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■オープニング本文 その日、開拓者ギルド受付嬢は酷く嫌な心持で依頼人に向かっていた。 年の頃は三十代後半だろうか、よく言えば婀娜っぽい、悪く言えば化粧の濃い御婦人。 「あたくしは、三京屋の前の主人とよくしていましてね、主人にもしもの事があれば、遺産を渡してくれるとの事を仰ってましたの」 「はぁ」 三京屋は武天、理穴、朱藩と三つの国に流通ラインを持つ大店であり、知る人ぞ知る反物関係の卸問屋だ。 「なのに、遺言状にははした金しか書かれておりませんでしたのよ!」 話を要約すれば、三京屋の元主人は御婦人に対し、遺産の一部を渡すと言っていたが、遺言状には思ったより少ない金額が書かれていて、それに対して不満を述べているようだった。 「主人がお隠れになった後、後を追うように奥方も亡くされてね、残ったのは一人娘さんだけど、娘さん一人じゃ、あの大金は使いきれないでしょう?」 「そうなのですか‥‥」 金の話には疎い受付嬢ではあるが、額の大きさがかなりのものだというのは理解できる。 「ですからね、あたくしは経営を勉強しておりましてね、娘さんにお店を一緒にやりましょうという書状を書きましたの。開拓者の皆様なら、娘さん一人どうこう出来るでしょう?」 「‥‥‥‥」 「それじゃぁ、よろしくお願いするわね」 依頼料金と書状をおいてご婦人は去っていった。 それを眺めて受付嬢は少し黙っていた。 一般人の受付嬢ではあるが、それなりに社会の闇を知っている。 だからこそ、開拓者ギルドの存在意義を考えさせられる。 そして、開拓者達を信じるしかない。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
黎乃壬弥(ia3249)
38歳・男・志
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
濃愛(ia8505)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●正当なる糾弾 依頼に集まった開拓者達の半数は何とも言えない表情をして受付嬢を見ていた。 「おいおい、何でもかんでもほいほいうけるもんじゃないだろう」 まだ若いから仕方ないと思っているのか、黎乃壬弥(ia3249)は呆れたように受付嬢に言い放った。 「断る事だって出来るんじゃないの? その依頼人の様子だと随分怪しいものだったんでしょう?」 設楽万里(ia5443)も壬弥と同じ考えを言った。受付嬢は表情は変えず、奥歯を噛み締め、着物の袖の中でぎゅっと手を握り締める。彼等の考えは間違っていない。結局事態を終結するのは彼等なのだから、その文句が出るのは当然の事だと受付嬢は予想していた。 やり取りを傍から見ていた輝血(ia5431)は受付嬢がどうして依頼を通したのかを言葉に出そうとしても何か出てこなくてもやもやしたような気持ちになっているので、顔を顰めていた。 「そんな暇はないだろう」 受付嬢の前に立ち、壬弥と万里と対峙するように立ったのは沢村楓(ia5437)だ。 「そうするべき相手が違うだろう」 真っ直ぐな楓の玲玉の瞳は何より真意を見つめていた。楓が受付嬢の方を振り返り、一つ頷くと、受付嬢は瞳を少し潤ませてすぐに顔を俯かせた。 女はずるいとばかりに壬弥が肩を落とす。何をしていいのか取っ掛かりが見えないからの焦燥であるのかもしれない。とにかく不明瞭な部分が多すぎるからだ。 「一度受けた依頼だ。キッチリ裏は取る」 北條黯羽(ia0072)は書状をひらひらと振っていた。 「金の話はこじれると大変やからな」 げんなりする琴月志乃(ia3253)だが、隣のルオウ(ia2445)は依頼人があまり気に食わないようで少し不機嫌顔をしている。 「全員の意思はどっちにつく」 楓が確認をとるように言えば、全員が少し黙った。 「私は、ご婦人が自分の店の利益の為に持ちかけたという懸念を抱いてます」 先に口を開いたのは濃愛(ia8505)だ。 「どちらかの味方に着く前に、両方の素性を洗う必要があるわ」 今の時点では何も言えないといったように万里が片手を挙げる。 「なんで名乗りたくなかったんだろうな」 首を傾げるルオウの言葉はもっともだ。 「しっかりした素性だとかえってギルドに話を持ちかけるのも憚られる。こういったもんは大概、ロクなもんじゃないからな」 溜息をつく壬弥は嫌そうな顔をしてキセルをくるりと指で回す。現時点ではまだ足並みは揃わないのかと、楓は諦めて瞳を閉じる。 ●濾過 不明瞭すぎる依頼人は先ほどの揉め事原因だ。 それをはっきりさせる為にまずするべきなのは依頼人を洗う事だ。その役を担う一人が濃愛だ。今野屋の外から奥方の様子を探っている。 店の中へ入るのは輝血だ。旅人風を装い、笠を被って中を窺う。今野屋は大通りよりも一本向こうにある道に面する店。陳列されているものはいい品物であるし、売り上げはそこそこのものだと思えた。 「これはお客様、今日はどのような用件で?」 応対するのは主人と思しき男だ。旅の土産に寄ったと言えば、差し出されたのは灰地に銀色の刺繍がかけられた半襟。輝血が頷けば、主人は微笑む。 「時に主人、お店は主人だけで?」 店員が数名奥にいるくらいだが、ご婦人らしき人が見当たらず輝血が口にする。 「ウチは小さな店でしてね。忙しい時は女房にも出てもらってますよ」 「そうですか。ありがとう」 輝血がきびすを返して店を出る。 店を出て、角を曲がった所には黯羽が壁に背を預けていた。ご婦人は奥にいる事を簡潔に伝え、輝血はまた何事もなかったように歩いていった。 残った黯羽は、札を取り出し、手を差し伸べるように人魂を今野屋の中へと向けた。 人魂は屋敷の中へと入り込み、隠れている濃愛を見つけた。 彼の視線の先にあるのは今野屋の奥方らしき人物。確かに、ギルド受付嬢が言った通りのご婦人がいた。 これで首実検は完了ではあるが、彼女の人となりを調べなくてはならない。 在庫を調べてはいるが、どうにも集中できないのか、溜息をついては苛ついた表情で考え込んでいる。 意識を人魂から自身に戻すと、目の前には志乃の姿が。どうやら、術行使中の黯羽を守っていたようだ。店を出た濃愛も二人と合流した。 「沢山ありすぎてわかんねー」 女性店員と一緒に頭を悩ませているルオウの姿。三京屋と今野屋へ探りを入れている為に他の店に入っているが、ある意味の好機と思い、想い人に贈る為の簪を考えていた。 頭を掻き毟って根を上げるルオウに女性店員が一つの簪を差し出した。ルオウはきょとんとして、簪を見つめる。雪の結晶の簪で少し揺れると、光が反射してきらきらとしている。 「じゃぁ、これ」 買う事を決めたルオウが代金を差し出すと、女性店員はにっこり微笑む。 「あ、そうだ。三京屋ってどんな店なんだ?」 「三京屋さん? あそこは品揃えがイイのよ。店員も凄く優しくてね。ウチも商品を卸してもらってるけど、今の主人は若いのに頑張りやさんでね。前のご主人の時もウチのお客さんが無理を言ったのを受け入れてくださってね」 にこにこと話をする女性店員にルオウは頷きながら聞いていた。 壬弥は周囲の聞き込みに回っていた。 三京屋と今野屋はそれぞれ好印象を持たれていた。 ある一軒の定食屋の親父は興味深い話をした。 「三京屋にはな、とっときの着物があるんだ」 「着物?」 「先々代が大事にしている着物だよ」 詳しくは知らないが、三京屋と付き合いが深いものは知っている者が多いという。今野屋の奥方の話を聞けば、定食屋の親父は苦く笑う。 「あそこの店の女将さんか。悪い人ではないし、商才もあるが、どうにも欲が強い」 溜息をついた親父の様子を見て壬弥が切り上げるように代金を置いた。 三京屋は大きな通りに面する大きな店。 問屋ではあるが、一般客も買い物が出来るように店屋になっている。裏では荷車が通り、荷物の運搬が活発に行われている。 「その染物は左の倉へ! あ、その簪は店に入れるから私に渡して!」 中心にいる人物はまだ若い女性だ。黒い髪を纏めて、鼈甲の簪で留めている。商家の者であるが派手な柄物ではなく、上品に染められた草木染の着物を纏っている。その人物こそが三京屋三代目店主天南だ。 天南が店に入るのを見計らって、万里が天南代わって指示を出す男に目をつけた。 「あ、すみません。私は生前ご主人に世話になった者で‥‥」 「左様でございますか」 そこから話をしても、女性関係で引っかかる所はなかった。 簪を持って店に入る天南は近くにいた番頭に簪を渡す。 店の中にいた楓がちらりと見やれば、指示を与えている天南の姿が見受けられた。 「あら、何か探しものでしょうか?」 天南が楓に話しかければ、楓は目移りをするように反物に視線を向ける。 「いい品が多くて、困ってしまって‥‥」 溜息をつく楓に天南は微笑み、一つの反物を取った。草木染の優しい風合いの着物だ。 天南が楓に見せるように反物を広げると、美しく染まった布地が視界に広がる。草木染の着物の説明をしている天南は本当に楽しそうで、人もよさそうだ。反物を買う際に楓は天南を見る。 「‥‥人付き合いで最近、お困りの事はないかな」 一瞬だけ天南は表情を強張らせたが、打ち消すように破顔する。 「何の事?」 「少し時間を頂きたいのだが」 天南は隠し事が出来ないと思ったのか、ゆっくり頷いた。 「今は外せないけど、夕方来て頂戴」 時間を指定してきた天南は客として見せていた快活な笑顔は消え、年齢にそぐわない意志の強い瞳をもって楓と対峙した。楓は了解したと言って店を後にした。 ●確定 どっちが悪なのかはっきりさせる為に全員が三京屋へと向かう事にした。 時刻は日暮れごろ、店じまいを始める頃合いだ。 楓が姿を現すと、店の者達の表情は一転し、何一つ気にする風でもない顔色であるが、雰囲気は警戒している。 「何なんだ?」 首を傾げる壬弥であるが、全員が壬弥の方を見る。 「怪しまれてるんじゃねえの?」 ルオウが小声で言えば、壬弥が意図を介し、目を見開く。 「俺が怪しいってのかよ」 「そうかもしれへんなぁ」 楽しそうに言う志乃に皆は失笑してしまう。案内の者が硬い表情で奥の間で立ち止まった。 「こちらです」 障子を開けると、そこにいたのは、昼間とは違う袴姿で女剣士風といった姿の天南ともう一人、窓際で刀を抱きかかえて座っている黒髪の中性的な姿をした青年が剣呑とした緑玉の瞳を向けて冷たい表情を向けていたが、輝血の姿を見て、溜息をついた。 「え?」 言葉を発したのは輝血ではなく、壬弥。楓もまた、何度か瞬きをして青年を見ている。二人が思い出しているのは武天にいるはずのない男装の麗人。 「沙桐の顔に反応するのは開拓者だね」 天南が言えば、鷹来沙桐が頷く。 「何でいるの?」 輝血が言えば、沙桐は諦めに近いような溜息をついた。 「天南とは幼馴染なんだ。開拓者を雇うなんてあのおばさんも考えたな。何て言われた? 暴れるならどうこうしてもいいとか?」 「‥‥前にも同じような事があったのかい?」 黯羽が訊ねると、天南が頷いた。 「何度か腕っ節があると思われる男達が来てね。随分荒らしてくれたものよ」 まさか、先に強硬手段に出ているとは思いも寄らなく、開拓者達は顔を顰めた。大きな店であるが故に、そのような事が起きれば、信用問題に関わる。 「それは語弊があるぞ。俺が来た時には複数で来ていた男共相手に一人で場外乱闘して弱い者いじめしてただろう」 即座に沙桐が突っ込みを入れると、何か引いてしまうが、万里はその言葉にふと気付く。 「もしかして?」 「そのもしかして。だから、アヤカシと戦える君らを雇ったんだよ。因みに俺達は同じ道場でね。剣の心得もあるんだ」 その状況ならばと、黯羽が書面を開き、天南と沙桐に見せる。 「他言無用と依頼されてねぇ」 書面の文字を追う天南の表情は硬く、段々怒りを覚えた表情となる。 「‥‥‥‥破っちゃ駄目?」 「駄目」 娘を咎めるように壬弥が言えば、天南は思い切り溜息をついた。 「あのおばさん、欲が絡まなかったら悪い人じゃないんだけどね」 「そもそも、どうして遺言状に他所の奥さんにお金を上げる約束を?」 誰もが口には出さなかったが、先代とご婦人が通じていると思っていたからだ。 「昔ね、父さんが今野屋さんにすごーくお世話になったんだって、ウチの信用に関わる事だったらしいけど」 「はした金と言っていたようだがなぁ」 黯羽が言えば、天南はじとりとした目を向ける。言った金額は一家族四人が一、二年間は不自由なく生活出来るほどのもの。全員が絶句していると、天南は立ち上がって一度部屋を出て、すぐさま戻ってきた。手にしていたのは緋色のそれは艶やかな着物だ。 「三京屋が今の流通経路を築いた時にある有名な着物絵師がじいちゃんに贈ったんだ。ウチの家宝。お金も目当てだろうけど、これが目当てじゃないかな。この絵師さんのは凄く値打ちがあるんだ」 目的がハッキリした所で、何人かが裏を取る為、そのごろつきに話を聞こうと立ち上がる。 こんな下らない事は宴にもならない。早く終わらせるべきだ。 ●紙舞の斬 翌日、開拓者達は天南と沙桐を連れて今野屋にいた。主人が奥方がこのような事をしているのを知っているのかどうかの確認も兼ねて。話を聞いた今野屋の主人は随分と驚いていて、この事は知らなかった模様。 天南の父親が恩義に感じていたのは、その昔、大口の取引をしている朱藩の豪族の機嫌を損ねてしまって、その際に今野屋主人が店に在庫していた反物を持ってその場を収めたと言う。 「私は何もしておりません。ただ、同じ店を持つ同士、共存するのは道理でございましょう。この今野屋とて、三京屋さんがいなかったら店を畳む事だってありました。なのに、なんという‥‥」 苦悩の表情を浮かべて項垂れる今野屋主人。 周囲を心眼で気配を探っていた楓は気配を察知し、主人の前に置かれた書状を掠め取り、襖の方に向けて投げつけた。全員が何事かと視線を向けると、刀を抜き、そのまま襖ごと切り捨てた! 「ひいぃいいいい!」 斬られた襖の向こうには腰を抜かし、恐怖の表情を張り付かせた依頼人の姿があった。どうやら、盗み聞いていた模様。 「まさに間一髪。書状を模したアヤカシに奥方取り憑かれるところを今撃退させて頂いた」 刀を鞘に戻して楓は朗々と口上を告げる。 「あ、アヤカシですと!」 驚く主人に楓が頷く。 「アヤカシと叫べば、その首、ゆるりと傾き申す。奥方そのこと努々忘れることなきように」 顔を蒼くした奥方はこくこくと頷く。 「あ、あの‥‥」 「何、ご主人御代は不要。これも依頼のうち」 「いえ、襖代は出してほしいのですが」 このような状態でも商人としての計算高さは見事なものだ。全員が呆気にとられていたが、天南は大きく声を上げて笑う。 「見事な快刀振りだね! 主人、この襖は私が買うよ!」 ●闇を知り光を縋る 毒気を抜かれた今野屋の奥方はもうこんな事はしないと約束をした。 「金って奴はアヤカシよりも厄介だよなぁ」 店を出て、壬弥が体を伸ばす。 「よかったー。ギルドが悪事に荷担するような依頼出された時にはどうしようかって思った」 ルオウが胸を撫で下ろすと、沙桐が顔を顰める。 「悪事?」 金を出せばギルドは色んな依頼を受ける。そんな言葉を聞いた天南は溜息をついた。 「依頼に問題があるなら蹴る事も出来るって聞いたよ。でも受けたのは開拓者この結果が出せるって信じていたからじゃないの?」 「世の中、そんな甘いもんじゃないだろう」 「でも、現に出来ただろ」 壬弥が否定するが、沙桐は結果を肯定する。 「信じなきゃ、解決できない事だってあるんじゃない?」 真っ向から言い放つ天南に輝血が一歩出る。 「この世は悪意の方が強いよ」 その一言は何よりも重い言葉だ。天南は一度沙桐を見た。 「汚い部分は印象的だよね。嬉しい事や優しい事は儚すぎるから‥‥人は憎しみを持って繋ぎ止める事があるんだよね」 輝血には嬉しいや優しいがよく分らないが意志の強い天南の瞳に息をついた。 「困ったらギルドを通して依頼を出せばいい。必要なら手は汚すよ。幾らでもね」 事も無げに放った輝血の言葉に天南は輝血の手を取る。 「私が依頼人となれば、あんたの手も誰一人穢させないよ」 一息に言い切った天南の瞳は悲痛そうな表情だった。訳が分らない輝血は困惑するばかり、彼女の知らない強さを感じた。 「お前の負けだねぇ」 にやりと笑う黯羽に輝血は困った顔をした。 「しかし、お嬢ちゃん、何かやりたい事はないのか? 店に縛られてばかりで」 話を変える壬弥に天南は首を傾げる。 「ある事はある。あ、その時がきたら手伝ってもらおうかな!」 会心の笑顔を見せる天南は秋晴れの空よりも晴れ晴れとしていた。 |