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■オープニング本文 あの日の事はよく覚えていない。 ただ、優しい声が私を優しく責めていた。 甘い香りは頭の中の芯を揺さぶり、まともな思考を奪っていく。 そう、理性すらも‥‥ 思い出すのは気高い百合。 華奢な手から渡された簪‥‥ 武天の領地が一つである繚咲には貌佳という小領地がある。 この土地では養蚕、紡績が盛んだ。 杷花という娘は貌佳で楽器の弦を作る工房の長の娘だった。母は繚咲の中でも有力者だった。 現在、繚咲では領主の嫁取りの為、各有力者が自分の娘を領主の嫁にと推していた。 杷花の母親もまた、娘を領主の嫁にと推していた。 だが、杷花の母親には秘密があった。 杷花の母親は工房に資産を騙し取られた家の娘であり、資産をとられた家の仇である工房を乗っ取り、不義の子‥‥杷花を産んだ経緯がある。 その事実を知った百響が手下のアヤカシに杷花を攫い、彼女に母親を殺すようにと操っていた。 役人に捕まっていた母親の面会を求め、百響に与えられただろう簪で母親を殺した。 ほぼ心神喪失状態にして、瘴気感染のため、杷花は此隅ギルドで治療を受けて繚咲に戻った。 だが、杷花は百響の食事の証である痣があった為、杷花は現在、領主の保護下にいる。 現在、杷花は繚咲の小領地の一つ、天蓋という場所にいる。 小領地自体が繚咲を護る護衛部隊だ。 百響というアヤカシは人型であり、高知能で焔を操り、剣を扱えるという確認があった。 街中に放り出しては民に被害が及ぶという判断で天蓋にて保護する事になったという経緯がある。 浅い眠りから目が覚めた杷花は水を貰おうと、台所へと向かった。 台所には誰かがいたようで、コトリと瀬戸物が卓に置かれる音がした。 誰か起きているのだろうと思った杷花はひょっこりと顔を覗かせる。 月明かりだけの少し頼りない光源でぼんやりと浮かび上がる横顔はとても美しく、どきりと、杷花は胸を高鳴らせた。 その横顔は自分を責立てたあの百合を思い出す。 「だれですか」 老女の声であるが、その声音は衰えていない。 杷花も知ってる声。本来、ここにいるべき人間ではない。 繚咲を生まれ変らせた張本人‥‥ 「あ、すみません、香雪様‥‥」 「ああ、杷花さんでしたか、お気になさらず、お入りになって」 優しい声音で杷花を呼ぶ香雪と呼ばれた老女は鷹来折梅だった。酒を飲んでいるらしかった。 「お酒を嗜まれるのですか」 少し驚いたように杷花が言えば、折梅は微笑む。 「嗜む程度ですよ。眠れなくて寝酒を頂いてました。あなたもいかが?」 「そうですね‥‥お水より眠れそうです」 頷く杷花に折梅は彼女の杯を用意し、徳利から酒を注ぐ。 四半刻後、天蓋領主の蓮司が呼び出され、顔を赤くした杷花を寝床へ連れて行くように言われたそうだ。 その朝、沙桐は折梅にため息交じりで説教をしていた。 「ばぁさま、眠れないって何で言わないのさ」 「眠れる薬草も貰っていたのですが‥‥慣れてるほうならと」 いつも通りにニコニコ微笑む折梅に沙桐はため息をつく。折梅のその精彩は欠けていたのだから。 「怪我をして気が高ぶっているのでしょう。開拓者の皆様に治して頂いた傷は完治してますし」 折梅は先日、怪我をしていた。開拓者達のおかげで傷自体は完治したが、出血が多く、鷹来家本屋敷のある高砂よりも勝手知ったる天蓋で極秘に療養していた。 問題は体力と血を作ることなので、よく食べ、よく寝て、そこそこ動かなければならない。 「欲を言えば、沙桐さんの最近の恋話の一つでもいただければ‥‥」 「俺をダシにして遊ぶつもりでしょう」 沙桐が睨み付ければ折梅はころころと笑う。 一方、その頃、鷹来家本屋敷では繚咲の領主代理である沙桐の叔父にして折梅の息子の緑萼が頭を悩ませていた。 「大丈夫か、しっかりしろ」 「う‥‥ううう‥‥」 緑萼が抱きかかえているのは折梅と姿格好を似せた者‥‥影武者だ。彼女は目だけはしっかりとしてて、「お気になさらず」と言いたいようだった。 最近、折梅を狙って毒を仕込む輩が出てきたのだ。 折梅が人前で怪我をさせられた話は繚咲に知れ渡っており、今のうちに始末して繚咲の実権を握りたいと思う輩が続出しているのか、折梅の影武者が口をつける食器やたべものに毒が仕込まれていた。 シノビの影武者を使っている為、死毒で何とかしているがこうもあからさまではキリがない。 毒の種類は深見と高砂の間に自生している植物。 そのあたりで折梅を快く思っていない有力者がいるのを緑萼は把握していた。 「ふむ、開拓者を呼んできてくれ」 緑萼が言えば、天蓋の護衛隊長である蓮誠が頷いた。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
白雪 沙羅(ic0498)
12歳・女・陰
ハティーア(ic0590)
14歳・男・ジ |
■リプレイ本文 依頼に応じた開拓者を出迎えてくれた緑萼は繚咲外のとある街の宿にて待ち構えていた。 「依頼内容は母上を毒殺を目論んだものを捕まえる事。母上と杷花という娘の不眠を和らげる事」 簡潔に伝えた緑萼に全員が了承する。 「睡眠不足は美容の大敵よ。心が揺らいでは安眠は約束されないわね」 そう言うのはユリア・ヴァル(ia9996)。 「全くです。折梅様の安眠を妨げるなんて許しません!」 ユリアの言葉に全面的に賛成なのは白雪沙羅(ic0498)だが一緒に怒ってくれる黒猫が黙っている。 沙羅が振り向けば、珠々(ia5322)は黙り込んでいたが、微かに肩が震えて零れる息に笑い声が含まれている。 「私に喧嘩を売りましたね? 売ってますよ間違いなく‥‥私に喧嘩を売ったことを後悔させて見せますよ‥‥」 珠々の瞳に暗い光が点されている。無表情であるが、間違いなく、彼女は怒っている。 「早く捕まえないと犯人の命が危ぶまれるね」 「そうしてくれ」 ふむと、呟いた溟霆(ib0504)にげんなりした様子の緑萼が応えた。 「とりあえずは消えた仕込み役を教えてもらえないかな?」 ハティーア(ic0590)が尋ねると緑萼は頷いた。 緑萼が年恰好を開拓者に伝えると沙羅は頑張って似顔絵を描く。 「よし、もう一枚描こうか」 「はいっ」 沙羅のらくが‥‥似顔絵を見た緑萼が沙羅に声をかける。 描き終わると同時に部屋に女が入ってきた。 「架蓮だ。天蓋への道案内役だ」 銀髪に菫色の瞳の女シノビは静かに開拓者に頭を垂れる。 天蓋組が動き出そうとした時、白野威雪(ia0736)は黒幕組の開拓者達に声をかけていた。 「ありがとう、優しいね」 そう微笑んだのはハティーアだ。 実力は信じられるが、何が起きるか分からない。故に雪は気をかける。 「溟霆様‥‥」 「沙桐君に会わなくてよかったよ」 決めた事だからと溟霆は言うが、それは一生の問題。巫女である雪は唇を噛む。 「君と沙桐君は別な道を探すといい。僕も手伝うよ」 片目を瞑ったつもりなのだろう。彼はいつもと同じ笑顔だ。 ● ユリア、雪、沙羅が向かったのは天蓋だ。シノビの架蓮が三人を迎えに来て三人を案内した。 「ふぅん‥‥意外と普通の農村のようね」 素直な感想を述べたのはユリア。天蓋の事について聞いていたようであり、普通の村の光景が意外だったようだ。 「天蓋は基本的に自給自足できるようになっています。ここにいる全員が戦う術を持っています」 現在は収穫期であり作物を収穫している姿が見られる。 「この時期になると家族総出になりますね」 畑の方を見やっている沙羅が呟くと、沙羅は一点に何かを見つけて目を細める。 「何かいた?」 沙羅の様子に気づいたユリアが尋ねると、沙羅は畑にいるおばあさんが気になると言い出した。 「あら‥‥?」 ユリアと雪も何かに気づく。 「折梅?」 「沙桐様!」 二人が同時に発すると、名を呼ばれた二人が開拓者達の方を見やる。 「あっれーー?」 「まぁ」 沙桐と折梅が驚いて声を上げていた。この二人、畑で蕪の収穫をしていたのだ。 「私達が来るのを知らなかったの?」 ユリアの問いに二人が頷いた。 「折梅様と杷花さんが不眠で悩んでいるので、少しでもお手伝いに参りました」 沙羅が言えば、折梅はありがとう、と微笑む。 「今日は蕪を収穫しましたので、鍋にしましょう。もう、寒くなってきましたからね」 片づけを終わらせて折梅達は天蓋領主の庵へと向かった。 ● 仕込み役は女。 年の頃は十九、志体はあってシノビだという。 栗色の髪で可愛らしい顔立ち。愛想もよく、よく気が利くと褒められていた。 「アキと名乗っていた。身上書の素性は赤の他人に成りすましたものだ」 ため息混じりに呟く緑萼の眉間にしわが寄っていた。 「その人は存在するんだね」 ハティーアが確認すると緑萼は瞳を伏せる。 「なりすまされた者は行方が知れぬ。繚咲より出て行ったのだから、所在が即座に掴めぬ」 「‥‥無事だといいね」 「ともあれ、早く紙問屋を捕まえないとね。折梅殿が身代わりを使っているという情報を他の手に使われないように」 身上書を見ていた溟霆が言えば「ソウデスネ‥‥」と珠々が反応してゆらりと立ち上がる。 「珠々殿」 緑萼に声をかけられてふらふら歩き出していた珠々は足を止めて振り向いた。 「母上殿は息災か」 「はい。この間、一緒に野趣祭をまわりました」 「そうか、よかったな」 緑萼の瞳は優しく、珠々の目を丸くさせた。 ● 折梅と沙桐が滞在している天蓋領主の庵に行けば、沙羅が持ってきたカミツレ茶を一華が淹れた。 一華は以前に松籟の手によって融解された。杷花と同じく、繚咲に巣食うアヤカシ百響の餌である刻印が印されている。 「独特の香りですね‥‥」 「梅昆布茶でも安眠の効果は得られますよ」 じっとお茶を見つめる杷花に沙羅が助言をする。 ユリアは二人が何故、畑仕事をしていたのかを問う。 「体力を使えば疲れて寝れるやもと、思いまして」 「俺は介添え」 二人の回答にユリアはうーんと、悩んだ様子を見せる。 「肉体労働もいいけど、気が昂ぶって眠れない事もあるから、やりすぎは勧めないわ。今は血が足りない状態だから無理しないで」 「ほらー、ユリアさんの言うとおりだよ」 ユリアの言葉に沙桐も賛同する。 「蕪すごく美味しそうでしたね。今日はお鍋にしましょうか」 雪が微笑むと皆が頷いた。 ● 緑萼の名前は効果覿面で、紙問屋の主は笑顔だ。 「とりあえずは頼むよ」 控えめに返事をしてハティーアは退出した。 同時に忍び込んだのは珠々。 緑萼に頼んで店の間取り図を用意してもらっての潜入で狙いは折梅毒殺の証拠集め。 どこかに仕込み役であるアキの文があるはずだと珠々は踏んでいる。 屋根裏より伝い、主の部屋の天井裏へと滑り込む。 手紙を見つけた珠々はやはりと頷く。 アキという娘より鷹来家の事について調べた事を記した手紙が次々と見つかっていく。 どうやら調べることはきっちり調べていたようだ。 文面は露骨なまでに「自分は知らなかったけど、鷹来家の中はこうだった」という初心な娘のような様子であったが。 報告ばかりの文の中、一つだけ紙問屋の主へ「若旦那は元気ですか?」という問いかけがあった。 首を傾げつつ手紙を広げていけば、折梅に毒を混入したという噂が流れているので心配という記述を見つけ、その次は旦那様より贈られた薬を塗ったら折梅が倒れて寝込んだという話があった。自分もいなくなるという旨があり、それで手紙は途切れている。 珠々は更にその毒がないか確かめたが、それらしい物はなかった。 アキの捜索の為に早々に切り上げて珠々はその場より消えた。 溟霆は薬剤師に化けて屋敷へと赴いていた。 紙問屋に訪問する薬剤師は医者と共同で診療所を営んでいると緑萼から情報を得ている。 勝手口より溟霆が入れば調度通りかかった主が溟霆に声をかけた。 「あんたははじめて見る顔だね」 「新入りでして」 「そうかい、先生は何か言ってたかい?」 声を潜める主に溟霆は少し言いよどむ。 「何を?」 「アキの事だよ。香雪殿を本当に‥‥」 「大変のようだと言ってましたが、アキという人は知りません‥‥」 ふと、溟霆の視線の先にハティーアがいて誰かと仲良く話していた。こちらには気づいているのだろうか。 「旦那様、お疲れのようですね。何か栄養になる薬はいかがでしょう?」 声を大きくし、溟霆が明るく主に声をかける。 「鷹来のお屋敷には色んな人が勤めてたんだけど、アキって子は本当に仕事は手抜きだし、その尻拭いをこっちにやらされたんだよ」 「えー、そうなのー」 「いなくなってから気づいたくらいで、酷かったんだよ」 ハティーアの話に女の子達が驚いて「そんな酷い人がいるなんて!」と一緒に怒っている。 アキの名前に驚いた主が更に聞き耳をたてて聞こうとしている。 「香雪様も優しい人で、咎めたりしなかったんだ。寝込んだ事もあるのに」 その台詞が決定打になり、主は溟霆に今日、先生に話があるから夜、開けておいてくれと言ってその場を終わらせた。 ● 雪と杷花、一華は食事の用意をしていた。 杷花はお嬢様育ちでもあった為、食事の用意も満足にできなかったようだ。 一華も元はお嬢様であり、ここに兄と共に引き取られてから家事を少しずつ覚えていった。 杷花もまた、一華達に何も言われず、自分の意志で手伝うようになった。包丁も触ったことがなかったが、ここで何かをやろうという意志の下、家事をやるようになった。 「鳥まで捌けるようになったのはすばらしいです」 雪が言えば、二人ともうれしそうに微笑む。 「杷花様、一華様、後ほど一緒にお風呂に入りましょう」 「はい」 「甘味を持ってきたのです。一緒に食べましょう」 自分の得意分野でしかもたせない己に雪は自省しつつも二人の様子は嬉しそうだった。 「神楽の都の甘味!」 「楽しみです」 天儀各地を飛び回り、美食派も多い開拓者達が住まう都のお菓子は知る人ぞ知る喜ばれるお土産だ。 因みに、杷花が折梅と一緒に入らないのは畏れ多いからという理由だ。 事情があれど、雪の方がまだ親しみやすいから。 その頃、ユリア、沙羅、折梅はぬるめのお風呂に浸かっていた。 ユリアが持ってきた香袋の中を出して湯煙に乗せる。 「いい香りですわね」 「いろんな春の花の香りよ。春を呼ぶ梅の名にちなんでね」 ユリアの心遣いに折梅は嬉しそうに微笑む。 「ねぇ、折梅が心配しているのは影武者のこと?」 「ええ」 本題を切り込んできたユリアに折梅は困ったように頷く。 「若い頃から彼女に頼っておりました」 その言葉で折梅の毒殺を企てている者が過去にあった事を示している。 「影武者だって、折梅の期待に添えたいからやっている事よ折梅が自分を責めて体を壊したら影武者は寂しいと思うわ」 「ユリアさんの言うとおりです。私達も折梅様、沙桐さん達の為に戦っています。いずれは倒さなければならないアヤカシがいますし」 沙羅がユリアの言葉を支えて言葉を紡ぐ。 「開拓者にとって、大将は依頼人。ここに住まうアヤカシを倒す依頼が入ったなら、大将は沙桐か貴女。大将は弱いところを見せては いけないわ」 「折梅様が大将なら、笑顔で見送られたいです」 「そうよね」 うんうんと頷くユリアに沙羅も「ですよね」と頷く。 孫にも等しい二人に激励されて折梅は自身に納得がいったようだ。 「そうですね。ありがとう、二人とも」 晴れやかに笑う折梅が二人に礼を言った。 風呂から上がった三人に気づいたのは雪だ。 「折梅様、そろそろ鍋の準備ができます。お酌致しますね」 「楽しみですよ」 雪の誘いに折梅は嬉しそうだ。 ● 夜、紙問屋の主は診療所の方へと向かっていった。 診療所に入るなり、主が叫び出す。医者と薬剤師は自分の仕事にケチをつけられるとは思っていもいないのか、嫌そうな顔をする。 「鷹来家から来た新入りがあのシノビの仕事にけちをつけていたぞ!」 ハティーアが何故、鷹来家から預かるように言われたのかと彼が昼間言っていた事を深読みすれば恐怖しかないだろう。 「何よ、言いがかりつけないで」 言い捨てたのは緑萼の言っていたとおりの特徴の娘。 「折梅を殺してもこっちに被害が来れば命がないだろ!」 今にも憤死しかねない主にアキと呼ばれていた娘は「死ねば」と返す。 「お前らから持ち込んだ話なのは鷹来家に伝える!」 罵声を吐ききった主はきびすを返す。 「そうはいかないよ」 娘が苦無の刃を主の首筋にあてる。 「死んでもらう」 医師が言えば、娘は手首を引こうとしたその瞬間、娘の手首に血が走った。 痛みをこらえて娘は周囲を見やる。 「見つけたよ」 襖を開けてハティーアが言い放つ。猫足を使って忍び込んでいた。 シノビだろう娘が気づかなかったのは主との言いがかりに気を取られていたのだろう。 「何者だ!」 くつりと笑うのは溟霆だ。 「昼間の!」 「香雪様殺害は纏まっているようだね」 ハティーアの台詞を聞くと同時に娘が主を突き飛ばし、ハティーアへと駆け出す。 即座にナハトミラージュを発動させて身を隠すハティーアに驚いた娘が一瞬だけ躊躇した。 「ゆるしません」 幼い声が降れば、娘の苦無を蹴りつけて胸ぐらを掴んだ珠々が背負い投げる。 「天蓋のものか!」 施術用刃物を持った医者が溟霆に斬りかかろうとするも彼は医者の腕をとり、刃物を指先で挟んで奪い、そのまま拘束する。 「ひっ!」 奪った刃物は薬剤師の動きを牽制するために投げつける。 「あやまってもらいますよ」 「食べてみる?」 にっこりと微笑むハティーアに四人が声を失った。 ● 鍋はとても美味しく、とても満足していた。 ユリアがハープを奏でて雪が舞う。優しい音色は晩秋の夜にふさわしいもの。 「折梅様、お酌いたしますね」 「ありがとう」 ゆっくり飲む事を言い渡された折梅だが、開拓者達と一緒なら酒は進むが話が花咲き、ゆっくりとなる。 「雪さん、沙桐さんはいいのですか?」 「大丈夫です。沙桐様は分かってくれます」 微笑む雪に折梅は嬉しそうに微笑む。 「伝える事は大事ですよ」 雪の瞳をじっと見つめる折梅が言えば、雪は頷いて沙桐の元へと向かった。 「折梅様」 次に現れたのは沙羅だ。 「今日は一緒に寝てくれますか」 折梅の誘いに沙羅ははいと頷けば、後ろ手に隠していた枕を取り出した。白猫っぽい抱き枕。出来栄えは愛情です。 「私がいなくても抱き心地はいいですから」 にっこり微笑む沙羅に折梅も絆されるように頷き、沙羅を膝へと誘う。 「ありがとう、私はいつも色んな人に助けられてるわ」 「皆、折梅様のこと大好きですよ‥‥私も、おばあさまができたみたいで‥‥」 最後まで告げることが出来ず、沙羅は眠ってしまった。 「私も腹を括らなければなりませんね」 そう呟いた折梅に強い意志が点される。 杷花の相手をしていたユリアは聞き手に回っていた。 自分が今まで母は事業に打ち込んでいて愛情を感じなく、彼女の意のままであれば彼女は笑顔を見せてくれたから人形のように生きてきた。 母は自分の実家を奪った工房の主一家を深く憎んでいたが、工房の人達は守っていた。 現在工房は鷹来家が管理しているが、いつかは自分で工房を守りたいとユリアに告げた。 「頑張り屋ね‥‥いい子」 「これからです‥‥」 ぽんぽんと、ユリアが杷花の頭を撫でると杷花は泣き笑いの顔をする。 沙桐は「女の子同士でどうぞ」と言って別の所にいた。 「雪ちゃん、どうしたの?」 優しい声に雪は沙桐に飛びついた。 雪は叛における溟霆の変化を伝えると、沙桐は雪の背を撫でる。 「俺達は俺達なりで行こう」 共に戦ってきた戦友の傷は辛く感じる。 神楽の都に戻る際、溟霆に手紙が雪より渡された。 柳色の和紙に書かれた文字は「闇霧の中でわっちとお逢いしんす」とだけあった。 |