誘いの百合笑み
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 難しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/07 20:00



■オープニング本文

※この依頼は重体になる可能性がとても高い依頼となっております。

 今年の年跨ぎの時、繚咲の闇の中に隠れていた強大なるアヤカシ‥‥百響を討とうとした男がいた。
 元は理穴東部にある街の豪商の妾の息子、火宵という者。
 母親は武天は繚咲に程近い土地の領主とその
の護衛をしているシノビ。
 三十年程前、母親の土地は百響が率いるアヤカシの餌場として襲われた。守るべき領主が、民が殺されていった。
 領主の息子も殺され、共に護衛任務をしていた従姉妹のシノビともアヤカシの逃亡の果てに別れてしまう。
 母親の気がついた頃には足が不自由となり、理穴の遊郭に入れられ、生きる気力も失い、理穴東部の豪商に買われていった。
 そして生まれたのが志体を持つ息子、火宵に滅ぼされた故郷の敵をとってほしいと教え続けた。
 そして今年の初め、自身の私財を投げ打って一個中隊を作り、百響討伐へと向かったが七割が百響の攻撃にやられ、自身も百響の攻撃により、生死不明となってしまっていた。
 火宵と同時に満散という女シノビもまた、同じく生死不明となった。

 半年以上、人の前に現れずにいた二人が今、高砂にある天蓋のシノビが経営する宿に人知れず連行された。
 しかも、理穴名門家の令嬢、羽柴麻貴と共にいる。
「何で麻貴までいるんだよ。即刻殺されたって文句言えないぞ」
「理穴の名門、羽柴家の当主がここの土地に巣食うアヤカシに狙われた疑いだ。義父上を殺そうとしたものを調べる為に来た」
 麻貴はきっぱりと言い切ると沙桐はため息をついた。
「あいつにバレるなよ」
「緑萼殿を何故嫌う‥‥」
 麻貴が言えば沙桐はそっぽを向く。
「お前を要らないものだって言ったからだ。あいつら、俺を誑かす悪いやつとか散々悪く言ってたんだ。俺もばあ様もお前が必要なのに」
「麻の花冠は幻覚作用があるからな。そう例えられても仕方ないし、いつまでも私を必要としてはお前の花嫁に申し訳ないだろう?」
 表向きは羽柴家の令嬢と通っている麻貴だが、本来は沙桐の双子の姉。
 麻貴は赤子の時に繚咲より追放されており、繚咲の地を踏むのを許されていないが、当人は理穴の者として堂々と繚咲にいる。
 知った有力者達が騒いだとしても、理穴の氏族に害をなしたという事で騒ぎになるだろう。
「いざとなれば開拓者を介入させれば何とかなるしな」
 のほほんと麻貴が言えば、沙桐は力技だなぁと呟いた。
「で、そっちは調べてたんでしょ」
 ちらりと沙桐が見たのは火宵と満散。
「ちったぁ、寝込んだがな。年か」
 二人は百響の攻撃を喰らって重傷を負ったが、なんとか魔の森と人里の間で難を逃れていたようだ。
 五月の頃から本格復帰をしていたが、先日開拓者達が調査していた出会い茶屋でトラブルを解決し、そのままやり手婆、用心棒として隠れ蓑にしていた。
 そんな折でも繚咲を調査する開拓者の話、沙桐の嫁が開拓者にいるのではないかという噂が流れたのを聞いた。
 麻貴と合流したのは十日ほど前だという。
「百響はあの屋敷にいるのは確定でいいのか?」
 沙桐が尋ねると火宵は「まぁな」と答えた。
「開拓者の話でも居ついているという感じだったしな」
「問題は百響と共に居る男が貌佳領主の別邸に居る関係だけど‥‥沙桐、どうするの?」
 満散が呟けば沙桐は一呼吸してから口を開く。
「このまま行けば貌佳のみならず、繚咲の土地まで汚される。俺はこの土地に今まで住んできた人達を守らないとならない。これから住む人達の為にもな」
「そうと決まれば討伐だな」
「ばあ様に話通して天蓋でも少しで‥‥」
「半分以上そちらにまわすように手配しております」
 からりと戸を空けたのは店の主。立っていたのは折梅だ。
「ばあ様‥‥」
「自身の孫が身を張るというのに己のみ安全な所に居るなど、この折梅、耐えれません」
 きっぱり言い切る折梅が向けたのは火宵の方。視線を受けた火宵は折梅に頭を下げた。
「年明け早々、領地を汚し、申し訳ない」
 いつもの余裕綽々の様子はなく、火宵はただ、頭を下げている。折梅はそんな火宵の姿を見て厳しく目を細める。
「そうですね。土地は長い年月をかければもどりますが、炙られた男前の顔は戻りませんよ。台無しにするのは本当に許されません」
 人の身体に関する事で戻るというのは奇跡な事。火宵と満散の顔や身体は皮膚が爛れていた。
 すばやい巫女の治療でも戻りはしないだろう。
「後は高砂、深見が傭兵貸してくれればいいんだが‥‥まぁ、アヤカシ一掃より百響の討伐が先行って開拓者には依頼しておく」
 折梅の話を切り上げて沙桐が言えば、控えていた天蓋のシノビ達が一斉に動き出した。


■参加者一覧
/ 音有・兵真(ia0221) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 御樹青嵐(ia1669) / 倉城 紬(ia5229) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 霧咲 水奏(ia9145) / ユリア・ソル(ia9996) / フラウ・ノート(ib0009) / フェンリエッタ(ib0018) / フレイア(ib0257) / ニクス・ソル(ib0444) / 溟霆(ib0504) / 春原・歩(ib0850) / 无(ib1198) / 玖雀(ib6816) / レト(ib6904) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 麗空(ic0129) / 理心(ic0180) / 紅 竜姫(ic0261) / 紫ノ眼 恋(ic0281) / 庵治 秀影(ic0738


■リプレイ本文

 百響討伐依頼に応じた開拓者達を繚咲郊外まで出迎えたのは折梅。
「折梅様‥‥」
 開拓者の誰かが名を呼べば、老女は目じりの皺を深くして微笑む。
「雑木林の入り口には、沙桐さん達が待っております」
 それだけ告げた折梅は踵を返した。老女の細い肩に掛けられた百花が咲き誇る陣羽織が揺れる。
 自分達は今、戦いに来ている。
 開拓者として最大の務め‥‥アヤカシ討伐をしに。

 市街地を通らずに開拓者達は雑木林の入り口前に到着した。
 麻貴、沙桐共に片方しか見知っていないものは二人が双子である事に気づく。
「俺は繚咲領主である鷹来沙桐。年の瀬なのに皆、来てくれて本当にありがとう」
 沙桐が開拓者に声を掛けた。
「牛歩のような進み具合だが、瘴気が人里を侵している。速やかな討伐を頼む」
 沙桐の隣に立つ麻貴が言えば、紅竜姫(ic0261)が一歩前に出る。
「アヤカシの動きは?」
「まだ人里には降りてはいなく、雑木林も魔の森のそれへ変化し続けているが、こちらも悠長にしては動けない」
「そうね、加勢させてもらうわ」
 きらりと竜姫の瞳が輝く。
「強敵との戦いは好きよ。そちらのすす払いも出来ていい機会ね」
「今中に倒さなければ沙桐さんの祝言もままなりませんから」
 ユリア・ヴァル(ia9996)が茶目っ気を入れて言えば、折梅が返す。数人の開拓者が首を傾げれば、御樹青嵐(ia1669)が簡潔に説明をした。
「本来、繚咲の領主は好きに祝言を挙げる事が許されないのです。今回の目標である百響を討伐成功できれば、沙桐さんは好きな人と祝言をあげることが出来るのです」
「へぇ、そんな事があったのか」
 で、誰なんだと庵治秀影(ic0738)が尋ねると、フェンリエッタ(ib0018)と珠々(ia5322)と輝血(ia5431)が見た先は頬を染める白野威雪(ia0736)。
「皆様のお力が必要です」
「頼む‥‥!」
 雪が言えば、沙桐も隣に立ち、力を請う。
「美味い飯待っている」
 音有兵真(ia0221)が言えばそれぞれが戦闘準備へと入っていく。
 繚咲に住まう者達が望むならばこそ、開拓者達はここに来た。
「溟霆様」
 皆が動く中、架蓮が溟霆(ib0504)を呼び止める。
「あの子の為に必ずやお戻りください。本来はあの子もこの戦いに入る予定でしたが‥‥」
「綺麗な人のお願いならいくらでも聞くよ」
 歯噛みする架蓮に溟霆は続きを遮るように微笑んだ。



 天蓋の陰陽師はシノビの者達に比べて少ないが、全員を戦場に現れた。
 今も変化し続ける魔の森を監視する開拓者の目として手伝いに入る。
 人魂が鳥や小動物の姿に変えて林の中へ入り、同時にシノビ達は耳となり、先行調査へと入る。
 程なくしてシノビ達が戻り、報告を行ってくれた。
 百響は兎型アヤカシを複数保持しており、各所に配置して監視している。
 人型アヤカシは百響のみ。雑魚アヤカシが隠れているようであった。
「百響自体は?」
 竜哉が尋ねると、雑木林の中にある屋敷の中にいると天蓋の架蓮が伝えた。
「下級アヤカシ達が屋敷のほうに集まっております!」
「気づかれたようですね」
 无(ib1198)が言えば、全員に緊張が走る。
「見せしめにやっているのだろうな」
 やれやれと、アヤカシがいる方向を見やる兵真。
「わるい子はばーんだよー!」
 可愛らしい麗空(ic0129)の姿に天蓋のシノビ娘達が「可愛い!」と密やかに騒いでいる。
「架蓮様」
 柚乃が架蓮を呼ぶと、彼女は麻貴への伝言を頼む。
「出ようか、俺達はあくまで手伝い」
「そうでありまするな。決めるのは住む人々」
 百響班がより討伐に集中出来るように開拓者達が動き出した。

 雑木林の中に入った途端に木々が蠢いているようだ。
 どこに何が潜んでいてもおかしくはないだろう。
 シノビや陰陽師の人魂で更に集まっているアヤカシの位置を確認していく。
「西北に集まっております」
 その方向は屋敷がある方向だ。瘴気が先頭を往く者達の肌に刺さるように濃くなっていくのが分かる。
 地鳴りのようにこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
 狼、猪、狒々といった獣系アヤカシだ。話に聞けば、百響配下には植物系アヤカシもいる。この林ですら信用は出来ない。
「あたし達はここで道を開けよう」
 前に出ていた紫ノ眼恋(ic0281)がゆっくりと瞳を瞬くと、手にしていた斧頭に紫電が弾ける。
「この狼に刃を向けた以上ッ! 生きて帰れると思うなァッ!」
 言うよりも速く恋が駆け出し、先行する狼アヤカシの胴から真っ二つにし、身体を翻して斧の遠心力を使い、追い討ちをする鹿アヤカシの頭を砕く。
「相変わらず激しいじゃねぁか」
 恋の死角に立つのは秀影だ。
「景気よく行くのは悪いことではない。行くぞ」
 玲瓏なる声の主は竜哉。手に握られているのは二股に開かれた穂先の大型魔槍砲「神門」。
 奏でられる高音が皆の耳に届いているということは早くも練力を装填している事を知らせる。
 アヤカシ達は人間が動かないという事に餌を頬張れる悦びが如くに飛び掛っていく。その人数が多ければ多いほど好都合。
 放たれた砲撃は群れをなすアヤカシ達を一直線に消し飛ばし、吹き飛ばしていった。
「参りまする!」
 砲撃を支援するように水奏と天蓋の弓術士隊達が中衛のアヤカシをめがけ、支援の矢の雨を降らせる。砲撃や矢を逃れたアヤカシ達は本能のまま開拓者達へと向かう。
 狒々アヤカシが腕を振り回してレト(ib6904)の足を取ろうとするが、彼女はシナグ・カルペーで回避し、軽やかに跳躍した。
 レトの背後にいたのは竜姫だ。瞬脚で間合いを詰めて狒々アヤカシの腕を払い目玉を赤龍鱗の篭手をめり込ませる。更に狼アヤカシが竜姫を狙うも反射的に踵落しでアヤカシを迎撃。
 飛んだレトの動きは制限される。林の葉の影の中を鳥型アヤカシがレトを狙うがそれも彼女は想定済みだ。
 薔薇の茎を補強した鞭が鳥型アヤカシを絡めとり、レトは思い切り鞭を振り下ろす。落下の重力を伴い、アヤカシは地を動くアヤカシの上に落下し同士討ちとなった。
「あ!」
 何かに気づいた麗空は自分の練力不足に気づく。
「これを飲むといい」
 渡されたのは梵露丸。見上げると天蓋の警護隊長といっていた蓮誠がいた。
「常人相手ならば練力なしでもいけるが、アヤカシ相手では厳しい」
 麗空は礼を言ってから梵露丸を飲み練力の回復を感じ、術を発動させる。蓮誠はその間、麗空を護るように立っていた。
 ふと、竜姫が麗空に気づくと、麗空より梵露丸を貰ったと言われた。
「助かるよ」
「我等が土地を助けてくれるものに出来る限りの手伝いは当然。頼みます」
 蓮誠は竜姫と麗空に頭を下げると前に出て兵真と一緒に戦いだした。
「負けてられないね」
 レトの言葉に竜姫と麗空が頷いた。



 兎のアヤカシが駆ける。
 主に伝える為に。
「来たか。‥‥ほぉ、随分と麗しい者も来たと‥‥」
 人の声を出すアヤカシは配下に「咲主」と呼ばせていたが、今は声を出すアヤカシはもういなくなっていった。
 深見草の天香、貌佳草の戎。どれも咲主たる百合のアヤカシに従順だった。
「滅ぼされたのは致し方ない」
 配下のアヤカシが倒されようとも百合のアヤカシは気にも留めてなかった。
「ゆ‥‥り‥‥」
「我を欲せしいとしき子よ‥‥」
 くつくつと百合のアヤカシは傍らの男を見やる。
「混じりもの共を殺し、おまえを繚咲に据えようか‥‥おまえの父、喜見もよろこぶだろう。貌佳は繚咲の母、貌佳の血を濃く持つおまえならこの百響、支えようぞ」
 愉しく笑う百響は立ち上がった。


 麻貴と沙桐へ託を伝えにきた架蓮は百響の声を聞く。
「皆様、百響が移動を始めてます」
 開拓者達が架蓮の方を向き、次の言葉を待つ。
「屋敷より二町離れたところに暴れるに丁度いい場所がある。そこで出迎えよう」
 架蓮は百響の言葉を聴き、そのまま開拓者に返す。開拓者達は共に向かっている依頼人の言葉を待つ。
「誘いに乗ろう。架蓮は下級アヤカシの食い止めに入ってくれ」
 沙桐が指示を出すと、架蓮は頷いた。
「随分と勝つ自身があるものだな」
「見つける手間が省けていいじゃねぇか」
 ふぅと、ため息混じりに言う麻貴に玖雀(ib6816)が返すも彼は臨戦態勢だ。
「君達が来てくれて心が強くいれる」
 なっと、麻貴が微笑みかけるのは傍らにいた珠々。彼女もこっくりと頷いて麻貴の視界から消えた。
「いっしょにかえります、かえします。おとうさんのところに」
 珠々は火宵と満散の近くに移動して二人に告げる。
「そうですね。今度こそ、一緒に戻らせましょう」
 くすっと、二人の近くにいたフレイアが微笑む。


 百響が指示した場所は確かに広く、戦うには丁度よかった。
 ぽつんと立っていたのは百響だけだった。木々や茂みがあり、その奥に何がいるのか、もしくはその植物すらも敵なのかと疑ってしまう。
 情報通り、百響は麻貴や沙桐、折梅を思い出す姿だった。わかりやすいのは白無垢姿だった。綿帽子は消えたままであったが。
「これは美しい‥‥」
 優しく微笑むのは理心(ic0180)だった。彼の呟きが百響に聞こえたのか、彼女もまた微笑んだ。
「美しいと言われるのは嬉しいものよ。しかし、貴様らとは相容れぬこその逢瀬もまた味わい深い」
 虚空に手を差し伸べた百響の手のひらにぽつりと火が点れば、瞬く間もなくその焔は虚空に広がり、剣の形をとる。
「私達はお前の逢瀬の餌になるつもりなんかないわ」
 きっぱり言い切ったのはフェンリエッタだ。繊手には殲刀が早くも握られている。
「深き緑の娘、白華の蕾、貴様等も来たか」
 ふと、百響の視線は一点に止まる。
「鬼灯よ昨年より美味そうになりおったな。美しき因はその清流か」
 ちろりと百響が見やったのは輝血と青嵐だ。
「あたしは輝血だ。それ以外の呼び方なんか認めない」
 もう硝子のような輝血を知る者の方が少ないほど彼女は変わってしまった。
「他にも随分美しいものがいるのではないか」
「戦い甲斐があればこそ‥‥よ」
 バチッと、百響とユリアの目が合い、火花が散る。
「人間を弄ぶアヤカシなど放置は出来ないからな」
 ユリアと共に立つのは夫のニクス(ib0444)だ。
「止めてみよ」
 にやりと百響が哂う。
「後ろだ!」
 即座に叫んだのはケイウス=アルカーム(ib7387)。声に反射して動いたのは麻貴だった。彼女はもう矢を放った後であり、ケイウスが警告した木のアヤカシの幹を貫き、今にも折れそうな状態にしていた。
「油断できないね」
 くつりと溟霆が笑う。
「我は暴れるのに丁度いい場所を提供した。独りとは言うておらんのでな」
「戦闘開始といこうか」
 百響の言葉を返したのは玖雀だ。その手には一本の棍棒があった。シノビ特有の奔刃術で俊敏さを上げて百響との間合いを詰める。
「初顔だな」
 玖雀の棍棒と百響の刀が交差する。焔で模られていた剣は一本の日本刀と化していた。百響は片手で玖雀の棍棒を受けており、もう片手は空だ。
「私もいるわ」
 涼やかな声はユリアのもの。玖雀の左右からユリアとニクスが入って来た。彼女の獲物は神槍「グングニル」であり、槍の長さはニクスより早く相手の懐に入るが、ニクスはそれに追いついていた。事前に倉城紬(ia5229)より神楽舞「脚」を付与されている為だ。
 百響は玖雀の棍棒を押し返し、白無垢の袖振りでニクスの刀をいなす行動をとり、ユリアの槍は自身の手のひらで受けていた。
 気がついた瞬間、ユリアは槍を薙ぐと同時に百響は焔を繰り出す。
 前衛となる三人には紬より神楽舞「瞬」が付与されており、俊敏さは高くなっているも、その焔の強さと速さに三人を襲う。
 瞬時にフラウ・ノート(ib0009)とフレイアがブリザーストームを展開する。
 二重の吹雪が焔を遮断され、玖雀は即座に自身の結い上げた髪と赤い組紐に無意識に手を向け、無事を確認する。焔発動時に間近にいたニクスは篭手に残る炎を払い、視線を篭手から百響に向けると、奴は面白そうに口角を上げていた。



 百響討伐の妨げとなる下級アヤカシは思った以上に強かった。
 隣接する魔の森の影響なのか、魔の森の主たる百響が近くにいるせいなのかは分からないが‥‥
「そろそろ、三小隊分の不死アヤカシがこちらに接近してます!」
 天蓋のシノビが開拓者達に声をかけるが、シノビの一人が戻っていないのが少し騒がれていた。
 レトが気づいて走り出している。駆け出した先はアヤカシが囲んでいる方。前に人間がいるのに背中を見せるというのは、すぐ後ろに人間がいるということだ。
 跳躍し、取り残されているシノビの姿を捉えるも、鳥型アヤカシの鋭利な嘴が
「腕をあげて!」
 レトの言葉を聴き、シノビは近くのアヤカシを壁代わりにして三角跳で跳躍すると、レトの鞭がシノビの篭手を取り、引き寄せた。一瞬だけだが、そのシノビが怪我をしている事に気づく。
 急いで走れば、囲っていたアヤカシ達がレト達を追うが、逃げきる自信があった。
「かたじけない!」
「後は任せろ」
 前衛組の蓮誠と兵真が出迎えてレト達を逃がした。
「こっちだよ!」
 叫んだのは歩だ。救出したシノビは随分と疲弊していると判断しつつも、歩は戦いの陣地に戻ろうとするレトの手を掴む。
「ちゃんと治さなきゃ! 回復できる時に少しでもやっておくのよ!」
 レトの傷にも気づいており、歩は即座に閃癒を唱える。
 前衛では獣系アヤカシを筆頭に戦っている。
 天蓋のシノビがいるとはいえ、随分と敵の数が多かった。
「来い! 蹴散らかしてやるよォォォ!」
 爛々と目を輝かせているのは恋だ。アヤカシに囲まれているが構いやしない。それを狙っているからだ。しっかりと足を踏ん張り、両手でしっかり斧を持ち、周囲の敵を蹴散らかす。
 アヤカシの身体が砕かれるように千切れて倒れていくが、恋の後ろを狙うのは獣アヤカシだけではない。
「楽しそうにしてんだから邪魔するなよ!」
 秀影が言ったのは枝を伸ばして恋に狙いを澄ます植物型アヤカシだ。攻撃の先に味方がいない事を確認した秀影が発動させたのは地断撃。
 直線状のアヤカシを巻き込み、木型アヤカシを断裂させる。
 別の方向では竜姫と麗空が前を張っていた。
「やーい、のろまー!」
 実年齢より幼い麗空はアヤカシ達によって弱きものという印象をつける。
 弱きものと認識するということは狙われやすい危険性をはらむ。
「ばーん!」
 ちょこまかと逃げて敵を引きつけては上手い事、三節棍で敵を撃破している。
 竜姫はできる限り麗空と離れないように動いていたが、敵に囲まれてしまっていた。
「‥‥くっ」
 刀を持った骸骨戦士が瘴気斬を繰り出し、竜姫に命中した。膝を突いたらお終いだ。一気に食われるだろうと竜姫は本能で危険を感じる。
 突破口の目星はつけているが、麗空からより離れてしまう。
 なんとしてもあの子は手元にと思っているが、この状態では‥‥
 思案していると、敵に囲まれた向こう‥‥狒々アヤカシが麗空の死角を狙い、爪を立てようとしている。
「麗空!」
 叫びと共に竜姫は走り出し、壁となるアヤカシを力の限り叩きつけ、蹴りつけて道を開けて無理やり突破する。瞬脚で更に間合いを詰めて麗空を庇う。
「‥‥! ‥‥っ!!」
 庇ったと同時に狒々アヤカシの爪が竜姫の柔肌を抉る。声を上げたいが、麗空を不安にさせたくない意地からなんとしても声を我慢する。
 もう一撃が来るか否かといった状態の時、狒々アヤカシは地を這い、のたうった。竜姫が見た先はレトと共に駆け寄る无の姿。彼は確か、陰陽師だ。
 アヤカシを外傷なく攻撃する術はあるだろう。
 治癒符を竜姫の背中に充て、麗空も脱出させる。逃さないとばかりにアヤカシ達が集って来るが、无は結界呪符「白」を発動させた。
「下がりますよ」
「わかった!」
 結界呪符「白」の耐久度は低く、少しの衝撃で消えたが、麗空が瞬風波で敵を攻撃し敵を撒く。
「こちらへ! 春原さん!」
 更に追いすがるアヤカシが倒れていったのは柚乃の魂よ原初に還れだ。
「すぐ治すわ!」
 歩が駆け出して竜姫の治療に当たる。

 一方、弓術士隊と共に支援の矢を放っていた水奏は後衛であり、攻撃が届く事はなかったが、向こうから矢を放たれた事に気づき、かすり傷を負っていた。
 不死のアヤカシ達は弓を持ったアヤカシがいたようだった。
「後退を!」
 水奏が叫ぶと、弓隊達が後退を始めるが、アヤカシ達の矢は尚も追う。
 アヤカシの群れの指揮は百響が全てを統治しているとは思えない。どこかにそれなりの知能を持ち、統率しているアヤカシがいるだろうと水奏は推察する。
 それを撃破できれば少しはこちらに勝機が向く。
 ちらちらと動く兎アヤカシは逃げ惑っているわけではない。動きを見極めているような気がすると思えた。
 一部のアヤカシを百響の方へと向かわせようとしているのではないか。
 水奏が決断し、弓を引こうとするも、アヤカシの矢が降ってくるがかまわない。自分達は百響討伐をしに来たのだ。
 怪しく緑の瞳が光り、矢が放たれたが、水奏にアヤカシの矢は当たっていなかった。
「お見事です」
 天蓋の者にも見なかった青年が盾を構え、水奏を矢から護った。
「貌佳領主がとんでもないものを匿っていたようですね」
「あなたは‥‥」
 水奏が尋ねると彼はこれはすみませんと丁寧に謝る。
「繚咲が治める小領地の一つ、深見の領主、常盤と申します。開拓者の皆さんには大きな恩があり、微力でありますが、返す為に参りました」
 常盤は部下に開拓者や天蓋の者達の手伝いに入るように声をかけた。
「前に出るぞ!」
 百響の加勢させるわけには行かない。
 竜哉が鋭く声をかけると前衛にいた兵真や蓮誠が応える。



 魔の森と化した雑木林の中は昼なのか夜なのか分からない状態だった。
 だが、確実に夜の時間は現れていた。
 術を磨く程に時が止まり、夜が長引く。激しい焔が身を焼き尽くそうとも構いやしない。
「くっ!」
 美しい輝血の顔が焔の接吻を受けるが本能的に離れた。
「輝血さん!」
 時の進みが戻ったと共に青嵐が駆け出し、百響に暗影符を発動させて輝血を遠ざける。更に沙桐が壁役となり、その後ろで青嵐は輝血に治癒符を貼って一度下がらせる。
 焔を受けても輝血の目は戦意を灯していた。
 この繚咲の歴史と共に歩む陽炎に恐れては進めない。
「特に目立つ弱点はないようだね」
 ため息まじりに呟くのは理心。フェンリエッタは一つだけ頷く。
「真っ向から削るしかないからな」
 ひょっこりと火宵が顔を出すと、支援頼むとだけ言って前衛に走っていった。
 焔を繰り出しつつ、前衛達と戦っている百響は聞こえてくる艶やかな音色に顔を顰める。彼女の視界に収まったのはケイウスだ。彼が奏でる音色に気づいた。
 少しずつ、開拓者達の耐性が上がってきているのだ。その原因がケイウスにあると百響は感じ、目標をケイウスへと移る。
 瞬間、百響の視界に清浄なる炎が広がった。
「更なる被害は許しません!」
 焔を使う百響に真っ向から炎を放ったのは雪だ。
「我に楯突く気か。面白い、その白き花、焼き尽くしてくれるわ!」
 百響が雪の方を向けば、視界にはフラウの氷の刃が百響を襲う。反射的に百響が焔を繰り出せば一気に氷が蒸発して煙が吹き上がる。
 更に煙を百響にかぶせて視界を閉ざしたのは後ろから放った瞬風波だ。雪が誰かに庇われているのがすぐにわかったが、沙桐ではない。
「‥‥大理様‥‥!」
「後見人とは、後ろで見守る人と書くが、後ろで見るのは飽きる。同じ血をもつあいつも同じだ」
「え‥‥」
 きょとんとしている雪は大理に後衛へ引っ張られた。
 フレイアが詠唱完了すると同時にララド=メ・デリタの灰色の光球が虚空より現れ、そっと百響に触れた瞬間、一気に暴れだした。
 動きが鈍った百響を開拓者たちは見逃す気などなかった。
 更に理心が瘴刃で百響の動きを止め、その隙をかいくぐったのはユリアだ。瞬脚と脚袢の力を使って百響との機微の時間をずらす。
 槍の穂先が百響のわき腹を貫いた確信を持てた。百響は槍に力を入れて引き抜き、槍に焔を走らせた。
 ユリアは百響の焔を纏った刃をまともに受けかけたが、フェンリエッタの斜陽とフラウのブリザーストームで強い斬撃から逃れられた。
「ユリア!」
 ニクスの声が響き、妻を抱き止めるために蒸発の煙の中に飛び込み、百響に一撃を喰らわせてから崩れ落ちかけるユリアを抱き止めて戦線から離脱させる。雪と紬が即座にユリアを回復させ、事なきを得る。
 入れ違いに飛び込んだのは輝血、溟霆だ。
 二人で夜を使い、更に影を忍ばせた。狙うは脳天と心の臓。
 夜が過ぎたとしても百響は動きを止めたりはしなかった。
「戻ってきたか。我が餌」
 脳天が割られて鷹来家の者達によく似た美しい顔も歪んだ百響が見やるのは満散。
「旭様の仇、麻貴達の仇、とるわ‥‥!」
「繚咲に仇なす者に罰を与える。当然のことだろう」
 ぎろりと百響が見た先は火宵だ。
「貴様の母がかしずいた者は繚咲に仇なすものだ。我の繚咲を踏み汚す者は許さぬ。鷹来の始祖たる兄上の血をなす者が余所の者に汚されるのは我が許さぬ!」
「ならば、何故、お前は貌佳の血筋の中に隠れていた」
 沙桐が駆けだし、百響と刃を交差させる。
 細身の姿であるがアヤカシ故に強い力を持っているが、沙桐とて負けられない。
「愛しい子を慈しむのは母の役目」
「母親‥‥貌佳領主の‥‥?」
 怯んだ沙桐に百響は思い切り沙桐の肩を突くが、それは致命傷にはならなかった。
「お前が鷹来家と貌佳の領主と関係があるの?」
 助太刀に入ったのはフェンリエッタだ。
「私とて鷹来の始祖だ」
「たべたんですね」
 珠々の声にくつりと、百響が歪んで笑う。
「愚かな女だ。兄との子を孕み、家臣に殺されかけ、燃やされた」
「その死にかけた女の身体を‥‥奪ったのね」
 翻すように斬りつけるフェンリエッタの太刀筋は百響の胸を抉るが、百響の太刀筋もまた、フェンリエッタの肩を斬りつけようとした瞬間、雷が百響の刀を走り、顔を顰めた。
 理心の雷閃が百響の脳天に直撃して動きを止めた。その隙にフェンリエッタと沙桐は後退する。替わりに飛び込んだのは玖雀。再び百響と共に武器を合わせる。
 ぱらりと、棍棒が離れて節を見せ、うねるように百響の細い首に棍を絡ませる。
「間合いは同じ」
 百響が言えば、玖雀の顎をつかんだ。冷たそうな指先が灼熱を纏い、同じ熱の唇が舌が玖雀の首筋を舐める。
 劫火に身を焼かれる痛みは常人ならばそれだけで死を招く。腹に刀が刺さったのも気づけなかった程の痛みだが、彼はシノビだ。
「こちとら‥‥シノビ‥‥っ! 我慢比べなら負けねぇ‥‥!」
 かっと、百響の目玉を血の針が貫いた。
「おのれ‥‥! シノビが我に楯突くか!」
 玖雀の狙いは百響の目、百響の力が緩むと同時に玖雀は珠々に引きずり出され、救護班が飛び出す。
 奔刃術で速さをあげた珠々と火宵、満散が百響に向かう。
 三人の須臾は百響の身体を抉る。
「貴様ぁあああ」
「おかあさんを鷹来の子にするのです」
 珠々が更に剣で喉を貫こうとしようとしたが百響の刀が珠々の鎖骨を折り、そのまま腿まで斬りつけた。
「我慢比べ、僕も参加するよ」
 三人の攻撃の隙を縫って溟霆が百響の背後に入り、取り押さえる。確かに熱いが、形振りかまってられない。
「離せぇええええ!」
 美しい女とアヤカシの声が入り混じる。原形をとどめられないのだろうか。
「もう、麻貴も沙桐もあたしもひとりじゃない」
 後は頼むと輝血が青嵐にそれだけ言って駆け出した。
 溟霆を振りほどく為に百響が刀を振り、溟霆の脛を抉るが、彼は身体を焼かれながらも離さない。
 百響の片手が自由になり、炎が輝血を襲うがフレイアとフラウがブリザーストームを放つ。百響も輝血をめがけ、焔を投げつける。
 更にニクス、沙桐、フェンリエッタが追い撃ちをかけるがまだ百響は動く。
 青嵐が再構成した黄泉より這い出る者を百響に追い撃つ。
 本来、姿や声も『無い』呪いなのに目を貫かれた百響は再構成された幻影を見た。
 今は囚われた松籟が得意とした陰陽術‥‥報告にあった開拓者の誰かが使っていたというのを思い出した。
 体内に叩き込まれた声なき呪いが百響を撃つ。
 呪いの声が開拓者達へ届きそうなくらい百響は悶える。
 弓を構える麻貴が零したのは練力か、涙か‥‥
「お前独りで死ね」
 開拓者達の攻撃と共に百響は動きを止めた。


 動かなくなった百響を溟霆が離して様子を伺う。
「危険です!」
 フレイアが声をかけると、フェンリエッタが斜陽の剣を掲げ、フラウがブリザーストームを唱え、ケイウスが天鵞絨の逢引を奏でた。
 効果が出た瞬間、百響体内より火が巻き起こり、その火柱は三日三晩天を貫いた。
 急ぎでギルドに報告し、しかるべき処置が施された。


 繚咲に静かに生息していたアヤカシ百響討伐完了との報告があった。