉明の声に麻貴は甘えるように目を閉じる。 「ただいま帰りました、義父上‥‥」 「ただいま帰りました、お父様」 再会も束の間、杉明には仕事が待ち構えており、葉桜は夫である梢一に会いに行かねばならない。麻貴は監察方で仕事をしなければならない。 「麻貴、お前は三茶に行け」 仕事に押される麻貴であったが、杉明にそう言われてしまった。 「へ?」 「沙桐がそこにいるそうだ。三茶でも祭りがあるらしくてな、休暇ということで行って来い」 「し、しかし‥‥」 仕事を優先してしまう麻貴にとって心苦しい。 「今のお前は休むのが仕事だ」 杉明にそう言われて麻貴は悩んだが、柊真に引っ張られて三茶へ行く事になった。 三茶とは理穴奏生より東部へ一日歩いた所にある街。大きな街道沿いにあり、活気がとてもある。 ここの所は祭りもあり、更に活気付いてきているようだった。 三茶で一番縁があるのは雪原一家であるので、挨拶にむかった。 「麻貴さん! 柊真さん!」 赤垂が駆け寄ると、一緒に出てきたのは沙桐だった。どうやら、剣の稽古をしていたようだった。 「お疲れ、麻貴」 「ただいま」 見つめ合う双子は笑いあって屋敷の中へ入る。 屋敷の中では新たな同居人を迎え、何だか慌しい。理穴東部の件で先代の雪原夫婦が転がり込んできたかららしい。 「おう、嬢ちゃん来たか」 にっと、先代雪原の蛍石が笑いかける。 「今、俺たち転がり込んで連中慌ててなぁ、居候だから何かしようにも人がつく」 先代に下っ端仕事をさせるのが恐ろしいんだろうなと麻貴と柊真は察する。 「今は祭りをやっているんですね。とても賑わっていますね」 麻貴が言えば、蛍石が頷く。 「今は理穴東部の流れ者もいて何かと治安が悪い。それでだな、開拓者にちっときてもらえねぇかなと。ついでに馳走もできたらいいなと思ってな」 「それはいい案だ。開拓者には東部の件で礼がしたかったしな」 頷いたのは柊真だ。 「それなら、店を押さえている。お前さん達も一つ年を取ったんだ祝いでたんと食ってくれ。」 不敵な笑みを浮かべて蛍石が言えば、麻貴と沙桐は頷いた。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 北条氏祗(ia0573) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 御樹青嵐(ia1669) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / 叢雲・なりな(ia7729) / 霧咲 水奏(ia9145) / フェンリエッタ(ib0018) / レティシア(ib4475) / 叢雲 怜(ib5488) / 緋那岐(ib5664) / 庵治 秀影(ic0738) / シエン(ic1001) |
■リプレイ本文 「よ〜ぉ、めでてぇなっ」 景気のいい声を上げたのは庵治秀影(ic0738)だ。 「来てくれたか!」 明るい声を上げて麻貴が駆け寄ると彼は「おうよ!」と笑顔で笑ってくれた。声の方向に気づいた柊真が現れた。 「よくきたな」 「呼ばれたからなぁ」 見慣れた顔を見つけた秀影が笑っていると、パタパタと秀影の横をすり抜ける女性がいた。 「麻貴様、沙桐様、お誕生日おめでとうございます」 はぐっと、麻貴に抱きついてきたのは白野威雪(ia0736)だ。積極的な行動の雪に秀影と話していた柊真が目を丸くする。 「これはこれはよい贈り物だ」 雪の抱擁に麻貴が抱きしめ返す。 「麻貴ーー!」 ばたばたと沙桐が駆けてきた。 「何だ焼もちか」 にやにや笑う麻貴に沙桐は「ぐぬぬ」と唸る。 「相変わらずだなー」 そう言うのは緋那岐(ib5664)だ。 「お誕生日おめでとうございます」 柚乃(ia0638)が麻貴に声をかけると、祝いの品の虹色宝珠付き組紐飾りを渡した。 「とても綺麗だ」 「色違いだね」 二人揃ってありがとうと柚乃と緋那岐に礼を言った。 「麻貴姉ちゃん、沙桐兄ちゃん、誕生日おめでとうなのだ」 「怜君! お疲れ様」 祝われた麻貴が叢雲怜(ib5488)にねぎらいの言葉をかけると、隣にいた少女に視線を向ける。 「恋人のなりななんだよ!」 ちょっと照れたようにはにかんだ笑顔で怜がなりな(ia7729)を紹介した。 「なりなだよ、よろしくね。誕生日と聞いたよ、おめでとう」 「はじめまして、羽柴麻貴だ。祝いの言葉、ありがとう」 「俺は鷹来沙桐、宜しくね。今日は来てくれて本当にありがとう。楽しんでいって」 なりなが自己紹介をすると、麻貴と沙桐が名乗る。 「姉ちゃん、兄ちゃんだけじゃなくてなりなも誕生日なんだぜ」 怜の言葉に双子はおおっと声を上げる。 「なりなちゃん、お誕生日おめでとう」 「幸多き一年でありますように。甘味は好きかな、何か作らせるから夜になったら戻っておいでよ」 無意識なのか、なりなが麻貴を見つめると麻貴はにこりと笑う。 「怜君には時折私や沙桐の依頼に応じてもらっている。前のアヤカシ討伐にも彼の狙撃が一躍を買っていた」 「そうなんだ」 目を見張るなりなに麻貴は「頼りになる人だよ」と頷く。 「怜君、利発そうな美少女ではないか。なかなかやるな」 「へへっ」 こそっと、麻貴が怜に声をかけると、怜は照れくさそうに笑い、なりなと祭りに出かけると言って出て行った。 宴の準備の手伝いをしていた赤垂を見かけたのはレティシア(ib4475)だ。 「あら、赤垂さん」 「お久しぶりです。レティシアさん」 レティシアの再会に赤垂が笑顔となる。声をかけたレティシアは目を丸くして驚く口元を隠した。 「まぁ、背が高くなりましたね」 赤垂と初めて会ってから年単位となる。はじめて会った時は小さな少年が今は少しずつ成人へと近づいている。レティシアもまたレディへと階段を上がっていて 「僕も成長しますから」 「ふふ、先が楽しみですわね」 「料理もできるようになったんです。是非食べていってください」 意気込む赤垂にレティシアは笑顔で頷いた。 今回、理穴の有力志族の娘やら武天の有力志族の当主がいると聞いた北条氏祗(ia0573)は警備の確認をしていた。 自警団の雪原一家も警備には協力してくれた。 「まずは揉め事の沈静化からだな」 「ああいう連中は陽動を使って暗躍するからな」 雪原当代と北条が法被に猿股姿で歩いている。美丈夫二人が歩いている姿は中々様になって女性の視線が熱い。 「まぁ、大丈夫とは思うが、油断ほど怖ぇもんはねぇなぁ」 「全くだな」 「よぉう、こっちは大丈夫なようだぜ」 ひょっこり顔を出したのは秀影だ。 「確認助かる」 「いいってことよ」 更に渋い男前が入り、遠巻きの女性達の視線が太陽より熱くなる。 街の女性達の熱視線がわからないまま珠々(ia5322)は三茶の街を歩く。 目的は双子の誕生の贈り物だ。 三茶ならば色々と物が揃っているので、小間物屋を中心に調査を重ねる。 今回は自分の中で大事な目的を遂行させなくてはならないようで、いつも以上に何だか気合が入っているようであった。 無表情であるが、その様子は決死の任務を全うしに行くシノビそのもののようだった。いかにあの双子によいものを渡そうか思案して吟味する。 これだと思ったものを購入し、戻ろうとしたとき、ぴくりと、翠髪が揺れる。 麻貴たちの声がした。浴衣姿で雪と一緒に大きな通りを歩いていた。これから縁日の方へと行くのだろう。 雪が真ん中で両脇を双子達が手をつないで歩いている。 三人とすれ違う三茶の家族を見つける。夫婦が子供を真ん中にして歩いていた。 いつもその光景を見ては胸を締め付けられる想いをしていたのだが、今日はあまり辛くない。 その異変に気づき、珠々はあれっと、首を傾げる。 「何故でしょう‥‥」 「どうかしたのか?」 「にゃーーー?!」 背後から柊真に声をかけられて珠々は悲鳴を上げてしまう。 「あ、あの‥‥」 おどおどする珠々に柊真は何かを察して珠々を自身の肩に乗せる。 「お前にだって家族はできるんだからな」 返事はしなかったが、珠々はこっくりと頷いた。 緋那岐、柚乃双子は縁日を回っていた。 今も時折しか会えないが、会うとやはり嬉しいものだ。 大食の緋那岐はもう食べに入っており、揚げ芋を食べていた。手持ち無沙汰だろうと緋那岐は杏飴を柚乃に買ってやる。 「ありがとう、兄様」 喜ぶ柚乃を見て緋那岐は麻貴達を思い出す。 双子は不吉という風習はよくあるが、自分達は引き離されたりはなかった。 麻貴と沙桐は引き離されており、偶然出会わなかったら一生会えなかったという。 二人が「一緒にいる」という事に拘っているのは見てわかる。 「兄様?」 きょとんと柚乃が緋那岐を見つめると彼はくすっと笑う。 「もう少し回るか、一緒に」 緋那岐の誘いに柚乃は笑顔となる。 「そういえば、祝いの品忘れたな」 ぽつりと緋那岐が呟くと、柚乃が兄のほうを向く。 「お二人とも、私達からの贈り物と思ってますよ」 意外な言葉に緋那岐はきょとんとなり、柚乃が何かを見つけて緋那岐を呼ぶ。 「今行く」 仲良し兄妹はさらに縁日へと繰り出していく。 礼野真夢紀(ia1144)は縁日の見回りに来ていた。 依頼書どおり、大きな街でとても賑わっている。 少しだけ熱を纏った風が真夢紀の前髪を優しく撫で上げる。反射的に顔を見上げれば燦々と真夏の太陽の光が降り注いでいる。 「今日も暑いです」 ぽつりと呟く真夢紀の後ろから怒号が聞こえる。 飲み屋が出店を出していて、食べ飲みできる所でどうやら客が喧嘩を始めた。 「お前、一合多いだろ!」 「お前だって食ってるだろ!」 飲みすぎで舌が巻いている。暑さと酒で少しふらふらのようだ。 「仕方ないです」 真夢紀が呼び出したのは火の玉。 ほよほよと火の玉は酔っ払いの方へと向かう。 「なんだと!」 「やるかー‥‥」 二人が硬直したのは眼前の火の玉。 「うわああああああああ!」 数秒後に声を揃えて逃げ出した。 「あ、お金は払ってください!」 真夢紀が叫ぶが、店主は後で取り立てに行くから大丈夫と笑ってくれたので、ちょっとほっとした。 「お嬢ちゃん、強いね!」 縁日の屋台で揚げ芋屋をしていたおじさんが真夢紀に声をかける。 「食ってけよ」 櫛に刺さった揚げ芋を貰って、真夢紀はお礼を言う。 「見事な手前だね」 次に声をかけてきたのは麻貴と沙桐と雪だ。 「お怪我はありませんか」 雪が訊ねると、「大丈夫です」と答えた。 「そういえば、今回、おばあちゃまはいらっしゃらないのですね」 「今回は武天の繚咲というところにいるんだ」 沙桐が言えば、真夢紀はしょんぼりとした表情となる。 「残念です」 「ばあ様に伝えておく。真夢紀ちゃんのこと覚えてるからきっと会いたかったって言うから」 しゅんとなる真夢紀に沙桐が言えば、彼女はよろしくお願いしますと答えた。 宴まで料亭の庭を眺めながら涼んでいたのはフェンリエッタ(ib0018)と霧咲水奏(ia9145)だ。 雪原一家の先代の奥方が二人の相手となっていた。 彼女は理穴東部からの難民であったが、元は三茶にて雪原一家の姐さん。旦那が雪原一家の代を退いた為、理穴東部にて隠居をしていた。 理穴東部から離れる事になったもの達も多かったが、理穴の方の尽力もあり、何とかなっているようだった。 奥方の話に水奏は微笑むも青い瞳は愁いを帯びる。 「故郷を追われ、未だ人心癒えぬこともあるでしょうが‥‥」 「私は主人と私の命を救ってくれた‥‥これもお国の軍や、皆さんのおかげです」 朗らかに微笑む奥方を見て水奏は一つうなずく。 「なんだか、あっけなかったような気がするわ‥‥」 確かに、皆の力を合わせた事もあり、大アヤカシを撃退できたが、フェンリエッタには何か違和感を感じるようだった。 「俺もそう思うな」 話に入ってきたのは羅喉丸(ia0347)だ。 「それはお前さん達の力が強くなったからじゃないのか」 庭より声をかけてきたのは珠々を肩に乗せた柊真だった。 「先日はありがとう、貴方も無事でよかったわ。なんだかまるで親子ね」 くすっと、フェンリエッタが言えば、柊真は嬉しそうで、珠々は恥ずかしいのか顔を俯かせる。 「照れておりまするな」 水奏もちょっかいを出せば、珠々は「お部屋においてきます」と言って軽やかに柊真から降りて走り出す。 「さっきの話だが、確実にお前さん達は強くなっている。それだけは確かだと思う」 「個々の力は小さくとも皆の力がなくては強い敵には打ち勝てない」 柊真の話を羅喉丸が繋ぐ。 「他国にも強大な敵はいると聞く。これからもお前さん達の協力を頼むだろう」 まっすぐ開拓者を見つめる柊真の言葉に開拓者たちは頷いた。 怜となりなが三茶の街を手をつないで歩く。 というか、なりなが怜の手を引っ張っているのが実情。 「神楽の都も結構にぎわっているけど、ここも負けてないね」 三茶の街並みは楽しんで貰っているようで、なりなの顔がキラキラ輝いている。怜もそれなりにここには来ているのできちんと案内役はできていた。 「あ、何か人だかりがあるよ」 「行ってみよう」 なりなが人の集まりに気づいて怜に声をかける。 よくみえないなと思ったら、人の隙間をすり抜けて前のほうへと入り込めた。どうやら、傘回しの芸をしており、傘に湯のみを乗せて器用に回していた。 最後の大物として茶釜を回して演目を終了。観衆から大きな拍手をもらっていた。 「凄かったねー」 「うん」 二人が肩を並べて歩いていく。 縁日の屋台へ突入して屋台を冷やかしつつ食べ物を二人で分け合う。 「塩鳥美味しい」 「タレもおいしいんだぜ」 「あ、綿飴」 「食べよう」 あらかた見終わってから神社にお参りしに行こうということになり、向かっていると怜がなりなに向き直る。 「なりなは何か欲しいもの、ある?」 怜が尋ねると、なりなは目を瞬かせる。 「なりなの欲しいもの、何でもあげるのだぜ♪」 笑顔全開の怜になりなは少し思考をとめる。 あるのだ。 ほしいものが。 戸惑ってもやはり自分の気持ちに嘘はつけない、つきたくないのか口が言葉を紡ぐ。 「指輪が欲しいな」 なりなの黒い瞳が怜を真摯に見つめる。 ぎゅっと、なりなが握っていた手に力が篭ってしまう。 握る力に怜が気づかないわけはない。 「うん!」 いつもの笑顔で怜が頷くと、なりなはほっとするように目を細めて握っていた力を緩めると今度はなりなの手がぎゅっと握られる。 「なりなに似合う指輪をあげるんだぜ」 にこっと笑う怜になりなは「うん」と頷いた。 「さぁ、戻ろう。ご馳走が待っているんだぜ」 怜がなりなの手を引っ張り、二人仲良く料亭へと戻っていった。 先ほど、氏祗達が女性の熱視線を受けていたが、こちらは男の視線も受けていた。 麻貴と沙桐を挟んで歩く雪だ。 「両手に花です♪」 「俺も花か」 困ったように笑う沙桐だが、雪の笑顔にはかなわない。 「林檎飴はどうかな」 麻貴が言えば、雪は嬉しそうに「いただきます」と林檎飴を受け取る。財布役は沙桐のようだ。 「沙桐、これも」 「お前が払え」 麻貴が鳥串をねだり、沙桐がつれなく答えるが結局は払う。 「そういえば、輝血様と青嵐様は大丈夫でしょうか」 ぽつりと呟く雪に双子は顔を見合わせる。 最近、御樹青嵐(ia1669)の輝血(ia5431)への態度は双子にもわかる。 「大丈夫だよ。青嵐君は今戸惑っているだけだと思うよ」 沙桐が雪に声をかける。 「戸惑う‥‥ですか」 「輝血はとても変わってきた。それは私達にとっても葛先生にとっても喜ばしい事だ。だが、やはり独占欲は出てくるものだ」 「大丈夫、青嵐君はちゃんとわかってるから」 にこっと沙桐が笑顔で話しかけると雪はこっくりと頷いた。 「おや、あれは」 麻貴が見つけたのは黒豹の神威人、シエン(ic1001)だ。 祭の様子に圧倒されつつも、賑やかさに心が躍る。 「祭は楽しんでいますか?」 美女の雪に声をかけられたシエンは笑顔となり、どこか人懐っこい印象も受ける。 「賑やかでエエの!」 「ここの祭りは大きな祭りだから楽しんでいってくれ」 シエンと麻貴が話していると、向こうの方より掛け声が聞こえる。 「大神輿が来るな。なかなかの重量で装飾も煌びやかだ」 麻貴の説明にシエンはおとなしく聞いているもその音はどんどん近くなってきた。 曲がり角から出てきたのは太陽の光を反射する金の装飾の大きな神輿とそれを担ぐ男達。 「あれ、秀影さんと氏祗さんじゃないか!」 「緋束さんもいるぞ」 「凄いですね、シエン様!」 「男前じゃのー‥‥」 ポツリと呟くシエンに雪がもう一度シエンの名を呼ぶ。 「い、いや、なんでもないけん」 ふるふると首を振るシエンに麻貴が「到着地点に先回って声をかけよう」とシエンに声をかけると彼女は頷いた。 男たちの掛け声は神輿と共に三茶の街を走る。 わっしょいの掛け声の起源は「和を背負う」という諸説もある。 大きな街ゆえに何かと抗争が絶えない街でもあり、和を守り、保つのは三茶の男達の務めという話もあるとか。 「神輿が来たぞ!」 開拓者達がいる料亭も回っており、羅喉丸が杯を掲げて声を上げる。 二階窓辺に開拓者達が集まる。 「凄い活気!」 「あちらに庵治殿がおりまするな」 「北条さんもいるわね」 「すごいです」 一気に神輿は駆け抜けて、見えなくなるまで開拓者達は見送った。 顔見知りに挨拶をしながら警備に入るのはレティシアだ。 旅人である自分は一箇所に留まる事はない。 ゆえに、再び出会ったときの喜びは格別だ。自分を覚えてくれるなら尚更。 久々にあった人も少しだけ変わっている。 当人が成長したり、誰かと誰かの関係が変わっていたり‥‥ ぴたりと、レティシアの足が止まってしまう。 それがよき成長であればなおの事うれしいものだが、寂しく思うときもある。 表情が寂しさに歪もうとした時、自分の名を呼ぶ声がする。振り向けば自分を追ってきた赤垂がいた。 「ど、どうされましたか」 悲しい顔を見せてはいけないとレティシアは笑顔を作る。 「見回り大変でしょう。はい!」 渡してくれたのは林檎飴だ。 「ありがとうございます」 林檎飴を受け取り、レティシアは泣きそうな気持ちになるのを頑張ってこらえて笑顔で礼を言った。 歴戦の神輿担ぎの男たちにも負けない声で掛け声を張り上げているのは氏祗だ。 力強い掛け声は気持ちを上げて爽快。 逆側を担いでいる秀影も楽しそうに神輿を担いで掛け声をあげている。 秀影の方の道に双子と雪、シエンの姿を見た。楽しそうな姿に怪しい者はいないという事に少し安心をするが、気は緩められない。 「もう少しだよ!」 大通りの問屋の女将達が揃って清水をかけていく。太陽の熱で少し疲れも出ており、水の冷たさはありがたい。 「行くぞーー!」 氏祗が叫ぶと、男達は応じて更に掛け声を上げる。 無事に神輿が到着すると、出迎えた人々が拍手と共にお疲れの声をかけていく。 「秀影さん、氏祗さんお疲れ様!」 双子が声をかける。 「おう、見てくれたか!」 「出迎え感謝する」 ふと、秀影が自分に注がれる視線に気づく。 「なんだぃ嬢さん。俺に何か用かぃ」 視線の主‥‥シエンに問い尋ねれば、彼女は我に返る。 「良い男がおったんで見惚れてしもうたわ」 「俺の事かぃ?」 にっと、口元に笑みを乗せて秀影が返す。 「そうじゃ」 「こちとら喉が渇いてねぇ、嬢さんはいけるクチか」 秀影が誘えばシエンは二つ返事で頷いた。 「北条様もお疲れ様です」 雪が手ぬぐいを渡せば、氏祗が受け取った。 「湯浴みをするなら料亭の方に声をかけるといい」 「そうさせてもらう」 麻貴の声に氏祗は頷いて四人で料亭に戻った。 夜ともなり、宴が本格的に始まる。 話をしながら食べて飲む。 「なりな、美味しそうだね」 「カステラに水饅頭、小さい器は白玉。果物もいっぱいだ」 双子からお祝いにと、なりな用の甘味盛り合わせが用意されていた。 「たくさんありますからね、どんどん食べてください」 運び役は赤垂が買っており、杯の空いた開拓者に酌をしている。 「お神輿担ぎ手お疲れ様でした」 赤垂が酌をしたのは氏祗だ。 「頂こう」 そう言えばぐいっと、杯を飲み干した。 「旨いな」 料理を旨そうに食べているのは羅喉丸。赤垂がアナゴ天ぷらにごま油をまぶした葱が乗せてある料理を差し出す。 「いい食べっぷりですね! 板前さん達絶対喜びます」 笑顔で赤垂が言えば、羅喉丸はははっと笑う。 「どんどん持って来てくれよ」 隣の卓で緋那岐がお代わりといわんばかりに空になった皿を差し出す。 「はい!」 赤垂が元気よく次の料理を持って来るべく調理場へと向かった。 「元気がよいでありまするな」 ふふっと、微笑むのは水奏だ。 「こうして人々に笑顔が戻ったのはいい事だ」 羅喉丸が水奏の酌を受けており、杯に注がれた酒を飲む。 「これも共に戦った皆のおかげ」 ふと、水奏は今回の司令官である麻貴と氷羅戦に参戦した沙桐を思い出す。 この宴はこっそり二人の誕生祝の名目もあった。 折角だから別な酒を用意し、二人がいる席へと向かう。 「誕生、お祝い申し上げます」 水奏の言葉に双子は笑顔で「ありがとう」と答えた。 「薔薇酒などはいかがか?」 「花の酒?」 初めて聞く酒に興味津々な双子に水奏はまずは飲んでみてはと勧める。 封を開けると、鼻腔をくすぐる芳しい花の香りに麻貴と沙桐は子供のようにはしゃいでいる。 「薔薇の匂いだ」 「甘くないのだな」 「薔薇の色と香りを移した蒸留酒です」 水奏が説明すると、二人は「飲んでみたい」と声を合わせる。大人の姿なのに無邪気な双子に微笑ましいと思いつつ、切子の湯のみに注ぐ。 「お二人の道は困難な道なれど、この花の如くの世界が咲けるとよいですな」 そっと水奏が言えば、麻貴がその器を受け取る。 「ありがとう、水奏さん」 「がんばるよ」 仲睦まじく二人が笑いあう姿に水奏は二人の幸を祈るばかりだ。 水奏と話した後、珠々がおずおずと双子の前に現れる。 何だか緊張した様子が伺われており、双子は心配そうに珠々を見つめる。 とりあえず落ち着けと珠々が自身に言いつけて深呼吸を繰り返す。たった一言なのだ。 それだけでいいのだから。 「おじさん、お、お、おかあさん、おたんじょうび、おめでとうございます!」 贈り物も渡さずにそれ逃げろと珠々が窓から逃走を図る。 だが、それは数秒の静寂にて阻止された。 「ん、贈り物だ」 柊真が麻貴に珠々を膝座りさせて自分は氏祗と飲みに席を離れた。 「にゃーー?!」 「珠々ーー! うれしいぞーー!」 満面の笑顔で麻貴が珠々を抱きしめて頬ずりをする。 ふと、珠々の脳裏に昼間見た親子の姿を思い出す。 「おかあさん」 声に出してもう一度言う。 「うん」 たどたどしく、麻貴の着物を握り締めると「どうした」と問いかけてくれた。今まで感じていた胸の苦しさとは違う嬉しい気持ちも混ざった締め付けに珠々はどうしていいのかわからずに麻貴に抱きついた。 大食の者はまだ食べているが、そうでない者は飲みだけに入ったりもしていた。 「雪さん、一緒にどう?」 フェンリエッタが声をかけると雪は笑顔で応じた。 宴会場に軽やかな音色が響く。 軽やかで澄んだ音色は風の精霊の祝福を受けた証。 色鮮やかな深緑の巫女の音に身を任せて舞うのは華繚の雪巫女。 青い扇子を開いてたおやかに腕を揺らせば熱気が篭る宴会場に清らかな風が流れる。 音を奏でつつもフェンリエッタは自身の音で舞う雪を見る。 何度か依頼で会っていたり、共通の友人がいたりと彼女とは縁がある。 最近、彼女の印象が変わった気がするのだ。 気だけではない。確信‥‥その根拠がどこにあるのか‥‥ 脳裏の向こうで誰かが彼女に言ってた言葉が浮かぶ。 たしか、タルト泥棒の濡れ衣を着せられた‥‥ 一曲終わると、皆から拍手をもらう。 「いい合わせだったぞ」 「素敵だったよ」 双子がフェンリエッタと雪に賞賛を送る。 「ありがとう」 「ありがとうございます。沙桐様、夕涼みにいきません?」 「いいね」 雪が沙桐を誘って宴会場を出た。沙桐が雪を気遣い、雪も嬉しそうに応えている。 「あ」 もしかして、とフェンリエッタが気づけば麻貴が頷く。 「沙桐は彼女を妻にしようとしている」 「確か、沙桐さんって‥‥」 フェンリエッタの言葉に麻貴は「武天が有力志族の鷹来家当主だ」と答える。 「そう‥‥わかった気がしたわ。素敵」 可愛らしくフェンリエッタが笑顔になると麻貴もつられて笑う。 別の一角では秀影とシエンが飲み比べを初めている。 秀影の勧められるままシエンは酒を飲み干す。 「天儀では杯を返すという事があると聞いたわ」 シエンが秀影の杯に酒を注ぐ。 お銚子はわざと返してなく、赤垂が気を利かせて徳利で用意しだした。 「くくく、いい気遣いだなぁ」 「たくさん飲んでくださいね!」 笑顔で赤垂が卓につまみを並べていっている。 「しかし、いい飲みっぷりだなぁ。強い」 秀影の言葉にシエンはちょっと納得が行かないような表情をする。 「ワシはそんなに飲めんがのー」 「どこがだよ」 シエン曰く、兄達に勝てた試などないそうだ。 「そんだけ飲めりゃ十分! お、麻貴君どうだぃ?」 麻貴が入ってきたので秀影が声をかける。 「頂こう」 「おぬしも飲めるのか」 「ああ、君達ほどではないさ」 シエンの問いかけに麻貴が笑って返すと麻貴も交えて三つ巴の呑み比べが始まった。 宴が始まってもとある一角だけはどこか空気が違う。 どこの席かといえば、輝血と青嵐の席。 差し向かいではなくて隣あっている。わざと青嵐が先に座る輝血の隣に座ったのだ。 青嵐が纏う空気の違和感は輝血も感じている。 拗ねているのではなく、怒っているようにも呆れているようにも見える。 放っておくのが一番と輝血ならそう考えるだろう。 今までの輝血ならば‥‥ それをしないのは輝血と青嵐が築いていた間柄だろう。 黙々と杯を互いに酌しあって飲み干している。 二人揃ってうわばみで残念ながら酔えないのがなんだか空しくも思える。 花火が聞こえて輝血と青嵐以外の者達が窓辺に集中する。 輝血が口を開こうとしたとき、先に青嵐が言葉を発した。 「私は輝血さんが誰かの為に心血を注ぐ事が嬉しいと思ってます」 青嵐の言葉に輝血は心なしか眉が下がる。 「あたしはなにも変わっていない。誰かの為に心を注ぐことができてないから」 あたしは からっぽなんだよ 花火の音で声量は消されているが、肩が触れるかいなかの距離では声の大きさより声帯の振動で言っていることがわかる。 輝血にとって自分の価値はまだ変わらない。 青嵐を始め、彼女と関わる者達がどれだけ輝血を思ってもまだ戸惑うだけだが、それが待望された変化とは輝血は思えない。 「誰かにとって特別に成りたいと思うことは罪でしょうか」 青嵐の問いに輝血はぎゅっと、奥歯をかみ締めてから口を開いた。 「誰かの特別になりたいっていうのは、別に悪くはない‥‥と思う」 こくりと、酒が輝血の喉を通過する。 麻貴にとっての柊真、沙桐にとっての雪、火宵にとっての満散‥‥ 「あたしが誰かの特別になろうなんて土台無理なんだ」 「何故、無理と?」 青嵐が再び問うと、輝血が声帯を震わした。 「青嵐、なんであたしなの?」 俯いてしまって輝血の表情は見えない。 「最初は一目惚れでした。一度貴女に想いを告げ、「自分を諦めている」と言って変わり続けてきた貴女を見て、私も変われると希望を持つくらいに‥‥」 言葉尻を消した青嵐は一度改めて言葉を発する。 「あの時の告白の時よりも貴女を愛しく、想っています」 青嵐の言葉が終わると同時に大きい花火の音が響き、反射的に輝血が青嵐を見た。 その貌を青嵐はしっかりと見つめた。 庭にて沙桐と雪が手をつないで歩いている。 「今日は雪ちゃん孝行の日だったね」 くすっと、沙桐が笑うと雪は少し拗ねたように「やりたかったんですもの」と答えた。その様子がとても可愛らしくて沙桐は微笑む。 沙桐の横顔を見て雪が沙桐の手を握りなおす。 「これは私の我が儘として聞いていただけますか?」 「いいよ、言って」 雪が言えば、沙桐は頷く。 「沙桐様の背負う悲しみも苦しみも、分かち合っていきたいです。心からの笑顔がこぼれるような時間が、たくさんになりますように」 水奏が双子に渡した薔薇酒を見たときの笑顔がより多くなれるように‥‥ 雪が沙桐を抱きしめると向こうで花火の音がした。 今年も後、半分。 今宵はただ、宴に酔いしれよう。 |