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■オープニング本文 寒い冬が名残惜しそうに居座る中、昼間は春が近い事を知らせるように暖かくなってきたある日のこと。 神楽の都の開拓者ギルドは年中賑やかだ。 その中の一角では顔を知っている開拓者達や受付員に声をかけて回っている男がいた。 男の名は鷹来沙桐、武天が領地である繚咲という土地の若き領主だ。 ついこの間、領地の有力者達から反対されていた結婚の了承をもぎ取ったばかりの幸せ者。 「沙桐様、おめでとうございます」 「ありがとう。応援してくれてて、きっと彼女も喜ぶよ」 「麻貴様の方もじきにですね」 「嫁にいかせたくないが、姪ができるのはうれしい」 シスコンはまだまだ治っていないようで沙桐はぐぬぬと悔しがる。そんな花婿を見て天女のように美しい青年はくすくすと笑う。 「披露宴の招待でこちらに?」 「うん、繚咲でやろうと思って、お嫁様を迎えにね。あと、俺の手続き‥‥あ、君の迎えが来たようだよ」 青年の恋人がギルドまで迎えに来たようで、座って会話していた青年は別れの挨拶をして恋人の方へと向かった。 「君も末永く幸せに‥‥」 まぶしそうに沙桐は目を細めた。 入れ替わるように真魚が沙桐の方へ駆け寄ってきた。 「諸々の手続き終わりましたって、もう行かれたのですね」 「ありがとう。お迎えがきたからね」 「式の準備、えらく早く整いましたね」 「あいつやばあさま、三領主達が張り切っちゃってさ‥‥あれよあれよと整ってさ‥‥普段から本気出せばいいのに‥‥」 因みに宴の会場は中でも揉めに揉めたが、三領主達がくじ引きで深見という桜の名所といわれる小領地で行う。 後は花嫁と開拓者待ちだそうだ。 二人が確認を取っていると、沙桐を見たことがある開拓者が声をかけたりしている。 「祝言の宴をやるんだ。よかったら来てよ」 「顔見知りなくらいだからなぁ‥‥」 「気にしないでいいよ! 早咲きの桜も見ることも出来るからさ、花見ついでにおいでよ!」 明るく沙桐が開拓者達に声をかけていった。 |
■参加者一覧 / 音有・兵真(ia0221) / 玖堂 真影(ia0490) / 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 御樹青嵐(ia1669) / 弖志峰 直羽(ia1884) / 紫雲雅人(ia5150) / 珠々(ia5322) / 輝血(ia5431) / フェンリエッタ(ib0018) / 溟霆(ib0504) / 緋那岐(ib5664) / セフィール・アズブラウ(ib6196) / 白雪 沙羅(ic0498) / ラシェル(ic0695) / リーズ(ic0959) |
■リプレイ本文 ギルドに沙桐がいるのを見つけたのは白野威 雪(ia0736)だった。 繚咲にいるはずの未来の夫を見つけ、少し驚いた様子で雪は沙桐を見つめる。 「沙桐様‥‥」 愛しい人の名を呼んだ雪に沙桐は手を差し伸べる。 「待ちきれなくて迎えに来た。一緒に繚咲へ行こう」 「はい」 どこか子供っぽく笑いかける沙桐に雪は笑みを綻ばせてその手をとった。 沙桐と雪の祝言の話を聞きつけた開拓者達がギルドへ集まった。 「お、沙桐おめでとうー!」 いち早く声をかけたのは緋那岐(ib5664)だった。その隣には妹の柚乃(ia0638)が仲良くいた。 「二人とも元気そうだね。来てくれるんだ」 「はい、お祝いに駆けつけました」 頷く柚乃に沙桐はありがとうと微笑み返す。 「雪さん、おめでとうございます」 「柚乃様も緋那岐様と共に駆けつけてくださってありがとうございます」 雪が柚乃の言葉を返すと、彼女は嬉しそうに頷く。 「麻貴は元気か?」 「うん、いらないほど。今回の祝言も来るから声かけてやってよ」 緋那岐の問いに沙桐が返すと双子は頷いた。 「双子がくるならこっちも双子できてよかったな」 そう緋那岐が声をかけたのは蒼い髪の青年。その隣には彼とよく似た紅い髪の美女がいた。 「真影様、羽郁様」 ぱっと、雪の表情が明るくなる双子は玖堂 真影(ia0490)その弟である玖堂 羽郁(ia0862)だ。 「雪さん、本当におめでとうございます」 姉の真影が言えば、雪は笑顔でお礼を返す。 入り口のほうからばたばたと駆ける音がして何事かとその場にいた者達がその方向を向くと、瞬時に沙桐と雪を残して道が開かれた。 「沙桐君! 雪ちゃん!」 その声は弖志峰 直羽(ia1884)のものだ。 「結婚おめでとーー!!」 駆け出した勢い宜しく直羽の両腕が二人を一度に抱きしめる。 「直羽様‥‥」 驚いた二人だが、直羽の祝いに雪は嬉しく目を細めた。 「賑やかしいね。ま、お祝い事だから賑やかがいいのか」 輝血(ia5431)が様子を見て感想を述べると、御樹青嵐(ia1669)の方を向く。彼は微笑んでゆっくりと頷いた。 「その通りですね。雪さん、おめでとうございます。末永くお幸せに」 「青嵐君、俺には!」 穏やかに微笑む青嵐に雪は頷き、沙桐が抗議しても彼ははいはいといなしていた。 「取りあえず、祝わないとね」 溟霆(ib0504)が言えば、皆が心を一つにし、繚咲へと向かった。 繚咲が近くなると、手前に焦げた山、その奥に薄紅の山が見える。 手前の山はアヤカシと開拓者達が戦った跡。二度にわたる大きな戦いがこの領地で行われていたのを紫雲雅人(ia5150)はギルドの報告書で知った。 更に進んでいくと、繚咲の入り口にて待ち受けている者達がいた。 その姿に何人かは誰か気づいた。 「皆様、ようこそいらっしゃいました」 笑顔で迎えるのは繚咲の小領地である貌佳の当主見習いの泉だ。その隣にいるのは武天で医者の仕事をしている葛が寄り添うように立っていた。 「葛先生」 「ご無沙汰ね」 駆け寄ったのは輝血と直羽だった。 「先生、元気だった?」 一時期、葛は誘拐されたり、アヤカシ討伐の為の囮になったりしていた事もあり、輝血はどこか心配そうであった。 「もう大丈夫よ。しょうもない話は今日は置いておく。今日は何の日?」 「沙桐君と雪ちゃんの祝言の宴です♪」 ちょっとおどけて直羽が言えば、葛は満足そうに頷く。 「さぁ、お嫁さんとお婿さんが前に出て出て!」 「そうね、やっぱり最初につかないとね」 フェンリエッタ(ib0018)が雪の手を握って前へと誘う。 「そうだな。そらよ」 音有・兵真(ia0221)に猫のように襟首を掴まされた沙桐が前の方‥‥雪の隣に置かれる。 「夫婦になるんだから一緒じゃないとね♪」 茶目っ気たっぷりにリーズ(ic0959)が隣のラシェル(ic0695)笑いかける。彼はそうだなとだけ言った。 その言葉に沙桐と雪は顔を見合わせて「そうだね」と微笑みあう。 「行きましょう」 雪の言葉に沙桐は妻の手を取った。 繚咲へは高砂の街から入り、深見へと向かう。高砂から深見まで大きな一本道になっている。 楽器吹きとその音に合わせて舞い歩く者達が先導している。 今日は領主の祝言ともあり、全部の店が休業しているのだ。やっている店は飲食店くらいなものであり、金を取らずに食べ物飲み物をふるまっている。 煌びやかな音が知らせとなり、開拓者達の到着を知ると、皆大通りに出てきた。 自分達が住む土地を救ってくれた開拓者の労いと新しい夫婦の門出を祝い、盛大な拍手を送る。 「凄い騒ぎですね」 鳴り止まない拍手と歓声に雅人は周囲を眺める。 人々の偽りない笑顔は雪の恋路を見守ってきた者達には安堵を与える。 「すごいですね」 「本当‥‥よかったわ‥‥」 白雪沙羅(ic0498)の隣で民に祝福される雪と沙桐の背を見つめるフェンリエッタはそっと目を細める。 深見領主の屋敷には折梅、緑萼、大理、理穴から駆けつけた麻貴と柊真がいた。 雪と沙桐は支度があるので席をはずしてもらった。 「おとうさん、おかあさん」 珠々(ia5322)が麻貴と柊真の前に駆け寄る。 「今日はおめかししてきたな」 「白は着てはいけないと勉強しました」 真面目な珠々に二人はよく似合うと誉める。 「深見当主の姿が見えませんが」 「彼なら自分が現場監督ゆえ準備に駆け回っている」 青嵐の問いに緑萼が答えた。 「若いんだから働いてもらおう。こっちは現物支援はしているのだからな」 のほほんと大理が茶を啜る。 「それでは、手伝いに参ります」 すっと立ち上がったのはいつも通りのメイド姿のセフィール・アズブラウ(ib6196)だ。 「いつも助かります」 「性分ですので」 折梅の労いに謙虚に受け止めたセフィールが少し視線を配ればいつの間にか、架蓮が現れてセフィールを案内する。どうやら人手不足のようだった。 「おばあちゃまっ、お久しぶりです」 久しぶりに聞く快活な声に折梅は微笑んで迎え入れた。金糸で抱き鷹羽、中央に五芒星の家紋が施された色鮮やかな唐紅色の小袿に身を纏わせた真影が折梅の傍らに座る。 「真影さん、ご無沙汰しております。弟君の羽郁さんも元気そうで何よりです」 「ご無沙汰してます」 羽郁が着ている藍色の狩衣には銀糸で真影と同じ玖堂家の紋が刺繍されている。 「おばあちゃま、私達も去年、祝言を挙げました」 「まぁ、そうでしたの。遅れましたが、おめでとうございます。お二人と添い遂げる方が末永く幸せにありますように」 驚いた折梅が三つ指をつき、二人に祝いの言葉を述べる。 「麻貴さんはどうなんですか?」 「私か。まぁ、鷹来の籍はもらえたし、娘も出来るし、しなくてもいい気がしてきた」 養女として迎える話がまとまりつつある珠々を膝に乗せて麻貴はのっそりと答えると、数人から抗議の声を上げる。 「婿君がおるし、このまま上げちまうか」 「しかし、相手は理穴国でも名門家だ。勝手に上げては羽柴様の名に傷が‥‥」 ひそひそと大理と緑萼が悪巧みを始めるが、葛がやめなさいとつれなく言い放つ。 「小さな宴でも呼んでくださいよ。珠々さんだってそれを望んで頑張ってきたのですから」 雅人の言葉に麻貴は「そうだな」と微笑む。 「俺もさ、わが子自慢したいんだから麻貴ちゃん達も二人目産みなよ」 一番先に抗議の声を上げた直羽がひそっと、麻貴に耳打ちをする。一人目は珠々と分った上での発言だ。 「いるのか! そんな話知らなかったぞ。ばぁさま! 直羽君に恋バナがあるぞ!」 「あらあら、直羽さんを隅に置くわけには参りませんね。後ほどじっくり」 孫娘の告げ口にでかしたとばかりに艶麗な笑みを浮かべる折梅。直羽は何を聞かれるのだろうかと内心焦り、大理と緑萼に「まぁ、頑張れ」と言わんばかりな視線を受けて更に焦ってしまう。 「式はお前達もよかったら出てくれよ」 「よければそうさせて貰うわ」 柊真が言えば、フェンリエッタが頷く。 「そういえば、本来の繚咲の祝言は違うのですか?」 雅人が尋ねると緑萼が「そうだ」と答えた。 「本来は家具や被服などを本屋敷に引き入れ、花嫁も婿が迎え入れるものはなく、婿が待つものであるが、雪殿は開拓者という本分があるのでその辺は省略した」 「面倒な儀式に客人を巻き込ませるのも忍びないからな」 緑萼の説明の後、大理がぶっちゃける。 「まずはやるべき事をやらないとですね」 ぽつりと珠々が呟いた。 雪の支度は段取りがしっかり整っており、男子禁制の厳戒態勢で泉と一華の手配の下、恐るべき速さで仕上がっている。 軽く湯浴みをしてもらい、三人の化粧師の手によって化粧と髪を結い上げる。 「着付けの手伝いに参りました」 セフィールが声をかけると、一華は頼もしい助っ人登場に歓声を上げて迎え入れる。ジルベリアの者であるが、それなりに天儀の着物についても理解をしているのは一華も知っていた模様だ。 「ばたばたした式でごめんなさいね」 「いえ、お衣装や宴までやって頂けてうれしいです」 申し訳なさそうに謝る泉に雪は首を降る。 「もう少ししたら、私達のお祝いものが神楽の都に届くから、待っててね。今日あたり緑萼様から何なのか教えてもらえるから」 「はい」 「苦しくないですか?」 セフィールと一華が雪に着物を着せていく。 「大丈夫です」 現在、一華は兄の秋明と共に鷹来の本屋敷で暮らしているという。緑萼の下で繚咲の為に働き、学んでいる。秋明は松籟の脅迫の元で杉明抹殺を実行していた件があるが、杉明からの恩赦もあり、繚咲からもう二度と出れない身となり、実刑を受けることはないそうだ。 鷹来家の花嫁というものに振り回された人達が一人でも落ち着いていくのは開拓者達にとっても安堵するもの。 「仕上げはこの方々に」 架蓮に引っ張ってこられたのは輝血とフェンリエッタだった。 「これを被せてください」 「ん」 どこか躊躇いがちなのは輝血が背負う蛇という業か。 「輝血様、フェンリエッタ様。私を送り出してください」 雪に声をかけられて二人はそれぞれ端を持ち、二人で雪に綿帽子を被せた。 美しい花嫁に皆が感嘆のため息を漏らす。 「雪、綺麗だよ」 「繋いだその手はしっかりつかまえているのよ、何があってもね。そして誰よりも幸せになって。その幸せで、周りにいる多くの人をも幸せにできるように」 「フェンリエッタ様‥‥」 「祈っているわ、心から」 フェンリエッタの言葉に雪はしっかりと頷いた。彼女は雪を支えてくれた人。もう一人雪を支えてくれた輝血に連れられて雪は会場へと向かう。 途中、支度を終えた沙桐と合流する。沙桐は雪を見るなり硬直するも、はっと我にかえる。 「雪ちゃん、すごく綺麗。天儀で一番綺麗だよ」 見とれて声が出なかったのか、沙桐は子供のように雪に綺麗と何度も言う。 「二人の子供の顔を見たいね。なんならあたしが雪にその辺手解きを‥‥」 ぎろりとこの場にそぐわない花婿の気配に気づき、輝血は降参というように両手を挙げる。 「だから冗談だよ。皆待ってるから早くきなよ」 「また後でね」 輝血とフェンリエッタが客席へと向かう。 新郎新婦は二人の着席を確認してから二人揃って中へと入る。 会場に入って来た若い夫婦に皆が声を上げる。 「ふわぁ〜‥‥」 感嘆の声を上げたのはリーズだ。 「花嫁さん、すっごく綺麗だねっ」 隣に座るラシェルの手を引っ張り、声をかけるも彼女の視線は雪にある。 「‥‥ああ、綺麗だな」 確かに雪は綺麗だが、気になるのはリーズに引っ張られる自分の手。日差しは暖かいが、まだ花冷えの時期であり風は少しだけひんやりしている。リーズの手の温もりにラシェルは戸惑いつつも諦め気味だ。 式は人前式でやる事になっていた。 夫婦の前に三献の儀に使う盃が置かれる。 同じ酒を男女で飲み交わす事によって魂の共有化を行う儀式だ。 先に花嫁から飲み、次に花婿、最後に花嫁が三度ずつ飲む。 雪は無理せずに軽く口をつけるだけでよいと泉から言われていた。 セフィールの手配で次々と料理や酒が運ばれてくる。 乾杯の音頭をとるのは繚咲の領主代行、緑萼だ。 「繚咲に新たな風が吹き、一対の花が咲いた。これも開拓者の皆様のお陰。今日は思いっきり宴を楽しんでほしい」 皆で乾杯と声を上げて宴が始まった。 それと同時に一つ、花火が上がる。 「何の知らせですか?」 「繚咲の民にも伝えるのですよ。こちらの宴が始まったと同時に各街でも宴を始めてるのです」 沙羅が首を傾げると、架蓮が説明する。 「本当に皆さんでお祝いなんですね」 しみじみ呟くと架蓮は頷く。 「沙羅様も楽しんでいってくださいね」 「はい」 沙羅が返事をすると、直羽がお祝いの歌を唄うよと沙羅に声をかけて彼女はその方向へと向かう。 祝いの楽、一番手は真影と羽郁の舞だ。 二人の出身である句倶理の里に伝わる舞。 天の神と地の神を現し、創生と豊穣と愛を象徴とする祝いの席で舞われるものだという。 仲のよい双子である真影と羽郁の呼吸は合っており、互いの動きを把握している。 美しい舞は見ているもの達の心をうっとりさせた。 家族の縁に縁がなかった珠々にとって親戚の祝言の祝いに出るというのは初めてであり、緊張でそわそわしていた。二人の舞はとても美しかったが、それどころではないようだ。 鷹来家の祝言は本来、高砂領主が祝言謡を唄う事になっているが、現高砂領主が繚咲の慣習を嫌っている事もあり、若い子達が歌うとなれば喜んで譲ってくれた。 フェンリエッタが伴奏を引き受け、直羽と沙羅と珠々の歌を引き立てる。 珠々と沙羅の可愛らしい声を支えるのは直羽の低音。 夜に縺れた糸を解いて 時は繚(めぐる) 黎明を瞬間を迎え 白の羽衣を纏い華燭の縁を誓う花を祝おう 歌が終わり、取り出した物を見た直羽とフェンリエッタは同じものだと理解すると、くすりと笑いあってそれに術を込めた。 瞬間、仄かな花の芳香が周囲を満たし触れられる事のない幻影が舞う。 二人が放ったのは精霊札「フラワーシャワー」。 新郎新婦を邪気から守る儀式用に作られた精霊札だ。 直羽が沙桐の手をとり、フェンリエッタが雪の手をとる。 淡く輝くのは加護結界。 「一歩進む二人に精霊の加護がありますように」 二人の巫覡の言祝ぎに夫婦は嬉しそうに受け止めた。 この二人の加護ならどんな困難も払い除けられそうな気がするから。 「まじめなものは美しいが、これも恒例だな」 たんまりと料理を楽しんでいた兵真がさっと取り出したのは和傘だ。 「失敗したらご愛嬌」 くるくると茶碗や枡を器用に転がす妙技は落下の危機感と共に観客の心を沸かせる。 「さぁ、タマも回るぞ」 歌が上手かったとおとうさんとおかあさんに誉められていた珠々を兵真が抱えてぽーんと、傘の上に放り上げた。 「え」 無表情の珠々の顔がそのまま固まる。 察した瞬間に珠々だがもう傘は回り始めている。 「にゃーーー!!?」 叫び声と共に傘の上の珠々が回るというか走る。 「そらそら、早さもあげまする」 一際早く早く傘をまわす兵真に珠々は目を丸くしてその速さについていこうとするも少々足が縺れている。 何かあった時にと超越聴覚を展開していた珠々だが、聞こえてくるのは同じく超越聴覚を使っているだろう天蓋のシノビたちだ。 「あらあら、珠々様、傘回しの傘に乗ってるみたい」 「やーん、見たーい」 「架蓮様と蓮誠様見れてるのよね。ずっるーい」 「今、傘を回す速さあがったよ」 「きゃー! 輝血さまの解説来たわーー!」 「珠々様、そこで奔刃術で走らなきゃ」 監視の仕事中、宴の様子を聞いていたようだった。 しかも、こっそり輝血が状況を伝えているではないか。 何だか複雑な気分になりつつ、珠々は奔刃術を使って傘をいなしてさっさと降りると拍手が起きる。 終わった兵真は沙桐に何かを渡したようだった。 ● 状況をざっと紙に書いて纏めた雅人は麻貴と柊真と酒を飲みつつ近況を聞こうとしていた。 「キズナ君は来なかったんですね」 雅人が言えば柊真が頷いた。 「今は監察方へ毎日のように顔を出している。火宵がいる房には近寄らせることは出来ないが、少しでもそばにいたいと考えているようだ」 キズナももう成人となる。もう少しで酒を酌み交わせるようになると思うと月日は早いと雅人は思う。 「読売屋さん、来てくれてありがと」 「強いですね」 随分と飲まされただろう沙桐は顔は赤いが足取りはしっかりしている。 「まぁね。ま、ま、飲んでよ」 沙桐が雅人の杯に酒を注ぎ、雅人も近くにあった杯を沙桐に渡して酒を注ぐ。 実際話、沙桐とは数えるほどしか会っていない。 だが、始めてあった時と今は顔つきが違う気がした。麻貴のような天真爛漫な部分がなく、お坊ちゃん育ちを装った穏やかな風貌の中にあった冷めた目はもうしていなかった。 今の顔の原因が彼と今日から共に歩む女性と火宵を追っていた頃から付き合ってきた開拓者仲間のお陰と雅人は思う。 「おめでとう」 雅人の一言に沙桐は嬉しそうに笑う。 話の内容は雅人が故郷で問題を片付けていた頃の話だ。 色々とあったよなと皆が言うなかで、珠々が戻ってきた。 「雪おねえさんが高砂領主を叱り飛ばした話とかは?」 「え!」 「珠々様っ」 意外な話に雅人が目を瞬かせると雪が恥ずかしそうに珠々を止める。 「いやいや、花嫁の武勇伝は知るべきだぞ」 兵真が更に言うと雪は顔を赤くする。 「後はめ‥‥あれ、いないや」 溟霆の名を呼ぼうとした麻貴だが、彼の姿は消えていた。 その溟霆といえば、実は拉致されていた。 沙桐と雪の祝言となれば全力で祝おうと思っていたが、夜でも使われたのか背後を取られ、どこかへ走らされている。 腕と足をとられ、二人ががりで誘拐された。 息の合うシノビ二人は溟霆の頭に布を被せ、運んでいる。 聞こえるのは街中。 高砂か、深見か。距離からして繚咲を離れたわけではない。 会場から違和感なく連れ出せるのは天蓋のシノビなのは間違いない。 謀反か? ならば狙うのは雪だろう。 思案していると畳みの上に放り投げられた。 布を取られるとそこにいたのは‥‥ 「柳枝‥‥」 そう、彼の愛しい太陽だ。 「沙桐様からいい気に宴に出る闇霧様を好きにとお達しが」 因みに彼を運搬したのは柳枝の両親だ。 「お食事にしません?」 「縄を解いてほしいな」 お祭りの今日は花街もお休みのようだ。 宴も悪くはないが、気になるのは桜だ。 大きな木のたくさんの枝にびっしりと花が咲き開くというのは目を奪う。 「‥‥本で見たとおりだ‥‥」 リーズに手を引かれ、ラシェルが見つめるのは早咲きの桜。 「みて、あっちはこれから咲く桜だよ!」 「ああ‥‥綺麗だな‥‥」 「でしょでしょ!」 少し圧倒されつつも出来る限りそんな様子は見せないようにしているラシェルだが、リーズは彼と一緒に見れるのが嬉しい。 「‥‥サクラの花言葉は、あんたに似合わないが」 ふと、リーズの方へと視線を向けると、早くも散り行く桜の花びらがリーズの髪に絡む。 「花に似合う格好も‥‥」 ラシェルの声に反応したリーズがあどけない表情で自分を見やる。 「何?」 「な、なんでもない! うるさい!」 次の言葉を待とうとするリーズにラシェルはつれない言葉をかけてしまう。 「これからも一緒に色んな所見に行こうねっ。約束だよっ」 春の花のような明るい笑顔でリーズがラシェルに約束をすると、彼は「気が向いたら‥‥」と呟く。 折梅に酌をしつつ、想い人の事をあれこれ聞かれた直羽だったが、葛も話に加わり、逃げ道がなかった。 「葛先生までっ」 「あらあらいいじゃない、聞いたって。直羽君が射止めた子だもの。きっと素敵な子なんでしょ?」 「ええ、はい」 片目を瞑る葛に直羽は頬を染めて頷く。 「俺も知らなかったんだけど‥‥」 「沙桐君、今日は主役なんだからうろちょろしないのー」 拗ねる沙桐を雪の下に戻すため、直羽が席を立つ。 残った折梅と葛には沙羅とセフィールが来た。 「桜、見に行きませんか?」 沙羅の誘いに折梅は快諾した。 直羽は沙桐をつれて雪の下に行ったら、緑萼と三領主達とフェンリエッタを交えて話していた。 「何か話してたの?」 「これから話が二人にある」 改まった緑萼の姿に沙桐と雪は少し緊張を帯びる。 「卯月に入ったら沙桐、お前は神楽の都で開拓者として働け」 「は?」 緑萼の言葉に沙桐含む開拓者達が声を揃えた。 「雪殿は開拓者の本分がある。今は護大だの大アヤカシだのやる事がある。夫たるお前が雪殿を守らずに誰が守るんだ」 「けど、ずっとって事はないだろ」 反抗する沙桐に泉はくすくす笑う。 「沙桐様、私たち三領主はもう、今までとは違います。私達で繚咲を支えていきます。どうか、少しの蜜月を奥様と共にお過ごしください」 泉の言葉に雪ははっとなる。 「祝いのものって‥‥」 「心ばかりのものです。開拓者の本分が終わるまで、私達は待ちます」 常盤の言葉に雪は四人の気持ちを真摯に受け止めた。 「よかったね、遠距離にならなくて」 「はい」 直羽の言葉に雪は笑顔で頷いた。 宴には何度か出ていた輝血だが、今日は殊更体の芯が暖かくなるような気がする。 皆笑顔で酒を酌み交わしている。 麻貴と沙桐の過去、それにまつわる被害者、倒すべき敵‥‥ 故に体の芯から滲み出る過去の所業が輝血の心を蝕む。 気を紛らわそうと青嵐の方を向けば彼は穏やかな表情で皆を見ていた。 「ねぇ、青嵐」 名を呼べば彼はこちらを向いてくれる。 「あたしはまだ、愛するって分からないんだ」 「急ぎませんよ」 青嵐にとって輝血が何者であろうと、何を背負おうと自分が輝血を愛している事は揺るがない事実。 彼女を愛しているからこそ、苦しんで背負っているものも愛する一部と思っている。 「でも、青嵐にはこう呼ばれたいんだ‥‥二人きりの時は‥‥」 強い風が吹いたが、輝血の言葉はしっかりと青嵐の耳と心に刻まれた。 風が鳴り止むと、フェンリエッタはフルートを再び奏でた。 それは春の訪れを伝える繚咲の光景を伝えるように。 春は来たれり 煌めく雪の、真心の結びし永久の絆 鷹の羽にのせて、此方彼方のふるさとへ よろこびの花を咲かせよう 美しいその音色は雪と沙桐を祝福する為にあった。 雪はフェンリエッタの言葉通り、隣に座る沙桐の手をしっかり握り締めた。 「フェンリエッタ様のフルートの音色ですね」 「ええ、いつもながら美しいわ。貴女も今日はより美しいわ」 セフィールの方を見て折梅が微笑む。いつもはメイド姿のセフィールだが、宴の時には着替えて月の光のようなドレス姿になっている。 「恐れ入ります」 折梅の誉め言葉にセフィールはいつも通りに受け止める。 とてもとても嬉しいお祝いの日なのにむずむずと居心地が悪い気がしているのは沙羅だ。 本能なのか、気になって仕方ない。 「気になるようですね」 折梅の言葉に沙羅は「違いますにゃっ」と否定をする。 ここはお淑やかにせねばと思っても意地悪に鼻先をくすぐる花びら。 「にゃっ!」 理性が負けてしまい、花びらを捕まえようとするもやっぱり意地悪な花びらはひらりと逃げてしまうと折梅のくすくすと笑う声に我に帰る。 「な、なんでもにゃぁですよ!」 全くもって説得力がなかったが、微笑ましかったのでそっとしておかれたようだった。 「折梅様?」 黙りこむ折梅に沙羅が不安げに覗き込むと彼女はいつも通りの凛とした佇まいで桜を見つめていた。 「帰ります。此隅へ」 「え」 沙羅とセフィールの声が揃う。 「今まで繚咲は緑萼さんと私の力で押さえつけるような政をしてました。けれど今は違います。三領主が力を合わせ、繚咲を支えようとしております。沙桐さんと雪さんはまだこちらに常駐しませんが、もう、大丈夫でしょう」 朗々と折梅が言えば、沙羅は皆を呼ぼうか戸惑う。 「決めました。次は此隅で会いましょう」 爽快な笑顔の折梅は翌日有力者達を集め、その旨を伝えたそうだ。 その夜、沙桐と雪は共にいた。 「もっと触れても壊れませんよ‥‥?」 今まで沙桐は雪を大事に触れていた。力を入れたら彼女は壊れてしまうのではないかと心配して‥‥ 「これからもよろしくお願い致します、旦那様」 「こちらこそ、末永く宜しくね、お嫁様」 ぎゅっと、沙桐が雪を抱きしめてから沙桐は愛しい妻の顔を見つめる。 「愛してるよ、雪」 「私も‥‥」 雪の言葉を待ちきれぬよう、沙桐は雪の唇を塞いだ。 卯月に移ろう花冷えの夜。 幸福な夜は続いていく。 後日、神楽の都と繚咲に領主である沙桐と開拓者である雪の祝言の瓦版が出された。 |