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■オープニング本文 麻貴と柊真の祝言の翌日、皆は名残惜しくそれぞれの住まう土地へ帰っていった。 開拓者達も神楽の都へと帰る中、麻貴は紅霞を呼び止める。 「はい?」 何かあったのだろうかと紅霞が振り向けば、麻貴が微笑んでいる。 「その名、いいな。夫君がつけてくれたんだろう?」 紅霞という名は本名ではない。嫁ぐときに新しく始めようと思ってつけてもらった名前だ。 「大好きな名前です。旦那様もとてもお慕いしてます」 頬を紅潮させ、嬉しそうな紅霞に麻貴は「ご馳走さま」と笑った。 理穴監察方にも変化が起きていた。 四組に待望の新人が入って来た。 生まれは武天だが、紆余曲折あって、現在は理穴監察方主席である上原家に厄介になっているキズナという少年。 成人になったばかりであり、見習いからはじめている。 今は主に護衛方の助っ人として調査などを任されている。 成人になったとはいえ、キズナは細身であり、あまり表だって立てない。 一部女性からは誠実な性格もあり、女装をして護衛任務につくこともあった。 日が浅いため、今のキズナはひたすら仕事になれること。 観察方の面子とも仲がよく、他の組の者達が自分の組に来てくれないかと早々に引き抜きが入ったりしている。 そんなキズナは今日も仕事に勤しんでいる。 今日はとある取り物の部署。 「上原君達から話は聞いてるよ。宜しく頼む」 「はい、宜しくお願いします」 四十くらいの壮年の男がおっとりとキズナに声をかける。 「頼みたいことは、探してほしいものがあるんだ」 「探し物ですか?」 キズナが言えば、男はゆっくり頷く。 「この間、賊を捕まえてな、その中に入って日も浅い男が涙ながらに訴えるんだ」 その男は舟草という。ふらふら遊び歩いては母親に迷惑をかけていた。 賭博ですかんぴんとなってしまった事があって、舟草はその賭場で下働きをすることになり、働いてたという。 思ったよりは仕事が良くできて、賭場の頭と仲がよかった盗賊の頭が舟草を貰い受けたそうだ。 当人は盗賊の仕事をするだなんてと土壇場になって逃げようとしたが仲間に捕まって腹を殴られて気絶。 賊は無事に捕まり、舟草も御用となった。 情状酌量で舟草は暫く遠い地の役所で密偵のような仕事をさせることになった。 ほとほと反省したようで、舟草が涙ながらに訴えるのは母親を危惧してのこと。 調べたら、母親は遊び呆けてる息子に少ない稼ぎを毟られていたが、やはり息子を心配し続けていたそうだ。 ここ数年帰らなかったこともあり、心労で体が弱くなっているという。 その男が母親の宝物の櫛を奪い、質に売ろうとした。 古くさいが手入れだけはされており、二束三文で売られた。 今、当人には買うだけの銭があるので、その櫛を探し出し、母親に返してほしいと言う。 「わかりました。その質屋、どこにありますか?」 役人の男は質屋をキズナに教えた。 その質屋はまだやっており、キズナは小間使いの風体で店に向かう。 櫛があるところを見に行けば、その櫛はなかった。 「何かをお探しで?」 質屋の主が尋ねると、キズナは舟草の櫛の特徴を伝える。 「そんな物はありませんね」 「でも、数年前にこちらのお店にありませんでしたか?」 キズナが言えば、店主が目を細める。 「その櫛を並べた覚えはない」 「‥‥もうないのですか」 キズナの言葉に店主は細めた目でキズナを見つめる。 「お前さん、誰から聞いた」 「か、風の噂で‥‥舟草さんがよい櫛を売ったと聞きました‥‥」 ドジを踏んだとキズナは窮した。 「お前さん、役人だね」 キズナは黙るしかなかった。 失敗だ。 肩を落としたのは店主だ。 「あんの、バカ息子が! お縄につくとは!」 舌打ちをする店主にキズナは目を瞬かせる。 「あの、僕は役人です、任務でこちらのお店にある櫛を買い戻して、持ち主さんにお届けするよう言われました」 「そうでしたか」 店主は奥から布に包まれた櫛を持ってきてキズナに見せた。 「この櫛は理穴でも腕のいい職人が恋女房に贈ったものです」 「その恋い女房って‥‥」 「あれの母親です。その職人は私の友人でした」 職人は遊び男の小さい頃に無くし、職人が遺した櫛と母親の少ない稼ぎで生きていたが、息子は放蕩息子になってしまい、果ては捕まるような事になった事を店主は嘆いていた。 「そうだったんだ‥‥でも、息子さんはせめて、お母さんに櫛を返そうとお金を役人に託したんです。これで買い戻させてください」 キズナの言葉に店主は快く頷いた。 帰り際、キズナは店主に何故、二束三文で売ったか尋ねる。 「それは奴に少しでも改心してほしかったから、少ない金で買い戻せるようにしたんだよ。だから、一度も店に並べていなかったんだ」 本当なら、その櫛だけで三ヶ月は暮らせると言った。 母親のところに向かったキズナだが、目的の家近くのお地蔵さんの前掛けがほつれてるのに気づく。 結べないか苦心したが、縫ったほうが早い。 「貸してごらん」 老女が声をかけてきてキズナは老女に任せる。 前掛けが直り、キズナが礼を言えば、皺だらけの顔を更に皺寄せて笑う。 その老女は地蔵に手を合わせていた。 小さな声で舟草という人物を案じていた。 きっと母親なのだろう。 疲れは人を老いやすくする。 齢は五十前と聞いたのにまるで一回りは上に思えてしまう。 息子はもう数年は帰ってこれない。 孝行もろくに味わった事がないのだろう。 母は息子に奪われた櫛だけが帰ってきて喜ぶのだろうかとキズナは思案する。 懐の櫛を手に当て、キズナは駆けだした。 早駆で向かうのは理穴の開拓者ギルド。 「キズナくん、どうしたの?」 最早、顔なじみとなったギルド受付員の白雪が尋ねる。 「孝行子供をおねがいします!」 |
■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
サエ サフラワーユ(ib9923)
15歳・女・陰
リーズ(ic0959)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 キズナの依頼に応えてくれた開拓者達に依頼人であるキズナは笑顔で迎え入れてくれた。 「袖振り合っただけの人なのにそうしようと思う君はモテるよ」 溟霆(ib0504)の言葉にキズナは目を瞬いてから一気に顔を紅潮させた。 「ぼ、ぼくなんて! その‥‥」 慌てるキズナに溟霆はくつくつと笑う。 「若い子をからかうものではありませんよ」 ため息混じりに御樹青嵐(ia1669)が溟霆を窘める。 「キズナ君の男前ぶりについ‥‥ね」 何事にも真摯なキズナについ、ちょっかいをかけてしまうのに悪気はないのは確かなので、青嵐はそれ以上の追求をしなかった。 「キズナさん、舟草には会えますか?」 青嵐が尋ねると、キズナはこちらですと案内をした。 役宅に借住をしている舟草はてきぱきと下仕事を手伝っていた。 以前の様子は分からないが、改心したように開拓者たちは思えた。 舟草と会い、話してから開拓者達は準備を始める。 手ぶらで押し掛けるよりも、有る程度準備をした方がよいと判断した。 キズナお勧めの薬屋についた珠々(ia5322)は入浴剤のお勧めを聞いていた。 「肌に優しいものがいいです」 「そうかい。調合しようか」 店の主人はとても艶やかな女性で動きに無駄がなかった。 待っている間、来客が来た。 「珠々」 「おかあさん」 先日、珠々念願の祝言をあげた麻貴がいた。 「あれま、噂の麻貴の娘かい」 目を丸くする店主に麻貴は嬉しそうに頷く。 「おかあさんはどうしてここに」 「姐さんは元監察方でな。今は独自の情報屋と薬屋をやってるんだ。珠々こそどうした」 「キズナの依頼で」 「そうか、盗賊の件だな。しっかりやっておいで」 麻貴にぎゅっと抱きしめられていると、調合が終わった。 「おやこうこう、がんばってきます」 「いってらっしゃい」 麻貴と姐さんに声をかけて珠々は駆けていった。 また笑顔が柔らかくなっていることに麻貴はとても嬉しそうだった。 買い出し組の青嵐と溟霆は美丈夫二人が並んでいるという事で、娘さん達のよい目の保養であった。 「男と買い出しとはね」 「珠々さんは別の用がありましたしね」 少々残念そうな溟霆の隣で青嵐は野菜を吟味している。 「煮物とか作っておいたらどうだい」 「日持ちしますからそうしますか」 舟草は放蕩息子宜しく、母親が何が好きかとかは分からなく、孝行の一つもできないと嘆いていた。 心をこめた料理を喜んでもらえる事を祈り作るしかなかった。 リーズ(ic0959)とサエ サフラワーユ(ib9923)は舟草に用があったので、残っていた。 「や、やっぱり、本当のことは伝えないとだめですよね!」 「うん、一番大事なことは舟草さんが改心したって事を伝えなきゃ」 「はいっ」 きちんと話せば気持ちは伝わる。 それを信じてサエとリーズは待ち合わせ場所に向かう。 「珠々ちゃん」 通りの向こうを駆けていた珠々を見つけたリーズが呟けば、珠々が気づいて足を止めた。 「書いてもらえたんですか」 「うん、サエちゃんの代筆だけど、署名だけは」 「それでもよかったと思います」 可愛い女の子三人組は自然と顔が明るくなる。 翌日、開拓者達はキズナとともに鹿乃おばさんの家に向かう。 キズナが戸を叩くと、鹿乃は大勢の来客に少し怯えたようであったが、キズナの顔を見てほっとしたような表情を見せる。 「舟草さんのお母さんですよね。ぼくは役人です」 キズナが監察方の言葉を出さずに正体を告げると、鹿乃は表情を強ばらせる。 「舟草が‥‥何を‥‥」 「息子さんは罪を犯しかけました」 珠々が言えば、鹿乃は言葉を失ってしまった。 「手紙を預かったよ」 リーズが顔色をなくした鹿乃の手に開けられた手紙を持たせる。 乾いて堅くなった鹿乃の手にリーズは彼女の苦労を感じさせられた。 手紙の内容は謝罪と罪を償う為、暫くは奏生を離れるということ、これは誰にも言わないでほしいとのこと。 舟草は字が書けなく、サエが代筆をしたものだった。 市井の者でも字が読み書きできるのはいい生活をしている証拠の一つであったが、舟草は家の事情もあり、そうではなかった。 母親は学があるようで、苦労無く呼んでいた。 最後に舟草が書いた自分の名を鹿乃は指でなぞり、涙をこぼしていく。 「ああああ、な、泣かないで‥‥っ。何も知らなかったんです! 悪いことしてないみたいだし! 改心したんです! あ、でも、大事な息子さんがこんな風になったら泣いちゃう!? あああ、でもっ」 自分の言葉で悲しむ鹿乃の姿を見て慌てて慰めようとするサエであったが、どうすればいいのか、テンパってしまう。 どう言えば彼女の涙が止まるのかわからず、サエまで涙が溢れてくると、彼女の白く柔らかい頬にカサカサの指が触れる。 「いい子だね‥‥ありがとう‥‥」 「すみません‥‥っ」 慰められてどうする。 「それと、これ」 キズナが懐からだしたそれに母親は目を丸くする。 舟草に取られた櫛だ。 柘植の木でで花が彫られている繊細な意匠の櫛。 自身の物を見違えるわけがなく、鹿乃ははっと顔を上げる。 「これは‥‥っ」 「旦那さんのお友達がやってる質屋に売られたんだって」 「あの質の旦那のところに‥‥」 鹿乃が驚けば、リーズはうなずく。 「これは質屋の旦那さんが舟草さんが改心したとき用に安く買い取って安く売れるようにとっておいたりしたんだって。買い取ったお金も舟草さんのお金を預かって買い戻したんだよ」 「そうだったの‥‥質の旦那には本当によくしてもらってねぇ‥‥」 リーズの言葉にほっとしたかのように鹿乃は櫛を胸に当てて目を閉じると最後の涙が頬を伝う。 「今日はおやこうこうをさせてもらいます」 珠々が言えば鹿乃は目を丸くした。 「とりあえず、昼食としましょうか」 青嵐が卓の上に置いたのは見事な四段お重だった。 「お腹空くと気持ちが沈んじゃうよね! サエちゃんも食べよ、食べよ!」 「は、はい!」 蓋が開けられた青嵐特製お重弁当に全員が感嘆の声を上げる。 焼き物、煮物、俵結び、稲荷寿司と綺麗に並んでいる。 「これ、あなたが?」 鹿乃が重箱と青嵐を交互に見つめて尋ねると青嵐はにこやかに微笑む。 「ええ、皆さんで食べて下さい。今、お茶を淹れますね」 茶葉まで持参した青嵐は「お勝手借りますね」と言って台所へと向かう。 「青嵐さんのごはんはとても美味しいです。お皿とお箸お借りしました」 いつの間にか、珠々が人数分の皿と箸を持って来て皆へ配っている。 珠々とリーズが更に見目良く鹿乃の皿に盛り付ける。 「しっかり食べて下さいね」 「舟草さんの帰りを元気にまたなきゃね」 二人に手渡されて鹿乃は皺だらけの顔を更に皺よせて目を細める。 「さ、僕達も頂こうか。珠々君、そろそろ人参は卒業する気配はないのかい?」 「ありません!」 溟霆はサエに盛り付けた料理を渡しつつ、珠々に尋ねると即座に否定された。 ● 青嵐の弁当を食べた後、皆で親孝行を始める。 「ボクを本当の子供のように思ってね!」 「ありがとう」 開拓者達の優しさを素直に受け止める。 「だったら、奥の部屋は掃除しなくても大丈夫だからね」 「どうして?」 わう? っと首を傾げるリーズに鹿乃はどう答えていいか困っているように見えた。 「この奥は、あの人の仕事場だったから‥‥」 そっと戸をあけて見せてもらった部屋は埃をかぶっており、主の帰りを待っているようであった。 「掃除はいいの?」 「あの人が許さなかったからね。頑固な職人でね。入らせて貰えなかったの」 「職人気質ってやつかな?」 リーズは自分の本能であるが、ここは自分が立ち入ってはいけないと察して戸をそっと閉めた。 旦那さんはもう帰ってこないけど、鹿乃はその思い出を大事にしている。 家族の消失の寂しさは自分にも分る。 「内職が出来るように先に居間を掃除しちゃうね」 「ありがとう」 ぱっと、明るい笑顔でリーズは鹿乃と一緒に居間へと戻る。 居間に戻り、戸を開けた。 天井の隅の埃を落とし箒で外へ掃き出していく。 あまり高いところは掃除できなかったのか、埃がもうもうと上がる。 「けほけほっ」 「あ! サエちゃん、大丈夫!?」 「これを巻くといいよ」 キズナがサエに手ぬぐいを埃よけに巻きつけて掃除を行う。 居間が終われば、他の場所も掃除していく。 鹿乃は縫い子の内職で生計を立てており、居間の掃除が終われば、今日の分の仕事を済ませようと隅に座る。 「お、お手伝いします!」 サエが声をかけると、鹿乃はありがとうとサエに針と糸を手渡す。 しかし、針の穴に糸を通すのも一苦労。残念ながら、縫い目もバラバラである。 「すみません‥‥」 がっかりと肩を落とすサエだが、鹿乃はニコニコ笑顔だった。 「嬉しいのよ。手伝ってくれるなんて初めてだったもの。そばにいて、お話を聞いてくれるかしら?」 「は、はい‥‥」 こんなのでいいのだろうかと自問しつつ、サエは鹿乃の隣に座り、針仕事を見つめる。 「私‥‥いつも失敗ばっかりで‥‥全然出来てなくて‥‥」 ぽつりと、サエが呟くと、鹿乃が顔を上げてサエを見やると、ふわりと微笑む。 「最初は誰だって出来ないの。私は物覚えが遅くてね、随分練習したわ」 そう言う鹿乃の両手で進められる針は早く正確に縫い付けられている。 「慌ててもいいのよ。でも、立ち止まって、ゆっくりやれるようにすると、ほんのちょっとできるようになるわ」 「そうですか‥‥」 「あと、一つ出来たら、自分を誉める事。出来なかったらまたやろうと自分を励ましてね」 「はいっ」 鹿乃の励ましにサエはこくこくと頷いた。 実は、鹿乃の家の近くは井戸がなく、川まで水を汲んでいかなくてはならない。 飲み水は全て一度沸かして貯めているようだった。 柄杓で九分まで水を溜めた二つの桶を棒でくくり、一滴も零さずに素早く運ぶのは珠々。 キズナは枯れ木と落ち葉を拾って燃料にして火を熾すつもりだ。 珠々とキズナが用意しているのは風呂だ。 「溟霆さん、お風呂の修繕はどうですか?」 「そんなに痛んでもないから、すぐに使えるよ。掃除も終わってる」 町民の家に風呂がないのは当たり前なのだが、旦那さんが工房を建てるときは風呂をつけたいという要望があったので、この家には風呂がある。 しかし、風呂を焚くのは重労働。鹿乃も身体をお湯で絞った布で拭く程度であまり湯水には入らなかったそうだ。 開拓者達は風呂のよさ、効力を何より知っている。設備が整っていれば、風呂を焚くくらい簡単な事だ。 「キズナ、もう焚いちゃってください!」 「わかったよ!」 大人一人がなんとか入れる大きさの湯船に水が溜まり、湯が沸いていく。 溟霆は家の中や外で修繕を行っていた。 屋根も少し傷んでいたので、近くの廃材を貰ったりして修繕に当たっていた。 中は綺麗になっているが、やはり外は痛んでいる部分も多かった。 壁は隙間を埋めるように詰めていき少しは隙間風が中に入ってくることがないように処置を施す。 屋根の修繕をしていると、鹿乃が呼ぶ声がする。 「どうかした」 屋根の上からひらりと飛んで溟霆が着地する。 「外の仕事は寒いでしょう? 少し温まったらどうかしらと」 鹿乃が持っているお盆の上には温かいお茶が入った湯のみがあり、溟霆はありがたく頂く。 「皆さんのお陰で本当に助かったわ」 「それはよかった」 「あなた、ご結婚は?」 「してます」 鹿乃の問いに溟霆は素直に答える。 「あなたのお嫁さんはきっと素敵な人ね」 「ええ」 これまた素直に答える溟霆に鹿乃は楽しそうにふふふと笑う。 「ごちそうさま。お子さんが楽しみね」 「彼女には元気でいてもらわないと」 「あなたもね」 鹿乃に返されて溟霆は言葉の続きを待つ。 「子はかすがいというけども、両の親もしっかり子についていくようにならないとね」 「そうですね」 神楽の都で留守を待つ紅霞を思いながら溟霆は茶を啜った。 「鹿乃さん、お仕事お疲れ様です」 溟霆とのんびり話をしていた鹿乃に珠々が声をかける。 「お風呂入りませんか」 「お風呂!?」 目を丸くする鹿乃を風呂場へと連れて行く。 温かい湯船からふんわりと香るのはみかんの香り。 「干葉と紅花と陳皮の薬草が入ってます。ゆっくり入ってくださいね!」 火の当番をキズナと変わった珠々が湯加減をしていく。 「まるで、極楽のようだわ‥‥皆さんも入ったら?」 「お気になさらずです!」 湯に浸かればば皮膚も柔らかくなるものであるが、乾燥もしてしまう。 風呂上りに年少組が温まった鹿乃に後療法を始める。 「摩るという事はとてもよいことなんですって。握ったりするのも効果があるようです」 そう説明をするのは珠々だ。 「キズナ、片方お願いします」 「うん」 キズナと珠々が鹿乃のそれぞれの手から腕にかけてを軟膏をつけて摩る。 「手当て、ね」 鹿乃が呟くと珠々が顔を上げる。 「自分でもいいけど、誰かに摩ってもらうと、痛みや辛みが減っていく気がするの」 「はい」 「舟草は小さい頃は病弱でね‥‥よく摩って元気になりますようにと言ってたわ‥‥」 「ボクも擦り剥いたりしたら、旭様にそうしてもらった」 キズナが言えば、珠々は黙り込んでしまう。 「わたしはおかあさんにしてあげているような気がします」 「麻貴さん、怪我多いしね」 そんな話をしてマッサージを終えた。 マッサージが終われば、リーズとサエで肩叩きとふくらはぎ揉みが始まる。 「気持いいね」 幸せそうに言う鹿乃にサエは嬉しそうだった。 タントンと軽く叩いていくリーズは鹿乃を見つめる。 舟草は暫く帰ってこない。 寂しさは人を疲弊させてしまう。 舟草も改心して戻ってくると言っていた。 元気は人を生かす源。 沢山元気を贈らなくてはいけないとリーズは思う。 台所では青嵐が夕食の用意をしていた。 「今、年少組がマッサージをしているよ」 「もう少しで煮える頃です」 溟霆が青嵐に声をかけると彼はくつくつと音を立てる土鍋に目を落としていた。 「キズナ君は本当に優しいね」 「‥‥彼の下にいった事が間違いか否かは考えない事としても、キズナさんが優しい人になっているというのは喜ばしい事です」 「そうだね。あいつもそれを誰よりも願っていた。そして、よい人に恵まれている。あいつがいない今も‥‥」 罪に汚れていく組織の中にいるキズナはいつ人の道を外れるか分らなかった。 けれど、キズナは罪に汚れる事はなく生きている。 「監察方という茨の道を彼がいかに進むか、私達は祈るばかりです」 そう言って青嵐は火を消して鍋を居間へと持っていった。 今日の夕飯は寄せ鍋。 沢山の具が入り、美味しい出汁が出る。 何だか今日だけの『家族』のようにも思えてしまう。 鹿乃にとって夢のような一日であったが、彼らが『子供』であった事が現実だった事は家のところどこに後日も残っている。 |