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■オープニング本文 繚咲には四つの小領地が存在する。 高砂、深見、貌佳、天蓋。 この四つの小領地を統治するのは鷹来家だ。 繚咲北部に貌佳がおかれており、その北部が瘴気に侵されて魔の森となっている。 小領地、貌佳を治める領主には泉という娘がいた。 彼女は鷹来家の嫁入りを期待されていたが当人にその気はなく、貌佳を護り治めようと名を変え、市井に現れていた。 そんな折に見初めたのは松籟という男だった。 随分と年が離れていたが、心が惹かれて恋に落ちていた。 彼女は彼を知りたく、開拓者を頼って調べてもらった結果は理穴でも重要な役職の者の命を数度に渡って狙い、繚咲に巣食うアヤカシと手を組み、幾人もの人間の命をアヤカシへ献上した者にして、前代貌佳領主の妹の子‥‥泉と血の繋がりがある者だった。 彼は開拓者に捕縛され、理穴にて沙汰を待つ事になっていると聴いている。 泉にとって、大叔母にあたる人物は貌佳北部の魔の森に近い屋敷にて生涯を過ごしていたと聴く。 何か、アヤカシの手がかりになるものが屋敷にないかと泉は思い立って人知れず、屋敷へと向かった。 貌佳領主の屋敷を抜け出すのはお手の物。 幼い頃から何度もやっている。 屋敷の場所は大体分かっている。 行ったことはないのだけど‥‥ 街を北東に抜ければその屋敷へと続く道がある。 貌佳郊外の雑木林が目印だ。 そこはあまり人が踏み入らない場所だ。 こっそり入ればきっと大丈夫だろう。 泉はそう思って雑木林へ駆け出すと、視界を遮られて意識が闇へひっくり返った。 「花宰は貌佳の娘か‥‥」 最後に聞いたのは男の声だった。 泉の姿が見えない事に気づいた泉の侍女は至って平素に、だが内心焦って屋敷の中を探していた。 彼女はこの屋敷で育ってきたようなものだ。父も母もこの家に仕えている。泉の話し相手としてずっとそばにいた。 泉は自分の主であり、大切な人。 泉がいなくなり、何かあれば‥‥ ぞくりと背筋を震わせ、侍女は彼女を探す。 領主がいる方角で何か声が聞こえたような気がした。 人がいるのだから声が聞こえるのは当たり前の話だが‥‥厭な予感がする。 こっそり聞ける場所も知っている。そっと、耳を澄ませば、貌佳領主の声がした。 「泉が屋敷に向かっただと‥‥」 「しかし、屋敷に踏み入った形跡はありませんでした」 「連れ戻せ」 切羽詰った領主の声にシノビだろう者は応じて姿を消した。 侍女もまた知っている。 先代貌佳領主の妹が鷹来家の嫁入りに負け、魔の森に隣接する貌佳郊外の屋敷に追いやられていた。 開拓者達の話を統括すれば、その妹は人知れずに男児を出産しており、松籟という名で密やかに生きてきたという。 その妹の没後、屋敷がどうなっていたかは知らないが、領主の話によれば何かあるという事‥‥ 今の自分に分かる事は唯一つ。 泉の危険だ。 侍女はどうやってその場を離れたのか覚えていなかった。 たまたま監視で通りすがった天蓋の諜報部隊の長である架蓮が侍女を保護し、気づかれないように領主より遠ざけたようだった。 話を聞いた架蓮は侍女に開拓者への依頼を提案した。 彼女もまた開拓者の事を知っているので、こくこくと頷いた。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂 |
■リプレイ本文 泉の侍女の姿を見て、苦々しく唇を噛んだのは輝血(ia5431)。 恋愛に落ちた人間がどういう動きをするか理解し、利用してきた自分が今、その刃を受けている事を感じて瞳を閉じた。 「お嬢ちゃんにしては勇気のあることだな」 アヤカシの驚異は人間の本能だ。己の手に負えないと悟った時の感情は恐怖しかない。 それでも行動した泉に淡々と北條黯羽(ia0072)は評した。 惚れたための弱くなるか、それ故の勇気か‥‥ それは紙一重であることを体感している御樹青嵐(ia1669)は輝血を見やる。 「泉さんは思った以上に責任感が強い方ですね」 「泉様は貌佳を統治することを幼い頃から希望していましたが旦那様は沙桐様に娶って貰うことしか考えておりませんでした」 「泉様は貌佳とともに歩こうと仰ってました‥‥」 俯く侍女の言葉に白野威雪(ia0736)は目を伏せる。 「魔の森に引きずり込まれているならば、早急に助けねば」 年齢より大人びたように顔をしかめるナザム・ティークリー(ic0378)の声に開拓者達が頷く。 「蓮誠さん、架蓮さん、お願いします」 珠々(ia5322)が言えば、若い兄妹が頷く。 「蓮司さんて‥‥」 折梅が切られた際、搬送してくれた老人をフェンリエッタ(ib0018)は思い出す。白髪交じりの白銀の髪に青がかった菫色の目が二人と似ている。 「天蓋領主にして私達の祖父です」 繚咲の小領地の一つ、天蓋は全員が戦闘もしくは諜報ができる。志体のない者も繚咲で反乱が起きないか、外敵が繚咲を狙っていないか極秘で諜報員として繚咲内に配備している。 「そうなの。宜しく」 フェンリエッタが言えば、兄妹は「こちらこそ」と返した。 雑木林の中へと入るのは三班に分けて入る。 顔をしかめたナザムは雑木林を見上げた。昼だというのに雑木林の中で感じるものは決していいものではない。 まだ魔の森として浸食されてないが、それも時間の問題だと思わされる。 空は晴れているという事実だけでも助かる。 黯羽が人魂を使って雑木林の探索に出かける。意識を人魂に預け、雑木林を翔る。 木々の色が変わっていき、それは正しく魔の森となった姿。 本来は現在飛んでいる場所でさえ、常人の住むところではなかったのか‥‥ 誰も止めなかったのだろうか。 話では貌佳当主の血を引く者が住んでいたというのに。 影が黯羽の「視界」に飛び込む。 人間だ。細かい姿が上手く見えない‥‥ 急に黯羽がはっと我に「帰って」きた。 「人魂が斬られた‥‥出迎えてやろうかねぇ」 黯羽が言えば、ナザムが戦陣を付する。ナザムの練力を感じた珠々は耳を澄まし、相手が忍び足を使ってないか確認する。 忍び足は使っていない。珠々の耳なら聞こえる。 微かに葉擦れの音がする。 地を蹴る音が聞こえた。魔砲槍を構えるナザムは本能で危機を感じる。 奔刃術‥‥ ナザムの魔砲槍より練力の塊が槍より放たれる。 砲は目測より速かった敵に命中したが、敵との間合いが短い為、槍からの振動にナザムは歯を食いしばり、珠々と共に即座に敵との間合いを離す為後退した。 苦しそうに立とうとしているのは黯羽の人魂を斬ったシノビだろう者。 「天蓋のシノビとは思えません」 珠々はそう判断を下し、笛を咥えて長く一度吹いた。 容赦なく黯羽が銃を撃ち、文字通り足止めする。 その一方、輝血、青嵐、蓮誠は他の道を進む。殆ど、瘴気に包まれた雑木林はいつ何が現れても仕方ないような状態。 「貌佳領主は何を隠していたのか‥‥」 惨状とも言えるこの状態で蓮誠は苦く顔を顰める。 「この状態そのものでしょうね」 ふーっと、青嵐がため息をついて人魂を飛ばす。 魔の森‥‥もとい、瘴気は貌佳領主が管理している屋敷よりも更に人里寄りに侵食されている。 「天蓋の方では調べられなかったの?」 「‥‥この土地は、何代も前の貌佳領主が当時の鷹来家当主より買い取ったそうです。定期的に異変があれば報告するようにという条件付きで」 蓮誠が答えれば葉擦れの音がする。空気を斬る音に気づいた輝血は人魂を使っている青嵐を護るように動き、刀で一閃すれば、地に落ちるのは蔓状態のアヤカシ。濃い瘴気の中なのかまだ動いている。 勢いよく青嵐が息を呑んで戻る。 「泉さんは見つけられません。ですが、かなりのアヤカシがこちらに近づいてます。足元に兎がいました」 見たのは不死と獣と青嵐は告げて臨戦態勢をとる。二人の能力値は理解すれども、その多さを見た青嵐は探索より、回避をとる。 輝血の耳にも神経を掻き毟るようなアヤカシ達の音が届いている。笛を吹こうとした瞬間、珠々が入った方角から長い笛の音が一度だけ聞こえた。 「アヤカシか‥‥貌佳領主のネズミか‥‥」 輝血も状況を伝える為、笛を長く一度だけ吹いた。 兎の耳にも伝わるだろう。 奴らが穢している中に侵入者がいたのだから。 「いるわね‥‥」 随分とと付け加えてフェンリエッタが呟いた。 ふわりと浮かぶはフェンリエッタの人魂。師走も半ばとなれば豪雪地帯の繚咲も雪虫の時期。 雪虫型アヤカシは勘弁願いたいと心の中で思いつつ雪は人魂を見送る。 「え!」 程なくして、フェンリエッタが声を上げ、雪の方を見やる。 「雪さん、柊真さんにこめかみに傷とか火傷なんてなかったわよね」 「その方は柊真様ではありません! 火宵という方です。年初めに百響との攻防の果てに行方が知れなくなった方です」 この間の依頼では火宵と共に行方をくらました満散というシノビが保護された。 「情報を得ましょう」 「そうね、今は泉さんの保護を優先しましょう」 こくりと三人が頷けばその方向へと向かいだした。 捕まえたシノビは貌佳領主のシノビだった。 私有地に入る者を排除するのが目的だと言っていた。 「だが、こんなになるまで放置するのは如何‥‥説明するさね?」 ちろりと黯羽がシノビを見下ろす。 「俺達は開拓者だ。この実情をギルドに報告する義務がある」 きっぱりと言ったのはナザム。少年開拓者の言葉にシノビの眉間が動く。 「繚咲を統治している鷹来家に一度話を通し、その上でギルドに正式報告があればどういうことがわかるだろう‥‥?」 黯羽が言葉を繋いでいるうちに長い笛の音が聞こえた。 「輝血さんの方です」 即座に珠々が言えば「どうする」とナザムが次の行動を問う。 「一緒に来てください」 珠々がシノビを引きずって三人は輝血の方へと向かう。 アヤカシと遭遇した輝血、青嵐、蓮誠組は回避しようと動き出すも、アヤカシ達の動きは統率されていた。 「下級と思ったのですが‥‥魔の森が近いからでしょうか」 青嵐が斬撃符を繰り出すと、狂骨の首を落とした。 「でしょうな」 首なくとも動く骨を狙って蓮誠が思い切り肩から斬り、背骨を通して骨盤を砕いた。 「こんなにアヤカシがうろついているなんて‥‥!」 舌打ちする余力もなく、鹿アヤカシの攻撃をすり抜けて前足二本を切り落として体勢を崩させた輝血はそのまま脚袢で胴を蹴り飛ばし、追撃してくる狼アヤカシの目玉を貫く。 「泉を探すよ‥‥!」 狼アヤカシの尻尾の毛並みで刀を拭い、輝血が二人に声をかけた。 フェンリエッタ、雪、架蓮組は更に奥へと向かっていく。 人魂は飛ばしたままであり、フェンリエッタの表情は険しい。 「フェンリエッタ様‥‥?」 雪が心配して声をかけると、彼女は少し躊躇ってから口を開いた。 「‥‥人魂が‥‥屋敷のようものを見つけたみたい‥‥」 その屋敷が何なのか雪と架蓮は理解した。自分達の入った道が近かったのだろうか。 人魂の探索は続行し、まずは確認だ。 進んでいけば行くほど甘く頭の芯が揺さぶられるような香りが強くなる気がする。 百響配下の者と戦った時、似た香りを感じた覚えがした。 フェンリエッタの人魂は先に中へと入っていく。 雨戸が少しだけ開いていた。そこから覗き見たのは寝転がる男の姿と傍らで膝を崩して座っている白い着物姿の女‥‥ 周囲にはアヤカシがいるというのに平気なのか‥‥ むくりと男が起き上がり、窓の外を見やればその目は正気とも思えなく、フェンリエッタは声を飲み込む。 女が両腕を伸ばし、男の顔を自分の方に向かせて何かを呟けば、目を蕩けさせてそのまま目を閉じる。女はまるで、フェンリエッタの雪虫に気づいているように笑った。 「綺麗どころ三人が何してる‥‥」 三人を引き止めて呆れた声は一見、柊真によく似てるが違う。 あの男は黒い髪に青紫の瞳。傷や火傷の跡などない、今は理穴にいる。 「火宵さん逃がしません。来て貰います」 彼の顔は百響の焔の愛撫により皮膚が焼けただれて右頬が削げており、常人ならば悲鳴を上げることだろう。雪は真摯に向き合い、告げると火宵は一つ頷いた。 同時に短い笛の音が微かに聞こえた。 音の方向へ向かおうとした四人だが、フェンリエッタが足を止めた。心眼が捉えた。 「あ‥‥さき‥‥さ‥‥」 麻貴によく似た顔‥‥それよりも脳裏に浮かぶのは年老いた繚咲の管財人‥‥鷹来折梅‥‥ 「似ていうものは仕方ないな」 ふわりと着地したのは百響だ。 「山の奥かと思ったら、こんな近所にいたのね」 抜刀できるように刀の柄に手をかけてフェンリエッタが言えば、アヤカシは微笑む。 「山の中ではそうそう出かけられないだろう? 我は出かけるのが好きなのでな」 駆け出してきた兎アヤカシは百響の足元に擦りつく。 「花王の娘を取り戻しにきたのだろう。我は今、退屈しておらぬゆえ、改めて来るがよい」 百響は危害を加える気はないようで、四人は泉の方へ向かおうとする。 「深き緑の娘‥‥貴様も中々美味そうだな。白華の蕾よ。貴様は我直々にその腸を食ろうてやる。繚咲に咲かす事がないようにな‥‥!」 「私には頼れる仲間がいます」 架蓮が殿となり、四人は駆け出したが、百響は追う気配はなかった。 時間を巻き戻して、黯羽、ナザム、珠々の組。 彼らは貌佳領主のシノビを連れつつ、輝血の下へと走る。 「‥‥ちっ!」 行く手を阻むアヤカシを撃っている黯羽が、面倒くさそうに舌打ちをする。 「いるんかねぇ‥‥!」 「かもしれません」 小さい身体が振るう剣は大きく、自身より大きい敵をなぎ倒していく。 魔砲槍を槍として使っていたナザムが獲物を振るい、敵をなぎ倒している。 「無駄玉しないよう纏めます」 剣を納めて早駆を使った珠々は敵との間合いを一気につめ、敵に自分を惹きつけた。奔刃術とは勝手が違うのでやりづらいが、黯羽がその分銃で補強してくれる。 「上だ‥‥!」 ナザムが珠々に言えば、彼女は抜刀し、上からの攻撃を甘んじて受けた。珠々を捉えた植物アヤカシは重力に逆らい、珠々を軽々と持ち上げるなり、ナザムは珠々に砲撃対象にならない事を感知し、砲撃を行った。 まとめて砲撃を受けたアヤカシ達には衝撃があり、そのまま倒されたアヤカシもいた。 「珠々なら大丈夫だ。片付けようかねぇ‥‥!」 黯羽とナザムがアヤカシ達を片付けようとした瞬間、斬撃符がアヤカシの腕をはねる。 「斬撃符‥‥?」 回避しながら進んでいた輝血組と合流してしまったようだ。 「この先に納屋のようなあばらやがありました」 青嵐が言えば、そこも確認するべきと全員が頷く。 「珠々、さっさとしな!」 先輩シノビの言葉に珠々は応えるべく、葉の根元を斬り自由を得た。 開拓者達は合流のまま、そのまま向かう。 「足跡が」 珠々と輝血の確認だと、人間は二人との事。アヤカシらしき足あとはなかった。 「この足跡って、記憶にない?」 珍しく輝血が珠々に確認を取る。 「どっちもあります」 「どうしましたか?」 悩むシノビ二人に青嵐が問うが「馬鹿がいる」とだけ輝血は答えた。 程なくして、納屋が見つかった。中の音はなく、安定した呼吸が聞こえる。 入れば、毛布に包まれている泉の姿があった。 即座に珠々が笛を鳴らして発見を伝えた。 眠っていればそのまま蓮誠が運んでくれる。女性だけでさっと確認したが特に外傷はなかったが土埃で着物が汚れていた。 毛布一枚では流石に体温も奪われているようで、珠々が手足をさする。 鬱蒼とした雑木林の中であるが、早く出るに越した事はない。 木々が揺れ、動き出す。 大人しくしていた植物型アヤカシ達が動き出した。 「やってやろうかねぇ!」 黯羽が再構築し、黄泉より這い出る者を呼び寄せる。呪いを受けた木のアヤカシはのたうつように枝をしならせてぼきりと音を立て折れてしまい、動かなくなった。 周囲の草もアヤカシだったようで、にゅうにゅうと伸びて開拓者達の手足を奪おうとする。 「うざったい‥‥!」 開拓者達は刃物で対抗して植物を斬り倒していく。 剣で斬っていった珠々の死角を狙い、次の葉と花が襲ってきた。 細い何かが空気を裂いて珠々を狙おうとする花へ命中する。 「‥‥矢?」 きょとんと、ナザムが呟く。そう、花を射たのは矢だ。アヤカシや五人の人間がまばらにいたとしても当たらず、ぶれることなく空気のように矢がすり抜けた。 こんな技が使えるのは弓術士。 「お嬢さんは無事か!」 その声に聞き覚えがある者もいた。 夏の理穴東部の大アヤカシ討伐の司令官、羽柴麻貴がそこにいた。 「薙ぎ払ってくれないか?」 魔砲槍を見た麻貴がナザムに頼むと練力がないと言われたので、梵露丸を渡した。遠慮なく飲み干してナザムが魔砲槍を撃ち放ち、珠々が殿となり撤退した。 ナザムが星を見上げると、空は澄んで美しかった。 輝血と珠々が見立てた納屋近くの足跡は麻貴と火宵のものであり、泉を保護し、納屋へ入れていたらしい。 脱出した後、麻貴は頭を摩っていたが。 「何故、殴られるんだ?」 「私は繚咲を統治する鷹来家当主の双子の姉だが、当主の家には無用な女で母が理穴の者だから鷹来家からは追放されている。本来、この地を踏めば殺される」 ナザムは輝血に問わず、麻貴に問いた。 「何故、来たんだい?」 更に黯羽が問う。 「百響は松籟を使って理穴の上層を殺そうとした疑いがあるから、調べに来たと言えばいいと助言を貰った」 確かに、麻貴は表向きは理穴の名門家の令嬢なのだ。下手を打てば外交問題となりかねない。黙っているのが吉だ。 「‥‥誰ですか、そんな知恵を与えたのは」 「緒水君」 どこかの管財人のような知恵がつきだした緒水を思い、輝血は何ともいえない顔をする。 「フェンリエッタ君。浮かない顔をしてるけど‥‥」 「中にいた人、浮浪者の類に思えなくて。着てるものも上質な絹だったの」 麻貴が問えば、フェンリエッタは人魂を介して見た事を思い出している。 「食料、衣服を与え、清潔‥‥アヤカシに殺されかねない娘を心配のそぶりなく、嫁入りさせようとしている父親ねぇ」 ふぅっと、黯羽がキセルから吸った煙を細く吹き、虚空に散らした。 冷たい空はもう、年納めの時期だ。 |