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■オープニング本文 旦那の妹が六人目の出産をした。 産後の経過もよく、また来るよと言い残してその医者、葛は義妹の家を出た。 家に戻るまでかなり距離がある為、中継局的にある村の診療所に一晩泊めてもらうのが慣例だ。この時期は作物の収穫を終え、祭りを行う時期だ。楽しい頃だと思いながら村に入った時、事態が急変した。 アヤカシが村に出たと口々に言い、葛の目の前に肩から血を流している男が診療所に運ばれる。 顔色を変えた山茶花もそれの後を走り、診療所の中に飛び込む。 「東海林先生!」 「ああ、葛ちゃん! また怪我人が出たんだ!」 初老の医者が助かったとばかりに葛の名を叫ぶ。東海林の家には丁度飛脚が手紙を届けに来ていた。きっと、葛の旦那の下で勉強をしている息子さんからの手紙を届けにきたのだろう。 「そこの飛脚さん! まだ行かないで!」 人々を押しのけて葛は作業着に着替え、怪我人の手当てを東海林と一緒に行った。 怪我をした男は話が出来るほどの意識があり、手当てを終えると、アヤカシの出現場所や姿を話した。葛はその話を零さずに紙に書き連ねる。 「もう、祭りは無理か‥‥」 年に一度の村人達が皆楽しみにしていた祭。葛はそんな言葉も聴き零さなかった。 最後に一つだけ書き添えて飛脚に紙を手渡した。 「これを最寄の開拓者ギルドへ!」 「はい!」 葛の勢いに負けた飛脚は急いで走って行った。 「え、葛先生?」 村人の一人が葛に話しかけると、彼女はにっこりと笑った。 「大丈夫。アヤカシも祭りも皆いい方向で終わらせられる連中だからね!」 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
俳沢折々(ia0401)
18歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
秋月 紅夜(ia8314)
16歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●笛の音に いち早く走っていったのは若獅(ia5248)だ。村人を脅かすアヤカシを許せるはずもなく、冷たいだろう川にも恐れもせずに飛び込んだ。 「てめえ等に喰わせるもの何ざ、この拳で十分だぜ!」 空気撃を食らわせようとするが、うまい事かわされてしまった。 「若い奴はせっかちやな」 「熊の姿は初めて見た」 呆れているのは斉藤晃(ia3071)と音有兵真(ia0221)だ。少年と見違える若獅は女だ。冷えは大敵だと思い、咆哮を使用する。アヤカシはその声に反応し、川原へと上がる。 「風葉には指一本触れさせないんだからな!」 天河ふしぎ(ia1037)が刀を構えて叫ぶ。守るべき鴇ノ宮風葉(ia0799)は飛沫にも当たりたくないので、随分後ろにいた。風葉と同じ考えの者は意外といた。 「水に当たりたくないし、寒いのも嫌なのに!」 苛々を募らせているのは秋月紅夜(ia8314)。寒さのせいで厚着をしている為、酷く動きが悪く、連動して集中力も落ちているようだ。それが同じなのは俳沢折々(ia0401)もだ。 輝血(ia5431)がアヤカシの足元に手裏剣を投げつけている。アヤカシは輝血とは逆方向に移動しているが、若獅とふしぎ、兵真に挟まれる形となる。 「んじゃまぁ、熊鍋になってまえ!」 晃が両断剣を決めると、アヤカシは脳天より真っ二つに分かれ、地に落ちた。 水に入った若獅ががくがく震えながら毛布を身体に巻きつけ、火に当たっている。まさか、半数が水を嫌がっていたなんて思いもよらず、若獅は複雑そうな顔をする。 「無事でなによりよ!」 快活な声は葛のものだ。若獅のそばで毛布越しに身体を摩っている。 「ある程度温まったら診療所でお風呂に入んなさい」 いち早く風呂に入りたい若獅は立ち上がって歩き出した。 「では、俺達は祭りの用意に入る」 すちゃっと、片手を挙げて兵真が言えば、皆はそれに従ったが、輝血は残った。若獅と一緒に呼び込みをするからだ。 「輝血ちゃん、元気だった?」 にっこり微笑む葛に輝血はこくんと、頷いた。 「赤ちゃん、元気‥‥?」 おずおずと輝血が言えば、葛はにっこりと微笑む。 「元気だったわよ。また見に行くからまた大きくなっているだろうけどね」 「そっか」 ぽつりと呟く輝血はどう答えていいのか分からなく、素の自分を見せかけて自分で驚く。幸い、気づかれてはいないようで輝血はそっと息をついた。 診療所にて若獅は服を着替える事になったが、輝血が部屋から出て行かず、服を手にしている。 「着替え、手伝うよ」 キラキラと満面の笑顔の輝血を見た若獅は首を傾げる。 「別にかまわんけど?」 首を傾げる若獅に輝血は手馴れた風に若獅の濡れた衣服を脱がし、身体を拭いて持っていた服を若獅に着せる。小さい子供ではないと思っていた若獅だが、足元がやたら寒い事に気づく。下を向けば、短い丈で、程よく筋肉がついた白い脚が見えている。 言葉にならない悲鳴を上げている若獅だが、輝血は思った以上の健康美に満足そうだ。 「な、なんか、短くね!? 何か、寒くね!?」 「そりゃ、短いもん」 若獅が何を言いたいのか分かっている輝血だが、あえてそのまま返した。 「こ、こんな格好で呼び込むのか‥‥」 困惑している若獅をよそに、輝血は短い丈のメイド服を着ている。 「そうそう、こういう格好したら男共が来るんだよね。騙すにはこれが一番よ」 「いや、騙さなくていいし」 拳を握って熱弁する輝血に冷静にツッコミを入れるのは葛だ。そわそわしている若獅を見た葛は徐に若獅に差し出したのは丈の長い黒く足袋のようなもの。ジルベリアのもので靴下という。 「橙の服だから合うと思って。そのままじゃ落ちちゃうから組紐で‥‥」 履き口の所を組紐で結わえ、結び目は外側に向けている。 「あ、あったかい」 「これならいいでしょ?」 祭には後で行くと言って、葛は二人を見送った。 ●重ねて鳴るや 先に準備に行った晃がある事で困っていた。 祭の出店で出そうと思っていた材料の一つがないのだ。その材料はバターだ。 牛の乳を攪拌した固形物の事をいうのだが、あまり馴染みがなかった。 「うーん、あれが旨いんやけどなぁ」 残念といわんばかりに次の策を考える晃を見かねて折々が口を開いた。 「養鶏が盛んなんだよね」 「ああ、そうだよ」 折々は村人に卵を交渉している。ついでに油と酢、塩も頼んでいる。 全員が妙な顔をしていたが、開拓者は折々が何を作ろうとしているのかわかった。 まずは卵黄に酢を少し入れて丁寧に混ぜている。 「手伝うか?」 晃が言えば、折々は油を少しずつ垂らしてくれと言い、兵真は恐る恐る静かに油を注ぎいれた。光る糸のように細く垂らされる油が混ぜているものに加えられていけば、少しずつ混ぜる筋が出来ていく。もったりという表現が似合う状態になると、次は酢を入れて整えている。塩を入れて味を調えてふかした芋に少量のせる。 村人の一人に勧めれば、はじめてみるものに少々怖気ついてしまうが、思い切って食べると、青年は驚いたように目を見開いた。 「うまい! これ、なんていうんだ?」 「まよねーずっていうんだって、異国ではよく使うんだって。これならいけるんじゃない?」 にこっと晃に笑いかける折々に晃は嬉しそうに笑った。 「おお、それはいい、流石やの!」 「これを使って大食い大会はどうかと思う」 兵真が提案すれば、村人も頷いた。どうにか、開拓者の屋台は出来そうだ。 アヤカシに怯えていた村の女達であったが、開拓者が祭りを盛り上げようとする姿に火がついたか、村で収穫された野菜で料理を作り、祭りが始まった。 だが、働く開拓者がいれば、祭りを楽しむ開拓者もいる。その一人が風葉だ。 「あ、天河、あれ持ってきて」 「うん、わかったよ」 もぐもぐと芋の煮っ転がしを食べている風葉。ふしぎは風葉の言われるがままに料理を持ってきている。風葉がお嬢様育ちであり、天真爛漫な所が魅力的というのだろうか、ふしぎは涙ぐみたくなるほど甲斐甲斐しい彼氏である。 料理を取りに来た時、ふしぎは自分が提案したジャガイモの薄切りを油に揚げたものを食べている子供達を見かけた。 「おいしいか?」 ふしぎが声をかけると、子供達は嬉しそうに頷く。 「これ、なんていうの?」 首を傾げる子供達にふしぎは子供達に目を合わせる。 「これを食べると、やめられない止まら‥‥」 「危険言葉を使わないように。泣く奴がいるんだから」 いつの間にか来ていた葛がふしぎの言葉を止める。商品は違えど、キャッチフレーズは危険すぎ。 「天河ー!」 風葉に呼ばれ、ふしぎは慌てて戻った。 一方、紅夜は横笛を携えて囃子隊に飛び込み参加で吹いていた。 気難しい表情をしている紅夜であるが、横笛を吹くのは好きであり、その楽しさは笛の音によく現れている。楽しい音というのは人の心を明るくするものだ。 「よう、姉ちゃん、上手いな!」 太鼓役の男が言えば、紅夜は振り向く。 「当然よ」 ふふんと、得意げに紅夜が言うが、それは素直に喜んでいる。囃子達はその調子で行ってくれと、紅夜を煽り立てている。 「ついてきなさいよ!」 挑発的に紅夜が言えば、囃子隊は気合を入れてまた演奏を始めた。 出店に出てきた輝血は自棄になったように呼び込みを始めていた。何故なら、この出店では金のやり取りが禁止されたからだ。元は村の皆で作った作物や育てた鶏から出てきたものだから、金のやり取りはいけないと葛から言われた。出店をやる為の素材とかは村が持つが、人件費は葛が出した依頼費の中に含まれると言った。 売り上げの為と勢い込んでいた輝血は後から聞いてがっくりしたが、さっさと売るものを売ってしまおうと思って躍起になっている。 そんな輝血を見て、若獅が一歩引いたように見ていた。男を誘う輝血はとても慣れたようで、こういうやりとりに縁がない若獅は興味がある。輝血に負けじと、若獅は男達の視線を釘付けにしていた。とはいっても、若獅には男を誘う事など分からなく、男達が声をかけるのがよく分からない。 自分は分かっていないが、短い丈のオレンジの旗庖に黒い靴下、普段は布に隠されている太股が絶妙な色彩を魅せている。 「凄い人だな」 輝血と若獅の様子を遠巻きに見たふしぎが晃に声をかけている。 「おお、周りの村からも人が来ているようでの。いい賑わいや」 せっせとジャガマヨを渡している晃が笑う。思い出したように風葉にジャガマヨを渡した。彼女のはゆで卵を刻み、折々のマヨネーズと合わせたものだ。 「でえと、頑張ってな」 「うん」 にっこりと笑って風葉は貰ったジャガイモを頬張る。 「急きすぎて、拗ねられんようにな。女子というもんはゆっくりと焦らして慣らさんといけんからのう」 ふしぎにはこそっと小声で言うと、ふしぎは顔を赤くして口をパクパクと開閉しているが、風葉に連れ去られた。 兵真は囃子隊の音に合わせて皿回しの見世物をやっている。 「おお、上手い上手い!」 見ている村人達が楽しそうに拍手を送っている。大皿や湯のみ、鍋の蓋も軽々と回している兵真に一人の村人が大ダライを持ってきた。 「これは回せないだろう!」 「じゃぁ、やってみるか」 そう言って、兵真が大ダライを回す。最初は重みで揺れかけたが、見事にタライは回り、皆が盛大な拍手を送る。 「いやぁ、お見事だねぇ!」 村人達の声援を受け、兵真は嬉しそうな表情を浮かべる。子供が真似をして皿を回そうとしているのを見た兵真は丁寧に子供に皿回しを教えている。 開拓者達が提案した最大の催し物は大食い大会。 大食いを自称する五人の村人プラス、晃と兵真が参加する事になった。 食べるものはジャガマヨ一個と若獅が提案した鳥もも肉と野菜を炊き込んだご飯の握り飯一個を組として一皿を完食してから次の皿へと手をつけるという事になっている。 「始めーーー!」 審判員が叫ぶと、参加者が一斉に更に手をつける。 流石、大食い自慢といったところか、五皿は軽々と平らげていくが、十皿目に突入して一人の手が止まり、全員の食べる速度が落ちていく。 丈夫な体格の兵真や大きい体躯の晃も少しずつ落ちていっている。三人が脱落し、残りは四人となる。食べる速度が落ちるのは、満腹度が大きな要因であるが、同じ味をずっと食べるのはいくら美味しくても飽きてしまうものだ。 もう一人脱落して、村人一人と晃と兵真の三つ巴。 皆の声援も熱烈になっていっている。 十五皿で晃と兵真の一騎打ちとなったが、勝敗はあっさり晃の勝ちだ。十六皿目で兵真が脱落した。 景品は村の米で作った酒だった。 「おお! こいつぁ、ええモンや!」 晃は嬉しそうに大徳利を抱きしめた。 盛況に終わった大食い大会の後、葛を見かけた晃が声をかけた。 「けが人の様子は?」 「ああ、大丈夫よ。お酒は無理だけど、祭りには雰囲気だけ楽しめるくらいだから」 ほらと、葛が向けた視線の先にいるのは少し動きづらそうな男の姿がいた。傍には診療医の東海林が付き添っていた。 「それはええな。先生はいけるクチか?」 猪口を掴むような仕草をして晃が誘うと、葛が晃の大徳利を指差す。 「勿論、いいわよ」 にっこり笑顔の葛の了解を得ると、また後でと言って、晃は屋台へと戻った。晃が大食い大会に出ている頃、紅夜が留守番をしていてくれた。 「おおきにな」 「感謝しなさいよねっ」 陽気に礼を言う晃に内心嬉しく思いながらも、つんと、顔を背ける紅夜。輝血や若獅が梨を絞った飲み物を客に注いだりしてかなり盛況だ。 それからしぶしぶの風葉と風葉と一緒ならというふしぎが囃子隊の曲に合わせて演舞をはじめ、無骨な武器と可憐な二人の舞という絶妙な絵は人々を魅了させた。 ●舌鼓 日も傾いても祭りは続く。 出店の食べ物を出し切ったので、開拓者たちも本格的に食べ飲みに入っている。 そんな中、輝血はぼんやりと少し離れた所で眺めていた。視界に入った父親が子供を肩に乗せて歩き、いつもとは違う視界の高さにはしゃぐ子供を見て微笑む母親。幸せそうな家族の姿に輝血の表情は内に秘める何も感じる事がない無垢なる表情を見せていた。 「輝血ちゃーん、楽しんでるぅー?」 どうやら、村人達に飲まされていた葛がほろ酔い状態でぐい飲みを二つ持って来て一つを輝血に渡したが、答えは返ってこなかった。 「お祭りって家族連れ多いね」 暖を取る為、輝血が酒に口をつける。 「ここら辺じゃ娯楽が少ないからね」 「家族って、ああいうものなの?」 口を滑ってしまった事に輝血は気づいてはいなかったが、葛は輝血の表情を見なかった。 「私はそうじゃなかったわ。だから結婚して、子供を作って、笑い合える家族を作ったわ」 意外な葛の言葉に輝血は葛の方を向くと、彼女は人込みの方へ歩いていった。 「作れるんだ‥‥」 輝血が呟いた言葉は誰にも聞き取れはしなかった。 人ごみの一角、晃は賞品の酒を皆に配っていた。勿論、自分も飲みながら。 「旨いもんは皆で分け合うもんや!」 そう言って皆の杯に酒を注ぐ。 「優勝できて何よりだね」 折々がぱくりと炊き込みご飯を頬張る。 「なんにせよ、盛況になってよかったな」 兵真が酒を飲み干して頷く。 「当然じゃない」 自分がいたからこそだと得意げにしている紅夜に晃がご機嫌に酒を注ぐ。 「せやせや! 自分らがいたからこそや。飲め飲め!」 「やってるわねー」 葛が入ってくると、晃が大徳利を掲げて招く。 「おー、葛先生! こっちやこっち!」 「いただきまーす!」 「酒目当てかい!」 早速ぐい飲みを差し出す葛にツッコミを入れる晃だが、とくとく酒を注いでいる。 「そういや、輝血やあのふたりは?」 きょろきょろと辺りを見る若獅に葛が輝血は先に休んでると言い、晃は意地悪く笑う。 「やめときや。馬に蹴られるで」 ちょっと人から離れた所でふしぎと風葉は休んでいた。 どれも美味しい料理ばかりで大食いの風葉も満足そうだが、夜は冷える。少し肩を竦める風葉にふしぎが少し緊張した面持ちで風葉の肩を抱く。 「天河?」 「暖かくない?」 恐る恐る言えば、風葉は少し考えて頷いた。 この夜はいつまでも人々が歌い食べ呑む姿があった。 |