【理穴監察方】影を追う
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/14 23:56



■オープニング本文

 年が明けても理穴監察方には休みは殆どなかった。羽柴麻貴もまた、新年を監察方で迎えていた。数名で話し合いをしているのは、以前の賭場の関係者の調査についてだ。
 どうやら、賭場の関係者という事が断定したとの事。
 その者は理穴首都より歩いて一日程度の街を縄張りにしている任侠一家の者だったらしい。
「随分と警戒しているようだな」
 溜息をつく麻貴に一人が頷く。
「賭場で何があったかは特に言っていないようですね。襲撃があったから命からがらに逃げたようなものかと」
「あそこの街の任侠屋と言えば、雪原一家か」
「代替わりしてからがつがつ縄張りを広げているって聞いたな」
「賭場を開いている一家に資金を提供していたって話だ」
 仲間達の話を聞いて、麻貴はぐったりとしたように溜息をつく。
「あそこの街は首都に近いという所から随分と昔から縄張り争いの話は絶えない。和解したとしてもすぐに次の連中が入り込むらしい」
「流通がいい所ですからね」
 若い男が言えば、麻貴は頷く。
「昔からあの一家は街を他所の勢力から護る為にあるものと聞いている。故に畏れられて愛されてきたのだがな‥‥」
 残念だと言わんばかりに麻貴は首を振った。
「まぁ、聞きたい事はあるし、接触を頼もうとするかな」
 昼飯ついでに開拓者ギルドへ向おうと部屋を後にした麻貴を二人の部下が見送った。
「この間、久々に女の格好になったらしいっすね」
「らしいな。主幹になってからは働き通しだったし、いい気晴らしになったと喜んでいたな」
「前の主幹ってどうされたんすか? 羽柴さん、話してくれなくって」
 若い男が言えば壮年の男は一口茶を啜る。
「さぁな、あいつが飯を忘れないのはそいつのせいなのは確かだな」


■参加者一覧
滋藤 御門(ia0167
17歳・男・陰
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
紫雲雅人(ia5150
32歳・男・シ
珠々(ia5322
10歳・女・シ
花焔(ia5344
25歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
沢村楓(ia5437
17歳・女・志


■リプレイ本文

●心が休まる瞬間
 依頼主である羽柴麻貴は三茶の方に入っていて、ある宿にいた。地図を広げ、いつものように怜悧な表情を浮かべて眺めている。
「よくきてくれた」
 麻貴が一言述べると、輝血(ia5431)は妙な顔をして麻貴を見ていた。
「何でいるの?」
 輝血が怪訝そうに言えば、珠々(ia5322)が何か言おうとするが、麻貴は微笑んで先に口を開く。
「ふふ。この顔はあまり真面目に仕事をしてるようではないのかな?」
 いつも硬質な雰囲気を崩さない麻貴であるが、このような応対の時は優しく悪戯っぽい笑顔で対応するので、その表情が更に似させている。
「‥‥別に」
 ふいと、顔を逸らす輝血に麻貴はくつくつと目を細め笑う。
「さて、依頼の事だな。睦助の接触を頼む」
 表情を戻して麻貴が言えば、劉天藍(ia0293)が片手を挙げる。
「雪原一家の場所や睦助の家がわかるなら教えてほしいんだが」
「ああ、ここだ」
 麻貴は皆に見えるように地図を広げ、細い指先が一点を指す。街の大きな通りから三本外れた大きい場所だ。
「睦助は基本的には部屋住みのようだな。家は持っていないようだ。流れの無頼なんかを受け入れているような所だからな。部屋住みなんかも多いらしい。依頼書にも書いたはずだが、奴は随分警戒しているようだから気をつけて接触してくれ」
 念を押すように麻貴が言えば、俳沢折々(ia0401)が緊張した面持ちでいる。
「密偵の仕事なんてどきどきしちゃうね。身元がばれたら拷問とかっ」
 胸の辺りで拳をぎゅっと握り締めて折々が身をよじる。
「そうだな。気をつけてくれよ」
 折々の様子を見て麻貴がにやりと笑うと。妙な真実味があったのか、折々は「大変だー」とか言っている。二人の様子を見ていた花焔(ia5344)が麻貴の顔を覗き込むように見つめてきた。
「麻貴君って、着飾ったらどんな感じかしら?」
「さぁて、上位遊女を口説き落とせるかもしれないかも‥‥な?」
「そっちかい」
 くすりと余裕気に笑う麻貴に花焔が笑う。
「彼女の方が着飾り甲斐があるんじゃないか?」
 麻貴が見たのは滋藤御門(ia0167)の方だった。
「僕ですか?」
 首を傾げる御門の声は少年のもの。
「‥‥男の子?」
「ええ」
 肩を落とす麻貴に花焔が男だからいいじゃないかと言うが。男の方がいいが、可愛い女の子にときめきたいと言うのは麻貴の弁。
「ようやっと仕事が来ましたね」
「遅くなってすまなんだ。宜しく頼む」
 紫雲雅人(ia5150)が麻貴に話しかけると、申し訳なさそうに麻貴は言う。
「今度こそ解決しましょうね」
 そう言って一番先に雅人が部屋を出て、皆がそれに続くように部屋を出て行ったが、残ったのは沢村楓(ia5437)だ。
「私は麻貴殿と同行しようと思う。我々のナリではこっそりと聞き込みは無理だからな」
 楓が言うには一理ある。二人とも男装の麗人であるからだ。そのままの格好ではまず人目を引いてしまう。
「うん? 別にこっそりする気はないさ」
 きっぱり言う麻貴に楓は不思議そうに首を傾げる。
「堂々と役人である私が聞ける所に行くし、一緒に行こう」
 そう言って、麻貴は部屋の隅に掛けてあった外套を羽織る。

●付け入る先
 街に出た御門が目にしたのは肩を張り、道を歩く無頼の男達。さっと、周囲に目を向ければそれは戸惑いと不信の眼差しだった。小さい子を連れて歩く母親は子を庇うように立ち、誰もが目を合わさないようにしている。
「あの人達は?」
「雪原一家さ」
 近くにいる人に声をかけると、その男は顔を顰めて御門に早口で言った。
「最近じゃ随分無体な事をしているもんさ。娘さんが怖い目に遭ったて話だ。先代の頃はそんな事なんかなかったんだがなぁ‥‥」
 ぼやくように男が言えば、御門にも気をつけるようにと言って姿を消した。確かにあまり係わり合いにはなりたいとは思えない男達を横目で見て御門は別の方へ聞き込みに入った。
 正月が過ぎたとはいえ、まだその賑やかさは消えてはなかった。そんな街の様子を見ながら折々はひょいと店に顔を覗かせ、入ったのは甘味屋だった。
「いらっしゃい」
 壮年の女性が折々に気づき、声をかける。折々は適当に注文をし、雪原一家について聞いてみた。すると、にこやかだった壮年の女性は困ったような嫌そうな表情となった。
「代替わりをしてからは本当に評判が落ちたよぅ。乱暴を働くような男を入れても何も気にしちゃいない。力を振り翳しているだけさ」
「前はどうだったの?」
 折々が更に聞けば、女性は溜息をついた。
「そりゃぁ、いいお人だったさ。強きをくじき、弱きを助ける。義侠とはこういうもんだと本当に思わされるようなお人でねぇ。そんな先代は役人だって一目置いてたもんさ」
「うーん? 何でそんな凄い人が次代をそんな人を選んじゃったんだろうね」
「今の人も悪い人じゃなかったんだよ。先代の右腕とも言われる人だったんだから。先代が年だからって、代わったんだからね」
 よく喋ってくれる女性は相当不満が溜まっているのだろうが、かなりの時間を話していた。ずっと聞かされ続けていた折々は色々とお腹一杯と思っていた。
 雅人も雪原一家の街の評判を聞く為街に出ていた。流れの瓦版屋を装う雅人は誰よりも自然に聞き込みをしていただろう。本業と変らない事をしているからだ。
 雪原一家の評判は、御門や折々が聞いていたものと変らないものだった。聞き込みをした酒屋で聞いたのは代替わりしてから当代の姿を殆ど見ていないというもの。屋敷の中で殆ど引きこもっている模様。
「怪我ですか‥‥」
 ふむと、雅人が筆を持つ。
「ああ、その頃の抗争の時に、竹林の奥の崖から落ちてしまったらしいな」
「崖?」
 酒屋が店を出てひょいと道に顔を出す。
「この道を真っ直ぐ行くと、社があるんだが、そこは深い竹薮でな、迷うと下手したら崖に落ちる事があるんだ。筍とかも取りに行く奴等が足を滑らす事もあるようだからな」
「そこで怪我をしたと」
 神社がある方向を見て雅人が言えば、酒屋は頷く。
「話によりゃぁ、随分な怪我で左半分がくっきりと傷があるとかで常に包帯で顔を隠しているらしいな」
「‥‥そうですか」
 雅人が納得すると、酒屋は不思議そうな顔をする。
「あんた、なんで雪原一家の事を詳しく?」
「‥‥雪原一家は他の街でも名が知られてますからね」
「そりゃそうだ」
 そんなやりとりをしつつ、雅人は早々に退散した。

 雪原一家では新しい者が門を叩いていた。
 小柄な背格好で女である輝血は男達の好奇の目で見られているが、一向に気にしていない。
「金になるって聞いたから雇ってほしい」
 きっぱり言う輝血に男達はせせら笑う。
「そりゃぁ、なるだろうなぁ」
 輝血の身体を見る男達の視線は厭なものである。
「志体もあるよ試す?」
 輝血は一番鼻の下を伸ばしていた男に腕試しを誘う。男は輝血が志体持ちであろうが女は女と思っている模様。思いがけない一番勝負に男達はわいわいはしゃぎだす。輝血より先に来ていた花焔が承認を貰って屋敷内を歩いていると彼女にも輝血の一番が耳に入った。
「早々に賑やかね」
 楽しそうに笑う花焔も少し離れた所から観戦する。
 向かい合う二人が同時に動くが、輝血は男の横に移動してそのまま足を払って背負い投げる。男は仰向けに倒れていた。やんやと周りの男達が囃し立て、幹部らしき男が納得する。
「確かに志体持ちだろうな。頭には俺から言っとく。好きにしてろ」
 輝血が頷くとそれとなく花焔の姿を目で追う。立会いの時に少し離れた所にいたが、今はもういない。馴れ合う必要はない。危険性が高まるだけだからだ。
 雪原一家の様子を天藍が人魂を使って視ていた。
「何をやってるんだか‥‥」
 息をつくと、天藍はその場を後にした。

 麻貴と楓が向かったのは役所だ。
 首都とは違うが流通がいいのでそれなりに役人は存在する。
「雪原一家は自警団なんだろう?」
 不思議そうに楓が言えば、麻貴は頷く。
「役人として動けるのは結構狭いものだと思う。私達のような者は別としてな。悪い奴等ってのはかいくぐれる隙間を知っているんだ。残念な事に役人はかいくぐれなかったりする」
「だから、雪原一家は民衆の味方なのか」
 小さな綻びはいつかは大きな穴となり、被害を齎す。その穴は民衆だって見つけられる事が出来る。彼等の協力もまた必要。守られているばかりじゃないのだ。
「‥‥力を合わせられるというのは素晴らしい事だな」
 そっと楓が呟いた。今の現状を憂いて。
「麻貴殿、一つ聞きたい事がある。芝居小屋の姫君の暗殺についてだ」
 楓の考えは今回の件と繋がりがあるのではないかという事だ。
「‥‥奴等は知らない奴に頼まれたと言っているが‥‥」
「確定はしてないと」
 確証がない事を口に出す気はないのか、麻貴は口を渋らせているとい事は、調査はしてるのだろうと楓は確信した。
「何かわかったら依頼でも通せばいい」
「‥‥ありがとう」
 楓の言葉に麻貴は礼を言う。その表情は楓とそう変わらない年齢の女性の安心した微笑だった。

 雪原一家周辺に隠れている珠々は身を潜め、周囲を見ていた。見張りはいないが、玄関先に三人の男が常駐している。天藍が人魂を使っている際は彼の護衛もしていた。
 人魂を使い終わった天藍は場を離れ、珠々もまたその後を追う。
「潜入組は無事に入れたようだな。奴はあまり外には出ないようだな。出ても何人かの集団で動くようだ。後の繋ぎは頼む」
 天藍が独り言のようにそっと呟いたのを珠々は拾い、すぐに定位置へと戻る。葉擦れの音がし、天藍は気にするようでなくそのまま街の方へと向かった。
 立会いの一件で一目置かれてしまった輝血はその地位を利用し、今いる一家の面子の事を聞いていた。
 幹部格は四人。頭含めて計二十五人といった所。志体持ちは頭と幹部格だけらしい。全て代替わりしてきた者達ばかりで代替わりする前からいるものは頭以外いないとか。
「他にはいないの?」
「睦助はまた部屋の中だろうな」
 目的の名前が出てきた。
「誰、そいつ」
「前は首都の方で賭場の管理をしてた奴だよ。何か役人にばれたか押し込みに入られたかで賭場の元締めがやられちまってよ。奴も手を切って戻ってきたんだよ。普段はひきこもってっけど、皆で飲みに行く時はついていくんだけどな」
「そいつは幹部なんだろ。志体持ちじゃないか」
 輝血が言えば、男達は首を捻る。
「そいつらも志体持ちだったようだぜ?」
 彼等にも睦助はあまり語ってはいなかったようで、輝血はすぐに話題を変えた。
「最近、随分勢力を広げていると聞いたのですが、そんなに皆さん強いんですね」
 別の所では花焔が他の連中達から話を聞いていた。
「今までは守りの姿勢だからって事で頭が一気に変えたらしい。前の体制の奴等はまぁちょちょっとな」
 にやりと笑う男に花焔は前の先代の者達が全て排除された事は理解できた。
 だが、これからの計画や睦助の事はあまりわからなかった。二人はそれぞれ珠々に情報を託し、珠々は仲間の下へ走った。

●騒ぎに紛れた闇を恐れて
 情報を抱えた珠々は仲間の元へと走った。麻貴がいる宿の中に入り口から入る事はせず、麻貴の部屋の窓辺に忍び込む。
「珠々ちゃん?」
 中には幾つかの影が見えた。きっと、仲間達が戻っているのだろう。珠々の名を呼んだのは折々の声だった。珠々は応えるように輝血と花焔が書いた紙片を部屋の中へ差し込む。
「私はこれで‥‥」
 また戻ろうとした珠々に御門が顔を出す。
「これ、食べてください。羽柴さんからの差し入れです」
 笹で包まれたそれがお握りの類だと理解し、珠々は一言礼を言い、その場を辞した。
 珠々の気配がなくなってから麻貴は紙面を読み、雅人に手渡した。
「総入れ替えですか‥‥」
「‥‥昔の連中は‥‥」
 結果まで天藍は口にはしたくはなかった。
「睦助は皆で飲みに行くからその時が機会だね」
 天藍の横から折々が紙面を覗き込む。
「間取りはきっちりとっているようだな」
 地下座敷というものはなく、人質の類がいなかったのが救いだと楓は思った。

 翌日、雪原一家の半数が飲みに出かけた。通りの人垣を分ける一家。その視線は決して印象のいいものではなかった。こっそり後を追うのは天藍と御門。離れた所に楓がいる。
 酒場の奥ではしゃぎながらいる一家の隅で睦助が飲んでいる。一匹狼を気取る風でもなく、かといって中に入る事もなく。酒が切れたのか、睦助は立ち上がる。連れ合い達が煩くて注文が届かないのだろうか。そんな折に天藍が声をかける。
「あんた、見た事あるよ」
 椅子に座っている天藍は睦助を見つめて言う。
「‥‥ここの街じゃぁなぁ」
「いや、前は別の所で賭場をやっていた気がするんだけど」
 剣呑としたはずの睦助の表情はどんどん青くなり、恐怖をにじませるものだった。
「誰に頼まれた‥‥」
 懐に利き手を入れ、睦助は青ざめた表情のまま天藍を見る。予想以上の睦助の様子に内心戸惑うが、すぐに御門が補う。
「命を狙われる心当たりがあれば、言うべきかと。身の安全は確保いたしますよ」
「本当か‥‥」
 厭な汗が滲み出している睦助は本当に怯えているようだ。
 店の外にいる楓は心眼を使い、不審者がいないか視ている。店の中では御門と天藍が睦助の話を聞いている。

 御門達が持って来た情報は開拓者達を戸惑わせていた。睦助は礫の件には一切関知していなかったからだ。睦助は本当にただの元締め下で補佐をしていたようで、借金を肩に何かさせているという事は知っていた模様。
「二人の男か‥‥」
 宿で待機している皆に御門が話して麻貴は呟く。
「賭場を襲ったのは二人の男の片割れだったようだな」
 次に天藍が繋げる。
 賭場に押し入って、元締め達を切り殺して行ったのは片割れの男と手下らしき男達だったという。もう片割れはいなかったらしい。
「‥‥睦助は?」
「輝血君が監視してるよ」
 いつの間にかに戻ってきた花焔が報告する。
「命を狙われているのか。不審者はいたか?」
 麻貴が楓に問えば彼女は首を振る。
「‥‥もう少しここにいる事になりそうだな」
「そのようですね」
 麻貴が溜息混じりに言えば、雅人が頷いた。
 ふるりと折々が寒さに肩を振るわせ、窓の外を向けば。下弦の月と目が合った。