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■オープニング本文 うっすら朝日が部屋の中へ差し込み、夢から現へと意識を引きずり出された。 一度は意識が覚醒した葛は薄い布団に身を丸ませて二度寝という魅惑へ落ちようとしたが、夢の内容が思い出せずごろごろと寝返りを打つ。 何だか自分も幸せになれる夢だったが思い出せない。 とても気になるけど思い出せないのは仕方ない。 もう一度二度寝へ‥‥と目を瞑った瞬間、勢いよく戸を叩く音がした。 隣で眠る夫も目を覚まして二人揃って玄関へと走り出す。 葛の住居は診療所であり、急患が担ぎこまれるのもよくあること。 しかし、そこにいたのは夜間も走っていただろう飛脚だ。 差し出された手紙を見た葛の夫は血相を変えてしまう。 「葛、日向先生が倒れたと!」 「!」 言葉を失う葛に夫が妻の肩を支える。 日向とは葛達夫婦が医師として住み込みの修行をしていた時の修行先の医者夫婦の奥さんだ。 元気な医者であったが、もう六十は過ぎているのだ。 「とりあえず、日向先生の所に行って来い」 こくこくと頷く葛はふらふらと支度を始めた。 ほうほうの体で日向の下に向かった葛だが、実際に見た日向は確かに床に臥していたが、元気そのもの。 「やだよ、大げさな」 どうやら、雪かきで腰を痛めたらしい。 慌てた青年助手が飛脚に出してしまったようだ。 「よかった‥‥」 ほっとして気が抜けたのか、葛は床に座り込む。 「私も年だしね。どうなるかわからないからね」 「そんなこと言わないで! もー、とりあえず、かあさんは休んでてよ!」 ふくれっ面の葛が言えば、日向は笑いながら「はいはい」と言う。 医者の宿命とはいえ、嫌なものはイヤだ。 「でもって、風邪ひきが数名‥‥」 現時点、住み込みの者が三人いるが、内二人が風邪をひいたそうだ。 冬の間は元気だったが、立春を越えて温度も暖かくなってきたので寒暖の差と気がゆるんだのが原因と思われる。 それでもこの町では頼りになる診療所。 患者の来所は待ったなしである。 「仕方ないわね。開拓者、雇うわ!」 風邪を引いてない青年見習いに葛はギルドへ開拓者への手配を頼んだ。 |
■参加者一覧
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 此隅より少し離れた街であるが、とても賑やかだ。 旅人が出入りするのも日常茶飯事であり、開拓者が来ても別段変わらない。 輝血と珠々の案内で開拓者達は診療所へ向かった。 日もまた昇りきっていないのに診療所には患者が訪れており、賑やか。 「いらっしゃーい!」 大きな声で開拓者を迎え入れたのは葛だ。 今は出血をした患者の止血作業をしている。 止血と手当を終えた葛が戦場といわんばかりの診療場を離れて待っている開拓者達へと向かう。 「離れて大丈夫か?」 「急病人は今ので終わり、経過を見るだけの患者達には言ってあるから大丈夫」 羽喰琥珀(ib3263)が心配すると、葛はぱたぱたと手を振って笑う。 「先生、ウチの子が!」 診療所入口の方から母親だろう悲鳴が聞こえる。 「先生、お呼びだよー」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が言えば、葛は即座に駆け出した。 「ごめんね、急ぎで悪いんだけど、あとお願いね」 すれ違いざまに助手の青年に指示を出すと、彼は頷いて了承した。 「皆さん慌しくてすみません、私は山漆と申します。何かありましたら、私にお尋ねください」 「もう人も増えてきたし、何か作務衣とかきた方がいいのか? あと、風邪感染防止に口隠す奴とか」 琥珀が尋ねると、山漆は「ご用意します!」と叫んで奥へと引っ込んだ。 風邪引き数人いる状態で診療する側が空気感染しては大変、山漆は人数分の口当てを手渡す。 「質問!」 手を上げたのはリィムナだ。 「怪我に回復魔法使ってもいい?」 その質問には青年が答えられず、リィムナは日向に顔を見せる事になった。 名乗ったリィムナに日向は「あんたの名前はこの街にも広まっているよ。ただ、神楽の都に近いわけじゃないからね。こんなに可愛い子とは思わなかったよ」 ふふっと、楽しそうに笑う日向にリィムナは得意げに胸を張る。 「魔法の使用は控えてもらおうかね」 「なんで、怪我ならすぐ治っちゃうよ?」 日向の言葉にリィムナは首を傾げる。 「そうだろうねぇ。でもね、あたし達は志体を持たない。この街に志体をもつ医療関係者がいないんだ。今日だけの奇跡というわけにはいかないんだよ。だから、あたし達医者は少しでも患者の治癒力を信じて、医学勉強に励むしかない」 むーんと、難しい顔をするリィムナに日向は笑顔を零してしまう。 「でもね、アンタみたいな有名人が来ると、皆、喜ぶよ。こんなに可愛い子だと知ったら尚更。面倒くさいと思うけど、手伝っておあげな。高名な開拓者なんだろう?」 茶目っ気を含んで日向が片目を瞑ると、リィムナはむむむと表情をこわばらせる。 「しかたないなー。このあたしに不可能なんかないんだから!」 気合を入れたリィムナに日向は「頼もしいね」と笑う。 リィムナが診療所へ戻ると、さらに人が増えていた。 「お、戻ってきたか!」 人数整備に当たっていた琥珀がリィムナに声をかける。 「何か、病人じゃない人が多い?」 呆れたような表情を見せるリィムナに琥珀は頷く。 相談事や近所の老人達の話し相手をしている紅霞を見て、何で一人であんなに捌けるのだろうかと思いつつ、リィムナは助手の仕事をする為、診察室へ入った。 リィムナを見送った琥珀は自分の脇を抜き走ろうとする子供の肩を軽く触れて方向転換をする。 「元気いいな!」 「かーちゃんが、風邪引いた太郎を連れてきたんだけど、おいら、ひまだ! 日向先生いないのか!」 元気が声まで有り余っているようだ。向こうで赤い顔をして寝ている赤ん坊を抱いた母親が「静かにしなさい」と怒っていた。 「今日は折り紙ないのか? 日向先生、おいらに折り紙の鶴を教えてくれたんだ。おいらが作ったら、ほめてくれたんだ!」 また作りたいと言う男の子に琥珀はしめたと心の中で好機を喜ぶ。 「今、日向先生は腰が痛いんだ。お前さんがいっちょ、鶴を作ってくれないか? 喜ぶぞー」 「わかった!」 日向先生贔屓の患者は多く、今日、日向が診療所に出てない事を知ると、がっかりするものもいたようだ。 診療室の中では輝血(ia5431)が経過観察の患者を相手していた。 三日前に怪我をして、今日は再び消毒をして包帯や油紙などを替える。 創傷には慣れている輝血なので、おびえる事もなく、淡々と仕事を進めていく。 葛のメモ書きには油紙の下に綿を敷かせるようにとあった。 傷口にうっすら滲む体液を吸わせるためだろう。 「荒っぽいけど、早いなー」 年齢は四十から五十くらいだろうか、おじさんが輝血を誉める。 「葛先生の娘かと思ったよ!」 「とりあえず、安静にしておきなよ」 ぶっきらぼうに言う輝血だが、色々と複雑で顔が妙に歪んでいた。 裏では溟霆(ib0504)が紙を綴った冊子を片手に在庫確認。 動ける助手は一人しかいなくて、彼が助手の雑務をかって出てくれている。 少し耳をそばだてば、紅霞が相談や話し相手になっているのが聞こえてきた。 紅霞の声はとても楽しそうで、ぐずる子供をあやす声が聞こえる。 いつか、そんな日が来るのだろうと溟霆はとても嬉しそうであったが、人様にはその幸せ顔を見せないように努力をした。 その一方できりきりと仕事に励む少女こと、珠々(ia5322)。 しかし、今日の珠々は一味違う。 つい先日に父と母が祝言を挙げた。 それは自分だけの力では成し遂げる事にできなかったが、やはり、望みを叶えるのは自分に自信を持たせる。 次、繚咲のあの白無垢を着せると決めた相手がいるのだ。 シノビの先輩である輝血‥‥ 両親たる麻貴や柊真が「あのふたり、なんとかならんかな」とため息をついていたのを珠々は知っている。 親が生きている限り、孝行せねばと張り切る珠々はどこで仕入れてきたのか、二人が抱きしめあえばなんとかなると思って機会を窺う。 しかし、御樹青嵐(ia1669)と輝血は全く二人になる気配どころか、隣り合う事もない。 青嵐が裏方、輝血は診療室で助手の助手をしているので、顔すら合わせない。 待つのもシノビの仕事。 人の波が収まったら、葛は輝血とリィムナに休憩を取る事を勧める。 二人が会話していると、青嵐が葛に用件を伝えに診療室へ入って来た。 これは好機と言わんばかりに珠々が輝血の背を襲うとすると‥‥ 「珠々さん、手伝ってください」 山漆が珠々に声をかける。 「‥‥ア、ハイ」 しょんぼりとした黒猫が好機を手放し、山漆の後についていった。 診療所は診察が終われば大概の人たちは帰ってしまうが、今日だけは大人しく帰ってくれなかった。 その理由とは、高名な開拓者が来ているということで、野次馬宜しく拝みにきている。 実際に信心深い老人は手を合わせてありがたいと呟くほど。 名前は流れてきているものの、どんな開拓者かは残念ながら知られていない。 幼さの残る少女が数多の術を使い、未知なる恐怖をもたらすアヤカシを倒すとは、考えられない模様。 因みに患者は的確な処置に納得して帰ったそうだ。 「こんなお嬢ちゃんがねぇ」 開拓者とは筋肉逞しい大男というわけではない。 リィムナのように若い少女だったり、老人達にお茶を配る青嵐のような美丈夫であったりもする。 「ほんとに開拓者なのかよー」 リィムナより少し幼い男の子がリィムナを茶化す。 「嘘ついたって仕方ないよ」 堂々と言い切るリィムナに男の子は納得行かない模様。 「怖くておねしょとかしてるんじゃないだろうな」 「怖くないよ。じゃぁ、やりますか!」 そう言ってリィムナが術を発動させたのは彼女の奥義、無限ノ鏡像だ。 「ふ、増えた!」 リィムナが二人に増えて皆が驚く。更に彼女達は鼻歌交じりでスキップしたり踊ったりと軽業を披露する。 「さ、本物はどっち!」 二人のリィムナが男の子に尋ね、男の子が指を差した方は消えてしまい、式と分かると、拍手が起こった。 へへっと、笑うリィムナは誇らしげでもあったが、この後にリィムナはこっそりと葛におねしょの悩みを打ち明けていた。 その一方、琥珀は近所の子供たちと一緒に出かけていた。 「おいおい、走ると転ぶぞー」 はしゃぐ子供達に注意しつつ、琥珀の片方の手には小さな女の子の手を握っていた。 獣人である琥珀は目立つようであり、すぐに開拓者だと分かられた。 「眼帯のお兄ちゃんも開拓者なんでしょ」 「嫁さんと一緒に来てるんだ」 お嫁さんこと紅霞は今日は話相手をしていた老人に孫の嫁にと誘われていたが、その倍の甘さで旦那の惚気をかましていた。 溟霆に大事にされているのだろうし、溟霆も紅霞の素直な想いをしっかり受け止めている。 いつ会ってもおアツイ夫婦である。 「開拓者って、結婚するの!?」 心底驚いた子供達に琥珀は頷く。 「子供産んでる開拓者もいるぞ」 結構な衝撃なもようで、子供達はわぁわぁと叫んでいる。 「おれも、かいたくしゃになれっかなー」 開拓者になるには志体がまず必要。それを持ち合わせているかは一見分からなかったりする。 「強い奴になりたいのか?」 「うん」 即答する子供に琥珀は口元に笑みを零してしまう。 「開拓者にならなくても強い奴はいっぱいいるぞ」 「そうなの!」 驚く子供に琥珀は頷く。 「誰かを守ってやれる強い奴になれよ」 琥珀は色々と見聞してきて開拓者じゃなくても強い奴はいるのを知っている。 腕っ節だけじゃなく、心の強さも。 道を間違えれば人は簡単に悪へと迷い込むことも。 「兄ちゃんみたいに?」 目を輝かせる子供に琥珀は目を瞬かせるが、すぐに破顔して笑い声をあげた。 自分にあこがれられるのは演劇で投げられる花のように嬉しい事。 溟霆と紅霞はリィムナ見たさの野次馬が帰った後のかたづけと掃除をしていた。 「紅霞、お疲れさま」 「溟霆様、それは紅霞の台詞ですよ」 二人でくすくす笑いながら湯呑みを盆に集める。 ふと、静かになった時、溟霆は妻の方を見やれば、通りを歩く親子連れを見ているのに気づいた。 今は夕暮れ、親子は手をつないで笑顔で家路を向かっている。 その紅霞の表情が何だか切なそうでもあった。 紅霞は親の温もりを存分に甘えることなく大人になってしまった。 親への慕情はまだあるのだろうかと溟霆は時折考えてしまう。 しかし、自分は父でも兄でもない、夫だ。 「め、溟霆様」 二人しかいないこの場所で溟霆が紅霞を抱きしめる。 「いつか産まれる子供を君が沢山抱いてあげれるように僕は頑張るよ」 「溟霆様」 気持ちを察せられた事の恥ずかしさよりも、溟霆が全てを受け入れ更に進もうとする想いに紅霞は心が震え、涙がこぼれてしまう。 義両親の二の轍を踏む気はない。 自身が欲する全てを守ろうと思うようになったのは、きっと、あの強欲双子のせいだと溟霆は脳裏によぎった。 青嵐の裏方ぶりは診療所全員の感動を与えた。 主にごはん。 「美味しいねぇ。折梅が絶賛するわけだ」 「恐れ入ります」 日向も喜んで食べており、腰以外は健康な彼女にとって食事は何より楽しみのようだった。 他の風邪引きの助手達も青嵐の料理はとても喜んでおり、田舎の母を思い出すと泣いた者もいるほど。 「過労から来る風邪だね。もう一日休めば動けるんじゃないかな」 リィムナ的には実体験を元にした民間療法を推したいが、一般人では中々に体力を消耗するので、のどが痛い助手の首に当てて布を巻くだけにした。 「少しは休めばいいと思いますよ」 ため息混じりに助手達を案じつつ、席を立った青嵐が向かったのは葛の所。 「どうしたの」 改まってと葛は首を傾げる。 「葛先生をはじめ、沙桐さんや火宵を含め、多くのご夫妻の形を見ることで、今の私のあ‥‥輝血さんに」 「青嵐君」 無理やり青嵐の言葉を遮って葛は低く鋭く彼の名を呼ぶと、青嵐は背筋を伸ばした。 「秘密を知るという事は嬉しいものであるけども、それは貴方が背負った重さでもある」 どくりと、青嵐の胸が鳴る。 「あの子の信頼を貫いて」 「すみません」 目を伏せる青嵐は目の前の葛だけではなく、輝血へも心で詫びる。 「あなた達には本当にお世話になったわ。私が繚咲から逃げた時の追っ手が兄ではなく、百響の手に落ちた者だったと知り、兄弟として繋がったのも、麻貴達の婚礼もあなた達のお陰‥‥何より、輝血ちゃんがあんなに柔らかい表情を見せるようになったのはきっと、貴方のお陰」 本当にありがとうございますと葛は三つ指を突いて青嵐に頭を下げた。 作戦は失敗し、こっそり人参を食わせられた珠々は折梅へ報告書を書いて日向に見せていた。 今回の報告書もきっと喜んでもらえるだろうと日向より太鼓判を押してもらえて珠々はご満悦。 「あんたは折梅の孫の養女になるんだって?」 「はい」 「上原家は大変だよ」 日向も知ってはいるようだ。 「平気です。前の家の方が‥‥」 俯く珠々に日向は微笑む。 「折梅の孫だよ? 元の家があんたを取り戻そうとするなら、戦でも平気で起すよ」 「‥‥やりそうです」 「じゃぁ、仲良くやりなよ」 日向に頭を撫でられた珠々はこくりと頷く。 娘は逃げる気はないと最後に添えようと決めた。 縁側で散りかけの梅を見ていた輝血は遠くを見ていた。 青嵐と入れ違いに葛に決意を告げた。 葛は「私はあなたの友人であり、母であり、帰る家としてあり続けるわ。終わったら帰ってきなさい」と言った。 十分すぎる言葉を思い出し、輝血は嬉しさで唇を噛んでしまう。 葛との話を終えて青嵐は輝血を春待ちの夜の街へ散歩をしようと誘った。 春が近くなれば、心が浮きつく。 浮ついた心に怪我というものが差し込んでくるものだろう。 そっと青嵐が輝血を誘い、街を歩く。 「しかし、折梅さんの既知というのはわかりますね」 青嵐の話は右から入って左から抜けるばかり。 「葛先生のところはとても素敵な夫婦だと思います」 「なんとなくわかる」 「私達もそうありたいものですね」 そんな事言われてもと輝血は戸惑うけど、心の中で身体の真ん中で引っかかっている言葉を取り出さなければならない。 「青嵐」 足を止めて輝血は青嵐の名を呼ぶ。 自分のような者に共に生きたいと言った男を。 「あたしは、これから旅に出ようと思う。‥‥諸々決着をつけないといけなくなった」 吐き出した言葉はもう戻すことは出来ない、輝血は更に言葉を吐く。 「もしかしたら時間がかかるかもしれない。だけど、絶対帰ってくるから‥‥それまで返事は待ってて。待てないなら、別の女に乗り換えてもいいよ。ごめん青ら‥‥」 謝ろうとする彼女を青嵐は彼女の名を呼ぶ。 「今、断らないで下さい」 「そうじゃない‥‥だから‥‥」 「待つと前に言いましたよ」 うん‥‥と彼女は頷いた瞬間、突風が吹いた。 反射的に青嵐が目を瞑ると、風と共に水滴が青嵐の頬を叩く。 そして、その場から輝血はいなくなった。 輝血ではなく青嵐と共に生きる者へと成る為に。 |